いつかその美しい朝焼けを貴方と |
「多分この辺りのはずなんだが・・・・・・」 元気に走り回る子供達、犬の散歩をする主婦、ベンチでのんびり過ごす老夫婦などを横目に公園を抜けると、 私は小次郎が描いてくれた『見る人間のことを全く考えてなさそうな地図』を取り出した。 無造作に描かれた四角の中に、これまた無造作に書かれた『公園』の文字。 その右斜め上に大きな星印と今日の目的地である『セクンドゥム』という名前が書かれているのだが・・・・・・。 「まったく小次郎のやつ・・・・・・ちゃんと道を描いてくれないからさっぱり分からないぞ。」 その周辺に張り巡らされた道の描き方があまりに適当なのだ。 実は遠羽の駅から公園までの道程も小次郎の描いた地図を信用してしまったばっかりに、 あっちへフラフラこっちへフラフラしながらやっと辿り着いた有様だったりする。 というか、インターネットの地図サービスを利用すれば簡単に正確な地図が手に入るこのご時世、 何が悲しくてチラシの裏−しかも今時あり得ない成人向けビデオのチラシの裏に描いて渡されなければならんのだ・・・・・・。 正直、ワザとやっているようにしか思えん。 「ふうっ。」 心を落ち着かせようと一つ溜息を吐く。 そして全く役に立たない地図から一旦視線を外そうと顔を上げてみると、 見るからに穏やかそうな和服姿の老人がこちらに歩いてくるのが視界に入った。 (そうだ、あの人に聞いてみよう。) その格好からして地元の人間にまず間違いはないだろう。 私は小次郎が描いてくれた地図をポケットへ無造作に放り込むと、 老人に軽く会釈をしてから話し掛けた。 「すみません、少々お尋ねしたいのですが。」 「ん?わしに答えられることならなんでも。」 「それでは・・・・・・この辺に『セクンドゥム』という店があると聞いてやってきたのですが、 どちらにあるかご存知でしょうか?」 私が『セクンドゥム』と言ったとき、老人の視線が一瞬鋭いものに変化したのを見逃さなかった。 (もしかして関係者か?) だがそれもほんの一瞬のこと、すぐに元の人の良さそうな穏やかな笑顔を見せると、 「ほほう・・・・・・それならこの道を向こうに30メートルくらい進んだ右手にある。 外から見ると真っ暗で閉まっとるように見えるかもしれないが、 今日はちゃんと開いてるから安心しなさい。」 「ありがとうございました。」 私は丁寧に頭を下げてお礼を言うと、老人の説明通りの方向に歩き始めた。 (不思議な老人だったな。) 店が開いているのを知っていたことからも、関係者ないし常連客である可能性が高い。 それよりも・・・・・・パッと見た限りでは普通の好々爺なのだが、 近くで見てみると得体の知れない風格を漂わせていたのが気になった。 あの何とも言えない威圧感・・・・・・おそらく只者ではない人物だろう。 先程出会った老人のことを考えながら歩いていると、やがて右手にそれらしきお店が見えた。 「ここ・・・・・・だよな。」 確かに外から見ると真っ暗でとても開いているようには見えない。 先程の老人に道を尋ねていなかったら、閉まっていると思って大人しく引き返してしまっただろう。 (ありがとう、親切なご老人。) 心の中で二度目のお礼を言いながら、私は『セクンドゥム』の扉を開いた。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「いらっしゃいませ。」 暗い店内へ入ると、意外にも若い男性の明るい声に迎えられた。 外から見た時点では全く予想をしていなかった明暗のギャップに少し可笑しさを覚えながら、 「すみません、骨董品について店主にお尋ねしたい・・・・・・」 私は店の奥にいた若者に話し掛け・・・・・・ 「って、君は真神君じゃないか!」 「弥生さん!」 てみると、そこにいたのはなんと真神君だった。 まさか彼とこういった形−骨董品屋の店員と客として再開するとは驚き以外の何者でもない。 真神君もまさか私が訪ねてくるとは思ってもいなかっただろう、とても驚いたような表情をしている。 「君は探偵じゃなかったのか?」 「実は色々と事情がありまして・・・・・・。 週に何日かアルバイトで店を手伝っているんですよ。」 アルバイト・・・・・・鳴海探偵事務所はそんなに暇なのだろうか。 それとも生活するには心許ない給料しか出ていないのだろうか。 いや、鳴海探偵事務所と言えば我々の業界の中でもそれなりに知名度のある事務所だ。 まさかそんな筈は・・・・・・おそらく彼の方に止むを得ない事情があるに違いない。 「事情は深く詮索しないでおくよ。」 「そうして頂けると助かります。」 『詮索しない』という私の言葉に、真神君は頭を掻きながら照れ笑い。 ・・・・・・やっぱり聞かれたくない事情のようだ。 「その声は??」 と、耳に覚えのある女性の声が店の奥の方から聞こえてきた。 真神君がここにいることを考えればその女性は勿論、 「おっ、潤ちゃんもこの店にいたのか。」 世界的に有名な盲目のピアニストであり、そしてここにいる真神君の可愛い彼女でもある嘉納潤だ。 「やっぱり弥生さんだったのですね!!」 声の正体が私だと分かると、パアッと満面の笑みを浮かべてこちらに向かって走ってきた。 一瞬、盲目の彼女に私との距離がちゃんと掴めているのか不安が頭を過ぎったが、 ボフッ! 「ははは、元気そうで何よりだな。」 「えへへ・・・・・・」 そんな心配も無用、バッチリのタイミングで元気良く私の胸に飛び込んできた。 しっかり潤ちゃんを受け止めた私は、彼女の髪を撫でながら真神君に視線を移す。 この一部始終を見て彼も嬉しそうな表情を浮かべていた。 「んもう、騒々しいわね・・・・・・。」 するとこの騒ぎを聞きつけたのか、先程潤ちゃんが出てきた店の奥からもう一人の人間が顔を覗かせた。 『たった今起きました』と言わんばかりの気だるそうな雰囲気を纏った女性・・・・・・恐らく彼女が店主だろう。 「いや、騒々しくて申し訳ない。」 「成美さん、前に話した桂木弥生さんですよ。 遠羽駅前で私を助けてくれた天城小次郎さんの恋人です。」 『成美さん』と呼ばれた女性に、すかさず潤ちゃんが私を紹介してくれた。 私の存在が過去に一度でも彼女達の話題に挙がったことあるなら話は早そうだ。 ただ、小次郎の恋人と紹介されていたのが嬉しいやら恥ずかしいやら・・・・・・・・・いや実はちょっと嬉しい。 「ああ、この前のチャリティイベントにも来たって話してた人ね。」 彼女も潤ちゃんから聞いた話をしっかり覚えていたようで、 納得した表情を見せるとゆっくり私と潤ちゃんの方に近付いてきた。 「はじめまして、セクンドゥムの店主『月嶋成美』よ。 貴女の話は潤ちゃんから聞いてるわ。 そこの恭介と潤ちゃんがお世話になっているそうね。」 「いや、こちらの方が色々とお世話になっている。 私が彼女の説明に挙がった『桂木弥生』だ。」 お互いに視線と挨拶を交わす。 月嶋成美・・・・・・彼女が骨董品に詳しい−とりわけ『盗品』として出回る骨董品に詳しい人物か。 見ただけだと所謂『裏事情』に詳しそうな人物とは思えないんだが・・・・・・やはり人は見かけによらないということだろう。 「で、今日はどんな用件でわざわざこんなところまで?」 「ああ、実は・・・・・・ ・ ・ ・ ・ ・ 事の発端は「盗まれた懐中時計を探して欲しい」という依頼だった。 依頼主の話によると、盗まれた懐中時計は昭和の戦後間もない頃に行われた 『椿姫』なる舞台の公演を記念して、その舞台の出演者だけに贈られた記念の懐中時計らしい。 この舞台の主演女優だった依頼主の母親が大切な宝物として肌身離さず持っていたもので、 それが何者かによって盗まれてしまったという訳だ。 依頼主は懐中時計さえ戻ってくれば犯人まで捜さなくても良いとのこと。 戻ってくるのであれば「金に糸目はつけない」とまで言ってきた。 つまり盗んだ人間が金銭目的で骨董品屋に売っていたとしたら、 そのときの売値で構わないから必ず買い戻して欲しい、と。 私は骨董品の価値に疎いので幾らになるのか想像もつかない。 ただ、懐中時計そのものの価値は分からなくとも、 舞台『椿姫』が日本の芸術界において評価が高く半ば伝説化しているのは私でも知っている事実。 だから決して安い値段にはならないことだけは想像できる。 それでも「金に糸目をつけない」と言うからには、依頼人にとって余程大切な物であることは明白。 必ずや取り戻したい気持ちが伝わってくる。 警察に届けず探偵に依頼したのは、懐中時計が手元に戻ることを第一に考えているからだと思われる。 警察の場合、犯人探しが優先となり物探しは二の次になってしまう。 しかも例え懐中時計が見つかったからと言って、すぐに手元に戻ってくる訳ではない。 ましてや骨董品屋に陳列されているものを買い戻すなんて警察は絶対にしないだろう。 それなら依頼料は掛かるが色々と融通の利く探偵に頼む方が得策だ。 ただし物探しも引き受ける探偵とは言え、得て不得手はある。 うちの事務所の中で骨董品事情に詳しい所員は皆無。 念のため依頼主の家を調べさせてもらったが、予想通り大きな手掛かりは無し。 困ったので小次郎に相談したところ、 『残念ながら俺も世の骨董品事情には詳しくない。 でも裏事情に詳しい骨董品屋であれば、手掛かりくらい掴めるかもしれない。 盗品の骨董品を探す・確保することに関して定評のある骨董品屋を俺が調べておいてやろう。』 という話になり、その調べてくれた骨董品屋がこの『セクンドゥム』だったのである。 ・ ・ ・ ・ ・ ……という訳だ」 「なるほどね、事情は分かったわ。 それよりも何故うちの店が盗品事情に詳しいって評判になってるのよ……。」 私がこの店を訪ねた理由には納得して貰った様子だが、 私がこの店を知ることになった切っ掛けには納得がいかないらしい。 真神君も月嶋成美の反応に『あちゃー』と言いたげな複雑な表情をしている。 (そりゃまあ……あまり名誉ある評判じゃないことは確かだよな。) 真っ当に客商売をしている以上、『裏事情に詳しい』などという評判はあまり嬉しいことではない。 訪ねてきた理由をストレートに述べたのは失敗だったと自分でも反省した。 だが、私の腕にしがみついている女の子だけは違った。 「弥生さんが住んでいる街まで成美さんの評判が伝わっているなんて凄いです。」 それは不名誉な評判ではないと言わんばかりの笑顔でそう言ったのだ。 この言葉には潤ちゃん以外の全員が目を丸くして驚いた。 誰もが物事を後向きに考えてしまった中、彼女だけは物事を前向きに考えていたのである。 おそらく彼女が常に前向きで真っ直ぐな気持ちを持っているからこそ出てくる言葉なのだろう。 「そ、そうかしら……。」 言われた月嶋成美も『満更ではない』って顔をした。 ……おそらく彼女も潤ちゃんには弱い人間の一人のようだ。 「で、こちらとしては貴方に是非ともご助力頂きたいのだが……。」 「潤ちゃんにそんな顔されたら断れる訳ないでしょう……。 いいわ、出来る限りの情報を集めてあげる。」 「弥生さん、やりました!!」 私の腕に強くしがみついてニコニコしている潤ちゃんのお陰で、簡単に了解を得ることができた。 こんな可愛い笑顔を見せられたら、引き受けない訳にはいかないだろうな。 「じゃあ早速だけど懐中時計について教えて貰えるかしら。」 「ああ、これが懐中時計の写真だ。」 私はハンドバックの中から二枚の写真を取り出すと月嶋成美に渡した。 彼女は両方の手に一枚ずつ写真を持ち、真剣な表情でその二枚に視線を落とす。 「二枚目の写真を見ると分かるが、 裏には『椿姫公演記念』『上月和菜』と彫られている。 そう言えば依頼人の苗字は上月ではなかったのだが……… おそらく懐中時計の持ち主が結婚でもして苗字が変わったのだろう。」 私の話に『ふうん』と呟きながら食い入るように写真を見る月嶋成美。 時折見せる、何かを思い出そうとするかのように真剣な顔で宙を見上げる姿は、 長年骨董品を扱ってきたことへのプライドが感じられた。 そして待つこと数分。 「この写真借りるわね。 恭介、悪いけど後で三枚づつコピー取ってちょうだい。」 「わかりました。」 そう言って隣にいた真神君に写真を渡した。 (………) 写真の受け渡しがあまりにも自然だったため、私は今更ながら真神君が本当にここでアルバイトしていることを実感する。 勿論、彼に何かしらの事情があるのだとは思うが、 そんなことより我々の耳にまで活躍の噂が届くほど優秀な探偵としての一面を持つ彼と、 店主にコピーを頼まれた骨董品屋のアルバイターとしての一面を持つ彼とのギャップが可笑しくて、 思わず口元が緩みそうになったのは内緒だ。 私の微妙な心境の変化に気が付いたのか、月嶋成美は口元をニヤリとさせると、 「何とかなるかもしれないってとこね。 ただ、一つだけ了解して貰いたいことがあるわ。」 可とも不可とも取れない言葉を返しつつ、調査にあたっての条件を提示してきた。 「私が調べられるのも私の顔が利くところまでよ。 つまり盗んだ犯人が私の持っているネットワークの範囲内で懐中時計を売っていなければお手上げってこと。 さすがに全く知らない店から情報を聞きだせるほどの力は無いわ。 あとこれは分かっていると思うけど、犯人が金銭目的ではなく収集目的で懐中時計を盗んでいた場合もアウトよ。」 「ああ、その辺は承知している。」 いくら裏事情に詳しいと言っても、出来ることと出来ないことがあるのは当然だ。 ただ、月嶋成美なら何とかしてくれそうな予感が私にはあった。 彼女には探しているものを自分のところへ引き込んでしまうオーラがあるように思えたのだ。 だからこそ、古くて価値のある物を収集する骨董品屋の店主としてやっていけるのだろう。 その私の予感を裏付けるかのように、彼女は自信満々にこう言い切った。 「まあ、犯人が金銭目的で盗んだのであれば、取り戻せる可能性が高いと思ってて構わないわ。 理由は色々あるけど……」 月嶋成美の話をまとめるとこのような事らしい。 『骨董品は価値を知っている人間でないと盗まない』 『そして骨董品の価値を知っているのは骨董品屋』 『骨董品屋の中でも盗品を扱う店と扱わない店がある』 『自分が売りにきたことを見て見ぬ振りして貰う必要がある』 『となると必然的に売り捌く店は決まってくる』 なるほど、盗品である以上売るべきところが限定されるのは当然だ。 盗品を黙って買い取ってくれる店、そして自分の足が付かないことを保障できる店でなければならない。 その条件を満たす骨董品屋となれば……かなり数は絞られるはず。 「期間は……念のため一週間貰えるかしら。 それで何かしらの結論は出せるようにしておくわ。」 「わかった。」 期間に異論は無いため、私は二つ返事で了解する。 実はもう少し長い期間も覚悟していたのだが……かなり優秀なネットワークを持っているのだろう。 しかも『念のため』ということは、実際には一週間よりも早い期間で調べ上げるつもりなのだ。 月嶋成美……これは本物かもしれない。 「あと、面倒掛けるけど一週間後の夕方17〜18時あたりにまた店へ来て頂戴。 電話やメールって手段もあるけど、依頼内容が内容だけに直接結果を伝えた方がいいでしょう。 それに取り戻せた場合は物を渡すこともできるから。」 「こちらもそれで問題ない。」 こちらも同じく異論はない。 情報の受け渡しに万全を期すことは我々の業界でも常識だ。 「ふふふ、来週もまた弥生さんとお会いできるんですね。」 私の隣で話の一部始終を聞いていた潤ちゃんが、来週も会えることを喜びながら私の顔を見つめる。 盲目を思わず忘れてしまうほどの自然な動きに驚きながら、 「ああ、私も楽しみだ。」 と答え、空いている方の手で彼女のサラサラの黒髪を撫でてあげた。 私の手に頭を委ねて気持ち良さそうにしている姿は子猫みたいでとても可愛い。 「ま、大船に乗った気持ちでいなさいな。 私の優秀なネットワークを見せてあげるわよ。」 「よろしく頼む。」 最後にもう一度潤ちゃんの髪を優しく撫でると、私は『セクンドゥム』を後にした。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一週間後、私は再び遠羽の街を訪れていた。 目的はセクンドゥムの店主・月嶋成美に依頼した懐中時計の件について、 調査の結果を聞きにきた……筈だったのだが、 「次は何をお作りしましょうか?」 「それでは『雪國』を頼む。」 「かしこまりました。」 何故か月嶋成美と潤ちゃんと三人で『スピリット』というバーにいた。 ・ ・ ・ ・ ・ この日セクンドゥムを訪れた私を待っていたのは、風格の漂う桐の箱の中に収められた懐中時計だった。 裏には『椿姫公演記念』『上月和菜』の文字。 ・・・・・・これは間違いなく私が依頼人から探すように頼まれたもの。 「す、凄いな……まさか本当に探して貰えるとは。」 「だから言ったでしょ、私の優秀なネットワークを見せてあげるって。」 「ああ、恐れ入った。」 驚きの声を挙げる私に向かって、月嶋成美は見つけるのが当然と言わんばかりの口調で自信満々に言い切った。 「良かったです、弥生さんの探し物が見つかって。」 月嶋成美の後方で黒猫を抱えて座っていた潤ちゃんも、まるで自分のことのように喜んでくれた。 「潤ちゃんは毎日私の所に電話掛けてきたからね。 『懐中時計は見つかりましたか?』って。」 「そ、そうなのか??」 「ふふふ、弥生さんが困っているみたいでしたから私も気になってしまって・・・・・・。」 潤ちゃんは毎日電話で確認を取るくらい、私の依頼の進捗を気に掛けてくれていたようだ。 それがボランティアやチャリティ活動の賜物なのか、それとも持って生まれた性格なのか分からない。 ただ他人事には無関心な人間が多くなった世の中、彼女の想いは思わず頬が緩んでしまうくらいに嬉しかった。 そして改めて彼女が抱きしめたいくらい可愛いと思った。 「二人ともありがとう、本当に感謝する。」 直接潤ちゃんが探した訳ではないが、様々な意味で月嶋成美を後方から支援したのは間違いない。 月嶋成美も潤ちゃんには弱いみたいだし、潤ちゃんが毎日電話掛けてくるなら見つけない訳にはいかないと思うだろう。 これは紛れもなく二人で探し出したものだ。 勿論、いとも簡単に探し出してしまった彼女の優秀なネットワークがどんなものか気になって仕方なかったが、 おそらくその大部分は『企業秘密』だろう、ここは余計な詮索は入れずに感謝の気持ちを素直に述べた。 「あら、どうやって探し出したか気にならないの?」 「気にならないと言ったらウソになるが、企業秘密な部分もあるだろう。 探偵という職業柄もあってな、私もその辺は心得ているつもりだ。」 私の反応が予想外だったようで逆に月嶋成美の方から『気にならないか』と質問してきたが、 それに対しても自分の気持ちを素直に述べた。 「へえ、しっかりしてるのね。 さすがその名を遠羽まで轟かせている『桂木探偵事務所』の所長と言ったとこかしら。 ・・・・・・私、そういう人は嫌いじゃないわ。」 「あ、ありがとう。」 どうやら私の素直な答えに好感を持ってくれたらしい。 私の中では当たり前のことなんだが・・・・・・世の中には色々な人間がいて、彼女にも色々な苦労があるのだろう。 「ただし、本件で動いた費用と懐中時計を買い戻したのであればその費用、 さすがにこれだけは聞かなければならないが。」 それでも取り戻した方法を聞くことは我慢できるが、取り戻すために掛かった費用に関して聞かない訳にはいかない。 正式な調査を依頼した以上、正当な対価を支払う必要がある。 「それなら気にしないでいいわ、費用はいらないから。」 「そうか、費用はいらない…………って、そんなバカな!!」 だが、驚いたことに月嶋成美は費用をいらないと言ってきた。 ここまで完璧な成果を上げるのにお金を一銭も使わなかったなんて思えない。 いくらなんでもそれはないだろう、と私は思わず大きな声を挙げてしまった。 「バカでもなくカバでもなく本当にいらないのよ。 懐中時計を取り戻すのにお金掛かってないし。」 「えっ、お金が掛かってないだって?」 もしやこの懐中時計を買い戻した訳ではないと言うのか。 それなら『費用はいらない』という言葉も分からなくもないが・・・・・・。 「それでも貴女が動いた費用くらいは。」 ただ、仮にそうだったとしても他に掛かった費用は少なからずある筈だ。 「動いた費用ねぇ・・・・・・まあ無い訳じゃないんだけど。」 「それならその分だけでも払わせてくれないか。」 「本当にいいわよ、そんなに掛かってないし。」 「こういうのは例え小額でもきっちりしておきたいんだ、頼む。」 あまり無理強いするのは好きではないのだが、こちらにも譲れないラインはある。 依頼を達成してくれた人間に報酬を払わない訳にはいかない。 自分が『探偵』という職業だからこそ余計にプライドがあるのだ。 このまま二人で言い争っていても解決しないと判断したのか、月嶋成美は一つ小さく溜息を吐くと、 「・・・・・・」 平行線を辿っている問答を止め、腕を組みながら困った表情で天井を見上げた。 私を説得するための方法を考えているのだろうか。 だがこちらは彼女に一銭も支払わず、懐中時計だけ持って事務所へ帰ることは全く考えていない。 彼女がどんな言葉を駆使してこようと、常に自分の筋を通せるよう私は心を引き締めた。 そして待つこと数十秒。 「桂木さんこれから用事ある?」 「いや、今日はいつ戻るか分からないから駅前のホテルを取ってある。」 「そう、それならお酒を奢ってよ。 私が動いた分の支払いはそれでいいわ。」 月嶋成美は私が全く予想もしていなかった提案を打ち出してきた。 確かにお酒を奢ることは月嶋成美に対する報酬と言えなくもない。 もっと長丁場になるだろと覚悟していただけに少し拍子抜けしたのも事実だが、 両者にとって後腐れない方法としては妥当なところだろう。 金銭として支払いたい気持ちは未だあるが、ここは私が妥協すべきところかもしれない。 「それで本当にいいのか?」 「いいわよ。 さ、行きましょう潤ちゃん。」 月嶋成美はあっさり了解の意を示すと、後ろにいた潤ちゃんの手を握って立ち上がらせた。 「あ、はい………でも、真神さんは?」 「俺は店閉めたら行くから。 『スピリッツ』ですよね成美さん?」 「ええ。」 ・ ・ ・ ・ ・ と言う訳で、私はこうして本日4杯目のお酒を注文するに至っている。 これが月嶋成美に対する調査費用として割に合っているのかどうかは分からないが、 そういうものを抜きにして私はお洒落なバーで酒を組み交わすことは嫌いでない。 しかもここは料理も美味しいので凄く得した気分だ。 (・・・・・・いつか小次郎と来たいところだな。) 私は小次郎と二人で肩を並べてお酒を飲むところを想像・・・・・・したかったのだが、 「で、ふうふで探偵ぎょうってのはどおなのよ。 あさ起きてイチャイチャしてつかれたから、きょうは午後からなんてこともできるわよね。」 「だから私と小次郎はまだ夫婦ではない! そ、そりゃ、いずれそうなるかもしれないが……。 って、私は真面目だから仕事に支障が出るようなことはしない。」 「ふふ〜ん。ふふふ〜ん。」 「ふふ〜ん、じゃない!」 そんな甘い妄想に浸る間も許されなかった。 元凶は月嶋成美。 2杯目のテキーラサンセットを頼んだあとくらいから、なんとなく様子が変だなあと感じていたのだが、 3杯目を注文した頃には……明らかに変になっていた。 「仕事に支障が出るようなことって何でしょうか?」 「それはね潤ちゃん……」 「ああもう余計なこと言わんでもいい!!」 ちょっと顔を赤くした所謂『ほろ酔い加減』で私と月嶋成美のやり取りをおとなしく聞いて……いたと思ったら、 たまにこうやって鋭いツッコミを入れてくるので侮れない。 しかも彼女の場合は狙っているのではなく天然っぽいので余計に性質が悪かった。 なお、ほろ酔い加減とは言ったが、潤ちゃんはお酒ではなくオレンジジュースなどのソフトドリンクを飲んでいる。 もしかすると彼女は酒とか関係なく雰囲気だけで酔えるタイプなのかもしれない。 「まったく、君達は酔っぱらいのオヤジか。 『夫婦』とかビックリさせるようなこと言わないでくれ。」 こんな調子でかれこれ30分くらい翻弄されているだろうか、 心を落ち着けるために私は本日5本目のヴァージニアスリムへ手を伸ばした。 『夫婦』と言われて実はちょっと嬉しかったりするのは内緒だが。 「タバコすうとさあ、旦那とキスするとき『タバコ臭い』とかいわれないのぉ??」 「ああ、最初は言われたがもう慣れたそうだ。 って、何を言わせるかっ!」 「ふふふ。」 だが、心を落ち着かせる前に酔っぱらいの戯言が飛んでくるため、ヴァージニアスリムの効果は全くと言って無かった。 私の煙草の本数がいつものペースより増えているのもそのせいだ。 (これはもう話題を上手く逸らすしかないか。) そう思った私は、可愛い顔して厳しいツッコミを入れてくる潤ちゃんへ話の矛先を向けることにした。 「それよりも潤ちゃんは真神君とどうなんだ。 仲良さそうだが実は色々と悩みがあるんじゃないか?」 「そうよ、なんか恭介のひみつはないの?」 「ええっ!真神さんの秘密ですか!?」 私の誘いに月嶋成美はいとも簡単に乗ってくれた。 ただ、その瞬間に物凄く企んでそうな表情に変わったのも見逃さなかった。 ……もしかしてカマす気満々なんじゃないだろうか。 「潤ちゃんが気づいたこと、なんでもいいからさぁ。」 「そ、そうですね……。 ええっと、真神さんは最近太ったかもしれません。」 「……」 「……」 「……」 私と月嶋成美とスピリットのマスターの動きが固まった。 自分では気付いてないだろうが、今この娘とんでもない爆弾発言をしたぞ・・・・・・。 視線を月嶋成美に移すと、先程より更に企んでそうな、いや確実に企んでいる表情に変わっていた。 どうやら彼女も私と同じことを思ったようで、 「へぇ、そうなんだ。 で、なんでそんなこと分かったの。」 理由なんて分かっているくせに意地悪な質問を振る月嶋成美。 まだ事の重大さを把握していない潤ちゃんは素直に答えるのだが…… 「あ、それは真神さんが上に………。」 「上に?」 「うえに?」 私と月嶋成美の声が見事にハモッた。 潤ちゃんも『上に』まで口にしたところで気付いたのか、言葉を止めると顔を真っ赤にして俯く。 そして三人、いやマスターを含めた四人の間をしばし流れる沈黙。 ちゃっかり聞いているマスターもマスターだと思うが……。 やがて俯いていた顔を上げた潤ちゃんは、無理矢理作ったようなぎこちない笑顔を見せながら、 「その、膝枕をするために真神さんが膝の上に乗ったときにですね・・・・・・」 苦し紛れの言い訳を述べ始めた。 なんとか真相を悟られないようにと、彼女なりに一生懸命考えた言い訳なのだろう。 それはそれはとても微笑ましい姿なのだが、カマす気満々の月嶋成美に通用する訳がない。 「膝に頭を乗せただけで太ったなんて分かるものなの?」 「え、ええ。 分かるのでは……ないで………しょうか・・・・・・。」 仕舞いにはもはや憶測レベルのことを言いながら語尾をフェードアウトさせ、 「あうぅ・・・・・・恥かしいです。」 そしてそのまま本人の身体もフェードアウトするように小さくなってしまった。 ちょっとやり過ぎたかなと思わなくもなかったが、 それよりもその可愛らしく純粋な反応を見たいがためにからかいたくなる気持ちが勝った。 (これは周りのみんなに可愛がられるはずだ。) 良い意味で『弄りやすい』キャラクターなんだろうな。 「これでも飲んで心を落ち着けるといいですよ。」 と、我々のやり取りを穏やかな笑顔で見守っていたマスターが、潤ちゃんの前に小さいグラスを差し出した。 中にはオレンジ色と赤色のグラデーションが美しい液体が入っている。 「テキーラサンライズです。 お酒は少量しか入れてませんのでご安心を。」 「・・・・・・お酒ですか?」 「はい。 飲み過ぎは良くありませんが、一杯くらいなら心を落ち着ける薬になりますので。」 我々に弄られて小さくなってしまった潤ちゃんを励まそうと、マスターは潤ちゃん用のお酒を作ってくれたのだ。 「えっ、でも私はお酒が・・・・・・ それにお金も掛かってしまうので・・・・・・」 「これは私からのオゴリです。 面白い話を聞かせて頂いたお礼ということで。 でも、私が嘉納さんにこれを出したことは黙っていてください。」 予想通り遠慮する素振りを見せる潤ちゃんに、マスターは一緒に話を聞かせてもらったお礼だと述べた。 (なかなかニクいことをするじゃないか。) そんなさり気ない心遣いに感心すると同時に、ここのバーが織り成す『人間模様』を垣間見た気がした。 これまでどれだけの人間がこのマスターと接してきたかは想像もつかない。 だが、それぞれに様々なドラマがあったことはマスターの人柄から容易に想像できる。 バーの持つ落ち着いた雰囲気を求める人間は勿論のこと、マスター目当てで訪れる人間も少なくは無いだろう。 ただし先ほど『飲みすぎ』と言ったところで、チラリと月嶋成美の方を見たのを私は見逃さなかった。 このマスター・・・・・・なかなか侮れない人物かもしれない。 「あら、潤ちゃんはもうおとなだから飲んでもいいんじゃない。 だって恭介に抱かれ・・・」 「な、な、成美さん!!」 まあ、当の本人は『飲みすぎ』を指摘されたことに全く気付いていないようで、 相変わらず酔っ払いのオッサンみたいなことを言いながら潤ちゃんに絡んでいた。 月嶋成美に絡まれる潤ちゃん・・・・・・冷静に見れば『可哀相』と思う場面ではあるが、 逆にここがマスターの厚意を素直に受け取るチャンスだと思った私は、 「ほら、こんな時は飲むのが一番だぞ。」 「えっ・・・・・・」 潤ちゃんの手にテキーラサンライズの入ったグラスを持たせてあげる。 私が少々強引な行動に出たことに驚いたのかハッと顔を上げてこちらに顔を向けたが、 手が冷たくなってしまいそうなくらいグラスを両手で強く握り締めた状態でそのまま固まってしまった。 ・・・・・・どうやらまだ心の整理がつかないようだ。 「お酒が飲めると真神君も楽しいかもしれませんよ。」 そんな潤ちゃんの様子を見たマスターが、彼女の背中を押すような上手い言葉を掛けた。 これならなんとか口をつけてくれ・・・・・・ ゴクリ ・・・・・・た。 恐るべし真神君の影響力。 もしかすると彼の言葉だったら何でも言うことを聞くのではないだろうか、そう思ってしまうくらいの早業だった。 「どうですか?」 「・・・・・・美味しいです。」 マスターの問い掛けに笑顔で『美味しい』と答えた潤ちゃん。 アルコールは少量しか入っていないとは言っていたが、嫌悪感を全く示さないところを見ると素質はあるのだろう。 近い将来、彼女と一緒に酒を飲みながらお互いの旦那の愚痴を言ったりする日がくるのかもしれないな。 ガチャ 「こんばんは。 成美さん、ちゃんと閉めてきましたよ。」 と、ここでセクンドゥムの店番が終わったある意味で今日の『主役』とも言える真神君が入ってきた。 その姿を確認した酔っ払いの目が、予想通り怪しく光る。 「ふふ、次の獲物がきたわよ。」 ・ ・ ・ ・ ・ この日、真神君が『スピリット』の扉を開けたこと。 それは彼にとって地獄へ通ずる門を開ける行為に等しかったに違いない。 |
コメント(言い訳) |
どうも、Zac.です。 早くも3年目となりました交流戦小説2007。 無事今年も『プロ野球セ・パ交流戦』の最中に公開することができました。 間に合って良かったと本気で胸を撫で下ろしています。 今年の交流戦はメインは『EVE×MP』ところにより一部『カルタグラ』で書かせて頂きました。 キャラ的な絡みはEVEの弥生とMPの潤ちゃん&成美さんなんですが、 実は個人的に一番書きたかったのはマスターだったりします。 厳密に言うとマスターが潤ちゃんに酒を出すシーン。 これは交流戦小説とか関係なく考えていたネタだったり。 で、その酒を出すシーンに色々肉付けしていくとなると、 (1)潤ちゃんがスピリットに行く理由 (2)潤ちゃんをイジる存在 の二つをどうしても用意しなければなりません。 MPキャラだと真っ先に成美さんが思い浮かぶのですが、さすがに成美さん一人だと(1)が難しいところ。 だったらもう一人用意すればいいのですが、MPキャラで一緒に(2)をやってくれそうな人物がいません。 で、どうしようかと悩んでいたところへ交流戦小説の時期が到来。 弥生かまりななら(1)も(2)も違和感無く作れそうかな、それなら過去に交流のある弥生の方だろうなと。 で、結果的にこのような内容になりました。 ・・・・・・一部で弥生もイジられてますけどね(笑) しかし成美さんと弥生の組み合わせは、当初書くのが難しいと思っていたのですが、 書き始めると案外スラスラ書けてビックリ。実は相性が良いのかもしれませんね。 でも、結局は酔っ払いのオッサンみたいにしてしまい申し訳ありませんでした>成美さんファンの方々 これで交流戦小説とは言え潤ちゃんがお酒を飲む切っ掛けになった話は書けましたので、 今後は恭介と飲むとかそういう話にも展開できるかなぁと思ってます。 実は本編で「お酒の匂いが苦手」みたいな描写があったんですけど、 飽くまで飲み過ぎた人間の放つ酒の匂いが嫌いなだけで、自分が飲むのは問題ない気がするのですが如何でしょうかね。 つか、結構飲めるクチだと思います・・・・・・成美さんと同じく酔っ払いそうですけど。 タイトルは非常に語呂が悪いですが、どうしても「テキーラサンライズ」に絡む言葉を使いたくて(笑) あと「貴方」は恭介、成美さん、弥生、他潤ちゃんに絡む全員を指してます。 なお、どうやって懐中時計を見つけたのかはちゃんと私の中で考えてあるのですが 若干ネタバレ(勘の良い人には完全なネタバレ)を含みそうな内容なので書くのを止めました。 そのため「話が中途半端」「話に起伏が無い」と思った人が結構多いのではないかと。 この点は素直に謝っておきます。ゴメンナサイ。 しかし極力ネタバレをせず両方の作品の魅力を伝えるって難しいです。 (片方のゲームしかやってない人が読む可能性もある訳ですから) 色々と勉強にはなりますけどね。 余談ですが私の家の近所に料理が美味しくて酒が美味くてマスターが良い意味でフレンドリーな MPの『スピリット』のイメージに大変良く似たバーがあります。 今回書いたような「何かあった時にマスターが黙ってお酒を出してくれるシチュエーション」も 例えば私の結婚祝と言ってカクテルの『桜』を出してくれたり、 例えばクリスマスだからと言って『鳥の唐揚げ』をサービスしてくれたり、 そういった出来事がここのバーで実際にあったからこそ考えられたネタでした。 間違いなくスピリットのマスターもそういうことするだろうなあ、と。 |