命短し恋せよ……乙女? |
ここはプリンセス・ホテルのショットバー。 アヴァンチュールな夜を演出するには最高のロケイション。 今日も素敵なおじさまを私の虜に…… 「できないのよねぇ……ハァ」 愚痴と溜息を吐きながら投げ遣りにカウンターテーブルの上に突っ伏す。 法条まりな、まだまだ青春真っ盛りな(ピー)歳。 魅惑のボディでおじさま達を一撃”悩殺”……といきたいところなんだけど、 年々悪化を辿る景気に比例するかのように、私のおじさま景気もここ数年は悪化を辿る一方。 たまに一人で来ても『おじさま』というより『オヤジ』だしね。 後ろのテーブル席を眺めてみてもカップルか集団で来ている人達ばかり。 一組、着流しを着た男と矢絣袴を着た女のどう見ても場違いな大正浪漫カップルがいるのが目を引くくらい。 でもあれって、天城小次郎!………じゃないみたい。 一瞬本物かと思ったけど、袴女が着流し男のことを『シュウゴさん』と親しげに呼んでいるのが耳に入ってきた。 どんな字を書くのか分からないけど彼は間違いなく『シュウゴ』という名前なんでしょう。 よく見れば天城小次郎よりも若干端整な顔立ちをしているかしら。 しかし、袴女の方はよく喋るわね……可愛い娘なんだけど、どうせ相手するならもう少しおしとやかな子がいいわ。 ま、何にせよ男女問わず一人で来ている客なんて私だけよ。 ダンディなおじさまが一人でバーに飲みに来るような素敵な時代はもう終わったのかもしれないわね。 「ああ、ギラギラしていたバブリィな時代が懐かしい。」 わざとらしく目元に手を当てて泣く真似をする。 漫画のテロップなら『およよ』とか書かれそうな感じで。 私自身「いつまでおじさま漁りをやっているんだろう」と思うこともあるけど、 素敵な出会いがない、もしくは運良く出会っても結果は玉砕なのだからしょうがない。 今日も一人寂しく帰宅することになるのかなあと沈みかけたそのとき、 カウンターテーブルの一番奥の席に一人の男性が座った。 このショットバーには何度も通っているが、今まで一度も見たことがない顔。 自分の目の前にあるメニューをマジマジと眺めている姿から察するにおそらく初めての客でしょうね。 えー、パッと見だけど年齢は50歳位かな。 痩せ過ぎず太り過ぎず、運動をやっているような整った体型ね。 中年男性にしてはいいラインじゃないかしら、顔立ちも悪くないし。 身嗜みは少しだらしなくて小汚い感じがするけど、彼の場合は逆にそれがワイルドさを演出しているかも。 まりなの総合評価によると、中年男性の中では確実にレベルが高いと出てるわ。 (やだ、大当たりじゃない。) もしかすると後から女性が来るかもしれない、と思ってしばらく様子を見ていたけどそんな素振りもなさそう。 法条まりな、ここは一つ果敢にアタックすべし。 私は意を決して立ち上がり、自分のグラスを手に持っておじさまのいる席まで移動した。 「隣、よろしいかしら。」 いつもより1.5倍くらい艶やかな声でおじさまに声を掛ける。 でも彼は私を一瞥すると、YesともNoとも言わず再び前を向いてしまった。 へえ、突然声を掛けたのに驚きもせず落ち着いているのね。 これじゃあ胸元を強調するためにちょっとだけ前屈みにした努力も虚しいじゃないの。 こういった事態に慣れているのか、それとも相手にされていないのか。 ……後者だと寂しいかも。 「返事がないということは『Yes』と解釈してよろしいのですね、おじさま。」 そう言って彼の返事を待たずに隣の席に座った。 続いてグラスに残っているお酒を一気に煽ると、マスターにウィスキーの水割りを注文する。 私は返事がないからと言って簡単に諦めてしまうような女ではないんだから。 「はは、強引なお嬢さんだ。 人には静かに飲みたい時だってあるんだがね。」 そんな強引な私の姿を見て、少し呆れたような笑みを浮かべながら本音を打ち明けた。 なによ、私のような極上の女性が目の前にいるのに『静かに飲みたい』ってさ。 ここで折れたら女としてのプライドが許さないわ。 「あら、私と一緒に飲めば嫌なことも綺麗サッパリ忘れることができるわよ。」 「生憎、忘れたいくらい嫌なことなんて無いんでね。」 ……ちょっと手強そうなおじさまね。 「そうねぇ……それなら楽しい話なんてどうかしら?」 「楽しい話?」 よし、喰いついたわ。 あとは私の話術で上手く誘導するだけよ。 「まず、私の3サイズは」 「マスター、ウィスキーのダブル。あと乾き物を適当に。」 ちょ、ちょっと反応早過ぎないかしら。 こんな屈辱的な仕打ちは久しぶりよ。 私の言葉を遮って注文した当のおじさまは、何事もなかったような平然とした顔で正面の酒棚を見つめている。 悔しいけどここは我慢、我慢。 私の辞書に「退却」の2文字は載ってないの。 『押してだめなら引いてみろ』って言葉もあるし、ここは一つ落ち着いて様子を見させて貰うわ。 でも……おじさまって声も素敵ね。 こんな素敵な声で『愛してる』とか耳元で囁かれたら、まりな一発で轟沈よ。 さて次はどうしようと考えていると、私とおじさまが注文した品々が運ばれてきた。 すると、おじさまは乾き物の入った皿を私達二人の中間に当たる位置にスライドさせる。 「えっ?」 「食わないのか。」 皿の上のピーナッツを2、3粒掴んで口に入れながら 先程と同じように何事も無かったような平然とした顔で乾き物を勧めてきた。 まさか向こうからアプローチしてくるとは思っていなかったので面食らって不覚にも上手く声が出ない。 「最初、何処ぞの『娼婦』だと思ったんだがね。 『娼婦』なら俺が無視した時点で別の客を探しに行くだろう。それが商売だからな。」 「しょ、しょ、娼婦ですって!?」 「楽しい話が『3サイズ』だったら……さすがにね。」 一瞬怒りが込み上げそうになったが、そこを抑えて冷静に考えてみる。 うーん、楽しい話と振っておいていきなり私の3サイズを言おうとしたら 確かに何処ぞの『娼婦』と間違えられてもおかしくないかも。 私としたことが初歩的なミスをしてしまったわ。 「……悔しいけどおじさまの言う通りね。」 「ま、俺も『娼婦』なんかと疑ったりして悪かった。 お嬢さんのプライドを深く傷つけてしまったかな。許して欲しい。」 そう言うと自分のウィスキーのグラスを軽く持ち上げて乾杯の催促をしてきた。 私も彼の乾杯に応えようと自分のグラスを軽く持ち上げる。 平静を保ったつもりだったけど……もう、内心ドキドキのメロメロ。 だって乾杯の催促一つ取っても素敵なんだもの。 サラリと女性心への気遣いもしてくれるし。 このおじさま、大当たりどころじゃないかも。 カチン 夢見心地で自分のグラスをおじさまのグラスに合わせる。 そして乾杯の余韻を味わいながら琥珀色の液体を口に付けた。 普段雑然と口に付けるウィスキーより数倍美味しく感じるわ……今日は素敵な夜になりそう。 ・ ・ ・ ・ ・ しばらくはお互い無言のままお酒を嗜むだけの時間だった。 同じ空気の中にいるだけで満足できるって言うのかしら、 無言が気まずくて無理して言葉を交さないといけない雰囲気じゃないのよね。 普段会話がないと落ち着かない私にはあり得ない展開。 もしかすると控えめな淑女を演出できているかも、なんて思っちゃったりして。 まあ、おじさまの素敵な声が聞けないのは残念だけど。 ・ ・ ・ ・ ・ 「ところでお嬢さんは地元の人間かい?」 乾杯後に初めて言葉を発したのは、彼が三杯目のウィスキーを頼んだ直後だった。 うーん、記念すべき出会いを飾るファーストヴォイスとしてはちょっと拍子抜け。 お互いを知るためにまずは名前とか尋ねるものじゃないかしら。 ……もしかすると自分の身分は無闇に明かしたくない性分なのかもしれないわね。 「ええ、そうよ。 おじさまは?」 「ここの土地は生まれて初めてだ。」 ははん、この街に到ってはトーシローなのね。 それなら何とかこっちもやりようがあるわ。 「それならいいガイドを紹介するわよ。」 「それはお嬢さんが立候補するんじゃないのかい?」 「はははは……」 ……バレてる。 悔しいほど鋭い……というか、もしかして積極的な女性の扱いには慣れてるのかも。 「もしかして図星かい?」 「おじさま、わかってるくせにぃ。」 少し甘えるような声で反応してみる。 まずは地道に「女」をアピールするところから始めてみよう、という狙いで。 その冷静さを失わないようウィスキーを口に含む……が、 「じゃあ、お嬢さんのガイド力を見込んで一つ尋ねたいんだが、 『天城探偵事務所』という探偵事務所の場所を知ってるかい?」 予想もしてなかった話を振られたため、口の中に含んだウィスキーを吹出しそうになった。 話に乗ってきたと思ったらいきなり天城小次郎の事務所を聞いてくるなんて。 だって、これはもうノーアウト満塁のビックチャンスじゃないの。 「探偵に用事なんだ。」 飽くまで平静を装って返事をする。 内心、ビックチャンスの到来で胸がドッキンバクバクだけどね。 「ああ、『天城小次郎』という凄腕探偵がいるという話を聞いてこの街へやってきたんだがな。 生憎事務所の場所が分からなかったもんで大した収穫も無く戦略的撤退。 挙句の果てには不貞腐れ、こうやって酒を煽っている有様さ。」 そりゃあの男の探偵事務所が一発で分かる人間も珍しいでしょう。 どう見ても廃倉庫、下手したら廃棄物置き場と思われてもおかしくない面構えだもの。 それにしても……彼って『凄腕探偵』で結構名が知れているのね。 「そう。 それなら『天城探偵事務所』の場所を教えてあげてもいいわよ。 ちょっと浅からぬ縁があるところだし、私の名前を出せば多少の融通が効くと思うわ。」 「それは助かる。」 ただし、私の名前を使うからには条件を付けさせてもらうわ。 一度主導権を握ったら軽々と渡さない、それがまりな流よ。 「勿論、無料(ただ)という訳にはいかないわ。 労働力に対する正当な労働対価は戴かないと……お互いビジネスライクにいきましょう。」 「……いくらだい?」 ノンノン、ビジネスライクと言えどもお金で済ませるような野暮なことをしないわ。 「私、お金には興味ないの。」 「ほう、そりゃ今時珍しいお嬢さんだ。」 私が欲しい労働対価はこれだけ。 「その代わりと言っては何だけど、おじさまのこと教えてくださらない?」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「なるほど、あの倉庫が事務所だったのか。 俺はてっきり廃倉庫かと思ってたよ。」 「ま、あの倉庫を見たら誰もがそう思うはずよ。 明日『法条まりなの紹介で』と言って扉を叩くといいわ。」 私の要求した労働対価に対し、おじさまの「教えられる範囲であれば」という言葉で契約成立。 ということで天城小次郎の事務所の場所を丁寧に教えてあげた。 もっとも、事務所のすぐ近くまでは行ってたみたいなので、すぐに理解して貰えたから楽なものだったけど。 さて、これで私の役目は終わりね。 「じゃあ、おじさまのこと教えて貰おうかしら。」 「別に人に誇れるようなプロフィールを持っていないぞ。」 「いいのよ、簡単なことで。 まずは名前と職業から聞こうかしら。」 「名前は『真神哲平』、職業は保険の調査員。 『NS保険』という保険会社に勤めているしがないサラリーマンさ。」 名前は『真神哲平』ね。 あんまり『哲平』って雰囲気の顔ではないと思うんだけど。 職業が保険の調査員……ん?何処かで聞いたことあるような……気のせいよね。 保険の調査員……それが本当だったとしても何故こんなところへ。 「おじさまがこの街へ来た目的は?」 「仕事。 個人情報保護ならびに守秘義務があるんでこれ以上はさすがに言えない。」 「………」 ちっ、個人情報保護法め。 この法律が施行された途端、どいつもこいつも免罪符のように使うからいい加減辟易するわ。 情報が聞き難いったらありゃしない。 「じゃあ、何処から来たの?」 「遠い所さ。」 遠い所って……まさかM78星雲から来たとかギャグかますんじゃないでしょうね。 先程も思ったけど自分の身分は無闇に明かしたくない性分のような気がする。 『教えられる範囲で』という条件を呑んだ私にも問題はあるんだけどさ、 素敵な男だけにここまで露骨に避けられると勘繰りたくなってしまうのが『女の性』ってやつなの。 こうなったら一つ女の武器を取り出してみようかしら……。 「今日は日帰り? それとも何処かにお泊りなの?」 「今日はこの上を取ってある。」 「人には夫々知られたくないことがあるのですから全てを無理に聞き出すことはしないわ。 でも、もう少し深くおじさまのことを知りたいの。 そうね……今夜一晩、ご一緒させて頂くなんてどうかしら。」 彼は一瞬、驚いた顔を見せたが 「申し訳ないが、妻も娘もいるんでね。」 とはっきり断ってきた。 「そう……それは残念ね。」 私は心底残念な素振りをして『フられた女』を演じる。 でも、おじさまが「妻も娘も」と言ったときに少し寂しそうな顔をしたのを見逃さなかった。 こういうときに出る寂しげな表情というのは、必ず何かしらの過去を持っているという証拠である。 「さてと、フられた私は早々と退散することにしましょうか。 でも、天城探偵事務所では『法条まりな』の名前を出して構わないわ。 これは飽くまでビジネスとして成立させたものですから。」 「……すまないな。」 「謝られると余計惨めになるじゃない。 ま、そんなところがおじさまの素敵なところかもしれないけど。 じゃ、これで失礼するわ。」 「ああ。」 お互い軽く手を振りながら別れの挨拶を済まし、私は足早にショットバーを出た。 そして、自宅に向けて……ではなく本部ビルに向かって足を進める。 目的は勿論おじさまの素性を知ること。 これがルール違反というのは分かっているんだけど気になり始めたら仕方ない。 事件の行方を追うにも素敵なおじさまの素性を追うにも、使えるものは全部使わせて貰うわ。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 翌日。 私は天城探偵事務所の前にいた。 理由は明白、昨日のおじさまに用事があるからよ。 現在、彼が事務所の中にいることは分かっている。 前以て天城小次郎に『私の名前を出すおじさまが訪ねてきたら連絡するように』と手配しておいたのだから。 一時間半前くらいに氷室さんの携帯から『来客あり』との連絡があり、 こうして寂れた事務所の前で一人寂しく突っ立っているわけ。 あの後、当然本部長には内緒でおじさまの素性について調べたわ。 まあ予想通りすんなりとはいかず、全部調べ上げるのに朝までかかってしまったんだけどね。 そりゃ私に教えたのが『偽名』と『幽霊会社』だもん、すぐに分かるほど簡単なものじゃない。 ただ、与えられた情報量が少なくてもヒントは何処かに転がっているものよ。 例えば偽名を使うにしても、その偽名で呼ばれた時に違和感無く反応できるような名前にしなければならないわ。 だったら、奥さんの旧名とか友人の名前とかある程度慣れ親しんだ名前を使うはず。 そうやってようやく突き止めた彼の本当の素性。 別に騙されたことに腹を立てているとか文句を言いたい訳ではないの。 こんなこと言うのも寂しいけど、こうやってはぐらかされることは私にとっては日常茶飯事だから。 でも、何故か彼の場合ははっきりさせないと気が済まなかった。 ガチャリ 倉庫特有の重々しい鉄製の扉が開き、中から目的の人物が出てきた。 用件を済ませてホッと一息ついたような安堵の表情をしているおじさまの目の前へ私は勢いよく飛び出す。 そして間を空けずに言い放った。 「鳴海誠司。遠羽市にある『鳴海探偵事務所』所長。 妻・鳴海清香と娘・鳴海京香の3人家族。 ただし、妻・鳴海清香とは既に死別。享年29歳。」 「よく調べ上げたもんだ。」 突然目の前に飛び出し自分の素性を語る私に一瞬驚いた顔を見せたが、 すぐに真顔になると私が徹夜で調べ上げた成果を素直に認めた。 「私を甘くみないで頂戴ね。 『真神』……あなたの部下の苗字を偽名に使ったのが失敗だったわ。」 そう、彼は『真神』という名前を使って失敗した。 だって、貴方の部下である『真神恭介』の情報はゴロゴロ落ちてるんだもの。 「難事件解決の名探偵」だの「世界的ピアニストとの恋」だのもう見飽きたくらい。 その中には当然、貴方の事務所の名前が記載されているものもあるわ。 「そうか。 で、君に嘘をついた俺をどうするつもりだい? その太腿に挿してあるモノでズドン!ってのだけは勘弁してもらいたいところだが。」 憎たらしいほど冷静ね。 まるで私が自分の素性を調べ上げることが分かっていたみたいに。 まあ、私のスカートの中に隠してある【M1919】に気が付くくらいだから、普通の女ではないことは察知していたでしょうけど。 「そんな私には何の得にもならないことしないわよ。 そもそも『天城探偵事務所』の場所を教えるくらいの労働力なんてたかが知れてる。 いくら契約違反だからと言って、命を奪うまでの労働対価を請求するつもりはないわ。」 自分でも何をこんなにムキになっているのかと不思議に思う。 別に今回が初めてではない。 騙された回数なんて両手じゃ数え切れないくらいあるじゃない。 「ただ、一つだけ教えて欲しいの。」 「?」 でも、何故かこのおじさまにはどうしても譲れない何かがある。 彼との間にはっきりさせておきたい何かがある。 私のプライドを揺さぶる何かがあるの。 だって、こんないい女を目の前にしていたのよ。 「何故、貴方は『妻がいる』と嘘をついたのか。 これでも私は女よ。プライドもあるわ。 そんな嘘をついてまで拒まれることには納得いかないの。」 「はは、それは簡単なことだ。 俺の言ったことが嘘じゃないからさ。」 ……この気持ちはおそらく嫉妬。 私を目の前にしてもおじさまが亡き妻の方を向いていたことに対する嫉妬。 「どうして?」 「妻は生きているのさ、私の心の中で。 確かに肉体は滅びたかもしれない。 ただ、妻が生きた証は俺の心の中にあり、その生きた証を糧に俺は生きている。 現在も、そしてこれからも、私にとって最高のパートナーなのだから。」 でも、無情にも彼は自分の胸を指しながら亡き妻を『今でも最高のパートナー』と言い切った。 おじさまの言葉に嘘は無いでしょう。 だって、顔に迷いが感じられないもの。 ……死んでもなお一人の女性を一途に愛し続けているんだ。 私の胸の中には何とも言えない虚脱感が渦巻く。 この気持ち、トリスタン号であのおじさまを失ったときのものに似ていた。 ・ ・ ・ ・ ・ 何故、私はここまでおじさまの事に拘ったのだろう。 「既婚者」という時点で諦めれば良かったじゃない。 なにも徹夜までして彼の素性を調べなくても良かったじゃない。 その結果、彼の亡き妻に対して嫉妬心まで芽生えさせて……馬鹿馬鹿しい。 女としてのプライド? ううん、そうじゃない。 おそらく……私がこのおじさまに本気で恋をしてしまったのよ。 ・ ・ ・ ・ ・ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− あれから1週間後、私はおじさまと初めて出会ったプリンセス・ホテルのショットバーで飲んでいた。 勿論、席はあの日と同じカウンターテーブル。 ただし隣にいるのが『おじさま』ではなく『弥生』なんだけど。 「やよい〜、またフラれちゃったよ。」 「まりなが男にフられることなんて今更驚かんがな。 まあ一応聞いておこう、今度はどんなおじさまだったのだ?」 「もう素敵よ〜、素敵過ぎるほど素敵。 芸能人に例えるとね、笑った時の口元が『蟹江敬三』くりそつ。」 「……サッパリわからん。」 うーん、弥生に『蟹江敬三』は分からないか。 育毛剤のCMでニヒルな笑いを見せたときの口元がおじさまそっくりだったんだけど。 「でもね、残念ながらこれが既婚者だったのよ。 あれはもう一生かかっても落とせないわ。」 「まりなにしては珍しく弱気だな。」 「生涯愛する覚悟をみせられちゃったらねぇ……」 一つ溜息を吐いて天井を見上げる。 スポットライトの明かりが視界に入ってちょっと眩しかった。 よく見るとスポットライトは私の座っている席を丁度照らしているみたいで、 私はコンサート会場のアイドル歌手よろしくスポットライトを浴びている状態になっていた。 普段なら「眩しい」とマスターに一言文句をたれるところだけど、 今日は私の暗く沈んだ心に光を照らしてくれているみたいに思えて少し嬉しい。 「そっか。 私もそこまで小次郎に愛されたら幸せ……い、いや、何でもないぞ。」 いや、あんたの場合は慌てて言葉を止めても何を言いたいのかバレバレなんだけど。 ……弥生に一途に愛されている天城小次郎が羨ましいわ。 「はは〜ん、相変わらず見境無くラヴラヴしてますか弥生さん。 って、ここであんたのノロケ話を聞いても心が荒むだけだからこれ以上は突っ込まないけどさ。 ま、これに懲りずに頑張って素敵なおじさまを探すとしますか。」 「そうだ、その意気だぞ。」 「ありがとう弥生。」 やっぱり持つべきものは親友よね。 失恋話ばっかりだけど弥生は親身になって聞いてくれるし。 こうやって相談…というより愚痴に近いかな、吐き出せる人間がいるのは本当に助かってる。 アルコールでほんのり頬を赤く染めた弥生の顔を見つめながら心の中で日頃の感謝を表すとともに、 また頑張って新しい恋を探そうと強く心に誓う法条まりなさんであった。 と、そのとき 「マスター。酒と肴を適当に。」 カウンターテーブルの端、つまりこの間おじさまが座っていた席に 40〜50代くらいのダンディなおじさまがアバウト過ぎる注文をしながら座った。 「あ!」 「どうした?」 おじさまが座った席を見るよう弥生に目配せをする。 「いまあそこに座ったおじさま、素敵じゃない? あの開いてるんだか閉じてるんだか分からない細い目がラヴリィよね。」 「あ、ああ……」 「ちょっと行ってくるわ。」 そう言うな否や、私は早速ターゲットに向かって足を進めた。 後ろで「おい、ちょっと!」という弥生の声が聞こえるけど気にしない気にしない。 法条まりな、ここは果敢にアタックすべし。後悔先に立たずよ。 「隣、よろしいかしら。」 タバコに火を点けようとしたおじさまの顔を覗き込み、 この間より更に1.5倍くらい艶やかな声でおじさまに声を掛ける。 「……ん?」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ この恋の結末や如何に。 |
コメント(言い訳) |
どうも、Zac.です。 プロ野球の交流戦もあと残り数試合というギリギリのタイミングでしたが、 何とか期間中にYayoi's Detective Officeの交流戦企画第二弾を書き上げることができました。 試合と言えば野球でもサッカーでも『ホーム&アウェイ』ということで、 今回はEVEの舞台を使ってEVEの「法条まりな」とMISSINGPARTSの「誠司所長」を絡ませています。 主役は一応まりななんですけど、正直言って浮かばれませんね(笑) 結局、誠司所長の良い所がクローズアップされる内容で終わっています。 両方立てるどころか一人しか立っていません。 元々いつもと同じようなノリで「誠司所長が清香さんを愛している」という話を書きたかっただけです。 そんな一途な気持ちを表現する方法として、積極的にアプローチをかけてくる女性が欲しいなあ、と。 そうなれば白羽の矢が立つのは当然『おじさま大好き』の法条まりなでしょう。 でも、フられるのが前提の抜擢なので、まりなにとってはとんだ災難ですよね。 野球ではよく『野球は筋書きの無いドラマ』とか『野球は2アウトから』とか言われますが、 今回のまりなは『筋書きが用意されたドラマ』であり『いきなり3アウトチェンジ』だった訳で。 まりな、ゴメンなさい。 そして法条まりなファンの方、ゴメンなさい。マジでゴメンなさい。 でも、EVE本編でもそんな感じだし(以下略) ぶっちゃけ明かしますと「法条まりな」は全然書けません。 個人的にはbursterrorのまりなをイメージしてるんですけど、文章にしようとすると全然ダメ。 多分、まりなっぽくない変な文章になってると思います。ゴメンなさい。 例の如く、EVEとMISSINGPARTSどちらかの作品を知らない人が大勢いると思います。 その場合は知らない方を「偶然出会った赤の他人」とか上手く脳内変換してください。 ……でも今回の場合は誠司所長を知らないとまりながフられて終わりの話だよなあ…… まあ、お祭企画ということで許してください。 (まりなファンの人からすれば許せない予感) |