10月後半
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かわいい子たち 気功パワー 老いていく華 打ち合わせ 男の子チームで探検! カレー
口癖 初体験は看護婦さんと 夢の行く先 ボラ つくも神 嘘つき女

嘘つき女 05/10/31 (月)

嘘つき女の称号に恥じないガキンチョゆめ。
このごろよく人をだます。

ジャスコのそばを通っても俺たちに寄る気がないと判ると、
「とぉーれー」
と言っては立ち寄らせようとする。
授業中もだれてくると
「とぉーれー」
と言ってトイレに行こうと(連れて行ってもらおうと)する。
デモたまにホントに行きたいこともあるので、どうせ嘘だろうと思って
「もうちょっとでお家つくから待っててね」
とか、
「授業もうちょっとで終わるからね、待っててね」
と待たされてお漏らししたりもする。
俗にこれを『オオカミ少女現象』と呼ぶ。
ちなみに男の子の場合は『オオカミ少年現象』だ。

今日はお風呂で俺の後ろを指さしながら急におびえだした。
心底恐ろしいモノでも見たかのような顔で悲鳴など上げたりもした。
どうせクモか何かだろうと思っていると、泣きそうな顔で
「ニャー」
などと言うモノだから、もしかして化け猫か!?とこっちまでぞっとして振り向くと、なんにもいない。
それを見てゆめ大笑い。
ゆめにそういうのをやられるとほとんどの場合はホントに目に見えない怖いモノがいるのでしゃれにならないから怖い。
俗にこれを『心霊現象』と呼ぶ。
ちなみにこういう(ばかされた)ときには『しんじらんねー(怒)』と叫ぶ。

この後ゆめはお腹をぽこぽこ叩くマネをした。
「たぬき…?」
と聞くと
「おぁい!」
と答えた。手を挙げて答える小学生のように持ち上げたその右手は、なぜか招き猫の形だ…
こういうときは『わけわかんねー』とつぶやいてもよい。

嘘つき女、ばく進中!


つくも神 05/10/30 (日)

室町時代の『付喪神絵巻』に、『器物百年を経て、化して精霊を得てより、人の心を誑かす』(要するに、『百年以上経った道具は魂を宿す』という意味)とある。俗に言う『つくも神』のことだ。器物は百年たつと魂を持つので「煤はらい」により新春の前に古い器物を路地に捨てたそうだ。
この巻物のストーリーは、『暮れの煤払いで捨てられた古道具たちが人間への復讐を図って、節分の日に自ら妖怪に変化(へんげ)し、京の船岡山の裏を住処とし、町に出ては人や牛馬を襲い宴会を開いていた。しかし、最後には護法童子に諭され仏門に入るというまとめになっている。また、この器物の妖怪たちの行進が百鬼夜行であるという解釈もできるだろう。
また、『つくも神』はもともと九十九髪と書いたともいわれ、九十九は百から一を引いたものだから、九十九髪は白髪を示し、長年の年を経たことを指す言葉でもある。


我々は一つの道具を百年も使わないが、この「百年」というのは、その道具が使えなくなる直前までを意味している。要は使い込まれた古道具ということだ。そのころの道具といえばそれは消費するモノではなく、生活に必要だから使っている、例えば生業としている職業や日常生活で使うモノだったりと、生きていく上でなくてはならないモノであり、しかもおいそれとは換えがなかったであろう。大事に大事に使い込んでいったものと考えられる。実際、大事に使っている道具は、百年でも使えるモノが少なくないだろう。
それであるなら百年たとうが魂が宿ろうが使い続けて構わないと思うのだが、「煤はらい」であっさりと捨ててしまう。おそらくこれは都の人々の慣習でだったのではないか。それまではただただ大事に使っていたモノが、都で裕福に暮らす人々は古いモノより新しいモノ、汚れたモノより綺麗なモノと、現代のような使い捨てに近い事をやった。それを「もったいない」と嘆く心が作り出した妖怪かもlしれない。日本人の感性が生み出す「恐れ」や「敬い」が作った『戒め』と言えると思う。


さかな丸、かれこれ10万km近く一緒に日本中を走ってきた。あいつが俺の元へやってきて、今年で9年目。最初の4年間で6万kmを走り、その後はぼちぼちとつき合ってきた。
エンジンをかけようにも圧縮がかからないようで、ピストンがすかすかと空回りする。動かなくなってしまったあいつをYSPに連れて行ってもらい、約2週間。なんの音沙汰もないのが心配で、店まで出掛けてみた。
いつの間にかめちゃくちゃ新しくなっていた店の奥、作業場の片隅にあいつはいた。風防以外の旅装をすべてはずして連れてこられたそのままの姿で、ぽつんと佇んでいた。見たところタイヤも交換していない。履きつぶした革靴さながらにすり減ったタイヤを履いたまま、明るい店内のそこだけがやや薄暗くなっているかのようだった。
「どうでしょう?」
「う〜〜ん、ちょっとねぇ…。圧縮がかからないってのは、ちょっと厳しいですねー。エンジン開けてみないと何とも言えないけど、たぶんかなりかかりますよ。」
「…そうですか…」
「見積もりだしてみますが、それ次第だと思うので、タイヤも取り寄せてあるんですが付け替えてないんです。」
「判りました。じゃあ、見積もりでたら教えてください。」

親父さんは、この調子で修理していくと新車を買った方が安くツキますともいっていた。そういえば去年の夏にも7万円かかる大修理を終えたばかりだ。四つ輪ならいざ知らず二輪で10万kmというのは確かにかなり厳しい。しかもさかな丸はSRだ。大容量シリンダー1本の単気筒エンジンは、作りが単純な分故障に強いが、その振動の激しさ故に痛みも激しい。新型のSRは乗車姿勢が変更されていて、俺好みのアップハンドルに前進ステップ(つまり背筋を伸ばして座れるということ)だ。これはかなり魅力的。
でも、さかな丸はなんといってもこれまで乗ってきたバイクの中で唯一何度も車検を通ったバイクだ。それまでは車検期間(2年)保たずに事故でつぶしてきているだけに、もしさかな丸を手放したら次のバイクがまた”ついてない”バイクだったらどうしよう、すぐつぶしてしまうかもしれないという心配もある。

そう、さかな丸はまさに”ついてる”のだ。それがつくも神かどうかは判らない。でも何をおいても愛着のある道具であることは間違いない。それどころか、正真正銘俺の相棒なのだ。俺のいうことをちゃんと聞いて走るし、逆に奴にできないことも俺は知ってる。だから、お互いに無理な走りはしないし、労りながら乗ってきた。使い込んだ道具につくも神が宿るのなら、さかな丸には間違いなくその神様がついてるに違いない。



あれ?ちょっと待てよ。
つくも神は『その道具が使えなくなる直前まで』の年月を経てつくんだよな。って事は…やっぱさかな丸は使えなくなる直前なのか…?

がーん!
やっぱ買い換えなのかよー

これじゃあ、まるで、『つくも神』じゃなくて『貧乏神』じゃん…


ボラ 05/10/29 (土)
久しぶりにわくわく土曜サロンのボランティアに出掛けた。ここ数年は土日も予定が入ることが多いので、なかなかボラにも行けない。
わくわく土曜サロンというのは説明が難しい。年々難しくなってくる。今のわくわくを簡単にいえば、土曜日のクラブ活動みたいな感じかなあ。

さて、今日は養護学校の近所にある静岡理工科大学の学園祭を見に行った。
大学祭などやっている大学の構内へ足を踏み入れるのは、実に5年ぶりだ。
思い出すぞ、多摩美の学祭。あのころは学生らしくキチ○イだったが、どうもここの学生さんは感じが違う。やっぱ理系だからか?

今日の相方は高1のY君(とお母さん)、顔合わせも終わって一緒にいよいよ構内へと。明日になれば”歌人羽”のライブもあるらしいけど、今日はない。今日の目玉は熱気球体験乗かな。
ということで早速向かうが、発着場手前ではレーシングバイクのデモもやっている。Y君とお母さんにはそのままデモレースを見てもらって、俺は気球の登場順番待ちへ並ぶ。

初めて間近に見る本物の熱気球。
熱気球はでかかった。
熱気球はバーナーの音がうるさかった。

Y君たちも来て、いよいよ乗り込む。
熱気球って、でっかい風船の下に開閉しないただの籠をつるしただけなんだね。その乗り降りのしにくいこと。。。
乗り込むと、俺の立ち位置は バーナーのすぐそばだった。思わず上を見上げてバーナーが火を噴くのを口を開けてみていた。火を噴くたびに熱が伝わってきて、
「あっちーーーー」
とか思っていた
ら、
いつの間にか既に地上8mに…
非常にスムーズな昇降。最新式のエレベータ以上ですね。

熱気球、なかなか楽しいでござんす。




夢の行く先 05/10/28 (金)
再来週から始まるインターンシップの行く先は、生徒それぞれで様々だ。今年はなぜか図書館が多いが、中には老人のデイケアセンターへ行く生徒もいる。仕事内容を聞いてみると、習い事のお手伝いが多いようだ。
折り紙、リトミック、習字、中には牛乳パックの再生紙ではがきなども作るところもあるという。指先は第二の脳だし、こうした活動は老化抑制にいいのだろうなあ。
これまで美術の授業でも紙漉や流木アート、染織など工芸をかなり多く扱ってきたのだが、これらはすべて簡単にデイケアや授産所で取り入れることが可能なモノばかりだ。実際に夏休みや曜日を決めて平日にも出向いて教えたりしてきた。授産所で、地域で採れる(しかもあとは捨てるだけというような廃品)素材を活用してもう一度お金を出してでも買ってもらえる品物を作るなんて素敵じゃないか。
せっかく技術を磨いてきたことだし、退職後はいろいろな場所で紙漉やらを教えてまわるというのもいいなあ、なんて老後の計画を夢見たりする。


さて、ゆめの高校卒業後を考えたとき、あの悪名高き障害者自立支援法案もいよいよ可決されたことだし、ますます生き場所がなくなりそうだ。そこで考えてしまうのはやはり、行く場所がないなら作ってしまおうかってな事だよなあ。
せっかく夫婦そろって美術系なんだし、しかも実際にデイなどでもできる内容を持っているのだから、それを活用しない手はない。
とはいえ、実際にやるとなれば大変なんだろうなあ。

もしこの先、どこか一カ所でもいいから授産所などで俺が教えた紙漉で商品化がなり、その授産所が多少なりとも潤うことができたなら、きっと俺自身が起業しても成功する。そう信じることにしようか。何しろ、成功した人というのは、大企業などのように配下に多くの人を集めた人ではなくて、自分の下に成功者を
作った人だというからな。俺が教えたことで成功した授産所が誕生するなら、それは大成功だ。
それはまさに今の本業である教師として、教え子が俺と同じ道、数ある進学先の中でもあえて染織を選んでくれた生徒が現れたときに『やった!』と感じたのと同じだよな。

とはいえ、ゆめの高校卒業などあと11年と半年後だ。11年と半年などあっという間にきてしまう。
ちょっと急がなきゃな。


初体験は看護婦さんと 05/10/27 (木)
俺の初体験は16年前、大学に入学したてで事故り、緊急入院していたときのことだ。
入院中は両足がうまく動かないので、ベットからもなかなか出られず体力が有り余っていた。自分でしようにもうまくいかないし、自分の体をもてあましていたのだった。
ある日どうにも我慢できなくなった俺は、断られてもいいやくらいの気持ちで頼んでみたのだが、看護婦さんは良いも悪いもなくやってくれた。こんな事もサービスの一つなのか、それとも見舞いといえばヤローばかりでしてくれる相手もいない俺がよっぽど可哀想に見えたのかな。
相手は病棟担当の若い看護婦さん。
場所は太陽が西に傾き、黄色い陽光が眩しい洗面所だった。
彼女は肩までの髪の毛を後ろに止め、白いうなじを見せながら終始無言だった。
気持ちよかった。
他人にしてもらうのって、自分でするのとは全然違ってすごくいい気持ちなんだって知った。
でも、まもなく大学の教授によって半強制・半脅迫的に退院を余儀なくされ(そのころモデルさんが入ってのデッサン実習だったので、やらないと単位がもらえないと言われたのだ!)、結局たったの1回きり。その看護士さんとは退院後はあってないし、結婚するまで同じことを他人にしてもらうことはもう二度となかった。


本日ゆめとたったと3人で入浴。
ゆめの頭を洗いながら、俺は驚愕の真実に気が付いてしまった!

ゆめは、生まれてこの方6年間、一度として自分で自分の頭を洗ったことがない!!
なんと言うことでしょう。ゆめは毎日毎日俺かママに頭を洗ってもらい続けているのです。
そしてこの先、自分で自分の頭を洗うことは決してない。
これはすごいことだ。
16年前のあの日、俺が看護婦さんによって与えられたあのめくるめく倒錯は、常日頃自分で頭を洗っていたからこそ、たまに他人に洗ってもらう心地よさを実感できたのではないかと推察する。
と言うことは、ゆめは俺と同じ快感を決して味わうことはできないのだ。

あららー、可哀想に…。
あのすばらしさを味わうことができないとは。
それどころか、ゆめは他人に髪の毛を触られることすら大嫌いだからなあ。


ところで俺はというと結婚後、何度かママに頭を洗ってもらったことがあるが、なぜかあのときの快感には遠く及ばない。
思うに、あのときは両足がほとんど動かない状況でやっとの思いで洗面所に行き、だだっ広い洗面台に着衣のまま(普通は裸で風呂だろ)座って洗ってもらったということと、相手が全くの赤の他人での初体験だったことが大きいのだと思う。

あれ?ちょっとまて。
他人に頭を洗ってもらうのなんか、床屋で何回もあるじゃん…
ああ、そういえばあれも気持ちいいよなあ…

あー…
ま、それはこの際無視しよう。
それにしても、何であのときのことだけがこんなにも印象に残っているのだろう?
それはやっぱあれかな、相手が看護婦さんだったからかな。
だろ?

*今回、ある種のこだわりを持って”看護士”と書かねばならないところをあえて”看護婦”と表記しています♪

口癖 05/10/26 (水)
今我が家ではハードゲイが大人気だ。
まず俺が虜になった。
次にママが流された。
そしてゆめが「ふぉー」のかけ声にほれた。
たったは論外だ。っていうか、あいつは調子こいてハードゲイそのものになりかねんから要注意だ。

「フォー」はいいけど、お風呂で叫ぶと外に聞こえるので大変だぞ。

ところでうちのじいじ、鼻毛にものすごいこだわりがある。
今日も、
「やぇー、はるちゃんやぇー、鼻毛はどうやって綺麗にしてるだ?」
と、真剣な顔でママに聞いてきたらしい。
「えー、カミソリとかー」
と嘘を教えると、
「カミソリはアブナイからやめとけやぇー。あれがいいぞ、鼻毛をくるくる切ってくのがあるやぇー」
と、親切にもアドバイスしてくれた。
鼻毛カッターのことだろう、おそらく。

でも、どんなにじいじが「やぇー」を連発しても、ゆめはちっとも乗ってこない。
やっぱ、「フォー」と「やぇー」では全然違う。
だいたい、「やぇー」って、表記しにくいぞ。

ちなみに、じいじの場合はべつにハードゲイに張り合ってるわけでもなんでもなく、単なる口癖だ。

05/10/25 (火)
学校帰りの西の空に、奇妙な雲が出ていた。写真に撮ったが、車内からだったので微妙な揺れがあり、うまく撮れていなかった。
その雲の形は、さしずめ飛行機雲が風に流されて崩れているって感じなんだけど、今まで見てきた飛行機雲とはちょっと印象が違う。視線を移してみると、その横にはもっとぼこぼこした雲が、やはり飛行機雲のように一列に並んでいる。さらに横には、波の波紋のような形の雲も出ていた。

もしあれが地震雲だと言われても、俺は不思議に思わないな。何しろ、あんな形の雲は今まで見たことなかったし。
いよいよ来るのかな、東海地震。

ちょっと災害用伝言ダイヤルも確認した。
171だな。

前の学校では、うちの場合は障害児抱えては避難もままならないので、非常呼集かけられても集まれないし、学校にいても自宅の方へかえらせてもらうことで話がまとまっていた。
でも、今度の学校では生徒自体が避難がままならない子ども達なので、以前の学校のようには行かなさそうだ。
さて、どうしたものか。
目の前の生徒を捨てて我が子の元へ駆けつけるほどには非情じゃないが、さりとてどちらがより心配といって、ゆめと誠大連れて無事に避難できるとは思えないママの方が心配なのも事実。。

世の中うまくいかないモノだ。
いっそのこと、地震など来なければいいのになあ。

カレー 05/10/24 (月)
ママのカレーはうまい。
ルーから作るからなのか、ちょっと変わった味がする。
俺はカレー大魔神だが、ママのカレーにはとりこさ♪

今日のカレーはグリーンカレー(鶏肉煮込み入り)。
リンゴやマイタケ、にんじんにタマネギ、キャベツ、ブロッコリーにインゲン、トマトなど、野菜たっぷりでマイルド&ヘルシー。お腹にも優しく、小麦粉が入っていないので胃にもたれない。ぜ〜〜んぶフードプロセッサーで刻んじゃう。
さて、グリーカレーのグリーンたる所以はたっぷりのほうれん草にある。
今日のカレーにも入ってるぞ、山盛りのほうれん草が。

ただし、最後になって投入され、しかも煮込み足らないからなのか、ほうれん草チップカレーになってます…
色もグリーンじゃありません。
それでもとってもおいしいです。

「だってあんまりレシピ見ないで作ったんだも〜ん。ほらほんとはここに書いてあるんだけどね。」
「なんか、ぜんぜん写真と現物が違うね」
「うん…?
 あ、ちがった、こっちのページだ、グリーンカレー。全然違うとこ見ながら作ってた。どうりで違うモノに見えるはずだ。違うモノ作ったんだもん。でも、ほうれん草入ってるよ。何カレーになったのかな〜あはは〜」


やっぱりママのカレーはひと味違うね♪

男の子チームで探検! 05/10/23 (日)
ゆめとママの女の子チームは、今日は何かの集まりに出掛けた。たったと俺の男の子チームは、毎月恒例のじいさんの墓参りだ。その途中で通った浜松基地の”エアーパーク”の看板を見て、たまにはたったと遊んでみようかと思い立った。

墓参りの後で実家により、昼飯を食べてから浜松基地目がけて出発。
っていうほどのこともないけどな。いつも横を通ってるし。航空祭でもない普通の日でも入れるのだろうか、入場料金はいくらかかるのだろうかとホンのチョビットどきどきしながら到着すると、観光バスまで来てるし入場料金は無料だし、おまけに館内は写真取り放題だった。浜松基地、気を遣ってるねえ。

さて、大はしゃぎでどんどん歩いていこうとするたったを抑えつつ、入り口で館内の案内をしてくれる無線を借りたのだが、イヤーホンの付け方が判らないヘタレな俺…結局受付のお姉さんに
「子どもが大変で…聞いてる場合じゃないのでやっぱかえします。。。」
と、たったをダシに返却。

さて、入っていきなりF−2戦闘機の展示!
俺興奮!
そんな俺をたったは無視してどんどん先へ。ちょっと待てって、たった!
柵の中へ入ろうとするわ、展示板ばしばし叩いて小学生低学年くらいの男の子に注意されるわさんざんな目に。。。
でも、次にはF−1戦闘機が!しかもF−2は近寄れないようになってたが、こっちはコクピットの中まで見られるじゃん!たったをけしかけ早速コックピットへ。
狭いなー。噂には聞いてたけど、こんなに狭いもんなのかー!すげー!
すぐ横にはエンジンも展示されてたが、もうたったはエレベーターで勝手に2Fへ行こうとしてるし。。

2Fには航空機模型や地上施設の展示が。あ!2連装対空20mm機関砲!げ!VADS!対空バルカン砲!こりゃすげー!!
さすがにバルカン砲には見とれるたった。男だねえ、でっかい大砲、欲しいよなあ、豆鉄砲君。
このフロアには全天周シアターなるものがあり、迫力満点の映像で航空機の世界が見られるらしいのだが、たったを連れてはそれは無理な話、あきらめて格納庫へ。

格納庫2F入り口から1Fへはなが〜〜〜〜〜〜いスロープを降りていかねばならないのだが、たったのやつは大はしゃぎでどんどん行ってしまう。展示されている戦闘機はコックピットに座ったりもできるのだが、そんな暇などあるものか、大喜びで全力疾走のたった!あっちへふらふらこっちへふらふら、目が離せない。

帰りの車の中ではすっかり疲れてぐっすり眠りこけるたった。
そんなたったを横目にむしろこっちが疲れ果てて家路を急ぐ俺を、誰か慰めてくれ…



さて、どこぞで集会をしていたママたち女の子チームが帰宅したのは、すっかり日も暮れた午後7時だった。たったは疲れて寝ているので、その隙に夕食が始まり、腹もふくれてやれやれとボンベイサファイヤ(ジン)のソーダ割りで晩酌しながら、冷蔵庫から残り物のさきいかをつまみに食べていた。横でもぐもぐご飯中のゆめを見ながら、台所でちょっと背中は丸め両膝はそろえて座り、こんなカッコで飲んでるなんて疲れたサラリーマンか養子のお父さんみたいだなーと思いながら一杯やってたら、強烈な既視感というか予知視感に襲われた。

ママに先立たれるか捨てられるかして父子3人で囲む夕食。ゆめやたったには少しでもいいものを腹一杯にと頑張るが、俺はろくなものも食べられずに酒とつまみの日々。それもちびちび食べてはまた冷蔵庫に戻すような状態。
焼酎ではなくボンベイサファイヤというところだけはやや貧乏臭くないが、それでも飲み屋でボトルキープすれば5000円は取られるが自分で買えば1500円程度しかしない酒だ。やっぱ背中を丸めながらさきイカで飲む姿は、夕日でも浴びればなおのこと哀愁一杯。

うぇ、イヤな想像しちまったぜまったくー

誰かこんな俺を慰めてくれー

打ち合わせ 05/10/22 (土)
午後から家の打ち合わせ、電気関係の変更確認と建具のデザイン、それとトイレの手洗い設備変更にあわせて便座の向きも変えてもらった。その間、ゆめとたったは俺の実家にお預け。ギャーギャー騒ぐので打ち合わせにならないからだ。
トイレはこれまでもさんざん悩んだ。何が悩みどころといって、手洗い設備の大きさだったのだ。既に書いたようにオマルの中身を流した後で、きれいに洗いたいわけ。普通の手洗いでは小さくて洗えない。既にやや大きめの手洗いに換えたのだが、それに合わせて便座の位置も少しずらしたらしい。それを聞いて俺はひらめいた。

家を見に行ったときに基礎から察してトイレが意外に狭いと思った。設計上ではトイレの横まで車いすをつけて、そこからゆめを便座に移動させることになっているのだが、実際に見た感じではそれができるほどには広くなさそう。いっそのこと便座が横を向けば、計画通りにできそうな感じがしていたのだ。でももう排水の管が下から出てるし、今更変更もできないだろうと勝手に思いこんで言わなかったのだ。
ところが今日の話しでは便座が移動したという。移動できるくらいなら向きを変えることもできるだろ?

ってな分けだったのだが、この期に及んでまだそんな変更をお願いする俺たちって、すっごく変わってるかもしれないと自分でも思う。

実際、毎回打ち合わせのたびに出された図面や仕様に対してこれはこうしてくれのこっちはああして欲しいのと注文を付けている。日頃のメールでも次々と追加でいろいろお願いしている。今日も建具のデザインが青図面で出されたのだが、ほとんどすべての建具に手を入れてしまった。
いや毎回のことだが、『どうですか?』と聞かれるから素直に『こうしてね♪』と答えているだけだし、使い勝手を考えていろいろ変更や追加をお願いしているのであって別にこだわってるつもりもないのだが、端から見れば充分こだわっているように見えるのだろうなあ。設計士さんの方も直しがあることを前提に図面を見せてくれてるような気がするし、もともとこの設計屋さんはそういううるさいお客が多いとも聞いてるし。
それにしたってホントによく言うことを聞いて、親身になって考えてくれること。困った顔は何回か見たが、イヤな顔は一度もしないで面倒な要求をかなえてくれる。
サン工房、当たりだったなあ。
というよりも、俺の担当の設計士さんが当たりだったんだな。



05/10/21 (金)
11月になるとすぐにインターンシップが始まる。今週はその挨拶回りでとても忙しい。大人と話すことなど普段は同僚か生徒の親くらいしかないので、こういうときは否応なく緊張してしまう。生徒に挨拶の電話を入れさせるときは余裕ぶっこいてるのに、いざ自分の番になるとこんなものだ。

さて、俺の受け持ちはなぜか図書館が多かった。小さな町の図書館だと、体育館が併設されていたり横に幼稚園があったりして、子どもの声が絶えない。また、そういう図書館だと館内をけっこうな人数のちびっ子がうろついている。俺の幼い頃の図書館といえば、薄暗くて汚くて、本などもどうしようもなく薄汚れていて、毒でも付いていそうでうっかり触れないような感じがしたものだが、このごろの図書館はとても綺麗だ。
子どもの声に明るい建物、おまけに本も綺麗。
いいないいなー。なんかとってもいいぞ。
特に子どもの声が絶えないって、とってもいい感じがする。

そんな挨拶回りも今日で最後だったのだが、とっておきはブラジル人学校だった。
電話をするたびに初っぱなが聞いたこともない国の言葉なので、他の追随を許さない緊張感なのだが、そこへ乗り込むとなるとこりゃもう半端じゃなくビビルな。
学校といっても巨大な3階建てのビルだけで、運動場などはない。この中がまるまる学校らしい。建物にはいると、目の前を通り過ぎる目鼻立ちのはっきりしたちびっ子たち。何度もしつこくデッサンしてきた彫刻像みたい(彫刻像ははギリシャ人だったが)だ。受付らしき場所で太った方に(当然)日本語で話しかけると、片言の日本語で少し待つようにいわれた。その体格たるや文字通り日本人離れしている。改めてこの建物の中は異国だと思い知らされる。そして待つこと数分後に表われたのは、毎回電話に出てくれた担当の方…

おいおいおいー、俺は目を疑ったぞ。
目の前に表われたのは、この世の者とは思えないほどの美女だぜー
かつてアメリカにも留学したことだってあるのだが、同じ外人さんでもこんなにもその美しさに打たれた記憶はない。こういってはなんだが、36年間生きてきて、こんな美女を目の当たりにしたのは初めてだ。しかも、直線距離にしてわずか40cm先にいらっしゃる!
ここで働いているくらいだからモデルなどでは当然ない。このレベルで標準だとしたら、トップレベルの方は一体どんな美しさな分け?
ブラジルって一体どんな国なんだ?
恐るべしブラジル!
おまけに後でわかったことだが、その方オン年17歳。俺が毎日相手にしている高校生と同い年!?
あり得ない…
神様って、ホントに不公平だ。
おまけにだ、この美しい方が数年後にはその後ろで働いてらっしゃる方々と同じ体格になるんだよなあ。
まるでトランスフォーメーションみたい…人間ってそこまで変われるものなのか。。

などと妙なところに感心してしまう。

は〜、実際スゴイ。
美の基準が変わってしまった感があるよ。その違いたるや、浮世絵の乾燥した平面の美に対して、西洋の艶っぽい油絵の美。文化の違いはその国の国民自体の造作の違いにも関係があるらしいや。





05/10/20 (木)
鬼と言えばその昔、生まれながらか争いごと(戦争?)の結果か、身体に障害を負った者たちを忌み嫌い追いやったあげく、蔑称として『鬼』と呼んだという説がある。学生の頃に『鬼』に興味を持ち、調べまくったあげくにこの説にぶつかって非常に驚いた。
一つ目の鬼は片目の人を指し、一つ脚の鬼は片足を失った者だろう。赤鬼青鬼には皮膚疾患を患った者。山奥へ追いやられ、蔑まれ疎まれた者たちは寄り集まって集落を成し、恨みつらみを募らせて、やがて我が身を癒すべく人をさらってはその肉を喰らう。昔から万病の癒し薬は人の肝という説もあったし。
しかも戦争の捕虜や神への生け贄(人柱など)においては、逃げ出さないように脚を折ったり逃げてもわかるように片目をつぶしたりもしたという。
俺の通った学校の周囲には、『三ツ目』など変わった名前の地名が多いが、これらも体に何らかの障害を負った者たちの蔑称らしいこともわかった。
それでいけば、ゆめやたったも立派な『鬼』となる。その障害を治すためには、人の肝や肉を食べればいいと言うのだ。
恐ろしい時代もあったもんだ。

さて、本日の”アンビリバボー”では桃太郎の鬼退治伝説を検証していたが、瀬戸内の話しと言うこともあって、最初『鬼』とは海賊であろうということだった。それが検証が進むうちには宇宙人説まで飛び出した。

いや=、実に夢があっていいねえ。障害者が鬼にされるよりもよほどすっきりしてる。

んで、うちの鬼どもはどうかというと、このごろは学校楽しいけど体力を使い果たすのか、こいつにしてはかなり早い時間、9時頃からもう眠くて眠くてぐでんぐでんのゆめさんと、自分で机の上に登って暴れておいて、降りることはできないもんだからジタンダふんでやっぱり暴れるたったくんでした。



ところで、8月5日に医者の泰山先生が亡くなっていた。今日のニュース番組でそのことを知った。
本名、見川泰山さんは、代々医者という家の18代目。昭和17年に、那須の無医村に開業した。戦時中2年間兵役につき、戦後復員した。趣味は釣、スキーだったそうだ。この先生は作家の顔も持っていて、14冊の著作がある。たまたま那須に避暑に来ていた獅子文六が病気になり、患者と医者という関係で出会ったことが書くことへの興味につながったらしい。俺は1冊も持っていないが、学生の頃に何冊か読んだ記憶がある。実話とも作り話とも取れる話しが多くあった。
ニュース番組のナレーションで、『滅多に診療所にいなくて、よく山に呼びに言っていた。』『山で先生と話すことが治療であった』というのがあった。ひげ面のその風貌もさることながら、医者であるのに治療をまともにしない、でもしっかりと患者を治しているその姿勢が、とても素敵だ。
俺も、先生らしいことは何も言わないのに、ただ美術の楽しさを教えるだけで、世間話のように自分の言葉をはくだけで、ちゃんと生徒を教育できている、そんな先生になりたいなあ。しかもできるなら都会のジャングルの中ではなく、木造校舎の汚い美術室か、裏山に勝手に立てた木工アトリエみたいな場所でね、冬の寒さに震えながら厚着して、だるまストーブで餅なんか焼きながらわずか数人の生徒に囲まれてな。

そういえば佐久間で過ごした5年間、養護で過ごすこの1年半がとても楽しく、逆にばりばり美術やってくれそうな生徒のいる学校にあまり魅力を感じないのは、元々泰山先生みたいな人にあこがれる気持ちを持っているからかもしれないなあ。だいたいが、採用試験2次でのアンケートで、希望勤務地の中に離島がない事にがっかりしたし、できるなら僻地がいいと希望したような変わり者ですから。


あ、そういえば…と、なんの脈絡もなく思い出してしまったのだが。

筋ジス会で泊まるほかに、けっこう旅行(ホントに旅行の時もあれば、否応なしに出掛けなければならないときもある)に行くことが多い我が家。そういう時に泊まるのは、たいていの場合1人で旅に出るようなときには絶対に泊まらない、割と程度のよいホテルが多い。ワシントンホテルとかヒルトンとか。なぜかと言えば、バリアフリーの部屋があったり、どうしても行かねばならない場所の近くには中級以上のホテルしかなかったりするからだ。
で、そういうホテルに入ると、ドアマンの案内があるのは当然のこと、照明はやや暗めでシックな装いだったり、エレベーターホールに行く頃には回りの喧噪が嘘のように聞こえなくなっていたり、翌朝朝食など食べにいくと、コックさんがその場で調理してくれるバイキングがあるオープンフロアでは外人さんが既にブレックファースト商談などしていたりする。

こういうホテルに泊まるたび、もっと若いうちに遊んでおくんだったなあと思う。
もっと遊んでいて、こういうホテルでの立ち居振る舞いを身につけていれば、何ら気後れすることなく子連れでも堂々とホテルライフを楽しめただろうに。
金に物を言わせて豪遊というわけではない。半分以上は見栄でもいいから、月一くらいは彼女と高級と言われる場所で遊んでいることで、知らずと自分自身にそういう場での身の振り方というか、高級感みたいなものが身に付いたのではないかと思うのだ。

よく、料理の腕を上げたければ、料理教室に通う金で高級レストランに通えというよな。あれはつまり、一流の味を体験しまくることで、自分自身の舌に一流の味を知らしめ、そこから想像力でもってどうすればその味が生み出せるのかを考えるためだ。
考えてみれば、ただ文章で何を何グラム入れてと言われたって、それがどんな味だかわかるまい。それで味が想像できるような人なら、そもそも料理教室に通う必要などないのだし。書いてあるとおりにしたところで、それで本当にその味でいいのか判断できないだろう。一流の味を知っていれば、その味を基準に今作った料理の味も自分で判断できようというモノ。ついでにテーブルマナーも覚えて一石二鳥。もっと言えば、その場の一流な雰囲気まで食べてしまえるというわけだ。

ちょっと話しがずれてしまった。つまり、高級というものに接するということは、かくも重要な意味合いを持つのです。
そしてホテルの話しだが、この年になって今更ながらホテルで気後れしている自分というのが恥ずかしくて仕方ないのだな。人には年相応に身につけているべき作法というか雰囲気というモノがあると思うのです。そいつが自分にないということに、非常に恥ずかしさを覚えます。
だからせめて、たまに旅行に行くときは少しでもレベルの高いホテルに泊まり、自分自身に高級感を植え付けようと画策したりしてしまうのだ。
我ながら、発想が実に小市民的。
付け焼き刃にしかならないみみっちい高級感など、どこへ行ったって通用しないのにねえ。

ただし、俺自身には身に付かなくとも、ゆめやたったには身に付くかもしれない。
だろ?
ま、それでいいじゃん。

老いてゆく華 05/10/19 (水)
帰宅途中のコンビニで、カップラーメン(どんぶりタイプ)を食べる作業着のおじいさんがいた。
正確には、コンビニの前ではなく道を挟んだ向かい側、街灯がなくやや暗がりになった場所に、立ったままで食べていた。

彼はきっと、家に帰っても待つ人が誰もいないに違いない。やや暗がりになった場所で、明るいコンビニにやってくる若者を見ながら、遠い青森の古びた家に残してきた、今は立派に家業のニンニク園を経営している我が子の幼い頃をなつかしく思いながら、1人寂しくこんな場所でカップラーメンを食べているのだろう。
いや、もしかしたら家には家族がいるのかもしれない。長男夫婦と小学4年生の一男に小学6年生の一女と共に住む家があるのかも。
しかし、長男の嫁は自分を邪魔者のように扱うし、長男の方も実家を自分でいいように建て直したくて仕方がないようだ。それにはどうにも自分がじゃまらしい。これまた邪険に扱われる。ではとかわいかった孫たちはと言えば、そんな両親の影響をうけて、最近は全然口をきいてくれない。それでもまだ長男の方は時々公園に一緒に行こうなどと誘ってくれるが、それを嫁や長女は咎め立てる。
仕方なく、こうして老体にむち打ちながら日雇い仕事につき、できるだけ家にいる時間を少なくしているのかもしれない。


で、
「すいません、ちょっとお伺いします。」
「あ?」
「これからお仕事ですか?」
「なんだお前は?」
「はあ、腹ごしらえしてお仕事かなあ と。」
「そうだ。こっから現場へ行かなきゃならねーから」
「わかりました。お仕事頑張ってください。」

肝心なことは聞けないへっぽこな俺。
でも、夜勤だと言うことはわかった!

あ、そういえば…と、なんの脈絡もなく思い出してしまったのだが。

先日筋ジス会で出掛けたTDLは、それはもうこれまで見たこともないような混みようだった。学生時代にはたまたま園内のUCCの店で働いていたくらいにTDL大好きな彼女と連れだって年に数回は出掛けていて、年間パスポートを買おうかと思っていたくらいの俺にしてからが初めて経験するぞというくらいの混みようだった。どこもかしこも人人人だ。

さて、ゆめとたったと3人でママやらボラの先生やらがそれぞれの用件で散っていったのを待っているとき、たったが一瞬で雷に打たれたくらいにエラク美人のお姉さんがすぐそばまでやってきて、そのエラク美人な仕草のままで、いきなり地べたにあぐらをかいた。
正直俺は驚いたね。
こんなに美人のお姉さんが、いきなり地べたに座るのか、しかもあぐらかよってね。
美人なのになあ。
何で地べたにあぐらかなあ。
そのうち化粧でも直しはじめるんじゃなかろうかと思っていたが、さすがにそこまではしなかった。ちょっとホッとした。

さるサイトで、
『試しに地べたに座ってみなよ、そしたら若い人の心が少しわかるかもしれない。いい年して地べたに座るのは気後れするだろうけど、気持ちの若さを保つには、小さな勇気が必要だ。あんな非常識なことをと考え出したら、心の老化は防げない。
若さとは、過去のこだわりを打ち破る勇気にある。
世の中こんなものと、納得したり諦めたりする人が多くなっている。。
本当にこれでいいのかなと反発してみたらどうですか。』
とまあ、こんな感じのことが書いてあった。

まあ確かに心の中に垣根を作って自ら理解しようとする意志を捨ててしまえば、分かり合えるものもできなくなるわなあ。逆に、同じ行動をしてみることで、多少なりとも気持ちを理解できる可能性はある。これで良いのかなと反発までするかどうかは別として、なんにでも興味を持って『アレはなぜああなのだろう』といろいろ考えていたのはエジソンだったっけか?疑問を持つ・考える事は大事だよな。
でもさ、やっぱエライ美人のお姉さんが公衆の面前であぐらをかいて座っている景色というのは、みっとっもないぜ。その心を理解しようという気持ちも全く起きないな。

あまり関係ないけど、このごろテレビでやっているのかこれからやるのか、またまたジャニーズのイケメンが主役の学園ドラマがあるね。その中で若手の女優がいじめられる役を演じるに当たって少しでもいじめられている人の気持ちになりたくて、わざわざアザができるくらいに蹴られ殴られしたそうだ。それを『女優魂』があると新聞の芸能欄にて報道されていた。
ちょっとまたれい。
少しばかり殴られ蹴られた程度で、いじめられている人の気持ちがわかったと言ってもらっては困る。いじめは、そんな簡単なもんではない。いつの間にか筆入れがなくなり、オシッコの最中にカンチョーされ、グループを自分たちで作って良いと言われても入れてくれるグループがない。そのつらさがちょっと殴られ蹴られたくらいで理解できますか?
あなた、それが終われば殴った相手と仲良くご飯食べるんでしょ?
「さっきは痛かった?ごめんね」
とかいって、肩なんか抱いてもらうんでしょ?
意気込みは多少は理解できるけど、その程度でわかったつもりになられては困る。その程度のことを『女優魂』などと褒め称えて良いのか?


地べたに座ったくらいで若者の気持ちが理解できれば苦労はないよ。
わかったつもりになって理解者気取りですり寄ってくる者ほど若者が敬遠するものはないんだぜ。


て、なぜか書こうとしていたことと反対の結論に向かってしまう。。。
なぜだ?
まあ、いいや。
それはそうと、エラク美人なのに地べたであぐらをかいているお姉さんのそばへ、何度引き離しても近寄っていってしまうたった。終いには携帯でどこかへメールを打っているお姉さんをのぞき込み、かなりな笑顔で愛嬌振りまくたった君。
おねえさん、たった一言
「あ?かわいい♪」


お姉さん、見直しました。
人は見かけに寄りませんな。公衆の面前であぐらをかいているからといって、その心まであぐらをかいているって分けじゃあないんですね。
と、エラク簡単に主旨替えしてしまう俺も相当にいい加減かも。
デモなんて言うのかな、下手な小細工してわかった気になるより、わからないことは観察眼と想像力でカバーして、自分は自分のフィールドで理解に努める方がいっそ潔くはないですかねー。
子どもの愛嬌見てかわいいと思える感性を持っているなら、ちっとくらい公衆の面前で地べたに座ってあぐらかいてても…
い、いや、やっぱそれはみっともないな。。。

ああ、今日もまた何を言いたいのかわからないものを書いてしまった。
要はさ、どんな理由を付けようとも、公衆の面前でやって良いことといけないことはあるよな、例えそれがいつの時代でも、どんな世代でもってことよ。それと、見かけでどんなにイヤな感じがしても、それで中身すべては推し量れないだろうってこと。

ああ、でもなあ、『心は形が作る、形は心が整える』とも言うしなあ。。。

気功パワー 05/10/18 (火)
このごろ肘が伸びきらないわ、右足のくるぶしは完全にくるっとなっちゃうし、なんか病状進んでるなーって感じでとっても寂しいゆめさん。
しかーし、今日はとっても輝いていたぞ。

今日は気功でパワーを入れてもらったゆめさん、肘はやや伸びた感じになったじゃん!
おまけに
「でぃーびーでぃー」
とか言いながら自分で膝立ちし、押入の上の段に並んでいるDVDを取ろうとしいた!
このごろ自分から膝立ちするなんて、レッサーパンダが立ち上がるより稀になってしまったゆめにしてはとてもめずらしいことなのだ!
やはり、気功のパワー恐るべし!たっぷりとエネルギーを注ぎ込まれたに違いない。


ところで、ゆめはDVDのことを時々
「でぃーびー」
で止めてしまう。
ちょっとまたれい。「でぃーびー」って、DV?
ドメスティックバイオレンスか?

こりゃー困ったあねー。
外でゆめに
「あたしんちででぃーびーみれるよー」
とか言われちゃうと、『ゆめちゃんちでDVみれるんだってー』ってなことになっちゃうじゃんかあ!
俺たちが暴力沙汰起こしてるって事になっちゃうでショー!


ま、それでも
「あえんでぃー」
と連呼されるよりはましだけどな。

結局年末までは日本にいるあえんでぃー…

かわいい子たち 05/10/17 (月)
そういえば昨日のスポーツ大会で、隣のクラスのお友達数人から
「ゆめちゃんのお父さん、ゆめちゃんねえ、学校で嘘泣きばっかりするんだよ」
といわれた。
そーかー、ゆめはそんなに嘘泣きしてるのかー。
ま、家でもしてるし、学校でもしてるだろうとは思ってたけどね。
今まではそれも女優で通っていたのに、嘘泣き女にされてしまった。子どもって正直だ。。。


さて、学校で久しぶりに担任の先生に再会した(10年研で一週間不在だった)ゆめは、嬉しくて仕方なかったらしい。ノートを読むのに夢中でゆめが呼ぶ声に気が付かなかった先生を、ゆめは近くまで来てのぞき込んみ
「ばばち?」
と聞いたと。。。

か、かわいいじゃねーか…
俺もやって欲しい!
でも、頼んでやってくれるゆめじゃないしなあ。

で、そのゆめさん、お友達のおむつ替え現場で股間の小さな一物発見。
「ちんちん」
とつぶやいていたまではよかったが、そのうち連呼し始める。
お調子者のゆめさんでした。
ノートでそのことを知った俺が
「ゆめー、ちんちんって言えるのー?言ってみてー、ちんちんー!」
と叫んでいたら、傍らのママに無言で首を横に振られた。
ゆめのお調子者は、俺の遺伝だとでも言いたいらしい。
ちぇっ。

ダウンタウンデラックスにGO!ひろみ出演。
テレビの前でゆめをだっこしたままノリノリで歌っていると、たったがやってきて一緒に見た。
いや、たったは歌っている俺を見に来た。
横から俺をのぞき込み、小首をかしげている。

そういう仕草は、たったじゃなくてゆめにやってもらいたいのにー