─ 生きることにはそれ相応の代価が必要なんだよ。


 酷く暑く、薄暗い。そんな矛盾した空模様を眺めて、コミューンは溜息をついた。
エイン帝郷区に近い離島に上陸したところで、2人は一通りの警戒索敵を済ませた。
しかし、参ったものだ。追撃をしていくうちに、援護部隊としてついてきていた一般兵は皆やられてしまった。
と言っても、最後の数人が負傷したところで、足手纏いだと判断してライノラ帝郷区へ戻らせたので、
この状況はコミューンとリスクの2人が意図的に作り出したものだと言えるだろう。
「とりあえず近くには見当たらない─ 既に内陸部で待ち構えていると見るべきかな。」
双眼鏡を片手に、コミューンはリスクに話しかける。
「ああ、そうだな。とりあえず岩陰で一息入れよう。」
そう言う前からか、すぐ後からか、リスクは煙草に火をつける。
白い煙が、リスクの上で渦を描く。
リスクが煙草の箱をとんとんと叩いてコミューンに差し出す。
「いや─ 吸わないの知ってるだろ?」
苦笑いをして返すコミューンに、リスクは舌打ちする。
「お堅いこって。 気分が落ち着くのに。」
コミューンは少し鼻で笑うと、ウエストポーチから水筒を取り出して中身を少し口に含む。
コーヒーの香りが少し漂う。
「お前、コーヒーなんか入れてんの!? 普通、酒だろ酒!!」
「気分を落ち着ける意味合いでは煙草と同じだと思うが・・・」
冷静に返すコミューンに、リスクは頭を掻く。
一息入れたところで、コミューンはリューハからの指令を思い出す。

「・・・はい?」
リスクは聞いたことに対してもう1度疑問符を投げた。
「昨夜、CGWが3名、私の資料室から新型武器の設計図と帝郷区の兵器構成資料を持ち出して逃亡した。
 ─ 君とコミューンは遠征演習から外れていたな?」
「ええ、だからここにいるんですが─ って、それってやっぱり─ 」
やり残した仕事があったため演習をキャンセルしたときから若干嫌な予感はしていたのだが。
「一般兵の小隊を1隊手配した。2人ですぐ用意をして追撃して欲しい。」
リスクは頭を数回掻くと、確認した。
「機密文書は確保するとして─ CGWの3名は? 拿捕ですか?」
リューハは少し複雑そうな面持ちになる。
「拿捕して連れ帰ったとして、信用して使えると思うならそうしても良い。」
「ええ、わかりました。 それじゃあ処分するって方向で。」

そのような流れで、半ば無理矢理というか、ろくに考える間もなく追撃を始めた。
岩陰で休息を終え、2人は島の内陸部へと歩を進めた。

木々が生い茂る、ちょっとした密林の中、コミューンは木陰や茂みを慎重に、そして素早く索敵しながら前へ進む。
リスクはその10mほど後方で、すぐに狙撃に移行できる姿勢を保っている。
歩くときの体重移動は外側から自然に下ろす─ 音を立てずに、素早く前進していく。
「いないな─ リスク、俺から距離を置いたところも怪しそうなものは見当たらないか?」
「ああ、まったく見当たらないな。」
おおよその茂みや木陰、木の上なども探し終えても、敵が見当たらない。
気付けば、森を抜け、少し背の高い草が生えた平地が広がっていた。
平地を囲むように木々が生え、その中央にはコンクリート作りの廃墟が佇んでいた。
ドアは朽ち果て、窓ガラスは割れ、錆びて崩れ落ちそうな螺旋階段が建物の横に据え付けられている。
「リスク─ 」
コミューンが声を掛けるや否や、リスクはスコープで確認する。
コミューンとリスクの双方が思うに、この場所で選択する行動が勝敗に大きく関わってくる。
廃墟への入り口で1人待ち構えていると見るのが普通だが、相手は戦闘訓練を受けたCGWが3名。
やはりここは─

少し時間を置いて、コミューンは廃墟の入り口に向かって走り始めた。
ザザザザッ─ !!
入り口の脇に肩をぶつける形でその勢いを止めると、壁に背中を当て、中の様子を伺う。
そして突然、コミューンは素早くその場に伏せた。
その目は入り口の正面に生える木々の隙間を見据え─
ズカァァン!!
コミューンが伏せたのとほぼ同時、銃声が響く。
銃弾は先ほど一瞬だけ背中を当てていた壁を抉る。
そう、廃墟内に敵がいると仮定した場合、追っ手は必ずその廃墟の入り口付近で様子を伺う─ という法則に則った戦術だ。
つまり、その入り口付近を狙うことができる場所に敵が待ち伏せしている可能性がある。
コミューンはその罠にまんまと足を踏み入れた─ 風に見せるためのおとり役。
「そう、つまりは─ 」
コミューンは呟く。
「俺がお前をカウンタースナイプするってことだ。」
コミューンたちが歩いてきた方向とは別の方で待ち伏せをしていた敵の後ろに、リスクの姿。
敵はすぐさま気付いて銃を構え直し、後ろを振り返る。
「遅えよ─ !!」
ズカァァン!! ドサッ─
まず1人─ その骸を確認し、リスクも廃墟の入り口に向かう。
「中にいると思うか?」
「少なくとも1人、いるだろうな。」
「じゃあ、中のどこにいると思う?」
「・・・まあ、入ってすぐのところにはいないだろうな、こっちには手榴弾もあることだし。それくらい予想してるだろ?」
少しの間、沈黙。
「じゃあ、今度は俺が行くよ。」
リスクが狙撃銃を背負い、サブマシンガンを取り出して構える。
「あんまり接近戦は得意じゃないんだがなあ・・・」
そうぼやきながら、サブマシンガンを片手に、手榴弾を取り出す。
「じゃ、後は頼んだぞ、また後でな!」
手を小さく振りかぶり、廃墟の内部へ1投。
キンッ、キン、キン、キキンッ─

ドガァァァァァァン!! ガシャァァン!!

爆風で、割れていた窓ガラスの残りの破片が散る。
リスクは、爆炎がおさまると、廃墟の内部へと走った。
サブマシンガン付属のライトで辺りを照らしながら5mほど進むと、歩調を緩やかにした。
廃墟の内部は、コンピュータやら何かの実験器具のようなものが散らばっていた。
「何かの研究施設─ か。」
「人体実験、らしいぜ─ 」
実験器具に意識を向けていた一瞬だった。
ガァン!!
リスクは反射的に身を屈めた─ が、肩に1発被弾─
「ぐうっ─ 」
タタタタタタタタタタタタタンッ!!
声のした方へ、掃射をする。
すぐに敵は奥の通路へと隠れる。
「よし─ 」
一度傷を確認する。 大丈夫だ、あまり深い傷ではないようだ。
リスクはまた手榴弾を取り出し、発火安全装置を外して振りかぶる。
キンッ、キキン─

ドガァァァァァァン!!

奥の通路が炎に包まれる。当然、相手はそんなものの直撃は避け、さらに奥へと逃げ込んだだろう。
リスクはそれを追うように、先へ進む。
奥の通路をさらに進んだところで、上へ向かう階段が見えた。
階段の奥─ いた。
タタタタタタタタタタタタタンッ!!
それを狙うようにサブマシンガンの弾を撃ち込むと、また敵は奥に隠れた。
そしてまたリスクは小さく振りかぶる。
キンッ、キン、キン─

ドガァァァァァァン!!

先ほどからこの単調な追い討ちを繰り返している。
気がつけば、リスクの手持ちの手榴弾は尽き、2階の奥の部屋に敵を逃げ込ませた形となった。
その部屋の入り口の脇で構え─
タタタタタタタタタタタタタンッ!!
カカカカカカァンッ!!
金属の板に当たったような被弾音が響く。
ガガガガガガガガガガガァン!!
手榴弾での押し攻撃が出来ない以上、相手も当然撃ち返して来る。
どうやら相手は分厚い金属製のテーブルか、棚のようなものを盾にして篭城しているようだ。
リスクは部屋の入り口脇に背中を当て、背中に背負ったライフルを手に取る。
「さあ─ ちゃんとやれよ!」
ズカァァン!!
ライフルの銃声が、室内に響き渡る。
「馬鹿が!! わざわざライフルに持ち替えやがって!!」
ガガガガガガガガガガガァン!!
ドガァァァァァァン!!
敵がマシンガンの連射を放ったと同時。
敵の後ろにあった鉄扉が轟音とともに打ち破られる。
ガガガァン!!
鉄扉を打ち破って、敵の後ろに突如出現したコミューンが、敵の体を瞬時に穿つ。
「ぐああっ!!」
敵がマシンガンを床に落とし、悶え苦しむ。
「ライフルの銃声が合図ってのも考え物だよな─ 耳が痛い。」
リスクは耳を押さえながら、コミューンに言う。
「さて─ 」
ジャキンッ!!
リスクがライフルの銃口を床に伏せた敵の頭に向ける。
「お前ら─ それで満足かよ。ライノラ帝郷区がやろうとしている仕組みで、本当にうまく世界が回るとでも思って
 いるのか?おめでたい奴らだぜ。 もっとよく歴史を調べてみろ。人間が自由に競争できない社会で、何が生み出されるのか。」
人間が自由に競争できない社会─ 敵が言っているのは、コミューンたちの属する組織、ライノラ帝郷区の方針のことだ。
それに敵対するエイン帝郷区は、人間が自由に競争できる社会を推奨している。
「自由─ ? 何を言っているんだお前は。」
コミューンは少しイラっとしながら返す。
確かに、人が自由に競争できる社会、それが良いのかもしれない、だが─
「今、世界は大きな戦争の影響で衰弱している。そんな中で自由に競争─ ? それはお前の奢りに過ぎない。」
「自由を失くしたら、人間に存在する意味なんて無いんだよ!! それで下に転がり落ちた奴の面倒なんて知るか!!」
ズカァァン!!
言葉を遮る銃声の後、辺りはシンとした空気に包まれた。
「もう、いいだろ─ その辺でよぉ。」


ザザザザザザザッ─ !!
草地を抜け、森の中を2人でひた走る。
今まで倒した2人は、機密文書らしいものを持っていなかった。とすれば、3人目の敵がそれを持っていることになる。
そして敵の目的として、機密文書を敵対するエイン帝郷区に持って行くということがあるだろう。
ならば、敵はコミューンたちを仕留めるより、この離島からの離脱を謀るだろう。
「その読み─ 多分正しいと思うぜ。急ごう。」
リスクが走りながらコミューンに言う。
「なあ─」
「ん?」
コミューンがリスクに問う。
「この世界は、本当に良い方向へ向かうと思うか? 俺は少しずつ完全な滅びに向かっているような気がして─ 」
「─ ああ?」
リスクが訝しげに答える。
「細かいことなんか俺が知るかよ。俺がライノラ帝郷区についているのは、リューハが言った言葉が好きだからさ。
 それ以上でも、それ以下でもない。うだうだ考えても仕方ないもんは仕方ない。さあ、とっとと急ぐぞ─ !!」
コミューンはクスっと笑う。
「お前らしいと言えばお前らしい─ か。」
『私は、どんな苦境にあっても、人を決して見捨てない、その善意を信じている。』
リューハの言葉を、少し思い出した。

ほどなくして、2人は海の見える岩場まで戻ってきた。
ボートに乗り込もうとしている敵をすぐさま捕捉─ リスクが狙撃体勢に入る。
ジャキンッ─ ズカァァン!!

スッ─
上体を動かし、いとも簡単に弾丸を避ける敵。
「なっ─ !?」
リスクの顔が、あり得ないといった表情に一変する。
「・・・不思議か? はははっ。」
コミューンが全力疾走で敵に向かう。
ガン、ガン、ガガァン!!
スッ、ススッ、スススッ─
放たれた弾丸のことごとくを避ける敵。
「あの廃墟で、良い物を見つけたんだ─ 素晴らしいだろう?この反射神経。これは─ 」
ズカァァン!!
言葉を遮って、リスクの第2射。
スッ─
「はははっ、見える─ ライフルの弾丸でさえ避けられるぞ!! 素晴らしい!!
 人間の感覚を極限まで高めることが出来るクスリさ、あは、あははははははははははっ!!」
高笑いをして2人を見下す敵。
「どうやら、気分まで高めてくれる大層なクスリみたいじゃないか─ コミューン!!」
「ああ、わかってる!! 食らえ─ 」
ガガン、ガン、ガン、ガガガンッ、ガガァン!!
スッ、スイッ、ススススッ─
コミューンが拳銃を連射し、最後に回し蹴りを繰り出す。
「ははっ、鈍いぞ、何をやってる?」
敵は簡単に伏せてコミューンの攻撃をかわす。
「その体勢で、避けられるなら避けてみろ。」
リスクが、そのタイミングを狙っていた。
「なっ─ くそっ!!」
「死ね─ 」
ズカァァン!!
「─ なんてね。」
ズドァン!! ギィンッ!!

「─ は?」
リスクは、開いた口を塞ぐことが出来ずにいた。
「銃弾を、撃ち落としたのか・・・?」
コミューンの言葉に、クスリと敵が笑う。
ズドン、ドドン、ドァンッ!!
敵の放った弾丸が、コミューンの体の所々を抉る。何とか回避行動を取り、致命傷は避けたが─
「くっ─ ・・・」
拳銃を2挺、敵に向けてみたは良いものの、この状況で感覚が研ぎ澄まされている相手に当たる道理も無い。
「もう終わりか─ つまらんな。 ああ、そういえばお前の故郷ってこの近辺だって言ってたっけ?
 ちょうど良いじゃないか、家族と一緒に眠れて、な。」
ドクン─
コミューンの中で、熱い何かが湧き上がる。
「妹のことを─ 口に出すんじゃない!!」
拳銃を握る手に、有り余るほどの力がこもる。
「逆上して手が震えてるぞ? もういいから、死ねよ─」
ズガドァァァァァァン!!
カシャァン─!! ・・・キン、キキン・・・キィン─
敵が引き金を引こうとした瞬間に、コミューンから放たれた瞬夢のような銃声。
空薬莢が十数個、ほぼ同時に地面に落ちて、金属音を響かせる。
「クレストオブ─ クルツ・・・」
一斉に速射された弾丸の雨が、敵の身体を抉り取る。
弾丸を見切ってかわせるといっても、一斉に雨のように降り注ぐ弾丸には対処しきれない。
その一瞬で、敵は既に絶命していた。

「・・・」
コミューンは、静かに、弾丸を撃ち尽くした拳銃を下ろした。


ザザーッ・・・
波打ち際の岩場で、2人は休息を取る。
コミューンの身体は包帯がたくさん巻かれている。リスクはまた煙草に火をつける。
「ふぅ─ なんだよ、あの技。反則級じゃねえか、あんな早撃ち。」
「言って─ なかったか?」
リスクはボリボリと頭を掻く。
「かぁー・・・やっぱお前の考えてることはわかんねえわ。 ったく─ って、またコーヒーかよ!冷めてるだろ、それ!」
「ああ、冷めてる。 いいじゃないか、何飲んだって。」
リスクは笑う。
「はははははっ、まあいいや─ ま、お前は裏切ったりするなよ?」
「あ?」
「あ、じゃねえよ! ほら─」
そっと手を差し伸べるリスク。
「ああ、約束する。」
手を握り、簡単な誓いを交わす。
世界がどうなるかなんて、誰にもわからない。人間が何を望んでいるかも、本当はわからない。
生きてみて、答えを探すしかないんだろう。それでいい。

「さ、帰るか─ !」

静かに、日が落ちた。


Verrat of HUMAN created by Wiz's