つれずれゆめ日記

1999年 1月〜3月                 

1月19日
 最近は夜泣きもなくなり、朝までグッスリ眠るようになった。ところで、ウチではこんなにカワイイゆめを目の前にしてもチューは許されない。チューするということは、ユメに虫歯菌をうつすということになるからだ。以前テレビで言っていた。2歳まで虫歯の原因菌であるミュータンス菌が入らなければ一生虫歯にならないのだと・・・。私がゆめを抱いているときにはパパの目が、パパがゆめを抱いているときには私の目が、お互いを監視する。いつまでもつのだろうか?


1月21日(木)
 オムツを換えるのを忘れていたら、ものすご〜くパンパンになった。これはスゴイ!と思い、パパに”どう?”といって手渡したら、いきなりオムツに顔を埋めて匂いを嗅いでいた。そうじゃなくって・・・。

1月24日(日)
 母の実家、九州のほうでは雛祭りの時、雛壇といっしょに手まりを飾る風習があるらしい。多分・・・。私のおひな様の時も沢山の手まりを吊り下げた。・・・で、九州の知り合いがゆめに、といって沢山の綺麗なてまりを作って送って下さった。

突発性発疹
1月27日(水)
 ゆめがなんだか熱い?夕方熱を計ったら38.4゜、大変だ!水分をとらせて様子をみることにした。食欲が無いようだ・・・心配。初めての風邪=突発性発疹というやつかなぁ?
1月28日(木)
 朝になって熱を計ったら38.9゜!実家のおばあちゃん(ゆめにとっては曾おばあちゃん)に付き合ってもらって病院へ。熱冷ましの座薬と風邪の飲み薬をもらった。午後、下痢。夜、39.7゜まで熱が上がったので、座薬をいれた。
1月29日(金)
 仕事を午前中できりあげ家に帰ると、パパも午前中で仕事を切り上げて帰ってきた。ゆめ、吐いた。熱がでてからず〜っとおとなしくてとっても可愛いけど、威張らないゆめなんて、ゆめじゃない!
1月30日(土)
 午前中パパにゆめを預けて仕事に出た。私が家を空けた2時間、ゆめは泣きっぱなしだったらしい。お腹のあたりに発疹が出た。
1月31日(日)
 あまりに家の中が散らかっていて汚いので片付けた。共働きは時間がないから大変!ゆめは身体中に発疹が出て、顔も腫れているように見えた。熱がさがったので5日ぶりのお風呂。
2月1日(月)
 発疹がだいぶひいてきた。
2月2日(火)
 発疹がほどんどひいて、キレイになった。ゆめが”やーやー”としゃべった。


2月3日(水)
 夕方から風花。静岡ではあまり雪は降らない。せいぜい強い風にぼた雪のようなものが混じる、風花程度だ。でも今日は夜からしんしんと降り、そして積もった。


2月14日(日) 初節句
 私の小学校の時の先生、山田すみえ先生からゆめに市松人形を頂いた。パパの弟、直ちゃんからゆめに、鞠遊びをしている日本人形と、キティちゃんのおひな様を。パパの親戚から素晴らしい市松人形を、私の親戚の叔母さんから木目込み人形を頂いた。それから、たくさんの方にお祝いをいただき、今日はゆめの初節供。親戚を招いて、なかむらやでお昼の会食をした。ゆめは最後に出たちらし寿司をとても喜んで食べた。ゆめが”ばーぶーばぶーばーぶー”と言った。

2月27日 結婚式へ
 朝9:00出発。パパママゆめ3人をのせ、くらげ号(我が家の愛車)は横浜へ向かった。途中渋滞にはまったこともあり、ホテルに到着したのは2:00頃だった。夜、中華街へご飯を食べに出かけた。そこでバッタリ、パパの学生時代からのお友達、さとちゃんとホリキさんに出会った。中華街で知り合いにバッタリ出会うなんて珍しい!みんなで一緒にご飯をたべ、プリクラをとって別れた。その後、ゆめ御一行はランドマークタワーへ行った。パパも私も、ランドマークタワーへ行ったことがなかったのだ。展望台は¥1,000もしたけど、でもキレイだった。
2月28日
 今日はママのお友達、あやめちゃんの結婚式だ。でもお呼ばれしているのはママだけ。私が結婚式に出席している間、パパとゆめは横浜南区へ。学生時代のバイト先の社長の家へ遊びに行った。


3月7日 噛まれた
 授乳中のこと、いきなり噛まれた。ちぎれるかと思った。あんまり痛くて”きゃー”と叫んだら、ゆめはふふふと笑った。悪魔だ。翌日、ゆめの下の歯ぐきに白い点々が・・・歯だ!よく見たら上の歯ぐきのなかにも硬いものが潜んでいる様子・・・。

3月24日(水) 佐久間
 パパの勤務地が決まった。佐久間高校だ。今日パパは佐久間高校へ行った。そして住むところを見てきたという。佐久間かぁ・・・私の記憶の中で最後に佐久間へ行ったのは、小学校3年生だったかな?たしか佐久間ダムの見学だった。それ以前には家族でやっぱり佐久間ダムへいったことがある。夕飯の時の話のノリで・・・パパの運転で佐久間へ。すでに真っ暗で景色なんかは解らなかったが、ドライブで出かけたことのある秋葉ダムが佐久間までの半分地点だというのはビックリした。ここで新しい生活が始まるのだ。この日パパは2往復もして抜け殻状態になってしまったが、私は期待に夢をふくらませ、一人興奮していた。