世界で一番君が好き!! 2


夏空は青く澄み渡っている。
ところどころ浮かぶ雲は目に眩しい白。朝もまだ早いうちなので、薄紅色の縁取りが美しい朝顔が
その面を天に向けていた。
夜のうちに冷やされた大地は再び灼熱に焼かれ、じりじりとその温度を上げている。
まだ陽炎が立ち昇るほどの熱はない。登校時刻にはいささか早い時刻である。
校庭の端を横切り、昇降口ではなく校舎の端れ、テニスコートの方角へと足を向けた。
顔を上げて見るコートの中にはコート整備中の1,2年生の姿がある。恐らくほとんどの人間がも
うコートに出払っているのだろう。見当たらないのはコート整備を免除されているレギュラー陣くらいだ。
すれ違った1年生が緊張した面持ちで挨拶をしてくる。それに軽く返し、手塚と不二はそろって部室へ
と足を踏み入れた。
「おはよー」
「あぁ。おはよう」
明るい挨拶に振り向いたのは大石だった。先に足を踏み入れた背の高い親友の姿を見て、苦笑をもらす。
「戻れなかったんだな」
「あぁ」
仏頂面で頷いたのは後から入ってきた小柄な姿の方だ。外見は不二のまま、手塚はいつもどおり眉間に
皺を寄せた。
「入れ替わるのは、簡単だったんだけどな」
「妙なこともあるもんだよな。・・・大丈夫か?」
どこか疲労感漂う手塚の雰囲気に大石は心配になったのか目を曇らせた。溜息半分に鞄を投げ出し、手
塚が頷く。
「・・・大丈夫だ」
「僕はギブアップ」
部室内にレギュラーしかいないことを確認して、不二は鞄を投げ出すと部室の片隅にある長椅子にその
長身を投げ出した。
「今日中に戻れなかったら今晩は僕の家ね。あー、肩凝る」
片手で自分の肩を揉みながら首をならす不二に、傍にいた桃城と海堂が複雑な表情を浮かべた。
何せ姿だけは手塚なのである。手塚のそんなくだけた仕草など見たことがないから、なんだか見てはい
けないものを見ている気分になるのだ。既に違和感を通り越して薄気味悪さすら感じ始めている。
その様子を横目に捉え、手塚は遠慮なく溜息を漏らした。
「俺もいつお前が祖父の不興を買うんじゃないかと気がきでならないからな。もういい」
「何それ! まるで僕が礼儀作法もできない無礼者みたいじゃない!」
がばり、と不二が長いすから身を起こした。カッターシャツのボタンに手をかけた手塚が振り返る。
「違うのか」
「手塚ん家の礼儀作法が全国共通の礼儀作法だと思わないでよね、どこの武家社会だよ、もうっ」
「柔道は礼儀にはじまり礼儀に終る。俺の家の礼儀作法は柔道の師範を勤める祖父の教えだ。少なくと
もお前よりは正しい礼儀作法だと思うが」
「前時代的過ぎるんだよ。そんな古代遺跡みたいな礼儀、今時どこの家庭でやってるってのさ」
「俺の家はやってるが」
「だ・か・ら! それを一般常識だと思って物差しに使われたら身が持たないって言ってるの!」
「はいはい、ストーップ!」
今にもつかみ掛かりそうな二人の間に勇敢にも割り込んだのは菊丸である。
こういう場面で調停に入るのは大概菊丸英二の役目であった。大石の方が適役に見えるが、大石の場合
どのタイミングで割って入ればいいのか考えすぎてしまうきらいがある。とりあえず止めよう、と後先
考えずに踏み込めるのは菊丸の長所だといえた。
「・・・って、説明してる余裕があるなら自分で止めろよ、乾」
二人の様子を見つめるだけだった他のメンバーに滔々と状況説明をしている乾を菊丸は恨めしげに振り
むいた。光もないのに反射する自動逆光眼鏡の端を持ち上げ、乾はにやりとその口元を歪める。
「適材適所という言葉がある。俺のデータから言うと、俺が二人の間に入るのは得策じゃない」
「得策とかそういう問題じゃない気がするけど」
不貞腐れる菊丸に同情してか、河村が苦笑した。
話しの腰を折られて不二と手塚は沈黙を通している。それを見止め、菊丸は二人の間から身を引くと着
替えるために己のロッカーを開いた。
「もし今日不二の家に行くならさー、手塚、ちょっと覚悟した方がいいんじゃない?」
「何故だ」
「だって、不二の家、お姉さんいるじゃん」
「・・・」
何気ない指摘に手塚は沈黙した。横で不二もわずかに表情を曇らせている。
浮かない様子の二人に、海堂はバンダナを頭に巻きながら菊丸の方を向いた。
「・・・どういうお姉さんなんすか」
「この状況を知ったら、楽しんで遊びそうな人だよ」
答えたのは不二である。げっそりと天を仰いでいる。海堂は沈黙した。
よく考えたらわかりそうなものだ。だって不二の実姉なのである。この不二の。只者であるわけがない。
「もう気づかれているかもしれないがな」
大学ノート片手に乾は言った。なんで?とリョーマが振り仰ぐのに、ノートを捲りながら答える。
「不二のお姉さんは有名な占い師だ。よく当たると評判で、当たる確立90パーセント以上。生憎俺は
占ってもらったことないけどね」
「でも占い師って自分のことは占えないって言うじゃないですか。自分の家族に纏わることってわから
なかったりとかしないんっすかね」
桃城の問いに乾は肩を竦めた。
「知らないよ。俺は占い師じゃない」
「でもそれって占った場合でしょ。普段自分のことに関して占いとかするんすか、占い師って?」
最初から占いの類などは全く信じてない様子のリョーマは胡散臭げに言った。不二が起き上がった長椅子
に腰掛け、靴紐を結ぶ。
腕を組み、難しい表情(これがまた非常に本来の手塚そっくりだった)で不二は唸った。
「あの人、占わなくてもわかるんだよ。直感で」
「・・・それって既に占いの領域じゃないじゃん」
「だって僕の家、魔女の家系だから」
あぁ、納得。
首を傾げたリョーマを筆頭に全員が得心がいったように頷いた。全員を見渡し、不二が渋面を浮かべる。
「冗談に決まってるでしょ。なんでそこで信じるのさ」
「え、冗談だったの」
「当たり前でしょ。そんな非常識な話があるわけないじゃない」
不機嫌に不二は立ち上がるとロッカーに向かった。横で菊丸がふぅん、と曖昧な返事をしている。
「あんた自体が非常識の塊なんだから、魔女って言われても納得できるんじゃないの」
勇敢にも全員の心を代弁したのはリョーマであった。部室の気温が数度下がる。
ユニフォームを着込み、不二は大分下に見えるリョーマを冷たく見おろした。
「僕は君ほど非常識じゃないよ」
「俺のどこが非常識なんっすか」
「慇懃無礼なところと明らかに人間業じゃないテニスの技を繰り出すところ」
「・・・それって別に俺だけじゃないじゃん。あんただって・・・」
言い返そうとしたリョーマの口は後ろから桃城と海堂の手によって塞がれた。これ以上部室の気温を下げ
るんじゃねぇ!と抑えた声で怒鳴られて渋々黙り込む。
「不二の家だけではなく、もう一つ問題がある」
場を繕うためなのか、単純に思いついたのか言ったのは乾である。
まだ何かあるのか、と面倒くさそうに手塚は乾を振り仰いだ。
「なんだ」
「今日は終業式だ」
「成績表?」
「この二人の場合、それはあまり問題じゃない」
桃城の台詞を乾は一刀両断した。
「この二人は他人に見られて恥ずかしい成績を取ってはいない」
「うわー、嫌味ー」
桃城を代弁したのは菊丸である。手塚が複雑な表情をしたが、それはどうでもいいことだ。
一連のやりとりを聞いていて、河村が何か閃いたのか、あ、と声をあげた。
「生徒会長挨拶があるよね」
「ご名答」
手塚が眉を顰めた。昨日からばたばたしていて忘れていたのだ。挨拶文も考えていない。
その辺りのことは大概副会長が事前に準備し、直前になって手塚に通知してくるものだから手塚が特に
考えるべきことではない。だが一応会長なのだし、と毎回自身の手で文章を考えてはいたのだ。
そもそも毎回同じようなことを言っているので後ほど副会長に確認をとれば済む話ではある。今回は特
に全国大会出場も決まっていて練習が忙しかったから、訝しがられることもないだろう。
「生徒会長挨拶で思い出したけど、もう一個重要なことがあったよ」
急に思い出したのか大石は手塚の方を見た。なんだ、と無言で促す手塚に困ったような笑みを浮かべる。
「ほら、全国大会出場が決まったからエール送りやるって、前に言ってただろう」
「・・・・・・」
すっかり忘れていた。
黙り込む手塚の横ですっかり着替えの終った菊丸はラケットを手首で回して遊びながら眉を顰めた。
「まずいんじゃない? あれってラストは部長挨拶じゃん」
「後はクラスだな。6組は菊丸が一緒だから『不二は体調が悪い』とでも言っておけばいいが、1組は手塚
一人だ」
それは非常に不安だ。手塚だけではなく、隣のクラスである大石も表情を曇らせた。
「今更慌てたって仕方ないんだしさ。なんとかなるんじゃない?」
ユニフォームを着込んだ不二が呑気に告げた。全員の眼差しが不二に集まる。
外見はどう見ても手塚だが、その言動表情、行動にいたるまで部長という威厳すら感じない。
非常に不安だ。
「なにさー!」
不二が怒鳴る。
全員の重い溜息が部室に落ちた。


  手島の戯言
   無駄に長・・・っ!!
   エール送りってわかりますかね。私が中学の時、全国大会出場が決まった子にやってたんだけど。
   単純に「がんばってねー!」という言葉と花束渡すくらいだった気がしたけど、〆は部長挨拶だったよ。
   こういう余計なやり取りを増やすから話がどんどん長くなると思うんだ。自分でわかってはいるんだ。
   ・・・けど、この余計なやり取りが手島は大好きなんだ・・・。
                                                    (2004.02.27)