こうちゃんのお誕生日に寄せて
1992.9.7のこと
こうへいもななみと同じ助産院で生まれた。
3年半ぶりだったので、ラマーズ法の呼吸法をすっかり忘れてしまい、取り乱した出産になってしまった。あの日のことは今でも鮮やかに懐かしく脳裏に浮かぶのだ…。
(以下、『絆』―増田助産院入院日誌より)
平成4年9月7日(火) 男児3430グラム
女の子ふたりの我が家に3人目がやってくる。――つわりがひどくなって、食べるたびにトイレへ駆け込んでゲーゲーやっていた私を見て、夫は「やっぱり間違いじゃないのか・・・」とため息。私は腹が立って、「この子は私ひとりで育てよう」などと思ったものだ。
「3人目も女の子だったら、1週間年休を取って旅に出る」などとしょうもないことを言っていた夫も、だんだんおなかが大きくなるにつれてあきらめたらしく、「男でも女でもどっちでもいいよ。」とついに言い始めた。 私自身、妊娠中に女の子が生まれる夢を3度も見ていたので、やっぱり今度も女の子かなーという気持ちが大きかった。
9月7日の朝は午前5時頃からおなかが10分感覚で張り、7時少し前に助産院に電話。夫の母親にきてもらい、子どもたちを頼んでタクシーで東名を走り、静岡の助産院へ。
陣痛らしき痛みはなく、まだまだ…と思って内診を受け、そのあと2階でのんびりお茶をいただいていると、…やってきた、痛みが!
みるみるうちに強い痛みになり、1分間隔。さあ、ラマーズ。ヒー、フーでまだ大丈夫。9時半ごろ2回目の内診。待合室のベッドにすわっている間にも痛みはますますきつくなる。ヒッ、ヒッ、フーでついていけず、フーウン、フーウン。…それでもガマンできなくて足が震えてきてしまうほど。
呼吸法に合わせて腰をさすってくれている若い助産婦さんがちょっとでも離れると、とたんに心細く、自分ひとりでは痛みがおさえきれなくて不安になってしまう。
ふだんどおり、健診に訪れる人たちが次から次へと待合室へ。そこでラマーズ法を必死でやっている私がいるのだから、みんな同情して、「がんばってね」とあたふた。
10時10分ごろトイレへ行き、分娩室(いつもの診察室)で内診。立ってもすわっても、横になっても、呼吸法に集中しようとしてもできないくらい強い痛み。――こ、こんなに痛かったっけ?! どうしよう、耐えられない!乗り切る自信がない!無事に産めるだろうか。ああ、やっぱもうトシだ、やめられるものなら途中でやめたいなどととんでもないことを考えてしまい、「痛い」「苦しい」と、取り乱してしまった。
リラックスするのが呼吸法なのに、どうしてもからだじゅうに力がはいってしまい、先生からも「自分だけの力で産もうとするんじゃないよ。」と何度も言われ…。
そのうちいきみたくなってきて、からだを横にしたままいきむのだが、「あれっ? いきむのって、どうやるんだっけ?!」…もう、パニック。頭も混乱してきた。
「ほら、そんなに力を入れないで、上を向きなさい。」
必死で上を向き、何度かいきむと頭が出てきたという感じがわかった。
「あと少しだ、もう少しがんばれば…」と思ったところで、「はい、力を抜いて、手を胸の上で組んで!」―短息呼吸。ななみの時はこの時間が長くて苦しかったんだと思い出しながら、ハッ、ハッ…と始めると、意外に早くスルッという感じで赤ちゃんが出てきた。
「どっち?? どっちでもいいけど…」と思った直後、「男の子ですー」と増田先生の声が。
「男の子ですか…」と私は繰り返しながら、なんともいえない安堵感がからだじゅうに広がっていくのを感じた。同時に、苦しかった陣痛から解放されてどんなにうれしかったか。
男の子。―増田先生の声が私の頭の中に何度もエコーしながら響くような気がした。
サキとななみの時は夫が立ち会った。今回はどうしても仕事を休めないというのでしかたないと思っていたのだが、やっぱり立ち会ってもらっていればもっと感激も大きかったかも。
10時46分。本格的な痛みがきてから2時間あまり。すごいスピードで痛みが超特急でやってきて、あっという間に生まれてしまったという印象で、つらかったけど夢かと思うようなお産だった。
朝、家を出るときは「また戻ってくるかもよ。」なんて子どもたちに言ってきたのに、その数時間後にはとなりで赤ちゃんが寝ているのだから、不思議な気分。
生まれてしばらくの間は泣いていた赤ちゃんもすぐに眠ってしまい、そのままずーっと夕方になっても眠りつづける。一度無理矢理起こしておっぱいを含ませる。そのまま、またかーっと寝てしまった。
私は早くおむつを替えたくてしかたない。そろそろ替えてもいいかな? 先生が夕方部屋にきてくれて、その時おむつをはずす。ドキドキ…。(ほんとに男の子か?と思ったりして)
おむつをはずした時はうれしかった。やった!ほんとに男の子だ!…よくつけてきてくれたねぇ、なんて思ったものだ。夫も仕事を早めに終わって来てくれて、「男の子だって?!」と意外そうに、素直に喜ぶのは恥ずかしいみたいな感じで部屋にはいってきた。
夜、実家の両親と夫の母親、そしてサキとななみが来てくれた。
「男の子を産んだって、いてもたってもいられなくて来たよ。」と母。ななみは不思議そうに赤ちゃんを眺め、「おかあさん、おなかのあかちゃんはどこへいっちゃったの?」と聞くのだった。(当時ななみは3歳5ヶ月。サキは幼稚園の年長だった)
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「3人目は孫のようにかわいい」と誰かが言っていたが、孫とは思わないけど本当にかわいくて、眠っている顔を眺めていても次から次へと表情が変わり、いつまでも見飽きない。泣いてもかわいいし、きっと何をしても怒れなくて、長女が「私ばっかり怒って!」と私を責めるだろうなぁ。(実際そのとおりだった)
5日目の夜、夫がまたサキとななみを連れてきてくれた。ふたりとも私のところへ来るのを楽しみにしていたようで、まとわりついてふたり同時にあーだこーだ話しかけてくる。「早く帰ってきて!」と何度も言いながら帰っていった。――これからはやたら怒らないようにしよう。私のことをあんなに待っていてくれる、かわいい子どもたち。
居心地のいい1週間はあっという間に過ぎていった。この1週間がまた過ごせるなら、もっと子どもを産みたいと思うほど。でもきっとこれが最後。
この居心地のよさは、先生をはじめスタッフの方々の細かい心配りのおかげ。遠慮なく甘えさせていただきました。心から感謝です。それに、納得のいく出産ができてとても幸せ。もっともっとたくさんの女性が、ここですばらしい出産を体験されることを願ってやみません。増田先生、ありがとう。
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