約束



 -記憶せよ、忘るることなかれ-


 眞魔国のルッテンベルクにはそんな一文が書かれた碑がある。
20年前の大戦で、もっとも過酷な戦場だった場所だ。
人も魔族も多くの犠牲を出し、その壮絶さはいまも魔族の胸に新しい。
 だがこの地は古くから、多くの血が流されてきた土地でもある。



 何千年かぶりに眞魔国に帰還した、大賢者の魂の記憶の中には
この土地にたどり着いて間もない頃から、幾度と無く繰り返されてきた
戦乱の記憶が多く残る。
 はじめの2千年は創主たちとの戦いに始まり、魔族と人間の争い。
そして後の2千年は、地球世界での終わることの無い栄枯盛衰。
 考えてみれば自分の存在の歴史の多くは、同時に戦争の歴史だった気もする。
そして、今度の人生においてやっと本当のふるさとに戻っては見たものの
相変わらず、火種はくすぶり続けていたのか…と、少しがっかりした。
 だが、今の魔王であるユーリと自分が出会ってしまったからには
必ず大きな役目が待ち構えているということは、間違いなかった。
そして、その予想は禁忌の箱の復活というとんでもないものだった。

 眞王廟は、静かに水の流れる音が響くのみで、かつての盟友の勇ましい姿とは
比べようもない。
だが、確かに記憶の中枢にある金の髪の友の存在を感じ取れた。
創主たちとの過酷な戦いのあと、今度は安住の地を求めて何十年も世界をさまよった。
そしてやっとこの地にたどり着き、共に国を築き上げた日々。
さまざまな困難があった。思いもよらない嘆きがあり、喜びがあった。
それらが、膨大な記憶の中から一気に湧き上がってくる。
眞魔国をはなれていた時間を一瞬だけ飛び越して、今は目に見えない友に
たった一言だけを告げた。
 「君との約束はきっと守るよ」
くるりと踵を返し部屋を後にすると、最高位の巫女であるウルリーケが部屋の外でじっと
待っていた。

 「猊下、眞王陛下とのお話はお済みになられましたか?」
 「ああ、ありがとう。二人っきりにさせてくれて…」
 「いいえ、いまは私が預かってはおりますが、もともとここの最高位は猊下です」
 「…なつかしいね」
遠い記憶を互いに懐かしむように、ウルリーケと視線を交わしてから血盟城にもどった。



 翌日、せっかくこの国に帰還したのだからと、フォンクライスト卿が各地の視察を兼ねて
旅行を計画してくれた。
とはいっても観光ではなく、この国の現状をしるための強行軍だ。
中でも楽しみなのは、ヴォルテール城から、カーベルニコフ城への移動手段。
空間移動筒とはどんなに楽しいものだろうか?カーベルニコフの到着点が
下着畑とは本当なんだろうか?
そんなことを考えながら、休憩地点の宿場の屋外テーブルで、紅茶をもらった。
この地もかつてはただの荒地だったのに、いまではすっかり綺麗に整えられ
立派な町になったもんだと感心する。
 ぼんやり景色を眺めていると、フォンビーレフェルト卿がやってきて、近くに腰をおろした。
「渋谷は?」
「ん?ああ。あいつはグレタに土産を買うとか言って、そこの店に入っていった。すぐ来る」
「ふうん。」
この美しい友人の婚約者は、かつての友に生き写しだ。ただ瞳の色を除いて。
性格も…少し似たところがあり、血筋的には友の血を受け継ぐ一人なんだろうと思う。
なにげに彼を見つめていると、怪訝そうに「何だ?」とくる。
「いや、古い友達によく似てたもんでね。つい」
「ふん」
…この態度。一応自分は彼より数段身分が高いはずなのだが。
でもまあそこが、フォンビーレフェルト卿の面白いところではある。
彼は渋谷にぞっこんだ。
この先が楽しみなので、暖かく見守ろうと思ってはいるが、たった一つ気になることがある。
 似すぎている。
今、この時代、このときに。
記憶の中の友は、明るい湖面のブルーの瞳をしていた。
一方フォンビーレフェルト卿は湖底の翠。
そして、封印されているような彼の魂の記憶と、資質。

 渋谷がいて、彼がいて、僕が揃うことの本当の意味。
かつての創主たちとの戦いを思い出さずにはいられない。
そんな自分の不安をよそに、金色の髪の魔族の元王子様は婚約者に話しかける
売店の看板娘をを気にして、走っていってしまった。



 夕方、かつての激戦の地だったというルッテンベルクについた。
今では町も復興してはいるが、ところどころにその記憶が染み付いている。
その一角に、犠牲者の慰霊碑が立っていた。
そして碑文には「記憶せよ、忘るることなかれ」と刻まれている。
先の戦争の犠牲者への鎮魂と、争いの無意味さを語りかけるその碑にみんなで
花をたむけた。
 しかしこの言葉ははるかな昔、自分に与えられた使命でもあった。
「記憶せよ、忘るることなかれ」
二度と箱の悪夢を蘇らせることの無きよう、彼と約束をした。
その言葉。
 絶対に守らなくてはならない。
何があっても。どんな犠牲をはらっても。


 駒はそろい、歴史はまた繰り返す。自分はそのことをよく知っている。
だから、この言葉は自分という存在があるかぎり、永遠に失われることはない。
そして友との約束も。









                           おわり。

                 なんか女性向けではない、硬派な内容になっちゃった…