
| エメラルド・タブレット |
噴煙が見るまに視界をふさぎ、あたりは夜のように暗くなった。 火山が至るところで噴き上がっている。大地は怒り、揺らぎ、荒れ狂い、そして人々とすべてを飲み込んだ。 その直前、何群のアトランティス人は、飛行船に乗り、エジプト、ペルー、メキシコなどあらゆる方向に散らばっていった。 むかし、アトランティスという大陸があった。 アトランティス時代の話は、作り話だと思っている人もいるが、本当の話だ。 トートが共に生きた人々は、何世もの転生を繰り返し、やがて高い星金星へと生まれ変わっていったが、トートは一人地球に残った。 やがて火星から低い意識の群がやってきた。火星の子らは、トートの言葉に従わず、肉欲におぼれ、悪徳がはびこった。しかし、テクノロジーは大きな進歩を遂げていった。テクノロジーは今や霊的な力にとって変わろうとしていた。 それは悪用されるだけだった。彼らは一つの結晶体を開発していた。そのプリズムを使って、彼らは太陽や遠く離れたアクテュルス星の光線から膨大なエネルギー量を集めることが出来た。 初めは彼らもトートの「第一の法」の司祭たちの支配下にあった。だがやがて彼らが実権を握った。彼らは天然ガスなどの天然資源と結合した破壊力を導入し、それがゆっくりと冷却している地球の深部から最初の爆発を誘発した。 それが一連の噴火に繋がり、そしてそれがアトランティスの最後となった。 トートの乗った船は、飛行船と言うよりは宇宙船だった。科学は進み惑星間を移動するのに 必要なものは、意志だった。 トートが船から見下ろすと、ウンダルの高い山に建てられていた神殿も、波打ちぶつかり跳ね返り、やがて海水に覆い尽くされていった。トートは朝の太陽に向かって進めと命じた。行き先はエジプト。 やがて、下方にケムの 荒地が見えてきた。船は丘に着地し、アトランティスの民たちは、船から下り、新しい大地に一歩をおろした。はるか下にナイルの川が大蛇のように光って見えた。トートとアトランティスの民たちは、この地に生きるために新しい土地の探索を始めようとしていた。 火をたき、食事も整えた。その時、叫び声が聞こえた。最初に探索に出かけたものたちが、蛮族に捕まってしまったのだ。洞穴に住まう彼らは、侵入者を憎しみをもって迎えた。毛むくじゃらな男たちは怒り、槍と棍棒を振り上げ、アトランティスの民を殺そうと襲いかかってきた。恐ろしい光景だった。 その時、トートが杖をあげた。トートの杖から白い光が蛮族を打った。 「わあ!」また別の蛮族に向かって光が飛んだ。「わあ!」怒号のような戦場が一瞬止まった。トートは両手を高く掲げ、雲を呼んだ。 一点の曇りもない空に、最初は霞のような淡いベールがかかったかと見るや、見る見るうちに雲が集まった。雲は太陽をさえぎり、辺りは夕暮れのような暗さになった。そして、稲妻が走った。至る所に火柱がたった。そして、静寂が訪れた。 辺りは静まり返っていった。 毛むくじゃらな男たち、そしてすべての民がトートの前にひれ伏していた。 愛らしく美しい娘がいた。空を飛ぶ鳥たちも、野に咲く花の精たちも娘が大好きだった。湖畔にたたずめば湖の魚が寄ってくるほどだった。 嘘のような本当の話だ。 父親は、祭司階級の高官で 目の中に入れてもいいほど娘を可愛がっていた。 娘は、遠くの物音を聞いていた。 最近、不思議な出来事が続いていた。夜になると夜空に光の帯が現れて一晩中生きているように揺れ動いた。物音ひとつしない真夜中の光の乱舞だ。 それが今夜は何かが聞こえる。 「お父様、一体何がおきているのでしょう。」不安げに娘は、父親に聞いた。 「ギオルの者どもが、下位サイクルの力を使おうとしておるのだ。」 「いかん、いかん門を開けてはならん・・・」 「お父様、何の門なのですか?」 「アルルの門じゃ。・・ギオルの者が黒い力を使おうとして、大地が怒っておる。」 父親はわなわなと震えていたように見えた。 娘は夜空を見上げた。 空気までが緊張し痛いような気がした。地の底から恐ろしい音が響いてきた。 グゥオン、グゥオン。 そして、夜空で瞬いているすべての星が雨のように流れた。 地球のなかで動いていた光のピラミッドが道を変えたのだ。 磁極はかわり、ぐるりと星が動いた。 北極の氷は暖かい熱帯の太陽に照らされた。 やがて、地球上のすべてが水の中に没した。 トートが、エジプトにやってくるもっと昔の話。ずっと昔だ。 大昔のイルカの先祖「ルウ」という母親イルカと、「ヲム」 という子供イルカが大洪水を目の当たりにしていた。 ルウは、怒る大地の声が聞こえていたから、安全な場所に避難していたのだが、数日前から「娘を助けよ」という声がどこからか聞こえていたのだ。 導かれるように、ルウは泳いできた。海のなかも大嵐だった。 ヲムをかばいながら、海面近くを泳いでいると、丸太につかまった娘を見つけた。 娘は気を失っていたが、まだ生きていた。 ルウは自分の背中に娘を押しやると、元気よく泳ぎだした。 まだ、ウナルの山が沈まないでいて、海面から寺院の塔が見えていたのだ。 ルウが寺院に近づくと、どこからか白い衣を着た『住者』が現れて、娘を受け取った。 ルウとヲムは、嬉しそうに元の海へと帰っていった。 塔は、娘を受け取った『住者』が戻ると、やがてゆっくりと海面に沈んでいった。 『住者』は塔にはいると、アメンティへと続く階段を下り始めた。 そこは、生命の再生の場所。 地球のエネルギーを統べる場所。 娘の名前は、ジーン・ウール。 神々から特別に恵まれた名前を持つ娘。 ジーン・ウールは『住者』から、古代の智恵と秘密について特別に教えを受けることになった。 アメンティのなかの時間は、次元のない時間。 どのくらいの時が流れたのだろうか。 一つの宇宙の時、そこに生まれた人々は、いくつもの転生を繰り返し、時代の民族全体の文化レベルや 道徳が、高まっていったとき、その星全体の魂が 上位レベルの星に生まれ変わるのだという。 「金星、それはどのような星なのでしょう。見てみとうございます。住者さま。」 「金星は美しい星だ。青く輝いている。ジーン・ウールよ。お前は私の教えをよく学んだ。地球に住むものたちも、私の教えを理解する準備が出来たようだ。」 「もうじき、金星に移り住む時期がちかずいた。お前は私の教えを人々に伝え、世の灯台となって、人の子らを導いていかねばならない」 ジーン・ウールは、免許皆伝を言い渡されたのだ。 ジーン・ウールは、「金星」のことで頭がいっぱいだった。 「金星」は宇宙の外で見ると、昔も今もその美しさでため息が出るほどなのだ。 憧れは、日に日に増していった。 ジーン・ウールは、夕焼けの草原を見つめた。草原は、やがて夕暮れていき夜のとばりに包まれた。 大洪水の後、大地が再び元の姿に戻るのには気の遠くなるほどの時間が必要だった。ジーン・ウールのいたアメンティーと、外の世界とでは時間の進み方が違っていた。 免許皆伝を言い渡されても、ジーン・ウールにはやることがあった。 地球を美しい星にすること。ジーン・ウールは秘密の通路を通って、地球の奥深く入っていき小さな結晶の粒を地層の中に埋め込んだ。やがて何万年もすると、鉱脈に育つ筈なのだ。水晶、ダイヤモンド、エメラルド、トパーズ、ルビーそして、沈んだ海に堆積した貝殻には特別調合の虹色の水をかけてやる。貝殻は虹色ににじんで地面の底でオパールという美しい石になる。 今日のジーン・ウールは、ぼんやりと夜空を見上げた。 そして、白く輝いている星、「金星」を見つめた。 いつも胸騒ぎがする。 なんだか分からないけれど、「金星」にはジーン・ウールを待っている何かがある。 「誰?私を呼ぶのは・・・」 風が通り抜けて答えていく。「私ではありません・・・」 「誰?私を呼ぶのは・・・」 大地がつぶやく。「私ではない。・・・」 川のほとりでも声がする。 「誰?私を呼ぶのは・・・」 川がさざめいて水音をたてる。「私ではありません・・・」 灯火がジジジとかすかな音を立てる。 「誰?私を呼ぶのは・・・」 ランプの灯火がつぶやく。「私ではありません・・・」 「ヘヘヘ、ジーン・ウールさま。私はあなた様の僕でございます」 振り返ると、そこに小さなお爺さんがいた。 暗闇の中にボウと現れたような、小さな年寄りだった。 ジーン・ウールのいる場所は、誰も来られない筈の秘密の場所だった。 「あなたは、誰?」ジーン・ウールは驚いていった。 老人は、三角頭巾のような帽子を手に取り慇懃に礼をした。 「へい。あなた様は知りますまいが、お父上にお仕えしたものでございます」 老人は、地の精のようだった。 「もしそうであるなら、名前は?」 「・・・・」 「本当の名前を言ってください。あなたの真実の名前を。真実の名前を名乗ればあなたを信用しましょう。」 名前には、通り名と真実の名前がある。真実の名前は誰にも明かしてはならなかった。 「ククブスともうしやす。」 「誰にも会わないこの場所で、どうしてあなたがいるのですか?」 「へいへい。それはあなた様がお望みになったからでございますよ」 「私が、あなたを呼んだというの?」 「へへへ、あなた様は魔法を体得されたではありませんか。何を躊躇しておいでなのです」 「どうゆう事なの?」 「金星をご覧になりたいのでございましょう。わたくしめは知っておりまするぞ」 「いいえ、今目の前に見える金星に行くことだったら、すぐにでも出来るのです。私の知りたいのは、この宇宙の金星ではないのです。未来です。この宇宙が終わって、新しく始まる宇宙です。・・・未来からメッセージが来るのです・・でも私には分からないのです」ジーン・ウールは、悲しそうに目を伏せた。 「ふぉっふぉっふぉっ」老人は歯のない口を開けて笑った。 口の中は真っ暗で、冷たい風が吹いてきたが、ジーン・ウールはその時気がつかなかった。 老人が指さすその先に、古ぼけた一冊の本があった。 「秘密中の秘密、上位サイクルに行く方法が書かれていますわい」 ジーン・ウールが本を手にとって振り返ると、老人はどこにもいなかった。 古ぼけた本。そこに書かれていたのは、マントラムだった。 闇と混沌から言葉が生まれた。 混乱から秩序が生まれた。 秩序から光が生まれた。 光から生命が生まれた。 白い魔法も、黒い魔法も同じ魔法だった。 白魔術と黒魔術を分けるものは、道徳的であるか、非道徳的であるか、それ以外の区別はない。 白魔術だけが上位サイクルへの道を見つけだせたのではない。 同じように黒魔術も上位サイクルへの道を見つけだしていた。 秩序も不秩序も、同じ闇と混沌から生まれたのである。 しかし、いまは「失われたことば」がある。 黒魔術では使えない言葉。聖なる言葉。 その言葉を使えるのは、心清きもの。 いまだ悪しき心をもったことにないもの。 それは、ただ一人。 神々から特別に恵まれた名前をもつもの。 「ジーン・ウール」ただ一人。 ジーン・ウールは、吸い込まれるように読んでいった。 そして、驚いて顔を上げた。自分の名前の秘密が書かれていた。 「・・・次の言葉を使え。その音のうちに力を見いださん。それはジーン・ウール=E・・」 ジーン・ウールの脳裏に昔のいろいろな出来事が浮かんできた。 いつも何かに守られていた。それは感じていたのだ。 いけない、いけない。ジーン・ウールは頭から誘惑を追い払った。 そのマントラムは、『住者』に禁止されていたマントラムだった。 アメンティーのホールで権威、強力、強大なことばを沈黙の静けさの中で厳かに聞いた。 『住者』に伴って、諸サイクルの道を開くことば、諸サイクルの歌を聞いた。 そうだ。そして一瞬かいま見たのだ。巨大な円が天空をよぎり回転し、無限ですら想像もできない目的に向かって成長していく宇宙サイクルの姿を。 諸サイクルの歌の響きの中に、隠された諸界への道を開く鍵があった。 ☆ 風の精のシルフェーが高い空から舞い降りてくる。 荒野に乙女がいた。でも、不思議なことに、あたりは赤茶けた荒野なのに、乙女のまわりには緑が芽吹き、花が咲き、小鳥が歌っていた。 可愛い乙女は花かんむり。小さなカゴにはオリバナムの樹脂のついた小枝を集めていた。透き通ったきれいな歌声が流れてくる。 シルフェーよ、伝えておくれ。 夢に出てくるあの方へ。 黄金のような髪の色。コバルトブルーの深い瞳。 優しい眼差しのあの方は、きっときっと運命のお方。魂の半分。 いつか巡り会えると、約束しておくれ。 心の中で思うだけで、小さなさざ波が、大きく大きく広がってゆく。 きっとあの方に届くわね。 空の星たちも、あの方に伝えてね。 あなたを思う魂の半分が、あなたが現れて助け出して下さることを、祈ります。 シリウスよ。ジーン・ウールの願い、どうぞ叶えて下さいまし。 シルフェーは、悲しそうに乙女のもとから歌声をもらって、また空高く昇っていった。 ジーン・ウールは、好奇心という誘惑に負けて、禁止されていたマントラムを使い上位サイクルまで来てしまった。やがて、障壁を守る番人の犬たちが、宇宙の彼方から恐ろしいうなり声をあげてジーン・ウールを追いかけてきた。 障壁に挑む魂は、時間の彼方の犬によって虜とされ、この宇宙サイクルの完了するまでとどめられる。そして、宇宙意識が去ってゆくとき、取り残されるのだ。 ジーン・ウールは逃げた。曲線の上を走って走って、やっと体まで逃げ帰ってきたが、体を円で守ろうとしたとき、アルルの番人の犬の牙が彼女の腕にガシッと食い込んだ。 そして、ジーン・ウールは六次元のある場所に閉じこめられたのだ。 ☆ ジーン・ウールを哀れに思った神々が、彼女のもとへ季節を送った。 自然は、その秘密の扉に近づき手を触れるまでは何も見せない。昨日と同じ今日があるだけ、今日と変わらない明日があるように思わせていたが、自然は人間が彼らと通じ合う方法を学び、自然と共感する者にはそっと秘密を打ち明けてくれる。 ふいと扉が開いてしまい見渡してみれば、九月の力がみなぎっている。その中にあれば、何ものでも強さと勇気と自信とを得る。木々は力強く伸び、花は咲き、蝶は舞っている。 やがて、花は種を残し、蝶は卵を産む。人は、霊より来たり受胎し、また霊に還る。 季節も同じ、縮こまった冬から幼な児のような春へ。幼な児の春から青年の夏へ。青年の夏から働き盛りのたくましい秋。青年よりもっと充実した実りの中年。やがて老いてゆく冬。 生命あるものが大地の中に引き籠もる冬。ひとつの法則がすべてに当てはまる。 自然が、大事な秘密をこんなに無造作に開示していたとは。 ジーン・ウールは自然の秘密をここで学んだ。 ふっと気がつくと、ジーン・ウールはマリンブルーの扉の外にたたずんでいました。これも夢。ジーン・ウールの不思議な話はまた明日。 |