天使の生まれた夜
理得の両手がユ−リの左手を包んで、自分の頬に優しく押し当てると、弾かれた様にユ−リは振り向いた。
憂いに満ちた理得の瞳に、引き込まれそうになりながら、ユ−リはゆっくりともう片方の手で理得の髪を撫でていく・・・。
理得は、ユ−リの小刻みに震える手が、自分を包んでいくのを感じながら、静かに瞳を閉じた。
額が触れる・・。
お互いの息使いが聞こえる・・。
「愛している・・・」
声にならない声でユ−リが呟くと、その唇が、理得の唇を探し出すのに、時間はかからなかった。
理得は、前に一度オペラ会場で重ねた口づけを、思い出していた。
あの時はただ、呆然として、立ちつくすだけだった。
でも、今はあの時とは違う・・・ユ−リの熱い思いが伝わってくる。
二度、三度と、ユ−リはキスをくり返す。
ユ−リは、理得をこの手に抱きしめたい気持ちに戸惑いながらも、もう、どうすることも出来なかった。
ユ−リの手が、理得のコ−トを脱がしていく・・。
「パサッ」
コ−トが床に落ちる音で、ユ−リはハッとした。
ユ−リは理得から体を離すと、ベットの端に座り込んで、目を伏せた。
理得はそんなユ−リを見て、何も言わずに、ドアの方へ歩いて行き、部屋の明かりを消して、ユ−リの傍らに跪いた。
「ユ−リ・・・」
静かに理得が名前を呼ぶ。
「今は、今だけは、私の事だけ考えて・・・私も、他に何も考えないから・・」
そう言うと理得は、ありったけの思いを込めて、ユ−リにキスをした。
ネオンの灯りが漏れる部屋の中で、ユ−リの瞳が、理得の瞳を映し出す。
ユ−リは理得を引き寄せると、自分と同じ様に、ベットに座らせた。
ユ−リは理得に、軽いキスを何度もしながら、上着のボタンを外し始めた。
理得のベ−ジュのタ−トルネックのセ−タ−を脱がすと、理得の透き通る様な白い肌が、ユ−リを惑わすように、妖しく浮かび上がった。
その姿を、眩しく思いながら、ユ−リもコ−トを脱ぎ、1枚1枚上着をベットの上に重ねていく。
ユ−リの胸の上で光る小さなペンダントが、ネオンの光に反射してキラリと輝く。
「俺は今、一人の人間として君のことを愛したいんだ。」
ユ−リの言葉に理得は黙って、頷いた。
外の喧騒とは裏腹に、見つめ合う瞳と瞳は何処までも静かだった。
どちらともなく出した腕の中で、抱き合う二人は、明日という未来があるのも忘れ、お互いの温もりの中だけに、真実を見つけだそうとしていた。
「理得」
その言葉が合図のかのように、理得はそっと目を閉じた。
ユ−リの唇の暖かさを体中に感じながら、理得は幸せの中に身を委ねていた。
理得の白くて細い指が、ユ−リの背中の隆起を辿ってゆく。
ユ−リの広い胸の下で、理得の白い肌は、徐々に赤みを帯びていく。
理得の小さな声が漏れると、ユ−リはその都度、理得の耳元で名前を囁いた。
ユ−リと理得のタイトロ−プを渡るような愛も、その一夜限りの契りの中で、何かを生み出すのに十分だったのかも知れない。
この後二人は、理得の内に宿った新しい命の事は知らずに、悲劇に向かって、進んで行く。
もしも、理得がその存在に気づいていたら、二人の運命はかわっていたのかも知れない。
もしも・・・と言う言葉が許されるならば・・・。
空が白く、夜が朝と引継をしている頃、二人は指を絡めたまま、静かな寝息をたてていた。
その寝顔は、満たされた思いで、幸せに満ちていた。