〜追記1〜


PTAのお母さん方がずいぶんと交渉してくれていたことを後で知りました。
また、主治医の先生はじめ施設の先生方もいろいろな形でゆめが普通幼稚園に通えることをアピールしてくれました。
大変有り難いことです。
この場を借りてお礼申し上げます。
ありがとうございました。
当事者だけでなくまわりの援護射撃があるとないとでは全然違う。
我々は幸運だった。
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 それにしても2年前、最初は入園できるという話であったものが、実は交流保育で、
それが分かった頃には既に浜松市重度心身障害者(児)訓練ホーム”のぞみ”への入園締め切りがすぎていた!
幼稚園は入園できない、”のぞみ”には通えない、踏んだり蹴ったりだった。
「駄目なら駄目でもっと早く言え!!」
と激しく腹が立った。

年少さんの1年間を交流保育で頑張ったママだったが、やっと年中さんから入園にこぎつけたものの、結論が出たのが3月28日。もうすぐ4月になっちゃうジャン!
何でこうも遅いかね!?

まあ、それらも今となっては良い思い出。
今幼稚園は、ヘルパーさんがいれば途中でママが抜けても良いことにしてくれた(こんな言い方へりくだりすぎて気に入らないけど)し、他にもそんなにしてくれなくても良いですよと恐縮するくらい、いろいろと良くしてくれる。
あまりに激しい手のひらの返り方に、逆に何かたくらんでいるのではと勘ぐりたくなっちゃう(笑)

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 行政も、地元のいろいろなお母さんの話を聞いていただけのウチは、事実を知らないから本当に使えん地域なんだと思っていたし、実際にママが助成のこととかでいろいろ交渉していると本当に使えなかったんだが、
それには理由があり、押しつけあうように担当を変えるので、新しい担当が引継もうまくいかない、仕事内容も把握できないという、まことにお粗末な役場トップの責任であった。
ママは、
『たとえ私たちは転勤族であっても、この地域にずっと住む人もいるし、これから先生まれてくる障害児もいる。その子らのために担当さんと一緒に勉強してこう・幼稚園に入園していたという実績を残そう』
というつもりでいろいろ調べながらお付き合いしていたし、粘り強く交渉していた。
今になってみれば、他のママさんの言うほど悪い地域ではなかった。
やはり、
『情報を鵜呑みにしてはいけない。』
『先入観を持ちすぎてはいけない。』

真実は一つでも、見る者のレンズがゆがんでいれば、見える像は自ずとゆがんでしまうのだ。
自分で集めた情報で、自分で判断しなければ。

そして、そういうママの努力を、ただ眺めているだけのパパではいけないと思う。

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今回のことで教訓はいろいろあったが、父親に関して一番大きなものは、
『父が(交渉の場へ)出ていけ』
ということにつきる。

次また交渉の場が出来たときも、なるべく参加しようと思う。

平成15年12月26日
緑の山に白い雪が舞う、佐久間高校の校舎にて