2003 8月前半                 

旅行U 2003/8/20/(水)
 今日はパルケエスパーニャに。ゆめは発音できないので「ニャーにゃ〜」言ってる。
 中は銅像が多い。ゆめは等身大以上の人型が嫌いらしい。機嫌が良いのだがそれらしきものが見えると
「きゃーーーーーーーーーーーーーー」
と叫んでいた。 別にとって食ったりはしない。
 
 ディズニーランドを彷彿とさせるのか、ゆめは終始ご機嫌(銅像を除く)。早めの食事はやっぱりパエリアでしょう。がつがつ食べた。ママはなぜかうどん。僕は昨日も昼に食べたのに、今日もまたまたカレー。全くバラバラな一家3人。それでも幸せを感じてしまう。
 左回りで見ていったら、途中に『太陽の洞窟』なるもの発見。エスカレーターでしか先へ進めない。ここを通らないとその先へも進めない。ガイドブックには車いすのままで利用可能となっている。戻るのも何なので係の人に乗せてもらったが、バギーがベビーカーに見えたらしく、係員は盛んに『立てませんか?』と聞いてきた。教育がなってないな。しかも2階層あるエスカレーターをいったん全部止めて通行止めにするなど物々しい。大阪から来たらしい5人家族の父親が率先してエスカレーター待ちに文句を言っていた。僕は、『お前らは立派な足があるんだから階段を使えばいいだろうが!』と心の中で文句を言いつつ無視した。気分が悪くなるので、次回はあそこは通らないようにしよう。

 あちこち見ている間にパレードの時間に。ゆめはノリノリだ。しかし、先頭から何台目かの山車が来たとき、ゆめの動きが一瞬止まった。
「なに、あれは?何ナノ一体?!」
とでも言いたげなその顔。
 見れば確かに怖い山車・・・(写真は”気まぐれアルバム”にて)。ゆめは一気に『もう帰るモード』に移行してしまった。

 ところで、朝入場するとき見知らぬおじさんに呼び止められた。
「今からはいるの?ワシ地元なんだけど、この(入場)無料引換券で入らんかね?」
 このおじさんは、地元で手に入るらしい入場&温泉無料券を持っていた。どうやら温泉に興味があり、入場自体はどうでも良いらしいのだが駐車料金の1000円だけ取り返したくて、その券で入場させてあげるかわりに1000欲しいということだった。いったい何人に声をかけたのかわからないが、そういえば僕らの前にも女性2人組に声をかけていたなあ。怪しげなおじさんでもないし、話を聞くうちにもし仮に本当に怪しいおじさんでだまされたとしても被害額なんてたいしたこと無いし、だまされたならそれはそれで旅の思い出になるなあなどと考えだし、申し出を了承した。結果的におじさんは正しい人で、たったの1000円(ゆめは障害者割引で正規料金の半額の600円)で僕とママ2人は入場できてしまった。大人2人で本当なら5600円かかるのだ!実にラッキーだったな。

 帰りの車中で死んでからの死体の取り扱いについて話した。何でそうなったかと言えば、宿の主人が挨拶に来たときに、自分の母親の遺体を病院に献体で提供したと言っていたからだ。ゆめが死んだらその体を献体に出したら、さぞかし病気の研究に貢献できるだろうなあと思いつつ、葬式はどうやってやるんだろうと考えてしまった。宿の主人は骨になって帰ってきたと言っていたが、最後のお別れができないのは寂しいなあとか、泣きながら棺桶に花を入れたり骨壺に骨を詰めたいよなあとか。ばあちゃん2人の葬儀をおえたばかりの身としては、やはりこの2つは欠かせないなと思ってしまうのだった。
 ついでにドナー登録の話にもなった。僕は臓器提供カード?っっていうの?持って・・・・た。今は前の財布から出し忘れてどこかにしまってあるはずだ。それじゃ意味ナインだけど。で、小腸以外は全部提供するように書いてある。なぜ小腸をやめたかというと、見本の書き方に「全部提供するのは寂しいので小腸は残す」みたいなことが書いてあったので、そういえばそうだよなあと思い、僕も小腸だけやめたのだった♪ママは爆笑していたが、僕は真剣だったのに。
 死んじゃえばあとは燃やすだけ。せっかくそれを必要とする人がいるなら使ってもらった方が良いよねと言う話になったけど、最後はやっぱり葬式をどうするかと言うことになった。
 結局なんだな、葬式がネックだね。もう葬式なくて良いから、海に骨だけ撒いてくれ。

 

旅行 2003/8/19/(火)
 膝の上のゆめは、さっきから泣き続けている。大暴れだ。足の下から聞こえる重低音がいやなのか・・・。緩やかにローリングするこの揺れが気に入らないのか・・・。
 ゆめは午前2時半から大暴れだった。2日間運転手をする僕は勘弁してくれたらしいが、ママがターゲットとなり、朝まで遊び相手にされた。
 今日明日は鳥羽へ旅行だ。今は伊勢湾フェリーで海上を一路鳥羽港へ向かっている。不機嫌なのはおそらく寝不足だからだろう。ここ何日かずっと夜中に目を覚ますので、僕もママもややぐったり気味だ。

 鳥羽では最初に鳥羽水族館に行った。ゆめにラッコやアシカショーを見せたかったのだ。しかし、水族館の中でもゆめは大暴れ。泣き通しだった。眠いんだよな、きっと。寝てないんだから。
 それでも亀が気に入ったようでやや機嫌を直し、ラッコで満腹してくれたようだ。それでも2時間もしないうちに出てきてしまった。結局、中でも一番気に入ったのは、水族館の入口から乗った車いす専用のミニリフトだったのはご愛敬だな。動き出すと
「ふご〜〜」とか言っちゃって。

 気を取り直して宿へ向かう途中、『海の博物館』を見つけて立ち寄った。建物自体からして建築界の大変権威ある賞(何賞か忘れた)をとったという博物館で、展示物も指定文化財がずらり。結構良かった。もっとも、寝不足のゆめは案の定車の中から寝続けていて、展示物は何一つ見なかった。

 宿は『石鏡第一ホテル石鏡城』小高い岬のてっぺんに立つ、何とも見晴らしの良いホテルだ。その最上階に泊まった。部屋の窓から下々の暮らしぶりを見下ろしてみると、小さすぎてなにやらわからないぞと言うくらいの高さだ。ゆめは景色を眺めていっぺんにご機嫌になった。
 家族風呂を予約。ゆめを考えれば家族風呂は条件からはずせなかった。露天ではないが景色の良い家族風呂で親子3人汗を流し、上機嫌で食事をとる。
 部屋食はこれまた豪華。『小野田丸』と書かれた幟のついた舟盛りの鯛のお頭は目玉が透き通っていたし、アワビの刺身まで付いていた。ところがどっこい、ゆめは鯛の顔を見て大泣き。伊勢エビのからを見て逃げていった。仕方ないのでエビは隠し、鯛の頭には布をかけた。布をかけるとなんだか本物の死体に見えて、こっちまで怖くなった。

 元気いっぱいのゆめはホテル中探検し尽くし、それでも足りずに部屋中這い回って、夜中にやっとお眠りになった。おまけに障子を破るし・・・。今夜はゆめを早くに寝かしつけて、ママと2人ラウンジにでも行こうと思っていたのに・・・・。もしかしてゆめにばれていたのか?

 

発狂女達 2003/8/18/(月)
 真夏の太陽が照りつける都会。
 陽炎にかすむ家々が、体感気温をさらに上げる。

  ここは・・・廃墟が立ち並ぶ異国の町・・・。この町から善良な市民の姿が消えて久しい。町角を徘徊しているのは、幽鬼のようにあてどもなくさまよう異形の人々・・・。一様にうなだれている・・・。
 「きあ〜〜〜」
 「きえ〜〜〜〜」
 「ぎあ〜〜〜〜」
 奇声がこだまする。
 悲痛な叫び声が聞こえる。

 ここは・・・ここは・・・一体、日本なのか?
 おれは・・・どこにいるのだ・・・・

 目を開けたら天井が見えます。
 ここは日本です。
 実家です。
 ゆめが居ます。
 ゆいがいます。
 大合唱です。
 彼女達の声で気温はさらにヒートアップします。

 ”発狂女”の異名を誇るゆいの叫び声は、耳にがんがん響きます。
 ゆめは耳を押さえて負けずに叫び返してます。

 ・・・・勘弁してください。
 

ただね〜〜、 2003/8/17/(日)
 母方のばあばの49日、無事終了。
 ゆめは”なむなむ”の腕前に磨きをかけてあるので、危なげなく拝み倒しました。
 ただ〜〜〜、お位牌堂は怖くて入れないのでした。
 
 今日は従兄弟の結衣がきているので、一緒に遊んでます。
 ただ〜〜〜、結衣のなんていうのあれ?テーブルにひっかける形の椅子、結衣パパがそれをセッティングしたのを見つけたゆめは、そこへ入れさせろと大暴れ。
 お前は入れないんじゃ!

 このごろ語彙が増えたゆめ。「あのね、」「そいでね、」「あの〜〜」を多用するようになった。
 ただ〜〜〜、それが言えても言ってる中身はやっぱり意味不明です〜。

 カウンターが間もなく50000になりまーす。
 ゲットした方は掲示板に書いてね。”つまらないもの”ですが、差し上げますです〜〜♪

キャンプ 2003/8/14/(木)
 今日は朝からあいにくの雨。でも今日と明日の二日間、”福田ハッピーハンズ”のみんなが浦川キャンプ場に来る。みんなと言っても責任者の方しか面識はないんだけど。
 その方とは袋井養護学校のボランティアで知り合った。僕が佐久間高校の教員で、佐久間に住んでいるということで、是非こちらの高校生とも交流したいし、キャンプにも来たいということで今日の合流と相成った。
 キャンプ場では天気予報通りやはり激しい雨。結局ずっとバーベキュー会場にて飲んでだべってすごしてしまった。本当は川に入りたかったんだけど、冷たくて寒くてとてもじゃない。
 高校生達はと言うと何かやることがあってきてるつもりだったのだろう、僕もバーベキューや川にはいるということでそのお手伝いをと思っていたのだが、結局ハッピーハンズの子らとしゃべって過ごしていた。特に何かしなくても、(最初は苦しかったと思うが)ともに楽しい時間は過ごせる。また、そういう時間も大切だ。
 途中でゆめも合流して、夜はたらふく食べた(ああいうところで食べるものは何でもおいしいものだが、今日は特においしかった気がする。学校の集まりでよく使う場所で、食材も変わりないはずだが。特にバーベキューでお好み焼きというのは新鮮でおいしかったなあ)あと、地元の語り部の会の方達に民話を聞かせてもらった。

 とかくボランティアとか、お手伝いに来ましたというと、何か役割があってそれをする。何もやることがないと手持ちぶさたで何しに来たかわからないと思いがちだが、それはまさに思い違いだ。
 僕はゆめに障害者だからと特別に接してほしいと思わない。むしろ特別視しないで自然に接してほしいと思っている。誰でもそうだろう。自分に対して特別に気を遣ってほしいなんて思わないはずだ。いつもいつもそんなことされたら気づまりしてしまう。友人と遊ぶときに気構えないはずだし、ちょっとした集まりだって緊張はすれども自分の役割を探したりしないだろう。障害を持っていない人と接するときにそうなのに、なぜ障害を持っている子らと接するときにだけ”なにかしなきゃ”なんて思う必要がある?
 ただ自然に同じ場所で同じ空気を吸うだけで良いっていうときだってあるんだ。

 今日来た高校生は全員が福祉関係(看護含む)の進路に進むことを希望している。だからといって常に何かしなくてはならない訳じゃない。そう構えること自体が既に特別視で、それが望まれない場面だって多々ある。障害者と健常者が自然体で一緒にいることを当たり前と感じることが大切なんだってことを肌で感じる良い機会だったと思う。もっとも、それを全員が感じることができたとは思わないから、このあとそれを伝えねばなるまい。

 そもそもボランティアという言葉の意味が、日本語での解釈は良くないのかもしれない。今日なんかボランティアじゃなかった。でも、すごくいい時間だった。なまじっか”ボランティア”なんか行って、良い事したなあなんて一人よがるよりよっぽど良かった。だって何か特別にしたんじゃない、ただ一緒に遊んだだけでみんながうれしいんだもの。
 
 繰り返すが、障害者と健常者が一緒に過ごすだけでみんながうれしい。楽しい。それが大事だ。それが当たり前なんだ。
 もうボランティアなんて言葉使うのやめよう。ただ一緒にすごそうよ、みんなでさ。

宿題 2003/8/13/(水)
 気がつけばもう夏休みも半分終わってしまった。
 ゆめは恒例の”のぞみ”の夏休みの宿題がある。毎年何を作ろうか(ママが)悩むのだが、いくらゆめの宿題とはいえできあがったものは部屋に飾りたい。いい加減なものを作っては飾ることができないじゃないか。だからといって気合いを入れすぎて作品にしてしまっては、「どこがゆめちゃんの作った場所なの?」になってしまう。
 結局下準備に相当気合いを入れて、メインのところをゆめにやらせると言うあたりに落ち着くのだが、やっぱり「ゆめちゃんの宿題?」ってなかんじになってしまうんだな。
 でも、どうしてもその後飾りたくないようなものは作りたくないしなあ。このあたりは作家根性が譲らせてくれないぎりぎりの線だろう。

 と言うわけで、今年
(主としてママが精神的に)気合いを入れ(パパは技術的にこき使われ)ました。ま、どのみち今のゆめにいかなる作品でも飾れるようなものが一人で作れるわけないんだし、できたものを上手に加工するのは親の役目だろう。何よりゆめはゆめなりに楽しんでいるしな。
 

寂しいゆめ 2002/8/12/(火)
 じいじとばあばに連れられて、ばあばの実家に向かったゆめ。先月初めに亡くなったばあばのママにお線香をあげに行ったのだ。僕とママは、ゆめの夏休みの宿題の下準備があったのでお留守番だ。
 車で出発してすぐ、パパママが居ないことに気付き、なんだか寂しくなってしまったゆめ。
 めずらし〜〜
 以前ならパパやママが居なくてもへっちゃらで、どこへでも連れて行かれたのに、このごろは僕らが居ないと泣くこともある。そういえば車でお出かけの時、車までは親子3人で行っても、実はパパは出かけないということがこのごろ多いのだが、いつの頃からかゆめはパパが一緒に出かけないとわかると泣き出すことが多くなった。最近は僕が車に乗るかどうか見ていて、乗らないとわかると泣き出すようにもなった。
 これはやはり成長なのだろうなあ。

 

海に行った 2002/8/10/(日)
 ゆめの気持ち

 肌を焼く真夏の太陽。
 素肌をさわやかに流れ落ちる汗。
 オルゴールのようにリズミカルに打ち寄せる波の音。
 想像の世界に旅立たせてくれるきれいな貝殻。
 心を大海原に解き放つ潮の香り。

 「海って良いなあ〜〜。あたし海が大好きなんだあ〜。」
 ゆめは浮き輪を片手に波に飛び込む。台風一過の海はいろいろな草が浮いていて、おまけに砂が舞いまくってて、決してきれいとはいえないけど、それでも海は好きだと思う。
 なぜなら、波打ち際では足の下を砂がまるで生き物みたいにさわさわ動いて、くすぐったくてたまらないし、近くをお船が通ると、波の出るプールみたいにざばざば大波が来て、ジェットコースターに乗ってるみたいだし。肌がじりじり焼けるのも、若いって良いなあって実感できる。
 あたしは海の女になるわ!


 パパの気持ち
 
 アスファルトを陽炎製造器と化す真夏の太陽!
 止めどなく流れてはまたにじみ出る汗!
 うるさいくらいの波の音!
 元はきれいだったと思われる、足に刺さる貝殻の破片!
 生臭いさかなのにおいの混じった潮風!

 「海は良いなあ!おれ、海が大好きなんだ!」
 俺はゆめと浮き輪を抱えて海に飛び込む!台風一過の海は正体不明の水草が打ち寄せられるわ、海水パンツの中に砂がめいっぱいはいるわ、きったなくってかなわん!それでも海は好きだと思う。
 なぜなら、きれいなおねぴーーーーーーーーーーーで、どきどきするし!わざわざプールにまで波を発生させるくらいに、まして自然のその揺れ心地は気持ちいいし、その波に乗せろとうるさいゆめはめいっぱいうれしそうだし!バイクじゃ焼けない全身をこんがり焼いて、あとでぺりぺり皮をむく楽しみが増えるし!ゆめと一緒なら子ずれってことで少々肉が付き始めた腹も大して気にならないような気がするし!!!
 ゆめを海につれてくるパパでいるぜ!

 

怒られるゆめ 2002/8/9/(土)
 このごろゆめはよく怒られる。
 理由は、やたら泣くからだ。
 このごろ・・でもないか、前からそうだが、やたら泣いて要求を通そうとする。それに対し、パパを筆頭にママもばあばも(じいじは除くが)、
「泣いててもわからん!」
「日本語で言え!」
という反論を試みる。泣き叫んでいても、辛抱強く続ければ、ゆめの方が根負けしてたいがい日本語で言う。
 最初っからそうすればいいのに、何遍やらせても、何遍怒られても学習しないな。他のことでもそうだ。だめって何遍言われてもやめないことって結構多い。
 それに対しておしっこの「ち〜〜」とか、うんちの「ち」とか、できるようになったこともあるんだけどなああ。
 そのうちやってほしいこととかちゃんと日本語でいえるようになるのだろうけど、今からそれは想像できない。

台風の日(プーさん風に) 2002/8/8/(金)
 台風が来た。朝から大雨だし、そもそも夕べは雷がうるさくてうるさくて。
 でも、こんな天気の中、僕は朝から町の総合病院で胃の検診だ。完全防備でバイクにまたがり、安全運転で行ってきた。野宿旅に出れば雨でも走る。台風だからってどうと言うことはない。
 めでたくピロリ菌への薬攻撃を終了し、今日から潰瘍を治す薬に変更。今年いっぱいで治すぜ。

 同じく台風なので、どこへも出かけられない。ゆめは退屈そうだ。ビデオで”お母さんと一緒”を見てるが、新しいお姉さんはなんか、どうも、ちょっとなじまないなあ。前のお姉さんの方が良かったぞ、りょうこおねえさん。もっと言えば、その前のお姉さんが見たいぞ、あゆみおねえさん。

 ゆめがビデオを見ている傍らで、僕は本を読む。ゆめの”踊らせて攻撃”は無視。しばらく騒いでいたがそのうちあきらめたようでおとなしくなった。どうするか観察していると、自分で腕やら動かして踊っている。
 握り拳をゆっくりとふったり、歌にあわせて声を出したり。
 やればできるじゃないか。
 と、体操の時間になった。これは仕方ない、踊らせてやろう。かなり激しいので、僕は息が切れるぞ。意味無くたかいたかいを入れたりしてアレンジしてるからね。
 やっと終わり、ビデオも終了し、テレビを切り替えたら、なんとちょうどテレビの”お母さんと一緒”も体操の時間じゃないか!泣く泣くもう一回体操を・・・


 昨日の夜はダンベルで運動しすぎて、今日は肩が痛いのだ。はっきり言って2連ちゃんの体操はきつかったのだ。