2003 5月前半                 


特に何の事というわけでもないが・・ 2003/5/19/(月)
 世の中の誰しもが障害者に優しい訳じゃない。そんなの当たり前だが。仮に小さい子供でも、その子供が生きたわずか数年間で、すでに障害者に対してどのような態度をとるかの下地が出来ているようだ。まして大人だったら・・・いや、上辺だけのつきあいなら、大人の方が理屈が通るだけましなのかな。
 果たして障害者の身近に居続けなければ、障害者に対する接し方も人並みな暖かいモノにならないのだろうか。いや、そんなことはあるまい。生まれてずっと障害者が身近にいるなんて、かなり特殊な環境だ。今の日本の家庭環境を考えたとき、大多数には障害者を眼にする機会などほとんどあるまい。でも、そんな環境に育った子供でさえ、障害者を難なく受け入れられたりする。生まれついての性格もあるだろうが、僕はそれまでの家庭教育(しつけ)が非常に大きなウエイトを占めていると思っている。
 障害者を眼にする機会は少なくとも、「他者に対して優しくすること」「自分の時間を他者のために使うこと」「他者の気持ちを推し量ること」などは、いついかなる時でも教育できる。それが教えられる両親に育てられた子供は、きっと心優しい人間に育つだろう。もちろん、社会的弱者と位置付けられている障害者に対しても、どのように接すればいいか考えてくれるんじゃないのかな。それらのことを教えないでいて、ただ単に「障害持ってる人にも優しく・・・」何て言って聞かせたところで、どれだけ心に届くモノか・・・。

 ゆめにおいても、いろいろな場面で虐げられることもある。もっとも、本人は気にしてないやら理解してないやらだが。一緒にいる大人には、きっつ〜〜〜と思うこともある。でも、相手が子供だったりすると、その子に対してどうこうよりもむしろ家庭のしつけやその子の行く末を案じてしまう。仕事柄多くの生徒とその親御さんに接していると、家庭のしつけがどれだけ子供に与える影響が大きいかを実感するのさ。決して教師的な考え方ではなく、一人の人間としてね。
 ま、余計なお世話だが。
 今ゆめも僕ら夫婦も、非常によい環境にいる。ゆめのことを考えてくれる幼稚園や福祉課の皆さん、友愛の里などをはじめとした公共施設の大人達に囲まれ、ゆめを受け入れてくれている子供達(僕の生徒若干名を含む)に囲まれ、幸せに暮らしていられる。しかし、この佐久間の地を離れるとき、また荒波が待っている。次はゆめにとっても辛い波になることだろう。それを思うと、今若干の唐辛子的なきつさは、我々にとって現実を忘れないための良い刺激だ。

リフォーム 2003/5/17/(土)
 先週はママが僕の実家のトイレの壁紙を張り替えた。今日はトイレへ続く通路と脱衣場の壁をいじった。壁紙を張り替え、かびの浮きやすい場所は煉瓦で敷き詰めた。私の母親は、
「ここだけよそのうちみたいねえ」
と言っている。ママにしてみればいずれ新しく家を建てたら自分でいろいろやるつもりだから、その予行練習と言ったところ。実際にやってみるといろいろと想像と違うこともあったし、勉強になった。
 でも、作業が終わって一息ついていたときのママの言葉に、僕は戦慄した。
「次は玄関ホールと居間をやらなきゃね」
 じょ、じょ、じょ、冗談だろ?!もう勘弁してください〜〜


幸せ者 2003/5/12/(月)
 このごろゆめは幼稚園で幸せだ。
 今日は幼稚園で、”ママの日”のプレゼントで似顔絵を描いた。ゆめが描けるわけはない。眼だか口だか解らないし、顔だとはとうてい思えないモノをごにょごにょと、でも楽しそうに描いていた。横についていたヘルパーさんが見かねたのか手を貸してくれて、立派な目と口をかいてくれた。
 そこですかさずちえ先生登場。
「ヘルパーさんは気を遣って顔を描いてくれたけど、私としては点と線だけでも良いからゆめちゃんが描いたモノをプレゼントしたかった。」
 母の日からは遅くなるし、ヘルパーさんには申し訳ないが、やり直すそうだ。

 ママにしてみたところで、横についていればどうしても手を出しすぎてしまう。ヘルパーさんだってきっと「せっかくだから上手な絵を」と、ママのためにと気を遣ってくれたのだと思うが、ちえ先生の毅然とした態度は、美術の先生(僕)も大賛成だ。もちろんママも。
 ゆめが一人で描かねば意味がなかろう。
 僕の生徒に対しても常々同じ事を言っているのだが、「うまい絵」なんていらないのだ。欲しいのは「いい絵」だ。この場合は、ゆめが一生懸命描いた「ママの絵」。顔だかなんだか解らなくてもいいさ。仮にゆめがママの顔だと自覚していなくても良い。「ゆめが描いた」事に意味があるのだ。
 ちえ先生の発想は、ゆめにとってもプラスだし、我々夫婦の考え方とも同じ。これは幸せなことだ。ヘルパーさんも
「ちょっと手を出しすぎてしまいました〜(てへっ)」
と言っていたそうな。
 ちょっとこれ書きながらドキドキするが、ヘルパーさんはとてもよくやってくれるので、念のため。

考え事 2003/5/11/(日)
 御近所さんで、ゆめと同じ年の男の子がいる。おまけに筋ジス、病気まで同じだ。しかも福山型。誕生日なんかゆめとわずか1週間違い。3年ほど前にあちらの親御さんから連絡をいただいて、御近所さんだと解ったのだ。
 今彼は人工呼吸器をつけて寝たきりの状態だ。元気な姿を最後に見たのは、”手芸のトーカイ”という店の入り口でバッタリあった時だ。ゆめも会うと興味津々だし、良いお友達になれたと思っている。
 今日、久しぶりに会いに出かけた。新しい家に訪問。彼は居間に据えられたベットにいた。ゆめは人工呼吸器の音をいやがっていたが、何とかご挨拶できた。でも、彼のパパのお膝に呼ばれたときは、すぐに出てきてしまった。
 父として、そのとき僕は思った。男親なら女の子を抱きたいだろうなと。
 いや、もしかしたら勝手な思いこみかもしれないが、パパさんの様子を見ていてそうじゃないかと思ったのだ。

 話は変わるが、もしゆめが寝たきりになったら、僕はどうしたらいいだろう。県内のどこに転勤命令が来るか解らない県立学校の教員。むろん事情を説明して無理な移動はないようにしてもらうつもりだが、そううまくいくのかしら。今でさえ単身赴任は無理だと思っているのに、そんな状態になって単身赴任は考えられない。早くに持ち家でも建ててしまえばいいのかな。
 あと、美術専攻持ってる学校も難しいな。元々母校が私立の美術科を出た僕としては、生徒が本気で美術を考えていて受験指導もバリバリできる学校は理想的だが、なにせそういう学校は忙しい。下校時間が毎日10時過ぎとか言ってるし、そんなの無理だよな。ママの負担が大きすぎる。でも、やっぱ、教師になれば一度は進学校で教えたくなるのと同様、美術教師としては専攻科を持ってる学校で教えてみたい。非常勤で教えてたけど、専任でやってみたいと思っちゃうのは無理からぬ事だよなあ。でも帰宅時間が遅くなるのはちょっと・・・。静岡県東部の学校なんか午後6時をすぎるとまず電話もつながらない(勤務時間の午後5時をすぎると、み〜〜んなぱあっと帰っちゃうらしいんだな。)のに、この差は一体何なのだろう。(僕は西部の人間。東部への転勤は不可能だな。施設に通えなくなるし。)
 あ〜〜、いろいろ考えると、なんか先々不安だ。

素敵なこと 2003/5/9/(金)
 子供用の組み立て揺り椅子をママが買った。組み立てである以上、誰かが組み立てねばならない。
 では誰が?
 当然僕。うきうきしながら作ったさ。
 さて、本日組あがった椅子を持って帰ってきた。ゆめのサイズにはちと大きいが、乗せてみると素敵に可愛いじゃありませんか。
 でも・・・・・
 「揺すれ」攻撃勃発!!
 確かに自分じゃあ揺すりにくいかもしれないが・・・・・もう腕が疲れたっす・・・・

 玄関でなにやらごちょごちょやっているゆめ。何をしているかと思えば、僕のブーツを一生懸命ブラッシングしているじゃあありませんか。
 一生懸命ブラッシングするたびにこしょこしょと動く、小さな背中の小さな肩胛骨。
 腕と一緒に頭も動く。揺れるポニーテール。
 素敵に可愛いじゃあありませんか。
 でも、裏革はいいとして、表革はちょっと勘弁・・・。

 一仕事終えて戻ってきたゆめ。手にはポップコーンの包み。時刻は午後8時40分。おやつの時間には遅すぎるが、開けてとせがむゆめを押し切れない。
 開けてやると、正座して食べ始める。
 八の字に座る足。
 小さな手でつかむ少量のポップコーン。
 一粒つまんでは口に入れ、嬉しそうにうなずく。
 素敵に可愛いじゃありませんか。
 でも、この時間にちょっと食べ過ぎじゃあ・・・。

しつけ 2003/5/8/(木)
 マッサージ椅子に興味があるゆめ。今日はママの実家でずいぶんと長いことかかっていた。見かねたおばあちゃん(ママの)が強いと筋肉に悪いと思って、
「ゆめちゃん、もうやめな。こっちで遊ぼう」
と誘っても、いっこうに言うこと聞かない。何度も声をかけると、
「うるちゃいなあ!」
という始末。「うるちゃい」と言われたおばあちゃんはたいそうショックを受けたそうな。

 友愛の里の小児科で検診のゆめ。膝の関節がだいぶ硬くなってる。膝の裏側をのばすように言われた。
さらに主治医の先生からは、
「はっきり言って、甘やかしすぎだね」
と笑いながら言われた。
 さて困った、どうしたものか。ゆめのやつ「ダメ!」とか、「がまん!」とか、しつけに絡む肝心の言葉だけは「わかんな〜〜い」と言う顔でしらんふりするから、どこまで理解してるのか解らないんだな。それでもこのごろは僕がご飯中はどんなにすり寄ってきても
「ご飯中はダメ!!!」
と言って突っぱねるようにしてるけど・・・それじゃあ足りないか。ママはどうかしらんが、僕は結構ダメな時は理由言ってダメにしてるけどね。どこまで理解してるか本当に解らないけど。
 あ〜〜あ、しつけって難しいなあああああ。せめて言葉を理解してくれればなァ。歩けなくても良いから、話をしたいよ、ほんと。言われたくないことをママが僕に話そうとすると、いやいやと言う仕草をするけど、少しは理解してるんだよな、きっと。あいつ、わざと解らないふりしてるんじゃなかろうか・・・。

ゆめっちパワー 2003/5/7/(水)
 あれは〜〜誰っだ!?誰っだ!?誰っだ!?
 あれは〜〜ゆめっち!!ゆめっちマ〜〜ン!ゆめっちマ〜〜ン!
 怪獣ゆめの〜名を〜う〜けて〜〜
 すべてつかんで〜〜投げ〜る 幼〜児〜
 ゆめっちイヤーは地獄耳!
 ゆめっちヨダレは強酸性!
 ゆめっちキックでママ気絶!
 ゆめっちパンチはパパ砕く!
 幼〜児の力〜〜
 身に〜〜つ〜〜けた〜〜
 一人っ子〜〜我が儘〜〜
 ゆめっちマ〜〜ン!
 ゆめっちマ〜〜ン!!

 ところで、こんなスーパーパワーを身につけているゆめには、ある特徴がある。
 解説しよう!
 ゆめの眼は可視広域を遙かに超えた領域まで見通すことが出来るのだ!その眼で何を見るか??
 お風呂場でパパの頭越しに・・・
 寝床では天上の一角で・・・
 ご飯を食べているときも・・・
 遊んでいるときも・・・
 我々には見えない何かに手を振る、ほほえみかける、話しかける・・・。
 でも、彼女が笑っていると言うことは、怖い存在ではないということだから、これで良いのだ。
 

ヨダレ 2003/5/6/(火)
 「ほんとにあった笑っちゃう話」の中に、子供のヨダレでかぶれる話があった。ヨダレが酸性物質ではないかと疑いたくなるほど物を溶かす、肌を荒らす。どこまで本当かねえ、この話は・・・。話の中では子供(ほとんど赤ちゃん)は、宇宙人のように描いてあったが、人ごとではない。
 何を隠そう(っていうか、もともと隠してないが)ゆめは正真正銘宇宙人だ(これはうそ)。物は溶かさないし、肌も荒れないが、ヨダレでそこら中ぬれちゃう。あちらがゴジラの再来なら、ゆめは怪獣ナメクジラーだ。通った後にはナメクジのように光の筋が・・・。
 さてこのヨダレ、多い日と少ない日がある。まるで女性のアレの様だが(おっと失礼)、極端に少ない日があるのは、病院の先生によれば、言葉が出る予兆。私の母親によれば、核酸飲料の効果。どちらが本当かわからんが、確かに以前よりも総量は減った。しかも、かなりニオイのきつい日がこのごろ多い。これはたまらん。ゆめも自体も臭いが彼女がさわった物がみな臭くなる。まるでゴキブリの卵のニオイ。父親の私が言うのも何だが、このごろ本当に臭いのよ。母親によれば、それは核酸飲料の好転反応で、毒素を出しているそうな。そう言われれば確かにそんな気がするよ。
 ゆめよ、猫じゃないんだから口に指つっこんでヨダレだらけにしたあげく、顔中触りまくったりしないでくれ〜〜〜


 と書いてみたが、ゆめもいっぱしの女性。この日記はちと可愛そうかな・・・・。
 とか言いつつアップしちゃうけど・・・。
 

心の教育 2003/5/1/(木)
 今日はPTA総会だった。今年の総会では、学年主任は「心の教育」を保護者にすることになっていて、それがやっと終わって一息ついている。ここ数日間は、その資料準備に追われて大わらわだった。
 文部省は平成10年に生きる力の教育を学校・家庭・地域社会に求める答申を出している。今回の「心の教育」もそれを受けて数年前から行っているものだ。私が行った内容は、学校と家庭が連携しあって「人に優しい人間を作ろう」と言うことと、「規範意識を持たせよう」だ。
 人生経験33年&子育て経験若干4年の私が、高校生まで子供を育て上げている、大先輩といえる強者父兄に対して何を言えるかという感じなのだが、若輩者の意見として参考にしてもらえれば幸いだなあ。
 だいたい文部省なんか現場の苦労をろくに知りもしないで中央の高見からすき勝って言ってくれるよって感じな事が多い(ゆとりの提言とかさ、週休2日制の答申とかさ)のだが、この「心の教育」や「家庭のあり方」の答申はなかなか正鵠を得た内容で、ほんと、その通り!と拍手を送りたい。
 家庭ではもっと子供に規範意識を持たせるような指導を行わねばならない。「あのおばちゃんがにらんでるからやめな」じゃなくて、なぜいけないかをしっかり説明してやめさせるんだよ。ボランティアに参加したら単位をやるなんて言ってる馬鹿大学教授に怒るんじゃなくて、そんな風になってしまったのはどこに原因があるか考えるんだよ。突き詰めれば家庭のしつけの甘さじゃないか。
 と、教師の私が言うと反感くらいそうだが、実際そうでしょうが。みんなが行ってるし、今時中卒じゃあ困ると思って通わせてる程度の高校でも、通わせるんならしっかり学校というミニ社会のルールを守らせるのが親のつとめだろう。しつけから何から学校へ丸投げなんてあんまりジャン。家庭と学校、両方で協力しながら指導していかなんだら今のモラルの低い社会でまともに生きていける人間をまっとうに育てることは困難だよう。
 などとちょっと愚痴ってみる。
 大人が毅然と良い悪いを子供に教えられる、ほめれる&しかれるようでなければ、まともな時代の担い手は育たん。教師以前に人として、自分が関わった生徒にはせめて障害者用駐車場に平気で車止めて知らん顔をするような恥知らずな大人にだけはさせまいぞ。