黄泉



夏が終わり、秋が来る。
そんな風に余所の季節が移り変わっても、私とユ−リのいる場所は何も変わることがない。
朝起きて「おはよう」と顔を見合わせて軽いキスをする。
時々、目覚めるのが嫌になるけど、その時が来るまではここで待っていなければならない。

起きると大抵2人で朝食の準備をする。
私がパンを焼きサラダを作る間、ユ−リがコ−ヒ−を入れる。
コ−ヒ−は2人ともブラック。
ユ−リの飲み方がいつの間にか私も好きになったから・・。

朝食が済むと散歩に行く。
昨日雨が降ったのか、小道は濡れていたが、そんなこと全然気が付かなかった。

ユ−リの腕から私の手がスルリと抜けると、不思議そうな瞳でじっと私を見る。
その黒く光る宝石を見ると、私のクルッとした顔が写っていた。
「何?どうしたの?」
「何でもないよ・・」
「何でもない?」
「うん」
知らん顔して、また元のように腕を組むと、ユ−リは安心したような顔をした。
時々、意味もなくこんな悪戯をしてしまう。
だって、ユ−リの困ったような顔も好きだから・・。

散歩から戻ると、熱いシャワ−を浴びて、冷水を2人で掛け合う。
バスル−ムで聞こえる「キャ−!キャ−!」という騒ぎを、お隣の人はどう思ってるのだろう?
毎日の事だからきっともう気にしてないだろうなぁ。

濡れネズミの体をバスタオルでくるんで、お互いの顔をタオルで拭き合うと自然に微笑みが広がる。
時々このまま時が止まってしまえばいいと思うけど、それもここでは無理。
時の概念なんて初めからないのだから・・、あるのは24時という区切りとそれに見合う明暗だけ。
サ−ビスで雨が降ったり雪が降ったりするけど、それも作り物だしね。

お昼はスパゲッティにして、簡単に済ませ、2杯目のコ−ヒ−を飲みながら午後は読書をする。
真剣に読めば読むほど、ユ−リが時々つまらなそうにチャチャを入れてくるのが玉にきずだけど、それも本当は楽しんでる。
本を読んでる私を身体ごと抱き上げ、ソファ−に自分も一緒に座ると、後ろから耳に息を吹きかけたり、首筋にキスをしたりするのならまだいい、クスクス笑う私の声で満足だから・・。

ユ−リモオトコノヒト
そんなときは私を責める。
とても本など読んでいられない。
パタンと本を閉じて、テ−ブルの上に置き、身体の向きを変えるとユ−リの髪をかき上げる。
「夜まで待てない悪い子ね」
そうして額にキスして、甘い吐息を吐き、色っぽい目つきで“めっ“って言う。

そうなると本はもう読めないから、2人で出来る事をする。
トランプしたり、チェスをしたり。
テレビゲ−ムは得意じゃないけど、少しはユ−リもいい気分にさせてあげないといけないのでたまにはする。
そうしてる内に外は暗くなり、また夜という闇が辺りに広がる。

夕食は綺麗に着飾って外出する事が多い。
ユ−リのエスコ−トで歩くと、皆が振り返り、まるでお姫様の気分。
「綺麗だよ」そう耳元で囁く声に騙されて、すっかりその気の私は甘い夢のような世界を漂う。
うっとりとユ−リを見つめ、食事を楽しむより、ユ−リとの甘美な世界を夢見るようになる。
帰る頃にはユ−リの首筋に抱きつき、ゴロゴロと喉を鳴らす。

ベットの中のユ−リは毎日違う。
決まった手順などなく、それはもう私の方が困るくらい。
どこで覚えるのかと思うけど、それはトップシ−クレットだと言って、教えてくれない。
私も声の上げ方くらい変えようかと、いつも直前まで思うけど、やっぱり誰が教えてくれたわけでもない本能の声を上げてしまう。
「もっと」とか「まだよ」とか、たまに注文を付けると喜ぶのはなぜ?
フフ、ユ−リってとても可愛いオトコノヒト

今朝も同じ朝だ。
そう思ったらコトリと音がしてポストにそれはやってきた。
思った通り、2通ある、私たちが希望したので、旅立ちの日は同じになった。
ユ−リと私宛に同じ文面。
場所はちょっと離れてるけど、大丈夫、きっと会える。
この生活ももう終わり、また本当の朝と夜が来る世界に戻るのだ。

きっと20数年したら、また同じような生活になるのだけは分かってるけど、お互いを見つけだし、どう出会うのか今から楽しみ。
「少しの間お別れだ、それまでサヨナラ」
「うん、またね」
私たちは最後にそう挨拶した。
もちろん長いキスも忘れなかった。
「愛してる」の言葉は最後まで言わなかったけど、そんなものイラナイ