2003 10月中間                 

幼稚園のお昼
03/10/21/(火)
お昼。

ヘルパーさん→「ゆめちゃん、牛乳飲んでから給食食べようね」
ゆめ→「うん」
といいつつ飲んだふりして横へ置く。
ヘルパーさんがまたゆめの前に置く。
ゆめはまた飲んだふりして横へ置く。
ヘルパーさんがまたゆめの前におく。
ゆめ、げらげら笑う。
〔3回繰り返し〕

 ご飯を食べていたらチャボが来た。
 ゆめはちょうどちくわの磯部揚げをやっつけている最中だったのだが、いらなくなってきたのでこれ幸いにとチャボにやろうとする。チャボなんか来たら来たで怖いくせに。
 チャボがゆめを無視して行ってしまうと、磯部揚げの行き場所に困ったゆめは、それをヘルパーさんの給食の中へ。
ヘルパーさんがゆめの給食の中へ戻す。
ゆめがまたヘルパーさんの給食の中へ入れる。
ヘルパーさんがゆめの給食の中へ戻す。
ゆめがまたヘルパーさんの給食の中へ入れる。
ヘルパーさんが食べてしまう。
ゆめは新しい磯部揚げをヘルパーさんの給食へ入れる。
〔3回繰り返し〕

7:00pmのエピソード 03/10/20/(月)
 世間ではもう文化の秋だっていってるってのに、俺はやっと遅い夏休みだ。彼女と二人めったに会う機会はないけど、こうやって時々休みが合えば、初めてであった場所、ここへ来てしまう。
 ・・・本当は本場スペインはマドリードで会ったのだが、そうそう海外旅行などできるわけない。忙しい仕事の合間、つかの間の休息と出会った頃の気持ちを確かめたくて、こうして少しでも日常から離れ、あの日の景色に近いここへ来てしまうんだ。
 『パルケエスパーニャ』・・・

 午後5時。今彼女はパルケエスパーニャを一回りした後で、日頃の疲れが出たのかすっかり寝入っている・・。
 今日は彼女と初めて会ったあの日からちょうど2年。少し奮発してパルケエスパーニャの横にある『ホテル伊勢志摩スペイン村』に泊まることにした。迷路のように入り組んだホテル内は、まるで本物のスペインの町中を彷彿とさせる。少しきれいすぎるきらいはあるけれども・・。

 「次に会うまで、待つ時間がが楽しい」・・・彼女はよく言う。

 彼女と出会ったとき、俺は海外取引で部長のお供。日暮れまで腹のさぐり合いに終始する会食を続けることに疲れた俺は、口直しに公園で一人たたずんでいた。彼女も・・何故か一人で歩いていた。理由は未だに知らない。彼女は話したがらないし、無理強いして関係が危うくなるのも怖い。
 「日本から来たんですか?ご旅行で?」
 「いえ・・・・取引・・仕事です。」
 このごろの女性は自分から積極的に話しかけてくるのか・・。海外の開放感か、それとも日本語に飢えていたのか・・。少し会話しただけで別れたが、日本でまた再会することになるとは・・。
 まるで三文小説のようだが、1億以上の人口を誇る日本の都市の片隅で、彼女と偶然に再会したのは病院だった。
 情けない話、仕事に疲れ胃を壊し、入院したK病院に彼女は看護士として勤務していた。
 「良く、すぐに僕だってわかったね。」
 「あなたのその声・・。」
 「え?」
 「ほら、その少しとまどったような声、わたしが病状を聞いたときの声があの時と同じだったから。」
 声でね・・・。そういう記憶の仕方もあるのだな。

 パルケエスパーニャではもうクリスマスのリースや飾りを売っていた。気の早い話だと思うのだが、彼女にいわせれば楽しみに待つ時間は長いほどいいそうだ。
 午後8時から花火が上がるという。夜のパレードもあるのかな。ホテルを出る1時間も前に起こせば、身だしなみを整える時間を考えても十分間に合うだろう。花火を見たら、今夜は遅くまで彼女とすごそう。ゆっくりと。
 俺も少し寝ておこうか・・。
 ベットサイドの時計を、俺は『7:00pm』にセットした・・・。

筋ジス会恒例旅行2 03/10/19/(日)
 今日は1日パルケエスパーニャ。ゆめは朝から外へ出たくてうずうずしっぱなし。いつもならへタスりゃ僕とママが朝ご飯を食べ終わって帰ってくるまで寝てるくらいなのが、今日は僕の次に起きました。(余談だが、やっぱりママは一番最後なんだね。ま、いつものことだけどさ。去年の旅行【3月後半に記載】ホテルでは寝過ぎてしまい、三文小説みたいな想像で自分を慰めたが、今回はばっちり起きたぜ。何故かやっぱり目覚まし時計は今回も!7:00PMだなどという冗談みたいな事実ではあったが、しっかりチェックしたモンね。おまけに目覚ましが鳴る前に起きたし。この件に関してはやっぱり小説様の想像がふくらんだが、それはまた次回。)
 
 さて、幹事さんの機転で昼頃のフラメンコの観劇を予約してもらい、前回は右回りで見て回ったので、今回は左回りで、しかも客が少ないので乗り物にも積極的に乗ってみる。まずは急流下りへ。しかし、自立歩行出来ない人は乗ってはいけないそうな。仕方なくくるくる回る大きなブランコみたいなのへ。僕はピレネーなる宙づりのジェットコースターへ。
 ジェットコースターは久しぶり。一人で乗りに行ったら一番前の席に・・・。一番怖いじゃん。
 案の定怖かった。呪怨より怖かったかも。終わった後もなんだか体がふらふらして、まるで雲の上を歩いているようだった。(また余談だが、初めて英国製で今は製造終了しているジョッパーブーツを履いて歩いたときは、まるで雲の上を歩いているみたいにふわふわだと思ったことをふと思い出した。)おまけに乗ってる間中口を開けっ放しだったので口が渇いちゃって・・。
 ゆめの方も結構怖がったらしい。変な悲鳴を上げっぱなしだったそうな。
 次は楽しそうな観劇へ・・・・しかし、車いすオッケーという表示のくせに、なんと1台ずつしか入れない・・演劇みたいな名前のくせに実はアトラクションだった!しかも1回やるたんびに12分だか待ち。これではいくら客待ちの時間は無いとはいえ、全員見終わるまでにフラメンコの時間になってしまう。仕方なく電車に乗る。これはゆめ大満足・大はしゃぎ。
 という感じで、今回は色々乗ったなあ。フラメンコも最初こそ大声を上げていたゆめも、終いには半分は悲鳴だが半分は歓声になっていた。
 昼食後はパレードで一泣きし、おみやげを買い、さらに見て回って、楽しい一日はあっという間に終わってしまう。
 楽しいバスカラオケをしつつ8時過ぎに集合場所へ帰着、10過ぎに帰宅しました。

 今回の旅行はとにかく日程がゆったりでよかった。なんといってもホテルが豪華だったし。それに、年に数回しか会えない(特に僕の場合)筋ジス会の方々ともかなり親しくなれた。家族だけで行く旅行も気軽で良いし、なんといっても一人バイク野宿旅(またまた余談だが、もう2回も連続で行けてない。1回は3年生の担任兼学年主任で行く余裕なかった。翌年は今年で、また学年主任だったが担任兼務ではないので行こうと決めていたにもかかわらず、葬式や49日が3つも重なり行けるわけなかった。でも、来年の夏こそ絶対に行く!誰がなんと言っても、また3年生の学年主任でも行く!そういやあ初盆だが、それって盆過ぎりゃ良いんだろ!?このままじゃあなし崩しに行かないものという烙印をママに押されちまうし、犬の発情と同じで、もうやらきゃ〔行かなきゃ〕どうかなっちゃう!)に勝るもの無しではあるが、こうやって大勢でゆく旅もまた楽しい。みんな同じ病気で、必要なことや必要な設備に自分たちだけが色々気を遣うということもない。添乗員さんも慣れた人(またまたまた余談だが、豪華ホテルはこの添乗員さんだからこそ泊まれたのではないだろうか。添乗員さんて弟もそうだがみんな得意な地域があるらしいし。そうでなければあのホテルにこの値段では無理だろう。サービスもめちゃくちゃ良かった。)でその点手際がめちゃくちゃ良いし、本当に気兼ねなく楽しめる。いつかは僕やママが会の世話役に回る日も来るのだろうが、こういう機会でもなければ心から楽しめる旅行に出られない人たちもいるはずだ、その時はお役に立てるよう努力したいものだ。

筋ジス会恒例旅行1 03/10/18/(土)
 今日と明日の2日間は、浜松筋ジス会の恒例旅行で安土桃山時代村?と伊勢志摩スペイン村へ行くのだ。
 パパとしては始めていく時代村が非常に楽しみだが、ママとゆめはパルケエスパーニャが楽しみのようだ。

 朝4時にまずゆめとパパがほぼ同時に起床し、普通逆だよなと思いつつもパパは朝食後にママを起こした。
 以前PPPの日誌にも書いたが、遠鉄のリフト付きバスが排ガス規制のせいで東京へ乗り入れができなくなり、急遽行く先をTDLから伊勢に変更した今回の旅行、案の定参加者が激減したらしい。いつもなら2台はバスが出るのに今回は1台で出発だ。

 朝のうちは曇り空で心配だったがそのうち良く晴れて、まずは元気に時代村だ。
 ゆめは到着直前に爆睡。仕方なくみんなより遅れて入場するも、入っていきなり大泣き。想像するに、戦国の時代を模した場所だけに、その関係筋の霊の方々が大勢いらっしゃるのではないだろうか。「痛い!痛いーーーーーー」を連発するゆめ。おまけにみんなカツラかぶって歌舞伎役者みたいな化粧してるし(ゆめはかぶり物が大嫌い。以前パパが馬鹿殿の仮装しただけで大騒ぎだった)妖怪の館だのあるし・・。
 なだめすかしつつ見て回り、挙げ句の果てに長ーーーーーーーーーーーーーーーいエスカレーターが待ちかまえていた。
「バリアフリーじゃない・・・」絶句しつつも迂回路はないということでゆめを抱え、バギーを支え、何とか丘の上の村までそのエスカレーターで登ってみる。
 待っていたのは首無しの寺他・・・・。パパ一人張り切って見て回り(これは、子供はかなり怖いだろう、掛け値なしで。)、またゆめを抱えバギーを支えつつ下の村まで戻る。
 
 誰にも会えないなあと探しつつ、似顔絵など描いてもらううちにお大尽様の観劇をしていたみんなと合流、今度はバスで上の村へ回ってにゃんまげ(にゃんまげなる等身大の人型顔だけ猫・マゲ結いのキャラクター)劇場や忍者の観劇をする。
 余談だが、ここの建物は全て本物の木と瓦でできていた!これには本当にびっくり!建築様式も時代に合っているのかどうか詳しくは知らないがとにかく凝った作りで、これで地面が土なら本当にその時代にいるような感じになるだろうなあ。ゆめはずっと怖がりっぱなしだったが、パパは一人であちこち入って回って大満足でした。
 さて、さらに上の方にある安土城までバスを乗り付け堪能した後は、いよいよスペイン村へ。

 今日のお泊まりはパルケエスパーニャの隣に立つスペイン村ホテル。
 玄関前に到着したときはその豪華さに一同拍手喝采!こんな豪華ホテルに泊まるのなんて初めてかも・・。
 夕食もナイフやフオークが5本か6本くらい出てた。
 
 満腹大魔神。

秋でも見えるものは見えるのだ 03/10/17/(金)
 何日かぶりにゆめが(ママも)帰ってきた。
 帰って来るなり「パパチ」って呼んでと14回頼んだ。
・・
・・・
・・・・修行の成果は出ていない・・・・

【個別面談 のぞみ 単独通園部(とんとん)】なる紙をママがもらってきた。
通読して気になる点が。
【プールでは入る楽しさがまだ味わえなくて、怖がっていますが、少しづつプールの気持ちよさがわかっていけると良いですね】
「へ〜〜、ゆめはプールが嫌いなのか?」との僕の問にママは、
「去年はそんなことなかったんだけどね、『じいじ、じいじ』って指さすんだよね。あれは絶対何かが水の中に見えてるんだって先生が言ってた。」と答えた。
 さらに、
「”のぞみ”でもしきりに変なとこを指さしながら『じいじ、じいじ』っていうから何だろうなあと思ったら、通所している方で最近おじいさんが亡くなった方がいて、その人の家の方向だったり、実家でも『じいじ、じいじ』って指さすから考えたら、3日後に三回忌だったりしたのよ。」とのたまう。

 もう秋だねえ。秋だけど、変わらないんだなあ。
 ゆめ、いいぞお。その調子でがんばって、いつか大槻教授をこてんぱんに負かそうなあ。
一人の部屋で・・・ 03/10/15/(水)
 今日は一人。
 ママもゆめもいない。
 部屋で何をしても、何を見ても、誰も何も言わない・・・。
 この部屋でたった一人・・・・・

 そこで、










一人っきりで、












映画「呪怨」を見た。
生徒にDVD借りたのだ・・・

・・


・・・・


・・





今日、風呂入れないーーーーーー
(感想は、PPP当番日誌で)
 

『ち』 03/10/13/(月)
 今日は朝から体のあちこちに鈍い痛みがある。昨日の運動会の後遺症だろうな。ひどい筋肉痛ではない。ちょっと痛い程度だ。でも、例えば先日の高校での身体力テストの時、暇をもてあまして腕だけで綱登りなどしていたが、翌朝は特に腹筋が筋肉痛だった。集中的な痛み、でもすぐ消える予感のある痛み。実際に翌日には消えていた。
 今日のは違う。だらだらと続きそうな感じの痛みだ。この”だらだら”と言うのがいかにも嫌っぽい。痛いなら激しく痛い、痛くないなら痛くない、どっちかはっきりせい!と言いたくなる。
 ”にぶい痛み”と”だるい”はどこか似ている気がする。
 僕は”だるい”も”だらだらしてる”も大嫌いだ。

 このごろゆめが僕のことを『パパち』と呼ぶ。発音をまねるなら『パッパ チッ』って感じだ。おそらく僕らがゆめを『ゆめっち』と呼ぶのに起因しているのだと思うが、素直にママが『パパ チ』と呼ぶのをまねしているとも考えられる。
 しかし、決して『ママ チッ』とは呼ばない。
 がんとして。

 『パパち』・・・・そう呼ぶゆめは確かにかわいい。
 でも、同時にお前ごときに『ち』呼ばわりさせるほど落ちぶれてはいないぜという気にもなる。
 年端もいかないガキ相手にむきになるのも大人げないが、実際に大人毛は生えていないから仕方ない。もし健常な5歳児に『ち』呼ばわりされていたとしたら、猛烈に説教たれていただろうなあ、性格上。
 でも、ゆめにしつこく「『パパチ』と呼んで」とお願いを連呼してしまった。
 実に情けない。
 
 男34才、四捨五入すればまだまだ30才とはいえ、これではいかん、筋肉と精神を鍛えねば。