それは偶然でなく必然の出会い |
「折角の休みなのになあ…… 家の中で一日中イチャイチャして鋭気を養うとか、 もっとこう休みは有意義に使いたいものだぜ。」 小次郎は明らかに不満そうな表情で気だるそうに足を進める。 だが、見知らぬ土地なのでその足に明確な目的地は無い。 本当に暇を潰すだけの為に知らぬ土地の知らぬ道を歩いている。 その道の両脇にある照明のポールには『とおば東通り』という看板が掲げられていた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 春の暖かかな日曜の昼下がり。 小次郎は弥生の誘いで『遠羽』という地方都市へ来ていた。 目的は単なる買い物。 それも健康食品という小次郎にとっては何の興味も無い代物を買う為に 大事な休みを一日潰される形となってしまったのである。 「なにも健康食品如きで地方都市まで来なくてもいいのに……」 小次郎自身はそんなのセントラルアベニューの店に並んでいる物で十分だろうと思うのだが、 弥生曰く「ここでしか買えないもの」らしい。 ビタミンがどうのこうの、コラーゲンがどうのこうの、ギャバがどうのこうの、 あまりに真剣にその効力について語るので仕方なく付き合うことにしたのだ。 「まあ、俺の前でいつまでも綺麗でいたいという気持ちは分からんでもないがね。」 その自信が何処から来るものなのか追求するのはさておき、 お肌の曲がり角やら色々な節目を迎えている弥生にとって、 少しでも『若さ』を維持したいという気持ちは流石の小次郎にも理解できる。 ……とっくに曲がり角を越えているのではないかということは口が裂けても本人には言えない。 「しかし遊園地のアトラクションに乗るんじゃあるまいし、 あんな行列に並んでまで買いたいものなのかねえ。」 一応、健康食品店の前までは弥生と一緒に行ったのだが、 店内に入るまでに数十分待ちの行列ができている有様を見て即座に逃げ出してしまった。 ただでさえちっとも興味がない健康食品を買うのが目的だ。 順番が来るまでおとなしく並んでいる、なんて行儀の良い事は小次郎にできるはずもない。 その辺は弥生も重々承知しているので一つの文句も言わず素直に小次郎を遠羽の街へ解放してくれたのであった。 と言う訳で、小次郎は特に目的も無く遠羽の街を歩いていた。 解放してくれたのはいいものの正直言ってやることがないのである。 こういう時はゲームセンターやパチンコといった娯楽施設で時間の潰す人も多いが生憎そちらに興味は無い。 「まあ、地方都市なんて何処もこんなものかなあ。」 初めて訪れた場所であるため普段どういった顔を持っている街なのかは分からないが、 今日が日曜ということもあり駅前から延びるメインストリートは 制服を着た学生ではなく主に家族連れやカップルで賑わっていた。 「その土地特有の流行物があるような様子ではないし、、 都心部の流行物をワンシーズン遅れて取り入れているような傾向も無い。」 『遠羽』という土地に住む人々の性格を読もうとすれ違う人々を眺めていく。 控えめに手を握って歩いているカップル、息子を肩車で担ぐ若旦那と乳母車を引く若奥様、 カードゲームを店の軒先で楽しんでいる子供達、買い物袋を手に談笑しながら歩く仲の良さそうな老夫婦、などなど その通りを歩くだけで仄々とした雰囲気が伝わってきた。 「この街は真っ当な人間が多いように思う。 少なくとも『壁を登る』とか『柵にしがみつく』とかが日常茶飯事な俺達の住む街の人間とは毛色が違うな。」 偉そうに遠羽住人を分析する小次郎。 だが、そんな喜怒哀楽表情を変えてブツブツ呟きながら歩く小次郎の姿を見て 少なくとも遠羽の人間は『春の訪れ』を感じたに違いないだろう。 あと、すれ違う人々の中に小次郎の分析を根底から覆すことになるであろう鴨居奈々子がいたのはナイショだ。 と、いつの間にか『とおば東通り』を抜け、駅前のロータリーに差し掛かったとき、 小次郎の視界に一人の少女と三人の柄の悪そうな男が入ってきた。 それはどう見ても仲睦まじい構図には思えない。 不審に思った小次郎は、その場をさぞ興味も無さそうに通る振りをしながら四人の会話に聞き耳を立てた。 「お嬢ちゃん、いいから俺達と遊ぼうよ。」 「いえ、そんな、私は……」 思った通り柄の悪そうな三人の男が一人の少女をナンパしていた。 ただ、少女も気が弱いのか曖昧な返事しかしていない。 (あーあ、そんなの軽く突っぱねちまえよなあ……) 小次郎はああいう輩が好きではないのだが、はっきり断らない少女の態度も好きではない。 あんな天然記念物モノの誘い方では一生掛かっても女の子はついてこないだろうし 人の往来がそれなりにある場所で強引に連れ出すこともしないだろうと思った小次郎は 見なかったことにするべし、と無視して通り過ぎることにした。 「彼氏といるよりも俺達の方が全然面白いからさ。」 「そんなこと……困ります……」 一人の男が馴れ馴れしく肩に手を回そうと少女の斜め後ろに回り込んだ。 (………!!) その瞬間、無視することに決めた小次郎の足が止まった。 今まで小次郎と少女の対角線上に重なっていた男の影になっていて右半身が見えなかったのだが、 そいつが動いたことによって初めて少女の右手にあるものが見えたのだ。 (白い杖………あの娘、目が見えないのか。) 小次郎はすぐさま男達の下へ飛び出した。 「おい、お前ら。」 「あんだよ?」 「俺の女に何の用だ?」 「うるせ……」 声を掛けた男が振り向きざまにいきなりパンチを繰り出してきたが、 パシン! 小次郎はその男の繰り出したパンチを軽く横に避けると、放った方の手首を片手でいとも簡単に掴んだ。 同時にその手首を締め上げる。 必死に振り解こうとするが男の力ではビクともしない。 こんなチンピラ崩れのパンチが通用するような相手ではないのだ。 「『うるせ』……なんだ?」 「……チッ!行こうぜ!!」 明らかな力の差を悟った男は仲間を連れて早々にその場を去っていった。 そして男達の後姿が消えるのを見届けたあと、白い杖を持った少女の方に顔を向けた。 「危ないところだったな。」 「あ、えっと、真神……さん……ですか?」 「いや、ただの通りすがりだ。 さっきは『俺の女』なんて言ってすまなかったな。 ま、ああいった輩に近寄るには手っ取り早い方法だったんでね。」 「えっ?あ、あの……」 少女はまだ少し戸惑った様子を見せている。 無理もない、先程まで訳の分からない連中に囲まれていた上、 知らぬ人に助けられたのはいいがその人も何者か分からない状況なのだから。 「あ、怪しい者じゃないぞ。 ナンパ目的でナンパを追い払った訳でもない。」 そんな状況を察した小次郎は少女の警戒心を解こうと自身の人畜無害さをアピールする。 「……」 「いや黙られても……これじゃ逆に怪しかったかな。 怪しくないって言う人間ほど実は怪しいって言うし。」 「……」 「えーっと、俺は女性が困っているのを見ると放っておけない性質でね。 ……あれ?これじゃ女性だけを助けるみたいで益々怪しいじゃねえか。」 「……」 「ま、そういうのはさておき、 とりあえずほら、あんたが可愛かったから助けて……って言ったらまさにナンパだな。」 「……ふふふ」 小次郎が四苦八苦している姿を感じてようやく少女が笑顔を見せた。 その表情を見た瞬間、彼女の緊張感や警戒心が一気に解けたのが小次郎には分かった。 そして、 「助けて頂きありがとうございました。」 とお礼の言葉を言って少女は丁寧に頭を下げた。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「天城小次郎さんと仰るんですか。」 「ああ。 実は俺、地元の人間じゃないんだ。 今日は買い物に来ただけでたまたまここを通り掛ったらあんたがいた。」 二人は駅前のロータリーにあるベンチに並んで座っていた。 小次郎がいなくなった隙を見計らってさっきの男達がまた来るかもしれない。 だから少女の待ち合わせしている相手が来るまで一緒にいてあげようと思ったのだ。 「スミマセン、助けて頂いただけでなく真神さんが来るまで一緒にいて頂いて。」 「気にしないでくれよ。 俺も一緒に買い物に来た奴を待っている身分だから。 境遇は一緒だ。」 「そうなんですか。 では、お言葉に甘えさせて頂きます。」 少女の表情や動作そして言葉には、小次郎の周りにいる人間には無い上品さが感じられた。 この雰囲気を目の前にするとおそらく八割くらいの人間は少女が何処かの名士の娘だと思うであろう。 そう思っても不思議ではないくらい少女は『お嬢様オーラ』を発していた。 「で、君の名前は?」 「あ、はい。 嘉納潤と申します。」 小次郎が名前を尋ねると少女は笑顔で『嘉納潤』と名乗り、そしてぺこりと丁寧に頭を下げる。 もう先程まで抱いていた警戒心はすっかり解けたのであろう。 「しかし真神さんと言ったかな? 目の見えないあんたを待たせるなんて……。」 「あ、いえ……」 小次郎が待ち合わせの相手が現れるまで一緒にいる理由のもう一つ。 それが「盲目の女の子を待たせるなんてどういうことだ」と潤の待ち合わせ相手に言うことだった。 まあ、毎度弥生を待たせている小次郎にそんなこと言える立場ではないと思うが。 「余計なお世話かもしれないけど、 やっぱり一言いわないと気が済まないんだ。」 「いえ、これは真神さんが悪い訳では」 「こ・じ・ろ・う!」 「うわっ!!」 小次郎が視線を正面に戻すと、目の前には不機嫌そうな顔で仁王立ちする弥生が。 突然の登場で潤の言おうとしていた何かがすっかり遮られてしまう形になってしまった。 「なんだよビックリするなあ……」 「何が『ビックリするなあ』だ。 貴様、私が買い物をしている間に他の女を口説くなんていい度胸じゃないか。」 「え?あ、そりゃ違う。誤解だ誤解。うん。」 駅前のロータリーの二人掛けベンチに見知らぬ少女と一緒に座っている姿だけを見れば 普段の小次郎の行いが行いだけに弥生が勘違いしてしまうのも無理はない。 「あ、あの……」 「問答無用。 しかも、こんな可愛らしい娘をたらしこんで。」 「た、たらしこんでってのは人聞き悪いな。」 潤の言葉は軽くスルーされてしまった。 「そ、そうではなくて……」 「ふん、楽しそうに話込んじゃってさ。 どうせ私と買い物するよりも若くてピチピチの女と話をしている方が楽しいんだ。」 「そんなこと言ってないだろう!」 潤の言葉を無視して小次郎と弥生は口論を続ける。 「いえ、ですからそれは……」 「だいたい小次郎はいつもそうなんだ。 人の気も知らないで私の目を盗んでは他の女とイチャイチャイチャイチャ!!」 「イチャイチャなんてしてないぞ。 なんでいつも弥生はそうやって拡大解釈するんだよ!」 必死で間に入ろうとする潤の頑張りも空しく、二人の口論はヒートアップしていく。 このままでは埒があかないと思った潤は、二人が自分の話に耳を傾けてもらえるよう 一度大きく息を吸ってからありったけの声を張り上げた。 「違うんです!! その方は、その……」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「なんだ、それならそうと早く言ってくれ。」 「お前が聞く耳を持たなかったからだろう!」 「そもそも普段から小次郎が見境も無く女の子に手を出すからだぞ。」 「な、なんだその理屈は!!」 どう考えても弥生の早とちりなのだが、本人に悪びれた素振りは無い。 弥生のプライドが高いのか、それとも小次郎の普段の行いがあんまりなのか、 ……まあ二人の場合おそらくそのどちらもなのだと思われる。 「ごめんなさい、私がもっとはっきり言っていれば……」 「いや、俺達が醜い所を見せてしまった。 あんたは悪くない。」 小次郎も散々なことを言われていたので反撃したいところだったのだが、 潤の前で文句を言うわけにもいかず泣く泣く言葉を飲み込んだ。 と、そこへ肝心の待ち人『真神恭介』が現れた。 「潤ちゃんお待たせ。」 「あ、真神さん。」 潤は恭介の声に笑顔で応える。 それは恭介が来るのを心の底から待ち望んでいたことが分かる表情。 このとき、小次郎は「俺が来たときに弥生もこんな表情を見せてくれたら」と思い、 弥生は「私の前で小次郎がこんな表情をみせてくれたら」と思った。 「この方達は?」 恭介は潤の頭を軽く撫でてあげたあと、傍にいる小次郎と弥生に視線を移した。 「こちら、天城小次郎さんと……」 「ああ、桂木弥生だ。」 「今日、私が知らない男の人に声を掛けられて困っているところを天城さんに助けて頂いたのです。」 「そうだったんですか。 有難う御座いました。」 恭介は小次郎に向かって深く頭を下げた。 「まあ別に大したことしてないからお礼は別にいいんだが…… しかし小次郎にとってはこのまま「はいさようなら」と済ます訳にはいかない。 こんな可愛い女の子を待たせておくなんてことが(自分のことは棚に上げておいて)許せなかったのである。 ……目の見えない女の子を待たせておくってのはどうかと思うぜ。」 「えっ?」 小次郎の言葉に恭介は驚きの表情を見せる。 余計なお節介だとは分かっていたものの、小次郎は言わずにいられなかった。 小次郎にとって相手は「たまたま目の前を通り掛ってたまたま助けただけの女の子」であるが、 潤の純粋な気持ちを傷つけるような間違いが絶対にあってはならないと思ったからだ。 ちなみにこのとき、弥生は鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていた。 当然心の中で「いつも私を待たせているお前には言われたくない」というツッコミを入れているのであるが。 しかし、小次郎の言葉に対して恭介が返答をする前に潤の口が開いた。 「いえ、真神さんは……悪くないです。 真神さん、いま何時ですか?」 「えっと、13:45だよ。」 恭介は手元の腕時計を確認して時刻を告げる。 弥生も自分の携帯の時間表示を確認したが、間違いなく恭介の告げた通り13:45だった。 「私達が待ち合わせした時間は14:00なのです。 いま13:45ですので、真神さんは待ち合わせの15分前に来ています。 だから早く来てしまった私が悪いのです。」 確かに待ち合わせ場所へ来る時間として15分前というのは立派なものである。 時間に厳しい弥生でさえ10分前というのが基本、時間にルーズな小次郎にとっては耳の痛い話だ。 思った通り、同じ「相手を待たせる」でも明らかな遅刻で待たせてしまう小次郎は 何とも偉そうなことを口に出してしまったとバツが悪そうな顔になっていた。 あとで確実に弥生にツッコミを入れられるだろう。 勿論、小次郎の先程の言葉は至極もっともなことに間違いは無いのだが。 「いつも言ってるけど、潤ちゃんはもっと遅く来ていいんだよ。 天城さんの言う通り潤ちゃんを待たせるようなことは俺もしたくないから。」 「でも…… 今日はどうするのかなとか、真神さんの声を早く聞きたいなあとか、 真神さんのことを考えて待っているのが好きなんです。」 潤は早く待ち合わせ場所に来る理由を指先を弄りながら顔を真っ赤にして告白する。 どうやら潤が待ち合わせ場所に早く来てしまうのはいつものことらしい。 「ふーん、そうだったのか。 でも、お嬢ちゃんの気持ちは分かるな。」 「や、弥生が!?嘘だー!!」 それを聞いた弥生が感心した表情で潤の言葉に同意するが、 対して小次郎は信じられないという表情で弥生にツッコミを入れた。 その直後、 「くっ!!」 「いてえっ!!!!」 弥生は怒りで顔を真っ赤にして隣にいる小次郎の足を思いっきり踏みつけた。 不幸なことに今日の弥生の靴はヒールだ。 弥生の容赦ない一撃を目の当たりにした恭介は一瞬で顔を真っ青にしてしまった。 潤も小次郎の突然の悲鳴に何があったのかと不思議そうな表情で首を傾げている。 それでも弥生は『こんなのは日常茶飯事だ』と言わんばかりの平然とした態度で 足を押さえながらピョンピョン飛び跳ねる小次郎を無視して潤に話し掛けた。 「で、お嬢ちゃんは何時に来たの?」 「あ…………13:00です。」 それを聞いて潤以外の三人は唖然とした。 小次郎なんて踏まれた足を手で押さえているため片足で立ったままの状況だ。 いくら早く来たと言え、まさか一時間前から待っているとは思わない。 「それはちょっと……早過ぎじゃないのかな?」 「早いでしょうか…… でも、その分だけ真神さんのことを考えられますから……。」 潤は自分の真っ直ぐな気持ちを素直に伝えた。 顔を赤く染めながらも、その目は真っ直ぐ前を向いている。 なお、隣にいた恭介は突然の告白に顔を真っ赤にして俯いてしまった。 想像の範疇を超えた潤の行動に唖然とした小次郎と弥生だが、 その根底には『心の底から真神恭介という男を愛している』という潤の想いが十分に伝わってきた。 機能的なことで言えば、当然盲目である彼女の目には何も映っていない。 しかし彼女の想いを投影する媒体として言うならば、確実に真神恭介という一人の男が映っているのだ。 この少女の想いに嘘は無い。 潤の一連の言葉と表情にはそのくらいの説得力があった。 「でも、弥生にもこんな純粋な気持ちがあればなあ……可愛い気もあるんだが。」 「し、失礼な!! お前こそ私の事を考えながら待っているくらいの可愛さが欲しいくらいだ。 そもそも私より先に来て待ってた試しなんて一度も無いじゃないか。」 潤の純粋な気持ちに感心した小次郎が弥生に余計なことを言ってしまい再び口論を始めてしまった。 「まあまあ、ここは一つ抑えてください……」 「一度くらいあるだろう!」 「ないね!」 「いや、ある!」 恭介が穏便に収めようと小次郎と弥生の間に入るが、その勢いは止まりそうにない。 「大体なあ、何か気に入らないことがあれば足を踏みつけるような女に可愛げがあるわけない。」 「ふん、私が目を離すと他の女の所へフラフラフラフラと行くような男に言われたくないな。」 恭介にとってみれば『どっちもどっち』だ。 これがいつものことなら気の済むまで言い争ってもらった方がいいだろうと仲裁を諦めかけたところ 思いもよらない言葉が潤の口から飛び出した。 「でも、天城さんと桂木さんは凄く仲が良くて羨ましいです。」 「はあ!?」 「なんだって!?」 小次郎と弥生は勿論のこと、恭介ですら予想外だった言葉で口論はいとも簡単に中断された。 三人は心底意外だという視線を潤に向ける。 「『喧嘩するほど仲が良い』という言葉を聞いたことありますので。」 それを潤は自分の言葉の真意がありふれた一般論から来るものだと説明した。 実際、『お互いの気持ちをぶつけ合う』といった趣旨の喧嘩に対して言えることであり、 感情的に相手の文句を言い合うような喧嘩に対しては言えないものである。 どう考えても二人の口論は後者に値するものだと思われるのだが、 少なくとも潤には小次郎と弥生が口論しつつもお互いを信頼しているように感じられたのだろう。 「あ…でも… 私は真神さんと喧嘩しないですね。」 普段の自分を思い出して少し困ったような表情になったが、 一転、潤は手をパタパタと振りながら一生懸命弁解の言葉を続けた。 「でもでも、それは決して仲が悪いという訳ではなくて、 私が真神さんと喧嘩したくないだけであって いえ、その前に真神さんが優しいから喧嘩になるはずもなく…… ええっと、と、とにかく、真神さんと喧嘩はしないのですが、 おそらく仲は良い……と思います。 私はそのようなことをしなくても真神さんのことが好きですし……」 最後の部分はこの雑踏の中では聞き取りづらい小さな声だったのだが、 小次郎と弥生、そして横で顔を真っ赤にしている恭介の耳にはしっかり入っていた。 そんな彼女の様子を恍惚の表情で見ていた弥生は小次郎に小声で話し掛ける。 (……なあ、小次郎。) (なんだ?) (その……この娘、お持ち帰りしてしまってもいいだろうか。) (気持ちはひっじょ〜〜……にわかるが、それは犯罪だ。) (だよな……私もこんな娘が欲しい。) (ば、ばか!何言ってるんお前は!!) ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「弥生、そろそろ行こうか。 二人のデートの邪魔をしても申し訳ないからな。」 「ああ。 二人とも、仲良くな。」 「ええ。天城さんも桂木さんも。 また会う日がありましたら宜しくお願い致します。」 少し名残惜しかったが小次郎と弥生は二人に別れを告げてその場を離れた。 潤は別れ際に『また会う日』と次の再会を望む言葉を口にした。 小次郎と弥生は正直なところ二人には二度と会う機会はないだろうと思っていたのだが、 彼女に言われると不思議とまた会えるような気がしてきた。 あの純粋で真っ直ぐな彼女に言われたらそれが現実になりそうな予感にさせてくれる何かがあったのだ。 小次郎と弥生はもう一度潤を見ようと、立ち止まって二人のいる方向に振り向いた。 潤はこちらの方角に向かって大きく手を振っている。 当たり前だが盲目の彼女には小次郎と弥生が振り向いたかどうかなんて分からない。 だから恐らく二人があの場所を離れてから、ずっと笑顔で手を振りつづけているのだろう。 そんな潤の姿から、彼女の心の中に込められている再会を願う気持ちがひしひしと伝わってきた。 小次郎と弥生も軽く手を振り返してあげる。 その姿は潤には見えないだろう。 ただ、二人の再開を願う気持ちは彼女に伝わったに違いない。 小次郎と弥生は晴れ晴れとした気持ちで再び歩き出した。 (しかし……) 実は潤を初めて見た時から、弥生の心の中には小さな引っ掛かりがあった。 (あの『嘉納潤』という娘、何処かで見たことあるんだよな……) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「あーーーーー!!!!」 「なんだよ急に。」 「小次郎、あそこを見ろあそこ!!」 「ったく、なんだよ……って、あ!」 信号待ちで停まった交差点の斜め前。 テナントビルに掲げられている大きな広告看板を見て二人は驚いた。 『盲目のピアニスト・嘉納潤 待望のソロアルバム 絶賛発売中!』 そこにはクレジットと幾つかの煽り文句と共に つい先程出会った盲目の女の子がデカデカと載った広告が貼られていたのである。 「何処かで見たことあると思っていたんだが。」 「まさかこんなところでお目にかかるとはな。 『また会う日がありましたら』って……いきなり会ってるな俺達。」 彼女より後に来た恭介を庇う姿、恭介と仲が悪くないことを必死で説明する姿、 そして小次郎と弥生に向かって一生懸命手を振っている姿が二人の脳裏に浮かぶ。 そんな潤の姿を思い出し、二人の表情は自然と笑顔に変わる。 広告に載っている写真の少女も人形のように可愛かったが、 二人の前で臆することなく常に真っ直ぐな気持ちを伝えてきた彼女はもっと可愛かった。 「可愛い娘だったな。」 「ああ。 私も・・・・・・ああいう娘が欲しい。」 「わっはっはっは! 弥生の遺伝子じゃどう考えても無理だろう。」 「じゃあ……試してみるか?」 「えっ!?」 次の瞬間、対向車の放つライトで助手席が照らし出される。 そこには顔を真っ赤にして上目遣いで小次郎を見つめている弥生がいた。 |
コメント(言い訳) |
どうもZac.です。 野球然り、ゲーム然り、世の中は今交流戦ブームの真っ最中。 私もこの流れに乗らなくてはと思い、急遽小説を書いてみました。 という訳で、「小次郎×弥生」と「恭介×潤」を絡ませてみました。 絶対に接点のない組み合わせなので違和感ありありかもしれません。 でも野球だってセリーグとパリーグがシーズン中に試合をするなんて誰も思ってなかった訳ですし、 たまにはこういう遊び心があっても良いんじゃないかなあ、と。 とりあえず話の内容が内容なので読めないことはなかったと思います。 あ、当然ながらEVEとMISSINGPARTSのどちらかしか知らない人もいるでしょうね。 その辺はお手数ですが知らない方のキャラを「偶然出会った赤の他人」とか上手く脳内変換してください。 これで一応は読めるようになる筈です。 まあ贅沢を言えば、これが知らない方の作品を知って頂く切っ掛けになって貰えればいいなあとも思う訳ですが。 (こんな一部の人物だけをクローズアップさせた内容では興味湧かないかもしれませんけど) あと、当たり前なんですが両方のキャラを立てるのは難しいですね。 オチを考えると「小次郎×弥生」寄りの話なんですけど、 そんな中でも潤ちゃんの可愛さを表に出したかったりとか、 普段小説を書いているときには起こらないような葛藤がありました。 「恭介×潤」寄りのオチとしては、弥生を『綺麗な女性だった』と呟く恭介にやきもちを焼く潤ちゃんというのを考えていたのですが、 最近はMISSINGPARTSの話ばかり書いていたので今回は小次郎と弥生に華を持たせようかな、と。 かなり中途半端な作品かもしれませんが、好き勝手楽しく書かせて頂いたので個人的には満足です。 まあ、お祭みたいなものなので許してください。 |