2003 3月前半                 

暴走ゆめ 2003/3/10/(月)
 この頃ゆめは、”テツandトモ”の”なんでだろ〜〜”っていう歌がお気に入りだ。
 踊る踊る。
 普段の3割り増しのスピードで踊る。
 加速装置もスイッチオン!だ。

 先日、某日用品店へ行った時、館内の有線放送でくだんの歌がかかっていた。買い物カートの中のゆめは、踊ってるよ、しっかりと。
 うたう!
「うきゃお〜!!はうっ!」
 とかって叫んでいる。
 おどる!
カートの中でばたばたしながら、おどる!!

   暴れるゆめ!
                         運転誤り、かごが暴走!
 お客が振り向く!
              かごの中の商品が落ちる!!
          棚の商品も落ちる!!
      ゆめも落ちるーー!!!





 輪、話、和、羽、わーーーーーーーーーーーー!!!

 それは、すべてがスローモーションの出来事だった。
 気づいた時には既にゆめの半身がかごの外側へ・・・

 手を伸ばすパパ・・・
                         ゆめの右腕まであと12cm・・・
 バランスを崩し、倒れるパパ・・・
          ゆめの右腕まであと5cm・・・
 体をひねり、足を踏ん張るパパ・・・・
                     ゆめの右腕から9cm・?
 何故か濡れていた床・・・いや、ゆめのよだれ?すべるあしもと・・・
                            ゆめの右腕から15cm・・??
 床に倒れるパパ
 ゆめから0cm・・・?

 パパはゆめの右腕をつかもうとし、しかし、パパの伸ばした手はそのまま通り過ぎ、床に倒れ、見事!ゆめはパパの背中に着地!!
 まるでコントのようだ。我ながら恥ずかしい。このことはママにも話してない。

 ゆめは無事です。笑ってました。少し吃驚したようだけど。
 パパは、胸打ったっす。
 

ようち 2003/3/9/(日)
夜10時30分、まだ起きているゆめ。
「ゆめ〜〜、もう寝よっか?」
首を横に振るゆめ。
ふるふるふる
「もうね、幼児は寝る時間なの。ゆめは幼児だろ?じゃあ、もう寝ないと。明日幼稚園でしょ。」

なんだか、幼稚園って名前、可愛いよな。なってたって”ようち”なんだもんな。語感が可愛い。もっとも、”幼稚”なものがちびっ子達のことだって認識してるから、
(ちびっ子=可愛い)→幼稚→”幼稚”は可愛い
と言う図式が成り立つのだが。
仮に、ちびっ子のことを”がっちゃまん”と呼んでいて、幼稚園が”がっちゃまん園”だったとしたら、
(ちびっ子=可愛い)→がっちゃまん→”がっちゃまん”は可愛い
となるのだろう。

ようち、幼児。ふふふ。

ゆめはもう寝なさい。

ばあちゃん 2003/3/8/(土)
 本日午後6時、お出かけから帰ってきた我々3人を待っていたのは、ばあちゃん(パパのばあちゃん)が行方不明になったという訃報?だった。
 ばあちゃんはこの頃ボケが入り、足腰も弱っているので、一人で出掛けることはない。以前、200円の飴を買って2千円払って母に大目玉を食らってからは、一人で買い物にも出掛けなくなった。
 午後4時半までは家にいたらしいが、その後姿が見えない。履き物が全部有るからスリッパか裸足で出掛けたようだ。今日は寒い。ましてこんな暗くなってからでは発見も容易でない上に、寒さで凍えてしまう。既に捜索隊は山狩り(心当たりの場所へ、父・叔父が見に行っている)に出掛けている。(ちなみに山狩りとは比喩だ。実家は浜松の町中だし。佐久間での話じゃないよ)帰ってきた父・叔父の報告では、どこにもいないらしい。万策尽きたと思った僕は、すぐに警察に連絡した。
 駐在さんは不在。すぐに中央警察署へ電話を掛けた。

 結論から言えば、ばあちゃんは既に発見・保護されているらしい。追って連絡が入るとのこと。その電話を切らない家にキャッチが入った。掛けてきたのは家から1km程離れた本家の方。ばあちゃんを駐在さんが連れてきたとのこと。ちょうど僕が警察に連絡したころに、駐在さんからも本署に連絡が入ったのだろう。あわてて父と迎えに行った。
 本家について玄関を開けると、見たことないジャンパー姿のお兄さんが居る。一瞬従兄弟?と思ったが、絶対見たことない顔。口調で駐在さんらしいと解ってからよく見ると、無線やらなにやらつけている。こんな時に”最後に見た時は親父と同じくらいの年の人が駐在だったのに、月日移り変わりだなあ”などと妙なことを考えている僕。

 ばあちゃんは、片足裸足、園芸用の棒を杖代わりにして塀によさりかかるようにしているところを、不審に思った近所の人が発見して駐在に連絡してくれたらしい。
 原因は、全然見当違いの方向にあるデイケアセンターに行きたくて出掛けたが、場所が解らず帰ってこようとして行き過ぎてしまったらしい。バカな話と笑うまい、自分の死んだ娘が出てきているのをよその子供と間違え「もう帰りな」なんて言ってるし、死んだじいさんが迎えに来ても知らない人が夜ばいに来てるというくらいだ。加えて僕やママすら誰か解らないのだから、何が起きても不思議はないよな。

 それにしても親父の奴、普段はばあちゃんに冷たく当たっているくせに、今回は真っ先に迎えに行って、車の乗せ降ろしもおんぶしていた。なんだかんだ言っても親子なんだね。

 一部始終を見ていたゆめは、なにやら興奮しだして、電話の間中大声で叫んでいた。うるさくて電話の声も聞こえやしない。ま、彼女なりに動揺していたのかもしれん。
 

つながり 2003/3/7/(金)
今日は3の倍数月第1金曜。”めだかの学校”開催日だ。
今日はその奥深さを実感した。

その1
 佐久間町は昨年、施政45周年記念に町の情報誌を作った。その時佐久間高校の芸術コースも特集され、記者さんが取材に来た。
 色々話して、しっかり記事書いてもらって・・・・・それで終わりではなかった。
 本日の新入生の中に、その時の記者さんがいた!と言っても僕は忘れていて(だって、印象がまるで違うんだもの)向こうから話しかけてきたのだが。
 記者さんも、まさかこんなところで会うとは思いもしてなかっただろう。

その2
 給食の時間、話をしたおじさんはとてもエライ人なのだが、名刺を交換したら佐久間高校の教員と言うことで、意外なことを聞いた。
その人の高校時代の同級生の、その息子はなんと僕の同期で、同じ佐久間高校の教員。
 こんな事って有るのね。

その3
 本日の先生の一人、染織が趣味の図書館司書さん。趣味が高じて工房をお持ちとのこと。興味があったのでお話を聞いたところ、佐久間町へは今年訪問するそうな。なんでも民話を特集する企画があり、その関係で佐久間町を紹介されたそうな。取材する対象の”やまんばの会””民話の会”いずれも染織指導で顔なじみの方ばかりだよ。意外なつながりがあった。

 そう言えば、元PTA会長さんで卒業した美術の教え子の親御さんも、やまんばの会関係で、僕がめだかに出入りしていることを知ってらしたし、どこでどう繋がる解らないモンだな、世の中って。
 明日はめだかで知り合った方の畑に、サトウキビの皮を貰いに行こう。それ原料にして、また授業で紙すくんだ〜。

解る 再び 2003/3/4/(火)
 ゆめの小箱・・というか、ゆめバックの中には色々入っている。その中の一つ、バナナの形の小物入れの中にはゆめ用の爪切りはさみとフタ付きのピンセットが入っている。

 ゆめとお風呂上がりに、部屋でごろんとしたパパの背中になにやら異物感。見ると透明なふたのようなモノ。
パパ→「これ、なんだ?」
ママ→「ああ、それねえ、ゆめのピンセットのフタ。この頃バナナの入れ物、チャック開けて中身出しちゃうモンでねえ。はさみなんかホント危ない。いつかぽぽちゃんの髪の毛切るよ。」
パパ→「髪の毛なら良いけど、指切ったら大変だよ。痛いから余計に力はいって、指切り落としちゃったりして。」
ママ→「そうだね、ふふ。痛いと余計にね。でも、そこまでの筋力はないでしょ」

 なんて会話をしていると、オムツマンなかっこで水を飲んでいたゆめが突然、
ゆめ→「いたい〜〜」
と、指を差し出す。既に少し痛い思いをしたらしい。
パパママ→「聞いてるね〜〜〜」
と感心した。
パパ→「ゆめちゃん、パパとママのお話し解るの〜〜?」
と聞けば、速攻、
ゆめ→「はい」
と元気なお返事。聞いてるよ、ホントに。
 もっとも、「解らないよね」と聞いても、それはそれで「はい」と返事しただろうけどね。それでも自分に聞かれてるってことは解るってことだよなあ。
 うかつなことはしゃべられんわ。

腐敗心話日本 2003/3/2/(日)
 障害や介護福祉の面でのみ考えるなら、アメリカ人でありたかった。こんなこと言うと怒られるだろうが、独立なんかさせずにそのまま占領してくれれば良かったのに。そうしたら少なくとも今のような私利私欲にばかりはしり、道徳心のかけらもないような国民が多い国にはなっていなかったろう。優れた政治には官僚組織が必要だが、アメリカ的な政府なら、今の日本のような腐敗しきった状態を自浄出来ない官僚組織にはなっていなかったろう。
 東京裁判の裁判長にして、「ハルノートなど押しつけられたら、どの国でも暴発するだろう」といわしめ、仕掛けられた戦争ではあったが、いくら負けたからとはいえそれを契機にここまで戦前の日本人の美徳・道徳心がなくなるとは。
 
 うろ覚えなのだが、先日の新聞にこんな話があった。
 アメリカでは、障害を持った子供の親が、教育なり介護なりをどう受けたらいいかを思い悩む必要は全くなく、専門のマネージャーが必ずマネジメントしてくれるというのだ。障害を持っていようが国民。国全体で支援するのが当たり前、もはやそれを支援とは言わないという。
 こんなこと日本では考えられない。

 何を怒っているかと言えば、新しい介護福祉制度よ。
 政府は色々利点を並べるし、確かに現状考えれば、少ない資金でやりくりするのは大変だろうさ。でも、実際に介護している人、介護が必要な人の立場に立って考えてるとは思えない。あるいは大都市圏での立場でのみ考えてるんじゃないだろうか。
 これだけの介護を頼みたいって申請したところで、最終決定は役場。一体何を基準に判定するわけ?その人は介護なりの専門家か?介護保険だって、今でさえケアマージャーなりの民間に委託しているのが実情なのに、そんな専門家も役場にはいないでしょ。障害者区分だって全国一律の判定までできる?
 今住んでる地域で、仮に施設なりに通いたいって言ったところで、通える施設がないからダメって言われるよ、きっと。今なら隣町の施設に通えていても、4月になったら区割りされて通えなくなる可能性だってある。実際、今住んでる町に通える施設なんてないんだぞ。ヘルパーだって人数の関係でただでさえ利用できにくいのに、実質上限が決まるようなモノの今回の改訂で、益々利用できなくなる。
 結局新しい介護制度のおかげで、選択肢は無いに等しくなる人もいるんだ。
 ノーマライゼーションの流れをくんでいる?冗談でしょ。本来利用者本位で立案されるはずなのに、利用者無視じゃん。よりよい改訂にしようとするなら、まず市町村の受け皿整備が先じゃないのか?

 この制度を考えた役人。一体誰にとっての利便性を考えて作ったんだろうか。おそらく利用する人じゃないだろう。想像でものを言うのは良くないかもしれないが、その想像が当たっていれば、それに関係している連中の羞恥心は、一体どの方向を向いているのだろう。

 某学園グループ、介護に関してかなりひどい話があるが、残念ながら中傷になるので書けない。しかし、恥知らずもここまでくると開いた口がふさがらないと言うくらいの話だ。でも本当に全国に教えたいよ、どれだけひどい話か。

 現状でさえこうなのに、新しい制度では一体どうなることか・・・。

 日本人は今一度、道徳心を一から教育し直すべきだ。

うんちなうた 2003/3/2/(日)
 何だかお腹の下の方が変な感じ♪
 思わず足に力が入っちゃう♪
 お尻の穴がもぞもぞもぞ♪

 「あっ」

 大あわてのパパとママ♪
 おむつをおろされおしり丸出し♪
 オマルにお座り、
 「う〜〜〜〜〜〜〜ん!」

 生まれた生まれた、大きなうんち♪
 もりもり大きなうんち♪

 あっ、ママ、オマルにフタしちゃうの?
 ちらちら見るの〜〜
 もう一回見るの〜〜〜
 
 ああ、お腹すっきり♪

花粉症のこんちくしょう!(笑) 2003/3/1/(土)
 2月8日午後8時、突如今年の花粉症が始まった。はっきり覚えているよ。くしゃみ一発、ァ、来たなって感じ。
 さて、風邪を引くたび鼻からやられ、毎度蓄膿になりかける僕は、前年の花粉症以来完全に蓄膿になるようになった。2月24日ついに今年も蓄膿になり、歩くたびに顔面がガンガン痛む。今年は蓄膿へ移行するのがちょっと早いなあとか思いつつも、何とか公務をこなしていた。

 翌25日、全身に悪寒。まさか花粉症から風邪引いたか、悪くすればインフルエンザ?と思ったが、熱は37度前後。平熱が低い僕としては十分な重傷熱だが、インフルエンザを疑うほどではない。でも冗談に、
「明日は学校休んじゃうかもなァ」
なんて同僚に話していたら、翌26日、あっけなく撃沈。

 26日、朝起きたら全身の筋肉痛、特に腰と背中の痛みで起きあがれなかった。あんなこと冗談でも言わなければ良かったと後悔しても後の祭り。幸い今日は会議日で授業は入っていない、学校を休んで診療所に向かった。
 鼻が専門でない先生に診てもらったがらちがあかず、もらった薬でお茶を濁してみても、さっぱり良くならない。翌日耳鼻科に行こうと決心した。

 27日知人が勤めていた耳鼻科に行き、診断の結果花粉症と、何も言わなくても蓄膿だと診断され、さすが専門医とあがめつつ薬を数種類もらって飲む。既に夕方には回復の兆し。

 翌28日朝から気分は最悪。虚脱感というか無力感というか、とにかく何もやる気が起きない。でも痛みは全くなくなっていたので、卒業式の予行もあることだし勤務に向かった。でも、ろくに見ないで職員室で伏せってしまった。
 その後、前日に行くはずだった作品展の搬入などを行い、何とか勤務を終えてママ・ゆめと共に実家に向かう。待っていたのは母親の
「それは好転反応だ!」
の一言。

 実は22日から水溶性核酸飲料なるモノを飲み始めた我々一家三人。核酸なだけに細胞に直接働き、遺伝子の欠損部分の修復と、全身細胞の正常な働きを促すというこの飲料を飲むことで、ゆめの状態が少しでも良くなればと思ったのだ。その効果の程、我が身で実証?飲み始めてわずか4・5日なのにもう好転反応かい?でも、説明ファイルを見ると筋肉の痛み、異常に早い蓄膿などなど、僕の症状と一々符合する。しかも第1〜3期まである反応が一度期に短期間に出たような感じ。「おならが出ます」なんて書いてあるけど、平素おならなんてあんまりでないのに、昨日の夕方からプープーすごい。もう1年分は出たんじゃないだろうか。ゆめなんか、僕をさして
「プー、プー」
言ってる始末だ。

 ま、なんにしてもこれで一山越えたならありがたい。なにせ、七転八倒の痛さだったからなァ。もう二度とごめん。

 ところで前述の耳鼻科、知人も結構な美人なんだが、ここの看護婦さんがやたらと美人。平素山にこもっているせいか、美人の集中地帯にはまりこんでは目がくらんで大変だった。世の中こんなに美人がいる?ここは密度が濃すぎる!まぶしい!!ってな感じ。
 ママは、
「良かったじゃん、目の保養で」
なんてお気楽に言ってくれるが、冗談じゃない!こちとら鼻は垂らし髪はぼさぼさ、美人にお見せできる状態じゃないんだぜ?それに美人に対して先入観があるんだよなァ・・・。

 中学時代の同級生、仮に”石井清美”としておこうか。色白美人よ、すごく。名前からして清楚な感じでしょうが。しかもフルートなんか吹くんだぜ。完璧。でもさー彼女、男の持ち物とか男が触ったモノとか、いかにも汚らしそうに触るんだよなあ。なんかすごくイヤだった。美人だからって、なめんなよ!おいらなんか水泳部部長だぞってな感じ。←別に僕がそう言う目にあったわけではないが。何しろ別のクラスだったし。なんか、美人は冷たいって印象をぬぐえないんだよなあ。看護婦さん達も何となく汚いモノに触れるように、僕に触れないように接してくれたってのは思いすごしか?
 それなのに面食いだったりするんだから、男って悲しい・・・。


 もうおわかりでしょうが、本日今現在完全復活でございます。花粉症について色々と御指南いただいた皆様、ご心配をおかけした皆様、有り難うございました。