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「………」
なかなか来ない待ち人をイライラして待ちながら、俺――龍造寺 皇也――はリビングの時計を見やる。
現在午前十時半。もう予定の時間から三十分も遅れている。
「………」
「……そんなに待ち遠しいなら、迎えに行ってあげれば良いのに……」
不機嫌そうな顔で時計を睨んでいる俺に、名雪が口を尖らせる。超睡眠体質のコイツが日曜の朝にこれだけキッチリ目を覚ましてるなんて異例の事だ。
やはり、それだけこれから来る待ち人の事が気になるのだろう。
「今からいったって行き違いになるだけだ。それに……」
そこで一旦言葉を止め、秋子さんの淹れてくれたコーヒーをすする。
「約束だからな。ここで出迎えるって……」
ピンポーン。
「あっ、来たよ!」
言いざま、名雪は立ち上がって玄関に駆けて行く。キッチンにいた秋子さんもパタパタとそれに続く。結局、俺がドベになりながら、三人揃って玄関の前に立った。
カチャ。
代表で俺が扉を開けると、その向こうに俺達が待っていた顔があった。
少し大きめの鞄を手に下げたそいつは名雪を、俺を、そして秋子さんを順繰りに眺めやると、無言のまま深々と頭を下げた。
それが、この水瀬家の通算三人目の居候、川澄 舞の挨拶だった……
〜The Yellow way first step〜
「いつか、星の数ほどの笑顔を……」 神有月 出雲
事の起こりは三週間ほど前、漠然としか立てていなかった計画がいきなり崩壊した事から始まった。
あの事件が終わりを告げ、もう夜の校舎に佇む必要もなくなった舞は、今や幼いままで凍りついた心を抱えた、ただのか弱い少女になった。
しかもこいつは自分で言う通り、よく突然泣き出した。その度に、俺や佐祐理さんが側にいて涙を止めたのだ。
俺はそれを望んで舞にそう誓ったし、佐祐理さんに関しては言うまでもない。
言い忘れていたが、病床にあった彼女は、舞から全てを告げられた。十年前の、俺との邂逅から始まった長い長い夜。
自分の中に芽生えてしまった力を、自分自身の剣で切り伏せようとした日々。
その中で、佐祐理さんと知り合い、結果として巻き込んでしまった。大怪我を負わせてしまった。
ポツリポツリと、呟くようにして告白する舞は、恐らく半ば絶縁される事を覚悟していただろう。
自分が何も言わなかったばかりに、大切な親友をこんな目に逢わせてしまったのだ。そんな事に耐えられるほど、舞は無感性な人間ではない。
だが、佐祐理さんは話を聞き終わると、そのまま舞をベッドの側まで呼んだ。そしてその体を抱き止めると、心の底から嬉しそうに囁いた。
「おめでとう」
と。
「じゃあ、もう何も心配しなくていいんだね。これからは、佐祐理や皇也さんと一緒に、ずっと幸せになれるんだね」
その言葉に、舞は俺が知る限り初めて涙を流した。そしてそれは、十年と言う歳月を取り戻すための、始めの一歩でもあった……。
話がずれたが、ともかく俺としては二人の卒業後、どこか広めの部屋を借りて、俺達三人で住むつもりだったのだが、まず佐祐理さんが諸般の事情から家を出て一人暮し(実際には違うが)をする事が出来なくなってしまった。
いくら佐祐理さんが懇願してもこればかりは許可が下りなかったようで、彼女は大変済まなさそうに俺達に頭を下げていた。
そうなると、後は俺と舞の二人という事になるが、流石に高校卒業前に同棲と言うのは抵抗がありすぎるし、それを抜きにした所で今の俺にはそんな経済力はない。
だが、卒業すれば今までのようには会えなくなる以上、やはり出来る限り舞の側にはいてやりたい……。
二律背反に悩まされながら悶々としていたある日、その事に気付いた秋子さんが俺に声をかけて来た。
まあ、よく考えれば当然の事態といえる。俺は割と考えてる事が顔に出るタイプだし、それ以上に秋子さんはああ見えて聡い。
だが今回、出来る事なら俺はこの件を秋子さんには相談したくなかった。無論、怒られるからとか反対されるからとか言う理由ではない。むしろ全く逆の理由からだ。
事情を話せば、秋子さんはいとも簡単に、「じゃあ、ウチに住んでもらいましょう」と言ってくれるだろう。
だが、今回の件は俺個人の問題である。そこまで秋子さんに迷惑をかけるのは流石に心苦しかった。
だが、一人で悩んでも良い案など出ようはずもなく、それに、家を出るならどの道秋子さんにも相談しなくてはならない。
結局、俺は秋子さんにまず事情をかいつまんで説明し、例によって例のごとく、秋子さんは一秒で「了承」の返事をくれた。
その後、俺は家に舞を呼んで、名雪も交えて今度は全ての事情を、舞の許可を得て説明する。
十年前まだ子供だった名雪はともかく、秋子さんは舞の名に聞き覚えがあったらしく、何度も感慨深げに頷いていた。
「それなら、いつでも遠慮なくウチに来てくださいね。皇也さんにとって大切な人なら、私達にとっても同じですから」
「いつでもいいよ〜」
そう言って微笑む名雪と秋子さんをまじまじと見つめると、舞はこくんと一つ頷いて、
「……有難う」
と呟くように礼を言った。
そして、少し実際的な話をした後、舞がこの家に来るのは三月の七日−−卒業式が終わって最初の日曜である−−に決まり、その日は自宅に帰る事になった。
「どうだった? あの二人の感想は」
舞を家まで送る道すがら、俺はそんな事を尋ねてみる。ま、聞かなくても答えは想像つくけど……。
「……凄く、嫌いじゃない」
やっぱりな。
秋子さんも、名雪も、タイプとしては佐祐理さんとかなり似ている。相手がどんな人間であろうと受け入れ、安らがせるような度量の広さがある。
佐祐理さんと三人で住む予定は崩れたが、彼女はウチに遊びにくれば問題無いし、舞と秋子さん達の双方がお互いを受け入れた以上、結果として当初の予定より遥かに事態が好転したとさえ言える。
俺はこの時ほど、あの二人の存在を有難く思った事は無かった。
「皇也」
「ん?」
彼女の家の前で、舞は突然俺に声をかける。毎度の事ながら彼女が何を言い出すのか見当も付かないので次の言葉を待っていると、
「その日になったら、私を、あの家で出迎えて欲しい……」
と呟いた。
その言葉が何を意味するのか、この時の俺にはよく分からなかったが、あの舞が自分から何かを要求するなんて滅多に無い事である。一も二もなく頷いて、この日は別れた。
それから、その日に向けて一枚一枚カレンダーはめくられていった。
舞と佐祐理さんは揃って同じ大学に合格し、舞は保護者である叔母から、家を出る許可を取りつけた。
そして、今日……。
「えーと、そんじゃまあ、舞の新しい生活を祝して、乾杯!」
「かんぱーい!」
「………」
何となく気の利かない音頭取りではあったが、それでも皆グラスを掲げてくれる。
昼頃に舞の荷物と一緒に来た佐祐理さんと一緒に舞の部屋――以前真琴が陣取っていた部屋である――に荷物を運び込み、何とか形になった所で、彼女を歓迎するためのささやかな祝宴が開かれた。
ささやかとは言っても料理名人の秋子さんと佐祐理さんが腕によりをかけて作った料理が並べられ、秋子さん公認で――少しだけだが――アルコールも持ち込まれた。
酒の勢いも手伝ってか、佐祐理さんも名雪も常になくはしゃぎまわり、秋子さんもにこにこしながらもっぱら給仕に勤しんでいる。
今夜の主賓である舞も、無表情はいつもの事ながら、言動の端々から充分楽しんでいる事が伺える。
何もかもが満たされた完全な光景。どこまでも続く、黄色い道の第一歩。
俺は、身の丈ほどもあるケーキを一人で全部食べてもいいと言われた子供のように、不安と興奮で弾け飛びそうになりながらその光景を見つめていた。
それは、例えば朝の食卓―――
和食が好きだと言う舞の為に、ここ最近の朝食はトーストとコーヒーではなく、ご飯と味噌汁がメインになっていた。
イチゴジャムが大好きだった名雪がさぞや意気消沈するだろうと思っていたが、
「切干大根、美味しい」
と、相変わらず幸せそうに朝食を頬張っていた。どうやら甘めのものなら何でも良いらしい。
ぐしゅぐしゅ、ぐしゅぐしゅ、ぐしゅぐしゅ……。
納豆の中に辛子とネギを少しずつ入れ、よーくかき混ぜてから醤油を垂らす。
香ばしい匂いがぷんと立ち昇り、胃袋の運動を促す。日本人にとっては至高の食べ物だ。
「うう〜〜〜、変な匂い〜〜〜」
が、名雪の好みには合わなかったようで、納豆ぶっかけご飯を掻き込む俺と舞の横で顔をしかめていたりする。
「何だ名雪、納豆嫌いか?」
「臭いよ〜〜。味も変だし、べたべたして食べにくいし……」
「美味しいのに……」
口から納豆の糸を引きながら、舞が呟く。まったく、この美味しさが理解できないなんて不幸な奴だ。
「そう言えばお前、いつだかイチゴジャムがあればご飯三杯は食べられるとか言ってたよな」
「あれは冗談だよ……」
唐突に思い出した俺の言葉に、名雪は口を尖らせる。
「いや、お前なら本当にやりかねんな。今度寝ぼけてる時にでも試してやろう」
「やめてよ〜〜」
とすっ。
「うくぁっ」
意地悪く追及している俺のこめかみに、いきなり箸が突き刺さる。こう言う事をするのは……。
「舞〜〜〜〜」
「気持ち悪い」
睨む俺にしらっと返すと、舞は箸先をティッシュで拭いて、食事を再開する。
「それに、名雪をいじめない」
ここ数日で、舞と名雪はすっかり仲良くなっていた。お互い動物好きと言う事で気が合って、今やすっかり実の姉妹同然である。
「有難う、舞ちゃん」
「………」
こくん。
笑顔で礼をいう名雪にちらりと目を向けて、舞は相変わらず無言無表情で頷く。その間にも箸は全く止まっていない。
「ごちそうさま」
味噌汁――今日の具はナスである――まで平らげて、舞は席を立つ。そこで時計に目をやると、そろそろ急がなくてはヤバい時間である。
「おっと、まずいまずい。そろそろ行くぞ、名雪」
「あ、うん」
二人で急いで残りを片付け、家を出る。俺達がいない間は佐祐理さんが来てくれる事になっているので、舞が独りになる心配も無い。
俺達は心を弾ませながら、学校への道のりを走っていった……。
それは、例えば菜種梅雨の昼下がり―――
「ただいまー……、うおっ!?」
土曜の半ドンを終えて家に帰りつくと、いきなりリビングに原色が散乱していた。赤、青、ピンク、緑、黄色……。
それらはきれいに正方形で、何となく懐かしいような感じも……。
「って、折り紙か」
その正体に気付いて、俺は声を漏らす。余りに長い事見ていなったので、一瞬自分が何を見ているのか理解できなかった。
「何してるんだ? 舞」
その中心にいた舞は、秋子さんから何かを教わりながら、一心不乱に折り紙と格闘していた。
「……ウサギさん」
俺の問いに、チラッとこちらに目を向けて舞はそう答える。成程。確かに折り上がっている折り紙は全部動物の形をしている。
「……クマさん、キツネさん、ツルさん、お馬さん、キリンさん……」
それらを一つ一つ並べながら、また舞は何かを折り始める。今度はサルだろうか?
「ちょっとした動物園だな」
それを立ったまま眺めている俺に、秋子さんが声をかけてきた。
「皇也さんもどうですか?」
「俺が折れるのっていったら、せいぜい鶴とヤッコと船と手裏剣くらいのものですけどね」
「大丈夫ですよ。私が色々教えてあげられますし」
まあ、そう言う事なら別に断る理由も無い。俺も舞に倣って折り紙と戯れてみる事にした。
その後、いつもの通り遊びに来た佐祐理さんは舞にあやとりを教えだし、俺もケン玉を買ってきて腕前を披露したりした。
どうやら、ウチはいつの間にか「昔の遊び研究会」になってしまったらしい……。
それは、例えば天気のいい春の午後―――
「こいつ等は……」
「あははー、気持ち良さそうですねー」
俺と佐祐理さんが買い物から帰ってくると、出る時しりとりをしていたはずの舞と名雪は、日当たりの良いリビングの縁側でお互いの脚を枕にするようにして気持ち良さそうに寝こけていた。
「ったく……。寝るんならベッドで寝ればいいのに」
「お昼寝するなら、こういう暖かい所で転がる方が気持ち良いですよ」
ぶつくさこぼす俺に、佐祐理さんがフォローを入れる。
とにかく、ただこのままにもして置けないので、タオルケットでも掛けてやろうと近づいた時、いきなり舞が目を覚ました。
「………」
「何だ、起きたのか。ほら、なんか掛けて寝ないと風邪引くぞ」
「………」
だが、舞は俺の言葉に一向に反応しない。焦点の合わない虚ろな目で、じっと俺を見つめている。
「………」
「………」
まさか……。
「……ウサギさん」
ぎゅっ、ぱたっ!
「だーっ! やっぱりか!」
思いっきり寝ぼけていた舞は、俺の首っ玉にしがみついてそのまま床に引き倒す。ううう……、舞の胸が顔に当たって……、いや、そうじゃなくて。
「うにゅ……」
と、今度は俺の足元で名雪が目を覚ます。が……、
「けろぴー」
案の定寝ぼけていた名雪は、ぼそっと呟くと俺の脚を抱きかかえてまた寝に入る。う、動けん……。
「俺はウサギさんでもなければけろぴーでもないぞ……」
「くー……」
「すー……」
が、二人は俺の言葉などお構いなしに熟睡している。その様子を、佐祐理さんはニコニコと楽しそうに見ていた。
「両手に華ですねー」
「……そう見えますか?」
なんか、二人が目を覚ました時が怖いんだが……。
「折角ですから、佐祐理もここでお昼寝します」
しかも、佐祐理さんまで床に寝っ転がるし……。何か、もうどうでも良くなってきた……。
「俺も寝よう」
結局、俺達四人は春の日溜りの中で心地よい惰眠をむさぼる事になった。無論、後で目を覚ました舞にチョップの連打をくらったのは言うまでもない……。
それは、例えば涼しい風の吹き渡る草原―――
「お馬さん……」
舞が、心底愛しそうに馬の顔に頬擦りをする。俺達はゴールデンウィークを利用して、とある牧場に泊りがけで遊びに来ていた。
こう言っては舞に悪いだろうが、毎回毎回出かける先が動物園では流石に飽きが来るし、ここなら、動物園より種類は少ないが、その代わり動物たちと直接触れ合う事が出来る。自分で言うのもなんだが悪くないチョイスだ。
「舞ー! 一緒に乗馬しようよ」
すでに馬に跨っている佐祐理さんが、舞を誘いに来る。どうやら余程慣れているらしく、誰にも手伝ってもらわず一人で馬を乗りこなしている。流石はお嬢様……。
「………」
こくん。
相変わらず無言で頷き、こちらは職員に手伝ってもらいながら馬に跨る。
始めはかなりぎこちなかった舞だが、そこは天性センスの良い彼女の事、あっという間にコツをつかみ、佐祐理さんと一緒に馬を走らせていた。
その間、俺と名雪は牛の乳絞りの手伝いをし、秋子さんは割り当てられたバンガローで昼食の支度をしている。
「お昼が出来ましたよー」
その言葉で、俺達は作業を一旦中断し、バンガローへ。
昼食は朝産みの卵と俺達自身が絞ってきた牛乳で作ったオムライスと、すぐそこの畑から取ってきた野菜のサラダ。秋子さんの腕が良い所に持ってきて、材料まで新鮮なのだからうまくないはずがない。
腹一杯になるまで平らげるとまた牧場へ遊びに出る。今度は俺と名雪が乗馬に挑戦し、後の三人は見物に回っていた。
「わっ、わっ、わっ」
「っとと。結構難しいな、これ」
自転車に乗るようなものだろうと思っていた俺の予想は、至極簡単に裏切られた。
俺達のようなズブの素人を乗せるような馬だから、気性は大人しい方なのだろうが、
それでもなかなか思うように動いてくれない。職員が口を引いてくれていても、時々落馬しそうになる。
「……馬に逆らわない」
そんな俺達に、舞がぼそりと忠告する。成程、そうするとかなり楽になってくる。
一応それなりに乗れるようになった後、今度は舞と名雪が中心になって動物達と戯れて回る。
舞は大好きなウサギを見つけて恍惚としたように可愛がっていたし、名雪も――アレルギーに苦しみながら――執念で猫と遊んでいた。
夜になると、少し早い怪談に興じながら時を過ごし、それにも飽きるとまた相変わらず折り紙やあやとりで遊んだ。
予報によるとゴールデンウィーク中はずっと快晴だという事らしい。明日もまた疲れ果てるまで遊ぶとしよう……。
一日一日積み重なっていく、なんでもない事。平凡な日々
だが、改めて振り返る時、それは余りにも幸せで、暖かくて…
ずっとずっと、何の変化も起こらないと信じていたその生活は、それでも、季節が移り行くのと同じように、少しずつ、様相を変えようとしていた…
バタバタバタバタ……。
(……またか)
真夜中。誰かが廊下を走る音で目を覚ます。別に珍しい事ではない。ここ最近、一週間から十日に一度くらいは、水瀬家でこの音が立つ。
ガチャ!
音の主は、俺の部屋のドアを勢いよく開けると、そのまま俺のベッドに飛び込む。そして、俺の胸にすがりつくと、ぐしゅぐしゅと泣きじゃくった。
「どうした、舞。また怖い夢でも見たか?」
「………」
こくん。
音の主――言うまでもなく舞である――は、俺の胸の中で頷く。昼はまだ自制心を働かせている舞だが、夜になるとこうして完全に子供に戻ってしまう。いつも、俺達が いなくなる夢におびえ、その不安を打ち消すために俺の所に駆け込んで来る。
「ほら、俺はここにいるぞ。名雪だって、秋子さんだって、佐祐理さんだってずっとお前の側にいる。だからもう泣くな」
「………」
……こくん。
髪を撫でてやりながらそう言い諭すと、今度は少し躊躇いながらも、舞ははっきりと頷く。後は、こいつが寝つくのを待つだけである。
「……すー」
「……やっと寝たか」
確認して、俺はベッドから抜け出す。もちろん、舞の涙と鼻水でぐしょぐしょになったパジャマを着替えるためである。
舞がウチに来てから、パジャマの着替えが四・五着あるという、なかなか異様な光景が展開されていたりする。
「今日は結構手強かったな……」
なかなか寝つかなかった今日の舞を思い出しながら、ドアを閉めて新しいパジャマに袖を通す。俺も明日は学校だ。早いとこ寝直さないと……。
「………」
キュッ。
「………」
いきなり、背中から誰かに抱き付かれた。……いや、『誰か』ではない。舞に決まっている。この部屋には俺達しかいないのだから。
「……舞?」
「………」
「俺は、ウサギさんじゃないぞ」
「……皇也」
はっきりとそう呟く舞から一度体を離して、俺は彼女と正面から向き直る。舞はしっかりとした瞳で俺を見上げると、もう一度俺の胸に顔を埋めた。
「………」
「………」
「………」
「………」
暗い室内に沈黙だけが響く。俺は、躊躇いがちに手を伸ばし、舞の降ろした髪を撫でる。
俺の胸に頬を寄せながら、舞はうっとりと目を閉じて、その行為を受け入れていた。
「……皇也……」
そのまま、舞はもう一度俺の名を呟く。鼓動が、早くなってきた。
「分かってるのか?」
「………」
こくん。
「……痛いぞ?」
「……慣れてるから」
「そう……だったな」
かつて――。あの夜の校舎で、舞に同じものを求められた時、俺はそれを与える事を拒絶した。
あの時こいつが求めていたものは、癒される事でも、慰められる事でもなく、ただいたずらに自分を傷つけ、苦しめる事だったから。
だが、今は違った。今舞は、俺の腕の中で、安息と、充足を望んでいた。そしてそれは何よりも、俺が舞に与えたいと思っているものでもあった。
「舞……」
俺の胸から顔を離させ、その唇を俺の唇で塞ぐ。そのまま力をこめてその細い肢体を抱きしめ、身体全体で、舞を感じていた。
「……!!」
舞の唇を割って、舌を差し入れた瞬間、舞は思い切り驚いて俺から身体を引き剥がす。その顔には驚愕と動揺がありありと浮かんでいた。
「何だお前、もしかして、ディープキスって知らないのか?」
「………」
呆れたように言う俺に、余程動揺しているらしい舞は、頷く事さえ忘れて目をしばたかせている。
まあ、考えてみれば当然だろう。こいつは今まで、そう言う事とは全く無縁の世界に生きてきたのだから。
「わかった。じゃあ、今のはなしだ。ほら」
そう言って、俺はもう一度舞の顎を持ち上げてやる。舞は暫く戸惑ったように、上目遣いで俺の顔を見ていたが、やがてもう一度目を閉じて、キスを受け入れた。
「………」
「………」
どれだけの間、そうしていたのか――。
ややあって俺は、唇を舞の唇から離し、首筋を這わせ始める。
その時、舞は一瞬ビクンと身体を痙攣させたが、もう拒絶するような事はなく、そのまま俺のなすがままにされていた。
一つ一つボタンをはずし、上着を脱がせると、何も隠すもののない、白い裸身が露になる。
月明かりに照らされた舞は幻想的なまでに美しく、手を触れたらついと消えてなくなってしまいそうな気さえした。
「女の人って、寝る時ブラジャーはつけないって聞いたけど、本当だったんだな」
とすっ!
返事の代わりにチョップが降って来る。どれほど美しくても、やはりこう言う所は舞である。
その手をとって、口元に近づけると、まずその人差し指を口に含んでやった。
はじめ、何をされているのか分からない様子だったが、二本目、三本目になると、段々感じ始めて来たらしく、切なげに顔をゆがめながら、必死に声を押し殺していた。
「気持ち良かったら、声出してもいいんだぞ」
何となくオヤジ臭い台詞だったが、俺は舞にそう言ってやる。正直な所、舞のそう言う声を聞いてみたかったのだ。
「………」
俺の言葉に、舞は涙目で俺を睨む。その表情に何となくおかしみを感じながら、俺は舞の身体を抱え上げ、そのままベッドに横たえてやった。
「………」
長い髪をベッドに広げて、舞は上気した顔で俺を見る。その舞ともう一度唇を重ねると、今度はもっと下の方へ唇を這わせてやった。
「……ふっ、んっ! んくんっ!」
胸元から始まって、おへその方までじっくりと責める。そして、白いお腹のある一点に執拗なまでに吸い付き、そこに赤い痕をつけた。
「………?」
今はもう、何の痕跡も残ってはいない。あの時、舞が自分自身を刺し貫いた場所。
流れ出る血と、消えていく命。それなのに、俺には何も出来なかった。
ただ、剣を抜き、少しでも血を止めようと、無駄な努力をするだけだった。
結局、舞が何故助かったのか未だに判然としない。恐らくは彼女自身の力が彼女を救ったのだろうが……。
暫くそうした後、また胸に戻る。細い身体の割に豊かな胸。その頂点にあるピンク色の突起は、すでに痛いくらいに硬くしこっていた。
カリッ。
「ひくぅっ!」
それを口に含んで、軽く歯を立ててやると、舞はひときわ高い声を上げて身体をのけぞらせた。その反応が余りにも過敏だったので、俺も思わず動揺して、
「い、痛かったか……?」
と聞いてしまう。だが、舞は息を荒くしてふるふると首を横に振った。その応えに安心して、俺は再び舞の乳首を責め始める。
コロコロ、カリッ、クニックニッ。
「ひゃふっ! あ、あくあはっ! はっ、くひぃっ!」
片方の突起を舌で転がし、時々軽く歯を立て、もう片方を指でつまんでしごいてやる。
それだけで、舞はさっきまで声を殺そうとしていた事など殆ど忘れたように、面白いくらいの反応振りを見せていた。
(そろそろ、いいかな……?)
そう思って、右手を舞のズボンの中に差し入れてやる。その瞬間、舞はビクッとして脚を閉じようとしたが、それでどうなるものでもない。
俺の指先に、小さな布切れで覆われた舞の秘所が触れた。
(すごいな……)
下着の上からでも分かるくらい、舞のそこは潤っていた。濡れた恥毛のざらりとした感触と、ぷっくりと膨らんだ真珠の存在感が、俺の欲情を煽り立てる。
「……脱がすぞ」
一応断って、舞のズボンとショーツの両方に同時に指をかける。舞は暫く無言でそれを見ていたが、やがて弱々しく頷くと、自分から脱がしやすいように腰を上げてくれた。
スルッ……。
下半身を覆う衣服が脱がされ、舞の身体は正真正銘、一糸纏わぬ全裸となる。
・・・・美しかった。
何度美しいと繰り返しても足りないくらいに。まるで、夜の光を集めて作ったような、見る者全てを夢幻の彼方へ誘い込むような、現実離れした異界の美。
それが、俺だけの目に晒されて俺の前にあった。
心臓が頭の中に移転したようにうるさく鳴り響き、世界そのものが紅く染まったように見える。
彼女を抱きたいと言う欲望と、純粋に、その美しさに感動する気持ちがせめぎあって、俺は暫く、指一本動かせないまま、馬鹿のように彼女の肢体を見つめていた。
「………」
だが、俺は結局、行為を再開する。それで、舞を汚す事になったとしても、俺は、舞に俺を刻み込みたかった。
俺にしか見せない姿、俺にしか聞かせない声、その全てを、本当に俺一人のものにしたかったのだ。
「……ん……」
もう一度、最初に戻って、俺は舞と唇を重ねる。もう充分高まってきたせいだろうか、驚いた事に舞は自分から舌を差し入れ、俺を求めてきた。
その事に、俺も我を忘れてその行為に没頭する。二人の舌が絡み合い、お互いの唾液をむさぼり合う。その間に、俺は右手を舞の秘所に当てる。
少し粘り気のある液体が俺の指先に絡みつき、そのままシーツに滴り落ちる。その指を二本揃えて刺し入れると、殆ど何の抵抗もなく、俺の指先を飲みこんだ。
「……っ!!」
大きく目を見開いて、舞はまた腰を跳ね上げる。その反応が面白くて、俺は彼女の中で指をうごめかせた。
「……んぐぅっ! んっ、んんぅっ! んふむっ! んむぅっ!」
舞は狂ったように腰をばたつかせながら、喘ぎ声を上げる。
今は俺が口を塞いでいるからいいが、そうでなかったら、名雪でさえ起きてきそうな大声を上げていただろう。
(試してみようか……)
そんな事を考えて、俺はキスをやめ、顔を舞の下腹部へと移動させる。
後で冷静になってみると馬鹿な事を考えたものだが、今の俺の頭にそんな理屈は無かった。夢うつつのような状態で、ただ彼女を貪り、彼女に俺を刻み付ける事しか考えられなかった。
クリッ。
「ふあっ! あはあぁぁっ!」
俺の舌先が、包皮から半ば顔を出した桃色の花芯に軽く触れる。それだけで、舞の腰は俺にぶつかりそうになるくらい大きく跳ね上がった。
チュルッ。チュク。チュププ。クポッ……。
もう少し顔を下の方に移して、今度は舞の割れ目の中に舌を滑り込ませる。彼女の粘膜に俺の舌をこすりつけ、あふれ出る蜜を存分にすする。
「ひやっ! あかっ! ひくうっ! あひいぃっ!」
最早辺りをはばかる事すら忘れたように、舞は恍惚として声を上げる。
そして、彼女の中の上の部分をこすり上げた時、そのキャパシティは臨界点を越えた。
「……あっ、ふくっ、ううああ……」
すすり泣くような声を上げて、舞の全身は何度も痙攣する。そのたびに、舞の秘裂からはねっとりとした液体が吹き零れ、俺の顔を汚した。
「……大丈夫……か?」
パジャマの裾で顔を拭きながら、舞に尋ねる。舞は暫くしゃくりあげるように肩で息をしていたが、少し落ち着いてくると無言で一つ頷いた。
「……皇……也……」
そして、哀願するような口調で、俺の名を呟く。その意図する所は理解できたが、今の舞にそれが耐えられるかどうか、不安だった。
「……いいのか?」
「私は……まだ平気。それに、皇也は終わってないから……」
……確かに、舞を高める事にのみ専念していたせいで、俺の分身は未だに痛いほど張り詰めている。
暫く逡巡した後、俺は自分のそれを、まだぱっくりと口を開けている舞の入り口へとあてがった。
「………」
「………」
そして、俺は俺自身を舞の中へ突き入れる。途中で何かを引き剥がすような感覚がして、俺のものは舞の中の一番奥にまで埋め込まれた。
「………!!」
自分の中に異物が侵入して来る激痛に、舞は顔をのけぞらせ、歯を食いしばって悲鳴をこらえる。《魔物》との戦いでは見せた事すらない、苦痛の表情。
分かってはいたものの、やはり苦い罪悪感が胸に込み上げてきた。
「舞……?」
一瞬、やめてしまおうかと言う考えが頭の隅をかすめる。だが、舞はその繊手でそっと俺の顔を包み込み、励ますように口を開いた。
「……痛いのはっ、知っ、てるから。このま…ま…、最後、までっ……」
苦しげな息の下から必死で声を絞り出す。いつもは滅多に見せる事のない健気な姿に、俺は思わず舞を抱きしめた。
そしてややあって、俺はゆっくりと、ぎこちなく腰を動かし始めた。
ずちゅ、ずちゅ、ずちゅ、ぐちゅ……。
一度達しただけあって、舞の中は充分過ぎるほどに潤って、突き上げるたびに肉襞が俺の肉棒をざわざわと刺激する。
腰がそのまま溶け崩れ、いつ舞の奥に精を放ってもおかしくないような快楽の中、舞の方は相変わらず、苦痛をこらえるように目を閉じ、眉をしかめていた。
(………)
初めてなのだから無理もないが、このまま俺一人が気持ち良いままと言うのは、何となく理不尽な気がする。これではまるで、俺が舞に無理強いをしているみたいである。
「……よっ……と」
ふと思いついて、つながった態勢のまま、舞と上下を入れ替える。突然の事に、舞は戸惑った表情で俺の顔を見下ろしていた。
「自分でさ、痛くないように動いてみろよ。俺だけ……ってのも何だか不公平だし」
「………」
俺の提案に、舞は暫く困ったような、躊躇うような複雑な表情を見せていたが、やがて俺にしがみつくように倒れ込むと、腰だけをクチュッ、クチュッと少しずつ動かし始めた。
「……んっ。ふうっ、はあっ、んんっ……」
そうしているうちに再び舞の表情が恍惚となり、声が艶を帯び始める。そして、段々慣れて来たのか腰の動きも激しく、大胆になっていった。
「……こ、皇…也…、皇也……」
切ない声で、舞が俺の名前を呼ぶ。それに応えるように俺も体を起こし、お互い座ったまま抱き合う形で腰を動かした。
「……うっ、くうっ、くっ……。……あ、舞……」
「……ふあっ! あくっ! くんんっ!」
お互いの顔を間近に見ながら、俺達は互いの身体を貪り合う。
もう舞の顔には一片の苦痛もない。快楽に酔った、今まで誰も見た事のない《女》の顔がそこにあった。
きつく締めつけてくる襞の動きに刺激され、俺の方もそろそろ限界が近づいてきた。
それは舞も同じらしく、突き上げる度に、一番奥の部分の締め付けが激しく、多くなってくる。
(もう……少し、我慢しないと……)
「はあっ! はあぁっ! んふうっ! あふぅっ!」
舞の嬌声が耳に突き刺さるたび、何度も彼女の中に全てを解き放ってしまいそうになる。だけど、まだ、終わるわけには……。
「……皇……也……! あふっ! あはっ! はああっ! くふっ! んくうぅぅぅっっっっ!!」
そうしているうちにひときわ強く肉棒が締めつけられ、舞がまた絶頂を迎える。俺も、もう……。
「ま、舞……! う……、くうっ!」
ズルッ! ドクッ! ドクッ! ドクッ……!
最後の瞬間、あわやの所で舞の中から俺自身を抜き去り、そのまま舞の身体に自分の欲望をぶちまける。
全ての感覚が研ぎ澄まされた舞の身体は、その感触にすら絶頂の余韻を刺激されるらしく、俺の白濁が肌に張り付くたびに、びくんっ、びくんっと全身を痙攣させていた……。
「……皇也」
事が済んだ後、ベッドに身を横たえてぼんやりと俺の顔を見つめていた舞が、不意に口を開く。
「ん?」
「………」
呼んでおいて、俺が問い返してもまるで返事をしない。ただじっと、俺の顔を見つめている。
「皇也」
もう一度、俺の名前を呼ぶ。まるで、俺の存在を確かめようとするかのように。
「ああ」
俺も、もう一度返事をする。会話がつながる事はもう期待していなかった。こいつはただ、俺の名を呼びたいだけだという事が分かったから。
「………」
俺の返事に、舞はごく微かに、口元をほころばせる。そして、俺の胸元に顔を寄せると、うっとりとした顔つきになって、もう一度
「皇也」
と俺の名を呼んだ。
「………」
今度は俺も返事をしない。ただ、汗で濡れた舞の髪を、彼女が寝つくまで何度も撫で続けてやる。そのうちに、俺の意識も闇の中へ吸い込まれていった……。
「皇也、朝。起きて」
耳元で、舞の声が聞こえる。……ああ、そう言えば、昨夜は俺のベッドで眠ったんだっけな。
「皇也、朝。起きて」
……もう少し寝かせてくれ。もう大学生のお前はいいかもしれんが、高校生の俺にとって目覚ましが鳴るまでの数分は貴重なんだぞ。
「皇也、朝。起きて」
……しつこいな。それに同じ台詞を飽きもせずに何回も……。まるでお前が目覚ましみたいだぞ。
(………。ん?)
ふと心付いて、俺は布団から跳ね起きる。部屋中ぐるりを見まわしても舞の姿はどこにもない。だが、相変わらず舞の声は聞こえ続けている。
「皇也、朝。起きて」
声のする方に目をやると、いつもなら間延びした名雪の声を流すはずの目覚し時計が、今日は舞の声を出しつづけている。
一度スイッチを押して目覚ましを止め、それを手にとってまじまじと眺めてみた。
カチッ。
「皇也、朝。起きて。皇也、朝。起きて。皇也……」
カチッ。
スイッチを入れ、また止める。どうやらいつの間にか舞が録音をし直したらしい。
(もしかしてあいつ、俺が毎朝名雪の声で起きてるのに妬いた……とか?)
そう考えると、何となく可笑しいような、嬉しいような、複雑な気分になる。
俺は目覚ましをいつもの場所に置くと、いつものように制服に着替え、一階に降りていった。
「おはようございます」
「あら、皇也さん。おはようございます」
「………」
食堂に入ると、いつも通りに秋子さんと、珍しく舞が先にいた。
秋子さんは何故か分からないがいつにもまして上機嫌だったが、舞はまるで昨夜の事が夢だったように相変わらず無表情である。いや、無表情と言うよりも、俺を避け ているような気がするが……。
「皇也さん。今日の朝食はすごく美味しいですよ」
余程自信作なのか、秋子さんはにこにこしてそう言う。
「だって、今朝は舞ちゃんが作りましたから」
「……食えるのか?」
どがしっ!
言った瞬間、視界が自分の意思によらず思いっ切り下を向く。無論舞のツッコミチョップだが……、痛いぞ、ものすごく。
「皇也、朝ご飯抜き」
しかも冷酷無情にそんな宣言までしてくれる……。
「だめよ、喧嘩しちゃ」
さらに秋子さんはそんな事を言うだけでフォローしてくれない。流石に少しまずいかもしれない。
「冗談だって」
秋子さんがこちらに背中を向けているのをいい事に、俺は舞の首に腕を回して抱き寄せる。やはり怒っているらしく、俺を見る目は非常に冷たい。
「そうそう。今朝は、お前のお陰ですっきり目が醒めたぞ」
何とか失態を取り繕おうと話題を変えると、案の定、舞は目許を紅く染めて視線を逸らす。
「後は、もう少し色気があれば完璧だったな」
そう言うと、舞はますます目許を紅くし、そっぽを向く。そこへ、ちょうど寝ぼけ眼の名雪が、ふらふらと揺れながら食堂に入ってきた。
「さ、メシメシ」
何とかうやむやにして、俺は朝飯にありつく。
今朝のメニューはきんぴらごぼうに卵焼き、納豆に芝漬け、それとご飯に大根の味噌汁である。この内きんぴらごぼう、卵焼き、味噌汁を舞が作ったらしい。
で、味の方はと言うと……。
「そこそこだな」
「美味しいよ」
俺の評価に、名雪が不満気に反論する。
まあ、確かにかなりいい出来ではあるのだが、いかんせん秋子さんの多芸振りや佐祐理さんの細やかさには及ばない。それに……。
「やっぱり、将来皇也さんが一番多く舞ちゃんのお料理を食べるようになるんですものね。点数も辛くなるかしら」
「っぐ!」
内心で言おうとしていた事をまともに言われ、思わずご飯を喉に詰まらせる。あ、秋子さん……。
「………」
真正面の舞を見ると、顔を耳まで赤くして下を向いている。それでも余り表情を変えない所はもはや芸と言ってもいいだろう。
「ご、ご馳走様」
その場に居耐えなくなった俺と舞は、慌ててご飯をかきこみ、席を立つ。その後を名雪が追いかけ、それを秋子さんがのんびりと眺めていた……。
そして、また何でもない一日が始まる。
その平凡な日々の合間に増えていく舞の笑顔。いつか、その心を覆う氷が全て溶け去った時、彼女の笑顔はもっと屈託のない、明るいものになるのだろう。
その日が、少しでも早く訪れるためにも……、
今日も、善い一日でありますように……。
END
後書き(っぽいもの)
……お、終わったあ……(虚脱)。疲れた……。まさか、18禁書くのがこんなに疲れるなんて……。
あ、すいません。一応今回の作品の自己解説です。
今回のテーマは「100%無添加幸せのてんこ盛り」。とにかく砂吐くほど幸せな舞が書きたかった。ただそれだけです。
発端は、舞のHシーン。最初は作中の通り拒否したのですが、一度クリアしてこの部分だけやり直してみると、まあ後味の悪いこと悪いこと。
これが、二十数年18禁など書いた事のなかった私をして、こんな話を書かせる原因となりました。やっぱり、好きなキャラには幸せになって欲しいですからね。
「幸せな恋人達の物語、シャストア様は大好きだから」(byエフェメラ・クルツ)ってなもんです。
家族が居て、親友が居て、恋人が居る。そんな平凡な幸せを詰め込んで見たかったのですが、上手くいったでしょうか?
皆さんのご感想をお待ちしております。それでは……。
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