幸せな結末



「理得おっぱいの出はどう?」
「うん、さっきマッサージしてもらったから大丈夫だと思う。もう少しで乳線炎になるところだったって」
「よかった、よかった、初乳は大切なものだから、沢山飲んでもらわなきゃ。搾乳して、冷凍してあったのがもう終わるから、そろそろ本物で吸ってもらおうか?」
「今度の授乳時間に連れてくるからね、準備よろしく」
理得は青筋が立ち始めた胸をゆっくりともみほぐし、タオルの上にポタポタ落ちる滴りを嬉しそうに眺めた。
やっとこれで悠に乳を含ませられる。
思ったより難産で、痛い思いもしたけど、今はもうそんなことも忘れてしまった。
今はただ、早くあの子を抱きたい。

「さあ、お母さんのおっぱいよ」
看護婦に抱かれて悠がやってきた。
悠をちゃんと抱くのはこれが始めてだ、腕に力が入って重みが分からない。
ユーリに似た目元、私に似てしまった口元、ほっぺたをつつくとおっぱいを求めて口を近づける。

「ほ乳びんに慣れてしまったから、吸い付くまで時間かかるかもよ」
看護婦の言葉に緊張しながら、悠の小さな口に胸を寄せる。
こそばゆい感覚が広がるが、悠はやはり素直に吸ってはくれない。
ほ乳びんと違って力を沢山入れないと出ないから、嫌ってしまうのだろう。
こんなに小さくてもちゃんと分かっている事がなんだか不思議な気がする。

「困ったわね、お利口さん過ぎてごまかしがきかないわ・・、こうなったら根比べよ、お母さん、大丈夫、お腹が空けばちゃんと飲むから・・」
不安げな顔の理得に看護婦の励ましが飛ぶ。
「悠、飲んで・・・」
思わず声が漏れるが、なかなか先に進まなかった。

「どうかしたの?」
その声で顔を上げるとユーリが立っていた。
「あら、お父さん登場ね」
「ユーリ」

「お、坊主、いいなぁ、おっぱい飲んでるのか」
ユーリは悠の頭をそっと撫でると嬉しそうにいった。
「それどころじゃないのよ、ほ乳びんに慣れたせいでなかなか飲んでくれないの、この子」
「生意気な坊主だな、俺が代わりたいくらいなのに・・」
真っ赤になった理得の側で、看護婦が声を上げて笑った。

「どれ」
そう言ってユーリが悠の頭を理得の胸に押しつける。
「お前が飲まないなら、俺が取っちゃうぞ・・」
ユーリは首を傾けて、悠の口元を見つめている。

「あっ」
程なく理得が声を上げた。
「飲んでるわ、看護婦さん、飲んでます・・」
「そう、よかったわ、これで一安心。じゃあ後はお父さんに監督をお願いして、私は仕事に戻るわね」

「ユーリ、ありがとう」
2人きりになると、理得は悠を抱きながら、ユーリを見つめた。
ユーリは理得の側に座ると、理得の肩を抱き、悠の小さな手に自分の指を握らせた。
「理得、お礼を言うのは俺だ・・。かけがえのない命を、家族を、ありがとう」
理得はその言葉でユーリの肩に頭を付けた。


「理得は良い夢でも見てるのかしら、幸せそうな顔して眠っている」
「そうですね、きっとそうだと思いますよ、赤ちゃんも無事だし、手術も成功したし、後は目覚めるのを待つだけです」
「そうね、須藤先生の決断が早くてよかった。これで理得ももう大丈夫だわ」
「半年もあれば、退院出来るでしょう。そしたら僕がユーラルまで送ります。彼も待ちどおしいだろうし・・」
「後半年ね、そしたら家族がそろう。理得どんなに嬉しいだろう」


1年後、ユーラルの地をよちよち歩く悠の姿があった。
その後ろ姿を優しく見つめる理得とユーリがそこにいた。
あの出会いから2年余り、新しい家族には未来が広がっていた。