ゆめ日記は、浜松筋ジス会ボラ部ログと壮絶コラボ中!


運命の日 2010,7,4(日)
7月1日。
ついにゆめは入所してしまった。
この日が近づくに従って、残りの日々がとてつもなく貴重に思えると共に、40年間の人生の中で一番イヤなこんな日が早く過ぎ去ってしまえばいいとも・・・

もう一ヶ月早くなくて良かった。もしそうだったら、僕は今後死ぬまで毎年自分の誕生日が来るたびに、ゆめを入所させたこの日を恨めしく思って過ごすことになっただろう。


ゆめのいない生活、3日目・・・
ゆめのいない、ゆめパレット・・・
ゆめのいない、ゆめ日記・・・


何もかもが、虚しい・・・

業務連絡 2010,6,2(火)
Tシャツのラフと、書体サンプル

時間なかったから、参考程度にね。

排便リズム 09/4~
晩ご飯の時、ゆめがぐへっていった。
発作の後だし、ものすごく怖くなった。
ご飯も、それ以上要らないと言うし・・

で、少し横にならせてみたら、今度はお腹が痛いという。
触ってみると、かなり張ってる。

はあ~ん。

ピンときた。



すぐに特注オマルの準備をし、いやがるゆめを押さえつけて無理矢理浣腸して座らせた。
座ってすぐだ。
出る出る。
すっごいのがどばどば出てくる。

ゆめが
「ほえ~~~~」
って言った。
見てる僕も一緒になって、
「ほえ~~~~」
って感じ。


3日おきに浣腸&排便を続けてきて4ヶ月。
この頃リズムが出来てきたようで、だいたい水曜日と日曜日あたりに便意がやや出るようになってきた。
今日のように本人に便意はなくとも、お腹を触れば張り具合で出そうかそうでないかわかるようにもなったし。
ただ、うんちは結構固い。
不本意ながら3日おきを2日おきにした方が、苦労なく出るかもしれん。
でも、あんまり浣腸ばっかりしたくもないんだけど・・・
主治医は、でなくて固くなって苦しいよりも、浣腸で出してあげた方が良いという。
浣腸に慣れてしまうのが怖いんだよなあ。
それに、浣腸のあとってなんだか水様便が出る事もあるし。それか、まだお腹にいてもいいくらいのビチビチうんちか。

どうも効き過ぎてるって気がしないでもない。

今度主治医と相談しよう。


排便リズム 09/4~
ゆめさんのお迎えに学校へ着くと、もうたくさんお迎えの車が到着していた。
集合場所には、すでにバスを降りて整列した子供たちもいた。
ゆめさんは、一目で不機嫌そうとわかる顔つき。
あれは、寝不足か、さもなきゃ帰りたくないってだだこねた顔じゃないかな。

でも、ちょっと寒い感じの今日、ゆめは半そでだ。予備で入れた長袖は着なかったのか。せめてジャンパーでも羽織ってればいいのに・・・


この時点で、大丈夫かいなとちょっと不安。


解散式がやっと始まったが、もうその頃には、ゆめはかなり怪しい感じ。車椅子の上でぐにゃぐにゃと体を動かしている。寝かしちゃった方が良いと思うのだが・・・
ゆめが何を訴えているのかここからでは遠くてわからないが、ちょっと首振りが多くなってきた。まだ意識ははっきりしてるみたいだけど、発作の予兆じゃないかなあ。車椅子のすぐ後ろについた先生が、しきりになだめている様子。
ゆめのこの状態で予兆に気づけるのは、たぶん凝視している僕だけだろう。今横にしないとかなりやばい。


この時点で、さらに不安に。
でも、僕も先生たちがどういう風にゆめを観察し、どのように対応してくれるのかを、冷静に観察モードに入ってしまったようだ。←後で振り返るとね、そんな気がする。



ゆめさん、どうやら式に当たって仲間とともに何かする係らしい。ゆめを入れて車椅子2台がみんなの前に進み出た。
隣の児童がやりとりしている間に、ゆめの首振りは時折こちらを向くときの目つきでかなり発作確率が高そうであることがわかった。
誰か気付く先生がいるかと待ったが、誰も気付いてくれない様子。
仕方なく、すぐそばに居た先生に発作である事を告げた。告げている間にゆめの番が来たようだが、もう反応無く首を振るばかり。
発作確定。
先生が飛んでいって発作の事実を告げ、すぐに横にならせて気道確保。

でも、もう遅い。


救急車!と叫ぶ先生有り、吸引器を取りに走る先生有り。
先生がこんだけいるならその対応も見てみようと、ゆめの様子をちらちら見ながら、ママの外泊のお迎えが遅れる連絡を病院に、ママのお迎えに行って欲しい旨を義母に、それぞれ電話した。
電話を終えてゆめの元へ駆けつけると、発作に伴う呼吸困難状態。側臥位で嘔吐物や痰がつまらないようにしてくれているが吸引器がなきゃだめだ。
やっと届いた吸引器で、吸ってくれるのかと思いきや

「お父さんが吸って下さい」

渡されちゃった。

吸引し始めると、出る出る、大量に。
5分以上は引きっぱなし。
途中で呼吸停止になったがそれは発作の症状。呼吸が戻る前に痰を引いちゃえば、たぶん大丈夫。

呼吸が戻り、チアノーゼが収まると、意識が回復してきた。
呼びかけにも応答する。
もう発作は治まった。

救急隊もほどなく到着し、急いで医大へと向かった。


携帯が鳴らなかった日 2 09/4~
医大に向かう道中(僕はけっとと一緒に自分の車で移動)、ゆめの主治医に容態の連絡、じいじにたったのお迎え依頼。

医大に着くと、既に意識を回復しているゆめの文句言いまくりの声がする。

ここからはいつものコースで、血液検査と経過観察。そのあとで主治医の元を訪れて受診。

ゆめさんは、後は寝るだけ。爆睡して、目がさめたときには『生き返っておめでとう』だ。



今回、いくつかわかった。
・行事の後は、出来るだけ寝かせて過ごさせた方が良い。先生は行事参加させたいだろうけど、無理すればこうなるの例が今日だ。

・ゆめは発作が起こると即命が危険なので、誰でも良いから出来るだけ様子を見る人が、せめて行事の終了間際あたりには欲しい。
毎回僕がいるとは限りませんので。

・もう半袖は寒い。

・吸引する俺の手が震えた。


後半2つはどうでも良いが、でもマジで、口から鼻から吸引する手が震えた。発作時に吸引するのは初めてだかんね。
こわかった~・・・

間が悪かったのは、お迎えに行く道中でヘアジェルいじっちゃった事だ。手は拭いてきたけど、濡れると滑る。カテーテルを操る指が、滑ったなあ。


でも上二つは、今度の面談の折りにお願いしなければ。

大観衆のまえで発作を起こした事で、児童の中には恐怖のあまり大興奮になっちゃった子も何人かいた。
でも、結構ラッキーかも・・・

発作が発作だと認識されたとき、ちょうどゆめの発表の番だったので注目を集めていた。その時にちょうど発作だから、ゆめがうつろな目で首を振っている様子は多くの先生方、児童たちに目撃されたはず。

ゆめがヘンな目つきで首を振ってたら、それは発作の合図。

これで今後、ゆめの発作に気がつく人が増える可能性が出てきた。
ケガの功名とでも言おうか。


でも実は、僕の頭の中ではこのまま発作を起こさせようという計算もあった。発作だけでは死なないということ、僕がすぐに吸引すれば良いという腹もあって。

先生方大勢の前で発作を起こせば、ゆめの発作がいかに重大な危機かを見てもらえる。吸引器使用に関しても、医ケアだからとか医ケアじゃないからなんてくだらない縄張りじゃなく、医ケアにするほどじゃなくても必要な子には、必要に応じて施すべきだっていう意識を持って欲しかったのだ。
校外学習には吸引器を持っていかなかった。発作時はすぐに救急車を呼ぶという主治医の指示があったのと、吸引器を扱う資格を正式に持っている先生がいなかったからだ。でも、ひとたび発作を起こせば、すぐに、すぐに!吸引する必要がある。
ほっとけば、窒息して死ぬ。時間がたって吸引しても、ダメージ大きさは計り知れなく残る。
吸引器がないってことは、命を助ける決定打を持たないと言うことだ。
詰まった痰を取り出すのにせいぜい背中をたたくくらいしか方法がない状態で、死にゆくゆめを見ながら先生達は何を思うだろう。
そうなるまえに、必要な制度なら作ってもらわないと、安心して子供を通わせられない。
保護者が付き添えって言われるだろうが、看護師もいる学校で、それが例え制度上は医ケア児用の配置だとしても、しょっちゅう保護者が出張ってかなきゃ何ないなんて、ホントはおかしい。学校は、単独で児童生徒の命を守る整備をきちんとするべきじゃないか?
いつまでも、制度の不備を保護者の時間やお金や労働力で補うのは、行政の怠慢というものだ。



初体験は、警察官と・・・・ 09/4~
ね、寝られない・・・・
今日はいつ呼び出しが来てもいいように晩酌も辞め、幸いけっとが早く寝付いてくれたので僕も寝るつもりだった。
PCの前でうつらうつらもしたので、布団に潜り込んでは見たものの・・・・


寝られない。


ゆめがはっきり筋ジスなんだって思い知らせれてから初めての単独外泊だからだろうなぁ。

以前一回だけしたショートステイの時には、一晩中泣き叫んで寝なかったと聞いている。
今夜は、どうしたもんだろうか。
昨夜は寝不足のはずだから、眠いはずだけど。。。


そうそう、もう一個心配の種があるんだ。


ゆめはあっちの世界の住人が見える。
初めて行く場所では、たいがい本人がえっちらおっちら這いずり回って巡視し、何もいないかいても怖くないことを確認していた。
今回、初めて行く宿泊施設。巡視は自力ではもう出来なくなってるけど、まさか、そっち方面で騒いではいやしまいか・・・・




そうそう、初めてといえば、人によるだろうけど、少なくとも僕にとってはとてつもなく常識破りの、そう、恐ろしい体験があったな。



東京で学生をやっていたとき、バイトで横浜は中華街の近くまで片道50kmをバイクで通っていた。
ある真夜中、仕事帰りでバイクを走らせていたとき、前方で赤色灯と、振り回されるLDEが輝く合図誘導棒が見えた。

事故でもあったかと思ったら、検問だ。


「夜分にすいません」
「はい」
「飲酒検問です」


今夜はまだは週末じゃない。それでもこんな真夜中に検問やるんだなあ、それもPC一台っきりで。
ご苦労様ですと思ったら、そのあと衝撃的な一言が待っていた。



「すいませんが、は~して下さい」
耳を疑った。

「は?」

「ヘルメット脱いで、は~ してもらえます?」

は~ ってなんだろう???

頭の中をはてなマークが渦巻いた。

そして、その若い警官が何を求めているのかにピントがあった時、びっくりして倒れそうになった。

「は~ するんですか?」

「はい」

「あなたに?」

「ええ」


僕は、生まれて初めて、赤の他人に向かって は~ した。


「う~ん・・」

う~ん?














・・・臭かった?


「すいませんが、もう少し強く は~ して下さい」

「は~!」

「はい、結構ですよ。お気を付けてお帰り下さい」



赤の他人に、彼女にだってしたことないのに・・・

なんか、ものすっごく恥ずかしくなってしまった。

その恥ずかしさ、母親にエロ本見つかったことがあとでわかった時と同じくらい。
かがれちゃいけないものをかがれた気分・・

でも、あれしてるとこを見られたときほどじゃない。


人生初めての は~ を、見ず知らずの警察官に無理矢理奪われたよ・・・・
同時に、なんか知らんけど、すっごく怖くなった。

いくらやってくれっていわれたからって、人に向かって は~ しちゃった!





うぶだった。
あの頃は。

今は平気。
いくらでも、 は~ しちゃうよ。
一回こなせば、もう怖いもの無し。

にしても、警察官って、とっても大変なお仕事だね・・・・



君に感謝 09/4~
うんこネタに関しては、僕にはかなりのストックがある。

そのネタだけで書いても、1日1本ペースで一ヶ月は保つ。

ま、もちろん中にはとても公表できいないようなのや、公表すると困る人がいるのもあるので、そういうのを省いて自分のだけにすると、2週間分くらいかな。




2週間分のネタ・・・の、う○こ。




超便秘でございます。



昔付き合った彼女からは、半分は冗談で「うんこ大魔王様」と呼ばれてました。



ええ、その頃から、いや、それ以前からネタの元はどっさりあるんだなあ。






そんな僕がこの頃一番心休まる場所ってのが、トイレ・・・・



これはもう、入ってしまえば誰が助けを呼ぼうが何しようが、用が済むまで容易には出てこられないってこともあるけど、それ以上にう○こに対する見方が変わったからってのもある。



数ヶ月前、どこかの誰かのブログで、流す前は必ず自分のう○こに両手を合わせて感謝の意を示すということが書いてあった。

どういう意図あってそうしているのか内容は忘れたが、う○こに手を合わせる、ましてや感謝するっていうのが衝撃的だった。



身を犠牲にして自分を生かしてくれた、まさに血となり肉となってくれたものの、最後の奉公が、ちゃんと腐らないで排出されてくれること。



そんなところかなあ。




それを読んで以来、僕も毎度トイレでは合掌して見送っている。



もう元が何であったのか、いつ食べたものなのかもわからないけど、とにかく、




生かしてくれてありがとう。




たったは一度、便器に向かって拝んでいる僕を見て、ものすごく不思議そうだった。



理由を話しても、なんかよくわかんないらしい。そりゃーわからんだろう、5歳じゃね。



でも、感謝の心は大切なんだぜ、たったくん。



生きいくい・・・ 09/4~
記録記録・・・
早く書かないと忘れちゃう


ママを病室に戻した際、看護師さんとちょっとお話。

主治医は、ママの病状がある程度回復してそれに僕が納得するのならば、いつでも退院して良いと言っているそう。
ある程度ってのがどの程度なのかが全く不明だけど、要するに、僕が家で面倒見れるレベルだって判断したなら良いですよってことだろう。

今のママは、だいぶ動けるようになってきた。
だから逆に、目が離せない。
空のフライパンで火事起こされたらかなわんし、これ以上たったに理不尽な叱り付けをされるのも困る。
ママがいる月・火曜日はママにけっとを託して子供らのお迎えに行くけど、僕の留守中にけっとへ何かしでかしやしないかって、結構ドキドキしながら出かけるの。

なにより、ママには強すぎる子供らの刺激に対して、まだまだゆっくり回復できる静かな場所も必要。

ということで、さらに1ヶ月をめどに入院延長・・・



よろず相談では、がっくり肩が落ちた。
我が町浜松では、先の厚労省からの通達を黙殺しているらしい・・・こう書くと悪意に満ちているかな。
結局のところ何もしていない、なんの対策も取っていないとうこと。
だから、仮にママが精神の手帳を取ったところで、得られる公的な支援はせいぜい留守中にママの様子を誰かが見に来たり、一緒に食事の支度をするくらいが関の山。しかも、誰かが同居しているかどうかで支援の中身も相当に差があるそうだ。

誰かって、俺?
そりゃ同居してるに決まってるジャン、結婚してんだから。
でも、働きに出るんだよ?
何それ、働くなって言いたいの???????


詰まるところ、手帳をとってもとらなくても、現状から変わりがないってことか・・・・

ま、でも、手帳を取らないと今得られるはずの支援も今後得られるかも知れない支援も、すべてが受けられない。ここは一つ、取っておくのが良いだろう。

あとは、障害者年金だな。
ママはこの先何回も手術を受ける可能性が高い。そのたびに僕は休暇をもらわなきゃならん。
当然生活費が必要だし、医療費もかかる。
年金をもらっておければ、いざというときに助かるし、そのいざというときは復職1ヶ月後かも知れないのだ。




ああもう!
書いててイヤになる。
日本は、健康でいられるときにしかまともに生きられないような国なんだな!

民主党!
俺は一票入れてないけど、政権取ったんならこの現状を何とかして見せろ!
もちろん、重税へ驀進するバカな税制改革抜きでだぜ!

て、今更遅いけどね・・・