公務日誌:更新〔 vlo.11 〕





      どんなに悪さする子でも、誰かの大切な子ども。どんなに気に入らない子でも、誰かに愛されている子ども。
      突き放すことや無視することは簡単なこと。真っ直ぐにさせることはしんどいこと。でも、そうなって欲しいと思っている人が必ずいる。
      誰からも相手にされない、本気の友達もいない。互いにあわせて、形だけは何となく友達でも、親友とは言えない。
      自分を本気で相手にしてくれる人を、心のどこかで求めているはず。
      そんな相手が担任の先生では迷惑だろうか?
      もっとも、そう思っていることを伝えなくてはだめなんだけど。1回で伝わるわけ無いんだけど。伝わってるかどうかわからないけど。
      本当に伝えているだろうか?伝えたいと思っているのか、俺は?

      人生を舐めてるやつは大嫌いだ。ゆめが生まれて、病気がわかって、ますますそう思う。人生を舐めてるやつ。なんと多いことか。
      でも、そんなやつらも、誰かの大切な子ども。誰かに愛されている子ども。
 
      一体どんな言葉で、そいつらに「真剣に生きる」ってことを教えられるんだろう?
      俺は真剣に生きているか?人にたいそうなことを言えるような人生を送っているか?
      
      やはり戯言か?

       2002年4月25日