機関紙掲載記念、M−ぱ君への手紙再録

この文章は東京都かるた連盟の年報に載るそうです(本当に大丈夫l?)

実はこ毒舌日記のかるた欄もかなりの人気なのです。様々な人から反応があります。
 北は青森から、南は浜松まで(ホント)

 今日からはそのような読者のご要望に答えつつ、富士高かるた部の秘訣について教えてしまいましょう。

 というのも、富士高OBで、現在は慶応大学かるた会に属する通称m−ぱ君から、こんなメールが来ました。「東京都のかるた界の会報に載せたいので、富士高の躍進の秘密について教えてくれませんか?」

 こんな、「マルクスの資本論」みたいな重要なことを内緒にしておくと、世の中大変なことになると思い。書くからには日本中の人に知ってもらわねばと、考えたので、彼(通称M-ぱ君)への回答を公開することにしました。

 問い1「新入生をどのように勧誘するのですか」
 
 といわれても、富士高の他の部活と一緒の単なる伝統行事ですから、別にこれといった奇策はありません。ですから、富士高の全般をお話します。4月の最初に対面式があります。1年生と上級生の初顔合わせです。これは応援団が仕切ります。だからとっても怖いのです。これで新入生がビビリまくります。そして2.3日すぎた頃「アセンブリー」といわれる行事が薄暗い講堂で行われます。なぜ「アセンブリー」という名前なんでしょうかね?実際は単なる「部紹介」です。でも、これが、思いきり凝っていまして、盛り上がるのです。要するに「硬派の対面式」VS「軟派で楽しい部紹介」という構図が1年生の中に出来あがります。1年生はそこで「楽しい部活に入らなければ大変だ」という考えに染まります。
我がカルタ部も思いっきりなさけない「寸劇」をこの部紹介で披露します。
 さて、この「アセンブリー(部紹介)」が終わると約1週間の部活勧誘週間がやってきます。我がかるた部のアジトは生活館という合宿所です。
ここに引き込めれば、もう勝ちです。全力を尽くしてその辺にいる1年生を片っ端から連れていきます。もう全員そうでの一大事です。
 で生活館に引き込むと、そこには、やさしいおねえさんとお菓子とジュースが山積みで待っています。もう接待と接待と接待です。
高校生はこの時とばかり。大蔵省や銀行や新潟県警の真似をします。
 すると、意思の弱い1年生が集まって来てしまうのですね!!!!!

でも、これは表層にすぎません。我がかるた部員は奥底で常に危機感を持っています。
「この部は、勧誘を怠けるとすぐに消滅してしまう部である」ことを十分に知っています。
加えて、かるたとその他競技の本質的な違いもよく知っています。
「球技は1つのボールに求心力が本質的に備わっているので、グラウンドや体育館のフロアにボールひとつあれば、人は寄ってくる、しかし、
四角いかるたの札に、黙っていれば寄ってこない」

つぎは、新入生への教え方です。
12/3(月) M−ぱ君への手紙(その2)
 質問その2 「どのように新入生を定着させたか」

 下の日記の続きです。まーぱ君の質問への回答です。
「どのように新入生を定着させたか」という質問ですね。しかし、この質問には前提条件があると思います。簡単に言えば‘必死さ’ですね。
失礼な言い方かも知れませんが、一般のかるた会では集合と離散が比較的長いサイクルで回っています。ですから、一度入会した人とは永年つきあうものだという前提があるはずです。しかし、高校のかるた部は違います、基本的に3年間でお別れです。例え今年新入部員が20人
入ったとしても彼らは必ず2年半でお別れします。その次の年に0人だったら、そこでお終いです。普通のかるた会だったら一度に20人入会したらそこで10年は安泰でしょう。もちろん一般のかるた会にはそれなりの苦労があることも存じております。これは単に比較の問題です。
 もう、新入生は宝物です。昨日御生まれになった新宮様のようなものです。大切な宝物です。上級生は本当に優しく優しく接します。
お菓子も食べ放題。もう笑顔笑顔です。正直いって甘やかしています。いいんです。実際試合をすれば、絶対上級生のほうが強いのですから
 富士高には「越前リョーマ」のような生意気で且つとてつもなく強い1年生は存在しません。
が、これも前提条件があるのです。
富士高は県下有数の進学校です。東大京大に15人進学する学校です。再来年は40人が東大京大の予定です(僕の学年だから)、この進学実績&模試の結果に匹敵する学校は県下に浜松北高校と雙葉高校しかありません。(ドッキ、2つともかるた部あるじゃん)。なのに、野球部は甲子園に2度出場しています、(ここで浜北と雙葉に且つ、雙葉め悔しかったら野球部を作ってみろ、しかし、静高にこの時点で負ける)陸上部・バトミントン部・ハンドボール部はインターハイの常連です。つまり真の文武両道の学校です。どこかの私立高校みたいに文の部と武の部が2極したのとは違います。
 ということは、新入部員は毎日毎日部活動に参加するのが当たり前の学校なのです。正直言って、定着させるということを意識して部活を指導したことはありません。(前の学校ではこの辺に神経を使いました)
 でも、やはり新入生を含めた部活の生徒のことは気になります。練習場に顔をだしてすぐ出席状況を見ます。「あっ、あいつがいない。」これが堪えます。生徒が試合に負けるより、生徒が部活に来ない方がよほど寿命を縮めます。

 質問その3「どのように新人を育成するのか」

 これも答え難い質問ですね。僕は富士高と長泉高校しか知りません。どちらも根っこは同じ某K栖先生です。ほかの指導方法を知りませんので、これ以外にやったことがありません。
ではその育成方法とは・・・・・・・続きは明日
今日は長めですが、かるたの練習方法やメンタルトレーニング論に関して真面目に書いています、ぜひ読んで
 質問その3「新入生の育成方法について」

 さて、またまた下の日記の続きです。
新人の育成ですか? 回答に困りますね。正直言って、顧問の僕はほとんどノータッチです。全部上級生がやってくれます。これが、富士高&長泉高の伝統だと思います。まずは、あの忌々しい札覚えですが、富士高流の札の意味を無視したいい加減な語路合せを使っています。だいたいここで、初心者は挫折するのでなるべく楽しくいい加減にそして早くがモットーです。僕も23年前にはこの語路合せで覚えていましたが
今の語路合せは23年前と若干違っているよいうです。たとへば「やまがわ」の札ですと「なかれもあへぬもみちなりけり」ですがその下の句の「へ」の一文字を「山」みたいだよ「りけり」が「川」みたいだよ、だから山川(やまがわ)と教わりました。今はどうでしょう?
はたしてこの札覚えの方法が正しいのかという疑問はいつも抱いてます。しかし、かるたの札を覚えるのは国語的な範疇ではなく記号論的な
ものであると理解しています。あの下の句は絵です。麻雀の牌も絵です。9ピンをみて丸い玉をを9個数えて、あっこれは9ピンだと判断する人はいないでしょう。あれは絵です。
 話はずれますが、メンタルトレーニングやブレイントレーニングの世界でも「絵として認識することは大変重要である」とされます。世の中にバードウォッチャーなる信じられない人がいます。紅白歌合戦(そろそろ伝統芸能化してきた。もうそろそろ必要ないと思うのだけれど)で昔、白い札と赤い札を数えていた驚異の人達です。彼らはいちいち鳥の数を、その場で数えません。一度脳の中に「写真」を撮るのです。この写真を撮ることの出来る脳を右脳といいます。そしてゆっくり左脳でその写真の中の鳥の数を数えるのです。高校生の中にも英語が苦手で困るという人がいますが、これは「右脳」の働きに原因があります。英語の苦手な人は左脳で英文を順番に一文字一文字読んでいきます。ですからなかなか覚えられません。右脳で一気に写真に撮り、それを記録していけば記憶になるのです。これは訓練でできます。
 その札覚えですが、せいぜい5日もやれば完璧でしょう。そしたらもう試合です。考えてみればかるたほど単純なルールで成り立つ競技は他にありません。しいていえばサッカーでしょう。野球やバスケットなどは複雑すぎます。アメリカ文化(そんなものはあると思いませんが)では競技を楽しくするためにルールを複雑にする傾向があります。逆に伝統的な文明の地では、単純なルールの競技のみ生き残ります。
 ですから、かるた部の新入部員はせいぜい2週間もあれば上級生と同じフロアで試合が出来ます。ここで部員数の問題がクローズアップされるのです。新入生は上級生に勝てません、もし上級生がわざと新入生の手を抜いて試合するとしたら、下級生にとってそんな屈辱的なものはありません。やはり同じ位の力の者と真剣に試合をすることが上達の早道です。部員数が多ければ多いほど上達が早いのはそのためです。
このシステムだと1年生で経験者が入部すると困るのです。東京の有名大学などでは、実は困っているのではないかと思います。
 あとは、毎日毎日練習です。いや試合です。僕はかるたの練習を「練習」とは言わないように心がけています。あれは「試合」です。練習っていうのは試合が終わったあと「払い手」の練習をするという場合に使う言葉です。試合は試合です。真剣勝負です。これもメンタルトレーニングで習いました。ここで、部活動の力、学校の力、伝統の力が発揮されるのだと思います。「放課後は部活なのだ」「放課後はかるたの試合をとるのだ」という自然な吸引力が必要です。たるたの組織を作り上げる場合でこのところが一番重要でしょう。毎日やる&定期的にやるための習慣づけです。この習慣づけができるまでが顧問の力量だとおもいます。
 最後に「記録」の話です。生徒は目の前の敵に勝つことで上達します、これ以外に上達の近道はありません。勉強でも同じです、メンタルトレーニングでも同じです。メンタルトレーニングの分野ではそれを「大目標」・「中目標」・「小目標」と呼んでいます。大目標とは「将来富士市長になりたい」とか「かるたで日本一になりたい」とかです。次の「中目標」とは「富士市長になるためにTOTOで1億あてる、富士市長になるためにこのHPで100万人の読者勝ち取る」とか「自分もA級になるぞ」とかです。そして「小目標です」それは「授業をうまくやる」とか「次のテストでいい点をあげる」とかです。その小目標で一番理解しやすいのが「目の前の敵に勝つ」です。もし、高校生に本音のアンケートをとることが出来るのなら「あなたはなぜ勉強するのですか」という問いに「あの子が勉強しているから」「周りが勉強しているから」「友達に負けたくないから」が絶対上位を占めるはずです。(これは学校心理学の研究で証明されてもいます)、だから、部員数は多いほうがいいのです。もし、部員が少ない場合、「目の前の敵」をどう作り出すのかが問題なのですが、それを、「○○君とは3日前に試合して16枚差で負けているから今回は15枚差以内が目標だ」とということしかないでしょう。あるいは逆の生徒で、「僕は一番強いので部内に敵がいない、今10連勝中である」子に「富士高のOBでM君(元名人)という人がいるけどかれの記録は4ヶ月無敗だよ」といえるのです。したがって記録を克明につけることはこの「小目標」を維持させるのに大変重要なことです。
 僕の恩師は栗栖先生です。かるた界では知らない人はいないあの栗栖先生です。先生は、今までこの欄で書いてきた方法論を全て一人で考え抜いた天才的な指導者です。いい意味で、先生は富士高かるた部や長泉高かるた部を作り上げ軌道に乗せるまで、上のようなことを何も考えてこなかったのではないかと思っています。ですから天才的なのです。僕は、機会あってメンタルトレーニングを少し勉強することができました。それを、かるたの指導に結びつけて考えれば考えるほど、栗栖先生の方法論やよく言っている言葉などが当てはまります。
 先生が導入したもので全静岡県の高校生が使っているものに「名前カード」というのがあります。実際は何て言うのか知りません。要するに名刺サイズのカードの表に名前を大きく書いてあるやつで、その裏に罫線がたくさん引かれており、毎日の試合結果を書き込める形式のものです。なくなればどんどんセロテープで貼って厚くなっていきます。そのカードを見ただけで、自分のかるたの歴史がわかる仕組みです。本当に栗栖先生が発明したものかどうかは聞いてみたことがないので知りません。ほかのかるた界でどんなものを使っているのかも知りません。
しかし、あのカードはかるた界のノーベル賞ものであると信じています。 
質問その4「普段の練習の様子」

さて、下の日記の続きです。今日で最後です。
普段の練習の様子と言われましても、普通に1試合とるだけです。しかし、これは大事なことだと思います。何と言っていも継続は力です。
ただし、秘訣がひとつあります。決して偏った対戦を作らないことです。もちろん、強い相手と強い相手が試合をすれば強くなります。しかし、部の組織としてはどうでしょう。全体で強くなろうという意識が薄れてしまうのではないでしょうか、「私は&僕は、弱いからいいや」と思う部員が少しでもいたらその部は強くなりません。いや少なからずいるはずですがその子がその気持ちを隠してくれれば良いのです。子供にレッテルを貼っていはいけません。対戦相手を限定するということはレッテル貼りを自然と行っていることになると思います。
 練習は16:00頃から18:00頃です。一般のかるた界と違い高校生ですから時間はかかります。組み合わせも生徒がやります。試合が終わると対戦した者どうしが今の試合について検証をします。あーだこーだ言っています。
 その後皆で輪になって終わりの挨拶をします。ここで僕が2分くらい話します。10分になることもあります。これも栗栖先生の真似です。これもノーベル賞ものの発明です。僕の話が終わると部長が「何か他にありますか?」と聞きます。すると誰かが手をあげて「Tシャツのデザインが決まったのでサイズを聞きます」なんて話があります。実はつい2週間前のことですが、県の新人戦が終わった次の日の練習の終わりにいつもの通り挨拶をしていると突然ある1年生が挙手をし「僕が言うのは失礼かもしれませんが、今日はみんなうるさくて集中できず、試合をする気になれませんでした。大会が終わったからほっとしたこともあるかもしれないけれど、こんな雰囲気の部活では練習する気になれません」と発言をしました。富士高に赴任して8ヶ月(ということは富士高に戻ってきて20年と8ヶ月)、何か昔と違うな、と感じていたものが一気に氷解しました。ずっと、この言葉を待っていたような気がしました。一気に20年前に戻りました。そして、自信を持ちました「絶対に富士高は日本一を奪回できる」と。もし6ヶ月前に気がついていれば今年も勝てたかもしれません。まだまだ、力不足でした。
 その挨拶の時間が終わるとフリータイムです。みんな勝手に「源平合戦」をしたり漫画を読んだりしています。中には熱心な子もいて札の払いの練習をしています。だいたい女の子が熱心です。当然です筋力のない女の子は、早く払うことをマスターするために時間がかかります。
その代わり、何となくですが割合「反応速度」(これをかるたの場合‘ひびき’といいます)が早い子は女の子が多いのです。そうするとおとこの子も工夫しますので、結果的に良くなります。もちろん新入生が試合を取り始めたころは熱心に上級生が「払い」の仕方を教えます。
 だいたい、皆が帰るのは19:00頃ですかね。
最後に、我が富士高は練習施設に日本一恵まれています。実はこれが最大の強くなる秘訣です。その練習場は「生活館」といいます。この生活館を建てた中国人の名前を知っていますか「生・活館」です。なあんちゃって
一度に14組(28人)が試合をできる大部屋があります。その他にも和室が3つあって、本当に恵まれています。しかも、普段は合宿所ですから校舎とは独立していて、施錠も時間に追われません。これぞマイホームです。OBは帰省することを「生活館に帰る」と言います。よね
でも、実際は合宿所ですので「私物化するな」と口うるさく言っています。当然使用料は払っていません。
富士高生が卒業後にかるたを続けない時代が長く続きました。今でもなかなか続けてくれません。これをバーンアウト症候群として片付けるだけでは説明がつきません。富士高生の発想の中に「好きなかるただから、みんなでお金を出し合って、会場を借りて時間を作って(しかも夜)試合をしよう」という発想が根付かないのです。かるたはマイホームの一種であるとても居心地のよい生活館で、授業のあとで少し鬱憤晴らしのために行うものである。というのが富士高生の発想なのです。
 でも、この日本一恵まれた練習施設というのが、この頃の富士高の低迷の一つではないかとも思えるのです。今まで支えてくれた嶋先生(現在筑波大学大学院です、嶋先生こそこのような文章を執筆するのにふさわしいのです。本当は)やOBに失礼かも知れませんが、あへて低迷という言葉を使わせてもらいます。
 現在の高校日本一は静岡雙葉高校です。顧問は栗栖先生です、つまりドーターです。昔、海軍では女の子のことをコッペルという隠語で表しました。ドーター⇒銅⇒コッペルです。ですから、栗栖=天才的な指導者という遺伝子はかわりません。この雙葉高校は中高一貫であるという利点を生かして強くなったのですが、練習場には恵まれていません。女子高である(静岡一のお嬢さん学校である)こともあり学校の施錠時間にとても厳格で、だらだら練習が出来ません。毎日が時間との対決だと聞いています。このハンディを逆に力にしているのではないでしょうか
 その前の高校日本一の座は長泉高校が持っていました。僕が顧問をしていたので良く覚えています。嶋先生の時代に長泉高校は2度日本一になっています(でしょ、嶋先生って凄いでしょ)、その前の長泉は富士高に負けて日本2位でした(これは栗栖父先生の頃です、創立2年目と3年目のことです。やはり栗栖先生も凄い)しかし、その長泉高校も嶋先生後6年間勝てませんでした。その時です、練習場がLL教室になってしまったのは。それまでは「地学教室」という名の実験室に畳をひいたままにして使っていました。簡単にいうと長高で一番広い空間をかるた部が独占していたのです。しかし、改修工事でそこがLL教室(コンピューター設備管理の英語教室)に変わるので空いている一般教室に移る事になりました。その当時の部員達の憤慨なる思いは忘れません。練習場の広さが半分になったのですから。しかし、その翌年日本一になりました。(一藤木さんとか富田君の時代です)
 その長泉が6年間勝てなかった時代に高校日本一に君臨したのが大井川高校です。3度日本一になっています、顧問は竹中先生でした(竹中先生ですからカツサンドですね。サンドイチイなんちゃって)、やはりこの竹中先生も素晴らしい指導者です。強力な選手を作り出す人です。
現在は静岡東高校にいらっしゃいます。すぐにトップコンテンダーになると思います。この大井川全盛時代の練習はどうだったというと、まず、畳を廊下に積んでおきます。もちろん、教室で授業をやるからです。放課後になると部員一斉に教室の机と椅子を廊下に運び、畳をひきます。
練習が終わると畳をあげ、掃除をして(教室はたたみくずでひどく汚れます)、机と椅子を教室に戻します。これを毎日続けたのです。竹中先生と部員達は!!!!!
 なんとなく恵まれすぎている練習施設がちょっと気になるデータではありませんか。この意識をどのように高校生に植え付けるかが今の私の課題です。生活館のない富士高かるた部の創世記には講堂の入り口(正面玄関の横にあるもちろんオープンスペース)に畳をひいて練習したこともありました。それが富士高の第一期黄金時代です。
 いやー今日は少し長くなりました。今日は(今5:36分)期末テスト前の家庭学習日で余裕があるからなせる技です。でも、僕はこのようなことをたとえ自分のHPではあるにせよ、いつかは書いておくべきだったのです。
 なぜか、
これが、かるた部が強い最後の秘訣だからです。「部員達は自分たちかるた部のこと、歴史やOBの姿、現在の状況、かるた競技の特徴、部の財政状態などなど、を良く知っている」から強いのです。練習の終わりで僕が生徒に話す内容は、あらゆる意味での情報公開です。それこそ栗栖先生から受け継いだ最後の秘訣です。このようにHPを使うべきだとおもうからです。
 だから、今のかるた部員は、僕の家庭の状況までわりと知っています。なぜか、僕は火曜日の夜はどうしても早く家に帰らなければなりません。それは、僕の奥さんが火曜日の夜にバトミントンに行ってしまうからです。子育ての火曜日なのです。顧問は火曜日になぜ家に帰るのかを説明するためには、かるた部の試合が冬になるとほぼ毎日曜日にあり、全然家族サービスができなくなり、それに愛想をつかした奥さんが
ストレス解消のために週一度は外で発散することを説明しなければならないのです。そこまでの説明責任(アカウンタビリティー)があると思います。
ではみなさんさよ、おなら。
 長くなりましたので、随所にオヤジギャクをいれておきました。