徒然日記

2011.11.18  ブータン・ワンチュク国王
連日 国民総幸福(GNH)が世界一と言うブータン国王の報道がなされているがとて
も好感が持てる。
特に被災地の小学生に話されたブータンの国旗に描かれ国のシンボルともなって
いる「竜」の物語を引用した話に心動かされた。

竜は一人ひとりの心のなかにいます。
私たちは「人格」という名の竜を持っています。
竜は私たちみんなの心の中に居て、「経験」を食べて成長します。
だから、日増しに強くなるのです。
私たちはこの竜をコントロールして生きていく事が大切です。
どうか自分の竜を大きく素晴らしく育てていって欲しい。

人間教育を上手く言い当てていると思う。

昔はネパールに憧れていつか行きたいと思っていたがブータンに鞍替えしよ
う!!



2011.10.10  秋の高山祭りへ
 天気に恵まれた3連休だったが、運動会や鹿島神社のお祭りやらで何の予定も
立てていなかった。しかし休日と高山祭りがぶつかることもなかなか無いことなの
で、急遽高山へ行くことにした。
 早朝2時20分出発東海北陸道経由で高山へ。道路の渋滞や駐車場探しにも苦
労せずに7時半に到着。帰りは乗鞍高原へよっていく予定なので国道158号線に
近い空駐車場に車を置き、まずは桜山八幡宮へ偵察にへと思っていたら人が集ま
りだし「ベストポジションで 見なくちゃ!!」とテレビカメラ付近に陣取りそのまま祭りに
突入。。
8時半から始まった祭り行列は、時代絵巻を思わせる。
          

長い長い行列で、八幡宮の氏子達が皆で参加している感じが伝わる。

「布袋台のからくり奉納は11時と13時に行われます」と放送があった。
日本一のからくりだそうでこの祭りのメインでもある。その布袋台が9時頃には境
内に置かれると言うのを聞いていてもたってもいられず偵察へ。するとなんとブルー
シートが敷かれすでにほぼ満席状態。「こりゃ大変」と少しあいているところへ座り隣
に荷物を置いて二人分の席を確保。夫とははぐれてしまったがこういうときは携帯
電話は便利だね。すぐに連絡を取って居場所を知らせておく。11時までは2時間
もある。お尻から深々と冷えてきて隣のグループの一人は車に座布団を取りに行っ
た。私もそうしたいところだが席を離れると戻ってきたら座れそうも無い。見る見る
人が増え座ってから30分後には身動きが取れない状況。夫の分に確保した席も
近くに立っている人に譲った。





2011.9.24  「ひゅうが」家族特別見学会
 
海上自衛隊の一番新しくて一番大きい護衛艦『ひゅうが』に特別に見学させてもら
った。
最新鋭のヘリコプター搭載護衛艦(DDH)で一度に3台のヘリコプターが離発着で
きる。又、護衛艦では始めての女性の乗組員がいるのも特長のようだ。

 案内役得意分野のミサイルや魚雷について詳しく説明を聞く。

  四角い蓋のところからミサイルが飛び出す


   ミサイル発射のイメージ写真が飾ってあった

伊藤 真広氏の
最新鋭護衛艦「ひゅうが」が一般公開!」に詳しく書かれています。


お彼岸も過ぎ、澄み切った秋空にさわやかな風。お昼は海を見渡すヴェルニー公
園内のカフェレストランでネイビーバーガーやそば粉のクレープ・ガレットなどに舌
鼓。ちょっといい一日を過ごす。

   うわさのネイビーバーガー



2011.9.6  認知動作型トレーニング
8月の末から市の募集で認知動作型トレーニング講習会に参加した。募集人員は
20名で全5回コース。スポウェル健身塾から毎回5人のインストラクターが来てマ
シーンの使い方やトレーニング方法を丁寧に教えてくれる。
本日講習会を終了し、晴れて月、木の夜にマシーンを使えるようになった。

 東京大学 小林 寛道 名誉教授が開発したもので
『認知動作型トレーニングはインナーマッスル(大腰筋などの体幹深部の筋肉)を
鍛えることで、健康増進を図り さらにインナーマッスルを使う運動が、脳を刺激し
活性化させる。』とのこと

3日坊主にならないよう続けようと思います。
義母が老齢で出かけられなくなったけれどそれなりに楽しみ見つけて遊んでいま
す。



2011.8.24  紳助事件で
昨日PCで紳助引退の報道にびっくりした。口は悪いが頭の回転の速い人だなと思
っていた。お宝探偵団なども楽しく見ていた。そして今朝のテレビで武田鉄也の言
葉を引用していたがこの言葉に大変感動を覚えた。
24時間テレビの盲目の少女がキリマンジャロに登頂を果たしその下山の時に使
った言葉だ。

山はてっぺんまで登ったら、ゆっくりうまく下りないといけない。それで初めて
登山成功だ。下山できなかったらそれは遭難だぞ」と

山登りばかりでなく人生においても通じるこの言葉を胸に無事下山したいものだ。



2011.8.22  技を繋ぐ
雨が続き、夏とは思えぬ涼しさ。ちょっと気分がよくなってパッチワークを始めた。
作ったものは車の後部座席の布団。丁度収まるようにサイズを測り作ってある。


何年も前に布団を打ち直し残った綿が押入れで我が物顔のようにのさばってい
た。この綿を利用しようと考え布団やさんをしていた友人のお母さんお願いして布
団の作り方を教わりに行ってきて作ったもの。
 インターネットで作り方を調べたが、実際教えてもらうとより解り易い。

今では、ベッドの生活が多くなったし、布団も安く売っていて打ち直しをして作り直
すなんてことも殆ど無いだろうが匠の技を見せ付けられるとそれらを後世に繋げて
いく事は、たやすくないけれど必要だな・・・と思った。
そして繋げられるのは私世代。責任がある。



2011.8.5〜7  岩手県山田町へ
 しばらくぶりのまとめ更新です。すみません
5日、仕事終了後夜7時に出発し岩手県の山田町災害ボランティアに行って来まし
た。東日本大震災があってボランティアが活躍している中、何かしたいと思いつつ
も遠すぎて一人では何も出来ず・・・
そんなとき社会福祉協議会が夏休みの3回にわたり岩手県山田町と福島県南相
馬市へのボランティアを募集していた。
「自己完結できる人」と言うのが条件。募集人員40名に90人も有志が集まり市の
協力もあって総勢100人がバス5台に分かれ車中二泊で山田町に向かった。

翌日土曜日の早朝ボランティアセンターに到着。私たち一行に与えられた仕事
は、津波で被害にあい、重機で均された各家々の細かな瓦礫の撤去が主な仕事。
黄色のびビブスを着て土嚢に瓦礫をいれ回収するトラックが通れる道路まで運ぶ。
  
猛暑の中、熱中症にならぬよう30分やっては休み30分やっては休むを繰り返し
ながらもくもくと仕事をする。
普段ならとてもやらないだろうごみの山も、皆の力できれいになっていく。

  
上の写真は、きれいな海を見渡せる老人ホーム。ボランティアセンターのすぐ下に
ある。震災の起こる前ならこんな風光明媚なところで生活出来る人は幸せだった
はず。しかし今は屋根の上には車が載っている。瓦礫が散乱し200人いたお年寄
りの殆どが津波にやられたそうだ。

テレビでは悲惨な状況を沢山目にしてきたが実際自分の目で見ると、5ヶ月経った
今でも津波の恐ろしさをまざまざと見せ付けられ「自然を侮るな」と言う警告に違い
ないと感じた。

たった一日限りのボランティアではあったが色々な意味で価値ある一日となった。



2011.6.19 高速道路料金土日祝日上限1000円終了
          今日の儲けは?
 高速道路料金土日祝日上限1000円が19日24時で終了。
最後の恩恵をと「どこか行こう」と夫に誘うが返事が無いので計画も立てずにい
た。前日夜になって出かることになった。

ご近所さんが、愛車のプリウスを見るたびに「お宅はいいね!!走れば走るほど
儲かるから・・・」 「儲かる?」ちょっと違うけれど、言いたいことは良くわかる。
ご近所さんではないけれど、遠くへ行けば行くほど儲かるような気がして出来るだ
け遠くに行きたいと目的地を探すが夜になってからのことだし、はまってしまった韓
国ドラマの続きを7時半からどうしても見たい。

「金沢は?」調べも充分でないし、遠く過ぎて却下!!
結局、塩の道千国街道を歩くことにした。後は思いつきで

今日の儲けは・・・
通常料金で計算すると  14130円(ETC料金10570円)
@無料化実験中の東富士五湖道路須走-河口湖-大月‐豊科5040円
A糸魚川-信州中野2700円
B信州中野-大月-須走6390円

通行料は@AB各1000円と志賀高原への200円計3200円

気持ち的には10000円は儲けた!!と言うことになる??



2011.5.8  輪廻転生
 叔父の四十九日の法事で、死後は6つの世界(天界・人間界・修羅界・畜生界・
餓鬼界・地獄界)の六道(ろくどう)を輪廻・転生し「生き返り、死に返る」との話を聞
いた。
 必ずこの世の何らかの生き物として、生まれ変わているので、アジアの仏教国の
修行を積んだ人々は、嫌な蚊でさえも殺すことはせず払うだけだそうだ。

そんな話を聞くと蚊も殺せなくなるが、人間ができていない私はそうもいくまい…と
話を聞きながら思った。

法事の後の会食は、場所を変え豪華にホテルで。
 
こんなに何本もフォークやナイフの並んだ食事も久しい。ハイカラなことが好きだっ
たという叔父に感謝!!



2011.4.25 庭に咲くニョイスミレ 
木々が一斉に芽吹き、黄緑色の葉が太陽に輝きとても気持ちのいい朝です。園芸
種とは違う、素朴なかわいらしさのある野生のスミレが大好きで、庭のニョイスミレ
を撮影して見ました。

  



1cmくらいのめだたぬ花ですが写真に撮ってみるとアップも正面も素敵ですが特に
横向きがお気に入り。



2011.4.8  天寿ガン
長男のところに嫁いだ母は、身寄りのない叔母(父の妹)のことは「自分が見る」と
口癖のように言っていた。しかし肝心の母も、自分の心配さえできぬようになってし
まった。何の因果か、どこまでできるかはわからないが、私が病院へ連れて行き、
抗がん剤の治療を受けさせることになった。

主治医の話では、よい薬ができて副作用が少なく、緩和ケアの意味でも、高齢者
にも進めるようになったという。話を聞いた時には納得しお願いしてきたものの家
に帰ってからインターネットなどで調べると天寿ガンという言葉に遭遇。
『天に召されるためのガン』とそんな風に考えれば、何も辛い(末期のガンは大変
辛いというが・・・)思いをせずに普段のままの生活をしながら天寿を全うするという
考えもいいののではと・・・治療を行うことに疑問を覚え先生にその旨を伝えた。私
の思いも理解してくださったうえでこの治療を勧め、結局昨日入院、今日は抗がん
剤の点滴を受けた。

様子が気になるが、肝心な私が、鬼のかく乱というか一昨日の夜中から嘔吐・下
痢に高熱と動けないほどの体調で仕事も休みやっと熱は下がった。

天寿ガンとしてそのまま何もせずに死期としてとらえたほうがよかったか、抗がん
剤治療がよいのかどちらにしてもなやむところ。



2011.3.26 (その1)今日この頃
 しばらくぶりの更新です。東北関東大震災がなければ今頃タイのビーチでのんび
りと夕日でも見ているはずですが余りにも悲惨な状況に行くべきでないと判断しキ
ャンセルしました。

 ことの始まりは、いつだったか忘れた海外旅行のDELTAのマイレージ。夫2万マ
イル、私3万マイルほどたまっていて、「こんなに少しでもアジアなら行けそう!!」とい
うことでした。探していみると春休み期間中に2万マイルという低マイルでいける航
空券に空きがあったので3月22日から27日まで先の長い話ですが早々の8月に
押さえました。
昨年同じ時期に行ったプーケットが夫に好評だったので、近くのクラビというところ
に行き先を決め、国内線やホテルなどの予約もプロモーション価格を利用し面白
いほど安く予約でき万事OKのはずだったのですがこの大災害。

 DELTA航空では最近マイレージプログラムの変更(改悪)があり、キャンセルや
変更にも一件につき15000円かかる。変更の場合、マイレージがあがりとてもこ
の2万マイルでは国内くらいしかいけない。
どうしようか迷ったが「前日までどうするか待って、いかなければそのまま航空券を
捨てる」ということにしようと決定。
 しかし、幸運にもこの大震災が想像を絶するものであることがわかって来ると3
月31日までのキャンセル、変更は無料。税金などの諸費も全額返金の知らせが
届いた。

 高齢の義父母の世話は、子供達が順番で見てくれることになっていたが、東北
ばかりでなく近くを震源地とする大きな地震も頻発し、「今回の旅行はやめる」と決
断し3日間キャンセルの電話をしようにもつながらず、4日目に9時受付を8時59
分から電話し繋がったはいいが、「お客様の対応をしているのでこのまま切らずに
お待ちください」とのコールから切らずに待って30分。やっとキャンセルができたの
は3月18日。
てなわけで、両親が高齢のため旅行も今回で最後だろうな・・・と思いつつ子供達
にも協力してもらい出かけるはずだった旅行が中止となった。(続く)



2011.3.26  (その2)虫の知らせ
 この大震災が起きた時点で、すぐに旅行のキャンセルは考えていた。まさに「
の知らせ」という言葉がぴったりかも知れない。

18日にキャンセルを済ませ、彼岸の入りで墓掃除やお寺参りをして、身寄りのな
い82歳のK叔母のところへ久しぶりに行くと、ちょうど民生委員に連れられて病院
から帰ってきた叔母が肺がんの疑いを告げられ大きな病院への紹介状をもらい2
2日に病院へ行くことを相談しているところだった。

旅行もキャンセルしたのでその週は休みを取ってあった私が連れて行くことになっ
た。22日当日に病院に電話すると計画停電のため本日は休診。結局24日に行
ってきたが、それも旅行に行かなかったおかげで付いていくことができた。

 まだまだ、他にもある。K叔母が18日に民生委員に連れられていった病院先で
叔父がストレッチャーに乗せられて入院の手続きをしていたとの話を聞きすぐに病
院へ駆けつけると「1年半前に肺がん末期だと診断され3ヶ月から1年と告げられ
何の手の施しようもなく薬一つ飲まないで1年半になる」という。今回は「肺炎で入
院したが後3日くらいだろうな・・・」とT叔母がポツリと
「叔父さん退院したら中伊豆の別荘に呼んでよ。まだ一度も行ったことないんだか
ら・・・」と手を握りしめ言うと力強く「うん」とうなずいたがその叔父も昨日亡くなった
と言う知らせが届き明日葬式になった。
父が倒れたとき一番の頼りだった。大変お世話になった。
もし旅行に行っていたらその明日が帰国日。会えずに葬式にも出られずに感謝の
しようもなく過ぎてしまったと思うと今回はすべて「虫のしらせ」というほかない。夫
「神のお告げ」と言っている。



2011.3.26 その3) 心に残る話や言葉
ラジオで聞いた話
―レジに並んでいた親子。屈託のない子供が「お母さんどうしてそんなにティッシ
ュ買うの?一つで足りるのに」それを聞いたお母さんが「そうだったね」と返しに
行く姿を見て後に並んでいたお客が自分の籠の中に入っていたカップラーメンやら
レトルト食品やら・・・を返しに行った―
という話。

この話をラジオで聞いたとき、心を突き動かす感動を覚えた。
子供もすばらしいが、お母さんもすごい。それを見ていた人々が行動に移すのもす
ごい。
スーパーに行くと今でもカップラーメンの棚が空っぽだったり、ティッシュやトイレット
ペーパーの棚に、個数制限がされていたりすると不安になりついつい買わなくては
いられない衝動にかられる。でも被災地にいる人のことを考えれば何がなくても我
慢できる。

TSUNAMI」から「KIZUNA」へ
海外では日本の大震災で「TSUNAMI」という言葉が有名な言葉となっている。し
かし日本には誇りうる「KIZUNA」が人々を支え会い助け合う力となっているとい
う。世界に「KIZUNA」を発信しようと言う試み

その他思うこと(外国人の友達について)
手紙を出しても返事も来ない。日本人だったら往復という言葉があるように―手紙
を出したら来る―というのが当たり前のように思っているが、それを覆すように出し
たっきりなしのつぶてで年に一度クリスマスカードが届くか届かないか・・・そんな友
人というか知り合いというかそんな人からこの災害にすぐにメールや手紙が届い
た。

アメリカからは、避難する際は滞在してと・・・
ブラジルからは、電話したけれど通じず無事か心配している。すぐに返信メールが
ほしいと・・・
オーストラリアからは、お見舞いとメールアドレスや電話番号が書かれ何かあった
ら知らせてと・・・  本当にありがたいことだ。
お国柄というのか改めてカルチャーの違いとその理解がよい意味でできて嬉しいこ
との一つだ。






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