2005 1月前半                

現場が一番 05/1/12/(水)
 同じ障害を持っていても、環境によって発生する不利益は大きく違う。些細な障害でも大きなハンディーとなる国もあれば、大きな障害を持っていても、環境や制度や意識の違いによって、それが全くハンディーにならない国もある。
 たとえばスウェーデンでは、給料の相当な額を持ってかれるが、その代わり福祉政策は一級品だ。そのスウェーデンでの障害に対する考え方は、『個人と環境の関わりから生じるもの』だそうな。この考え方が国民に浸透していて、妊婦やけが人でも一時的に障害者と認定されて国からサービスを受けられる場合もある。(この辺はユニバーサルデザインとして日本でも紹介されている。すべての人に優しい。サービスはないけど。)何らかの障害を持った人がハンディーと感じる要素を、それを補うサービスの提供によって国が積極的にサポートする。納税の義務を負った(将来的に負う)すべての国民に対し、不利益が生じないような政策を平等に、積極的に国が行っているわけだ。受けられるサービスでさえ障害者の側から「こういうのがあるはずだ」と言わなければ教えてくれない、現場の状況を見もしないで、すべて経済に置き換えて適当な体制を作ってお茶を濁そうとする、そんな行政が積極的に障害者(とその家族)に不利益を与えようとするどっかの国とは大違いだ。



 ある学校の事務長は、まだ経験不足の若い事務員に言った。
「予算がありませんじゃない。なければ(県から)取ってきなさい。先生たちはこの学校で必要な教育を行っている。その必要な教育にこれだけのお金がかかるというなら、それを持ってくるのが事務員の仕事でしょ。」(俺はこのエピソードを忘れられないよ。この話を聞いたときの衝撃たるや、人生観が変わるほどだった。この事務長の気持ちには、必ずや応えねばならぬと思ったね。)
 もちろん、すべての学校がそんなことしたら、予算もくそもない。あっという間に県の財政は破綻しちゃう。でも、本来、現場の意見は何よりも優先されるべきじゃないか。踊る大捜査線の織田裕二も言ってるじゃないか、「事件は会議室で起きてるんじゃない、現場で起きてるんだ!」(もうこればっかだな、俺)ってさ。
 現場を見もしないですべて規則とデスクワークですまそうとする半端なやり方と、現場を知ってても杓子定規にしか対応しない歯車のような意識とに、公然と反旗を翻すこの事務長は、とても当たり前な人だと思う。現代においては、理論と実行が伴ったとても貴重な存在だ。すべての人がそんな”当たり前のことを当たり前にやらなくちゃいけない”という考えを持っていれば、もっと根本的に良い社会になるだろうな。少なくとも、自分の利益だけを優先させるようなことはなくなるはずだ。
 国だって同じだ。必要なサービスを必要としている人に提供する、そんな当たり前がなかなか通らないなんておかしい。ましてや、そのサービスを受けるために、「まず努力しなさい」なんて、なにをかいわんやだ。


 このごろ忙しくてネット巡回してなかったけど、たまーに出てみれば、あちらこちらで障害にぶつかりまくりの家族の憤りが…そんなこんなで、腹立たしいことばっかりが、冬だというのに花盛り。
 ちょうどそういう時期かねえ。
 俺たちもかつては、この時期はそうだったもんなあ。戦う障害児一家だった、あのころは。
 今は?下の日記を読んでみろ。


 

現場はこんなだ 05/1/12/(水)
 お風呂上がり、裸のゆめをタオルにつつんで抱え、俺はといえばタオル腰巻き一丁で、ママに聞いた。
「ゆめを着替えさせるのと、俺を着替えさせるのと、どっちがいい?」

間違えたんだ。こんなこと聞くつもりじゃなかった。
でも、夕べは寝たのが12時半なのに、ゆめの馬鹿が2時半に半分起きてしまい、夢うつつでジューシを飲みたがったり興奮して騒いだりしたもんだから、結局そのまま寝られずに朝を迎えてしまったんだ。
 睡眠時間2時間…
 頭痛くて死にそう…

 だから、間違えたのよ。

でもママは、
「じゃあ、パパ」
と言い放ち、ちょうど畳んでいた洗濯物の中から俺のパンツを取りだした。
ママの頭の中は、いま子作りでいっぱいだ。次は是が非でも女の子をねらっているので、どこで聞いてきたかしらないが、緩いパンツよりもきついパンツの方が女の子が生まれやすいとかで、ブリーフばっかりはかせようとする。ちなみに書くが、パンツのメーカーはグンゼじゃない。
ゆめはその時裸ん坊で、一生懸命おむつをはこうとしていた。ちなみに書くが、おむつのメーカーはグーンだ。

俺? もちろん、自分で着替えたさ。


 

幸せって、なんだ? 05/1/11/(火)
 ゆめが病気だとわかってから、しばらくは悩み、苦しんだ。歯を1本失うだけでこの世の終わりのように思ってしまう俺にとっては、ゆめが障害を持って生まれてきたことはどうしようもなく不幸なことだと思えたからだ。

 その後、泣こうがわめこうが障害がなくならないなら、何とかしてゆめにとっての幸せな人生を探そうというふうに考えが変わった。何がきっかけとなったかはわからない。何もなかったように思う。自然にそういう考えに切り替わった。『あきらめ』とは違う気がする。
 『闘病ではなく共生』とは、よく聞く言葉だ。病と闘うのではなく、病と共に生きていく。感じとしてはこれに近いとは思うが、よくわからない。ゆめの障害を受け入れたような気がしても、本当に受け入れたかどうかわからないから。単純に、今はしゃべれないし歩けないけど、それほど重度の障害を負っているということが見た目にはっきりしてないからだけかもしれないし。

 ゆめは自分が障害を持っているなんて知らない。同年代のほかの子供と違うところがある、などという事実すら認識してない。でも、歩けなくてもしゃべれなくても、それが今のゆめなんだ。俺はそう思うが、いずれゆめが自分自身の真実を知ったとき、自分の障害と共に生きていくだろうか。それとも、そんな体で生まれたことを恨むだろうか。
 
 ゆめに、幸せだと思ってほしい。忌々しい筋ジスなどという障害を持っていても、幸せだと言ってほしい。一度ならず恨まれもするだろうが、それは親子で乗り越える壁として、その後死ぬまでは、精一杯生きていることを満喫してほしいと思う。
 人は誰でも、常に何者かと共に生きている。そもそも、他の命の犠牲の上に生きている事実からは、大統領だろうと大金持ちだろうと逃れられないのだから、誰にも頼らず生きていると思う方が、自分の中に取り込んだ他の命に対する冒涜だ。
 人生が必ず何かと共にあるのならば、素直に一緒に生きるその何かを受け入れたらどうだろう。ゆめの場合は頼る相手が他の命や人の手だけじゃなく、障害も加わっているということだ。
 まやかしではあるが、ゆめがそういう考えができるような育て方をしたいなあと思う。

 最初に戻るが、そもそも、人生が幸か不幸かはその人の感じ方だ。障害を持っていなくても、いろいろな基準で『自分は不幸だ』と思っている人は大勢いる。ならば、障害を持っていても不幸じゃないと思える人生もあるはずだ。実際、今俺は障害児二人を育てながら、はっきり「不幸だ!」と言うほどの不幸は感じてない。むしろ、ゆめのために俺たちのために手を貸してくれる大勢の人に囲まれて、こんな幸せはないなあと感じているくらいだ。
 これは「障害を持つ子供の子育てなのに」という枕詞がつくからなのか?いいやそうじゃない。確かにゆめが障害を持っていることで、人のぬくもりを通常の人生以上に感じはするのだろうが、それなら素直に暖まればいい。自分たちのおかれた環境を卑下して、「障害があるから」どうこうなんて思う必要がどこにあるだろう。


 などといろいろ考えたりするが、いざというときにはこんなこと考えている余裕なんかないんだろうなあ。それでも、俺は聞きたい。
「おまえは、幸せだったか」
とね。

成長判断 05/1/11/(火)

 3〜4ヶ月の判断
○首が据わりましたか? はい。首どころか、目つきも座ってます。
○あやすとよく笑いますか? はい。大笑いです。
○目つきや目の動きがおかしいのではないかと気になりますか? はい。彼はにらみつけますから。時々、「何この人?」っていう目で見ることもあります。将来の職業がとっても心配です。
○見えない方向から声をかけると、そちらの方を見ようとしますか? はい。ばっちり向き直って、素早くロックオンします。
○外気浴してますか? はい。このくそ寒いのに、いつも薄着で連れ回されています。
 6〜7ヶ月の判断
○寝返りをしますか? はい。寝返ってまた返って、頭を打ったりしてます。
○お座りもしますか? いいえ。目は据わってますが、腰は据わってません。
○体のそばにあるおもちゃに手を伸ばしてつかみますか? はい。つるされたおもちゃなんか、サンドバック状態です。そんなに体を鍛えて、いったい何と戦おうというのでしょうか?←ゆめだろう、そりゃ
○家族と一緒の時、話しかけるような声を出しますか。 はい。偉そうに呼びつけてきます。
○テレビやラジオの音がすると、そちらを向きますか? はい。見るどころか、返事してます。

総合判断

顔は親父くさいが、成長は6ヶ月と18日程度でしょう。うそ


やっぱあらためてみると、ゆめの時とは違うなあ。


決定しました! 05/1/10/(月)
「マサミチお兄さん、もう限界かもしれない。」
「は?」
「最初の頃と比べると、なんかちょっと…」
 ああ、”あかあさんといっしょ”の話か。
「動きに”切れ”がなくなった?」
「うん。なんかねえ、前はもっとパワーもあったけど、いまは、なんかずるくなったというか、ああ、年なんだなあって思うときがある。慣れちゃったって言うか」
「もう代え時ってことかなあ」
「そうかもしれない。異例に長かったからねえ」



 勝手に”次のクールを持って、マサミチお兄さん交代”が決定しました!!
 さっすが頭の中は”東スポ”と同じなママだぜ!考えが飛んでるね。そのジャンプはマサミチお兄さんよりも動きがシャープだぜ。


CM 05/1/9/(日)
今日、あるCMを見た。

それは、車いすマークの場所に、不用意に健常なものが停めることはマナー違反ですよ と言う内容だ。

 いいねえ。
 何が良いっていって、まず車いすの人以外は停めてはいけませんと言わないところが良い。そして、マナー違反と言いきっているところがまた良い。
 
 妊婦でもお年寄りでも、誰でも停めて良いんだ、必要ならな。
 規則じゃないんだよ、マナーなんだ。

 
 やずやのコウズでも、電車の中で老人に席を譲らせる場面をCMにしてるし、いいねえ、実に良い。

 近々LHR(ロングホームルームと読む。俺は、担任が自分の人生観や経験から、よりよい人間性を教える時間と解釈している)で取り上げよう。

新年早々攻撃態勢ですけど… 05/1/8/(土)
  何度も述べてきたことだが、俺自身は『障害を持っていてもがんばって生きている』とか、『〜が不自由でも乗り越えてきた』とかいうフレーズ・考え方を受け入れられない。
 俺が勝手に目指しているのは、障害があろうとなかろうと普通に生きていられる社会だ。生かされているなんて考えなくても良い社会だ。だから、上のような考え方を認めない。テレビなんかで『障害者の○○』がテーマに取り上げられた番組がよく流れるが、見て素直に感動はするものの、同時にまだまだだよなと思う。


 親戚のおばさんに、いま27歳の男性で、自閉症なんだけど、どこかで受け入れてもらえるところはないかと相談された。親も在宅で面倒を見るには限界があり、いきおい、薬で眠らせていることが多いという。
 彼はがんばって生きているのか?がんばっていないのか?
 そもそも、何で障害のあるものばかりががんばらねばならぬ?
 健常な人は、そんなに障害者に努力を強いるほど、日々一生懸命生きているのか?


 かつて役場の人は言った。
「まず親が努力する姿勢を見せてください。」
”まず”ってなんだ。まずも何も、充分努力してるっつーの。これ以上何をどうしろと言う?そんなに言うなら、何をどうしたらどうしてくれるのかを、先に教えてよ。そしたらあんたのいいようにするからさ。あんた、自分の子供が障害を持っていても、自分自身に同じことを言うのかと聞きたい。


 うちのゆめだって誠大だって、障害があってもがんばって生きてるなんて本人は思ってないし、俺たちも考えてない。そりゃー普通の子育てよりも手間暇かかってるけど、それは社会の構造がそうなっているからであって、ゆめや誠大のせいではない。がんばって生きているように見えたとすれば、そうさせられているだけの話だ。

 実際いろいろ試行錯誤して努力して、やっと認められればうれしさよりも疑問ばかりが残る。
 俺たちは努力した?がんばった?

 冗談じゃない。俺たちの”明るい”面ばかりを見るな。

 というのは、”親の考え”でしかないのだろうか。
 

4次元おなか 05/1/6/(木)
 形状は?
 芸術的な丸さです♪
 分量は?
 ゴルフボール5個くらいが適当です♪
 分析結果は?
 水をかけると再生します♪
 その効果は?
 ご飯がとってもおいしく食べられるようになりマース♪


 やっぱりあっちゅうーのおなかに転移してるのかな?
 今日はゆめの今年初のウンチ♪
 食べた量に比して、出る量が少ないですよー

筋トレ 05/1/5/(水)
 朝のテレビで、男の名前を連呼する声が流れる。
「コウジー!」

 クッションの上に寝かされている怪獣から、返事をする声が聞こえる。
「アウッ!」


                         「コウジー!」
                     「アウッー!」
 「コウジ!」
    「オゥア…?」
                        「コウジ!」
                            「アウッ!」
                                         「コウジーー!」
                                          「アウー!!」



たったくん、君の名前はコウジじゃなくて、『誠大』なんですけど…


 でも、そんなたったは、まだ乳幼児。自力移動もできなければ、敵対する怪獣を実力で排除することもできない。

 夕飯時、ダイニングで食事をしているとき、居間の方からなにやらカチャカチャと変な音がする。
 そういえば、このごろこの部屋、”何か(たぶん若い女)”が住み着いてるんだったよな。ゆめや誠大には見えるらしい。実害はないが、夕べなんか、真っ暗い寝室に1時間以上も閉じこもったゆめは、お世話人形ボボちゃんを寝かしつける一人遊びをしていたが、明らかのその向こうにいる”何か”とお話をしながら遊んでいた。
 もしかして、その”何か”ポルターガイスとでも起こしてる?と思ったら、
「たっただよ」←ママ

 見れば確かにたっただった。
 ベットの上に寝かされ、その体の上に歩道橋のようにかけられた橋から釣る下げられたおもちゃを、まるで筋力トレーニングでもしているかのようにぽかぽかなぐってる。
「筋トレやってる」
「たぶん、ゆめ対策だな」
 そんな会話がすっかり板に付いてしまった。

 でも、いくら筋トレやっても、機動力のない状態では、実質戦力ゼロですから。
 
 お風呂に入ったたったくん。湯船の中で入り口に背を向けた形でママにだっこされ、楽しそうにお話をしている。
 そこへ登場ゆめ怪獣。
 後ろで聞こえるパパの声。パパと一緒のお風呂かと期待に小さな胸をふくらめるが、同時にかすかに聞こえるゆめの声。
 背後からだんだん近づくゆめの声に、だんだん表情が曇り出す。。
 だっこされて逃げられないその横に、いきなりゆめ接近。顔をなでられびっくり仰天。
 繰り出すたったパンチ!
 かすりもしないたったパンチ!

 挑戦するなら、まず機動力だぜたったくん。首が据わって、寝返りが打てるくらいじゃ、まだまだ勝ち目はない、男誠大4ヶ月と1週間…

受診 05/1/4/(火)
 お昼ちかくまで眠りこけていたゆめ。
『おきたよ〜』
とでも言いたげな感じで呼んでいるので見に行くと、とってもいい顔で目覚めていた。

 一方そのころ誠大とママは、今日は新年初受診。病院に行っていた。
 待合室にはきれいな姉ちゃんがいっぱいで、愛嬌振りまきまくり。
 姉ちゃんではなくてお母さんたちではと思うのだが、結婚してようが子持ちだろうが、たったにとっては若ければいいらしい。
 でも、形成の先生には会いたくなかったようで、荒れがひどいので年末年始ははずしていたほっぺたの絆創膏を再びつけてもらっている時には、すっかり意気消沈していた。


 そのときゆめは、朝ご飯にパンを食べていた。チーズが練り込まれたしっとりもっちりのパン。なかなか美味。


 エレベーターで口腔外科へ行く途中、エレベータでは知らないおばさんに
「かわいいお子さんねえ、何ヶ月」
と聞かれたママが
ヶ月です」
と答えると、
「そう、
ヶ月なの〜、しっかりしてるものねええ」
といわれた。
「いえ、
ヶ月ですけど」
と訂正すると
「ええ!?
ヶ月なの?!?!」
と驚かれた。親父臭さがにじみ出ている男誠大4ヶ月。


 そのころゆめは、パンを食べ終わってご飯を食べていた。
 ゆめはご飯が好きだ。でもご飯を食べているとパンが食べたくなる。
 ゆめはパンが好きだ。でも、パンを食べているとご飯が食べたくなる…


 いざ口腔外科にはいると、たったの手にはなにやら握られている。
『みて』
といわんばかりに突き出されたその手には、さっき貼ってもらったばっかりの絆創膏が…

 おまえ〜〜、むしり取ったなあ。
 乳幼児がそんな真似するなー


 そのときゆめは、まだご飯を食べていた。今度は玄米パン。あまりに食べたくて、最初は袋のうえからかじっていた。
 いい加減にしろゆめ。食べ過ぎじゃ。

たったVSゆめ 第一回戦 05/1/3/(月)
 誠大の病気のページをいい加減アップしようと思って、昔の写真とか引っ張り出した。

 …
 う〜〜む…

 誠大の口唇口蓋裂、別段気にしてなかったし、かわいいとさえ思ってたけど、いざ手術してしまってから見返すと、やっぱすごいことだったんだと改めて思った。
 こりゃー、初めて見る人にとっては、わざわざ引き返してきて見ようとするのもうなずける。
 だからといって、わざわざ見に来ることを容認するものではないけれども。
 失礼極まる。


 そんな中、おもしろい一枚を見つけた。
 
 これだ。生後1ヶ月過ぎくらいだと思う。→
 添い寝したくて一緒の布団に入り込んだゆめを見ているたった。
 なんだたった、その目つきは。


設計 05/1/2/(日)
 結構真剣に家の間取りを考えている。
 夕べなんか、設計士の書いてくれたラフプランを見ながら、あーでもないこーでもないと夜中の2時過ぎまでママと話した。
 世に『今が一番良い時期よ』というが、あんまりいくない。予算と内容がなかなか一致しないから、かえって悩んじゃう。

 ママの実家がお茶屋さんを営業すべく、某有名な寺の門前にお茶屋を建築した。旧日本家屋を建て直したお茶屋はなかなか良い感じだが、土間は高い吹き抜けになっている。土間の真ん中には薪ストーブが鎮座ましましている。今日はお年始でこのお茶屋に行ったが、つくづく思った。

 吹き抜けは、寒い。。。

 実は我が家の設計でも、面積5坪ほどの吹き抜けが居間の真上にあいている。やっぱこれは寒いかもしれぬと今日改めて思った。

 皆さん、吹き抜けは寒いですか〜〜??


 とおころで、寝室には新婚さんで買ったダブルの布団が一組敷かれている。ラグみたいにのモシャモシャ毛が生えた、イヌイットの敷布みたいに『布団か?これ』っていうような代物だ。非常に暖かい。
 この布団に、新婚さんの時は2人で寝た。くっついて寝るので広すぎるくらいだ。
 うふ。
 ゆめが生まれてからは、間にゆめが入っている。
 じゃま。
 たったが生まれた今は、たったは俺たちの布団の横に小さな布団を並べて寝かせられている。
 狭!

 このごろゆめが大きいし寝相が悪いもんだから〜、彼女は一人で一人分の面積を占めている。
 敷き布団はダブルの面積だから、残りは大人一人分…
 ママと俺とで、半分こ…
 半分の面積では、体が布団に入りませーん。
 この寒いのに、体半分は畳の上…
 寂しい
 寒いぞ、男35歳。。。
 こんな正月で良いのか…

年始 05/1/1/(土)
 ゆめが毎年恒例の正月のママの着物姿を見て、初めて反応したのは2年前、ゆめ4歳と5ヶ月の時だった。その時のゆめの顔は、言葉で書くなら
『ほえ〜〜〜』
そのほのかに赤く染まったほっぺたには、はっきり渦巻きが見えたものだ。そう、バカボンのように。。

 男誠大乳幼児、生後4ヶ月。
 誠大にとっては、正月は天国らしい。なぜってテレビをつければきれいなねーちゃんがわんさか出てる。もう、テレビ画面に釘付け状態。
 その誠大は今日、初めてママの着物姿を見て、ゆめとおんなじ反応をした。
 言葉で書くなら
『ほえ〜〜〜』
そのほのかに赤く染まったほっぺたには、はっきり渦巻きが見えたものだ。そう、バカボンのように。。


 早すぎる。早すぎるぞ、誠大!
 貴様はまだ乳幼児。たとえばママの髪型がちょっと変わっただけで、もう誰かわからなくなっちゃうような時期のはずだ!
 それが着物姿にうっとりするなんぞ、100億年早いわい!

 先が思いやられるぞ、誠大。。。ゆめなんか、うっとりするまでに4年もかかったってのに…



というわけで、おもしろいおもちゃが加わったゆめ一家を、今年もどうぞよろしくお願いいたします〜〜