アルルの王子

 
 

アルルの女主人エレシュキガルの配偶神はネルガルだ。

『「エンリル神とニンリル女神」という神話は、エンリルにとって不名誉な筋書きである。エンリルが清らかな乙女ニンリル女神をヌンビルドゥ運河の堤で強姦し、その罪のゆえに最高位の神であるにもかかわらず他の神々によって罰せられ、冥界へ追放されることになる。ニンリルは月神ナンナルを身ごもっていたが、エンリルの後を追う。
息子が冥界に住まねばならぬ不幸を避けるために、エンリルは複雑に込み入った企みでさらにニンリルと交わり、三柱の子を妊ませてナンナルの身代わりとする。これによりナンナルは天に昇れることとなった。
 代わりに冥界に住むこととなった三柱の神々はメスラムタエア神、ニンアズ神、そして文書が欠損していて、名前が不明の神である。(古代メソポタミアの神々・三笠宮崇仁監修)より』

三柱のお子らは、エンリル、ニンリル、そしてナンナルの身代わりになった。
エンリルは、ヌンビルドゥ運河の堤で清らかな乙女ニンリル女神を見染め強引に想いをとげてしまった。イギギの神々は、すべてをお知りになり12名の最高評議会にかけ、エンリルを冥界へ追放することに決定した。エンリルが一人冥界へ追放された後を、身ごもったニンリルが追いかけて共に冥界へ下った。
それをアヌの妻アントゥムがご覧になり、涙を流された。

やがて、ニンリルが月神ナンナルをお生みになった。天にあれば、第3高位継承者であるに違いない。
エンリルは母アントゥムに相談の手紙を送った。アントゥムの助言により、エンリルは複雑に込み入った企みでさらにニンリルと交わり、三柱の子を妊ませてナンナルの身代わりとした。
エンリルとニンリルとナンナルが天に昇るについては、再び最高評議会にかけられる必要があっただろう。

 シュメールの粘土板を読むと、神々のランクというものが存在する。神々と人類の系譜を描いたシュメールの「王名表」と名付けられた粘土板文書によれば、12名のアヌンナキによって構成される評議会が、最高の意思決定機関だ。
その12名の最高評議会は、誰かが昇格すれば誰かが降格される。シュメールの神々は角のついた帽子をかぶった姿で描かれているが、帽子の角が神々のランクを数値で示している。左右一対の角は「10」を示していて、数値が大きいほどランクも高くなる。

古代シュメールにおいては、神々のランクについての知識は秘中の秘とされていた。ニネヴァで発見されたKー170号粘土板文書には「神々の秘数を衆生に知らせてはならない」と記されているのだという。

ギルガメシュの時代、最高ランクはニビル王アヌの「60」、アヌと異母妹アントゥムの間に生まれた後継者エンリルは「50」、アヌとその側室イドとの間に生まれた長子エンキは「40」、エンリルの息子ナンナルは「30」、エンリルの孫のウトゥは「20」だ。ウトゥはギルガメシュに出てくる太陽神シャマシュと同一神のようだ。

エンリルの傍流の息子アダドは「10」で、既婚女性のアヌンナキは夫のランクから「5」を減じた数が妻のランクだ。アヌの妻アントゥムは「55」、エンリルの妻ニンリルは「45」、エンキの妻ニンキは「35」、ナンナルの妻ニンガルは「25」だ。ニビル王アヌの未婚の娘ニンハルサグは「5」で、エンリルの孫娘イナンナ別名イシュタルは「15」だ。理由は分からないけど、本来はニンハルサグが「15」でイシュタルが「5」らしかったが、何らかの理由でニンハルサグが「5」に降格し、イシュタルが「15」 に昇格したらしい。これがアヌンナキ最高評議会 の神々だ。

再び最高評議会が開かれた。
荒ぶる神エンリルを冥界に押し込めておきたいエンキ側は、エンキ「40」、エンキの妻ニンキ「35」、ウトウ(シャマシュ)「20」、シャマシュの妻アヤ「15」、天界の父アヌ「60」はエンキ側だろう。エンリルの傍流の息子アダト「10」もこちら側に入れておこう。すると合計「180」になる。

一方、エンリル「50」、エンリルの妻ニンリル「45」、生まれたばかりの息子ナンナル「30」、ニンリルの健気さが愛おしいアヌの妻アントゥムは「55」・・これで同じく「180」になる。

残ったのは、アヌの未婚の末娘ニンハルサグ「15」と、エンリルの孫娘イシュタル「5」だ。
イシュタルは冥界から還ることが出来た。その時は、エンリルも含めて天界の神々がエレシュキガルに掛け合ってくれた。だからイシュタルはエンリルとニンリル、ナンナルが冥界から還ることが出来るように骨を折ったに違いない。ニンハルサグはイシュタルからの何らかの申し出を受け入れ、イシュタルの昇格を認めたに違いない。そしてイシュタルはエンリルに「15」を与え、ニンハルサグは父アヌ側に「5」を与えた。その結果エンリルは「195」を取得し、エンキ側「185」との得点差「10」で、エンリルは天界に戻ることが出来た。

そして、エンリルを父にニンリルを母にもつメスラムタエア神、ニンアズ神、そして文書が欠損していて、名前が不明の3柱の神が冥界に残った。


遠い昔、トートはアルルの門の前に立った。
トートは礼を守って、蛇状のドラムを使い、紫と金色の衣を着、銀の冠を頭に置いた姿だった。そして、トートは体のまわりを辰砂の円で囲んだ。
トートは両腕をあげ、境界 を越えた界への道を開く祈願を叫んだ。
「二水辺線の主たちよ、三重の門の看守者たちよ、王座にのぼりて己が宝を納める星の如く、一人は右に一人は左に立ちたまえ。しかり、御身アルルの暗黒王子よ。ほの暗く隠れし諸門を開きたまえ。御身が幽閉せし彼女を解き放ちたまえ。」
時間だけが過ぎていった。
「御身よ聞きたまえ。御身よ聞きたまえ。暗黒の主よ。輝ける者よ。その名を我が知りとなえ得る御身たちが秘密の名によりて、聞きてわが意図に従いたまえ」
トートはアルルの主たちの秘密の名に命じた。主たちの秘密の名によってアルルの諸力は屈した。

それからトートは、 辰砂 の円を炎でともし、超越界の空間諸界にいる彼女に呼びかけた。
「光の娘よ、アルルより帰れ。7回また、7回私は火のなかを通過した。わたしは、食物をとらず、水も飲まなかった。私は汝をアルルより、エケルシェガルの王国より呼び出す。光の婦人よ」
トートは断食をして、何回も何回もこの行法を繰り返した。
やがて、トートの前にほの暗い姿が浮かび上がった。アルルの主たちであった。
そして、アルルの主たちの姿がトートの前から消えたとき、あたりが光で包まれた。
光の娘が現れたのだ。ジーン・ウールは、今や夜の主たちから解放され、霊ではなく肉体をもって生きることが出来るようになった。

アルルの王子たちは、ジーン・ウールを冥界で見守っていた日々があった。
メスラムタエア(ネルガル)は、エレシュキガルの夫となった。
ニンアズは、「蛇神」にして「冥界の神」そして「治療医術の神」、あるいは「戦の神」、あるいは「エシュヌンナ(現代名テル・アスマル)の守護神」ともいう。
冥界から還るには、身代わりが必要であり、ニンアズはどうやら身代わりを得たようだ。

もう一人、文書が欠損していて、名前が不明の神が冥界に残っているはずだが、過去をも未来をも見通す父神のなさること、この神もある出来事により冥界から地上に戻ってきたはずだ。
その名前の不明な神の名が、舟師「ウルシャナビ」である可能性はある。

ギルガメシュの最後の時、高い空に何かがよぎったのを、ウルシャナビは見た。それは鳥のようで鳥ではなかった。

はっと気がつくと、ジーン・ウールはラピスラズリの扉の外に立っていた。でも、これも夢。ジーン・ウールの不思議な話はまた明日。

 


宇宙