ぶんじいとミユ 春
姪のジュンコ作

「パッパカパッパ・パッパー」 車のクラクションの音。

「あっ、ぶんじいだぁ!」
窓から外を見て、ぶんじいの車を見つけると、あわてて靴をひっかけて外へ出る。
「ぶんじいー」
「ほらミユ、つくし採りに行こう。 いっぱい出てるど! 早く仕度しておいで。」

ぶんじいは、ミユのおじいちゃんだ。
「うーん、ちょっとまってて。 おかあちゃーん、つくしいっぱいだって、いってもいいでしょ? ふくろ、ふくろちょうだい。」
ミユは、家の中に飛び込んできて、ビニール袋をもらった。

「いってきまーす!」
「どこ行くんだってー?」
「つくし、つくしんぼだよ!」

おかあちゃんが外に出ると、もう車は走り出し、車の窓からニッカリ笑ったミユが
「おかあちゃーん、バイバーイ!」 と車で走り去っていった。

「もう! なあに、あの二人! 嵐みたいに行っちゃった。」

ぶんじいの車の中では、ミユが助手席のうしろに抱きつきながら、運転しているぶんじいを 覗きこんでいた。
「ぶんじい、つくしんぼまだ?」
「もうすぐだ。土手につくしがいっぱいだど。 しっかり採ってよ」
「うーん!」
大きく目を見開いて、ミユがうなずいた。

坂道を上って、くねくねと曲がって、坂を下って、大きくカーブを曲がったところの脇道に、ガタンと車をつっこんで止まった。

「さあ、着いたど。 ふくろ持ったか?」
「うん。もったー。」

ミユは、ビニールの袋をガサガサと振り回しながら、車から降りた。
「つくしんぼ、どこー?」
「ほら、よく見てごらん。土手のところだ。」
ぶんじいの指さす先を見て。ミユはびっくり。

「わあ〜!つくしんぼ。つくしんぼがいっぱいだぁ!」
「なあ、いっぱいだこと、 さあ、いっぱい採ってよ。」
「うん!」

土手の斜面には、ツンツン、スクスクと気持ちよく伸びたつくしが一面に生えていた。

「あっ、ぶんじい! ふんずけちゃったよ。 つくしんぼだらけなんだもん。」
「ほうだなー。」

ぶんじいは笑いながら、2〜3本長いつくしを採ってミユに渡した。ミユもはりきってつくしんぼを採り始めた。一本採っては袋に入れ、また一本採っては袋に入れていたが、そのうちに袋を下に置いて、右手で採ったつくしんぼを左手に持ちかえて、左手で持ちきれなくなってから、袋へ入れるように考えた。
本当につくしんぼだらけだったので、ミユは踏んづけないように、すぐ前にあるつくしんぼを採って、今度は横の方にあるつくしんぼを採って、自分の周りをぐるりぐるりと回りながらつくしんぼを採っていた。

「ほら、もっとこっちにもおいでー。まだまだいっぱいだどー。」ぶんじいが呼ぶもんだから、ミユはつくしんぼを踏んずけないように気をつけながら、ぶんじいの方へ向かうが、びっしり生えているつくしんぼをよけきれずに、ツンツン、スクスクのつくしんぼを足の裏で感じながら、申し訳なさそうにぶんじいの横にたどり着くと、フゥーッと大きく息をして、ぶんじいの顔を見上げた。

「ぶんじい、つくしんぼ ほんとにいっぱいだね。ミユ、このつくしんぼ ぜんぶとれないかもしれないよ。」
ミユの困った顔。
ぶんじいは、ウンウンとニッコリ笑ってうなずいて、つくしんぼを採りながら、聞いている。
「つくしんぼ、ふんずけられるといたいかなぁ? ミユね。そおっときをつけてきたんだけど、ふんずけちゃった。」

今、歩いてきた足あとのつくしんぼは、ミユの小さな足の大きさでクシャッとつぶれていた。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。 すぐに大きくなるから。 それよりしっかり採ってよ。 おかあちゃんと よしばあにおみやげだどー。」
「うん、そうかー。」
ミユは、またまた張り切りだした。

つくしんぼを採っている間、おかあちゃんが怒ると恐いということや、おとうちゃんのおならは臭いからいやになっちゃう、などというミユのおしゃべりは続き、ぶんじいはニヤリニヤリと笑いながら聞いていた。
ぶんじいの袋のつくしんぼがいっぱいになった頃
「さあ、もういいにして帰ろう。」
「でも、まだいっぱいあるよ。ほら、あっちにもあるしー。」 とミユ。
「もう充分だ。 このつぎの分がなくなっちゃうといやだぁ〜 あ〜ん、あ〜ん。」
泣きまねをするぶんじいを見て、ミユはキャッキャッと笑った。
「じゃあー、このつぎのぶんね。」
「あ〜、よかったん♪」
ぶんじいは、またおかしな言い方で、ミユを笑わせながら車に乗り込んだ。 今度はぶんじいの家へ向かっているようだった。いつもぶんじいとお散歩をするたんぼや門前の道が見えてきた。

「ほら、見てごらん。たんぽぽが咲きはじめたど。」
たんぼのあぜ道には、ところどころに少し咲き始めた黄色のたんぽぽの花が見えた。
「あっ、あった あった たんぽぽさいてるー。」
「ほうだ。」
桜の木が並んだ門前道に曲がって、つきあたりのお寺の前を右に入り、竹の生えた細く短い坂道を勢いよく、ガタンガタンと飛びはねるように登りきると、もみじや杉の木々に囲まれた木造の旅館が見える。この旅館がぶんじいの家なのだ。

ぶんじいは、温泉旅館の主人だったが、釣りや山菜採りに出て歩き、部屋にいると時々「はい、帳場です。」と電話に出たりしていた。それからミユともよく遊んでくれた。
どこまでが仕事で、どこからが遊びなのかよくわからないぶんじいだった。

「ただいまー。」 そういうと、左奥のお勝手から、よしばあがニコッと顔を出して
「ミユちゃん、きょうはどこ行くの?」
「よしばあ、みてみて! ほうら、つくしんぼ いっぱい!」
「あれぇー、つくしんぼか? こんなにたくさんのつくしんぼ!」
「うん!」
「アハハハハ、たくさんのつくしんぼだ。じゃあねぇ、よしばあがつくしを煮てあげるから、ちょっと待っててよ。」
「うん!」

ミユは、つくしの入った袋をよしばあに渡した。よしばあは、袋をもう一度覗いて
「ああ、こんなにたくさんつくしを採ってきた。アハハハ・・・」
奥からぶんじいが
「ほら、ミユおてて洗ってよ。」
「ハーイ!」

ぶんじいは、洗面器にお水を入れ、ミユはそこに手を入れてグーパーグーパーと、手をグーにしたり、広げてパーにしたりして洗った。仕上げにぶんじいがもう一度ミユの手をゴシゴシしてくれた。
手をピッピッと振ると「ほら、タオルで拭きなさい。」

ぶんじいは、腰のベルトにはさんであるタオルを差し出して、そのタオルでミユはいつも手を拭いた。
そのタオルは、いつもぶんじいの腰に下がっていて、汗をかくとぶんじいは自分の禿げた頭をグルグルと円を描くように拭いたり、ミユが泣けばそのタオルで涙を拭いた。そしてもちろん手を洗った後は、手を拭いた。
タオルには、タバコの匂いや汗の匂い、ミユの大好きなぶんじいの匂いでいっぱいだった。
ぶんじいも手を洗い、またタオルを腰に下げた。

ぶんじいは部屋に入り、煙草を吸いはじめ、ミユに言った。
「さあ、なんか描いてやあ〜。」そいいうと白い紙の束を差し出した。ぶんじいは広告の裏が白いものを適当な大きさに切って、メモ用紙のようにしていた。
「いいよー。なにかこうかな〜。あっ、そうだ。あれにしよう。」
うふふふ。 うれしそうに何かを描き始めたミユ。
「できたぁー。ぶんじいみて!」
「んー。これは何だい?」
ぶんじいは困った顔をした。ミユが描いた絵は、たくさんのつくしんぼの中にいるぶんじいとミユを描いたのだが・・・。
ぶんじいにはさつぱり解らなかった

「えーとねぇ。つくしんぼとミユとぶんじいだよ。」
「ほう、上手だやぁ〜。もっと描いてよ。」
「うん!」
ミユは、しばらく張り切って絵を描いては、ぶんじいに見せていた。
ぶんじいは、左手を広げてミユを呼んだ。ミユは喜んで、ぶんじいのあぐらの上に座った。

ぶんじいの部屋は、旅館の大きな玄関に入ってすぐの所にあって、テレビとタンスと戸棚。電話が置かれた机。そしてコタツと小さな仏壇があった。テレビの後ろには、たくさんの釣り竿が立て掛けられていて、部屋の上の方の壁には、ぶんじいの賞状や表彰状がぐるりと一周回ってしまうほど、掛けられていた。

ぶんじいはいつもタンスを背にして、コタツに座っていた。そこは、ぶんじいの場所で、他のだれかが座ることはなかった。
ミユは、あぐらをかいたぶんじいの膝のなかが大好きだった。ポカポカと暖かくって居心地のいい、ミユの特別の場所で、ぶんじいのひざに座って、歌をうたったりお話をしたり、爪を切ってもらったり、とっておきのお菓子を食べたりするところだった。

「とっておきのがあるぞ!」とぶんじいは言って戸棚から、お菓子を取り出した。それはどこにでも売っているお菓子だけれど、「とっておき」がつくだけで特別なお菓子に変身してしまうから不思議だ。
「わぁ〜。おいしそうー。」
ミユは、目をまんまるにしてうしろのぶんじいを見上げた。ぶんじいは袋を開けて「はい。どうどー。」
目の前に広告を広げ、その上に出してくれた。さっそく手を伸ばしお菓子を食べ始めるミユに、ぶんじいが笑いながら言った。
「ボロボロしないでよ。あぁ〜、いやだやぁ この子は。」
振り向いて、ぶんじいの顔を見ながらパクリと食べてみせるミユに、ニコリとわらいながらうんうんとうなずいた。
「さあ、これを食べちゃったら、ぶんじいが送ってあげるからおうちへ帰るど。」
「えーっ、いやだぁー。」
「また、今度泊まりにおいで。」
「うん。じゃあこんどね。」

ミユは、ぶんじいの車に乗って、ガタンガタンと飛び跳ねるように揺れながら、あっというまにおうちに着いた。おみやげには、よしばあが作ってくれた、つくしんぼの佃煮を持ってね。
「パッパカパツパ、パッパー」
ぶんじいはクラクションを鳴らしてアッという間に見えなくなった。

ミユはおかあちゃんに「はい、おみやげ。」と満足そうに、よしばあのつくしんぼの佃煮を手渡して「こんどは、おとまりにいくからね」と言った。
その日の夕食には、ミユとぶんじいで採ったつくしんぼの佃煮がテーブルに並び、ミユの楽しいおしゃべりが続いた。
でも、本当はつくしんぼは苦いから嫌いなミユでした。




 
あれから30年後、ミユは2人の女の子のおかあちゃんになっていました。
ミユはぶんじいに連れていってもらったあの土手へ、2人の女の子と出かけました。

「さあ、着いたよ。ふくろ持った?」
「うん、もったー。」
ビニールの袋をガサガサと振り回しながら、2人の女の子は車から降りました。

「つくしんぼ、あるかなー?」
「昔は、いっぱいあったんだよ。」
・・・・・・・・・・・

「つくしんぼ、どこー?」
・・・・・・・・・・・

「ほら、よく見て! 土手のとこ!」

ぶんじいとつくしんぼを採ったあの土手は、30年経った今でもやっぱりつくしんぼがいっぱいでした。

「わあ〜! つくしんぼだぁ!」
「ほら、つくしんぼがいっぱいだぁ!」









おしまい