「おはよう!」
瞳はその声を聞いて、あれっ?と思いながら顔を上げた。
「マダム、今日もお花と一緒で美しい」
そこには満面笑みの周が立っていた。
瞳はその周に一瞥をくれると、再び下を向き、花の選別の為に手を動かした。
「何か用?」
あくまで瞳はそっけない。
「僕、今日も電車一本遅れちゃって…、だから、次の電車が来るまでちょっと暇なんです」
「私は忙しいの、見れば分かるでしょう」
「ホント、お忙しそう…。この時期、水も冷たいし、花屋さんの手伝いって大変だよねぇ」
「そうよ、あなたみたいに冷暖房完備の場所で、机に座ってお仕事って訳にはいかないのよ。働かないと生きていけないしね」
「でも、花に囲まれて、似合っているよ」
周はちょっと甘い声で囁いた。
「えっ?」
瞳はちょっと嬉しそうに笑った。
「その、ゴム長靴にゴム手袋」
「…」
周は瞳の笑顔がこわばるのを見て、クククと笑い声を上げた。
「周〜〜!!」
瞳のその声で、周は一目さんに駆けだした。
「まったく、ほんとに朝からあれだけ私に面倒かけていて、その上、私より遅く起きたくせに遅刻して、さらにこの仕打ち…。帰ってから目に物見せてくれるから…」
実は昨晩、周は瞳の部屋に泊まったのだ。
朝になって、早出の仕事だった瞳はそっとベットから抜け出ると、静かに着替えようとしていたのだが、その行動を周の甘い攻撃で遮られ、その為に瞳は時間ギリギリで部屋を飛び出したのだった。
「眉だって、書き忘れちゃって…、今日は散々だわ…」
瞳は周を追い払うと、側にあった鏡で自分の顔を見直した。
「それに、ここにもこんな物、残されちゃったし…」
次に、瞳はワイン色のニットのセーターを少し下げて、鎖骨の下の赤いシミを見つめた。
「赤と赤で、外からは分からないわよね…」
意味不明の言葉を言いながら、瞳は赤くなった。
なんだかんだ言っても、幸せに違いない2人は、順調にお隣同士の交際を続けていた。
「これ、頂き物なんですが…」
周はさすがに瞳に悪いと思ったのか、その晩、手土産を持って瞳の部屋を訪れた。
赤ワインとチーズ。
スモークしたそのチーズには<極上>とシールまで貼ってあった。
「なんかとってつけたようなシールね」
「そんな事ないですよ…。イイ物だって印ですからね。そんな、深読みしないで、ね、食べましょう」
周はなんとか事を荒立てないようにしながら、瞳にワインを勧めた。
酔わせて、気分良くさせれば、こっちの物、悪ふざけの帳消しは出来る。
「だいたい、あなたはね〜」
瞳はブツブツ言いながらも、美味しいワインとチーズですっかり出来上がっていた。
そして、チーズから<極上>のシールを剥がし、それを周の額に貼り付け、笑い転げる頃には、いつもの瞳になっていた。
それを見て周はほっと胸をなで下ろした。
これでお仕置きは免れそうだ。
「じゃあ、僕はこれで…、今晩は良い夢でも見て下さいね」
後かたづけまで終わると、そう言って周は瞳の部屋から出て行こうとした。
と、その動き出した足をソファーに横になっていた瞳が押さえた。
「帰るの?」
瞳の目が座っている。
どうやら飲ませすぎたようだ。
「ええ、ちょっと〜用事がありまして〜」
「声が裏返っているわよ」
「そんなぁ…、地声ですよ」
「最後までちゃんと面倒みなさいよ…、今日のあなたの場合、それくらいやっても全然おつりが来るでしょう」
うへぇ〜、と周は思った。
瞳はしっかり覚えていたのだ。
「まずは、冷えた足のマッサージね、それが終わったら肩もみしてね」
「良い気持ち〜♪」
瞳はソファーに横になったままの姿勢で、周のマッサージを受けていた。
「この分なら、クリスマスも、きっとサンタさん、素敵なプレゼントくれるわね」
瞳はそう呟きながら、うっとりしている。
周はその言葉に内心ドキッとした。
実はある計画をクリスマスの日に決行する予定なのだ。
もちろん瞳にはナイショである。
それまでは言いたくてもガマン、ガマンのガマンの子。
言いたくてしょうがないけど、それは出来ない事だった。
その頃には瞳の猶予期間が切れる。
長かった半年がやっと終わる。
そしたら、瞳は、また主婦の生活に戻って、ゴールデンボウルに通うんだ。
そう、夫となった僕と一緒に。
瞳が素直に受け取ってくれるか、それだけが今は心配だが、もう買ってしまった指輪は元には戻せない。
「実はいつもポケットに入れてあるんだ…」
周は寝息を立て始めた瞳に、そっと告白した。
「指輪のサイズ調べるのに、苦労したんだから…」
瞳の寝顔を見て、周はクスリと笑った。
瞳はその頃、夢の中にいた。
白ひげのサンタが、周の決め球であるゴールデンボウルを袋から出して、自分に手渡している。
「それを指にはめてごらん、きっと幸せになれるから」
瞳はその言葉に、薔薇のような笑顔で頷いていた。
2003/10/27 240000アクセス by レインボーママさん