表示順番:月初め→月終わり

   
たったの初物 七五三 ゆめ&たった 3つのねがい 哀しい嬉しい 副作用君 泥棒侵入 二つの名字
看護の心と人間愛 父の気持ち お触りは禁止 知覚過敏 風邪旋風 ネット旋風 イツコさんはそよ風 褒めるなら腹ぁー据えて褒めろよ

コンサート 05/11/30 (水)
今日は俺の勤務先に吉田イツコさんがやってきた。恒例の演奏会だ。
サンタの帽子をかぶって、金ぴかのかわいいクリスマスツリー持って、イツコさんがやってきた。
「イツコサンタでーす♪」
だって。
かわいい人です。ほんと。

先日のゆめが通う学校での演奏会で、ママが幸せをふくらめた曲は、

が〜ん、さっきまで覚えてたのに、曲名を忘れてしまった。
ハープのなんとか?なんとかのハープ?
忘れてるーーー

まあ、とにかくその曲を弾いてくれたのだが、まるでピアノの旋律に寄りかかっているみたい、音色のハンモックでくつろいでるみたいに感じたなあ。


さて、ちょうどお昼休みから5時間目が始まってからも続く演奏会には、高等部の生徒しか参加できない。なぜなら小中学部の生徒は午前中で帰ってしまう曜日だからだ。そして、高等部の生徒で聞きに来るのは、毎回俺のクラスの生徒だけ。

今朝のSHRでは、先日のゆめが通う養護学校での演奏会の様子を話して聴かせた。イツコさんがいかにスゴイ人かと言うことも。
よそのクラスはどうかしらんが、俺は毎回そんなような話しは演奏会当日にしてるんだけれども、そのせいかどうかわからんがいつも聴きに来るのが俺のクラスの生徒というのは、ちゃんとそうし向けるように洗脳しているからだとエバって良いですか?
演奏が終わってからイツコさんを送り出し、外で一服していると校長先生もやってきた。
「毎回お客さん(生徒や職員)が集まるか結構どきどきしてるんですよ。」
正直な校長先生です。
そりゃーそうでしょうね。
「だから、たまによそでやる(イツコさんの)演奏会を聞きにいくと、ホントにリラックスして聴いていられるんです。」
なるほど、その気持ちはよくわかります。
演奏する方だってお客さんがいなかったらやりにくいでしょうしねえ。もっとも、イツコさんはお客さんがひとりでもいれば喜んで弾いてくれるだろうけど。いや、誰もいなくても弾いてくれるかもしれんな。なぜなら、俺が前回の演奏の時、遠くから聞こえる『トルコ行進曲』に、まるでハーメルンの笛吹男の奏でで引き寄せられるネズミのように会場に向かったようにさ、途中で来る人もいるし。

ところでたったがびこんびこんしているのを見て思いついた曲、あれを弾いてくれるようにリクエストしたら、そうじゃないかと思ってたんだけどやっぱりなんの曲か覚えていらっしゃらなかった。
「でも飛び跳ねる曲なら何曲か知ってるよ」
と言うことでブルグミュラーの『貴婦人の乗馬』を弾いてくださった。
貴婦人と言うよりもとっても元気が良くて、イツコさんに言わせれば「おてんば」な曲だった。確かにたったにぴったり。
で、帰宅後にそのことを話したら、たったをみて思いついたのもこの曲だったそうだ。
で、なんと
「あたしも弾けるよ」
だと!
でも遠い目をしながら
「覚えてればね…」
だって。
あーあ、ホントにどっか遠くに行っちゃったよ。
戻っておいで〜

褒めるなら、腹ぁー据えて褒めろよ 05/11/29 (火)
「今日、地震来るって言ってたけど、来なかったね。」
「誰がそんなこと言った?俺、お前からしか聴いてねーぞ。」
「あたしが見てたHPに書いてあった。」
「…あほ」


ゆめは一人っ子の期間が長かった(6年間)ので、かなりちやほやされて育ったとママは言う。
そうかなー、あんなもんじゃないかなー、と俺は思った。
『ああ、それで!』と、担任のしぇんしぇーは思い当たった。

4月当初、ゆめが何かやってくれて、ここぞとばかりに褒めた先生。
『きっとゆめちゃんは褒められて喜ぶに違いない』と思った先生。
でも、ゆめの反応はさめていた。
「だから何?」
とでも言いたげな冷たい視線。
『あれ?なんでー』と先生は思った。

もっとダイナミックに褒めなければならないようです。

めんどくせー女です、ゆめったら。



彼の誕生日。
今日は彼のためにケーキを焼いたの。自分ではとっても上手に出来たと思うけど、彼は喜んでくれるかな〜♪

バイトから返ってきた彼は、1Kの部屋に鎮座するこたつテーブルの上に並んだ料理に目を見張った。
ゆめの奴、頑張ったなあ。
テーブルの上には所狭しとおいしそうな料理がならび、その中央には、彼の好きなイチゴショートケーキが乗っている。きっと一生懸命作ったんだろう。ゆめはすっかり待ちくたびれて寝てしまっている。
ゆめのほほに優しくキスすると、ゆめはうっすらと目を開けた。
「あ…ごめん。寝ちゃってた。 おかえりー。」
「ただいま。スゴイ料理だね。」
「だって…初めての誕生日じゃない。」
「嬉しいよ。ありがと。」
「…」
「…ん?どうした?」
「…
 それだけ?」
「は?」
「『ありがと』、それだけ?」
「え?あいや、あー」
「あたし一生懸命作ったのに、たった一言でおしまい?」
「えええ!そ、そんなことないよ。すごい。うん、スゴイよ!
  ほんと…」
「もっとちゃんと褒めてよ!一生懸命作ったのに、『ありがと』って、だから、なに!」
「すすす、すごくおいしそうです!ホントに嬉しいです。」
「『おいしそう』じゃなくて、ホントにおいしいに決まってるじゃない!あたしが作ったのよ!?
アタシヲアイシテナイノ?愛してるなら、もっと心を込めて言ってよ!!!」
「こんなスゴイの見たことない!ゆめちゃん、天才!さいこー!!おれ、スッゴクシアワセ!!!ゆめ、愛してるー!!!!!!!!!!!!」
「…」
「…」
「やっぱ♪」
「…」
「さ、たべよー。今日はお誕生日だしー」



疲れる女だぜ、ベイビー…
俺、こんな女はイヤだな…
ま、ゆめは彼氏なんか作らないから関係ねーけどー♪




なんか、これ書いててママに似てるなーって思ったら殴られるかな…

イツコさんはそよ風 05/11/28 (月)
ゆめの通う学校に、吉田イツコさんがやってきた。
吉田イツコさんがピアノを弾けば、寝た子も起きて聴き入る。
車椅子の子どもでも、目をきらきらさせてリズムを取る。
茅野から4時間かけて子ども達のためにピアノを弾きに来てくれるイツコさん、まるで年中無休のサンタさんだね。

午後7時、帰宅した俺を襲ってきたのは、ゆめの身振り手振り入りの『おしゃべり攻撃(ご飯粒爆弾ツキ)』と演奏会の様子を目を輝かせながら語るママの『夢見る少女ビーム』だった。
演奏会では、バギーなどで座ったまま聴いている子どものそばでは
「なんか、目が輝いてるよね〜」などというささやきが交わされ、車椅子に座っている子どもは座ったままでリズムを取り、周りで聴いていたお母さんや先生方も
「癒された〜」と感想をこぼしていたようだ。

さもありなん。何しろ奏者はイツコさんなのだから。
俺なんか、いっつも彼女の指が見える場所に陣取って、その運指に見とれながら聴き入っちゃうんだもんね。
ママは、ハープのなんとか?なんとかのハープ?とかいう曲を聴いている最中、何かが体の中からわき上がってくる感じがしたそうだ。みぞおちの当たりからぽわ〜〜〜と体温よりもあたたかい何かがわき出て登ってきたんだってさ。そのご、曲の説明を聞いて幸せになる曲と聞くと、『ああ、あたしの中から幸せがわき出てきたんだなあ』と実感したそうだ。いいな〜

あ、でも俺だって負けてないぜ。体の中から何かが出てくる体験、俺だってあるもんね。
みぞおちの当たりから真っ白い毛の固まりみたいなのがふくらんできて、ご飯も食べられないし寝ることも出来ない。たばこと酒ばっかり体に入れて、挙げ句の果てに血のオシッコが出た、失恋後遺症。
ああ、あれは幸せどころか不幸のどん底でしたね。

ま、それはそうと、やっぱすごなー、イツコさん。
ゆめなど、現時点(午後8時)でまだほんわか幸せそうな顔してるもんな。

お次は12月4日にウサギホールという何ともかわいらしい名前のホールで演奏会がある。演奏は午後からだが俺は午前中から託児のボラだ。ママたちは午後からのコンサートに出掛けることに決めたらしいので、気兼ねなくボラに行き、余所の子を面倒見るついでに、たぶんたったを押しつけられるだろうな…



などと高尚なオーラをまとったママたちの中で1人、今日も軟式グローブを見て大笑いしている俺。気がつけば体が熱いたった君。たったの脇に体温計を差し込み、押さえつけながら聴いてみる。
「たった君、お熱高い?」
「ん」
「たった君、体、怠い?」
「ん」←足をぶらぶらさせてます。ってか、暴れるから押さえつけてんだけど。
「たった君、まだお熱上がりそう?」
「ん」←この時点で既に37.9
「40°近いのが続くと、キンタマやられちゃうんでしょ?」(ママ)
「たった君、キンタマやられそう?」
「ん」←やられそうだってさ。
「でもまだ耐えられそう?」
「ん」←耐えられるそうだ。
結局38.9まで上がりました。

冷えピタでも貼りたいところだけど、たったは思いっきりはがしちゃうし…思案の結果、脇に貼ることに。どうやら脇に貼ったモノはまだ取ることが出来ないようなので。
脇に貼られると、冷たさにびっくりして泣き出すたった。ついでに大暴れ。
それを見ていて自分もはって欲しくなったゆめ。遠くの方で
「あってー」(やって?はって?)
と叫んでいる。
君には必要ない。
結局脇に冷えピタ貼られて、なんだかロボットみたいな動きになってしまったたった君でした。

ネット旋風 05/11/27 (日)
ネットをさまよっているうちに、かなりレアなお宝サイトをハッケーン!→ここだ!(左側コンテンツの「モスカウ」を選ぶのだ)
”モスカウ モスカウ♪
 夢見るアンディーさん おっサンですか シャーですか おっほほほ へい!♪” byジンギスカン
モナーな猫が踊る空耳な歌詞は一品だった〜



”あほだな〜 そうだよアホだよ〜
 あほだな〜 それがどうしたアホだよ〜♪”
keikoとパークマンサーのヂュオ、『軟式globe』を覚えている人は日本中に5千万人はいるに違いない。TBSの『学校へ行こう』を見ていたナイスな少年少女なら、まず間違いなく覚えているだろうな。さらにその中で軟式グローブのファンは推定3千万人はくだらないだろう(たぶん)。
かつて、この『軟式グローブ』が日本中を席巻していたとき、俺は密かに「全部の曲を集めてすべてCDかMDに落として繰り返し聞きたいぜー!!」でなきゃ「もし限定CDかなんか出たら絶対買う!!」と思っていた。結局CDの発売もなければ全局ダウンロードもかなわなかったが、上のジンギスカンを発見したサイトにて、軟式グローブも全曲発見したのだ!!


生きてて良かった…

聞けるのは 全曲…とはいかなかったが(何曲か準備中だった)たっぷり堪能して、もう満腹♪

中にはこんな→ここだ
なんかもあって、それであいつらはゲートの外へは出てこないのかと妙に納得。

ゆめは→これを見て楽しんでいた。
ずーっと楽しんでいた。
何回も見て楽しんでいた。
『マイヤヒー』にもいろんなバージョンがあるのね。
ちなみにゆめは、この曲をすべて「あらうー」というたった一つの単語で歌いきります。

風邪旋風 05/11/26 (土)
風邪旋風吹き荒れる我が家。
荒廃した室内には、既に生物の気配はない。かろうじて生き物の息吹が残っているのは息も絶え絶えで今日なんか一日中起きてこなかったママと、鼻水で窒息しそうなゆめのみだ。実際、ゆめなど顔中鼻水のこすり跡のガビガビだらけで、ナメクジにでも蹂躙されましたかってなもんだ。

その荒れ果てた荒野を、1人オマルを抱えて旅する男(の子)がいた。
名を誠大という。通称たった。その横顔は”ハウルの動く城”に出てくる魔法使いのパダワン”マルクル”の横顔にそっくりだ。ゆめなどマルクルが登場するたびに「あ、たったー」と呼びかけているほどに。

たった、奴も風邪に冒されている。密かに放たれ小僧だし咳も出ている。電池の消費量も普段の3割り増しのようで、充電のために機能停止する回数もいつもより多い。
しかし、そんな状態であっても奴の機能にはいささかの障害とはなっていないようだ。
風邪を引こうがその食欲はいささかも衰えない。見るモノすべてに興味を持っては寄っていき、けつまずいては転んでいるのも、熱に浮かされているからではなくあくまでいつもと同じ光景にすぎない。

風邪引くとトロントロンになってしまう軟体ゆめや、あっという間にうつされて撃沈し、長いことドック入りして応急修理に時間がかかるやや老朽化したママなんかとは大違いだ。
『弱る』という言葉を知らぬ健常児たった、恐るべし。


ところで、某県の筋ジス協会に長く君臨した帝王が倒れた。彼はその立場を悪用して、かなり私服を凝らしていたようだ。その私生活においていささか同情を禁じ得ない境遇にあったこともまた事実ではあるが、だからといって筋ジスという難病を抱えて生きる多くの人々に対する背信行為が正当化されるわけではない。下克上は長く苦しい戦いの末に成された。結果、新体制が構築され、今後の健全なる運営が期待される状況と相成った。
本日、新体制になって最初の布告が届いた。こうした配布物が正しく発行されるという事実一つとっても、その運営が健やかなる道を歩き始めた証と言えるだろう。
障害者に対して締め付けが激しくなっていく一方の昨今、少しくらいは明るいニュースがあったっていいよな。

3つの願い・再び 05/11/22 (火)
以前3つの願いを描いたが、もうちょっと自分の願いで考えてみた。

1.楽器が弾けるようになりたい。
2.世界中の言葉がしゃべられるようになりたい。
3.体のパーツを取り替えたいぞ。


身の回りを眺めてみると楽器の弾ける人は意外に多かった。かみさんもピアノが弾けるし、前任校の事務長も、もと吹奏楽部でホルン奏者だ。その下で働いていた事務員の彼も、勤務後に練習してサックスを吹けるようになった。新しく来た隣のクラスの担任も、ピアノを習っているとのこと。たったの野郎も打楽器専門でボウルなど叩いている。
俺だって昔はギターを持っていたのだ。
ただし、持っていただけで弾けなかったけど。
前々から何か楽器が弾けるようになりたいとは思ってはいた。ここへ来て月一で来校しピアノを弾いてくださるプロピアニスト・吉田イツコさんを間近に見て、そこまでとは言わないが、やっぱ楽器が弾けたら人生変わるだろうなあと思わざるを得ないなあ。

世界中の言葉がしゃべられたら、絶対楽しいに違いない。いろんな国にバイクで旅行して、いろんな国のことをたくさん聞いてまわりたいぜ。本だってどの国のモノでも自由に読める。これはもう天国のようだね。世界中の本屋さんを野宿しながら巡るのだ。5大陸巡礼だぜ。
いいないいなあ。

パーツはねえ、いきなり俗っぽくなっちゃうけど、たったを見ていてつくずく思うのだよ。しなやかに動く関節、少々の無理が利く柔軟性、力強い動き、そのどれもがかつては自分にも備わってはいたのだが、それを実感していたことなど一度もない。まあ、それは誰しもそうだろうけど。
調子の悪い両膝と左親指関節、右肘、全部耳をそろえて交換したいなあ。

んで、ここでこれがすべて自分がコンプレックスを抱いていることだったと気がついてしまうのです。哀しいことに。
あーあ。。。

知覚過敏 05/11/21 (月)
人それぞれに様々なこだわり(”こだわり”という言葉は本来はマイナスイメージらしいい。以下はまさにそんな内容だ。)を持っていると思うのだが、俺は特に腕先に集中している。

顔を洗うときや手を洗うとき、俺は絶対にそでをめくる。そでを伸ばした状態で手のひらまでの範囲以上に水を扱うことは絶対にない。
なぜなら、そでが濡れるのが死ぬほどイヤだからだ。

濡れて良い場所ではないそでの内側が何とはなしに冷たい。

耐えられないー

それが高じて、そでをめくらないで手首近くまで水に当たっている人を見ると、いても立ってもいられない。知らない人ならそれでも自制するが、対象が生徒だったりしたら、もう口どころか手まで出てしまう。力ずくでもそでをまくらせる。
気にならない奴は気にならないのだろうが、気にならないということ自体が不思議でならない。濡れたらイヤじゃないのかなあ。なんで平気なのだろう。

ご飯の時にそでにケチャップが付くとかもすっごくいやだなあ。こちらは水で濡れるのの35倍はイヤだ。
なぜなら、水に濡れるのは水に濡れるだけでそれ以上はないからまだ我慢もできないこともない。でも、ケチャップとかソースとかって、濡れるだけじゃなく臭いまでついてしまう。これはもう最悪だ。
弁当ってコンビニ弁当でも愛妻弁当でもそうだけど、ふたの中とかに蓄積した水蒸気はかなり弁当臭い。いろいろな食材の臭いが混じっている。あんなモノがついた日には、もうその日の午後はなんにもやる気がしないし、人前に出ることもできない。速攻お着替えだ

あるいはご飯粒がくっつくなんてのも嫌だなあ。
以前、何かの拍子に袖口の中にご飯粒がツキ、それを知らないまま過ごすうちにご飯つぶが固まった。なんかそでの中がごつごつするなあときになりつつ、まさぐってみたらかさかさに乾燥したご飯粒が張り付いてましたなんて事になったら、もうそれを取るまで他の何も手につかなくなってしまう。

これはすべて知覚過敏なんだろう。俺の場合はそこへ持って自閉傾向なこだわりが加わるモノだから手に負えないのだ。

こんな俺なので、ゆめや誠大がそでに一杯ご飯粒とか付けながら食べてる姿を見るのがとっても苦痛です。
もはや拷問に近いです。
ここまで来るともはや知覚過敏などという生やさしいモノではなくなってくる。

この”濡れて冷たい”についてはまだ話が広がるのだが、もう眠いのでここまでにしておこう。

お触りは、禁止 05/11/20 (日)
俺は教師。
ビフォー5もアフター5も、いつでも教師だ。
世間は、教師に対して厳しい。
休日に走っていてちょっとスピード出し過ぎて捕まっちゃっても教師をクビになっちゃうし、自分のお金をちょっと使いすぎて破産してもやっぱり教師クビになっちゃう。

こんな時代だから、お酒を飲むときも気を付けねばならない。
既婚者は、クラブのお姉ちゃんに触ってはいけない。
どんなに酔っぱらってもお触り禁止だ。

まあ、チークを踊るくらいは良いけどな。


さて、我が家のお触り禁止もそれなりに切実だ。
寝てしまったたったには、お触り禁止。
むやみに触って起きたりしたら、その後が大変だ。ゆめは寝ているたったにちょっかい出したがるが、ぜったいだめ。
そのゆめの髪の毛も、お触り禁止。
ちょっとなでたいだけなのに、指一本でもふれようモノならすぐに
「いーだーいー」
と言われて手を払われてしまう。
ママの携帯は朝目覚まし代わりに鳴るのだが、俺は既に起きて活動しているのにママは目覚ましなど鳴っていないかのように起きてこない。それでも携帯にはお触り禁止なので困る。
鳴ってるとうるさくて、誰か起きてきたら困るから困る。
目覚ましなんだからホントはそれで正しいんだけどな。

俺のお触り禁止はなんだろうと考えて、はたと止まってしまった。
俺は別にお触り禁止はないなあ。
ママに時々携帯取られてチェックされてるけど平気だし、財布の中にも怪しいモノ入ってないし。
強いて挙げるなら、家中にある俺のモノすべてかなあ。
ママが片づけるが、片づけた先を忘れてくれるので、その後どこにあるのか探すのがまた大変だ。大事なモノを埋めて、どこに埋めたか忘れてしまう犬と同じ状態か?俺のモノは出しっぱなしなんじゃなくて、ちゃんと置き場所が決まっているので動かして欲しくないのだが、ママに言わせれば迷惑な夫らしい。
困ったねー。

父の気持ち 05/11/18 (金)
ALTのアゥェンディーが来る日。そのことは何も知らされていないにもかかわらず、朝ふと思い出したように
「アゥェンディー?」
とつぶやくゆめがいる。
廊下のはしに後ろ姿を見かけては、「アンディーアンディー」の大合唱。
ではとアンディーが授業をやるクラスにゆめを混ぜて面と向かわせると、今度は一言も話せないらしい。

ママは、これは本気なのでは…と想像している。

事ここにいたって、もはや俺に語ることは何もない。

ママに
「何かアンディーについて言うことある?」
と聞かれ、
「大事にしてください…」
とつぶやく俺が居る…
嫁に出す父親って、こんな心境なのかなあ。

「ぎゅーにゅーとー、ごはんとー…」
ホテルディナーのチラシを見ながら、ゆめがしきりにゴニョゴニョ言ってる。
とってもかわいいのだ。
テレビを見ながらかわいらしい仕草でこちらをちらっと見る。
とってもかわいいのだ。
「がっごー」
と言うので
「だっこ?して欲しいの」
と聞いても首を振る。
「もしかして学校?」
「うん」
「学校楽しいの?」
「まーしゃーきーー、しぇんしぇー」
と答えるゆめ。
とってもかわいいのだ。
でも、
「あぅぇんでぃー」
と必ずくっついてくる。





アゥェンディーのやろうー!!
俺からかわいいのを奪うか!



…大事にしてください…
うう

看護の心と人間愛 05/11/17 (木)
ノートパソコンを開くと、画面にうっすらと汚れが付いていた。たったがばっちい手で触ったに違いない。
全く、副作用君はー

さて今日は出張で新幹線に乗ったので、その間いつものように本を読んだ。学校を出る際に見つくろったハードカバーの『看護婦物語』江川 晴 著、読売新聞社刊。”看護婦”というあたりに時代を感じさせる。わずか220ページとはいえ短時間で読破してしまった。表紙におおきく看護婦さんの写真が載っているが、どう見てもそれは役者さんだ。と言うことはドラマにでもなったのだろうか。

重い内容だった。看護婦の仕事ってこんなにもやりきれないことの連続なのかと。看護とは何かを描きながら、同時に人間愛が色濃く描かれていた。中でも患者の口を借りた、ただ日々の業務をこなすことにのみ汲々とし、患者を真摯に見つめて必要な看護を行えない現状を揶揄した「あなた方看護婦は、ただの検温器運搬人兼医療機器操作人にすぎない」というセリフは、今の俺にも当てはまるかもしれないと感じた。

別に日々の仕事に追われて汲々としているわけではないし、そもそも学校は(カリキュラムはあるけど)毎日同じ業務の繰り返しではない。それでも、毎回同じようなことで不調を起こす生徒、何度も何度も同じ過ちを繰り返す生徒たちに、いい加減うんざりという気持ちや一生懸命やっても届かない切なさがあることは事実だ。俺にしたところで、(特に校務や出張が立て込むと精神的にも肉体的にもきつくなるので)それがツイ態度に出てしまうことも全くないとは言いきれないし、実際あからさまにそれを(ヒマそうな先生ほど)態度にも口にも出している先生もいる。生徒は何も言わないが、中にはそれを敏感に感じている者もいるだろう。現実、そういう先生には生徒もあまり寄っていかないように見える。ある生徒ははっきりと「俺たちは(自分に対してどういう感情を持っているか)敏感だに」と言い切った(もっとも、それを言った生徒は自分でいうほどには周りが見えていないけれど)。そういうことはあるだろう。ましてや子どもは元々正直な生き物だし。
先生はロボットじゃないし、生徒もロボットじゃない。感情を持った人間だ。だからこそ、形じゃなく心でぶつからねばならない。ルールとか分掌・担当などの決まった様式でやれることではない、本当に必要なモノはその先にある。決まった様式は最低限度はずしてはいけないラインなだけで、プロならその先を目指すべきだ。昨日と同じ悩みを持ちかけた生徒の言葉には、昨日とは違う重みがあるかもしれない、逆に軽さだってあるかもしれない。それを受けて同じ言葉しかかけられないならば、その時点でプロじゃないな。ましてやうんざりしながらの受け答えなど、教師失格だろう。

同じことはゆめに対しても言える。なまじ我が子なだけによけいに遠慮がない。他人の子なら冷静になれることでも、自分の子だと慣れなかったりする。これは大問題だ。
俺がゆめが感じている苦痛を感じることはできない。そもそも、俺が苦痛だとするそれをゆめが苦痛と認識しているかどうかすらわからないのだ。ある筋ジスの方は、
「みじん切りにされた冷やし中華など食べたいと思うか?」
と著作の中で語っている。俺は食べたいと思わないが、ゆめはみじん切りでないと食べられないし、生まれてこの方麺をすするという行為をしたことがないのだから、みじん切りにされた麺に違和感を持っているかどうかすら判らない。俺たちと同じ基準で考えることがそもそも間違いだと言わざるを得ない。
しかし、彼女は彼女なりに俺たちと同じように『食べてみたい』と思っていることは間違いない。それは麺はすすって食べる方がうまいという本筋の理由ではなく、あくまで『同じモノ』を食べたいという感覚的なモノではあるが、これは『みじん切りでなければ誤嚥の危険性があるから』という決まり切ったモノの先にあることだ。それに気づいてからは、やたら細かく切るのではなく、ぎりぎり飲み込める程度に切るようにしている。
寝付きが悪いから導眠剤を飲ませるのではなく、寝る前にちょっとしたスキンシップを取るだけでずいぶんと寝付きが良かったりもするのだ。
これから先、寝たっきりになって体位交換などしなければならなくなったときも、つい力任せに乱暴にやったりしないように肝に銘じなければならない。

この本は良かった。図書室外の自由に借りて良い図書なのだが、明日看護師や福祉関係希望の生徒に勧めてみよう。

二つの名字 05/11/15 (火)
とあるアパートの一室。とある一家が引っ越してきた。まだ若い髪を茶色に染めた父親と、父親よりは若干年上であろう母親、幼い兄弟の4人家族だ。
父親は若いのにベンツに乗り、ベンツ乗りのくせになぜかホンダモンキーなんぞも所有して、休日になるたびに改造して遊んでいる。どう見ても必要ないのにスーパークーラーキット(エンジンの温度を下げるためのパーツ。たかが50ccのバイクで、そんなモノが必要なほどスピード出すか?)やスーパーフォンマフラー、リヤショックアブソーバーも高価なモノに換えてある。それでいて、乗ってるところを見たことがない。
母親は一見ごく普通の女性で、近所つきあいは苦手そうだが根は優しそう。今時の若い母親にありがちな髪を染めるでもなく地味な感じだが、顔つきというか細かなパーツから察するに、もっと若い頃はかなり親泣かせ・先生泣かせな事をやってたんじゃなかろうかという雰囲気がする。
子ども達は年相応の礼儀作法と不作法さを併せ持つが、躾に関する一般的なレベルからするとやや劣る。しかし、性根はとても良い子そうな感じだ。まっすぐ育てればホントにいい子に育つような何かを感じる。

さて、その一家にあるとき変化が訪れた。それはごく小さな変化だ。
その変化とは、表札の名字。
それまではワープロできちんと打ち出した『高橋』というプレートがかかっていたのだが、最近手書きのボールペン文字で『佐藤』という紙切れがすぐ横に貼り付けられた。
その頃からだっただろうか、父親にも変化が表われた。
そのアパートは小さな3DKなのだが、その一室をどうやら自分専用にしたらしい。帰宅後や休日は、良くその部屋でテレビなどを見ている。子ども達や母親は、滅多にその部屋へは立ち入らないようだ。最近はあろう事かその部屋にモンキーを持ち込んでは、改造パーツを取り付けたりしている。
家族で出掛ける姿は滅多に見ない。

ある日急に表札が変わる。
二つ並んだ別々の名字。
それにはどんな意味があるのだろう。


…高校を出てしばらく働き、たまたまであった彼と一緒になった。。
出会ったきっかけは合コン。
ありきたり。
あっという間に深い仲になって子どもができて、何も考える時間もないまま結婚。
彼は大手の機械加工工場勤務だが、夜勤は多いし、子どもとも滅多に遊んでくれるような人じゃない。元々子どもがあまり好きではないのだろう。
まだつき合っていた頃からそれは判っていた。デートに行っても小さな子どもがいるような場所は決して連れていってくれなかった。TDLでさえ、やっと出掛けられたのは家族が増えてからだ。それも子どもにせがまれてようやく。
最近は3つしかない部屋の一つを自分専用にしてしまい、信じられないことに小さなオートバイまで持ち込んでいる。子ども達がその部屋に入ろうモノなら、機嫌のいいときはともかく虫の居所の悪いときなら無言で部屋から追い出す始末。何か言ってくれた方がまだましと思うのは贅沢だろうか。自分の子どもなのに何も言わず無表情に追い出すその姿は、まるで冷酷そのものに見えるのだけれど。

こんな生活を望んだんじゃなかった。
どこで歯車が狂ってしまったんだろう。
こんな身勝手な…
このままじゃ、子ども達が可哀想すぎる。
そろそろ決心すべきかもしれない。

やっと見つけた就職先。小さな会社の事務だけれど、子どもと一緒に3人で食べていくことはなんとかできる。これを機会にけじめを付けることにした。
離婚届は出したけれど、あまりに呆気ない。反対するでもなく嫌がるでもなくすんなり押されたはんこ。まだ行く当てがなくて同居という形を取ることにも何も感じていないみたい。あるのはただ、彼の部屋に入ってはいけないと言う暗黙のルールだけ。
表札に掲げた二つの名字。
アパートの人たちは一体どう思っているだろうか…



……高校を出て働き始めた小さなイベント会社。まじめに努めてはいるけれど、バブルのあおりで傾きかけた会社は持ち直しても、いったん下がった給金はなかなか持ち直さない。
2つ年下の旦那とは社内結婚だった。
入社したてで右も左も変わらない旦那を、一から教えたのが私だった。つき合っていた頃は良かった。でもいざ結婚してみると、まだ遊び足りない旦那は、いつの間にか家庭を顧みなくなっていた。イベント会社ということもあり、いろいろな意味で誘惑も多い。このままで大丈夫なんだろうか。漠とした不安が、毎夜のように子どもの横で、寝顔を見ながら寝かしつけている私の胸を締め付けた。
彼と出会ったのは、そんな先の見えない時期だった。大手の機械加工会社の工員をしている彼が、たまたまうちの会社が手がけた研修にきて、私たちは出会った。その頃既に夫婦関係は冷え切っていた私は、すぐに彼との恋に落ちた。

子ども二人を連れて家を飛び出したはいいけれど旦那はなかなか離婚してはくれない。
こうして暮らしていても、旦那との違いは明白だ。
彼は夜勤に出る前に睡眠時間を削ってでも一緒に買い物に行ってくれる。
疲れているだろうに休日は遠出をして、子ども達と遊んでいる姿がとても楽しそうだ。
部屋にオートバイを持ち込むのはどうかなって気がするけど、子どもが興味津々で近寄っても、彼は一緒にいろいろな部品を説明してくれる。もっとも、子どもの方は油の臭いに慣れないらしくてあまりその部屋には入りたがらないけれど。
でもほんと、自分の子じゃないのに、良くしてくれて…

旦那との離婚がやっと成立した。最後までぐずぐず言っていたけれど、やっと離婚届も出せた。これで後半年すれば、晴れて私は彼の妻になれる。
もう私は今までの私じゃないの。
このすがすがしい気分は、なに?まるで生まれ変わったかのよう。
そうだ、いっそのこと私も表札に名前を出そう。まだ彼の名字にはなれない、旧姓しか出せないけれど、堂々と自分の名前を名乗れるのよ。
ボールペンなんかで書いた表札はかっこわるいけど、なーに半年の辛抱。
これまで2年待ったんだもの、半年くらいどうと言うこともないわ。




なーんつってな。
あ〜あ、いかんなあ、妄想癖…

泥棒侵入 05/11/14 (月)
姉さん(誰?)、事件です。
ママが
「はい。30点のコーヒー♪」
といってくれたコーヒー、
「何が30点???」
と聞くと、
「出来映えが」
というので、飲んでみました。





ホントに30点だった!!!


”ヘイヘイヘイ”で、さだまさしの弟が飼い犬と戦ったということを話していた。
「俺もタローと戦って勝ったよ」
というと、ママが、
「でも、もうタローは忘れてるみたいね」
というので、
「え〜、なんで〜」
と聞くと、
「だってタロー、ボケたフリして言うこと聞かないこと多いじゃん」
といった。




確かに。。

ま、それはさておき、ある朝起きると、居間の中が荒れていた。
たったの小物(おもちゃ)が、かごをふんずけてぶっちゃけたみたいになってるし、引き出しがいくつか空いていて、中身も散乱している。
俺がいつも持ち歩いているパソコンが入るリュック(学校への私用パソコン原則持ち込み不可になったので、中は空っぽ)の中にいつも入れている財布もない。ついでに携帯もない。
俺は足音を忍ばせてあちこち探し回った。頭の片隅では、既に一つの可能性しか形になってないんだけど、それを必死に否定しながら、『キット勘違いだ。きっとどこかにある。絶対見つかる』と心の中でつぶやきながら、物音を立てないように探した。こんな時までいつもの習性で、音を立ててママたちを起こさないようにしてしまう自分がとっても惨めだった。
探し回るついでに見ると、ママの誕生日プレゼントに(いつの間にか・俺の知らない間に)買ったエルメスのバックの中からもママの財布が消えている。ついでに保険証やらの証書もない。
俺は焦った。
午前5時から焦った。
これはマジで泥棒が入ったな、間違いない!
でも窓を見ると、掃き出し窓の鍵は締まっていて出入りできない。やっぱ勘違いかと思ったら、横の腰窓がすこーし空いてるぢゃないか!!
やっぱどろぼーだ!

いやはや参りましたよ。
ママの財布にはろくに金が入ってないのは知ってたけど、免許証とか保険証はマズイし、俺の財布にもカード類や免許証はもちろん、学校の身分証明書も入ってるし。携帯には生徒の個人情報満載。これが流出なんかされようモノなら、いや、既に盗難にあったと発覚した時点で個人情報漏洩法違反・教師としての個人情報管理義務違反で、よくて自主退職、悪くすれば懲戒免職?
住宅ローンが!
ゆめの治療代が!
たったの手術代が!

ま、いいか。
しょうがないから今まで学校で作ってきたポスターやら学校案内やら持って印刷会社にでも行って、デザイナーで雇ってもらうさ。
横浜の社長(看板屋)はまだ俺のことを待って手くれるかなあ。確かデザインするのにマックを導入するっていってたけど、今ならマックは手足のように扱えるよ…

こんな時にまで妄想に逃げてしまう。。。
なんか、朝っぱらから超ブルーになって外の空気でもすおうと何気にリュックから車の鍵を出そうとすると、
がーん
車の鍵もない!


なんか、もう、生きてく気力がなくなってきた…虫歯を抜いて、この先一生そこには歯が生えてきませんって確定したときの『この世の終わり』を感じたとき以上に萎える…
っていうか、もう早く教頭先生当たりに電話しないとマズイし。。いや、その前に警察か…空気すってる場合じゃねーなー…













と、思ってるところではっとした。
クルマノカギガナイ?

車の鍵がないといえば…





俺はダッシュでゴミ箱に向かった。
よくアメリカ映画で出てくるブリキでできたふたツキの大きなゴミバケツ、あれの小さい版が台所にあるのだが、ふたを勢いよく開けてその中をのぞき込むと、
あったじゃん!

こりゃー、あれだ。
間違いない。

犯人はたった君だよな…
あのやろう、副作用君のくせに一体いつのまにやったんだ???
こんな大それた事をして、君のお母さんは泣いているよ、いい加減白状したらどうだってなもんだ。
ってか、副作用君は副作用でぐーぐー寝てるけどな。
いや、実際泣きそうになったのはお父さんだけなんだけどね。

この後居間の片付けをし、普通に朝食を作って食べました。やっぱりいつものようにすべて物音を立てないようにキヲツケながら…

何が一番神経に悪かったといって、泥棒が入ったかもということよりも、何もかも音を立てないようにしなきゃいけない、物音一つ立てずに見つけなきゃって自分自身思いこんでたところだったなあ。

ん?
何でそこまで音に気を付けるかって?
音出してガキどもが起き出してきたら、1日の中で唯一心静かにネットやPCゲームする時間が荒らされてしまうぢゃないか!
ってか、ゲームどろこじゃねーだろ、警察呼びなよって感じなんだけどね。




呼ばなくて、マジよかったけどね。。。

副作用君 05/11/13 (日)
俺とたった、風邪が少々ひどいので、昨日は耳鼻科に行って来た。ホントはゆめの主治医の奥さんがやっている小児科に行くはずだったのだが、臨時休診らしい。これはたぶんあれだろう、インフルエンザの薬の副作用で亡くなった件、あれの緊急学会に行ったんじゃないかな。

さて、なじみの耳鼻科は腕は確かだが何しろ混んでる。1時間2時間待ちは当たり前で、みんな診察券を出したらとっとと外出してしまう。俺も診察券出したら朝マックでもしにいこうと思っていたのだが、待ち時間30分くらいというのでそのまま待った。
待ったけど、案の定1時間待ちだった。受付のおばちゃん、臨時雇いらしくて初診のたったの問診票がインフルエンザの予防接種用のもので、後でもう一回書き直したりと当てにならないことおびただしい。

ま、それはそうと確か風邪引きだったはずのたった君、元気なこと元気なこと。こっちはおとなしく座ってたいのにあっちへこっちへ歩き回っていたずらしまくるたったの後をついて回るので忙しい。ホントに風邪ひいてんのか?
そのたったもいい加減待ちくたびれて暴れ出したところで名前を呼ばれ、めでたく受診。嫌がって暴れるたったを俺が膝に載せて押さえ込み、看護師さんが両側から頭と体をさらに押さえ、ようやくのことで診察開始。看護師さん、思わず
「力が強い子だねえ。1才ー?」
ともらしてますた。すいませんねえ。
でも、左の耳を掃除してもらい、出るわ出るわ大量の耳アカ。子どもの耳アカって耳鼻科でしか取ってもらえないからちょうどよかった。ホントにびっくりするくらい大量に出た。しょっちゅう耳掃除してるんだけどなあ。

さて、薬をもらって帰り道、薬の仕様書を見ると、たったの薬には副作用で眠くなりますとある。
副作用で眠くなるのか。そうか。
何となく頭に置いておいたのだが、昼飯の後で薬を飲ませると、あっという間に寝てしまうたった。

副作用…
これは副作用だな!

副作用君はとっても眠いらしい!
すごいな、副作用!


そして今日。
今日も副作用君は眠いぞ。夕方なんか爆睡状態。死んだように寝てしまい、何やっても起きやしない。副作用ってすごいな。

哀しい嬉しい 05/11/11 (金)
今日はポッキーの日。仕事が一段落した安堵感からか、花粉症が風邪にレベルアップしてしまった。

不調っす。

俺がちょっと目を離したすきに、またまたパソコンのキーボードをカチャカチャやろうとするたった。
「オイ!触るなって言ってるだろーがよ!」
わずか1年と2ヶ月しか生きてないガキ相手に本気で怒る、大人毛の生えていない俺。

俺を見上げ、ふてぶてしい態度で1メートルほど駆けて離れるたった。
と、床にあった広報誌を手に取り、くしゃくしゃにして投げ飛ばし、俺の方をにらむ。
わずか1年と2ヶ月しか生きてないガキのくせに大人相手にケンカを買う、かわい毛の生え足りないたった。

さて、今日はゆめさんの養護学校で文化祭があった。いろいろと買い込んで帰って来たし、芸をやったらしく 劇をやったらしく、
「うんとこしょーどっこいしょー」
と見せてくれる。
ママの方もビデオとネガ写真とデジカメの3つを抱えて取りまくったらしい。


が、ビデオはテレビにつなぐ線がなくて観られない、ネガは当然現像がまだなので見られない、デジカメは中古で買ったキャノンイクシー320がもうピントが合わなくなってきてい(るせいだと思う。たぶん。腕のせいじゃないんだろう)せいでうまく写ってなくて見れない。
そのうえに、すべてのデジカメ写真、いいですか、すべての写真にオーブが、しかも大量に写っていて、とてもじゃないが公開できない。
この劇をやった部屋は入学式でも使った部屋だが、その時も数個のオーブが写っていてそれは公開しましたね。今度は1個2個のレベルじゃないぞ。おまけにだ、時間をおいて数枚撮っている写真の、若干の違いはあるもののほとんど同じ位置に同じような大きさのオーブが写っているのだ。これはほこりの反射じゃないだろう。もしほこりの反射だとするなら、数十分間も同じ位置に滞空しているほこりの方が不気味だわい。

実はさ、今日帰りの車中でこんな事を考えてたんだよな。
『病弱養護学校って、今みたいに精神疾患じゃない、昔のホントに内臓系の疾患の子ども達が通っていた時代は、幼くしてなくなってしまった子が多かっただろうな。知的(養護)はそういうことはないんだろうな。体は丈夫なんだから。肢体(養護)の方はきっと亡くなる子ども多いだろうなあ。体が自由にならないって死に近い感じがする。ゆめだってそうだもんなあ。』
というのも、一段落ついたとはいえ相変わらず50周年記念誌の作成が続くなか、校歌のページを今作っている。改めて歌詞を熟読すると、いろいろな気持ちが呼び覚まされるのです。
本校には校歌が2コあって、その一つがこんな歌詞なのだ。
『川が流れていく先に  広い大きな海がある
山の向こうで青空が  今日もぼくらを呼んでいる
元気になるんだわらうんだ  そしたら明日は君のもの』
これは1番の歌詞。2番ではすくすく伸びる赤松と草原を飛び跳ねるこりすをモチーフに、『元気になるんだ駆けるんだ』となっている。3番は春のそよ風をモチーフに、『元気になるんだ飛びだそう』だ。

病気を治して元気になるんだっていう気持ちが込められていて、おまけに曲調も水戸黄門の主題歌を作曲した人なので似た感じのアップテンポ。とってもかわいらしくて素敵な歌だ。おそらく生徒のほとんどがこちらの歌を好きだと言うだろう。
ま、それはいいとして、昨年赴任したときにはまさか校歌が2曲もあるとは思わないのでこの歌は養護学校共通なのかと思い、ゆめの学校にも同じ歌詞が?ゆめは元気になって飛び出したりしないのに…と、ちょっと哀しくなったモノだ。残酷な歌詞だなって。

まあ、それは勘違いだったわけだけれども、何の因果かやっぱり肢体は他の校種に対して早くになくなる人が多いことも事実だよな。で、話しを戻すと、楽しかった学校の文化祭を、そういう子ども達が見に来てたんじゃなかろうかと想像するわけですよ。ゆめも毎日のように言うけど、学校が楽しいらしいからなあ。

楽しい文化祭、でもちょっともの悲しい。

3つの願い 05/11/9 (水)
「3つの願いを叶えましょう。」
と言われたら?

1つめ、「1日だけでいい、ゆめと手をつないで歩きたい。」
障害を治してくれとは言わないよ。もう受け入れたことだ。今更障害を持っていないゆめを想像できない。でも、1回だけ、ゆめと散歩させてくれ。

2つめ、「戦争を無くしてくれ。」
ホントにいらん。
世界の警察と称して自国の権益だけを守る国なんかいらない。そんな国に形だけ独立を認めてもらってその実いまだに精神的な占領政策を受けているような国もいらない。他を認めない狭量な神様を奉る宗教もいらない。それ以外をすべて敵と見なすような独裁主義もいらない。そんなモノたちによって命を奪われる戦争なんか、いらんのだ。

3つめ、「ぽっくり死にたい。」
寝たっきりはイヤだー。それだけは勘弁してくれー。元気に暮らす85才のある朝、老衰で永遠の眠りにつきましたってな感じがいいなー。


さーて、学校の仕事が一段落したし、今週はお持ち帰り仕事はしないぞー
おー!
明日『宇宙戦争』のDVDを買うぞー。トムクルーズ見たいぞー
おー!
今の願いはこれだけだぜー。
おおー!?


武豊のかみさんって、佐野量子だったんだね。
ああそういえば、そうだね。

ま、それはともかく、俺、福山雅治と同い年。
って、前にも描いたけど、哀しくない。むしろ嬉しい。
なんていうか、福山に

勝った

っって、思ってるんですけど…


妄想でしょうか。。。
絶対俺の方が福山より幸せだと思うんだけど。
う〜む。。。


ハンバーグ。
大好物はハンバーグ。
ステーキ屋にいってもハンバーグを食べる変なガキ。
いつも山盛りハンバーグを食べるハクション大魔王がうらやましくて、お小遣いを貯めて当時80円のマルシンハンバーグを金の限りに勝った小2の僕。と言っても2個しか買えなかったけど。
2個食べて、腹を下しました。
えーえー、吐き戻しましたとも。胃液まではき続けて丸2日、苦しみに苦しんで学校も休みましたよ。
それでも一番好きなのはマルシンハンバーグなこの不思議。
今なら5個はいけますな。


ゆめ&たった 05/11/4 (金)

保育園で、いつもたったにちゅーしてくる子がいる。
なぜかそれは男の子だ。
たったの背丈に合わせてちょっとしゃがみ、顔を斜めに傾けての本格的なちゅーだ。キスに昇格してもオッケーな形ね。
今日も今日とてたったの肩に両手をそっと置き、優しくちゅーしようとする男の子。
ゆっくり近づく男の子の唇。
肩に置かれた手にはさりげなく逃がすまいという意志が込めラれているが、あくまで優しげだ。
今まさにたったの唇に重なろうとしたその瞬間、たったがひょいっと横を向いた。

と、肩を抱いていた男のが大声で泣きながら保育のお姉線の元へ。泣きながら何事かを訴える。
「大丈夫だよ〜。
 ちょっと舐めただけだよ〜」

…どうやらたったは彼の手をちょっと舐めたらしい。
その子は、舐められたくらいで何を大騒ぎしてるか。きみはちゅーしたでしょうが。


増田岡田を見て大笑いのゆめ。腹這いのママテレビにじりり寄る。
そのうち笑い声は悲鳴に変わる。
笑い悲鳴。
次にテツ&トモが登場し、ゆめの悲鳴も最高潮に。

そんなゆめがうらやましいのか、たったがすっ飛んできて主電源をボチ!
ゆめが怒って主電源をプチ!

ちゅーされ男VS悲鳴女戦争勃発。
ギャーギャー騒ぎながら主電源を入れたり切ったり…
なんでもいいから見るのか消すのかどっちかにしてくれよー


七五三 05/11/3 (木)

七五三。
ゆめは7才。七五三資格あり。
これまではハカマや簡易な着物を着てきたが、今回はこれが最後なので盛大にと、本物のお着物を着る。

朝からママに髪を結ってもらう。いつもと変わらず「いーたーいー」を連発。
でも、絶対いつもより痛くない。だっていつもよりゆるく作ってるからな。

初お着物。
初めて締められる帯の締め付けに、他に表現方法を知らないゆめはまたしても「いーたーいー」を連発。
正確には「苦しい」ものと思われ。

そのうち「いーたーいー」のにも慣れてきたので、近所の五社神社へ移動。階段を上れないので手前でお参り。車いすに乗せてみたら、背中の帯がじゃまで前屈みの変な格好に。
う〜ん…
でもそれは仕方ないな。


たったの初物 05/11/1 (火)

たったがいろんなモノをあちこちから持ってきて遊んでいる。
おもちゃのナイフ、積み木。かじりかけのパン、おもちゃの携帯電話、ミニカー
そして、電話の子機…
見れば、子機は通話中になっている。しかも、投げられ蹴られしている子機は大変に機嫌が悪く、且つノイローゼ気味なので、ボタンを押しても気まぐれにしか反応しない。その時も”切”ボタンを押しても返事もしなければ言うことも聞かなかった。
こういうときはバッテリーを一回引っこ抜くしかない。バッテリーを指し直すと、待ってましたとばかりにいきなり電話が鳴った。
「もしもし?」
と答えると、びっくりする相手だった。
「こちら119番救急です!どうかなさいましたか!?」←だみ声&かなり大声

相手は消防署だった。しかも相当何回もかけてきていた(←想像)らしく、かなり焦っているような声音。
いつの間にかたったのバカ垂れ、1歳と2ヶ月にして用もないのに消防署に通報。もしかしたら通話中にゆめがいつもの調子で『いやーーーー!!』と叫んだり、たったが机の角にぶつかって1人で大泣きしたりする様子が筒抜けだったかも。しかもその間、子機は投げられ蹴られしてるし。そのあと子機の機嫌を損ねてしばらくつながらなくなったので、消防署の人も怪しんだだろうなあ。


そんなたった君、昼間に初玉打ち。
ビデオデッキにテープを入れたいゆめと、そのテープを引っ張り出したいたったで取り合いっこ。勝利したのはもちろんたっただが、戦利品を携えて意気揚々と凱旋している途中、テープを取り落とした。拾おうとしてかがみ込んだ拍子に縦になったテープの上に腰を落とす形に。
たった君、可哀想に1歳と2ヶ月目にして男のサガを知った。
たったは”泣き笑いショック”な顔を凍り付かせてそっとかがみ込み、おしりの方から股間に手を伸ばしてうずくまる。そのままおしりの方からおむつの隙間に手を入れて、股間を押さえたままいざり移動。
もしかしたら腫れたかも!←それ、いいかも?
ひょっとして1個つぶれちゃったかも!←そ、それはまずい!
いやむしろ、3つに分かれちゃったかも!←それは…微妙…

お風呂あがりにそのことを話してくるママ。
体を拭かれている最中で真っ裸のたったは、ママの話を一緒に聞いていてその時の痛みを思い出したのか、立ったまま股間を両手で押さえて内股になってみせる。
その様、まさにおかまちゃん。

男は辛いぜ…


さて、本日作品展の搬入だったため出張帰りの時間が大変遅くなった。
今けっこう落ち込んでます。去年といい今年といい、養護に来てからというもの普通校教諭の養護に対する偏見やら教育者にあるまじき無礼な思考に辟易している。俺は絶対そんな大人にはなるまいぞと、36才にもなって改めて誓う今日この頃。虫の居所が悪いので、けっこう辛口です。
さて、学校へ戻る車中で滅多に聞かない午後8時台のラジオを聞いた。その内容がとても興味深かった。

現在の国(地方を入れずに国だけで)の負債600兆円超。この額は、軍事費ばんばん出していた第2次世界大戦当時と同じくらいらしい。しかも、かつてこれだけの規模の負債を返納した実例はないとか。解消できたのは3回だけ。1回は戦争。1回はクーデター。もう1回は、なんだったかわすれた。
とにかくまともな方法で返せた試しがない額だそうだ。
そこで登場するのが消費税。
消費税増税は小泉首相の任期明けにも導入かという勢いだが、その税率12%〜15%。今の3倍だ。家計に例えれば判りやすいが、普通は収入はそう簡単には増えないので、支出を切りつめる。しかし政府は支出はどうでも収入を安易に増やそうとする。
その増加分を消費税に求めようとしている。

小泉首相の任期中に、借金の増額した分は140兆円と言われているそうだ。そのおかげで各家庭の負担額はこちら→¥¥
これだけの額を各家庭から消費税で絞ろうというのかね。
構造改革、景気対策と言いながら、。その実経済は悪化の一歩。こりゃ全くの詐欺だぜだと。詐欺も50万円100万円のレベルなら返せる額なだけにけっこうビビリながらだが、これだけの額になると堂々としたモノ。実際、30兆円だったか?国債発行だったか?公約でやるといいながらやれなかったが、『そんなことはたいしたことではない』とのたまわったし。政治家にとっては約束を反故にすることなどたいしたことではないのか。。。

おもしろかったのは企業減税の話しだ。
大企業は平成の大減税のおかげで税率がさがり、加えて雇用はパートやフリーターだから経費がかからない。おかげでいま現金を貯め込んでいる。それが市場に出ないから景気回復につながらない。企業に負担をかけると景気が下がるというのは逆で、大企業の場合は『もっと設備投資しろ』とか『雇用を増やせ』と負担をかけることで貯めてる現金を排出すると。
フリーター同士では結婚もできないので当然子供も産まれない。少子化も当たり前。
一方で零細企業は法人税の引き下げでかろうじて持ちこたえている現状。法人税は売上高に対してかかる税金だから、不景気で儲けが少なければ払う額も少なくて済む。それでも青色吐息。
さて、消費税は売り上げに関係なく買った分の品物などにかかる税金なので、資材を購入したが赤字だったというような場合でも、やはり買った分の消費税を払わなければならない。ここでさらに消費税など上げられようなら、零細企業は死んでしまうと。
フリーターたちにしてもさらに消費税で追い打ちを受ければさらに結婚なんか遠のき、少子化に拍車がかかり、ますます年金の財源が減る。
消費税はスゴイね。子どもから老人まで、まんべんなく税金を搾り取れる。


確かに欧米では消費税率は日本とは比べモノにならないくらい高い。しかし、そうなるまでには何十年もかかっている。その間、その必要性が議論され、税率の上がる理由も審議され使い道もしっかり検討され、おかげで社会保障がきちんと充実した上での税率となっている。
翻って日本はどうか。
その税収増加率や回収の安易さで導入され、そもそも税金そのものの使い道が不透明きわまりないうえに、どう考えても必要な場所には経費がまわってきていない。そして今また増税だ。
『全体の収入がいくらで、何に対してこれだけの額がそれぞれ必要で、これについてはこれだけ必要なのだがこれだけの額が足りない。』というような説明が国民にちゃんと判る形で話されていない上に、仮にそう聞かされても、『そんないかにもな理由を付けても、ホントはどこかで誰かが甘い汁を吸ってるんだろ』と勘ぐりたくなってしまう。また、勘ぐりたくなるような事ばっかりしてきたんだよな、日本の政府は。地方分権がちっとも進まないのは利権にしがみつく連中のせいだし。馬鹿を見るのはいつも貧乏な国民ばかりだ。

と、以上ラジオの内容であって、俺の私見(だけ)ではない。
公務員ですからー、お上にたてつくようなことは言いませんとも。いやほんと。
ちなみに、初任でもらった6年前の夏のボーナスと、今の夏のボーナスは額が同じだ。6年働いて上がってませんがな。しかも今は養護勤務で手当が付いているにもかかわらずだ。
しかも、公務員は12月とかに給与体系見直しとかされて基本給が下がると、4月までさかのぼって適用され、結果払いすぎたとされる額を冬のボーナス減額などだったかな?で返金させられます。
それでもボーナスが出るだけましと考えなくてはならないか。


嘘つき女 05/10/31 (月)

嘘つき女の称号に恥じないガキンチョゆめ。
このごろよく人をだます。

ジャスコのそばを通っても俺たちに寄る気がないと判ると、
「とぉーれー」
と言っては立ち寄らせようとする。
授業中もだれてくると
「とぉーれー」
と言ってトイレに行こうと(連れて行ってもらおうと)する。
デモたまにホントに行きたいこともあるので、どうせ嘘だろうと思って
「もうちょっとでお家つくから待っててね」
とか、
「授業もうちょっとで終わるからね、待っててね」
と待たされてお漏らししたりもする。
俗にこれを『オオカミ少女現象』と呼ぶ。
ちなみに男の子の場合は『オオカミ少年現象』だ。

今日はお風呂で俺の後ろを指さしながら急におびえだした。
心底恐ろしいモノでも見たかのような顔で悲鳴など上げたりもした。
どうせクモか何かだろうと思っていると、泣きそうな顔で
「ニャー」
などと言うモノだから、もしかして化け猫か!?とこっちまでぞっとして振り向くと、なんにもいない。
それを見てゆめ大笑い。
ゆめにそういうのをやられるとほとんどの場合はホントに目に見えない怖いモノがいるのでしゃれにならないから怖い。
俗にこれを『心霊現象』と呼ぶ。
ちなみにこういう(ばかされた)ときには『しんじらんねー(怒)』と叫ぶ。

この後ゆめはお腹をぽこぽこ叩くマネをした。
「たぬき…?」
と聞くと
「おぁい!」
と答えた。手を挙げて答える小学生のように持ち上げたその右手は、なぜか招き猫の形だ…
こういうときは『わけわかんねー』とつぶやいてもよい。

嘘つき女、ばく進中!


つくも神 05/10/30 (日)

室町時代の『付喪神絵巻』に、『器物百年を経て、化して精霊を得てより、人の心を誑かす』(要するに、『百年以上経った道具は魂を宿す』という意味)とある。俗に言う『つくも神』のことだ。器物は百年たつと魂を持つので「煤はらい」により新春の前に古い器物を路地に捨てたそうだ。
この巻物のストーリーは、『暮れの煤払いで捨てられた古道具たちが人間への復讐を図って、節分の日に自ら妖怪に変化(へんげ)し、京の船岡山の裏を住処とし、町に出ては人や牛馬を襲い宴会を開いていた。しかし、最後には護法童子に諭され仏門に入るというまとめになっている。また、この器物の妖怪たちの行進が百鬼夜行であるという解釈もできるだろう。
また、『つくも神』はもともと九十九髪と書いたともいわれ、九十九は百から一を引いたものだから、九十九髪は白髪を示し、長年の年を経たことを指す言葉でもある。


我々は一つの道具を百年も使わないが、この「百年」というのは、その道具が使えなくなる直前までを意味している。要は使い込まれた古道具ということだ。そのころの道具といえばそれは消費するモノではなく、生活に必要だから使っている、例えば生業としている職業や日常生活で使うモノだったりと、生きていく上でなくてはならないモノであり、しかもおいそれとは換えがなかったであろう。大事に大事に使い込んでいったものと考えられる。実際、大事に使っている道具は、百年でも使えるモノが少なくないだろう。
それであるなら百年たとうが魂が宿ろうが使い続けて構わないと思うのだが、「煤はらい」であっさりと捨ててしまう。おそらくこれは都の人々の慣習でだったのではないか。それまではただただ大事に使っていたモノが、都で裕福に暮らす人々は古いモノより新しいモノ、汚れたモノより綺麗なモノと、現代のような使い捨てに近い事をやった。それを「もったいない」と嘆く心が作り出した妖怪かもlしれない。日本人の感性が生み出す「恐れ」や「敬い」が作った『戒め』と言えると思う。


さかな丸、かれこれ10万km近く一緒に日本中を走ってきた。あいつが俺の元へやってきて、今年で9年目。最初の4年間で6万kmを走り、その後はぼちぼちとつき合ってきた。
エンジンをかけようにも圧縮がかからないようで、ピストンがすかすかと空回りする。動かなくなってしまったあいつをYSPに連れて行ってもらい、約2週間。なんの音沙汰もないのが心配で、店まで出掛けてみた。
いつの間にかめちゃくちゃ新しくなっていた店の奥、作業場の片隅にあいつはいた。風防以外の旅装をすべてはずして連れてこられたそのままの姿で、ぽつんと佇んでいた。見たところタイヤも交換していない。履きつぶした革靴さながらにすり減ったタイヤを履いたまま、明るい店内のそこだけがやや薄暗くなっているかのようだった。
「どうでしょう?」
「う〜〜ん、ちょっとねぇ…。圧縮がかからないってのは、ちょっと厳しいですねー。エンジン開けてみないと何とも言えないけど、たぶんかなりかかりますよ。」
「…そうですか…」
「見積もりだしてみますが、それ次第だと思うので、タイヤも取り寄せてあるんですが付け替えてないんです。」
「判りました。じゃあ、見積もりでたら教えてください。」

親父さんは、この調子で修理していくと新車を買った方が安くツキますともいっていた。そういえば去年の夏にも7万円かかる大修理を終えたばかりだ。四つ輪ならいざ知らず二輪で10万kmというのは確かにかなり厳しい。しかもさかな丸はSRだ。大容量シリンダー1本の単気筒エンジンは、作りが単純な分故障に強いが、その振動の激しさ故に痛みも激しい。新型のSRは乗車姿勢が変更されていて、俺好みのアップハンドルに前進ステップ(つまり背筋を伸ばして座れるということ)だ。これはかなり魅力的。
でも、さかな丸はなんといってもこれまで乗ってきたバイクの中で唯一何度も車検を通ったバイクだ。それまでは車検期間(2年)保たずに事故でつぶしてきているだけに、もしさかな丸を手放したら次のバイクがまた”ついてない”バイクだったらどうしよう、すぐつぶしてしまうかもしれないという心配もある。

そう、さかな丸はまさに”ついてる”のだ。それがつくも神かどうかは判らない。でも何をおいても愛着のある道具であることは間違いない。それどころか、正真正銘俺の相棒なのだ。俺のいうことをちゃんと聞いて走るし、逆に奴にできないことも俺は知ってる。だから、お互いに無理な走りはしないし、労りながら乗ってきた。使い込んだ道具につくも神が宿るのなら、さかな丸には間違いなくその神様がついてるに違いない。



あれ?ちょっと待てよ。
つくも神は『その道具が使えなくなる直前まで』の年月を経てつくんだよな。って事は…やっぱさかな丸は使えなくなる直前なのか…?

がーん!
やっぱ買い換えなのかよー

これじゃあ、まるで、『つくも神』じゃなくて『貧乏神』じゃん…