− 少しだけしあわせな日 −

「ねえヴォルフ、ユーリはいつ帰ってくるの?」
「そうだな、あいつはへなちょこだからな…でもきっとすぐ帰ってくるぞ。
 可愛い娘と婚約者を、長い間放っておくわけが無い」
ヴォルフラムの膝の上で、組み組み骨っちょをいじりながら
グレタは窓の外を見た。
 さっきから寒いと思っていたが、とうとう雪が降り出したようだ。
そしていつも一緒にいてくれるほうのお義父様に、背中からくっつく。
するとヴォルフが、髪の毛にキスしてくれるのが、とっても嬉しい。
 グレタは骨っちょをつまんで、ヴォルフラムに見せた。
「これねえ、骨パシーをじゅしんしたり、そうしんしたりできるんだよ?」
「ああ、もともと骨飛族の一部だからな。骨地族かもしれないが」
「これに話しかけたらユーリ、骨パシーじゅしんするかなあ?」
ユーリの暮らすもうひとつの世界には、骨飛族はいないと聞いていたが
可愛い義娘をがっかりさせたくないヴォルフラムは、否定もせず続けた。
「そうだな、あいつは前に骨で凶悪な魔術を披露していたくらいだからな
 呼びかけてみるか?」
「うん!」
そうして二人して、待ち人の名を呼ぶ。
「ユーリおとーさま!早く帰ってきてねーー!!」
「おそいぞへなちょこ!何をしている?さっさと戻って来い!!」
 あまり共鳴しない大人と子供の声が、ユーリの広い居室に響く。
部屋の外にいた衛視が、少し頬の筋肉をゆるめた。
思いはこの国のみんなが同じにちがいない。


               


 今日はスタツアしたかった。絶対にしたかった。
モテない人生15年目のおれだけど、今年のバレンタインデーは違う。
本命中の本命、婚約者と、可愛い娘いるんだから。
 ただし異世界に。
別にヴォルフはバレンタインなんて知ってるわけ無いけど、
グレタがチョコくれるなんてありえないけど。(チョコないし)
それでも、二人といっしょに過ごしたかった。
けど。今はもう14日の夜11時半。
…タイムアウト濃厚だ。
 グレタ、おとうさんは今単身赴任の気持ちをとっても理解しました。

 風呂から上がって、何となく部屋に戻って机に突っ伏した。
目を閉じて、みんなのことを思い出してると不意に机の中で
ころん…と、何か転がる音がしてちょっとびっくりする。
いや、心臓バクバクなんてしていません。
 まさかついにアニシナさんが、例の空間移動筒路を血盟城とつないで
しまったかのも…!
と、赤い悪魔を想像しつつ、机の引き出しを開く。
 だが、そこには四次元空間も、タイムマシンも、果ては未来の
ネコ型なんとかがいるはずも無く…。
ただの引き出しの中身が詰まっているだけだった。
 ちょっと安心したような、残念なような気持ちで引き出しを
閉めかかると、奥で何かがきらめく。
 もう一度あけて、その光る物体を取り上げてみると
いつかヴォルフにもらった金色のブローチが出てきた。
おれはそれをまじまじと見つめて、頬に当ててみる。
金属特有のひんやりとした感触と共に、ヴォルフの
『へなちょこー!』が、聞こえてくる気がした。
それに『おとーさまー』も。
「…うん、おとーさまは元気……え??」
あわてて金の翼を頬から離して、じっと見る。
特に変わった様子も無い。
「まずいな、おれとうとう幻聴が…」
……でも。
心の中に、さっき一人でぼやいていたときとは違う暖かいものが流れていた。
バレンタインに「へなちょこ!」はちょっと…いやかなりアレだけど。
つか、「へなチョコ」って…さ、寒すぎる!! まさにアラスカだ! 
…さすがコンラッドの弟。魔族あなどりがたし三兄弟だ。
でも、好きな人の存在を近くに感じることができたのは、すごく嬉しい。
肝心の本人たちは目の前にはいないけれど。
おれは心の中で、ヴォルフとグレタを力いっぱい抱きしめた。

 遠くはなれてはいても、心はきっと近くにいて少しだけ幸せな日。


                   おわり。





 バレンタインの日に日記に書いたものです。
ちょっと修正を加えて、お引越ししてきました。