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その隙間を埋めるもの
〜The yellow way another step〜



それは、まだ舞が水瀬家に住み始めて間もない頃……。

ガチャッ! バタバタッ! ガチャッ!

 「……ん?」
真夜中。突然上がるけたたましい音に俺は目を覚ます。
一瞬空耳かとも思ったが、間違いない。誰か――または何かが――ドアを乱暴に開け、廊下を走るような音がした。
 (……泥棒?)
だとしたらえらくやかましい泥棒もいたものだが、とにかくこんな真夜中に起きた不審な物音を無視してもおけない。
何しろ、この水瀬家に男は俺一人な上、今日は佐祐理さんが泊まりに来ているのだ。万が一の事があったら取り返しがつかない。
 「………」
緊張しながら、俺はベッドを抜け出し、ドアノブに手をかける。そして、ゆっくりとドアを開けようとした瞬間……。

バタバタッ! ガチャッ! ドカッ!

 「ぬおわっ!?」
突然、向こうからドアが勢いよく開き、飛び込んで来た人影が俺に襲い掛かる!
予期していなかった俺はまともにその突進を食らい、もつれるようにして床に転がった。
 (……なっ! くそっ! 強盗か何かか!?)
焦った俺は何とか態勢を立て直そうとして、その人影を引っぺがそうとする。しかし、そうするとその人影は異常な程の力で俺を押さえつけ、離すまいとした。
 「くっ! くそっ! 離せっ! この野郎っ!」
 「やぁっ!」
……え?
意に反して、俺の叫びに応えた声は女性の、いや、少女のものだった。それも、ごく聞きなれた、馴染み深い声……。
 「……舞……か?」
確かに、それは舞だった。何があったのか、いつも沈着冷静なはずの舞が今は見る影もなくうろたえ、取り乱し、怯え切って泣きじゃくっている。
取り敢えず、小刻みに身を震わせる舞の背中を撫でて落ち着かせてやりながら、
 「どうしたんだ?」
と尋ねて見た。
 「いない……」
それが、舞の返答だった。
 「いない?」
 「佐祐理が……。秋子さんも、皇也も、名雪も起きなくて……」
 「……おい?」
 「……やだ。もう、独りになるのは……。皇也、ずっと、側にいて。佐祐理が、佐祐理がいないの……」
言っている事が完璧に支離滅裂だが、どうやら、舞の部屋で寝ていたはずの佐祐理さんがいなくなってしまったらしい。
 「落ち着け、舞。取り敢えず家の中は捜したのか?」
 「佐祐理……、佐祐理が……」
俺の問いかけにもろくに答えず、舞は同じ言葉を繰り返している。
 「どうしたんですか?」
 「何があったの?」
と、そこへ当の佐祐理さんと秋子さんがひょっこり顔を出す。二人とも、怪訝そうな顔で俺を見ているが、「どうしたのか」と聞きたいのは俺も同じである。
 「……いや、何か舞が突然「佐祐理さんがいない」とかいって駆け込んで来て……」
 「え……?」
その言葉に、何故か佐祐理さんは微かに顔を赤らめさせて、
 「あの……佐祐理はちょっと、お手洗いに行ってて……」
……あ、成程。
で、その時にたまたま目を覚ました舞(今までの話の内容からするに、怖い夢でも見ていたのだろう)が、佐祐理さんのいないのに驚いてパニックを起こした…
と、そんな所か。
 「ったく、人騒がせな奴だな、お前は」
舞の頭に軽く手を置いて、ぐしゃぐしゃとかき回してやる。
佐祐理さんに気付いた舞は暫く呆然とした顔で彼女の顔を見ていたが、やがて力が抜けたのか反動が来たのか、そのままぐったりと眠り込んでしまった。
 「……なんつーか、平和な奴だよな。こいつ」
舞に寄りかかられながら苦笑する俺に、佐祐理さんも秋子さんも穏やかに笑って見せる。
幼くて、感情表現が下手で、人騒がせで、どこかずれていて、いつも一生懸命で、純粋で……。だからこそ、俺達全員、舞の事が大切で、大好きなのだ。
 「さて、お姫様を御寝所に案内するとしますか」 
そう言って舞を抱きかかえ、ベッドまで運んでいった俺だが、すぐに困った事になった。
いくら引き剥がそうとしても、舞は俺のパジャマをつかんだまま、放そうとしないのだ。
 「おい、舞、放せってば」
 「……すー」
いくら言ってみても、太平楽な寝息が返って来るばかり。ゆすっても、ほっぺを引っ張ってみても、まるで起きる様子がない。
 「……どうしようか?」
力ずくでも引っぺがせない舞の手を見つめながら俺は情けない声を上げる。
明日は休みだからいいと言えばいいのだが、このままでは俺は眠る事も出来ない。
 「これは、皇也さんが舞と一緒に寝るしかないですねー♪」
その俺に、佐祐理さんが恐ろしい事をさらりと口にする。
 「了承」
おまけに、秋子さんまで平然と認めてくれる。
 「あ、あのー。二人とも……?」
 「だって、他に道がないじゃないですか。佐祐理はここで寝ますので、皇也さんはご自分の部屋でごゆっくりどうぞ♪」
 「皇也さん、舞ちゃんが寝てるからって、変なことしちゃダメですよ?」
……こ、この二人……。

 「……どーすんだよ、これ」
結局、舞を俺の部屋に連れ戻り、思わずベッドの前で立ち尽くす。
このまま二人でベッドに……などと言うのは論外だし、かといってこのままずっと立ち尽くしている訳にも行かない。
悩んだ末、俺は非常手段として、まず舞をベッドに寝かせ、俺はつかまれたパジャマが負担にならないようにベッドに寄りかかるようにして、そこで眠る事にした。
 「……すー」
俺のパジャマの胸辺りをつかみながら、相変わらず舞は気持ち良さそうに眠っている。その寝顔を見上げて、俺は複雑な気分でため息を付いた。
 「お前なぁ、本来なら、女の子が男の前でそんな無防備にしてると、襲われても文句言えないんだぞ?」
形の良い舞の鼻をぱちんと指で弾きながら、俺はそう言う。分かっているのかいないのか、舞はむにゃむにゃとうめくような声で返事を返した。
 「……やれやれ」
俺は、思わず呆れたようなため息をつく。少し変とはいえ、結ばれあった男女が夜の夜中に一つの部屋に二人きり……
本当に、もう少し違うシチュエーションでもいいはずだ。
 「けど、まあ、舞だしなぁ」
ふと思う。こいつが俺に抱いている感情と言うのは、対等な男性へのものではなく、兄や、もっとはっきり言えば父親に対する感情に近いのではないか、と。
もし、そうなのだとしたら……。
 「構わないよな、別に」
そう言えば、こいつも幼い頃に父親を亡くし、母親と二人きりで暮らしていたのだという。
それなら、最も身近な男性である俺に、その影を重ねるのも、あながち無理な事ではないのかもしれない。
それに、こいつがもっと精神的に育ってくれば、少しずつでも、俺を、本当に一人の男としてみてくれるようになるだろう。
そう考えれば、何となく光源氏的な楽しみがあると言えなくもない。
 「でもまあ、この位なら、いいよな……」
呟くと、俺は首を伸ばして舞の頬に唇を寄せる。そして、まるで満月のように淡く光っているようなその寝顔を見詰めながら、俺も眠りの淵へと沈んでいった……。





 「……んぅ」
……何か、身体が痛い。それに右半身が熱くて重い。
何とか努力して目を開けてみると何故か視線の先にドアがあって、俺は何故か座り込んで眠っていた……って
 「ああ、そうか」
昨夜は、結構色々あったんだよな。ってことは……。
 「………」
いつのまにやらベッドから抜け出し、俺の横で俺の腕を抱きかかえるようにして眠る舞を見て、俺は思わず苦笑する。
何も、こんな風にまでして一緒にいなくてもいいのに、な。
 「まあ、いいか」
何とか左手でシーツを引っ張り出し、舞に掛けてやる。そして、俺はまたベッドに身をもたせかけ、もう一度目を閉じる。どうせ今日は休日だ。
たまには、こんな朝の過ごし方も悪くないだろう……。

                            END


 はいすいません。舞の誕生日記念で書き上げた、突発SS……の改訂版です。
前回のアレはリライトすらしていないため、最悪の出来になってしまい、「いつか手直ししちゃる」と心に決めていたのですが、よーやく実現しました。
まぁ、そのお陰で少し長くなってしまいましたが、表現が不足しまくっていたアレよりはましな出来になったと思います。

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