手をつないで歩こう 〈2〉
昼間コンラッドがポロリと漏らした婚約者の過去に、おれは動揺している。
いままで恋愛経験の無い自分には、初めての感覚。
でも考えてみれば、ヴォルフは82歳の天使のような美少年。…モテない筈が無い。
しかも王太子とくれば、さぞかし外交的な政略結婚の標的だったことだろう。
それくらいは、おれの乏しい脳みそでも容易に想像できた。
そんなおれの動揺を見て取った名付け親は、のんきな笑顔で
「でもあいつが求婚を受け入れたのは、ユーリだけですよ」
と、言ったきりノーコメントになってしまった。ちくしょう、こいつ楽しんでいやがるな。
その後も、のらりくらりとかわされて、結局衣装合わせもやったし大人って汚いよなー…と
脳味噌筋肉族の野球小僧は、心の片隅でひとりぐちた。
夕食になって魔王専用のダイニングルームで、ヴォルフと2人で食事を済ませ部屋に戻る。
グレタは今カヴァルケードで勉強中だが、祭りの前日に式典のために一時帰国する予定だ。
なのでさっき、ヴォルフと二人で総料理長を呼んで、グレタのための特別メニューを
用意してもらえるように頼んだ。
眞王廟から、湧き出る水が作る小川沿いに「アルブランケ」という白い花がこの時期
いっせいに花開く。
日本でいうと…コデマリ…だったかな(おふくろに植え込みを手伝わされた…)
アレに似ていて、眞魔国全土に分布している。
この花の柔らかい部分を摘み取って、クレープの生地を使って焼きこむらしい。
焼きあがったら、最後にメイプルシロップのようなものをかけて出来上がりという、
庶民的なおふくろの味…甘さの中にほんの少しだけ、苦味がある感じ。
以前グレタが城にいるとき、まかない部屋で総料理長とつまんでいたコンラッドに
分けてもらって、大好物になった一品だ。
けどこの料理は、城で晩餐のメニューとしてふるまわれるような料理ではないので、
食べたくなると、いつも料理長に頼んで朝積みの花を用意してもらわなくてはならない。
手間をかけてしまうけど…と頭をさげるおれ達に、久しぶりに帰ってくるプリンセスのためなら
喜んで!と。ひげの料理長は快諾してくれた。
居間のソファーに腰を下ろして、一息つくとさっきのもやもやが復活してきた。
部屋でヴォルフと二人っきりになると、どうしても気になってしまう…彼の過去。
出会う前のことなんて、気にしたって仕方がないとは思うんだけど、でも……。
今までこんな風に誰かを好きになったことが無いから、自分の中でどう処理していいのか
良く分からない。
昔兄貴が「恋愛なんてそんなキレイなもんじゃねえぞ」とか言いながら、ギャルゲーを
やっていたのを思い出して、、今になって奴もたまには、マトモなこと言ってたんだと気づく。
(ちなみにあの時はギャルゲオタがなに言ってやがると一蹴した)
デカンタから、お気に入りの寝酒をグラスに注いでいる婚約者をぼんやり見つめていると
ふいにヴォルフと目が合った。
「何だ?」
「んー、別に…」
「…いや、別にという顔をしていないぞユーリ。……あ!さてはまた別の男のことを考えて…」
言いながらグラスを脇に置いて、ずんずん歩いてくる。
「この浮…」
「違ーーーう!いや、違うって!」
「なに?では何だ?」
いつものヤキモチ焼きなヴォルフ。そう、いつもと同じ…筈なんだけど…。
おれの知らない過去も…秘めてたわけで……なんか…
ぐるぐると未消化の思いが、胸の中で渦巻いてしまって上手く答えられない。
おれはちょっと情けない顔になってしまった。
「…?ユーリ?顔がへなちょこになってるぞ!」
「んー。ごめん。 でも考えてたのはヴォルフのことだよ」
「……」
しまった!悶々としてたせいで、普段なら絶対言わないようなクサイ台詞を…言ってから
わたわたと焦りかけるおれの目の前で、ヴォルフが赤くなっていた。
まずい…やばいくらいに、か…可愛い…。
「…なら良い!」
ヴォルフはぶっきらぼうにそう言って、さっきのグラスを取ってソファーに戻ってきた。
そしてグラスに2口、くちをつけてから、おれのかたに ことん ともたれてくる。
ことばは交わさなくても、満たされた時間。…のはず、いつもなら。
でも、こいつがこんなしぐさや、さっきみたいな可愛い顔を他のやつにも見せていたかと思うと
やっぱりもやもやが復活してくる。
『まえのやつって、どんなやつだった?』
そんなこと突然聞けるわけないし、相手の過去なんて…と、思うよ、思うんだけど…
渋谷有利原宿不利…ちょっとピンチ。かも。
つづく。
終わんなくてすみませんー。
料理の元ネタは某国営放送の番組から。