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<猫が好きっ>
〜長森 瑞佳〜


まったくこいつというやつは・・・。
「瑞佳」
「・・・」
「おい瑞佳」
「・・・」
「瑞佳!」
「・・・」
「み〜ず〜か〜っ」
「・・・呼んだ?」
「ああ、さっきからずっとな」
「ごめん、わたし・・・」
「分かってる。けどな、いいかげんにしたほうがいいと思うぞ」
「でも・・・」
「でもじゃねぇ」
「でもでもっ」
「でもでもでもねぇ、もうよせって」
「でもでもでも・・・」
「あ〜っ、もういい、オレは帰る!」
「いいもん、わたしひとりでなんとかするもん」
「じゃあな」
「・・・」

オレの名前は折原浩平。
世話焼きの幼馴染、瑞佳と暮らす毎日だ。
今までは、なにごともなく・・・ではないが、
それなりに順調に過ごしてきたはずだったのだが。
今日、このときばかりはお互いに譲ることが出来なかった。


「遅い、遅すぎる!」
あれからもう一時間。
「買い物袋だけでも持って帰りゃよかった」
もしあったとしても、オレはチャーハンしか作れないのだが。
「あれを許したらどうなることか・・・」
想像しただけでも冷や汗が出る。
「あいつのことだからそのうち帰って・・・来るわけねぇ!」
オレは家をとびだした。


「はぁ、はぁ、いない、な・・・」
さっき別れた場所にはすでになにもなかった。
「どこへいったのやら。そうだ実家か」
オレは再び走った。


「そう、ですか。失礼します」
ここでもない、となるとオレにはもう見当がつかなかった。
「さて、どうしたものやら」
とにかく歩くしかなかった。


日も陰り、だんだん寒くなってきた。
「おいおい、勘弁してくれよ。まったく・・・」
あてもなくいつもの散歩コースの公園を歩いていると、
箱を前に女の子がその中をのぞいていた。
「やれやれ、やっとみつけた、お〜いみず・・・」
思わずためらってしまった。
そこへもう一人、見知らぬ娘が来て瑞佳と話を始めたからだ。
青く長い髪の、綺麗な娘だ。
オレは興味を覚え、少し離れて会話を聞いてみることにした。
「ねこ〜ねこ〜」
「猫、好きなんだね」
「うんっ」
「そうだよね、かわいいもんね」
「さわりたいな〜、だきしめたいな〜」
「うん、いいよっ」
「ほんとう?じゃあ」
う〜ん、同類が増えてしまった。しかし様子がおかしい。
「大丈夫?なんか泣いてるんじゃ」
「平気、なんともないよ」
「なんともないって、あっ、もしかして猫アレルギーなんじゃ」
「うん、そうだけど・・・」
「猫好きで、猫アレルギーなんて大変だね〜」
「・・・そうでもないよ」
「でも、もうやめておこうね」
「うん・・・」
その娘は名残惜しそうに猫を離した。
「この猫さん、あなたのなの?」
「ううん、捨て猫なの」
「猫さん、かわいそう」
「つれて帰りたいんだけど、だめだって・・・」
「わたし、旅行中だからだめなの。ごめんなさい」
「そんないいよ、わたしが見つけたんだからなんとかしなきゃ、ね」
「でもどうしてだめなの?」
「・・・一緒に住んでる人がだめだって」
「なんで?こんなにかわいいのに」
「そうだよね」
「そうだよっ」
なんだかオレ一人が悪者扱いじゃないか。そこで
「仕方ないだろ」
「あ、浩平・・・」
「さあ、気は済んだか?もう帰るぞ」
「いやだよっ、帰らないもん」
「じゃあ、どうすんだよ」
「つれて帰る」
「だめだ」
「つれて帰るっ!」
ここで甘い顔を見せたら、大惨事を招きかねん。しかし横から
「つれて帰ってあげてよ」
「へ?」
「だから、つれて帰ってあげてっていってるの」
「何で、おまえみたいな他人に・・・」
「なんででもぉ、なんでもいいから、つれて帰ってあげてっ」
もうめちゃくちゃだ。この娘は瑞佳以上に手強そうだ。だが・・
「ありがとう、もういいよ・・・」
瑞佳がその娘を制止した。
「わたし、帰る」
「そうか・・・」
ほっとしたのもつかの間
「わたし、この子と一緒に実家に帰るっ!」
「なんだって?」
「じゃあ・・・」
タタタタっと走り去っていく。
「・・・・・・」
どん!
背中を突かれて前のめりになるオレ。
「ほら、早く行ってあげてよ」
「いや、でもな」
「でもじゃないよ、きみ、家事できないでしょ」
「う、なんでそれを・・・」
「それはね・・・、わたしの好きな人と同じ目をしてるからだよっ」
「・・・」
「ね?」
「そうだな」
「じゃ、わたしはこれで」
「ああ、ありがとうな」
「ふぁいとっ、だよ」
俺はその言葉に振り向くことなく走り出していた。


さすがに高校三年間、
ほぼ毎朝始業前に15分間走をしただけのことはあったのか、
瑞佳の足はかなり速い。
しかし、それはオレも同じこと。やがて
「瑞佳っ」
肩を掴んで強引に止める。
「離してっ!」
「離さない!」
オレは後ろから強く抱きしめた。
「離し・・・」
「分かったから、つれて帰っていいから・・・なっ」
「浩平?」
「嫌なんだ、お前と離れるのはもう・・・」
「・・・うん、わたしもだよ」
自然とお互いの唇を求める。
「帰ろう」
「うん」


・・・半年後。
「だからいってんだろ」
「いいじゃない、一匹も二匹も一緒だよっ」
「違う、断じて違う」
「だって捨てられてるんだよ、かわいそうなんだよ」
「だからあの時、一匹だけだって」
「じゃあ、わたし実家に・・・」
「あ〜、もう分かった分かった。オレの負けだ」
「だから浩平好きなんだよ。やさしいんだもん」
「はいはい・・・」
オレの予想した通りのことが、現実になった。
でも、これも悪くはないか。
隣で瑞佳が笑っていてくれるのなら・・・。

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