12月前半

   
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昔の?思い出 クリスマスプレゼント クリスマス 気を遣う生活 働かざるモノに価値無しとは 動物園
 
動物園 05/12/16 (金)
動物園に行ったとき、ライオンに夢中になったゆめは、オリの前で大きな声で騒ぎ、叫び、何とかしてライオンの関心を買おうとしていた。でも日だまりでぬくぬくしているライオンにとって、たかがガキのためにサービスして見せる理由など毛頭無いようだ。
しかし、いつまでもうるさいゆめにいい加減うんざりしたのか、1頭がゆめをにらみつけると大きな口を小さく開けて
「ガウォーン!」
と叫んだ。たぶん『いい加減にせんか!』とでも言いたかったのだろう。もしかしたら『ガキの見せもんじゃねえ!』くらい言いたかったのかもしれない。しかし、そのほえ声を聞いたとなりのもう1頭が
「グオーン!」
と叫んだ。おそらく『耳元で叫ぶな、お前の方がうるさい!』と言いたかったんだろう。
で、それを見てゆめはどうか。さぞかしビビッたろうと思いきや、大喜びでヤンの。

次に像さんのオリに言ったのだが、先ほどの余韻さめやらないゆめは、オリの縁から遠ざかりかけていた1頭に対し、やっぱり
「おーーーーーーーーーーーーーーーーい!」
と大声で叫んだ。
しかし、この像さんはライオンとは違い、サービス精神旺盛だった。いきなりくるっと振り向いたかと思うとそのままゆめのそばまでやってきて、なが〜い鼻を伸ばしてきた。
これには大いにビビルゆめ。まさかホントに来るとは思ってもいなかったようで、大あわてで今度は
「いやーーーーー!!!あっちー!!!!!!!!」
と泣き叫んだ。
…勝手でつね、ゆめさん。

となりの方にいたキリンに近づいたときはすっかり警戒モード。ゆめは一言もしゃべらずキリンの一挙手一投足に鋭い目線ビームを放ち続けていた。


さて、そんな楽しい動物園だったのだが、それはもう(たしか)2年も前の話だ。たったも歩くのがやたらと上手だし、そろそろ今度は家族4人でまた行きたいなーと思っている。
たったなどタロー以外の動物はろくに知らないから、どんな反応があるかとっても楽しみだ。動物はどうでも良いから動物を見て反応するたったとそのたったを見て反応するゆめを見てみたいじゃない?

 学生の頃にバイトした看板屋は、普通の住宅街にある本宅を建て増しした作業場で、そこで社長と俺の二人きり、面板にカッティングシートの切り抜き文字を貼り付け、ありとあらゆる看板を作っていく。仕事量は半端でなく多く、いつも深夜にまで作業していた。

本宅での夕食後もまだまだ作業は続く。そんな時は、ママがいつもコーヒーを入れてくれた。ここではかぐわしい香りとほっと一息つく時間は常にセットなのだ。俺はコーヒー好きというわけではなく、むしろ冷たいソーダなんかの方が好きだった。だから初めて残業したときの「俺“イリイリ”で」と言う社長の暗号は、当然のように全く判らなかった。

「なんですか?“イリイリ”って?」

「砂糖“入り”、ミルク“入り”って事。お前どうする?」

「ああ、じゃ、俺も“イリイリ”でお願いします。」

判ってしまえばなんのことはないが、こんな感じで社長とママの間には色々な暗号がいくつもあるくらい、とっても仲がよいのだ。

ある夜、急ぎの仕事が入っていた俺と社長は、1間のフルサイズ面板の両端に陣取り、それぞれ文字の切り抜き作業をしていた。

「はい、コーヒー」

いつものようにコーヒーを受け取ったが、納期が迫って焦っている俺たちは休むことなく再び作業に没頭した。2分たち、3分たち、そろそろコーヒーの存在を忘れかけた頃、いきなり社長が叫んだ。

「おおぅっ、びっくりした!」

俺も社長の声に驚いてそちらを見ると、振り向いた社長の後ろに、いつの間にかママが立っていた。

「ん?何やってるのかなーと思って♪」

イヤ実はいつの間にか来たのではなく、ずっとそこに立っていたらしいのだ。ママは持ってきたコーヒーにも手を付けない俺たちが夢中になっている作業に興味津々で、社長の後ろから手元を覗き込んでいたらしい。もしかしたら自分の存在になかなか気が付かない事にじれて、脇腹を突くくらいはしたかもしれない。

「いつもと同じだよ〜、驚かすなよ〜」

社長は俺の手前だからか少し照れていた。いくら仲の良い二人でも、これはいつもの出来事というわけではないようだ。俺は苦笑と共に熱い二人を見ながら冷めたコーヒーに口を付けた。

実はこの時の二人があまりに素敵で、ずっと記憶に残っている。そして結婚した今、俺もママに暗号を使っている。もちろんあの“イリイリ”をさ。おかげですっかりコーヒー好きになってしまった。でもいくら毎晩コーヒーを頼んでも、俺の職業は看板屋ではないし、ママも後ろから手元なんぞ覗き込んではくれない。だからコーヒーを飲むたびに、ちょっぴり社長をうらやましく思い出すのだ。


働かざるモノに価値無しとは 05/12/15 (木)
このごろ風邪がはやってますが、そんなモノとは無関係にそれぞれの原因でもって不調をきたした生徒が多数発生し、昨日は朝SHRに行ったら生徒は1人しかいませんでした(悲)。
今日は3人に増えてました(涙)。
明日は何人になっているでしょう…
でも、元々クラスには常時出席できている(はずの)生徒が6人しかいないので、3人もきていればそれだけで出席率50%キープなんです(哀)。
全員出席で6人しかいないんじゃなくて、「お!今日は6人全員いるな!(嬉)」なんです!!!

さて、ゆめのクラスもゆめとましゃきーの二人しかいないクラスなので、どっちかが休めばマンツーマン指導になります。
なんだかスゴイ話です。
でも相手はこのゆめですから、生徒数たった二人とは言え先生の負担はかなりなモノと想像します。


さて、明日はたった君の保育園入園希望書類の提出日です。ママは、ものすごい形相で書類と戦ってます。
この書類、保育園に子どもを預けたい理由を書く欄がいくつかありますが、親の介護とか障害児を抱えているだとか、そういう個人的な家庭内の理由を書く欄は1こだけ、ほんの少しのスペースしかありません。かわりに就労に関する項目を書く欄は3つも4つもあります。
これって生産性のないことはすべて『たいした理由じゃない』って言われてるのと同じですよね。あと、自営業の人も審査が厳しいとか。
確かに働きに出ている人ってのは物理的に家にいないわけだから子どもをどこかに預けなければどうしようもない。理由としては強いのは間違いないでしょう。でもね、働かなくても子育てできる人なら無理に働かなくても良いはずでしょう。
働きたくても働けない人ってのはどうなの?働く以前に、子育てと働くことが同じ土俵じゃない人はどうしたらいい?
例えばうちの場合、遠く離れた家に住む障害持った親の介護しながら家事をやり、自分家の家事もやってこれまた障害児2人の面倒まで診ていて、働きになどいけるわけ無い。子育てか介護かっていう選択肢しか持ってないのだよ。でも、役所に言わせればそんなことは知ったこっちゃないんだ。なぜならその活動自体には社会的に見たらなんの価値もないからだな、きっと。その証拠に収入のない就職(研修期間中で無収入とか今月採用されたけど給料は来月から振り込みとかでまだ収入がない状態)はボランティアとみなして就労状態とはしないんだって。

まったくもって、スゲー資本主義国家だよ、日本は。働かざるモノには価値無しと。
子だくさんの友人は、さらに子どもが腹にいておまけに障害児抱えて親の面倒まて診ていて、せめて一番下の子だけでも預けたいっていっても却下だったという話だし。
なのにさ、働きますって書類には書いといて、実際には遊び暮らしてるヤンママがごろごろいるじゃん。

あれ?もしかして、これって日本という国ではなく浜松だからか?
その書類を見る限りでは、様式は浜松市役所用のモノなので、やっぱ浜松という市の方針が働かざるモノに価値無しということなのかも。
これで良いのか、浜松?
いいわけねーよな、浜松?
でも、なんにもする気無いよね、浜松!

今日は勤務校に吉田イツコさんが来た。この日記にもたびたび登場する、世界的に活躍しているプロなのに養護学校でもバリアフリー演奏会を気楽に開いてくださる、何ともありがたいピアニストだ。でも実は今日は、来ることを忘れていたんだけどね…
 昼休み、コンサートがあることをすっかり忘れて美術室で授業準備をしていると、どこからかピアノの音色がする。あれは”トルコ行進曲”?そういえばこの曲って…
 今年から肢体の養護学校に通う筋ジスのゆめは、僕と一緒に見る『お母さんといっしょ』が大好きだ。なぜなら僕に抱えられて踊らせてもらえるので。
 ゆめは時に(ゆめ語で)歌いながら、時にノリノリで体を揺すりながら、僕の膝に座ってずーっと見ている。“弘道お兄さんのあーいーうー”の時も、当然ゆめと一緒に体操をやる。鼻先で揺れるゆめの髪からはシャンプーが香る。そういう時、僕は膝の上にちょこんと座らせたその重さを感じながら、小さな背中を抱くようにして『いつまでも元気で生きていてくれよ』って思うのだ。
 その大好きな『お母さんといっしょ』の、40周年記念コンサートのビデオがうちにある。ビデオの中では歴代のお兄さんやお姉さんも大勢登場して元気に歌っているが、そのうちの衝撃的な一曲に、”トルコ行進曲・お母さんといっしょバージョン”がある。
 そう、お兄さんとお姉さんはこの曲を歌っているのだ。”トルコ行進曲”に乗せて、『お母さんといっしょ』に登場するキャラクターやその特徴を軽やかに歌う。しかもかなり早口で。
 最初見たとき、「やっぱ楽な商売はねーなー」と思ったものだ。歌詞を覚えるのがかなり大変そうだし、曲調も早い。しかもステージで本番ってことは”生”だろ。失敗は許されないのだ。だから純粋に『すごい!』って感じたのと同時に、歌のお兄さんとかって本当に大変な仕事なんだなあって思ったの。
 で、ゆめはこのビデオを、ほんっとーーーーーーーに何回も見る。
 しつこいくらいに見る。
 これでもかっていうくらいに見る。
 ここまで見られれば、お兄さんもお姉さんも本望だろう。
 
 …すいません、嘘を吐きました。
 喜んで見ているのは、むしろ僕です。
 なぜならこのビデオには、あこがれの茂森あゆみお姉さんも出ているので
 
 ま、それはともかく、おかげでクラシックには全く興味の無かった僕が、“トルコ行進曲”だけは大好きになった。しかもこの曲を聴くと、ゆめを膝に抱いている時のぬくもりを思い出すのよ。
 さて今日、コンサートをあわてて聞きにいくと、最後の方で曲のリクエストを聞かれたので、僕は当然”トルコ行進曲”をお願いした。もちろん快く弾いてくださった。
 軽やかな音色を聞きながら、ゆめといっしょに聞いているような錯覚を覚えた。
 一瞬、ゆめ髪の香りをかいだような気がした。
 トルコ行進曲を聴きながら、僕はひとときとても幸せだった。


気を遣う生活 05/12/14 (水)
インフルエンザの予防接種怪獣2匹。
鼻たれてます。
軽く発症気味?お風呂は無しだな。

病院へ着いたとたんに腕を指さし
「いーたーいー」
というゆめに比べて、病院というところがまだいまいち理解できていないと思われたたった君。
しかし、ゆめを抱えて診察室へ入っていくママを追おうとはせず、入り口とは反対方向へ。ママがいくら呼んでも振り向きもせずにひたすら逃走。
そのうち『若くかわいい看護婦さん』に誘導されて診察室へ。


むしろそれを狙っていたのではないかと思われ。相変わらず美人のねーちゃん好みなたった。


昼食後、オマルで踏ん張るゆめの背後で、椅子に座りながらゆめにばれないようにこっそりたったを”ぎゅー”
ばれたら大変ですから。
だっこして耳元で小さな声で
「ぎゅー」
とかいってると、たったも
「ぎゅー」
とか言っちゃって。
でも、俺と同様にお姫様なゆめが気になるようで何度も背後を振り向きいまいち落ち着かないたった君、『ボク、パパのお膝に座ってていいの?』てな顔でした。
床におろしてもまただっこして欲しいたった君。せがんできます。
さらに移動しゆめから見えないところでまたまた”ぎゅー”

乱暴なお姫様にはホントに気を遣います。


で、気がつくと何故こんなところにおむつが?
ん?なんだこれ?


が〜〜〜〜〜ん!

コロコロウンチ君です。
いつの間にかたった君はおむつを自分で脱ぎ捨てて、おまけに脱糞までしてました。

ふ〜〜、
たった怪獣と遊ぶときにも気を遣います…
踏まなくてよかったぜ…

静岡市の中1男子が求めた『歩きたばこを禁止する条例』が、15日の市議会本会議で採択される見通しとなった。
彼は小学4年生の時にたばこの煙でぜんそくの発作を起こした。今年8〜10月、地元の協力も得て2万3600人分の署名を集め、11月には市議会に署名簿を添えて請願書を提出。今月6日の市議会市民委員会で「信号を待つ間に吸われると、息を止めなくてはいけないので苦しい」と体験を話して、条例制定を訴えた。

ええ話や〜。
俺も吸って良い場所では吸うけど、歩きながらなんか絶対吸わないからな。吸おうとも思わんし。

禁煙運動華やかなり。愛煙家は肩身が狭い。
前任校では教頭以下課長・主任クラスがみーんな愛煙家だったので、立派な分煙室で堂々とたばこが吸えた。ここには一つよい面もあり、面倒な問題が起こっていても、たばこ部屋で顔を合わせ自然にしょっちゅう会議状態になり、問題は迅速に解決されたものだった。言う人に言わせればそういう密室の処理自体も攻撃対象なんだろうけど、前任校のように新採ばっかりの学校では、会議を開いて(一部のバカ教師のための)睡眠時間の確保をしてやったり、経験不足教員の寄せ集めで期待薄の無駄な会議時間をすごすより、決定権を持った人が自然に集まって話し合い、とっとと解決した方が早いのだ。新人さんへの解決方法の参考にもなるし。
しかし時代は移って(といってもホンの1〜2年なんだけど)今はそんな状況もなくなった。分煙室がそもそも無くなったのだから。
こんな時代になったのは、普通で考えればそこは吸ってはいかんだろうという場所でも平気で吸ったり、吸い殻をぽいぽい捨てたりする奴が多いからだよな。そういう奴って小さい子どもがいても平気で吸うしな。こういうバカどものあおりを食って…
こういう輩がいまだに多い。結局自分で自分の首を絞めていることに気がついてないで、条例とか出ると目くじら立てて起こるんだろう。よく考えればその条例は当たり前のことで、みんながちゃんとしてれば条例になど本来はする必要ないようなことなのに。
こうしてまたまた愛煙家の肩身は狭くなる。
話は違うが、道につばはいたら罰金な国もあるんだよなあ。俺、そういえば道につばなんか吐いたこと無い。こういう法律?も不思議だ。つばなんか道で吐くかなあ…いや、吐くんだろうな、きっと、その国の人は。サッカーの試合なんかでもよくぺっぺぺっぺ吐いてるけど、あれはおぞましい。サッカーってしょっちゅう倒れたりするよね。吐いた上に倒れて体につばがついちゃったりしないか?
うえっ
気持ち悪!

ま、それはそうと、言いたいことをしっかりと筋道立てて訴える彼の姿勢は称賛に値する。のべつまくなく感情むき出しな人に比べたら、比べる必要もなく本当に立派だ。そして、それを子どもの戯言などと片づけないでしっかりとくみ取る市議会の姿勢も立派。
同じ静岡県内なのに、浜松市なんてほんとに納税者をバカにした対応しかしないからな。
うちのばあばが緊急入院しちゃうくらい状態が悪くなったので先日済んじゃった介護認定の変更について聞いてみたら、
「じゃあそれはー、退院したあとでご本人から『お願いします』とお願いしてくればと言うことでー」
などとほざきやがった。
なんだこの上からもの申す言い方は。『お願いしますって言え』ってか?強要されなくともふつーに言うわい、それくらい。話し合いのあとでね。普通に言うだろう。
まあ、そういう意味じゃないんだけどさ。
もともとふざけるなっていいたい対応しかしない浜松市の福祉関係の窓口だが、今回またまたやってくれました。
もう、ホントに浜松大キライ。こんな町の市民に生まれて不幸だぜ。っていうか、生まれたときは可美村だったんだけどなあ。

クリスマス
05/12/13 (火)

お風呂でノリノリのゆめさん。あごに手を当て
「あってー(やってー)」
と言うので、
「?サンタさん?」
「うん!」
というわけで、何度も何度もクリスマスソングを歌わされました。ゆめもノリノリで歌いました。いやにクリスマス付いてるなあと思っていたら、学校では1週間ぶっ続けでクリスマスパーティらしい。
”7時間ぶっ続けで耐久カラオケ”
”3日間3食カレー生活”
”2週間野宿旅行”
同列じゃないなあ、あははは…

連絡ノートにはママが書いたゆめ語録が載っていた。STでのことらしい。絵が載ったカードを見せながら、名前を答えるというモノ。
『1,ごはん→ごっはーん  2,りんご→いーごー  3,犬→わんわん  4,ねこ→わんわん  5,電車→ばっすー   6,ふね→がっこー   7,こっぷ→ぎゅーにゅー  8,目→…  9,山→…』
犬のことは今までは「エリー」か「タロー」だったので、これは非常に驚き。大きな視野が出来ましたね。
猫は絵が下手だったようで、ゆめは悩みながら「エリー…?」と答えたと。エリーは茶色のダックスで、その絵は茶髪の猫だった。
目はむりだよ、教えてないもの。目単品ってのもふだんは意識しないからねえ。ふねは学校で同じようなのを見たのだろう。学校にあったという意味かもしれん。もし今が夏休みの終わった直後くらいなら「じいじ」と答えたかもね。じいじが浜名湖に船持ってるから。
ぎゅーにゅーはこっぷで飲むよね。電車とバスも似てるしなあ。人を乗せる乗り物という意味ではどっちも正解ね。STの先生は一生懸命
「パンタグラフがあるからこれは電車だよ、バスとは違うよ」
と説明していたが、理解しろって言ったって難しいよなあ。
傑作だったのは山で、ゆめはそっと北の方角を指さしたという。『前に住んでたよ』もしくは『山ならあっちにあるよ』という意味かしら。どんな山の絵だったのかわからんが、こちらはかなり山らしい立派な山の絵だったんだろう。

クリスマスといえば、アメリカに移住したもっくん家から小包が来た。中身はクリスマスのプレゼントで、お菓子やコーヒー豆、かわいいローソクやキノコの形のクッキー型などなどがぎっしり入っていた。でも、一番嬉しかったのは、メラトニンが一緒に入ってたことでしょ。これが切れているおかげで、一体何度寝てくれない夜を過ごしたことか…
ありがたや〜

クリスマスプレゼント
05/12/12 (月)

このごろ、人の顔を見るたんびに
「ねぇ、クリスマスプレゼントに何が欲しい?」
と聞いてくるママ。それがちょっとはにかみながら何度も何度も聞いてくるのでなんか怪しいなぁとは思っていた。今日は思い切ってその理由を尋ねた。
「なんで口を開けばクリスマスプレゼントのことばかり聴いてくるんだ?」
「何でつき合ってくれないのよ。」
「まだ思いつかないもん。おねだりならともかく、何で欲しいモノを聴くの?」
「じゃあ、あたしが先に欲しいモノ言って良いの?」
そらきた!
おそらく自分はかなり高価なモノを欲しいので、先にそれを言ったら同じくらい高価なモノを俺も欲しいと言い出すと警戒しているのだ。うん、そうに違いない。
なんて浅はかなんだろう。自分の尺度で測るない。俺はそんなことはいいやせんよ。
「うん、いいよ。」
「あのねぇ〜、お鍋が欲しいの」
「鍋?」
「うん。お気に入りが焦げちゃったんだもん。」
そういえば鍋が焦げたと大騒ぎしていたな。確かに輸入もんで高かったとは聴いていたが、それにしたってたかが鍋、たいしたこと無いじゃん。
「あの鍋がないとカレーが作れないの。」
なんと!それは一大事!それは買わねばならんな、うん、是非買いなさい!
「いいよ、買え買え。」
「ありがと♪」

さて、欲しいモノってホントに鍋か?あんなに引っ張っておきながら、欲しいモノが鍋だけ?
そりゃーあり得ないだろう。きっと他に何かたくらんでいるに違いない。
それは同じ鍋でも、
サイズ:直径240mm 
容 量:4.2リットル(満水時)
重 量:4.2kg      
材 質:鋳物(3層ホーロー加工)
熱 源:200V電磁調理器対応
原産国:フランス    
標準小売価格:\280,00(税込)

とかが欲しいんじゃないか?
カレーが上手に作れれば、ちょっぴりスパイシーな け・い・け・ん もあるかもしれないなあ。



じゃあ言うけど、俺が欲しいのは、
これ→
なんですけど。
全長:2085
全幅:750
全高:1105
シート高:790
タイヤサイズ:前:90/100-18M/C 54S
         後:110/90-18M/C 61S

お値段486,150円也。鍋何個分だよ?
熱いエンジンに火をともせば、もうどうにも止まらないアバンチュールがあるかもね。ちなみに”アバンチュール”は”恋の火遊び”と言う意味だ。一つ一つは小さな『火』でも、二つ合わせれば『炎』となる♪

あーわわ
言わなくてよかったっと。


昔の?思い出 05/12/11 (日)

このごろ昔のことをよく思い出しては書いてます。そのことでママが、
「何でかね〜」
とか言ってます。最後の〜のところでやや上向きな感じで語尾を引っ張るので、ちょっと怖いです。
いや、他意はないんですよ、ほんと。
さて、昔のことを思い出しても、ちょこちょことあっちこっちに顔を出していろいろやってた割にはたいした出来事はありません。そりゃーそうです。人間ただ生きてるだけでそうそう色々なドラマがあるわけがありません。あんまり書くことがないので今日はママのことでも書いてみようかな。


うちのママ、見かけ通りに着物の着付けが出来ます。
ついでに言うと、お煎茶は免許皆伝です。ムクの木のでっかい表札みたいなのを持ってます。
あとお抹茶もやってました。結婚してしばらくは俺もおつき合いで飲まされましたが、正直言っておいしいモノではなかったです。子どもの頃にあこがれた味ではなかったです。
現実はほろ苦い。

と、これを書いてる最中に、テレビではおじゃる丸が流れていますが、子鬼のトリオが三段合体をやってます。ゆめが俺に向かってにっこり笑いました。俺もにっこり笑い返しましたが、ゆめは笑顔のままテレビを指さし、
「やって」
と言いました。たぶん三段合体をやれと言ってるんだと思いますが、人間出来ることと出来ないことがあります。いくらなんでも1人で三段合体は無理というモノです。

さて、ママの話でした。
ママはああ見えて、すっごくセンスが良いです。俺は仕事で作る学校案内やポスターなどのデザインを必ずママに見せます。妄想方面に走りがちな俺に対してママは女性だからかかなり現実的でもあるので、ママに見せるとデザインが妄想に暴走しないですみます。
それと…
ああ、やっぱりたいしたことがありません。
ママは
「あたしと結婚して波瀾万丈でしょう?退屈しないで済んでるじゃん」
と言います。確かにその通りではあります。でも、あんまりにもアップダウンばかりなので、感覚が麻痺してるのかそのどれもがあまりたいしたことじゃないように感じてしまってます。
ま、ホントはゆめが筋ジスでその次の子も筋ジスだったのでおろしてしまい、3番目のたったまでもが口唇口蓋裂である時点で、そのことだけとっても充分ドラマティックではあるんだけどね。おまけに新しい家に引っ越したらもう1人産もうとしてるし。おかげでたぶん、新居ではまた種馬な日々でしょう…

と、今度はたったがうんちしました。たったはなかなか下痢が治りません。
おむつを開いているとゆめが触ろうとします。あわてて
「おっとー、りょうってぁー!ゆめー!さわっちゃだめー!!」
と叫んだら、ゆめが泣き出しました。泣きながら、なおしつこく触ろうとします。
「ゆめちゃん、ウンチしてるんだからちんちん触っちゃダメに決まってるじゃんー!」
と言ってみても無駄です。ますます泣きます。
困ったもんです。
パッキング完了後、直ちにたったを差し出します。

さて、ゆめがたったで遊んでいる間に、PCに入ってる写真の整理でもしようかな。
実は俺のPCには、かなり美人なおねーちゃんの水着写真が数枚入っている。それは美術の授業で使うためのモノなのだが、ママはなにやら怪しんでいるので。
ほんとに授業の教材なんだけどなあ。
ま、昔の女の写真が紛れ込んでたとしても否定はしないけどね。


あ、今度はゆめが明日の登校準備に
「がっっこう〜」
とか言いながら、かわいい背中をこちらに向けて、お気に入りのおもちゃを自分の通学鞄に詰め込んでます。寝るときに着ているかいまきなんかも詰め込もうとしてます。かなり無理矢理です。君は何をしに学校へ行く気かね?
たったはたったでゴミ箱を横倒しにしてその上に乗り、机の上のモノを取ろうとして机の上に身を乗り出してます。君はホントに1才と3ヶ月なのか?
ゆめはともかくたったはそのうちにっちもさっちも行かなくなってパパレスキューを呼ぶでしょう。

こんな連中と、今日は1日中3人切りで過ごしてます。寝込んでるヒマもありゃーしない。
ほんとに波瀾万丈ですよ、とほほ。

 何歳の頃だったか判らないくらい遠い昔、確か幼稚園か小学校に入りたてくらいの頃だったと思う。おやじがどう見ても浮浪者にしか見えない父親と幼い男の子の二人連れを連れて現場から戻ってきた。聴けば畳職人のおやじが現場に出ていた際に見かけて連れてきたのだという。
 その父親が訥々と語るには、四国の方で小さな会社を経営していたが倒産し、あとには借金だけが残った。母親はその子どもがまだ赤ん坊の頃に苦労の中で亡くなり、家も何もかも借金のかたに取られ、以来あちこちを放浪している。今は東京に住む親戚を訪ねる途中だという。
 自慢じゃないが当時の我が家もまだ若いおやじが一本立ちし、畳職人として店を構えて間がなかった。親方仕込みの綺麗だけれども頑固な仕事なだけが取り柄のおやじと目先の利くお袋とで、けんか腰で翌日の仕事の段取りなど付けながら夜遅くまで残業していたような状態だった。決して余裕があった分けじゃない。でもお袋はおやじが二人を連れてきてすぐ機械を止めた。仕事の手を休めてその父子を風呂に入れた。食事を取らせながら身の上を聞き、残ったご飯でにぎりめしを持たせ、数千円を旅の足しにと手渡した。父子は涙ながらに礼を言い、東京に着いたら必ず連絡しますと言い残して行ったという。私は不思議な気持ちでその一部始終を見ていた。洗濯をしてやり、私の服までその子どもに着せたのは、幼心になんだかとてもイヤだった。ちょうどそういう人たちに対して色々と感じる年頃でもあったので。
 その後、その父子から連絡が来たという話は聞かない。
 数年がたち、小学生になった私はある時ふとそのことを思い出し、お袋にその後どうなったかを聴いてみた。お袋は、
 「本当の話かどうか判らないし、本当だったとしても連絡なんかしてこなくても良いのよ。困ってるときはお互い様だから。」
と答えたきり、それ以上何も話してくれなかった。私は、約束したのにヘンなのっと思った。
 
いま二児の父親となり、やはりこのことを時々思い出すが、私もやはり本当でも本当でなくても構わないなと思う。あの時の父親は、幼い子どものためにがむしゃらに生きていたと思う。何十回と同じ話をし、ほんの何人かに優しさを分けてもらいながら、精一杯生きていたんだと思う。その優しさを分けた人たちも、みなお袋と同じ気持ちでいたのだろう。
 あの時交わした約束は、暗黙の了解のもとでの挨拶のようなモノ、他の言葉では表現できない感謝の気持ちの表れだったのだろう。
 励まし合い、助け合う、そんなことが当たり前のように行われていた最後の時代だったのかなあと、今は思う。奉仕の心だとかボランティアだとか、そんな言葉をわざわざ当てる必要もないような、本当に助け合って生きていくという活きた道徳の教科書みたいな出来事だった。
 自分のことばっかりで汲々としている現代だけれども、こんなおやじやお袋を見てきた私は、もし今この父子が目の前に現れたら同じことが出来るかもしれない。いや、是非そうしたい。そうすることがあの時の父子に代わっておやじとお袋にお礼をすることになると思う。
 だから、私が代わって約束したい。あなた達と同じように、私が必ず優しさを分かち合うよと。

風邪で朦朧とした頭でとんちんかんなことを考えてます 05/12/10 (土)
親父は、男っぽい女が大嫌いだ。
その昔、兵藤●きがテレビに出るたんびに
「なんだ、このおとこおんなわ!」
と怒っていた。
このごろよく見る摩●。さしずめ彼女も親父にかかれば
「なんだこのおとこおんなわ!!」
と言われるに違いない。
櫻井幸子を見て、ふと
「かわいいなあ、この娘…」
とつぶやいた親父。

実は俺と親父、意外に(女性の好みが)似たもの親子です…



『俺と親父、いつからすれ違ってばっかになったんだろう…』
ジャックスカードのCMで、一緒にツーリングに出掛ける親子。
このごろ俺にあこがれるたった君。目を離すとすぐ俺の座椅子に座ってます。
彼は俺のようにバイクに乗りたがるだろうか。俺のバイクのシートに座りたがるだろうか?
「親父、今度一緒にツーリングいかねーか?」

じゃあー、お前がさかな丸な。俺は新型な。ママに新型買ってもらってくれ、頼む!この通り!!



何を頼んでもまず
「ダメだ」
という頑固職人の親父。
でも、ダメな必然性はいつもないので、毎回やりこめられる。
何を頼んでもまず
「いやー」
というゆめ。
でも彼女の場合、必然性もくそもないのでその主張は受け入れられることはない。


とりあえず、隔世遺伝です。



11月29日に日記でゆめの将来を描き、そんなめんどくせー女がママに似ているって感じたのは、俺だけじゃありませんでした。
当のママも自分に似ているって感じたそうです。
血は争えません。
どこから見ても俺にそっくりなたった君。見たまんま俺の血です。
『浮気』って文字は、ぼくら夫婦の辞書には載ってません。
でも、たったがいたずらしたら俺はいいます。
「外見は俺で、中身はお前(ママ)」
だめ?


僕の通った多摩美術大学の大学院は世田谷区上野毛にある。多摩川のすぐ近くに建っており、僕はバイトのない日は自転車で、バイトのある日(バイト先は青梅だったり横浜だったり…自転車では間に合わないのだ)はさかな丸で、府中のアパートから多摩川沿いを毎日通った。
その大学院の近くに、院の2年間だけ毎週土曜日に保育のバイトに通った保育園がある。
そこは、園庭の2方がそこへ通う園児や保母さんの住む3F建ての共同団地、1方が園舎、南側だけが開けて日当たりの良いちょっと変わった作りの保育園だった。あまり詳しくは聞けない雰囲気だったが、知る限りでは共同団地に住む人々はみな片親だったようだ。

ある日、学校の掲示板を何気に眺めていたら目についたのが、毎週土曜日だけの子ども相手の保育者募集の張り紙だった。この時既に横浜の看板屋、府中と青梅のお絵かき教室の助手、家庭教師(お絵かき、これは世田谷なので学校の近所)、デモンストレーター、警備員とかなりの数のバイトをしていたのだが、警備員と看板屋のアルバイトがメインの収入で、これはほとんど作品制作の材料費に消えていたし、働く期間は課題の少ない期間に集中し月割りで限定していた。デモンストレーターは長期休みだけだし趣味のようなモノ、お絵かき先生2種は合計で週3〜4回と回数的には多かったが完全に自分の勉強だった。ここでもう1つ増えても別段苦しくもなかったし、土曜日は休みの日だし、かなり興味深くもあってすぐに応募した。

園長先生はかなり年配のおおらかな先生だった。その説明を聞くと、土曜日というのは既に卒園した子ども達も集まって園児は朝から、卒園した小学生は午後から合流して一緒に遊ぶモノだった。特に技術や注意事項があるわけではなく、子どもと一緒にのびのび遊んで欲しいというモノで、非常に気が楽だった。

ここには本当にいろいろな子ども達がいた。今でいうネグレクト、多動、自閉etc…別段意識してなかったけど。毎回さかな丸か自転車で通っていたのだが、大きな音がするさかな丸は注目の的で、僕は『おーとばいのお兄ちゃん』と呼ばれていた。

天気の良い日はよく近所の等々力渓谷まで散歩に行った。
初めて行ったときには、東京にこんな緑の多い場所があったのかとかなり驚いた。深い緑の重なりは環状線の喧噪も遮るので本当に静かで、まるで森の中にいるかのようだった。渓谷の中は川が流れていて、笹舟などを流しては遊んだ。
四季折々の表情を見せる木々の葉っぱを拾っては、園に戻ってからお面や虫を作って遊んだ。

おやつの後で絵本を読む。絵本は上手な先生がいるので太刀打ちできない。僕はかなりトリッキーな読み方、声音で子ども達を楽しませた。
お絵かきをすることもある。
そのすぐ後でお昼寝なのだがなかなか寝ない子もいるので、大人の悪い癖で
「ちゃんとおねんねするなら描いてあげる」
などと姑息な手段を用いたりもしたっけ。

寝かしつけはなかなかくせ者で、こちらも眠くなってしまうので、よく一緒に寝てしまい、保母さんにたたき起こされたりもした。

2年間、あっという間にすぎてしまい、いよいよ静岡に帰るのでもう最後というときには、園長先生から
「出来るなら、もっと続けて欲しかった」
と直々にお別れをいただいた。
僕も可能なら続けたかったですよ。

 

続・嘔吐下痢症 05/12/7 (水)
午前中バリウムを飲みに行ったが、午前中一杯かかってしまった。完全予約制のくせに、イヤに待たせるな、まったく。
午後から年休もらって銀行に金を借りにいくのだが、引き続き嘔吐下痢で全滅の我が家は目が離せないので、とりあえずバリウムの後で急ぎ帰宅する。
たったの下痢は相変わらずだが嘔吐の方は2人ともなんとか落ち着いてきた。一回だけたったがすんごいのを吐いたが、すぐに、徹底的に掃除したのでなんとか臭いの方は残らずに済んだ。と言っても既にマックスまでクサイカーペットは今更どうしようともあまり関係ないけど。

さて、銀行の金を借りる窓口は3つあり、俺の担当はその中で一番若くて美しい佐藤(仮名)さんだ。これまで3回の手続きの中で聞き出した情報では、若いといっても年齢は俺とたいして変わらないようだ。本店から融資窓口に移って2年目で、数ある書類を覚えるのはかなり大変だったらしい。なかなか出会いが無くて…なんて言ってたくせに、今日聞いたら3月に結婚するらしいじゃないか。
よーござんしたね。
風邪を引いてこないだ休んでいたが、お客さんとの融資の約束が入っていれば簡単には休めない。そうなんだよね、働いてたらなかなか休めないよなあ。毎年風引いちゃうなんて言ってたが、辛くても窓口業務頑張っているのね。
結婚したら退職するのだろうか。本人はまだ判らないと言っているが、退職したら安心して風邪ひけるわなあ。

さて、怪獣二匹はご飯が食べられるようになったので、今日は俺が腕をふるう。たぶん今日はママは食べられないだろうが、食べたいときに暖めて食べられるようにメニューはシチューだ。
山になった食器を片付け、仕込みを終えたら部屋も片付け。
煮込みながら食材のゴミも片付け、さあ綺麗になって煮込み上がるのを待つこの優雅な時間に、相変わらずカーペットの臭うこと臭うこと…。


ああ、それにしてもさっきから俺、なんかお腹に違和感が…軽い嘔吐感もあるんですけど…
もしかしてうつったのだろうか、嘔吐下痢症…
ついに、全滅か…

 
『1gの涙』
ええ話だなあ…
ホントに。

家中に満ちる悪臭の中で思う。
ドラマの中は美男美女で美しい。とても美しくて、清潔だ。障害を持つことで自然発生するある種の惨めさも感じない(障害を持つ=惨め という意味じゃないからね、うまく説明できないけど)。

臭いや温度がないんだよな、テレビって。
現実は、あんなに清潔でもなければ、美しいばかりでもない。あたたかく明るいばかりでもない。
この手のドラマではきっと描ききれない。映像からでは知らない人には感じ取れない。


悪臭の中で思う。
別にケチ付けるつもりはないんだけど、別の意味で変なイメージを広めてはいないだろうか。
じゃあ、どうしろというのでもないんだが。
ただ、悪臭の中でふと思った。


嘔吐下痢症 05/12/6 (火)
注意事項

1.ホットカーペットの上でゲロを吐くのはやめましょう。
 理由:すぐに拭かないと匂い立って大変なことになります。

2.下痢をしたらおむつは素早く交換しましょう。
 理由:いくらカーペットを拭いても臭いのでおかしいなと思っていたら、おむつから漏れてました。ええ、水溶便が。ってな事になって大変です。
 君はそのウンチが漏れたケツで、一体どこに座ってきたんだー

3.親子で嘔吐下痢症になるのはやめましょう。
 理由:上記二つがいっぺんに発生するからです(涙)しかも、お世話する人がいないので、室内は別世界になります。

4.残念ながら親子で嘔吐下痢になった場合、どんなに体がえらくても子ども台風の接近だけは阻止しましょう。
 理由:追い打ちをかけるように家の中が荒れます。それはもう、小型台風が吹き荒れたかのようであります!中尉殿!!



玄関を開けたとたんに襲ってくる異臭。
『な…!なんだこの臭い!?』
なんだかいやーな予感が俺を襲う。
玄関からキッチンへ踏み込むと、いきなり凄惨な現場が目に飛び込んできた。

まき散らされた米粒←何故?。
散乱するキッチンペーパーと空き缶。
あちらこちらに投げ捨てられたボウル←ナゼ?
開けっ放しのシンク下の扉。

居間へ目を向けると、引き戸の影から仰向けに倒れて立て膝の、ゆらゆら揺れる女の下半身。
その向こうには昨日の夜に着せた寝間着にかいまき姿のまんまの怪獣二匹。
ゆめは子ども椅子に座ってテレビを見ていたが、こちらを振り向き
「おあえり〜」
と言った。
たったは黙って近寄ってきて
「ん」
とうなずいた。
昨日はゆめはくったりしてげろげろ吐きまくっていたのだから、これはかなり回復したと判断して良いだろう。たったの方がやや元気がなくなってきた。そりゃーあれだけ下しておれば、いい加減元気もなくなって当たり前だ。

昨日はまだこれほどではなかったママの病状。今日は完全アウト。ゆめがげろげろ吐いてても、もう片づける気力もなかったようで、ホットカーペットのあちこちからものすごい臭いが沸き立ってます。でも、色が付いてない水ゲロは、どこにたまってるのか見えないんです。
俺はやや咳が出るのどを庇いながら臭いを頼りに拭いてまわりますが、どこもかしこも臭い源な上に匂い立つ悪臭はのど直撃。それはもう、どんなハイテク兵器よりも命中率高く効果抜群の微粒子攻撃です。
おまけに
「げ!踏んだ!!」
さながら地雷原なんです。どこに埋まってるか判らないんです!

我が家の戦力はすでに1/4に減少。アメリカ軍なら3割の損害で一時撤退だってのに、それに習えばほぼ壊滅状態の判定だなあ。いや、それどころかもともとたったは敵か味方かわからんような奴なので、ママが撃破されてる最中に奴が復活しようモノなら、もはや我が軍に敵の侵攻を防ぐ手だては残されていまい…。

と、追い打ちをかけるような情報が到着した。
「嘔吐下痢は出席停止になりますので…」
偵察に出ていたしぇんしぇー部隊からの最新情報だ。

ゆめもついに出席停止とは…
一人前になったなあ、ゆめ。
などと妙な感心をしてみる。
っていうか、ママがダウン中なので、学校へ行かせたくても行けないなあ。


現在我が軍は敵の微粒子攻撃に曝され、のどは常に咳き込んでいます。沸き立つ微粒子がまるで見えるかのように濃厚な弾幕です。
のどはおろか、目にもしみます。
援軍は、援軍は来るのでしょうか…


…援軍って誰さ?



ところで自閉症スペクトラムの常として、様々なモノに強いこだわりがある。このごろ顕著なのはバスタオルだ。
ゆめとたったがげろげろやるので、我が家のタオルの消費量はこの数日間かなりの量だ。吐くたびに闇雲にタオルをひっつかんでごしごし拭くので、いざ風呂あがりにタオルを探すとバスタオルが全然無かったりする。

さて4日ほど前の夜、タオル入れに入りきらなかったバスタオルが一枚、タオル入れの横の洗濯機の上にぽんと出ていた。実は俺はこのタオルが嫌いだ。何故かというに、水の吸い込みが悪いのだ。新品のタオルは吸い込みが悪いモノだが、このタオルは使い込んでもなお悪い。拭いていると何となく冷たいしずくが体に当たって不快なことこの上ない。従って俺はこのタオルだけは絶対に手を出さない。ま、ほっておいてもゆめかたった用にママが使うだろうと思っていたのだが、次の日になってもまーだ洗濯機の上にある。闇雲にタオルをつかんで持っていく割にはそのタオルだけは手を出さないのだな。これはもうママお得意の意地悪かと思ってしまう。こうなると俺も意地でも使わない。
その翌日、タオルは相変わらず洗濯機の上にあった。洗濯機を使うのにじゃまじゃないのだろうかとしばし悩んだが、現実にタオルはそこにある。
もしかしたら、ママは何がなんでも俺に使わせたいのかもしれぬ。そうすることで何が良いのか判らぬが、きっとそうに違いない。
こんちくしょう、だったら意地でも使ってやるモノか。
その日はあいにくとゲロ処理で使い果たしたのだろう、バスタオルは既にそれ一枚になっていたのだが、俺は涼しい顔でサイズの小さい普通のタオルを使ってやった。

そして昨日、ついにそのタオルは姿を消した!
俺はママに勝ったんだ!!
ざまーみやがれ舐めるなよ。タオル入れには洗い立てのタオルがぎっしり詰まっている。俺は悠々と適当なのを一枚出して体を拭いた。

ところが今日、風呂から上がってみると、タオル入れの一番上には例のタオルがふてぶてしい態度でどっかと腰を下ろしていた。

そうまでしてこのタオルを俺に使わせたいのか?
何故なんだ!

俺は渋々そのタオルをよけて下の方から別のバスタオルを適当に取り出すのだった…


 

まだ学生の頃ですが、夏の盛りに何度目かの北陸を旅していたときのこと、何日か雨にたたられたことがあります。本当に何日も雨ばかりで、正直へこんでいました。何が困るといって、こういうときに困るのは寝床です。
カッパを脱いでシュラフにはいるという行為は、雨降りの夜だと屋内でなければなかなかできません。こういうときは思いきって町に出て健康ランドを目指すか、逆に山奥に引っ込んで物置の軒先や流水公園、小屋付きのバス停をねらうのが定石です。
僕は好んで山奥を選びます。

ある夜、寝場所を求めてさまよっているとき、かなり大きな待合所があるバス停を見つけました。こんな場所になぜにこんなに大きな待合所が?と思うような大きさです。優に15人はいっぺんに座っていられます(翌日明るくなってから判ったのですが、ドテを降りた先に綺麗な体育館がありました。ドテの下なので気がつきませんでした。それにしたって周囲にはなんにもない山奥なんですが…)。そこは町からかなり離れた山の中で、雨降りのこんな日は星明かりすらありません。もちろん、街灯などというものもありません。全くの闇です。外は相変わらず雨がしとしと降り続けています。
僕はまだカッパを着たままバス停にバイクを停め、しばし思案しました。
かなり大きな待合所なので、バイクを中に入れることも可能です。こんな雨の夜に他に旅人も来るまいと思い、始発バスの時間を確かめてそれまでには出発しようと予定を立ててバイクを入れました。

勝手に待合所の電気を付けて、バイクの上に脱いだカッパを掛けて乾かしながらストーブで夕飯を作り、良いにおいが立ちこめる頃には雨は上がっていました。道の向こうには野良猫か野良犬か、光った目が見えました。焼いたばかりのウインナーを一切れ投げてやると、光る目はあわてた様子でどこかへ行ってしまいましたが、いつの間にかウインナーは無くなっていました。
料理しながら麦酒を飲んでいると、遠くの方からバイクの音が聞こえてきました。エンジン音からして250ccと思われます。
バス停の前をいったん通り過ぎたバイクが引き返してくる音が聞こえ、やがてすぐそばでエンジン音が途絶えました。
ここへ入るつもりだな、今夜は連れが出来たなー、と思っていると、待合所に顔を覗かせたのは小柄でシックなヘルメットでした。
「あのー、入れますか?」
めずらしー、野宿の女の子です。僕は大あわてでバイクを外へ出しました。空を見上げるとやや星明かりが出始めています。西の方を見ても重苦しそうな雲は見あたりません。なんとか天気も持ちそうです。
彼女はまだ食事を取っていないようで自分でも作り始め、一緒に分け合いながら食べました。
ちなみにその時のメニューは、僕が鶏ムネ肉甘辛焼きビール蒸しと産直の太めのウインナーにフランスパン、彼女は今朝買ったというカニを小型クーラーから取り出し、まだ半分凍っているカニの網焼きとおむすびを焼き始めました。

食べながらお互いのことをいろいろと話しました。
彼女は日本一周中で、実はそれは口実で家出中だそうです。バイクはホンダクラブマンの250cc、側車付き。どうりで小型とはいえクーラーボックスなんぞを積んでいるわけだ。年齢は20才。彼氏なし。大学は某お嬢様女子大学を休学中。本当に本人が「某お嬢様女子大学」と言ったのだ。実家はふつーのサラリーマンのパパと、大学の事務員をやっているママ、高校生の弟の4人家族。かれこれ5ヶ月目の放浪生活とのことだった。金がなくなると農場とかでバイトをしながら、また金が出来ると走り始めるという、うらやましいような放浪生活でした。
頑張ってここまで聞き出したが、これ以上のプライベートは無理でした。
2人のバイクについた雨の滴が、時折まだ余熱を残したエンジンに落ちてはじゅんっと音を立てていました。

彼女は食料はしっかり持っていましたが、それ以外はあまり持っていません。僕は食料はあまり多く持っていませんでしたが、たまたまアルコールをたくさん持っていました。
ビールを飲みながら旅の四方山話をいろいろ話したり聞いたり。麦酒の後は彼女のためにワインを開け、僕はジンのソーダ割りを飲みました。
楽しい夜でした。
アルコールはまだまだあります。なかなか味の良いウインナーも肉厚のカニの足も何本かまだ残っています。


〜中略〜


しばらくしんと静まりかえっていた静寂の中で、また夏の虫が鳴き始めました。周囲には人っ子1人いない山の中。
待合所にはドアなどついていません。一部始終を、きっとさっきの光る目が見ていたことでしょう。
いつの間にか夜空からはすっかり雲が消え、山の澄んだ空気に綺麗な星が輝いていました。
仲良く並んだ2人のバイクについた雨粒が、その星の輝きを反射させて潤んだ夜空を映し出していました。
夏の夜は、まだ長い。


俺的近代三種 05/12/5 (月)
すぐ無くしてしまう三種ー!通称【三種の失器(漆器じゃねーんだから…)】
1.腕時計
2.万年筆
3.ジッポのライター
解説
すぐに無くしてはまた見つかるのです、ほんと…
ジッポなんて2個持ってるけど、交互に見つかるんだよね。2個そろったときがない…

すっごく大切な三種ー!通称【三種の貴器】
1.書きやすいボールペン
2.さかな丸
3.白銀丸
解説
自閉症症候群なので、こだわりが強いです。ボールペンなんて書き味が気に入ったタイプばっかり何本も持ってるし、それを探して店から店をさまようし。
さかな丸は愛車(バイク)ね。白銀丸はウインドウズだ。このごろ黒金丸(マッキントッシュ)は使う機会がないので人気が低いです。

すっごく大切な人三種ー?通称【三種の貴人(ゴロが合わない…)】
1.袋●養護の校長先生
2.●柳先生
3.森●じいじ
解説
ゆめや肉親関係は無しね。それ入れるとすぐに一杯になっちゃう。
この校長先生はスゴイ人なのだ。人としての真実・生き方を教えてくれるし、会って話すと元気が出るのだ。今日も校長先生に会ってきた。いま、充電完了って感じ。
白●先生は美術の先生。すっごくお世話になった。厳しく指導もいただいたし。採用試験に受かったのだって、この人のおかげだと思うな。
●島じいじは筋ジス会のドンだ。養護の子ども達にとって、すんばらしい先生。惜しむらくはお年が…

すっごくあぶなかった三種ー!!通称【三種の危機(いや、マジで)】
1.チエにふられたとき(哀!)
2.ガードレールが刺さったとき(痛!!)
3.生き霊に足を取られそうになったとき(怖!!!)
解説
チエは昔つき合っていた彼女。ふられたときは半分気がふれた状態になってしまいマスタ。ショックで生活が乱れて血のオシッコは出るし、さまよっているところを学友に発見されるという、とんでもない目にあったのです。
ガードレールが刺さったのは大学に入りたての頃。実際は神経が飛んじゃって痛くなかったんだけどね。退院後もしばらくは両足とも膝が曲がらなくて、変な歩き方だったなあ。
生き霊はマジで参った。ホントに持ってかれるかと思った。あんな事は2度とごめんだ。


今日は静岡県高等学校文化連盟養護教育専門部(ハアハア…)通称【高文連養護教育専門部(あんまし縮まってない…)】の評議員会だった。俺は実は専門部長なので、県下の養護学校高等部にいる各評議員を束ねる立場なのだ。審議内容をまとめ、意向を調整し、資料をそろえて会議を開催する。いや、開催するのは専門部会長の校長先生なんだけど。
これに出掛ける途中で、お気に入りで使っているボールペン(黒・赤それぞれ)がインク切れ寸前なので、同じようなタイプを探して経巡った。俺のお気に入りは注文がうるさいので、コンビニとかではなかなか手に入らないのだ。幸いにもかなり書きやすそうなのを文房具専門店(文房具屋さんじゃないところがみそ)で見つけて5種類も買ってしまった。
かなり幸せ度アップ。

会場校について、会議をはさんでその前後にそこの校長先生と歓談。その校長先生が上の校長先生なわけだが、いろいろとたわいない話をしながら勝手に充電。この校長先生と話していると、いつの間にか充電されてるから不思議なんだよな。会議の方もうまくいって、ほくほくで終業ー。

と、昔感じていた、恋をしたときに感じる何もかにもに優しくしたくなるようなあの感じをまとって帰宅すると、ゆめが嘔吐下痢で苦しんでいた。たぶん、たったにうつされたモノと思われ。でも、同じ菌なはずなのにたったは至って元気だったぞ。やっぱゆめはゆめだった。
ご飯のあと、ばあばの調子を診に行くとママが言う。昨日から引き続き弱っているので。でも、行くなら消毒してから行かないと。嘔吐下痢なんかうつしたら、今の弱ってるばあばじゃあ、そのままお陀仏になりかねんからな。

 
イツコさんのコンサート 05/12/4 (日)
金曜日、職員室で気功の話になった。
同僚の母は骨粗鬆症で寝たっきりだったのだが、気功を自分で習って自力で治し、歩けるようになったらしい。おまけにその気功の先生はうちのばあばの実家の近所だった。
うちのばあば、気功なんぞはなっから信じてない。以前気功の勧誘(これはこれでうさんくさい。何しろ入会金70万だから)に来た人が醤油の味を変えたときも、ママは素直に味が変わったと思ったのだが、ばあばはあくまで認めなかった。そんなだから気功など紹介しようとは思わなかったのだが、自分の実家の近くなら行く気になるかも(自分の実家関係なら無条件に受け入れるからだ)と思って電話してみた。
電話に出るまでたっぷり3分ほどかかった。出た声は非常に弱々しく、かなり弱っている様子。気功の話をしようというときに都合良く弱っているだなんてこれも天の導きかと思い、気功のことを話すと早速自分で電話してみるという。自分で電話してみるだなんて、実家の近所なのを差し引いても、これはもう相当弱っているな。おまけにゆめが診てもらっている気功の先生にも連絡を取ろうかというと、それも頼みたいという。これはかなりやばい状況と思い、すぐにママを向かわせた。

さて今日はイツコさんのコンサートが午後からある。ママは開演に合わせてゆめとたったを連れて来る事になっているが、俺は午前中から託児のボラで出掛ける。
俺の出がけにばあばからママに電話があり、ママに30分で良いから来て欲しいと言ってたという。30分で済むわけがないので今日はピアノに来られないかなと思っていたが、案の定来られなかった。今日こそはゆめと一緒にイツコさんのピアノが聞けると思っていたのだが、残念無念。

そもそもだな、ばあばがはまっている健康食品は、それさえ飲めば薬などいらないと豪語するほど宗教じみている。気功の中にも薬などいらないという先生もいるが、同じ気功でも正しい先生は薬と併用しなさいと必ず言う。健康食品も同様で、薬事法に引っかかるから「これさえ飲めば治る」とは絶対いわないが、代わりに薬をいらないなんていうのが多いが、信用できる健康食品はそういうことは言わない。いい加減健康食品にはまるのも控えて、まじめに薬も飲めばいいのに。そもそも最初っから併用しておれば良かったものを、すくなくとも薬もちゃんと飲んでいればきっとここまでひどくはならなかったと思うのだが。ま、今更言っても仕方がない。


さて、今日のコンサートは第1部の演奏が邦題『動物たちの謝肉祭』で、影絵(養護学校の校長先生担当)や仮装(ボランティアや保護者担当)ありの非常に楽しい舞台。バックには影絵を担当する校長先生のとこの先生たちや既に移動した先生まで加わって三二オーケストラだ。いつもながら大盛りあがりの大盛況だった。
校長先生の影絵は、マジで一級品だ。これは一見の価値あり。保護者やボラの仮装も楽しい振り付けで子ども達大喜び、オーケストラなんてかなり即席なのにみんな上手だなあ。

俺はママさんダンサーで舞台に上がる保護者の方のお子さんにボラとしてついた。彼は校長先生のとこの学校の高等部1年生。控え室でリハーサルの様子をモニターで見ながら世間話したり、彼の要望でリハーサルを見たりして過ごした。
リハーサルでは、演奏の最中には見せないちょっと厳しいイツコさんが見れた。良い舞台にするためにスタッフに一生懸命演技指導したり、オーケストラと打ち合わせたり。
俺はリハーサルを見ることにちょっとだけ抵抗があった。仕上がった本番を見て次に何が出てくるのかわくわくする方がいいのではないかと思ったのだ。彼ともそこら辺を相談した。最初は意訳すれば
「(リハーサルは)かっこわるいからまだ見ない」
だったが、おもしろそうな物が写ると直ぐに会場に行きたがる。ちゃんと話し合って「行く」に決めたからまあ良いかと思ってリハを見て過ごしたのだった。

第2部はイツコさんのソロ。
ああもう!まるでゆめやたったが来ているモノとして演奏してくれたかのように『貴婦人の乗馬』や『トルコ行進曲』を弾いてくれたのに、ゆめもたったもいないんだーーーーーーーーーーーーー!!!
今回こそゆめと一緒に聴きたかったのになー、まったくもう!ったくもう!
隣の席の女の子、ゆめと同じくらいの年の子だったが、パパのお膝でノリノリだった。
うらやましい…
 

株式会社パジコという造形材料を自社開発している会社があります。学生の頃、俺はこの会社のデモンストレーターとしてバイトしていました。都内各所や時には遠く埼玉のデパートなどに出掛けて商品販促用の様々な造形を行うのです。当時の主力商品は『石粉粘土』と『ステンドカラー』で、これらは今では手芸屋さんでは当たり前のように売っているし、学校で使っている教材カタログにも載っています。

販促先は東急ハンズが多く、他に量販店や文具店などでした。主に夏休みや春休みなど長期休み期間が多く、特に夏休みは工作をやらねばならないとあって子ども連れが多くやってきました。販促台の周りをちびっ子たちが十重二十重に取り囲み、様々なリクエストをしてくれるので、それを丁寧に作っていきます。時には一緒に作ったりします。一応のルールがあって、作りたい子は粘土やステンドカラーを一つ買って、それを使って作ることになっていたのですが、俺の場合は人が少ないときは販促用の粘土を分けてあげて一緒に作ってました。初日こそいつもの本社の営業さんがいますが、二日目からは来ないし、今思えば俺の行動は筒抜けだったようにも思えますが。
中には子どもが見入ってしまって動かないのでそのまま子どもを残して買い物に行ってしまう親がいたりします。そうなるとかなり気を遣います。子どもが興味を持っている、それだけ子どもが俺のデモを楽しんでいると認めてくれているのだから、帰ってきたら子どもがいませんでしたなんて事にならないように、いつもの3割り増しで気合いを入れて作ったりしました。ちゃんと2〜3こ買い与えて作らせる間に買い物をしてくる親とかもいましたが、こちらは作っている間はどこかへ行ってしまうこともないのでかなりリラックスです。

リクエストで多かったのはゴジラ関係とアンパンマン関係でした。
石粉粘土は表面がきめ細やかで、乾くと非常に固くなります。芯を入れなくてもしっかり作れます。それこそゴジラなど何体作ったことか。キングギドラはちょっとやっかいでした。あの大きな羽は、さすがに芯を入れないと取れてしまうので。毎日毎回必要な芯材や表面を加工する(鱗とか質感を”らしく”見せるために押しつけたりする)ためのがらくたなどを持って行ってました。

ある夏休み、町田の東急ハンズで2週間ほどぶっ続けで販促をしたことがありました。始めてから2〜3日すると、同じ男の子がいつもいることに気がつきました。小学4か5年生くらいの彼は毎回1人でやってきては、午前午後、それぞれ2〜3時間はずっと見ていきます。粘土をあげて一緒に作らないかと誘ってみても、絶対に作りません。ただ見ているだけです。
彼は、いろいろな物をリクエストしてくれました。
中には俺には判らないキャラクターもあったりして、そういう時はいったん家に帰ってそのキャラクターが載った雑誌などを持ってきてくれました。
彼はホントに目を輝かせながらずーっと見ていました。
時々午後も遅くなっても帰らないときがあって、そういう時は父親らしき人が迎えに来ていましたが、帰るときは一変してくらーい顔をしていたのを覚えています。一度リクエストされた物を持たせて帰したことがあったのですが、すぐ次の日の午後に
「ごめんなさい。壊しちゃった。」
と言って持ってきてしまいました。それは尋常な壊れ方ではありませんでした。完全に乾けば投げつけても簡単に割れるような柔な素材じゃないんだが、乾燥しきる前に渡したそれは、落としましたとか細いところが折れちゃいましたというレベルではなく、投げつけ踏みつけ無理矢理壊したんじゃないかと思うような有様で、それを糊か何かで一生懸命修復しようとした跡が見られました。
新しいのを作ろうかと聞くと直して欲しいというので、その日は午後中使って修復しました。修復されていく様をいつものように輝く目をして見ていた彼、でも、時折ふっと哀しげな目も見せてました。やっと修復が完了すると、彼は本当に嬉しそうに、大事そうに抱えて帰っていきました。
それを持って帰った翌日も、彼はいつもと同じように見に来ました。
そして2週間がたち、最終日に彼が言いました。
「僕、お兄ちゃんみたいになんでも作れるようになりたい。」
俺は、
「負けずにがんばれ」
と言いました。彼は一瞬はっというか、えっというようなした顔をしましたが、すぐに
「うん」
と答えて帰っていきました。

夏休みなんて子どもにとってはメチャクチャ嬉しいはずなのに、毎日俺のとこに来ていた彼、帰りしなにくらーくなっていた彼。あえてここには書かないが、「はっ」というか「えっ」とした顔をしたということは、俺が想像したとおりの環境にいたんだろうな。今頃何しているだろうか。なんでも作れる人になれただろうか。なんでも作れる人にはなれなかったとしても、負けずにがんばることはできたと信じたいが。

保育園 05/12/3 (土)
我が町浜松は幼稚園の数があまり気味だ。逆に保育園は需要があるのに絶対数が全く足りない。
町としては、今は不足してるが少子化なので子どもはどうせ減ってくる。今増やしてもいずれはいらなくなるから作りたくないのだ。で、高をくくっていたら待機児童が300人も出てしまってあわてて保育園3つ作って270人ほどの受け皿を確保したのが一昨年の話。それでもまだ70人が行き場所ない。加えて今年からまた待機児童わんさか聴いて驚け500人だ。
「うちは4時間も預かってます(エッヘン)!」と園長とかに大いばりされてしまうような意識の低さなので、12時間も預かってくれる保育園に敵うはずがない。共働きの人たちやうちみたいに子ども全員障害児とか、じいじばあばまで障害者だなんていう状況では、いくら競争率が激しくても保育園に入れざるを得ない。
うちは怪獣2匹とばあばが障害者(ばあばはつい最近障害者になった。障害者歴わずか1ヶ月くらいの初心者だ。従って、障害者としていかに生きるかの心構えは出来ていない。QOLはかなり低い)なので、ママはゆめのケアに加えて遠く離れた俺の実家にもしょっちゅう通って家事全般からじいじの仕事の手伝い(ばあばがやっていた事務仕事の肩代わりだ)まで非常に良くやっている。こんな状況なので預けたと思ったらもう帰される幼稚園なんか、全然使い物にならない。
そこで問題になるのがどこの保育園に入れてもらうかだ。


ママが誠大を入園させたい保育園は、これまでもここに書いてきた園で、ゆめも誠大も両方面倒見てもらったことがある、この福祉も教育も何もかもが絶望的に遅れまくりで障害者も老人も生きにくくて仕方がない浜松においては奇跡的にめずらしく素晴らしい人間教育を行っているA園だ。
しかし、ママはこの園ではなくてあえて違うB園を希望しようかどうしようか迷っている。

B園は私立の園で、事務の対応が反吐が出るほど悪くて有名だ。一方ではそこで働く保育士さんたちは非常に素晴らしいことでも有名らしい。
A園は地元でも周辺道路が非常に混んでいることで有名な場所にある。一方B園はゆめの養護学校へ行く途中にある。ママはゆめの学校とは方向が正反対で、おまけに激混みの市内を抜けていく俺の実家にも行かねばならないので、毎日の生活を考えるとB園に通わせないとママが大変すぎて大変なのだ。
でも、本心ではママも俺もA園の方が絶対にいいと思っている。ホントはこっちに通わせたい。
でも、人生ってホントにうまくいかない。A園が新しい家から車で30分かかるのに対し、B園は車で5分という激近な場所(で、しかもゆめの通学経路)なのだ。

一般的な入園に関わる諸事情では、一時預かりや行事の参加率など(要するに顔が知られているかどうか)で入園は大きく左右されるんだろ?実際、誠大の入園ウェルカムムードなA園に対し、B園なんかけんもほろろ。顔を売るどころか一時預かりも拒否されるわ散々だ。事務が対応悪いという情報を差し引いても、実は「うちは私学なんだから、コネの裏ルートで入園希望の頭数は出てしまっているから一般ピープルにすぎないあんたのガキが入る余地なんか無いわよ」とでも言いたげな感じ。「役所で入れろと言われれば受け入れざるをえませんから、役場に行って」なんて事も言われたしな!!!ホントにどこの世界に行っても健やかな事務が存在する代わりにそれ以上のぼんくらな事務って存在するのでつね(俺は個人的にこういう現象は事務長次第だと思っている)。

あー、ホントにどうしよう。
ママが疲れると家庭不和の元にもなる(女性の方がヒステリックだよな。感情をすぐ出すしさー)ので、離婚率にも影響するぞ。ひいては少子高齢化に拍車をかけることにもなるぢゃないか。
浜松市さんよ〜、いいのか、これで?