〜現実〜
 養護学校へ勤務しだして”早”なのか”まだ”なのか、とにかく2ヶ月が過ぎた。勤務校は病弱養護学校なので、生徒たちは知的な遅れや肢体不自由は持っていない。従って、普通高校と同じように教科の授業がある。
 先日、社会科の時間に担当が出生前診断を話題にしたらしい。私はその内容までは知らない。授業後、1人の生徒が授業内容について文句を言っていた。

「病気のあるなしで生むか生まないか決めるなんて、家庭の事情があるからつべこべ言えないけど、親の勝手がすぎる。」
「俺なら絶対生むし、そもそも診断なんかしない。」
「人の命をなんだと思ってるんだ。」

 自分で言うのも何だが、彼は私のことを”良い先生”と言ってくれている。その目の前の”良い先生”が、実は出生前診断で1人子供をおろしていると知ったら、一体どんな顔をするのだろう。面談室で向かい合って座りながら、ぼんやりとそんなことを考えた。
 同時に、『たかだか15年程度しか生きていない貴様に、一体何が分かるというのか。社会の状況や親の気持ちを知りもしないで簡単に生むという貴様は、例えば私と妻がどれほど苦しんで決断したか、知っているというのか。』と思った。

 もちろんそんなことを言うわけにはいかない。彼はゆめが障害児だということすら知らないのだ。
 しかし、『ああ、これが純粋な反応なんだな』とは思った。

 私たちは、誰がなんと言おうとも後悔はしない。私たちにはこれが精一杯の選択だった。でも、ゆめが彼と同じ年になったとき、やっぱり同じように思うのかもしれないと、ちょっと不安にはなった。

 結論なんて出せはしないけど、一つ言えるなら、やっぱり自分たちで選んだ道ならば、どんなに周りからいろいろ言われようとも『これでいいんだ』という態度で生きていかなければならないと思う。そうでなければ、死んでいった我が子が浮かばれまい。

 違う話だが、私は輪廻転生を信じている。それを言い訳にするつもりはないけど、願わくば、来世以降で、今度はおろした子供をちゃんと産みたいと思う。