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kanon哀の激情 特別編
『思い、行き着く先』
…信じなかった。
……信じたくなかった。
………信じられなかった。
行けば、迎えてくれると思った。あの眩しい笑顔で、笑ってくれると思った。
だから俺は行った。あいつの、住む家に…
「…あの、ちょっと!」
「失礼、します…」
制止する声、止まることない足。廊下を歩き、それらしき部屋にたどり着く。
「ちょっとあなた、一体何なんですか!」
「あいつに……あいつに、会わせて…」
声がよく似ている、母親だろう。
顔立ちもどことなく血の繋がりを感じさせる作りである……けれど違う。俺が会いたいのは、触れたいのは、感じたいのは……
「栞…」
栞はそこにいた。いつもの笑顔を携えそこにいた……小さな写真立ての中、遺影と呼ばれる写真の中に栞はいた。
「俺だよ。分かるだろ、祐一だよ……栞ぃ…」
「あなた、あの子の…」
世界は変わると思っていた。奇跡は信じれば叶うと思っていた。たとえどんなに絶望的なことでさえ、望みさえ捨てなければ叶えてくれると……
「俺はぁ……」
あいつが死亡したという、デタラメを聞いて一週間の日が経っていた……
・
・
「……来るなら来るって言ってくれれば」
「……………………………」
「帰ってきたらあなたが黙ったまま突っ立ってるんだもの……母さん驚いてたわ」
制服姿の香里、学校帰りなのだろう。俺がが最後に行ったのはいつだったろうか。そんなことすら思い出せない。
「……………………………」
「聞いてるの相沢君?」
「…………………………………」
「相沢君っ!」
「嘘だろ、香里…」
口からはそれしか出てこない。それしか、出せなかったのだ…
「……みんなして、俺をからかってるんだろ? 俺の慌てふためく姿をビデオにでも撮って、笑い者にしようっていう魂胆なんだろ?
ならもういいんじゃないか。そろそろプラカード持った奴が現れてもいいんじゃないか? もう……あいつに会わせてくれても、いいだろ、香里…」
「相沢……君」
香里の部屋。机にベッドに洋服ダンス……必要最低限の物だけ置かれた質素な部屋。
俺は何故か香里と二人でここにいる。俺が会いたいのは、見たいのは栞なのに……
「なぁ香里ぃ、あいつを何処にやったんだよっ、何で会わせてくれないんだよっ!
プレゼント買ったんだ。あいつ置いてったんだよ。スケッチも、ストールも、あいつに渡すんだ、返してやるんだっ!
だからあいつに……栞に会わせろよっ!!」
香里の肩を揺さぶる。細い肩に指が食い込むほど強く握りしめ、香里を揺さぶる。
「相沢君……あの子は」
「会わせろよっ、会わせろよっ、栞に、栞に、栞にぃ…」
「………………もう一度、言うわ。相沢君」
名雪からも、秋子さんからも、北川からも聞いた言葉。誰もが同じ事を言う。誰もが俺を騙そうとする……そして、香里も同じ事を言う。
「あの子は……栞は、死んだのよ」
変わらぬ表情の香里が……堪らなく憎らしかった。
「嘘だっ!」
「ちょっ、相沢く…」
俺は香里をベッドに押し倒していた。ベッドが軋むほど強く、体が埋もれるほど力を込め、押さえつけていた。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……嘘だっ!
あいつは確かにこの手の中にいたんだっ! 抱きしめた、キスもした、愛し合ったっ! それでも、それでも嘘だと言うのかっ!」
「…だから、何だと……言う、の?」
押さえつけられた状態で、途切れ途切れながら言葉を紡ぐ香里……俺の瞳を捕らえたまま、言葉を続ける。
「あの子との思い出を連ねればいいの? 思い浮かべる限り言えばいいの? 永遠に語り続ければあの子は生き返るの?
あなたは、私に栞の思い出を映して、そうすればあの子が死んだという現実が無くなると思ってるの?」
「違う、ちが…」
「悲しみを偽れば、悲しみが無くなるの?」
「黙れ…」
「私がそうだって言って生き返るんなら……いくらだって言ってあげるわよっ!」
「黙れよっ!」
俺は、香里の口を塞いでいた。自身の唇で、香里の艶のある唇を塞いでいた……
「ンッ! ン〜」
香里の瞳は驚きに見開かれ俺を見つめている……押さえつけたまま、俺の右手は香里の制服の上をまさぐる。
「ちょ、ちょっと相沢君、やめ…」
「うるさいっ、うるさいっ、うるさいっ!」
頭を振り、自由になった香里の口から非難の声があがる。が、俺はソレを無視しそのまま行為を続ける。
左手で香里の両の手を押さえつけ右足を太股の間に割り込ませ力ずくで拘束した。
「あいつは、あいつは……」
引き裂くように制服の前を開き香里の肌を露出させる……
白く、シルクのような輝きを持つ肌。ブラをたくし上げ、その全容を外気に晒す。俺は盛り上がった頂点にある小さな突起に手を重ねる。
「ンッ!」
香里の声に艶っぽいモノが混じる。撫でて、揉んで、摘んで、舐めて……俺は思いつくままに香里の胸を弄ぶ。
突起に興奮がそそがれ、形状が少しずつ変わっていく。その胸に顔を埋めたまま、俺の手は香里のスカートへと伸ばす。
「ン、ン……」
あいつと同じなめらかな感触。右手が太股を経てショーツに触れ、何も訊かず引きずり下ろす。
大事な所を晒され、羞恥に頬を染め顔を背ける香里。固く閉じられた部分に指を押し込み引っ掻くようにほぐす……
痛みに悶えるさまを無視し、俺は自分のモノを取り出した。
「俺はっ、あいつをこの身に感じたんだっ! それをっ、デタラメだというのかっ!」
「あ、相ざ、痛…」
十分に濡れそぼってもない秘所に無理矢理押し込もうとすると香里の顔が苦痛に軋む。
きつい圧力により入り口で一旦止まるが、俺は香里の肩を押さえ体を更に押しつける。
一瞬の抵抗の後何かがブツリと裂け、奥へと潜り込んだ。
「あああああぁぁ……っ!」
絶叫と共に、香里の体はベッドの中で跳ねる……時が止まったかのような静寂。
結合された部分から伝う血潮、それは無理に差し込んだ代償であった……
引き裂かれるような痛みと共に響いた香里の声、そして頬を伝い落ちていく涙の雫。その時になってやっと、俺は自分の過ちに気づいたのであった。
「かお、り…」
「…………………」
「かおり、香里、香里ぃ…」
「………………………」
静寂と共に進む時の流れ……力無い俺の呼びかけに香里は答えない。
落ち着きを取り戻したのか、その瞳に憐憫の色を浮かべ俺を黙って見つめていた。
「…何で、何でだよ……何で俺を責めないんだよっ! こんなことをしたんだぞっ! 許されなくて当然のことをしたんだぞっ!
俺はっ、お前を…何で黙ってるんだよっ!」
「相沢…君」
「その涙はなんだよっ! 泣いてるんだろっ! 泣くくらい哀しいことなんだろっ! そのくらい酷いことされたんだっ、俺にされたんだっ! 俺にっ、俺にっ、俺にぃ…」
「なに、言ってるのよ…」
下になった香里の手が俺の頬を触れる。
「泣いてるのは、あなたじゃない…」
香里の白い手は……俺の頬を伝う涙を、拭ったのであった。
「え、あ、俺……何で…」
言われて、気付く。自分の瞳から、止まらぬ感情が涙となり下にいる香里に降り注がれていることを……
そして、香里が何も言わずそれを受け止めていたことを。
「お、俺…」
「んっ!」
「あ、あ…ごめ…」
「ん、いい、わよ。それより…」
体を動かそうとして、香里の顔が歪む。繋がったままのソレが香里に振動と共に痛みを呼び起こしたのであった。
慌てて抜こうとした俺を、香里は優しく抱き留める。
「謝るくらいなら、もう少し……優しくしてよ…」
初めて、香里からされた口づけであった。
「ン、ン……相、沢………君…」
「香里…」
ゆっくりとした、互いで味わう口づけ。先程とは違う、思いのこもる口づけ……いつしか自然と離れる。
「ごめ…」
「女の子抱いてる最中に、そんなこと何度も言わないでよ」
香里は笑う。痛くない筈がない。けれども、俺に心配を掛けまいと笑ってくれているのだ。俺は喉まで出かかっていた言葉を飲み込む。
「少し、我慢してくれ」
「ん…」
繋がったままの部分を少しずつ上下にスライドさせる。
潤滑が不十分なせいもあって動かすのも辛い。けれど、香里はもっと痛いのだ…無理に引き抜かず、その状態で行為を続ける。
「ん、はぁ…」
首筋から胸元にかけて舌を這わす。右手で胸をさすり、空いた左手を下に伸ばし控えめに主張している敏感な部分を摘む。
その瞬間、香里の体が大きく跳ね上がる。
「あぁっ……そこは、そこはダメ…」
「感じたのか?」
「そんなこと訊くモンじゃないわよ、馬鹿…」
いっそう締め付けてくる感覚が声に出ない回答であった。何度もそこを摘み、指の腹で撫でる。
その度に声を上げ肌を揺らす香里……少しでも、負担を和らげてやりたかった。
「ん…、もう、大丈夫…だから……」
甘みの含まれた声。溢れ出してきた潤滑油により、きつさは変わらないが幾分動きやすくなった香里の内部。
いくぶんかスライドを大きくし、少しずつ挿入を強めていく。甘い吐息が衝く度に漏れる。
「…んっ、気持ち、気持ちいい…」
「香里、俺…」
引き抜く度漏れる艶めかしい喘ぎ、入れる度に跳ねる、形のよい胸。潤んだ状態のまなざしで、香里は俺に訊いてくる。
「相沢、君。下の名前で呼んでも、いい…?」
そろそろ限界が近いのであろう。俺も限界だった……
背に手を回し、答えの代わりに力一杯抱きしめ、渾身の力を込め差し込む。強く、強く貫き、その度に香里の肢体が俺の手の内でビクッ、ビクッと跳ねる。
「香里、香里っ、香里ぃっ!」
「ゆ、祐一く…アアァッ!」
二度・三度、香里の奥底に吐き出していた。
香里も達したのであろう、俺が果てたと同時にその肢体は大きく跳ね、力無く沈み込む……
そして、俺も香里を感じながら混濁の世界へと導かれたのであった。
・
・
「…ネェ」
(……………………)
「ねぇったら…」
(……………………………)
耳に響く聞き覚えのある声。虚空の底から意識が引き出される。それは、確かに俺を呼ぶ声であった。
「…ねぇ、相沢君。起きた?」
「…かお、り」
視界一杯に部屋の天井が映る。横を見ると柔らげな笑みを浮かべた香里がいた。
いつの間にか、寝てしまったのであろう。香里は果てた時のまま、服も着ていない……
薄暗い部屋の中、そこだけ光が灯されたかのように眩しげな笑顔であった。
「母さんが買い物から帰ってきたんだけど夕飯どうするかだって。食べるって言っておいたけど、それでいい?」
「あ、あぁ…」
「ここんところ何も食べてなかったんでしょ。少し胃に入れた方がいいわよ……」
久しく寝てなかった分、スッキリとした爽快感が全身を駆け回っていく。白濁としていた意識も霧が晴れるようにはっきりし、そして…
「今、何て言った!」
自分の置かれた現実を理解したのであった。
「え? 何って、胃に何か入れた方がって…」
「その前だっ!」
「母さんのこと? 別に何も言ってなかったわよ」
香里はまるで何事もなかったかのように平然と話す。一人驚いてる俺が何とも滑稽であった。
「あなたは私の彼氏で、今日は妹のように慕ってた栞のことでちょっと混乱してただけだからって言ってあるから後で会ったら口裏合わせてといてね」
男と一緒に、それも寝ている所を見られてそんなことを言える香里も凄いがそれで納得出来る母親も凄かった。
秋子さんのような母親がこんな所にもいるとは世の中狭いモノだと感心してしまう。
「それともいきなり襲いかかってきた暴漢だって言った方が、よかった?」
「そ、それは…」
イタズラめいた微笑を浮かべての言葉であったが、その一言は俺の感情に確かな楔を打ち立てていた。
香里の言う通りである……俺は、押さえきれない思いのまま行動し、香里に栞を思い浮かべ、抱いたのだ。
許される行為ではない、許されてはいけないことであった。
「冗談よ、そんなこと言うわけ…」
「何でだよ?」
「えっ、何…」
俺は、訊かずにいられなかった。たとえ、それがどんな答えであろうとも…
「お前は、それでいいのかよ? 好きでもないヤツに愛もなく無理矢理抱かれて、それで笑って許せるのかよ! お前はっ…」
「私は、そこまでお人好しじゃないわよ…」
真剣な、香里の瞳であった。
「嫌いなヤツに抱かれて喜べる程、私は安くないわ……
いいじゃない、肉体関係から始まる愛があったって。そこから、始めればいい……順番が変わっただけって、思えばいいだけのことよ」
「いいだけってお前…」
「それに、大丈夫よ…」
香里は俺を見て、そして笑った。
「あの子が愛した人だもん。それで十分だよ…」
あいつと、同じ笑みだった。
冬の木漏れ日のような暖かな微笑み……
そして俺は認識する。あいつはもう、いないんだと…
「あの子言ってたわ『自分は最後の時を大好きな人と過ごせたから、幸せだ』って。『幸せだから、嬉しいから、悲しくない』って…」
俺を自分の胸の内に引き寄せ、香里は淡々と語る。
押さえつけられ顔は見えないが、胸から伝わる心音がどんな思いなのかを伝えてくれた。震える鼓動が思いの強さを教えてくれる。
「だから、だから、私、約束した。『あなたが笑えなくなっても、悲しまない』って…栞は幸せだったんだから、私は絶対悲しまないって……だからぁ!」
俺の肩に回した手が食い込むほど強く握りしめられる。震えている声が分かる。
耐えている感情が分かる。確認せずとも、どれだけ香里があいつを愛していたのかが分かる。だから、俺は…
「栞ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ…っ!」
二人分、泣いた。
二人分、悲しんだ。
二人分……叫んでいた。
愛するが故に正反対な表現でしか愛情を示せない、心優しき姉の分も泣いたのであった…
「いつか…」
堰を切ったかのように泣きじゃくる俺を、その止まることなく溢れる熱き雫をその肌に染み込ませながら香里は呟く。
子供をあやすように俺の頭を撫で、囁いた。
「いつか、二人であの子のことを笑って話せる日が来たら……一緒に泣こうね」
Kanon哀の激情『思い、行き着く先』 完