イメージ 女郎蜘蛛伝説が残る浄蓮の滝へ

伊豆の踊り子文学碑
└ 伊豆の踊り子文学碑
旧天城トンネルを抜け、しばらく下ると
氷室園地という場所に出ます。
ここには、昔天然の氷を作った場所で、
製氷池や氷室の跡が今も残っています。
さらに渓流沿いを登れば、重さ10万トン
もあるような巨石(なまこ岩)を見ることが
できます。

氷室園地を過ぎて、少し下った道端には
伊豆の踊り子文学碑があります。
「道はつづら折になって、いよいよ天城峠に
近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を
白く染めながら、すさまじい早さで麓から
私を追ってきた。」文学碑には、川端康成
のレリーフと伊豆の踊り子の書き出し文が
刻まれていました。

そこから少し歩けば、国道沿いにある
水生地下のバス停にでます。
旧天城トンネルからここまでは、およそ
30分の道のりです。
伊豆の踊り子の書き出し文にも見て取れる
ように、天城は年間降水量の多い場所で、
今晴れていたかと思うと、急に雨が降り出す
ことも珍しくはありません。

とくに夏や季節の移り目などは要注意です。
下界は晴れていても、天城は雲に覆われて
いることも多々ありますので、雨具は必ず
準備しておきましょう。
レインウェアーはもちろんのこと、一時的に
雨を凌ぐのであれば、折り畳み傘なども
有効です。
水生地下〜大川端キャンプ場間
└ 本谷川を渡る踊り子歩道
大川端キャンプ場
└ 大川端キャンプ場
さらに踊り子歩道は、水生地下から本谷川
に沿って歩くことになります。
道は平坦に近いぐらいの緩やかな下りで、
森林浴を楽しみながら30分ほど下ると、
大川端キャンプ場に到着しました。

【注意】
水生地下付近は、踊り子歩道への入口が
少しわかりにくいので、見落とさないように
注意して下さい。
お薦めハイキングマップは、このページの
最後に紹介しています。
伊豆の踊り子コース(踊り子歩道)の
全行程も、詳しく掲載されています。

水生地下から大川端キャンプ場の間では、
所々でワサビ田を見ることが出来ます。
ワサビはアブラナ科に属していて、水温が
12〜14℃の冷たく清い流れで栽培する
多年草です。

天城にワサビが入って来たのは、元文2年
(1737年)椎茸栽培を教えに駿河の国へ
行った板垣勘四郎が、持ち帰って栽培した
のが始まりです。
その後、江戸時代後期に江戸前寿司が
食べられるようになり、天城産のワサビは
その品質の良さで、全国に知られるように
なりました。
大川端キャンプ場付近
└ 踊り子歩道沿いを流れる本谷川
大谷第3ダム湖
└ 木々を神秘的に映し出す湖面
大川端キャンプ場から、さらに10分ほど
歩くと本谷第3ダム湖が見えて来ます。
森の恵みを湛えるその美しい湖面は、
見事なまでのエメラルドグリーンで、
辺りの木々を、よりいっそう神秘的に
映し出していました。

本谷第3ダム湖から次の目的地でもある
「井上靖猟銃碑」までは、10分ほどの
道のりです。
猟銃碑手前の橋を渡らずに、このまま
真っ直ぐ進めば、昭和の森会館へ行く
ことができますが、今回は滑沢渓谷と
太郎杉を見るために、ちょっと寄り道を
してみることにしました。

井上靖猟銃碑から太郎杉までの往復は、
歩く時間だけでも40分はかかります。
もし行く場合は、最初からこのコースを
考慮して計画を立てて下さい。
くれぐれも時間にゆとりがない場合は、
無理をしないようにして下さいね。

日本を代表する文豪井上靖は、少年時代の
3歳から13歳を、ここ湯ヶ島で送りました。
29歳から15年間、新聞社に勤めた後に
文学の道に入り、昭和51年に69歳で
文化勲章を受賞しています。
1991年享年83歳でこの世を去りました。

井上文学の源は、湯ヶ島での少年時代に
あるとされ、自伝小説「しろばんば」は
当時の暮らしぶりを書いた秀作とされて
います。
井上靖猟銃碑
└ 森の中にある井上靖猟銃碑
滑沢渓谷
└ 紅葉の美しい滑沢渓谷
代表作は、「天平の甍」や「敦煌」、「楼欄」、
「おろしや国酔夢譚」などで、数々の名作を
この世に残しました。
また井上靖が幼少の頃に暮らしていた
旧邸は、現在昭和の森会館の敷地内に
移築され、大切に保存されています。

少しの間、近代日本文学に触れたのちに、
滑沢渓谷に向け足を進めることにしました。
歩き始めると、すぐに小さな橋があります。
そこから上流部が滑沢渓谷ということに
なります。

滑沢渓谷は本谷川の支流で、伊豆最大の
安山岩の一枚岩の上をサラサラと流れる、
天城山中では最も美しい渓谷です。
橋の袂から渓谷沿いに遊歩道が伸びていて、
紅葉の時期には周辺の木々が赤く染まり、
その美しさは印象的に映ることでしょう。

※天城峠周辺の紅葉の見頃は、
例年11月中旬〜下旬頃です。

紅葉の名所としては、旧天城峠周辺などは
よく知られていますが、滑沢渓谷などにも
代表されるように、むしろ渓谷沿いにカエデ
やモミジなどの樹木が多く見られます。
そうした意味でも、河津川や本谷川沿いを
歩く踊り子歩道は、絶好の紅葉スポットと
いえるかもしれません。

滑沢渓谷の遊歩道を抜け、太郎杉までは
約1.6キロの道のりです。
途中林道なども歩きますが、20分ほどで
行くことができます。
太郎杉
└ 天城一の巨木「太郎杉」
山神社
└ 厳粛な雰囲気が漂う「山神社」
太郎杉は天城最大の巨木で、樹高は53m
幹周りは13.6mもあり、樹齢は400年余り
と推定されています。

幹の根元に立って見上げると、長い年月
雨風に耐えて来たこの木のたくましさが、
こちらにも伝わってくるよな気がします。
静岡県の天然記念物に指定されていて、
その大きさや男性的な姿は、周りの樹木を
完全に圧倒していました。

天城一の大杉を後にして、来た道を戻ると
ふたたび井上靖猟銃碑の前に出ます。
さらに昭和の森会館へと足を進めれば、
小さな祠のある神社の前を通り過ぎます。

山神社は、山々を司る神(大山祗命)を
を祭るもので、昔の村人達が雨乞いや
豊作を祈願するために作られました。
この神社周辺には、江戸時代に採取を
禁止されていた天城七木があります。
天城七木とは、スギ・ヒノキ・サワラ・ケヤキ
マツ・クス・カシで、後にモミ・ツガを加えて
九木となりました。

天城山中には、このほかにもブナ・カエデ
ヒメシャラ・アセビ・シャクナゲ・サルスベリ
など多種に渡って存在し、自然の豊かさを
感じさせてくれます。

また数多くの動物たちも、この豊かな森で
生活していて、野ウサギ・タヌキ・テンなどを
はじめ、雪の降った朝にはニホンカモシカも
顔を出してくれます。

※天城の降雪期は、1月中旬から2月下旬。
積雪量は多くはありませんが、登る際には
冬山装備(ストック・軽アイゼン等)の準備が
必要です。
天城の森
└ 自然豊かな天城の森

道の駅天城越え
└ 昭和の森会館がある「道の駅天城越え」
わさび煎餅
└ 個人的に大好物の「わさび煎餅」
井上靖猟銃碑から15分、太郎杉からは35分ほどで昭和の森会館に到着しました。
昭和の森会館(道の駅天城越え)は、観光案内所や売店・レストランなどの施設があり、
天城観光の中枢的な役割を果たしています。

館内にある森林博物館・伊豆近代文学博物館では、天城の自然や生態系の紹介及び
井上靖の直執原稿や愛蔵品をはじめ、川端康成の「伊豆の踊り子」の生原稿などの
貴重な資料が展示されています。
また敷地内には、井上靖旧邸が当時のままの姿で移築保存されています。

昭和の森会館
● 観光案内・売店
営業時間 : 8:30〜16:30(3月〜10月)
        9:00〜16:00(11月〜2月)
休館日 :第3水曜日・年末年始(12月29日〜1月1日)
● 森林博物館・伊豆近代文学博物館
入館料 : 大人600円 小人350円

※営業時間・入場料は2006年9月現在の料金です

昭和の森会館でしばらく休憩をとったのち、
最後の目的地である浄蓮の滝へと向かう
ことにしました。

駐車場を抜けると、踊り子歩道入口の標識が
すぐに見えてきます。
よく整備されたコースを15分も歩けば、昭和
天皇お手植えの杉がある広場に出ることが
できました。
この杉は昭和21年に天皇陛下が八丁池に
御幸行された際に植えられたとのことです。
立派に育った2本の幹からは、過ぎ去りし
長い時間を感じることができました。

さらにそこから幾つもの小さな木の橋を渡り、
杉林に囲まれた田舎道を歩くこと10分程で
島崎藤村文学碑の前に出ます。
石碑自体は立派なものなのですが、うっかり
していると気づかずに通り過ぎてしまうかも
しれません。
島崎藤村文学碑から浄蓮の滝入口までは、
10分足らずで到着することができました。
昭和天皇お手植えの杉
└ 昭和天皇お手植えの杉
浄蓮の滝
└ 日本の滝百選にも選ばれた「浄蓮の滝」
浄蓮の滝は、「日本の滝百選」にもその名を
連ねる名瀑です。
玄武岩の岩肌を、幅7m高さ25mに渡り
流れ落ちる勇壮な姿は、まさに天城一と
言えるでしょう。
またこの滝には女郎蜘蛛伝説が残っていて、
この美しい滝をよりいっそう神秘的なものに
しています。

駐車場から滝までは、かなり急な階段を
下らなくてはなりませんが、展望所には
名曲「天城越え」の記念碑やワサビ田、
ニジマスの管理釣り場などもありますので、
ご家族皆さんでお立ち寄り下さい。

多くの文豪が愛してやまなかった天城路。
その豊かな自然と奥深さは、まだまだ紹介
しきれていません。
この次はご自身の足で、さらに奥の天城路を
歩いてみてはいかがでしょうか?
新しい自分に出会えるかもしれません。
■□ 天城の森 スライド≫

− 伊豆にワサビが伝わった由来 −

ワサビ栽培発祥の地は、静岡県安倍川沿いにある山間の静かな集落、有東木(ウトウギ)
という場所です。
今から400年程前の慶長年間、有東木沢源流の山葵山に自生していたものを村人が持ち帰り、
村内の井戸頭という遊水地で栽培したのが始まりです。
その後、慶長12年7月(1607年)駿府城に滞在していた徳川家康に謙譲したところ、
その珍味の程を天下逸品と賞賛され、有東木からの門外不出のご法度が下されることと
なりました。

時は流れ、元文2年(1737年)椎茸栽培を教えに駿河の国へ行った板垣勘四郎が、
天城に持ち帰り栽培を始めたことが、伊豆ワサビ栽培のきっかけとなった訳ですが、
門外不出のご法度を下されている有東木のワサビを、板垣勘四郎がなぜ持ち出すことが
出来たのでしょうか?
それには、ひとつのエピソードが今も語り継がれています。
当時、有東木の名主庄兵衛家は、本来門外不出のご法度品であるワサビの苗を、
椎茸栽培伝授のお礼と板垣勘四郎の伊豆にワサビを伝え人々の繁栄を願いたい
という熱意に打たれ、弁当の竹篭の中にワサビの苗を忍ばせてくれたとのことでした。
板垣勘四郎の熱意と有東木の人々の心の優しさが、伊豆をワサビの名産地にまで
育てたといえるようです。

現在も有東木では、ワサビやお茶栽培が盛んに行われています。
有東木の情報やワサビや手摘み茶の直売所、ハイキングコースの紹介もありますので、
もしよろしければ有東木のHPもご覧下さい。

【ハイキングに必要なもの】

○ ナップザック ○ 雨具(レインコート) ○ お財布 ○ お弁当・水筒(ペットボトルの水など)
○ お菓子類(チョコレートなど) ○ 手ぬぐいや水溶性ティシュペーパー ○ ハイキングマップ
○ 薬(消毒液・バンソコウなど) ○ 健康保険書(持ち出せない場合はコピー) ○ 携帯電話
○ 筆記用具(メモ用) ○ ビニール袋(ゴミ入れ) ○ 運動靴などの動きやすい服装

※上記は、踊り子歩道全行程のような長い距離を歩く際に最低限必要なものです。
また、個々に必要なものがあれば、これにプラスして持って行くようにしてください。



【お薦めハイキングマップ】

伊豆のハイキング〜誰でも歩けるコース80選〜
伊豆のハイキング全般が紹介されているA4サイズのガイドマップです。
著者が実際に歩いたコースを細かく解説されているので、とても見やすく
私自身いつも愛用しています。
昭和の森会館でも販売されていますが、売り切れる場合がありますので
近くの書店で注文したほうが無難です。

著者:真辺 征一郎
発行所:まなべアート
TEL:0559-75-6801
印刷所:(有)森山印刷所
TEL:0559-77-3738


● 関連リンク
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天城観光情報(天城周辺の紅葉情報・観光情報)
昭和の森会館(施設案内・近隣情報)
河津町観光協会(河津町の観光情報)
河津七滝観光協会(河津七滝の観光情報)
東海バスのホームページ(バス時刻表など)
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