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ドラKanoクエスト断章
『下弦の月、星降る夜に…』



「よぉ、何してんだよお前?」
「………………私?」

 いつからか一人で町を歩くことが当たり前になっていた私にとって、それは思いもせぬ呼びかけであった。歩みが、止まる。

「お前以外に誰がいるんだよ」
「…さぁ」
「あのな…」

 一人は慣れている。友達の名は孤独……目の前の少年は私と同い年くらいだろうか。何故、自分に笑顔を浮かべるのだろう?

「お前、あそこに住んでるオルッテガさんの子供だろ」
「そうだけど…」
「俺、祐一ってんだ。ここに越してきたばかりでさ……なぁ、名前なんてーの」
「…舞」
「いい名だな、よかったら俺と遊ばないか?」

 久しく聞いた、言葉であった。何時以来だろう…

「…私、と?」
「他にいるかよ」

 『何がおかしいのか?』という表情で私を見つめる祐一という名の少年。私は、口を開いていた。

「やめた方がいい」
「何でさ?」
「私は、嫌われているらしい。『お前は邪魔だ』と言われている。一緒にいるとお前も皆から嫌われるぞ…」

 皆が私を無視する。皆が私から離れていく。皆が、私を嫌っているのであろう。別にどうでもいいことだが…

「ひょっとしてさ、それ久瀬って奴のこと?」

 首を縦に振ると、祐一は苦虫を噛み潰したような顔になる。何か嫌なことでも思い出したのだろうか。口調が荒くなる。

「昨日会ったんだけどさぁ『良かったら友達になってやるよ』なんて人を見下した言い方してきやがったんだぜ。
 いるんだよなぁ、あーゆー自分が中心にいないと気が済まない奴って。こっちから願い下げだよ、そんなダチ」
「私も、あいつは好きじゃない…」
「気が合うな、俺達。あいつさぁ、お前に嫉妬してんだよ。だってお前のオヤジさん、あの大勇者だろ?
 その子供がいたら自分の人気が奪われると思ってんだろ。寂しい奴だよな…」
「そうなのか?」
「じゃなきゃお前みたいないいヤツが嫌われるわけないじゃん」

 何で、この祐一という少年はそんなことを自身満面に言えるのだろう。会ったばかりの私を、誉めてくれるのだろうか…

「でさ、話は戻すけど……遊ぼうぜ、舞」
「…うん」

 気が付くと、私は差し出された祐一の手を取っていたのであった…


「ヘェ…こんな所があるんだぁ…」
「町から子供は出ちゃいけないと言われてるから、誰も来なくていい…」

 アリアッハーンの町から少し歩いた所にある草原。森の中にポツンと拓けた静かな場所で、私の一番のお気に入りであった。

「かくれんぼなんか面白いだろうな。しゃがんで移動したら絶対見つからないぜ、ここなら…」

 辺り一面に広がる草原に幾つもの遊びを思い浮かべ、心を弾ませているのだろう。祐一はしきりに笑みをこぼしている。
 …何故だろう。そんな祐一を見ている自分も、この時間を楽しく感じている。普段ここに来るのは胸に詰まった重苦しいモヤモヤを取る為なのに…

「けど今から遊んでたら日が暮れちまうか…。明日はもっと早く来ようぜ、舞」
「……ああ、そうだな」

 いつの間にか決まっているらしい私の明日。けれどもソレを不快には感じなかった。
 早く、明日が来たらいいと思っている自分さえいるのは何故だろう。

「なぁ…さっきからお前笑わないけど、ひょっとして楽しくないのか? 俺といるの、迷惑か?」

 笑顔ばかりだった祐一の表情が初めて曇る。私はすぐに言葉を返した。

「そんなことはない。楽しいと思っている……私は、こう言うときどうしたらいいのか分からないんだ。すまない、祐一…」

 何度も、首を振る……初めて呼んだ、少年の名前。いい響きだった…

「良かった、嫌われてんのかと思っちゃたよ。何か俺一人はしゃいでるみたいでさぁ、呆れられたのかって…」
「そんなことない。祐一のことは、嫌いじゃないから…」
「そうか…俺も嫌いじゃないぜ。舞のこと」

 本心からの言葉であった。そして、本心から嬉しかった…


「そうだ、いいこと考えた! 俺将来『遊び人』になる。それでお前とパーティー組む」
「遊び人? それって『アノ』遊び人か?」
 
 家路への帰り道。祐一の口から出た言葉であった。
遊び人……パーティーの役立たずと蔑まされる、冒険者の多いアリアッハーンで最も人気のない職業。なのに祐一はそれになろうというのか。

「ああ、それでお前を笑わせてやる、いつも喜ばせてやるんだ! いい考えだろ」

 迷いのない、祐一の言葉。自分を見つめる、真摯な瞳。

「いいのか、それで?」
「もちろんっ! だからお前は勇者になるんだ。お前は強くなって俺を守る。俺はその分お前を喜ばす。これ以上ない完璧な組み合わせだと思わないか」
「そうか……なら、私は勇者になろう。何処までも、誰よりも強くなる。だから、祐一……私と、共に歩んでくれるか?」

「ああ、約束だぜ!」

 それは誓い……永遠の約束として刻まれた私達の思い。自然と出た笑み。絡み合わせた指と指の感触がいつまでもそれを忘れないでいさせてくれる。

 だから、私は……

  ・
  ・
  ・
  ・

「…舞?」
「祐一、…すまない、起こしてしまったか?」

 気が付くと、横には祐一が立っていた。舞はそれ程までに自分が過去に思いを寄せていたことに気付く。

「あゆと栞は?」

 祐一が後ろを指さす。

「…うぐぅ〜」
「…嫌いですぅ〜」
 
 二人はそれぞれのベッドで睡魔とたわむれている。
 冒険の途中で寄った小さな宿屋。日も落ちてきたのでここで一夜をあかすことにした自分達……日もまだ昇らぬ深夜の出来事であった。

「どうしたんだよ、物思いな顔しちゃって…」
「昔を、思い出していた」
「昔?」

 部屋の窓から覗ける夜空の光景……緩やかな弧を描き空に浮かぶ星、宝石をちりばめたような輝きが入り込んでくる。祐一は首を掻く。

「祐一……お前は何で遊び人になったか、覚えてる?」
「えっ………、ワリィ覚えてないや。気が付いたら『なってた』って感じだな。何か、理由があったと思ったんだけど…」
「別にいいさ。それでもやめないのだから…」

 約束とは覚えるものではない、刻むものである……
 あの日、あの時二人の心に刻み込んだ永遠の誓い。だからこそ私達はここにいる。これからも、いつまでも…

「?」
「…いつかは賢者になる、私を守ることも出来る。そうも言ってたな祐一は。その時は私が前を喜ばせよう…」
「? お、おい、何のことだよ? 知ってるなら…」
「明日も早い、早く寝るぞ…」

 祐一の疑問もそのままに舞はベッドに潜り込む。舞は次の瞬間には寝息を立てていた。

「って、おい舞っ! そこは俺のベッドだろうがっ」
「……一人用にしては大きいさ、このベッドは」

 かぶった毛布の奥から聞こえてくるくもった声。確かに独り寝には広いが二人ともなると余程つめなければならぬだろう。

「……今日だけだからな」
「何もしやしない…」
「そりゃ男のセリフだ」

 奥の二人が熟睡しているのを確認し、祐一は忍び込むようにベッドに入り込む。触れ合う肌の感触、伝わってくる温もり…

「…祐一」
「何だよ、舞?」

 祐一を見つめる舞の瞳。それはあの時の祐一と同じくらい真摯な瞳。そして、紡がれた思いは…

「私は、幸せだぞ…」
「おっ、オイ何言い出すんだ急に…」
「そのことを、覚えていてくれればいい。私は、忘れないから…」

 祐一の胸の中で、舞は意識を落としたのであった。

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                          『下弦の月、星降る夜に…』完

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