10月前半

表示順番:月初め→月終わり

   
ディズニーオンアイス たったの悪行 死闘 悪ガキども 親ばか道 筋ジス会旅行♪その壱 筋ジス会旅行♪その弐
打ち合わせ 親心 表記方法 学校というモノ ビデオ受難 お見舞い 障害者スポーツ大会

障害者スポーツ大会 05/10/16 (日)
今日は障害者スポーツ大会だった。それも、50周年記念大会。といっても内容は毎年と変わらないけど、とにかく記念の大会だ。

お祭りごと大好きなゆめは、大張り切りで参加した。去年まではバギーでの参加だったのだが、今年はなんと言っても自前の車いすで参加だ。否応なくやる気が出てくるというもの。
最初の競技では、かる〜く自分でこぐ気もなきにしもあらずのゆめさん。でも、かっこよくべりっけつ。
その勇姿をママが写真に納めているはず…と思ったら、ママの姿はどこにもない…

ママは、たったと共に旅に出ていた。歩き回りたいたったから目が離せず、ずっとついて回っていたそうだ。
なんてこっった!
その後もたったに振り回されてろくに写真も撮れない。仕方がないので実家に電話し、たったはじいじに預けることにした。

お昼休みは毎年いろいろなレクリエーションが催される。去年はボッチャに参加したが、今年は昼食会場を作る手伝いをしていたらすっかり時間を食ってしまい、もうどれも人で一杯。しかし、すみの方に自由に乗ってよい車いすがあったので、ゆめに車いすのこぎ方を教えるべく、俺も車いすで走り回ってみた。
肝心のゆめさんは、全然こぐ気無し。仕方がないのでゆめの車いすを後ろから脚で押しながら列車のようにつながって走り回った。ゆめの同級生たちに
「ゆめちゃんのパパが車いすに乗ってるー」
などと叫ばれ、彼らの暴走車いすに追いかけられたりもしたが、なかなかに楽しい経験であった。
いつの日か、ゆめと一緒に車いすをこげる日が来るであろうか。。。。


ところで、今回は俺と同じ養護学校で働く先生がボラか何かで参加していた。呼びかけられて、思わぬところで会って驚いた。
ちょっと親の気持ちで書いてみる。
先生方それぞれ家庭もあるし、養護の先生だからってこの手の催し物に必ず参加しなければならない分けじゃないけど、それでもこういう事に参加してくれる養護の先生ってとっても嬉しいと思わない?こういう人に子どもを見て欲しいって思う。きっと一生懸命やってくれるに違いない。
逆に、養護の先生だってそれぞれ興味の方向があるから、必ずしもこの手の催しに関心がなければならない分けじゃないけど、それでも養護の先生がこの手のことに無関心っていうのもなんか違う気がする。
ま、気がするだけだけど。

公務員は国民に奉仕するのが責務なんだから、やはり分掌に関することには無関心じゃいけないんだと思うのだ。先生だって公務員なんだから、やっぱ生徒の関係する様々なことに無関心ではいけないと思う。それができないなら、公務員になってはいけない。
職業先生って言葉がよく聞かれるけど、寂しいねえ。
先生は先生なんであって、職業としてだけやるようなモノじゃあないだろう。その程度の心つもりしかないなら、やはりそういう人は先生になってはいけない。

今日は件の先生に会場で会ったというただそれだけで、とても幸せな気持ちでいる.



あ、いけね、こんな事を書いてる俺自身が、このごろ家庭の事情で袋井養護のボラ全然出てないや。。。

お見舞い 05/10/15 (土)
昼間、知り合いが入院している病院へお見舞いに行った。実はこの入院されている方自体も聞くも涙語るも涙な方なのだが、ここへ書くにはまだ機が熟していないので、紹介はいずれ。

さて、ゆめは病院があまり得意じゃない。なにしろゆめの中では病院=点滴or注射だから、俺たちにとっての白衣の天使さんたちは、ゆめにとっては地獄の使者なのだ。それでもばあばが入院しているようななじみの病院なら、何かされるにしてもそれは自分ではなくあくまでばあばであり、自分は傍観者でいられる安心感がある。
いかし、今日行ったのは初めていく病院。最初はそのことに気が付かず、
「ばあば、ばあば♪」
などとはしゃいでいたのが途中でいつもの病院ではないことに気づいた。
目的の病室に入ったとたん目の前にいた白衣の医者(といっても患者さんのリハビリに来ていたリハビリ専門のドクターだったのだが。注射は管轄外だし)に驚き、
周囲を見渡し、
ぐずり、
泣いた。
大声で泣きわめくので付き添いのお母さんと面会ルームに移動して話しをする羽目になった。これじゃあ、誰を見舞いに来たのかわかりゃしない。

そのうち自分が何かされる分けじゃないと気が付いたのか機嫌も治り、当初の予定通りお見舞いを果たした。
全く冷や汗ものだぜ。それならゆめなど連れて行かなければよいようなモノなのだが、今回はどうしてもゆめを会わせたかったんだよな。
それにしてもゆめさん、あんた、ホントに病院がきらいなんだね…


ビデオ受難 05/10/14 (金)
我が家にある2台あるビデオのうち、新型(といってももう10年近く使っている。さらに古いもう1台に対して新しい方という程度の意味でしかないが)の方はゆめがいろいろ突っ込んでくれたのでかなり不調だ。もう1台は20年選手。でも型が古いだけあって逆に丈夫で、しかもコピーガードが付いていないのでかなり使い勝手が良いということは既に書いた。
その大切なビデオの中に、このごろたったのバカ垂れがいろいろ突っ込んでくれる。

先日は、ビデオを入れたら入らないのでまさかと思ってみてみると、たったお気に入りのおもちゃのナイフが入っていた。あめ玉が入っていたこともあれば小さなぬいぐるみが入っていたこともある。ゆめのようにDVDとかを入れないあたり、まだ訳がわかっていないことは明らか。
さて今日、ゆめがクマプーをご所望なので、長いこといろいろ突っ込まれ続けてノイローゼ気味な新型ではなく、まだしも稼働率のよい古い方のビデオにセットすると、

またはいらない。
今度は何が入っているのかと見てみると、あろう事かスティック菓子パン(半分食いかけ)が入っていた。ガビガビに乾燥していて、ぼそぼそ崩れる。

最悪じゃ…
ゆめはそれでもつっこっむのはDVDだ。映像が映るという点では正しい。
たったのは、ぜんぜん関係ないじゃん!

まあ、それでもまだたったの1歳だ。たったの1歳でこの行為は、成長という点ではただしいのかもしれん。
ただしいのかもしれんが、ビデオが壊れるじゃねーかー!!
ビデオデッキはトースターじゃないだろー!!

ってか、スティック菓子パンは普通焼かないし…
しかも食いかけだなんて…

学校というモノ 05/10/13 (木)
勤務校が創立50周年を迎え、今記念誌の制作を行っている。表紙は生徒に描かせるべく授業で扱っている。自分で描けば早いのだが、せっかくだしな。
それに先立ち、中身の方のデザインを始めたのだが、印刷屋と相談して版下とまではいかないが、イラストレーターですべてのページを作ってしまいそのデータを渡すことにした。今は集まっている原稿を打ち込む作業だ。

この作業の楽しいところは、誰よりも先にいろいろな方々の文章を読めるところにある。その中で、ずいぶん前に病院に勤めていらっしゃった看護師さんの文章にあった『さと子の日記』という本に興味を持った。
既に亡くなったのだが、入院しながら勉強を続けた小さな女の子の日記とその母親の手記をまとめた本だ。図書室にもあったので早速読み始めたが、これは絶対泣けてしまうだろうと言うことで、学校で読むのはやめにして自宅に持ち帰った。
かみさんに見せると
「なつかしー」
などと言っている。小学生の頃、読書感想文用に読んだそうな。

さて、既に読み終わり、泣いたかというと、全然泣いてない。確かに泣ける話しではあるが、泣かせるために書いたのではない事は明らかだし、出版したお母さんもそんなことは望んでいまい。
俺はね、これを読んで勉強すること、学校に通うことが、いかに子どもにとって大切なことかをイヤというほど思い知らされた。さと子の日記には勉強のことや学校のことが本当にたくさん書いてある。それだけ学校というモノの存在が彼女の中で大きかったのだと思う。そりゃまあ病院と学校しかないのだから、日記の内容も病院のことと学校のこと、または病棟の子どものことに絞られはするのだが、それでも勉強することに対する執着がどれほど大きいかを読みとることに苦労はない。

記念誌の原稿の中にはこんな言葉もあった。それを書かれたのは、当時まだ院内学級というモノが全然なかった頃、思い切って全国でもめずらしいその院内学級を作ったドクターだ。
『小児科医の中には、療養中に学校になど通わなくてよいと考える人がほとんどだった。目の前にいる患者が病気を持った1人の人格を備えた人ではなく、その病気しか見ていない。そういった人は今でもいる。しかし、治療のためとはいえ同じ年の子が獲得していくことを治療後に改めて取り戻すのはほとんど不可能に近い』
確かにその通りだろう。それでなくても当時多かったネフローゼや腎炎、肺結核は簡単に治るモノではなかった。ただただベットに縛られ続ける毎日が、子どもにとってどれほど辛いモノであるか。それまでは普通に学校に通っていたモノが、ある日突然ずっと病院の中で過ごさなければならなくなる。大人でもこれは耐え難いモノであろうよ。

さて、さと子も最後まで学校へ通いたがっていた。中学生になってまもなく亡くなってしまい、満足な中学校生活はおくれなかったが、それでも6年間通えた小学校生活は、彼女にとってかけがえのないもの、輝ける瞬間を数多くもたらしたモノであったはずだ。彼女の病状にあわせた、体に無理のないカリキュラムで、必要なことを少しずつ学んでいける小学校生活だったのだろう。だからこそ、彼女は学校へ通うことを楽しんでいた。

俺は今、さと子が通ったのと同じ養護学校に努めている。彼女が感じた輝ける瞬間を作り出す側として。今更ながら教育というモノのすばらしさを実感しているところだ。


今日昼食時、一緒に食べていた女生徒からこんな事を聞かれた。
「先生は、なぜ養護学校にきたのですか?」
逆になぜ来たと思うか聞いてみた。
「自分の勉強のため…?」
なかなか鋭い。
「半分はゆめが通う養護学校というモノを知りたかったから。半分は、君の答え通り」
重ねて質問された。
「じゃあ、先生は養護学校に残るのですか?」
俺はちょっと意地悪に聞き返した。
「俺、養護の先生に向いてないかな?」
「そんなことないですけど。」
「去年の5月までは残る気持ちもあった。でも今はない。かえるよ。だって、君たちのように苦しさを抱えた生徒は普通校にもたくさんいるからね。君らはこうして養護学校に来ているから良いけど、普通校で苦しんでいる生徒も多い。」
「じゃあ、先生はその人たちを助けたいんですね?」
「そういうこと。」

この学校はさと子がいた当時とは変わって、今は精神疾患の生徒が大半だ。普通校から移ってきている生徒が大半。これからの俺の仕事は、同じような症状を抱えながら、でも普通校で耐えている連中に、別の世界への道を付けることであると今は思っている。
要は居場所なんだよな。安心して通える居場所。誰にでもそいつが必要なんだ。

表記方法 05/10/12 (水)
ゆめの先生、今週は10年研で一週間不在らしい。毎日入れ替わりで代わりの先生が来てくれている。
ゆめは、担任の先生がいたくお気に入りだ。かなり厳しくもしつけてくれているようで、代わりの先生ではなかなか言うことを聞かないんじゃないかな。

放課後のサポート教室では、昨日も今日も泣きっぱなしのゆめさん。
原因は、やはり担任の先生がいないことのようだ。

いいなあ、生徒にそんなにまで愛されている先生。

俺もゆめにあいされたいー。


それにしても毎日書いてくれる連絡ノートだが、施設の時のモノとは明らかに違う点がある。
表記が、『学校の先生が書きました』という書き方になってきてるんだよね。
俺がいつも書いてるのと同じような言い回し。先生が書く文章は、どこへ行っても似たり寄ったりになるモノなんだねえ。
だから、見ていて『ああ、ここで書き方を苦労したんだな』とか、『この書き方は、たぶんこういう事を本当は言いたかったんだろうなあ』とか勝手に想像しちゃうんだよな。
あ〜あ、職業病だぜ。

親心 05/10/11 (火)
またこういう事を書くとおしかりのメールがわんさか届いたりするのだが、あえて書いちゃおうかな。

障害は個性だという考え方がある。
ホントにそうなの?

俺はゆめの『障害が個性だ』というなら、そんな個性を持たせてしまったことに罪悪感を持つ。
では、『障害は特徴にすぎません。それが社会生活を営む上で障害となるかどうかは、たぶんに状況次第です』といわれたらどうか。
その方がまだしも受け入れられる。

俺たち家族はこれまでも、これからも、日本一の仲良し家族になるべく生活していく。これはもう、ママと2人で決めたことだ。ゆめが障害を持っているからといってやりもしないうちから無理だと決めつけたりしないし、障害を持っているからと遠慮したりしないで、どこへでも出掛けていって楽しいことたくさんやる。進行性の病気だからできなくなることはどんどん増えてくるけど、その分、できるうちに何でもやっておきたい。
別に個性でも特徴でもどっちでもいいんだけど、なんか個性という言葉が受け入れられないんだよな。

それはたぶん、個性といってしまうとあまりにも綺麗すぎて、普通になってしまうからだと思う。

ゆめが筋ジスなのは、普通のことじゃない。たまたまそういう障害を持ってしまったが、でもそれは当たり前なことではないし、ありきたりなことでもない。今の社会で筋ジスに限らないが障害を持って生きていくのはとっても大変なことだろう。それを普通なことのように言われると、(今の社会構造を考えたとき)なんか釈然としない。

ゆめと外へ出て行くとき、多くの手助けを必要とする。いや、今はそう多くはないが、これからは人の手を借りなければならないことがどんどん増えていくだろう。それは、電車の中で老人に席を譲るのと同じレベルで当たり前のことであって欲しいのだが、今の社会ではそうじゃない。そういう社会を目指したいがね。

目の見えない人に言わせると、途中から見えなくなった場合は違うが、最初から見えない場合は見えることがどういう事か知らないし、今まで目というモノを使ってこなかったから、見えなくても別段不都合はないそうだ。それを見えなくて可哀想とか言うならば、それは健常者のおごりだろう。
結局、五体満足な体を基準に物事を測るから、そこに齟齬が生じる。ゆめに対しても『歩けないの?可哀想』とか言われるが、可哀想かどうかはゆめ自身が決めることであって、俺を含めて他人が判断する事じゃない。ただ、親としてはやはり、障害を持って産んでしまったことに対しては、何も感じないというわけにはいかないだろ。そこまで厚顔にはなれないし。

生徒にこんな事を言われた。
夢の中で、(会ったこともないくせに)俺のかみさんとゆめとその生徒3人で、楽しく追いかけっこをしたと。残念ながら、俺はゆめと追いかけっこした夢なんか見たことない。唯一見たのは、ゆめがある日突然立ち上がって、俺に向かって歩いてくる。俺が驚いて
「ゆめ、お前歩けるのか…?」
って話しかける夢だ。
俺はゆめが走ったりするところなんか、夢の中でさえ想像もしてないんだ。そんな可能性すら考えてなかった。このことに気づかされて、とてもショックだった。
障害が個性であってたまるか!歩けないことが個性であってたまるか!って、すっごく思った。できることなら歩かせてやりたい!脳の萎縮もあって言葉もうまく出ていないが、そんな個性なんかいらない、俺はゆめと、それこそ普通に会話したい!
まあ、こんな事は親の願いでしかない。
でもな、障害を持った人が様々な気持ちで『個性だ』っていうならば、親だって様々な気持ちで『個性なんかじゃねーんだ!』って言いたいのよ。絶対一生消えない様々な思いを含んでいるのが親心ってもんなのよ。


また表題と内容が食い違ってきてしまった。まあ、何で急にこんな事を書いたかというと、ゆめの両肘が伸び切らなくなっていることを発見し、確実に病気は進行しているという事実を再確認してしまったからなんだけどね。頭ではわかっていたことだけど、やはり現実に見てしまうとそのショックは計り知れない。
障害があってもかけがえのない、大事な我が子だ、精一杯笑顔でいる時間を増やしたいって思うんだが、やっぱ『ちくしょう!ちくしょう!なんで病気なんかあるんだ!』ってなことも叫んじゃう。実際、忌々しいったらありゃしない。

と、こんな感じで時々ガス抜きしないと、それこそこっちが先に参っちゃう。



と、こういう気持ちを理解した上で頼むなら頼んでこいよな!
でも、俺は絶対断るぞ。笑顔のゆめが座る車いすを健常な子どもが押してる写真を載せて、その横に『思いやりを大切に』なんて見出しを付けるようなポスターなんか、絶対撮らせん!問題の根本がずれてるっちゅーんだ。

さらし者 05/10/11 (火)

yu△  題名:y◆uukiって言います。
投稿日 : 2005年10月11日<火>18時11分


えっと、HP作ってみたんであたしの素の姿を見て下さい☆
http://yu●uki.h.fc2.com/  
最近、この手の書き込みが増えた。毎日1個は必ず来ている。
この手のモノへの対策としては、相手にせずに黙って消してしまうのが定石なんだが、もう我慢も限界です。

こんなものをうちみたいな掲示板に平気で貼り付けていく奴の人間性を、全否定しても良いでしょ?
もし目の前にいたら、ぶん殴ってやりたい。そう思っても良いでしょ?

じゃあ、一言いわせてくれ♪

貴様のような社会のゴミは、
             
             今すぐ○ね。


打ち合わせ 05/10/10 (月)
家を見に行ったが、ここまでできあがってくると、1〜2週間ではそうそう変化も見えないな。それでも細かなところがちょこちょこと追加されていて、かなりできあがりが想像しやすい部分も出現してきた。

今日は配線と照明器具の打ち合わせだ。あちらこちらを打ち合わせた。
ここで、またぞろあそこやここへアレを付けてくれのこうしてくれのと変更をお願いした。実際、図面上で考えたのとできあがりつつある中で見るのとでは、全然イメージが違うからな。それに、3Dになると気が付く場所もあったし。

それにしても、かなり良い家になるぞ〜。
あー、ホント楽しみ。


ところで、ゆめの両腕、肘が伸び切らなくなった。伸ばそうとしても約10度ほど残して『くんっ』って感じで止まってしまうのだ。
思えば、ゆめの手足が急に伸び出したころからゆめはあまりはわなくなったが、あれって手足がのびたからじゃなくて、肘が伸び切らなくなってはいにくくなったからだったのかもしれない。
このことはTDLからの帰りのバスの中で気が付いたのだが、俺は哀しくなっちゃった。確実に病気は進行してるんだよな。



筋ジス会旅行♪その弐 05/10/9 (日)
2日目は六本木ヒルズ。ホリエモンに会えるかな?
いいえ、会えませんでした。
そりゃそうだ。

六本木ヒルズはだだっ広いな。
おまけに、セレブだと思ってる人がたくさん来て、中で働いてる人もセレブっぽいのを相手にしてるんだから、自分たちもそこら辺のデパートとは格が違うと思ってるんだろう   か?

お昼時、とある和食どころに入ってみた。なかなか美味だったが、たった君はぐずりっぱなしでそこら中散らかし放題。それをちょこちょこと掃除しながらゆめのお相手もしながら食べていたら、意外に時間を食ってしまった。
俺は支払いをしてゆめを先に連れ出して外で待っていたので知らなんだのだが、たったを抱いて出てくるときにママは黒服(たぶんマネージャー)の女性とこんな会話をしたようだ。
「すいません、散らかしてしまって」←落ちたご飯粒を拾い集めながら
「”いいえー”」←声に出さずに口の動きだけで

会話じゃないか。彼女は声にこそ出さなかったが、明らかに『何であたしがこんな事をしなくちゃならないのよ!』と言いたげな態度と顔つきでご飯粒を拾い集めていた。
ママは、
「もしかして、子ども連れは来ちゃいけない店だったのかなあ?」
と、これまためずらしく真剣な顔で(口先だけで)悩んでいた。
もちろんそんなことはあるまいよ。
でもセレブっぽいからな、六本木だし。こういうところへ来るお子様は、きっとお上品に食べるんだろう。うちのみたいな田舎モノのガキは入らないんだろう、きっとさ。
ま、良いけどね。

そういえば、ゆめも昔は散らかしながら食べてたんだけど、すっかり上手に食べられるようになったんだよなあ。今のゆめからは想像できないな、かつてゆめもたったと同じくらい散らかしていただなんて。

そういえばついでに、今回で筋ジス会のTDLは4回目だ。俺も筋ジス会にすっかり慣れた。
初めて旅行に参加したときは、すっごく緊張した旅行だったことを今でも覚えている。あまり話しかけてももらえず、心細かったような気もする。
いまじゃあ、ぜんぜん違うけど。

確実に日々はすぎていくのだ。

筋ジス会旅行♪その壱 05/10/8 (土)
ゆめはTDLが好きだ。バスも好きだ。筋ジス会の旅行はこの両方がそろっているので、ゆめにとっては全く天国のような話しだ。
昨夜、いつものように宵っ張りで大騒ぎのゆめに対し、
「ゆめさん、明日はばっすーに乗ってディズニーランドだぞ〜。行きたい人は早く寝るんだぞー。ねんねしないと行けないぞー」
「ねんねすると、早く明日になるぞー」
などという訳のわからない説得?をしているうち、いつもよりは短時間に寝た。
寝る間際まで
「ばっすー…」
とつぶやいていたけど。

一夜明けて当日、バスはリフト付きとサロンバスの2台で、俺たちはサロンバスの方だった。こりゃー豪華だね。
悠々とした行程でTDLにつくと、晴れ男の面目躍如で今回も曇り空なるもかろうじて雨にはふられなかった。ボランティアについてくれた養護学校の先生たちのおかげで、”プーさんのハニーハント”や”ホーンテッドマンション”にも入れて(3時間待ちだぜ!それを代わりに並んでくれたのよー)、ゆめは終始ご機嫌(パレードを除けばね)だ。
しかし、今回はよほどバスが気に入ったらしいゆめは、途中で何度も
「ばっすー」
といいながら、園の外を指さしていた。バスは手段であって、目的ではない。目的は、このTDLだってのに、ゆめにとってはバスの方が魅力的らしい。
変わった子だ。

ホテルは”浅草ビューホテル”。
さすがに今年はホテルの目覚ましアラームはちゃんと午前7時を指していた。また今年もよけいな妄想をふくらめなくてはならないかとどきどきしながら期待していたんだけどなあ。


親ばか道 05/10/6 (木)
選挙のたびに県や市の選管が発行する選挙公報を音訳してきた静岡市の某氏(67)らボランティア有志が先の衆院選ではあえて音訳テープの作成をやめた。
原文掲載を定めた公選法上、選管が音訳の公報を発行することはできない。そこで10年以上前から音訳テープをボランティアだけの力で作成し、市内の視覚障害者に配布してきた。しかしいつまでたっても状況が変わらないのだ。
点字の場合は民間団体が発行したものを県選管が購入し、視覚障害者に配布する方法を取っているが、音訳の場合はすべてボランティア任せ。間違ってはいけない緊張感の中、朗読ボランティアのメンバーが1日がかりで音訳テープを作成する。その労力たるや、大変なモノだ。

ボランティアがやってくれているからとおんぶにだっこ。こうやって本来は国や県がやらねばならないはずのことを民間が善意で行っている事って、すっごく多いんじゃないのか?

と、いつもなら調べ上げるところだが、今日は疲れているのでそこまでやらない。


「まさきくん、好きな子ができたんだって?」
ゆめのクラスメイト、まさき君がリハビリに通っている”おおぞら”で聞かれた。
「あのねー、ゆめちゃん」
ゆめは”友愛の里”派なので”おおぞら”には通っていない。ゆめの面は”おおぞら”では割れていないのだ。
まさき君が好きなゆめちゃんって、一体どんな子なんだろう?
みんな興味津々だ。
まさき君は言う。
「ボク面食いー」
そのうち、通っている西部養護の中でもまさき君がゆめのことを好きだという噂が流れ始める。ゆめは小学部なので、学部違いの先生たちはゆめのことをやっぱり知らない。
まさき君って子が、ゆめちゃんって子を好きなんだってー
まさき君は面食いらしいよー
噂に尾ひれがつき始める。
面食いのまさき君が好きなゆめちゃん。
面食いのまさき君が好きなんだから、きっとかなりかわいい?

「先生、ゆめちゃんんって、先生の子なんですか?」
ある日、何か噂を聞いてきたらしい先生が俺に聞く。彼の奥さんは西部養護で働いている。ついにここ天竜養護にまでゆめの噂が上陸してきたか。
「ゆめちゃん、子役やってるってホント?」


ああ、面食いだのなんだの言ってる間に、そこまで行っちゃたか。

「いいえ、そんなわけないですよー」
「そうですよねえ、まさかねえ」


「あはは、ゆめは
 子役 じゃなくて 女優 ですよ」

ボクは平然と答えた。





さ〜て、どこまでが事実でしょうかねー?



「”どこまで事実”って、ほとんど妄想だよねえ」←ママ
「ち、ちがうよー!事実と
 想像 とはちゃんと文章でも分けてあるもん!」
失礼なり、ママめー
「お前なんか、レイザーラモン好きなくせにー」
「レイザーラモンならあんたも好きでしょー」

…さーて、どこまで真実だろうねえ…

悪ガキども 05/10/5 (水)
ゆめがペットボトルの天然水をラッパ飲みしている。
遠くでおにぎりせんべいを食っていたたったがそれに気づき、あっという間に近よってきて手を伸ばす。案の定、ゆめの手から奪い損ねたペットボトルを取り落とし、水がちょっとこぼれた。
全然悪びれないたった。
ゆめはゆめで、怒られると思ってびくっとしている。
でもね、
「たったー!!」
そりゃー怒られるのはたったでしょ。ママからぞうきんを放られて
「こぼしたの自分で拭きなさい」
と言われて、何を思ったか手に持っていたおにぎりせんべいで拭こうとするたった。
「おいおいおいー、せんべいで拭くな、せんべいでー」

聞いてないたったは、こぼした水の上に座り込んだ。しかもお姉さん座り。
まあ、結果的に拭けてるから良いか。


気が付くと、さっきのぞうきんをオーブントースターに入れ、扉を閉めようとしているゆめ。
「ちょっと、ゆめさんー!それ、暖めるとくさいくさいだから、やめてよねー」
と、
「あい!」
と速攻返事したゆめは、扉を速攻しめた!
「お前今、返事したろー!しめんなー!」
って言ってるのに、今度はびっくりしたような顔でこっちを見るゆめ。
「勝手に扉が閉まったとでも?今自分で閉めたでしょうがー!!」
さらに驚いた顔をするゆめ。
「タイマー回すなー」
「スイッチ入れるなーーーーーーーー」

まったく、悪ガキめー
ま、でもコンセント抜けてますからー

死闘 05/10/3 (月)
『男は誰もみな無口な戦士 笑って死ねる人生それさえあればいい・・・』

何もかも終わった後、思わずそうつぶやいちゃったなあ。
健さん…

公用車で搬出に向かったとき、確かに車内には俺ひとりだった。
アクトシティー浜松で搬出作業を終え、作品を積んで出発するまで約40分。その間公用車の鍵は開いたままで、搬出入フロアになっている地下2Fの駐車場に止めていた。
3列シートタイプのバンのセカンドシートに荷物を積み、薄暗い地下駐車場を後にして、快晴の空のもとへ走り出て5分ほどたったときにそれは起こった。

目の端に黒っぽい影が走った。

車の流れも落ち着いている午前11時だが、それでもそうそうよそ見しながら走れるほど安全な町じゃない。気のせいかもと思い直して前方の信号に注意を向けたとき、突然俺の目をふさぐように影が差した。

「うわーーーーーーーーーーー」

運転中に目隠しだなんて!
影が差したのは一瞬だったが、その一瞬で俺はそいつの正体を悟った。
目の端を走る”黒”。
ホントは最初から気が付いてたんだ。でも、認めたくなかったんだ。
あいつと2人、この”車”という密室に二人っきりだなんて、耐えられないじゃないか。
でも、認めざるを得ない。
いまや奴は、白昼堂々とその裸体を曝しているのだ。
見たくなくても見てしまう。
見たくないと思うほど目が引き寄せられる。

奴がまた動いた。まるで俺の視界にわざと入ってこようとしているみたいに。
俺は悲鳴を上げた。冗談じゃなく、密室なのを良いことに、運転中で他人に顔を見られる心配がないのを良いことに、精一杯でかい悲鳴を上げた。

奴は悲鳴にひるむわけもなく、今度はまっすぐ俺の方へ向かってきた。狭い車内だ、あっという間にここまで来てしまう。
俺はまたしても叫んだ。不覚にも、あまりの恐怖に泣き出しそうになってしまった。

いっそのこと車を停めて降りてもらえばいいのだが、パニクってテンパっている頭には、そんな考えは浮かばなかった。

そしてついにその瞬間はやってきた。
徐々ににじり寄って来ていたはずが、いつの間にか見える範囲にいなくなった。姿が見えなくとも車内にいるのは間違いない。姿がなければないでかえって恐怖感が募る。
どこにいるのだろう、どこへ隠れたんだろうとびくびくしながら運転していた俺の目の前に、奴はいきなり現れた。
奴は頭上から降りてきた。
いきなり俺の右まぶたの上に飛び乗った。
俺は叫んだ!
俺は叫んだ!
俺は叫んだ!

ハンドルを握る手がすべっっった!
急ブレーキを踏んだ!
怖くて目が開けられない!
前が見えない!

幸いにもそれは、既に郊外へ出て車の流れも途絶えがちな道の、信号で停車しようとしていた最中に起こった。スピードもほとんど死んでおり、多少の蛇行で車は止まった。そのまま横のコンビニに車を突っ込んで、あわててはたき落とし、あまりの恐怖に半狂乱になりながら何度も何度も踏みつけた。
こんな恐怖を味あわせてくれた奴には、俺の人生から一生涯ご退場願うしかないじゃないか。

『男は誰もみな無口な戦士 笑って死ねる人生それさえあればいい・・・』

黒白になって平べったくなった奴が、そう言ってる気がした…。
いま思えばぎこちがなく、キレのない動きから察するに、長いこと食料もない車の中に閉じこめられていたのだろう。気力体力共に尽きかけていた奴の、これが最後の一花だったのかもしれない。


たったの悪行 05/10/2 (日)
俺の使っているファンカーゴの点検のためにディーラーへいった。今日はめずらしくたったを連れて、男の子チームで出掛けた。
ショールームでは、一瞬たりともじっとしていないたった。ほ乳瓶を胸の前で大事そうに両手で握りしめ、あっちへふらふらこっちへふらふら。1歳と1ヶ月にしては異常に足取りがしっかりしている点、おちおちディーラーと話込むこともできない。自動ドアが開くのがおもしろいらしく、すぐに外へ出て行こうとするからだ。
そんなたっただが、大きなガラス窓は初めてなので、そのまま突っ込んでいき激突した。すっころんだが泣きもしないで何事が起こったかすぐさま検証していた。激突するところまでは1歳児らしいが、二度と同じ場所で激突しなくなったあたりとっても1歳児らしくない。
1歳児なら1歳児らしく、何度でも同じ場所でぶつかれよ、たった。
っていうか、ぶつかったら泣け。

ばあばのお見舞いに行っていたママと俺の実家で合流し、そのうちじいじも帰ってきて、すっかりじいじにすがりつくたった。ゆめはお利口でビデオなど見始めたってのに、猫のようにじいじの脚にすがりついている。まだ書類仕事が残っているじいじに悪いので、散歩に連れ出そうと試みる。あれこれいっても見向きもしないしちっともじいじから離れようとしないたっただったが、
「たった君、ローソン行くよ」
と言うと、ローソンという単語が出た瞬間に俺の方を向いて目が光った。

1歳児のくせに、もうローソンという単語を覚えたか。

でも、ローソンという単語で目が光るのはたっただけじゃあない。ゆめもいきなり行く気になってしまい、結局たったをだっこしてゆめの車いすを押しながら行くはめに。
たったはゆめの車いすを押すことに意義を見いだしているらしく、必ず押してくれる。レジでお金を払っているとき、なんとかフェアのワゴンのそばに車いすを置いていたら、たったは何も考えずに車いすを押しやがってその向こう側にあったワゴンごといってらっしゃーい状態。あわやそのまま店の外まで出て行ってしまうところだった。
力が強いにもほどがあるぞ、たった!

夕飯後、昨日ディズニーオンアイスで買った一個1400円もするキャラメルポップコーンを食べるゆめ。そこへたったが乱入したからイヤな予感はしたのだが…数分後に様子を見に行くと、ゆめの回りにポップコーンが散乱し、ゆめはと言うとなぜか掃除機を抱えている。
これはあれだな、犯人はたっただろう。ゆめは散らかったポップコーンを掃除しようとしていたに違いない。
ゆめはとってもお利口。
たったはとっても悪ガキじゃん。
おまけに
「ぼくなんにもしらないも〜ん。だって赤ちゃんだから〜」
とでも言いたげな態度のたった。
こんな時ばっかり赤ちゃん面するな、たった!


ディズニーオンアイス 05/10/1 (土)
今日はディズニーオンアイスの日だ。たったは初体験、俺は2回目、ママとゆめは3回目。磐田エコパアリーナへ見に行くのだが、今年は20周年記念で、モンスターズインクだった。毎回S席(車いす用はS席しかないのよ)で、リンクそばのけっこう良い席だ。ターザンの時など、脇毛を剃っていたことまでばっちりわかったくらいだし。
さて、その少ない鑑賞経験から今回の内容は…
はっきり言おう、一番ダメだった。

何がダメって、着ぐるみがすっごくちゃちかった。素材が悪いな、アレは。見た目からみっともなかった。さらにセットも根こそぎちゃちい。まるでドリフのコントで使う描き割みたいだった。天下のディズニーなのに、このみっともなさは一体何事??
もっとひどかったのは、肝心の演目が映画の内容をはしょりながら切り貼りしたような感じで、映画を見てない人には意味がわからないだろうという。どうせやるなら映画から離れても良いからしっかりした内容にすればいいのに、これじゃあ、せっかく見に来ても逆に映画の内容を知っているだけにかえって物足りない感じだった。
そして最悪にひどかったのは、役者たちの演技とセリフ、場面の雰囲気が非常にちぐはぐで、全然合ってなかったことだろう。いま誰がしゃべっているのか、演技だけではよくわからないのだ。もちろん、映画を見ていれば誰の声がどのモンスターなのかはわかる。でも、映画を見てなければ難しかったんじゃなかろうか。おまけにやたらとオーバーアクションで、それがまたただただがちゃがちゃ動いてるだけに見えてうるさかった。
もちろん、役者は一流どころだろう。問題なのは演出だよな。

次回はもう少しちゃんとした内容をやって欲しいよ。
もっとも、ゆめはノリノリで大喜びだったけどね。