| 11月議会報告 その@ |
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(きのめ通信原稿) 聴覚に障がいをもつS君へのノートテイク(要約筆記)が実現へ ・・ともに学び、ともに育つことを目指して 三島市議会議員 栗原一郎 1.はじめに S君は聴覚に障がいがあります。(聾)特別支援学校ではなく、三島市立K小学校に通っています。そのお母さんから「学校の授業にノートテイクがつけられないか」という相談をお受けしたのが昨年の11月初旬でした。私は「ノートテイク」という言葉自体よく知らなかったのですが、要約筆記のひとつであることとして受け止め、普通学級におけるインクルーシブ(統合的)な意味をもつことと考え、「実現に向けて一緒に考えていきましょう」ということになりました。 それ以降、@S君のお母さんからの「ノートテイク」に関する情報をもとに、まずはいろんな方向に調査をしてみること。A「ノートテイク」をつけることについて、小池三島市長と三島市教育委員会にS君のお母さんが面談要請をしたこと。B11月議会定例会の一般質問で栗原がこの課題について取り上げたこと。などの経緯を経て、S君に対するノートテイクを新年度から導入・実施することになりました。このことに向けて、この1月から関係者による協議が始まります。どのような形態になるかはこの協議に委ねられますが、新年度から開始されることは揺るぎないこととなったのです。 従来、教育委員会は障がいをもつ子の就学については「適正就学」を原則としていましたし、今でもその根本は変わってないと思います。「適正就学」というのは「障がいをもつ子は特別支援学校(養護学校等)へ」ということなので、普通学級で学ぶ障がいをもつ子に対し普通学級の場で支援をすることについては高いハードルがあり一般的に難しいと考えられます。その意味では今回のことは画期的で大きな成果です。また、このことは聴覚障がいをもつ子だけでなく、他のいろんな障がいをもつ子に対しても同様に必要な支援の実施に道を開くものとも考え、以下、経緯や考え方について述べてみたいと思います。 それにしても、K小学校長をはじめ、教育委員会や市長を動かしたS君のお母さんやお父さんの熱意にはあらためて敬意を表したいと思います。 2.調査活動から 私はS君のお母さんからの相談を受けてまず考えたのは、現に稼働している三島市の要約筆記事業による要約筆記者をノートテイカーとしてS君に派遣できないかということでした。したがって、この方向へ関心を向け調査にあたりました。要約筆記事業とは、現在は障害者自立支援法による地域生活支援事業(コミュニティー支援事業)として位置づけられてますが、私の知る限りでは自立支援法以前、支援費制度以前から三島市では取り組まれてきた経過があり、当事者の派遣要請に基づいて派遣され、自己負担も無い制度です。ちなみに社会福祉法に定められる「第二種社会福祉事業」であり「利用者本位」などの原則が適応され、当事者にとっては好ましい制度だと思われます。 でも、全国的に学校教育の現場にこうした福祉サイドの事業を充てていることは考え難く、そこで、私は厚生労働省の担当課に直接問い合わせをしたところ「禁止はしていないが、教育委員会サイドの問題なので教育長部局と市長部局が合意すれば可能ではないか」という回答を得ました。 そして当事者団体(難聴児をもつ親の会)にも問い合わせをしましたが、ノートテイクの必要性はあっても実現できていない現状や、この「要約筆記事業による派遣」ということについては殆ど論議が無いということもわかりました。この時に、愛媛県松山市教育委員会による支援員配置制度によりノートテイクが行われている情報を得たので、松山市教委に問い合わせをし、その実施要綱を入手しました。 とても限られた時間の中でしたが、ノートテイクを実施していくについて、「横浜市教委のノートテイクボランティア制度」(S君のお母さんによる情報)や、この松山市教委による取組があることがわかると同時に、逆に言えば全国的には殆ど取り組まれていないという残念な状況もまた浮上してくるのでした。少し気の遠くなるような思いもありましたが、一方、大学ではノートテイクがかなり取り組まれていることもS君のお母さんから教えられ、実態を調べるにつれ、もはやその傾向は一般化されつつあって、小・中・高でもその必要性は同じなのだから、できないとすれば、それはできない現実がおかしいのだという思いも強めていました。 3.市長・教育委員会への要請 必ずしも充分な調査ではないにしても、こうして一定の調査結果を得ました。一方、S君のお母さんとともに小池三島市長にノートテイクの導入・実施にむけての検討の要請をすることにし、11月25日、その機会を得ることとなりました。これに先んじてS君のお母さんは母親としての思いを自分のことばでつづった手紙を小池市長に出してありました。そして面談要請のその場に私も立ち会いました。 わずか30分間でしたが、小池市長以下、障害福祉課、そして教育委員会(課長・指導主事等)の前でS君のお母さんはその思いを堂々と淀みなく語り、発せられた言葉はそれぞれの人に確実に響いた感じがありました。そして小池市長は「検討してみましょう」と。教育課長は「すでに検討に入ってます」と。このことで、私は「お母さんの願いは受け止められた」と確信し、ホっとしたと同時に一面、ならば市長や教育課長のこの姿勢を公然化する必要性があることも感じていました。なぜなら、「検討する」ということの言葉の意味のもつ「幅」にはいろいろとあることは、これまでの経験上、わかっていましたから。どういう形で導入を進めていくのかなどが新たな課題であることを意識するとともに、私は開会間近の11月議会で、この問題について急遽、質問をし、議場という公的な場において、市長や教育長の姿勢を質すことにしました。 4.議会質問に向けて、主な論点(共通認識と対立点) 議会での質問を前提とした教育委員会の学校教育課との論議のなかで以下のような対立点と共通認識があることがわかりました。これは、ちょっと長くなりますが、他の障がいをもつ子にとって共通の論点なので、報告させてもらいます。 (1)横浜市教委によるノートテイクボランティア制度への評価をめぐって 横浜市教育委員会に対し、私は以下の2点について、あらかじめ問い合わせをしました。 @横浜市のノートテイクボランティア制度が対象としてる聴覚障がいの重さは「90デシベル以上」。一方、学校教育法による聾特別支援学校の就学基準は「60デシベル以上」。つまり、ノートテイクの実施は、聾特別支援学校の障がいの基準を上回る対象者にとなっている。このことは、従来、文部省(文科省)がとってきた「適正就学」という考え方に反する恐れはないか。(反して大いにけっこうなのですが) Aこの制度を実施するについて、神奈川県教委や文部科学省との協議などは行ったか否か。行わないとすれば、県教委や文科省からなんらか指導を受けるようなことはないか。 の2点です。これに対し横浜市教委の担当者は、 @確かにそういう側面はあるが、しかし、普通学級において、その必要性を生じているならば、横浜市教委としてこれに対応するのが妥当と考えている。 A県教委、文科省とはまったく協議しなかった。特に「指導」はなく、横浜市の意志で自由にやっている。 ということでした。私はこのことを、三島市教育委員会(課長・指導主事)に伝えるとともに、その受け止め方について議論をしました。当然、この横浜市の考え方を参考にしてほしかったからです。 でも、市教委側としては、「これは横浜市だからできることであって、三島市ではできない」。という主旨でした。その理由は、横浜市は政令指定都市であり特別支援学校も市立(通常は県立)。・・事実関係は確認してません・・なのでこういう制度が運用しやすい。また、横浜市と三島市とでは財政基盤があまりに違うので三島市ではその財政支出ができない。(ボランティア制度とは言え、費用はかかる)ということでした。 それに対する私の反論として、横浜市が政令指定都市であっても教育分野においてはさほどの違いは無い。教育分野での地方分権が進み(*注1)、市独自の考え方のもとに展開できる余地は大いにある。また、財政に関しては、横浜市のほうが三島市よりもはるかに悪い状況である。(*注2) 注1 教育分野でも地方分権が進み、市や町の教育について県や国の関与できる度合いは小さくなってます。一例ですが、市の教育行政を司る教育長を選任する時、従来は県教委の承認が必要でしたが、これは既に廃止されています。ですから、県や国の意向にそった形で教育行政が進めらる構造から、自由な構造へと変化しています。このことはとても重要です。 注2 全国的にみて今、政令指定都市はみな財政苦に喘いでいます。経常収支比率などの指標も軒並み悪い。三島市のほうがよほど良いのです。ここでは詳しく述べませんが、これは国の地方交付税制度の実質的破綻によるものです。でも、三島市の財政が厳しいことは事実です。しかし、これを口実にできることもやろうとしない風潮を感じます。これではいけませんね。 ということで、やや平行線的な議論に終始しましたが、その点についての市教委の考え方は把握できました。 (2)特別支援教育とインクルージョン(統合) 後に述べる特別支援教育の開始とともに、07年4月、学校教育法施行令は改正されました。改正点はいくつかありますが、私が重視した点は学校教育法施行令第18条の2という部分です。「障害のある児童の就学先の決定に際して保護者の意見聴取の義務づけ」です。このことは、「就学先を教委の判定や考えで勝手に決めてはならない」「保護者の意志を尊重して就学先を決定する」と解釈でき、しかもそれが法的な拘束性をもったということになります。(三島市では従来から保護者の意志を尊重してきましたが) 一方、特別支援教育は、特別支援学校(養護学校等)だけではなく、普通学級で学ぶ障がいをもつ児童をも対象とし、その「障がい」ゆえに発生する困難や特別のニーズに対してはこれを軽減するように支援していくという主旨となっています。しかも、その対応については教育委員会だけではなく、必要に応じて福祉や医療などの分野とも連携しながら対応することになっています。(注3) ですので、学校教育法施行令の改正と、特別支援教育の主旨を合わせて考えると、障がいをもつ子がその意志の尊重のうえに地域の普通学級に通い、そしてもしそこで何か困難が生じたとしても「特別支援学校」へ行くことを強要されないばかりか、普通学級において必要な支援をしていくことになるのであるから、このことはインクルージョンに大きく貢献すると、私は理解をするのです。 この点についての市教委側の理解はそうではありませんでした。あくまでも「適正就学」が原則だと。しかし、「適正就学」と言ってもそのことが法的に義務づけられている訳ではなく(注4)、それは単に市教委としての考え方にすぎないと、私は指摘をします。 注3 文科省通知「19文科初第125号」(07年4月1日)に基本的なことが示されています。私はこの通知に示されている「ADHD」「LD」などの概念自体についてはちょっと疑問を持ってますが、通知の主旨全体については評価できるものと受け止めています。一度、読んでみてください。 注4 学校教育法では都道府県に特別支援学校の設置義務を負わせ、そこで行われる教育は○○○程度の障がい(=これが就学基準:学校教育法)をもつ児童の教育を実施する。ということだけが定めてあり、この就学基準に該当するこどもは特別支援学校に行かなければならないとは定められていません。 というように、重要な点での認識の違いがありながら、最終的に一致できることは特別支援教育の実施や充実ということでした。普通学級に学ぶ障がいのある生徒が、その障がいゆえに困難を生じているとするなら、これをなんとかして支援する必要性がある。ということの共通の認識が得られたのでした。端で見てたら多分、おかしいくらいに、かなり激しい議論もしましたが、この議論を通じ教育委員会側もS君のノートテイクについて真正面から考えていることはわかりました。私の考えも理解してくれたのではと実感しました。 5.市議会で質問 小池市長の画期的な答弁 以上のような対立点と共通認識とを含みながら、市議会での質問に至りました。「聴覚に障がいをもつ子への情報バリアフリー化に向けて」と題してノートテイクを導入することについて、かなり直球に質問しました。教育委員会側と私との共通認識のうえに論議をしていくことがノートテイクの導入・実施につながると考え、あえて対立点での論議は避ける方針で臨みました。肯定的な答弁が返ってくるだろうと予測していましたが、この予測どおり教育長からノートテイク実施に向けた考えが示されました。教育長の答弁を要約すると、 @特別支援教育の理念にそって対応していく。 A就学基準に該当する子どもは、聴覚障害特別支援学校で適切な支援や指導をしていただくことが望ましいと考える。(注6) B就学先は保護者の意志を尊重して決めている。 C通常の学級に就学された聴覚障がいをもつお子さんについては、特別支援教育の観点からそのお子さんに応じた教育的支援が必要を考えている。 Dノートテイクによる通訳は有効な支援方法のひとつと考える。 などでした。そしてどのような形でノートテイクを実施していくかについては、三島市独自の形を検討することを示しながら、その内容については、a支援員の研修でノートテイクに対応できるようにする。bボランティアを募る。c三島市要約筆記通訳者派遣事業などの地域の社会資源を活用も検討する。 ということで、検討の方向性が示されました。 私は、さらにノートテイクのあり方の具体的な検討については、「保護者の意志の尊重」と福祉分野や要約筆記関係団体との「連携の重視」を教育長に求めたことに対し、教育長はすべてこれを認めました。そして、小池市長にも考え方を求めたところ「聴覚障害児に情報保障(ノートテイク)が行われることにより、クラスメートにも、良い影響がある。心のバリアフリーにつながる。学校で学ぶことは、勉強だけでない。ともに学び、ともに遊ぶことによって、多くを学ぶ」と、答えたのでした。少し大げさかもしれませんが、これは、「統合教育」を肯定する市議会始まって以来の歴史的な答弁だと、正直、私は感じました。その後教育長は、実施導入の時期を新年度とし、その検討については「できるだけ早い段階で」という考えを明らかにしたのです。 注6 これが「適正就学」という考え方。当然、私はこのことについては反論をしたいところですが、敢えてしていません。それは、ノートテイクについての議論を進めることこそが質問の課題であったので、その課題にとって反論よりも議論を進めることを優先したいと考えたからです。 6.導入・実施へ具体的検討段階に どのような形で実施していくかについてはこの1月から協議が始まります。市議会での答弁を踏まえた検討がなされる筈です。最初に述べたように現在稼働している制度であるコミュニティー支援事業による要約筆記者の派遣なのか、ボランティア制度なのか、あるいは現在の支援員制度を活用するのか、またはそれらの組み合わせによるのか・・。どういう形をとるにしても、ノートテイクとして質が高く、安定性をもったものでなければなりません。当面、この課題について私は注目をしていくことになります。 S君のノートテイクを確保していくことは、S君以外の、同じ課題をもつこどもに対してもノートテイクへの道を開いていくことにもつながるし、聴覚の障がいということだけではなく、普通学級に通う障がいをもつこどもに対する必要な支援についても同様です。そしてそれは、三島市内だけではなく、どの地域においても同じことが言えると考えます。それを実現させようという「意志」と「行動」、そして学校教育法や特別支援教育などへの理解やそれに基づく「支援」があれば、どの地域でもノートテイクや、その他の必要な支援は不可能ではないと、そのように考えています。 |