〜葛藤〜
 出生前診断。
 診断結果を聞いてから処置する前後のことを、さっきママから改めて聞いた。実に2年ぶりだ。
 父親とは違って母親は実際に自分のお腹の中で生きている子供を体感している。それをあきらめてしまうことの切実さは、父親の想像を絶する。

 明日処置しますねと言う前の日の晩、ママは実に様々なことをノートに記していたらしい。そのノートは現在行方不明。内容は俺に対する批判も書いてあるから見ない方が良いそうだ。
 ちなみに少し思い出してもらって聞いたところ、、、
 
 結果次第でどうするか、あらかじめ決めておかなければ、残念な結果だったとき、やっぱうじうじしちゃったかもしれない。だってお腹の中で手も足もできてるんだもの。それを・・・
 その当時俺は、あきらめてしまうことに触れないようにしていたらしい。ママはそれに腹を立てた。もうすぐあたしのお腹の中で子供を殺してしまうのに、何でなんにも感じないの?←これは実は勘違い。同じ思いでいたのだ。。
 触れないようにしていたのはわかってるけど、話せば話したで文句ばっかりになるし、どうにもならないことだけど、すごく錯乱して一晩中泣いていた。
 直前のエコーでも先生に赤ちゃんの姿を見ますかと言われて「見れません」と答えたけど、今思えば見るべきだったかもしれないと思う。もう最後の姿、二度と見ることはできないんだし。
 もう立派に人の形をしている。きっと痛い思いをさせてしまう。これで本当に良かったのかなあ。。
 お骨の入った箱も、もてなかった。(命の)重みを感じてしまって。
 赤ちゃん用の肌着、一緒に火葬するためにできるだけ立派なのを買ってきてって頼んだけど、そんなこと位じゃ贖罪できない。
 いろいろな手続き、必要なのはわかってるけど、事務的で悲しかった。


等々など。。。

 俺は俺で、必殺仕事人の主水じゃないが、子供ができないようにこっそりといろいろ画策していた。だって怖かったんだもん。いろいろとさ。。
 わかるだろうか。
 ただ病気を持ってることがわかったから単純にあきらめましたっていう訳じゃないんだ。 軽々しく病気持ってたからやめちゃったって言うのなら批判も受けよう。そうじゃないのに俺たちのことをなんにも知らないで周りからぐだぐだ言われることはごめん被る。
 それなら載せなければいいようなものだけどね。

 残念ながら俺に言う資格はないかもしれんが、あえて言わせてもらおう。ちょっと唐突だけど。。

 自分の子供の前で、「(病気のこと)わかってりゃ産まなかった」なんて言わないでくれ!


 ついでに、そんな二人のそばにいる人たちは、

 
二人が苦渋の末決めたことを批判しないで、温かく見守ってやってくれ。

 矛盾するけど、後悔しないはずないんだ、産んでも産まなくても。こういうときにどれだけまわりの援護射撃がうれしいか。←実体験