2003 
7月                 


夏の午後 2003/7/31/(木)
 華奢な首筋を伝う汗。
 肩口からのびるほっそりした腕の産毛が、真夏の太陽から金色のベールを贈られ、後れ毛は熱せられた風にうなだれる。
 水色の水着に映える白い肌は、日に焼けずに透き通るような輝きを保っている。

 夏の午後、ゆめは突如服を脱ぎだし(脱ぐ仕草をし)、叫んだのだ。
「あ”ーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 「暑い!」
 と言いたいのだろう。確かに暑い。
 そこで、倉庫から昨年買った簡易プールを引っ張り出し、早速水を張った。
 実家の1階には、かつて畳の工場になっていた20畳ばかりの空間がある。そこはガレージ兼お袋の仕事場になっている。その店先に日差しをさけるようにプールを出してやった。
 ゆめはよろこんでぱしゃぱしゃ楽しんでいる。傍らでプール監視員と化したママは、流れる汗をぬぐいつつ、お袋の仕事机に陣取りカリグラフィーの練習などしているのだった。
 梅雨明け宣言はまだ出ていないが、既に真夏の陽光が照りつけるのどかな午後だ。
 店の前は旧国道1号線。流れる車は止めどない。隣の家が交差点の角に当たることもあり、信号によってしょっちゅう信号待ち車両が見える。
 ゆめはご丁寧に、車が信号停車するたびに大きな声で、
「お〜〜〜〜〜〜い!」
と呼びかける。
 呼びかけられた方もご丁寧に手など振ってくれる。
 まず助手席の人が。次に運転手が。
 中には町ですれ違ったら絶対によけて通りたいぞと言うくらいの風貌の、一目でその筋の方が乗っているとわかる車にまで、ゆめは声をかけてくれる。でも、意外やそういう方でもにこにこしながら手を振り替えしてくれるのだ。
 まだまだ日本も捨てたモンじゃない。

細胞組織 2003/7/30/(水)
 「人間は柔らかい生き物だ。」
と、昔何かの本で読んだ。
 「弱くて柔らかい部品が精密に動くから進化できた。我々の体を構成する分子は、もろく弱い結びつきでいるから化学反応が可能だが、強い結びつきでは鉱物になってしまう。鉱物は何億年立っても変化しない。柔らかさ・弱さ・もろさが、人間を人間たらしめている。」

 ゆめはとても柔らかい。同年代の子供と比べてもはるかに柔らかい。時々強く握ってしまったりすると、その柔らかさに改めて驚く。
 そんなとき、生検の筋肉の断面写真を思い出す。
 太くしっかりした筋肉繊維があるかと思えば、その倍以上に細く弱そうな筋肉繊維がある。その繊維と繊維の間を埋めるのは、僕には訳のわからない物質。何度説明を受けても、それが溶け出した筋肉繊維というイメージをぬぐえない。
 うっかり強く握ると、ゆめの筋肉組織を破壊してしまいそうで怖い。ぶよぶよしているのは、筋肉から溶け出してできた物質なんじゃないかと考えてしまう。

 生検の写真を見たとき、ママはゆめの太い筋肉繊維を見て。
「ゆめの筋肉にだって、一生懸命太くなろうとしているものがある。」
と言った。
 僕は生検の写真を見たとき、筋繊維よりもその間を埋めている組織が気になって仕方なかったのだ。
 「この部分は一体なんだ??何がつまってるんだ??もしかして、溶けてる?ゆめの筋肉が溶けてるんだ?!なんて恐ろしい病気なんだろう!」
と思った。

 別にだからどうとか言う話じゃないんだけど、ふと頭に浮かんだのよ。


潰瘍 2003/7/29/(火)
 今日は胃カメラ検査だった。6月の健康診断でのバリューム検査の結果、”要精密検査”となってしまったのだ。
 山を下りて、1時間半もかかる総合病院に行った。
 胃カメラ専門病棟で看てもらうので、たぶん痛くもかゆくもないだろうと思っていたが、やっぱり痛いような気がした。
 オエッてなった。

 結果は、4カ所も潰瘍が見つかった。十二指腸にもあった。何度も何度も潰瘍になったりよくなったりを繰り返しているらしい。段だらになってる箇所もあると先生は言った。
 ピロリ菌も見つかった。
 完全無欠の胃潰瘍であった。
 ショックで、ちょっと気分が滅入った。”何度も何度も何度も何度も・・・繰り返した?”

 今週の金曜日に潰瘍専門医に再受診となった。
 今週の金曜日は、うちの高校は中学生の一日体験入学の日だ。僕も美術の授業をすることになっているのだが、
「かなり深刻ですので、早くに受診した方が良いです。金曜日に受診にしましょう。」
と、検査担当の先生に有無を言わさず予約を入れられてしまった。
 学校に事情を話したら、受け持つはずだった中学生は、全員他の授業に割り振ることになった。ま、これで心おきなく再検査に赴けるのだが・・・。

 「深刻な状態です」って、そんなに悪いのか?
 「早くに再検査を」「金曜日に受診」って、そんな急にやらなくちゃいけないほど悪いのか・・?
 本当にただの潰瘍なのか・・・・?

 あ、考えたら潰瘍増えそう・・・。

よだれ 2003/7/28/(月)
 誰かが寝息を立てている・・・。かわいらしい寝息だ・・・。
 誰だろう・・。
 でも、よく聞くと、なんだかわざとらしい寝息だな・・。
 そうっと寝室をのぞいてみる。するとそこには・・・。
 
 それはゆめでした。
 僕の布団に入り込んで、寝たふりをするゆめ・・。
 そういえばさっき、からからからと戸を開ける音がしたっけ。あれはゆめが寝室に潜り込んでいくときの音だったんだな。
 
 しまった、ゆめと目があってしまった。
 枕元をはたはたとたたいて、僕を布団に誘うゆめ・・。
 仕方ないので横に寝て、同じように寝たふりをする。
 ゆめは右腕にしがみついて、僕の胸をとんとんたたいて寝かしつけてくれる。
 そうかと思えば髪の毛をよだれだらけの手でわしづかみにして、
「おあよ〜〜」
 と、おこそうとする。

 ちょっとゆめさん、そのよだれだらけの前掛けつけたままでうつぶせにならないでよ!お前さっきご飯食べたばっかりじゃないか!前掛けにいろいろつけてるだろ!
 枕をかむな、まくら!あ〜〜あ、よだれだらけじゃんか!

 今夜僕は、ゆめのよだれのにおいを身にまとって眠りにつく。
 そのにおいは、決して”シャネルの5番”ではない・・・。

反抗期 2003/7/27/(日)
 このごろゆめは反抗期だ。・・・と前にも書いた気がするが・・・。

 先日亡くなったばあちゃんの祭壇がある。ゆめは鐘や木魚に興味津々。やたら鳴らす。それは良いのだが、線香を立てる灰の入ったやつや、お香をたく灰の入ったやつにもやたらに触りたがる。
 以前その灰の入ったやつをこぼして、お袋にさんざんしかられても、がんとして謝らなかった。
 今日はパパやママが見ている前でも同じことをやり、同じように怒られた。
「ゆめ!ごめんなさいは!」
「ゆめちゃん、悪いことしたらごめんなさいでしょ!」
 でも、なかなか謝らなかった。
 なんだかへらへらしている。誰かが助け船を出してくれるとでも思っているのだろうか。でも、誰も助けないぞ。しまいには泣き出した。
 何度か責められるうち、やっと小さくごめんなさいした。

 なんだろう、別に悪いことしてないって思ってるのかな。いくら知能が遅れていても、悪いことは悪いことだと理路整然と教えるぞ。絶対に、いいわいいわにしないからな。
 でも、理解できてないのかなあ、やっぱ・・・。

規則 2003/7/25/(金)
 ママは、スピード違反で捕まった。実に35km/hオーバー!すごい!
 で、一発免停で簡易裁判を受けたのだが、なかなか忙しくてその後の免許センターへの講習に参加できない。その旨警察本部に問い合わせたところ、日が延びても別段支障はないとのこと。のばしのばししているうちに不幸が続き、結局1ヶ月以上たった今もまだで向いてない。
 ようやく8月に入ってから行くことになったが、その間の警察の対応がまた見事。
 スピード違反をしたのはママで、警察にしてみれば違反者のわがままなのに、実によく応じてくれる。
 民主主義万歳!

 僕は今ゴールド免許なのだが、では違反など無いのかと言えば、当然ある。胸を張っていえるぜ。たまたま運良く見つかっていないだけだ。(スピードに関する違反だけね。そのほかは絶対守ってるから。もっとも、そんなの言い訳にもならんが。)
 危険思想なのは承知で常々思うのだが、制限速度、あれは守れるわけ無い。それは交通の流れが証明してる。制限速度なんかで走った日には、渋滞を引き起こし、交通の流れを阻害し、挙げ句の果てには危険な追い越しまでされて、交通事故を招きかねない。山間の道路ですらそうなのだから、町中の多車線道路などなにをかいわんやだろう。
 もちろんそれはみんなが守っていないからであって、制限速度がおかしいわけではない。守らない者が多いと言うだけのことだ。
 しかし、逆にこう考えられないだろうか。
 守らない者が多いと言うことは、それが守るに値しないからだ・・・と。
 これは校則なんかにもいえる。時代の流れや子供のというより親の意識の変化で、守らせることが困難な校則や、我々が見てもいらないだろうと思うような校則が実に多い。
 それをご丁寧に守らせようとするから、いらぬエネルギーを毎日浪費する。
 これこそ無駄というもの。
 もちろん、社会生活において規則というものは、例え一見おかしいと思えるものでもそれを「守ろうとする心」とか、「従う姿勢」が大切なのであり、個々人がみんな「納得できない」からといって守らなくなれば、当然社会は成り立たぬ(今の日本はそうなりつつあるが)。
 僕も常々そこのところを生徒に教えているし、一見無駄と思える規則の中には、そうあるべき理由も潜んでいる。
 しかし、それにも自ずと限度がある。
 この際今一度社会の変化を見直して、いろいろな規則を整理したほうがいいよ。

 『どうしても速度を守らせたいなら、無駄に速度が出る車を作らせるな。(←車メーカーへ)
 つまらぬねずみ取りする暇があるなら、山間の集落の中のせっっっっっっっまい道を猛スピードで、しかも排気ガスをもうもうと吐きながら走るダンプの方こそ取り締まれ。(←警察へ)
 ダンプへの地元車優先を徹底させろ(←役場へ)
 髪の毛の色ごときでごちゃごちゃいいなさんな。あなたのその毛染め液の製造工場へ、わざわざ黒く染め直した髪の毛で面接に行くのよ、うちの生徒が。(←企業へ)
 学校への責任をとやかく言うなら、もっと学校を信用しろ。何もかも丸投げにして自分たち親の責任まで先生に押しつけるな。学校だけで指導したって生徒たちが守るわけ無いじゃん。自分の過去を振り返ってみ。(←親へ)
 生徒に常識を説くなら、自分が範を示せ。(←一部の教師へ)』

 もっとも、ママの35km/hオーバーはやりすぎだと、僕も思うぞ。

 関係ないけど、ああ〜〜〜、こんなことを考えていても、日々先生面して生徒に説教たれるんだから、つくづく教師は罪深い〜〜〜。
 

あんま 2003/7/23/(火)
 このごろゆめが重い。彼女の体重は14kgだが、それ以上に重く感じる。
 葬儀が終わり、疲れた体を引きずっていたとき、重たいゆめを抱えたとき、僕は思った。
 「あんまに行きたい。」

 母に教えてもらったマッサージ屋は、全予約制で、10分刻みでコースが選べる。僕は試しに60分のカイロプラクティスコースにしてみた。お値段6千円。

 さて、母が指名しておいてくれた人は年の頃30代後半。見た目かなりいい男。個室に入れられ、かる〜〜くマッサージした後にあちこちを
「ゴキュ!」
「ゴキキ!」
「コキ!」
とやられた。やたら骨がはまる。
「人の1.5倍は入りました。」
といわれた。かなり凝っていたようだ。気分的にはもっとマッサージの方をやってほしかったような気もするのだが、まあ、すっきりしたから良いか。確かに体が軽い。でも、あんまり触られていないような気もする。そんなんでもこれだけからだが軽い。
 カイロプラクティス、侮りがたし。

祖母の葬儀 2003/7/22/(月)
 気がつけば、今日はもう22日。あっという間に過ぎ去る日々・・・。
 本当は今日はうちの高校の終業式。でも、出てる場合じゃないので年休とってうちの中の残務処理。
 
 19日の祖母の葬儀は大変豪華でした。18日の早朝亡くなり、20日が友引なので18日のうちにお通夜。翌日19日に告別式と、あわただしく進行しました。
 23年前、祖父の葬儀は父の仕事の関係やら祖父の人柄で大変にぎやかく、自宅葬儀だったのだけど、籠盛りやら人の列やらすごい行列だった。今でもよく覚えている。
 長い闘病から解放されたと言うことで、全然湿っぽくなく、むしろ「良かった」という感じだった。
 今回の祖母は、闘病自体はなく、ちょっと入院・ちょっと転院しただけで実にあっけなく逝ってしまった。
 うちの中ではぼけもひどく、勝手気ままに生きてたばあさんだから、じいちゃんの時のようににぎやかくはないだろう、自宅葬儀でもいいんじゃないかという話もあったが、なにしろ急な話で準備もできない。結局通夜以外はお寺でやった。

 葬式の当日、実はものすごく外面の良いばあちゃんだったようで、参列者も大変多く、家族一同非常に驚いた。
 父は、病院を移ったばかりで、いくら危ないと医者が言っていても点滴で今夜は保つだろうと思っていた日の早朝に亡くなったので、大変ショックを受け、終始へろへろ。じいちゃんの時とは大違いで湿っぽいこと湿っぽいこと・・。
 長男の僕が母から指示を受けて走り回った。
 つかれた。
 父は未だに様子がおかしい。片づけなんかもできない状態。仕方ないから今日も学校休んでうちの中のことをやる。

 不思議なのは、うちの高校の内規を見ると、生徒と一緒で祖父母の葬式の場合は忌引きが3日間しかない。両親なら1週間。
 ちょっと待て。立場が立場ならそれでも良かろうが、実際今月初めの母方のばあちゃんの時はそれで十分だった。しかし、
 今回の場合、長男である僕はめちゃめちゃ忙しく、その後のことも手引きや準備片付けで大変だ。とても3日じゃ足りない。実際今日で4日目。本当は明日もやらなくてはならないことがあるんだけど、出張もあるし、キリにしてここらで引き上げるけど、忌引き日数が生徒と一緒じゃやってられないぞ。まして田舎の葬式は大変なんだから。小野田家一紋がどうのとか、隣家・雨だれの寄り合いとかさ〜〜。

 それはそうと、告別式がすごく変わっていた。
 お坊さんは、何かの棒で空中に字を書いたと思ったらその棒を投げ捨てるは、お経とは別に何かを読み上げていたと思ったら、最後に大声で


「喝!」

と叫ぶので一同びくっ!!としちゃったり。疲れて半分寝てたのを怒られたかと思っちゃった。いや、僕じゃなくママがそう思ったの。

 ああ、それにしても疲れました・・・。 

筋ジス会のバーベQ 2003/7/13/(日)
 朝、ママに
「お熱があると思う人〜〜」
と聞かれたので、
”いいえ”
という仕草をしました。そしたら、いつの間にか筋ジス会のバーベQに来ていました。
 いっぱいお友達がいて、初めて見るお友達も多かった。一緒に食べたテーブルには、筋ジス会の藤原会長と怪しい関係と噂したことがあるおねいさんと、そのお友達がいました。
 話を聞くと、ママたちはみい〜〜んな同い年だってさ。意気投合していたのでほおっておいて、パパと焼き肉を食べました。パパが小さくちぎってくれたので、食べやすかった。
 その後ママに抱かれてスイカ割りにも挑戦したけど、あいにくとエモノがプラスチックのバットだったので、全然割れなくて悔しかった。くやしついでに飽きちゃって芝生で遊ぼうと思ったら、パパに雨で濡れてるからってだめ出しされて、ゆめは荒れちゃいました。
 なんだか熱っぽくなってきたのでパパにその旨伝えて、ひどくならないうちに帰ってきたけど、ママは会費を払うのを忘れました。
 ママに代わって反省しようと思います。

人智を越えた現象 2003/7/12/(土)
 2日連続になるが・・・。
 先日父方のばあちゃんの親族(新潟在住)が亡くなった。父と母は、母方の祖母(三ヶ日《静岡県》在住)の葬儀から帰ってきた次の日に、急いで葬式に旅だった。
 それに先立ち、現在病気入院中の祖母の見舞いに行った母が、祖母からこんなことを言われたそうだ。
「新潟の○坊が会いに来た。やせちゃって顔が長くなっていたよ。」
 夢の話を言っているのだが、まるで見てきたようなことを言うと、母は非常にいぶかしんでいたものだ。

 そして葬式から帰ってきた母の口からは、驚くような言葉が出てきた。
「○坊の顔がやせて長くなっていた。本当におばあちゃんの言ったとおりだった。以前にもあたしの母が亡くなる前に、『三ヶ日(先日亡くなった母方の祖母たちの総称)が来たよ』とおばあちゃんが言っていたのを思い出したよ。どっちも死ぬ前に会いに来たのかねえ。」

 今浜松の実家にいるのだが、明日には佐久間の官舎に帰らねばならない。
 私はすっかり帰るのがいやになってしまった・・・。
 

濡れ跡 2003/7/11/(金)
 その朝俺は、着替えのためにクローゼットの前に立っていた。
 ”今日は期末テストの最終日。作業はないが、わかすぎ工房で陶芸指導がある。Tシャツでいいかな。でも、Tシャツだけで学校に行くわけにもゆかないし・・・。”
 と、クローゼットの前で逡巡していると、異変に気づいた。
 足下が濡れている・・・。
 しゃがみ込んで子細に調べてみると、確かに布団が濡れている・・・。
 クローゼットの前はちょうどママの布団が敷いてある。今週はママもゆめも不在だが、無精で布団はたたんでいなかった。掛け布団がかかっていない敷き布団の角が濡れているのだ。
 真っ先に思ったのは、”雨漏り・・・?”だったが、天井のどこにもそんな痕跡はない。それに、仮に雨漏りなら、水たまり様にしみているはずだが、そういう感じじゃない。布団の凹凸に関係なく、やたらめっぽうにしみまくっている。まるで何かが這った跡みたいに。
 濡れていると言ってもびっしょりじゃない。この気温ならちょうどぬらしてから2〜3時間後ってところか。
 粗相したわけでもないし、雨漏りでもない。不思議に思いつつも出勤した。

 隣室にすむN教諭は、霊感体質で有名だ。つい先日も向こうから話しかけてきて、家であった怪異を当てられた。それ以前にもいろいろと相談にのってもらったし、この官舎にまつわる様々な怪異にも精通している。
 その彼が、またまた夕べの怪異を告げてきた。
 午前2時頃、強烈なラップ音に悩まされたから、また私の家で何かあったのではないかと言うのだ。
 時系列は同じじゃないが、確かに何かあったさ。これで帰宅後にもまだ乾いていないで同じ状態で濡れていたら、いよいよ不可思議な現象と言うことになるな、などと考えながら帰宅した。
 
 帰宅後すぐに寝室に直行し、もう一度敷き布団を調べた。
 朝には気づかなかったが、濡れているのはその一角だけではないようだ。あるいは朝は気がつかなかったのか?描け布団をはねのけてみると、なんと描け布団のなかにも濡れている箇所があった。
 これはいよいよもっておかしい。
 雨漏りなら描け布団をぬらさずに敷き布団だけをぬらせないはずだし、畳は濡れていないから敷き布団の表面だけが濡れていることになる。
 幸い、濡れた箇所をつなぎ合わせると人型になる・・・なんてことはなかったが、一体何をどうやったらこんな風に布団をぬらせるものなのか・・・・。
 しかも、やはり朝濡れていた箇所は、相変わらず同じように濡れていた。
 
 これはどう考えたらいいのだろう。
 N教諭はこんなことも言っていた。
 「まだ1階に住んでいた(彼は今年になって同じ官舎の1階から3階の今の部屋に越してきた)頃、川から何かがあがってきて、よく夜中に悩まされた」と。
 それを思い出してはっとした。
 この敷き布団の濡れ跡、確かに濡れた何かが這い回るとこんな感じになる・・・。では、彼の部屋に来ていたという何かが、私の部屋に来たのか?
 
 ああ、それにしても、何だって私の身の回りにばっかりこんなことが起きるんだ!!!

おしめ様 2003/7/8/(水)
 結衣は千葉に帰っていった。じいじとばあばはとても寂しそうだ。ずいぶん長くいたからなあ。でも仕方あるまいよ、それがあるべき姿だ。
 結衣がいなくなりやっと一人っ子に戻った気でいるゆめ。すっかりお姫様気分でえばりまくりだ。
 だっこすると怒る。
 寝かすと怒る。

 寝かすと言えば、寝てると思われたくないらしい。だいぶ回復して自分で起きあがれるようになったのだが、ママが見ている間はがんばって起きあがっているのだが、いなくなるところんと横になる。また様子を見に行くとすぐに起きあがり、「寝てないもん」といわんばかりのふてぶてしい態度。
 何をしたいんだ、おまえは?

 そんなこんなでゆめは今、おしめ様と呼ばれています。 


ゆめといえばカニ 2003/7/8/(火)
 実家で療養中、手足口病で39°5分まで熱が上がったゆめ。ふらふらグニャグニャ、食欲もなく、声も消え入るように小さい。何を口にしてもはいちゃうし、これは・・・と誰もが思った。
 さっき実家から電話が来た。でてみるとゆめのか細い声。話しかけても返事がないと思ったら、電話の向こうでうなずいたり嫌々したり・・・。見えないよ、テレ電話じゃないんだからさ〜
 
 今日新潟での親戚の葬儀から帰ってきたじいじとばあば。おみやげは当然カニ。臭いでか入れ物でかカニを察知したゆめは、起きあがるのもようようなはずなのに、自分でダッシュはいはいしてカニの入れ物へ突進。中身をのぞき見た。
「ゆめちゃん、カニ食べたいの?」
とのママの問いに、
「は〜〜い・・」
とか弱い返事。
「ご飯の時に食べようね」
ということで、ママと一緒におとなしく横になるゆめ。しばらくするとしきりになにかを指さす。
「なに?ゆめちゃん、何かほしいの?」

 カニ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・の方角じゃない
 ジュースが並んでいる・・・・違う
 歯ブラシ・・・・・・・・・・・・・・・・当然違う

「何だろう?ゆめの目線で何が見える・・・?」
 そこに見えたのは、親父のガンからの回復を極端にはやめ、お袋のリウマチの数値を平常値まで下げ、飲み会の前に飲めば悪酔い知らず、持病も力で押さえ込む魔法のような健康食品、その名も”リメイ○ヤング”。ゆめも毎日飲んでいる。
「もしかして、これ?」
「は〜〜い」
リメイン○ングがほしかったのか、ゆめ。体が求めているのかねえ、10粒お飲みあげ。

 その後、夕食ではカニの大きな足を6本も平らげた。食べ物あげても食べなかったくせに、カニならいいのか。

手足口病 2003/7/7/(月)
 ゆめは今僕の実家で養生中だ。祖母の葬儀が終わり佐久間に帰ろうとしていた日曜日、ゆめは38°以上の熱を出した。車でつれて帰るのはつらかろうということで、そのまま僕の実家にママと居残りとなったのだ。その前日には、幼稚園のチエ先生から、今幼稚園では手足口病が流行っているから月曜日からは休んだ方がいい云々との電話をもらっていたので、気兼ねせずに幼稚園はお休みに。チエ先生に感謝。

 僕が子供の頃、リンゴ病というのが流行った。今でもあるのかな?その名の通りほっぺたがリンゴのように真っ赤に腫れ上がる・・・・だったっけ?僕はかかったことがないのだが。手足口病といいリンゴ病といい、子供の病名というのはなんだかほんわかしてかわいらしいというかそのものズバリなものが多いな。大人の今、
 「スイマセン、ちょっと手足口病で・・・今日会社休みます。」とか、
 「リンゴ病で・・・」
とは言いにくいよな、やっぱ。
 「胃潰瘍で・・・」
とかだと胸張って休める気がするのは、なんなんだろうか。

 昨日ゆめは主治医の杉江先生のところへ行ったのだが、杉江先生が調子悪いそうで既に帰宅。代わりの先生にみてもらった。ママは誰だかに、その先生も良い先生だからといわれていたらしいが、まあ看てもらう機会もあるまいと思っていたのが、意外にもすぐにやってきたものだ。看てもらって、病名はズバリ「手足口病」。チエ先生ごめんなさいって感じ。
 先生を前にして、一生懸命腕をつねる合図。きっと「注射するの?」と聞きたかったのだろう。
 「・・・水分がとれないようだと点滴しないといけませんが・・・」
その言葉に反応したゆめは激しく嫌々・・・。どうやら点滴が注射以上に嫌いらしい。僕もあの痛々しい姿だけは見たくないな。
 早くよくなると良いが。

大変だぞ 2003/7/1/(火)
 ”大奥”に夢中なママ。
 ママの関心を引こうとあの手この手、「ママ」を連発するゆめ。
 なんか怖いドラマだな、これ。なんだか、”家無き子”を思い出すぞ、見てなかったけど。
 やっとママの関心を引いたゆめ。ママに電話で遊んでもらってる。どこへかけているやら。かけられた方も大変だ。
 
 大変と言えば、健康診断の結果が出た。胃部に要精検。「胃潰瘍の疑いあり。胃カメラ検査の要あり」だってさ。
 確かに今年に入ってからずっと痛いんだよな。
 あ〜〜あ、また胃カメラ飲むのか・・・。病院いやだなあ・・・。

 病院と言えば、僕のお袋の母さん、要するに母方のばあちゃんがかなり危ない状態だ。今週いっぱい保つだろうか・・・。優しいおばあちゃんだから長生きして欲しいのだが・・・。

 保つと言えばいよいよ今日からたばこ代値上げだ。買い置きがいつまで保つか・・。胃もやばいんだからやめればいいだろうけど。

 保つと言えば、新たな花粉にやられて惨憺たる有様のいま。風邪と同じ症状。体力がいつまで保つだろう・・。いや、花の皮膚がいつまで保つかな。やたら鼻かんでるからなァ・・。