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笑顔で愛してる
〜The Yellow way second step〜
 



最近、舞の様子がおかしい。
異様なほど露骨に俺を避け、極力俺の側にいないようにしている気がする――いや、実際しているのだが――
一番距離が近付く食事時でも、俺とは目を合わせようとしないし、話しかけても応えない。それ以外の時に近付こうものならあっという間に逃げ去ってしまうのだ。
そのくせ、俺の知覚範囲内からいなくなる事は決してなく、俺が誰か――例えば名雪なり佐祐理さんなり――と話をしていたりすると、ぎりぎり声の届きそうにないような所から、じっと非難するような眼差しで睨み続けるのだ。
あいつの不可解な行動はもう慣れっこだが、流石にこれは度が過ぎる。
お陰で家の中の雰囲気までギクシャクしだしているし、俺自身ここ数日まともに舞と話をしていない。

「はい、どうぞ」
「……あ、どうも」

リビングでテレビを見るともなく見ていた俺に、秋子さんがコーヒーを淹れて持って来てくれる。
そして、そのまま俺の横に腰掛けると、世間話でもするように口を開いた。

「舞ちゃんは、相変わらずですか?」
「……ええ。まあ」
コーヒーを啜って、俺はそう答えた。普段通りのコーヒーの味が、今はやけに苦く感じる。

「あいつが変なのはいつもの事ですけど……。一体何を考えてるんだか」
苛立たしげにぼやく俺を、秋子さんはしばらく物思うように見詰めていたが、やがで目を閉じて一言、

「照れているのかもしれませんね」 と呟いた。
「照れる? あいつが?」
「ええ」
「……だって、そんな必要ないじゃないですか。俺達は……その、一応世間一般で言う恋人同志で、それに……」
「結ばれあった仲だから、ですか?」
「!!!!!?????」
秋子さんの唐突な言葉に、俺は思わずコーヒーカップを取り落としそうになる。口の中のコーヒーを飲み込んでなかったら、思いっきり吹き出していただろう。

「……あ、あ、あ、秋子…さん、な、何で……」
動揺しまくっている俺に、秋子さんは相変わらずの微笑みをたたえて答える。

「舞ちゃんに、隠し事ができると思いますか?」
・・…迂闊だった。よく考えると、名雪はともかく秋子さんにばれていないと今まで思っていた事の方が、はっきり言って不思議だった。

「すっ、すいません! っと、あれはその、俺の方から誘って……。その、舞は何にも……」
焦りまくって自分でも何を言っているのか分からなかったが、俺は慌てて秋子さんに弁明した。もし、秋子さんを怒らせて舞が追い出されるような事にでもなったら…

「………」
「……?」
そんな俺を見て、秋子さんはくすくすと笑う。怪訝な顔をしている俺に、秋子さんは穏やかに口を開いた。

「やっぱり、似たもの同志ですね。あの時、舞ちゃんも同じ事を言っていましたよ」
楽しそうに、秋子さんはそう言う。

「自分の方から頼んだから、皇也さんは何も悪くないから怒らないで……って。
 でもね、舞ちゃんにも言いましたけど、若くて、愛し合っている二人が同じ屋根の下に住んでいるんですから、それは、当然の事だと思いますよ。
 皇也さんは、いい加減な気持ちで舞ちゃんを抱きましたか?」
「……まさか! 俺は、本気で舞が……」
声を荒げる俺に、秋子さんはあくまでも悠然と微笑んで、言葉を続ける。

「それなら、いいじゃないですか。確かにまだ少し早いのかもしれませんけど、お互いが後悔しないのであれば、それは二人とって『正しい』事なんですから」
「………」
『正しい事』……か。
いつものように、柔らかく、しかしはっきりと言いきる秋子さんの言葉。だが、今日だけは、俺はその言葉に苛立ちしか感じる事が出来なかった……

「舞、入るぞっ!」
その日の夜。夕飯時にも舞に無視され倒された俺は、意を決して舞の部屋に押しかける事にした。
…もしかしたら、想像したくも無いような答えが返ってくるのかもしれない。それでも、今のままでいるよりは、舞自身の口から答えを聞いた方が遥かにマシだった。

「………!」
課題でもやっていたのか、机に向かっていた舞は、いきなり入って来た俺に滅多に見せない狼狽の表情を浮かべる。
そして、忙しく辺りを見まわすと、部屋の隅の方にあったアリクイのぬいぐるみに、隠れる様に走っていった。
「えぇーいっ! そんな所に隠れられるか!」
ずかずかと部屋を横切り、舞を捕まえる。そして、ぎゅっと肩をつかむと、すぐ間近から、その瞳を覗きこむ。

「………」
「………」
いつもとは違う、怯えの混じった瞳。普段なら、決して浮かべない表情をたたえた目に、次第に涙が盛り上がってくる。
「舞……」
罪悪感が、俺の胸を噛む。だが、今の俺にはこれ以外の事は何も出来ない。舞の真意を、確かめる事しか……
「なあ、舞。正直に答えてくれ。俺の事、嫌いになったのか? それとも、それとも……、あの時の事、後悔してるのか?」

 びくっ!

その言葉に、舞の肩が震える。……俺だって、こんな事を聞きたくはなかった。
だが、舞の態度の急変があの夜以来である以上、それ以外、俺には思いつく事がないのだ。

「……ちが、違…う……。私……うれし……、皇也のこと……、ずっと……、ずっと……」
泣きじゃくっているのではっきりした言葉にはならないが、何を言いたいかはわかる。舞の気持ちは、以前と変わらない。俺と、同じ……
「じゃあ、何で俺を避けるんだ? 俺の事、好きでいてくれてるんだろ?」
「……だって、だって……」

流石に、泣きじゃくったままではこれ以上の言葉にはならない。俺は、逸る気持ちを抑えながら、舞が落ちつくのを辛抱強く待った。
「……怖い……から」
「!?」

そして、ようやく泣き止んだ後の舞の一言に、俺は思わず絶句する。それに気付いてか気付かずにか、舞はまた言葉を続けた。
「皇也といると、私はどんどん嫌で、醜くて、ひどい人間になる。
ドキドキして、どうしていいか分からなくて、ずっと、一緒にいて欲しいのに、出来ないから、独占したくて……
それに、皇也が他の人と一緒にいると、すごく、嫌な気分になる……佐祐理や、名雪なのに、二人とも、大好きなのに、なのに、皇也の側にいるって思うだけで、二人がどんどん憎くなって……」

「………」
「……嫌なのに。こんな気持ちは欲しくないのに……。でも、抑えられなくて、駄目だって思っても、膨らんでいって……」
「……もういい。もういいよ……」
「やっぱり、私は変だから。皇也の側には、いられないから……。でも、いたくて、どうしていいか分からなくて……」
「……舞……っ!」

いつのまにか、俺は再び泣きじゃくる舞を力一杯抱きしめていた。
馬鹿だった。俺は自分自身を心の中で罵りつづけた。忘れていたのだ。目の前にいる少女が、まだほんの子供だと言う事を。

「……ごめん。ごめんな……、舞……」
「……どうして? 皇也は、何も悪くない。私が変だから、他の人と違うから……」
「違うんだ。そうじゃないんだよ。それは当たり前の事なんだ。お前は変じゃない。ただ、ちょっと知らなかっただけなんだよ……」
舞の背中を撫でながら、俺は言葉を続ける。そうだ。俺が、教えてやらなくちゃいけなかったんだ。失った十年の間に、本当なら覚えていたはずの事。伝えてやらなくちゃいけなかった事……。

「なあ、舞……」
「……?」
「お前は、俺の事好きか?」
答えなど、わかりきった問い。もちろん、本気で答えが欲しいわけじゃない。伝えるべき事を伝えるためだ。

「俺は、お前の事好きだぞ。いつまでも、誰よりも、舞の事が大好きだ」
舞が答えるより先に、俺は言葉を継いだ。舞の体が、腕の中でピクッと震える。
「だから、焦らなくていい。お前の心が、お前の感情を受け入れられるようになるまで、お前がお前の気持ちを理解できるようになるまで、俺はずっとお前の事を好きで居続ける。ゆっくり、覚えていけばいいんだ。『好き』って言う気持ちは、綺麗なものだけじゃないから。それでも、人を好きになるのは、とても大切な事だから……」
「………」
俺の言葉に、舞はまた俺の胸に顔を埋めてすすり泣いた。でも、それは今までとは違う。深い安堵の涙だった……。

  ・
  ・
  ・

「……皇也」
暫くして、俺に抱きかかえられ、凭れかかる様にして座っていた舞が不意に口を開いた。
「どうした?」
「……今度の日曜、遊びに行きたい」
「動物園か。今度は何が見たい? きりんさんか? それともコアラさんか?」
その問いに、舞はふるふると首を振った。
「……皇也の、行きたい所……」
「俺の……?」
 こくん。
「ゲームセンターとか、遊園地とか、映画館とか、それから……」
 色々な遊び場を指折り数えて並べ立てている舞は、本当に幼い子供のようで、思わず口元がほころんでしまう。

「そうだな。そう言うのも、たまにはいいか。皆も反対はしないだろうし」
「………」
 ふるふる。
俺の言葉に、また舞は首を横にふる。そして、俺の胸に頭を押し当てて、微かな声で、
「皇也と、二人だけで……」 と呟いた。
「二人だけ?」
流石に、これには驚いて思わず問い返す。それに、舞は俺とは目を合わさぬまま、一つ頷いた。

「……そう、だな。そう言うのも、たまにはいいか」
 暫く沈黙した後、俺はさっきと同じ台詞を繰り返す。きっと、皆で出掛ける時とはまた違った楽しさがあるだろう。
「二人で、遊園地にでも出かけて、昼は舞の作ったお弁当を食べて……」
「……うん」
「夕暮れ時になったら景色のいい所でも歩いて、夜になったらムードの良い所で食事して……」
「……うん」
「その時は、あの舞踏会の服でも着ようか。きっと目立つぞ」
「……う……ん……」
「……舞?」
いつのまにか、舞は俺にもたれかかったまま眠りの中に落ちていた。とても安らかで、幸せそうな微笑みをたたえて……。
「おやすみ、舞」
舞をきちんとベッドに寝かしつけて、その頬にキスをしながら、俺は電気を消して部屋から出る。

     ・
     ・
 そして、日曜日……。
     ・
     ・

「……誰だ、お前は」
「………」

 とすっ!

呟く俺に、チョップ一発。
「何だ、舞か」
思わずそう言いたくなるくらい、舞の姿は変わり果てていた。
……いや、別に、ゾンビになっていたとか宇宙服を着ていたとか、そう言うわけではない。何と言うか……、その、綺麗になっていたのだ。それも、べらぼうに。

つい先刻、一緒に家を出ようとした俺達は、玄関で名雪と秋子さんに掴まった。
事情を説明すると、ちょうど遊びにきた佐祐理さんまで一緒になって、俺だけ強制的に家から叩き出されたのである。
で、待つことしばし。再び家のドアが開いた時、見た事もない美人がそこから出てきた…と言う次第である。

が、改めてよく見ると、実はそんなに変わったわけではない。
秋子さんから借りたのか、ちょっとみばのいいよそ行きの服を着て、足許は青いパンプス。薄いローズピンクの口紅とファンデーションで軽く化粧をして、後は髪形をワンレングスにして、小さなイヤリングを着けただけ。
昨今の女性の装いからすればいっそ地味と言っていいほどの姿だが、それだけで、今の舞はそんじょそこらの女優やモデルなど問題にもならないくらい、贔屓目抜きで美人だった。

「……そっか、お前、一応俺より年上なんだよな……」
思わず再確認してしまう。
「……変?」
そんな俺を不安そうに見詰めて、舞が口を開いた。
「……いや、凄く、綺麗だ……」
余りにも恥ずかしい言葉が、素直に口をついて出る。そのくらい、俺は呆然としていた。

「………」
「………」
「………」
「………」
そのまま暫く、アホのように家の前で固まっていた俺達だが、不意に、視線を感じて振り向いた。

「「「………」」」
ドアをちょっとだけ開けて、名雪と秋子さんと佐祐理さんが俺達の様子を見物している……。
「お約束な事をしないで下さい……」
「………」
疲れた様に言う俺と、耳まで真っ赤になって俯く舞。俺達は、その視線に急き立てられるように、家の前から離れる事にした。

  ・
  ・
  ・
「………」
「………」
「………」
「………」
「…何か、帰りたくなってきたんだが…」
「……駄目」
とりあえず、と言う事で商店街に来た俺達は、いきなり周囲の注目を集めまくっていた。

女性からも男性からも、嫉妬の視線が遠慮なしに突き刺さる。尤も、女性の視線は舞に、男性の視線はその舞を引き連れている俺に降り注いでいるのだが……。
まあ、女性からすればこれほどの美人を見れば虚心坦懐ではいられないだろうし、そんな美人を俺みたいな十人並みの顔の男が連れていれば、男どもは世界の不公平さを嘆きたくもなるだろう。
優越感よりも居心地の悪さを覚えて立ち尽くしていると、不意に、舞が俺の腕に腕を絡めてきた。
ここまで近付いて初めて分かるほど微かな香水の匂いが、ふわりと鼻をくすぐる……。

「……ま、舞?」
「……こうすると皇也が喜ぶって、佐祐理が教えてくれたから……」
動揺する俺に、舞が心持ち顔を赤くしてそう答える。……さ、佐祐理さん。いきなり美味しい事を……いや、そうじゃなくて……。

「と、とりあえず、行くか」
ますます強くなる野郎どもの視線から逃れるように、俺は俺にしなだれかかったままの舞を連れて歩き出す。
二人きりで出かけるのがこれほど緊張するものだとは思わなかったが、そのまま、俺達は成り行きでウィンドーショッピングに突入する事になった。

「……あ」
突然、舞は足を止め、ウィンドーの一つを凝視する。
ファンシーショップの店先であるそのウィンドーには、大小様々なぬいぐるみが、所狭しと並べられている。
舞が見詰めているのはその一つ、一抱えくらいの大きさの、真っ白なウサギのぬいぐるみだった。
「……可愛い……」
恍惚とした表情で、舞は食い入るようにそのぬいぐるみを見詰めている。暫くそうした後、不意に、舞はボソッと口を開いた。
「……皇也」
「ん?」
「……あれ買って」

 ぶっ!?

唐突なおねだりに、俺は思わず吹き出す。
「あ、あの、舞さん……?」
「……?」
「何故、いきなり俺……?」
「……?」
暫く怪訝そうな顔をしていた舞だが、やがてまたボソリと答える。
「……今日は、ねだれば何でも買ってくれるって、名雪が言ってた」
         ・
         ・
 なーーーーゆーーーーーきーーーーーーっっ!

一瞬立ちくらみを起こしかけた俺だが、ふと心付いて踏みとどまる。
よく考えれば(まぁ、よく考えなくても)、今日は俺と舞の初デートである。
確かに、そんな日に記念に何か買ってやったとしても、罰は当たらないだろう。それに、ぬいぐるみの値段はたかだか数千円。
まあ、安いとは言わんが、今すぐ買えない値段でもない。宝石だの貴金属だのを服だのをねだられるよりは余程マシである。
「………」
そんなわけで、ウサギのぬいぐるみを買ってもらった舞は、幸せそうな無表情でずっと、それを抱きしめていた。
……ウサギのぬいぐるみを恍惚として抱きしめるモデルばりの美女……。
よく考えるとなかなかシュール光景だが、とりあえずそれは考えない事にする。


その後、このウサギのぬいぐるみは「美亜」と名付けられ、けろぴー神父立会いのもと、アリクイのぬいぐるみと結婚式を挙げる事になった。
そのうちに、「子供」も買ってやらなくちゃならんかな……。

 余談だが、この後、舞に余計な事を吹きこんだ罰として、名雪にたっぷりとたかってやった事は言うまでもない。


                              end

    〜後書き〜

終わった―――――ッ!
執筆サボりつづけて一月……いや、一月半くらいになるのか? 某なりきりチャットが面白すぎて、これ以外の事全くやってなかったからなぁ。

さて、皆様、長らくお待たせ致しました(え? 誰も待ってない?)。「The Yellow way」の本当の第二話でございます!
読んで頂ければ分かると思いますが、「いつか、星の数ほどの笑顔を……」の数日後の話、という事になります。
舞というのはやはり、女の子としては某七瀬より遥かに「子供」だと思うので、こう言う風に「好き」という気持ちに振りまわされるのもありかなー、などと思ってみたわけです。
何か想像以上にこっぱずかしい話になってしまいましたが、まあ、私の目標は「ダダ甘な話を書かせたら右に出るものはいない」と呼ばれる事なんで、これはこれでいいかな……と。

さて、ここでちょっとクイズ。今回舞が買ったウサギのぬいぐるみ「美亜」。その旦那さんとなったあのアリクイのぬいぐるみは、一体何と言う名前でしょう?
「いきなりそんなこと言われても分かるかーッ!!」と言われそうですが、ヒントを一つ。
「美亜」という名前はごく簡単な法則に基づいて決められました。アリクイのぬいぐるみにも同じ法則が適用されています。
一応、きちんとした正解はあるのですが、完全に当てるのはまず不可能だと思うので、その法則とその法則に基づいた名前であればOKと言う事にします。
まあ、当たった所で何が出ると言うわけでもないんですけどね……(苦笑)。

さて、それでは今回はこの辺で、もうちょっとSS書く時間作らないと……。

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