会えない間に   <3>


 「そっか。よかった。」
 「いきなり何なんだ」
何だといわれても、ヴォルフを放す気のないおれを悟ったのか
壁際で澄ました顔の執事に合図を送って、人払いをする。
 執事が部屋を出て、人気がなくなったのを確認するとヴォルフは
おれの背中に手を回して、しばらくじっとしていてくれた。

 なんかいろいろ高まっちゃっていた感情が落ちついて、ようやくヴォルフを
開放すると、近くにあったソファーにならんで腰を下ろした。
 「ごめん、理由はいろいろだけど。まずはありがとな、ヴォルフ。いろんなこと」
 「ふん、王が国をあけてばかりだからな。兄上だって忙しい身の上だし
  今ぼくにできることを、やっているだけだ」
 「うん」
 「ほんとはお前の仕事なんだぞ?」
 「うん、ごめん。ありがと」
そう言って、おれはもう一度ヴォルフを抱きしめる。


 以前カロリアでダカスコスとサイズモアが、おれ達の婚約を「国中の慶事」と
言ってたことを思い出す。
あの時は知らない間に国中に知れ渡っていたことにびっくりしたし
そのあと、おれご寵愛トトなるものが存在して、これまたヴォルフがぶっちぎり人気
というのにも驚かされた(当たってるけど)。
 でもその裏に、こんな事実が隠れているとは全く知らなかった。
初めてあった頃は、人間の「に」の字も憎むくらい大嫌いだった彼が
おれの為に、人間の作ったレースを身にまとい、彼らの住む所を回っている。
そしてその中には、コンラッドが大事にしていた村も、おれがあちこちから集めた
難民の施設、職業訓練所、孤児院も含まれる。
 そこで待つ人たちはきっと、ヴォルフにとても勇気付けられているのだと思うし、
魔族に対する感情や、思いをより良いものにしたことだろう。
そして、そんな活動こそがおれが理想とする「戦争の無い平和な国」を築くために
とても大切なことなんだ。
今は眞魔国に亡命しているけど、何十年かあと…いや何世代かかかるかもしれないけど
難民として寄留している人たちは、絶対におれたち魔族に与えられたものを忘れずに
世界の多くの人に伝えてくれるだろう。
それはおれたち魔族にとっても…そして世界にとっても、すごく大事なことなんだ。
 ヴォルフはそれを理解してくれいるに違いない。

 おれは自分の選んだ相手が、間違っていなかったと改めて実感した。
ヴォルフが今国民に人気があるのは、容姿でも、おれの婚約者としての立場でもない。
彼自身の努力と、活動によるものだったんだ。
 そう思うと嬉しくて、愛しくて、深い感謝があふれてきた。
腕の中の吸い込まれそうな湖底の翠を見つめてからゆっくりと唇に触れる。
その柔らかい、甘い感触に夢中になった。



 翌朝、夕べのこともあってなかなか起きられないヴォルフを休ませて、
おれは昨日もらった布地を持って、城下の仕立て屋に新しい服を発注した。
そして初めての公務のため、王立の養護院に寄り帰城すると、城には書類を抱えたギュンターと
いつでも不機嫌顔(でもその80%は毒女への恐怖)のグウェンが待ち構えていて、
やっぱり溜まっている山のような懸案事項にサインした。

 昼過ぎに起きてきたヴォルフは、さっきおれの執務室に顔をだしたあと
グレタの勉強を見るといって、義娘の部屋へ。



 いろいろな難しい問題は山ほどあるけど、おれには助けてくれる仲間や
大事なひとたちがたくさんいる。
 だからおれも、出来る限りそれに答えていこうと思う。

 窓を開けるとそよ風に乗って、りんごの花の匂いが鼻をくすぐった。
もうすぐ夏が来る。



            おわり。
 
        昨夜の出来事はとわ…もちろん
         アレですがなー。うひゃ!