2005 3月                

かわいいゆめさん 05/3/30/(木)
 気がつけば、今日はもう今年度最後の日じゃないか。だからというわけではないが、俺のおごりで”炭焼きハンバーグ さわやか”で夕食。
 この”さわやか”だが、来店するタイミングによってだいぶハンバーグの感じが違う。ズバリ、油の量が違うのだ。肉汁じゃなくて、油だぜ。

 高校生のころ、なぜか先生に連れられて初めて入った袋井の”さわやか”では、やたらにうまくて感動した。卒業後、デートで同じ店に入ったら、ステーキ皿の中に油の海ができていて、心底驚いた。数年後に同じく来店した際は、油の海などなく、しっかりとおいしくいただけた。
 同様なことは、各地の”さわやか”で経験している。
 思うに、焼く人の熟練度の違いではないだろうか。いや、そうだと思いたい。まさか、肉に混ぜる脂身の量が原因だなんて、そうだと分かっていても思いたくないーー。

 ま、そんなことはおいといて、ゆめに伝票を持たせて、だっこしてレジへ行くと、先ほど後ろの席で食べていた部活帰りらしき女子高生が、数人たむろって別々にレジを打ってもらっていた。
 夕飯時で店は徐々に混み始め、レジの前に固まっている女子高生は明らかにお客の通行のじゃまだ。こんな時間帯にレジで別会計だなどと、迷惑も甚だしい。一括払いして外で精算し、割り切れない端数は一括払いした人のお駄賃にするのが社会のルールだが、こんな世間知らずの小娘どもにはそんな常識もあるわけないか。
 そろそろだっこも重くなってきたゆめを座らせようにも待合所はお客でいっぱい、たたせようにもリハビリ後でへろへろのゆめは立てる状態にない。いい加減文句の一つもいってやろうかと思った矢先、振り向いた女子高生がゆめに向かって
「かわいい」
といいながら、手を振ってにっこりした。ゆめも笑顔でにっこりした。

 振り向いた女子高生が割とかわいかったので、今回は許すことにした。

 あれ?そんなことはおいといて、今回ゆめは、レジの人にちゃんと伝票を渡し、
「おねあいおーあい・ご!」
と、ちゃんと言えたのだ!
 俺は感動した。

 帰宅後、ゆめの入学準備の買い物に、ゆめとママは女の子チームで出かけた。俺とたったは男の子チームで留守番だが、おむつ替え、ご飯、おふろ、フルコースでもその合間合間は泣き通しのたっただ。
 そして、俺ははっきりと聞いた。
「むあーむあー!!」
 たったは、ママを探している。しかもママを呼びながら。

 たった、生後7ヶ月。7ヶ月のガキって、日本語をしゃべれるのか!初めて知った…

 ゆめさんよー、「おねあいごー」じゃあ、負けだぜ…
 

一人でお泊まり初挑戦 05/3/29/(火)
 ゆめ、初めてのお泊まり。ショートステイできる施設”おおぞら”で、一晩を過ごした。
 ゆめがいない夜は、さぞかし静かだろうなあ。
 ゆめがいないお布団は、さぞかし広いだろうなあ。
 いろいろ想像していたその晩は、離任式後の謝恩会でしこたま飲み、帰宅直後にトイレに吐き戻してそのままダウン。静かな夜も、広いお布団も、な〜〜んにも分からないまま気がつけば朝だった!

 午前中のゆめは、そりゃーもー、大暴れだ。大怪獣ゆめ現る!!てなもんだ。

 後で聞いたら、ゆめは昨夜はほとんど寝ていなかったようだ。
 ナースセンター横の部屋で寝に入る予定(これですら他の場所から移されてきたんだと思うぞ)が、絵本を読みながら終わればナースを呼ぶ。また読み終われば
「おーい!」と呼ぶ。一晩中そんなことの繰り返し。ようやく寝にはいるかなあと思い始めた早朝、既に起き始めた入所の方々の雰囲気で、やっぱり起きてしまって寝ずじまい。きっと二度と来て欲しくないと思われただろうなあ。この話ですらかなーーりオブラートにくるまれているだろうし。きっと持ったすごかったに違いない。絶対すごかったと思う。親には言えないくらいすごかったとしか思えない!
 やっぱりね。そんなことだろうと思った。だから荒れても良いように長期休み中にお泊まり初挑戦にしたんだけどさ。

 ところでお風呂はどうしたかといえば、たぶんお風呂はないよなあとママと話していたのだが、どうやら入れてもらったという。
   一体どうやって?
   ナースに入れてもらったのか?
   もしかして、ナースが一緒に入浴したのか??
   なになに、ナースって、子どもならお風呂に一緒にはいるの????
   いやあ、そこまではしないだろう、まさか〜〜〜

 と思っていたら、何のことはない自動で昇降できる機械で入ったとな。
 なんだつまんねー
 妄想ばかりがふくらむ、やや二日酔いの朝…

卒園式 05/3/25/(金)
 ”のぞみ”に通い始めたのは4年前。ついに卒園の日が来てしまった。ママはロタウイルスにやられてダウン中なので、俺とゆめで参加してきた。
 卒業式で泣いたのは、中学の時が最初で最後だったが、このゆめの卒園式は、思わず泣けそうになった。ゆめがここまで成長できた背景には、”のぞみ”の存在がものすごく大きい。その場を去ることは、やはり何とも言えずもの悲しかった。それ以上に、障害を持っていることで何にもできない、何もない人生なんじゃないかと将来を悲観した身としては、一つ何かを成し遂げた実感(”卒園”できるくらいに社会に出ていられた)が、とても嬉しくもあった。そしてやはり、それをなしえた”のぞみ”を去ることは、嬉しく、寂しいことであった。


 ゆめが障害を持っていることが分かって、どうしていいか分からず、『とりあえずしっかり育てるために俺がやらなければならないことはしっかり働くことだ』という言い訳で仕事に打ち込ん俺。
 ゆめが障害を持っていることが分かって、どうしていいか分からずしょっちゅう泣いていたママ。

 友愛の里の存在を知って、”パンダ”に入って、普通に幼稚園には通えないことを知ってびっくりしたり、リハビリしたり、たくさん相談に乗ってもらったりして、だんだんどうやって育てればいいか分かってきた。
 仕組みがよくわからんけど”パンダ”から”のぞみ”にかわって?から、たくさんのお友達の中でどんどんできることが増えてきて、ゆめを育てることに自信がついてきた。
 就職した。
 山の町に引っ越した。
 HPを開いた。
 ボランティアに行くようになった。
 普通幼稚園に通うために、またたくさん相談に乗ってもらった。
 養護学校への転勤を選んだ。

 たくさん、いろいろなことがたくさんあった。
 ゆめが障害を持っていなくても、俺たちの生活は間違いなく存在しただろう。それがどんなものであるか知る術はないけれど。
 しかし、ゆめが障害を持っていることで、持っていない場合よりもはるかにたくさんの世界を知ることはできていると実感する。おそらくゆめに障害がなければ、少なくともHPは開かなかったろうし、養護学校への転勤はなかった。

 今俺は、障害を持っていながら”普通”に生きることの困難さを知っている。でも、障害を持っていても”普通”に生きていくことはできることも知っている。それは、”のぞみ”に通うことで少しずつ分かってきたことや、ゆめに障害があるために関わった様々な出来事に寄っている。障害を持っていても社会に出て生活していくことは、人間にとって絶対に必要なことだ。それが可能になるためには、”のぞみ”のような場所が必ず必要だ。ゆめには、”のぞみ”があって、本当に良かった。

 卒園式の”お別れの言葉”ではうまく言えなかったけど、俺もママも、”のぞみ”に通えたことを本当に良かったと思っている。先生方には感謝しても仕切れない。本当にありがとうございました。

 最後に、特に田代先生、先生のことはたくさんHPのネタにさせてもらいました(笑)。特に感謝します。
 

P卒園式 05/3/24/(木)
 明日はゆめの、”のぞみ”の卒園式だ。明後日は、週一回通っている保育園の卒園式だ。卒園式ラッシュ。俺は教務課だから、今まさに来年度のカリキュラム編成真っ最中で非常に忙しいのだが、課長は快く年休をくれた。
 でも、今ママがウイルス性の胃腸炎でダウン中なので、卒園式にはゆめと俺だけで行くことになった。きっと父親のみで参加するのは、また今回も俺だけだろうな。
 ”のぞみ”の卒園式では、卒園児童の保護者から一言いうのが慣例らしい。ママは何週間も前からどうしようどうしよう、何を言おう、とぶつぶつ言いながら、動物園の動物さながらにうろうろ動きながら考えていた。俺はそれを横目で見ながら、大変だねえなんてお気楽にしていたのだが、ママが行かれなくなったので、あろう事かそのお役が俺に回ってきてしまった。

 さあ、困った。うろうろ動き回るのが俺の番になってしまった。
 今までは保護者が話すのを聞く側だったのが、こんどは話す側になってしまった。今更ながらかつての保護者達の気持ちが分かったぜ。だいたいが、”のぞみ”での生活をあまり知らないのだから、何をいえばいいのか見当もつかん。しかも、先に話す人のを参考にしようにも、俺は2番手だ。考えてる余裕もないぜ。
 こまったぞ。久しぶりだ、こんなに困ってるのは。先生に向かって話すのは初めてだしな。保護者に向かって話すなら何でも話せるんだけどなあ。
 
 嗚呼、いったい何を言えばいいんだーーー

1年ぶりの真実 05/3/20/(日)
引き続き副鼻腔炎の微熱が続く今日。
まだ体に力がうまく入らないので、今日も家で寝て過ごす。
衛星放送で「マッハ」を見たが、すっげーおもしろかった。主役は織田裕二にそっくりだ。

「ん?え?お・おい!大変だよ!いかりや長介、死んじゃったって!
                             だ!?しかも一周忌だって!?」
「そうだよ。知らなかったの?」
「あーーー??いつ死んだの??」
「踊る大捜査線って映画あったじゃん。あの後すぐだって。去年の今頃だよ。」
「ほえ〜〜〜〜全然知らなかった〜〜。それでこのごろドリフの特番とか多いのか〜。年度末だからかと思ってたけど、そういうことだったのね。」
「な〜〜んで知らなかったの?」
「だって、去年の今頃っつったら、めちゃくちゃ忙しかったじゃん。テレビもろくに見てなかったからさ。」

 とまあ、さっきヤフーのテレビ情報を見ながらの、ママとの会話。。。
 はあああ〜〜、1年もたってやっと知った真実…。
 

ダウン 05/3/19/(土)
 昨日の午後、耳鼻科へ行った。副鼻腔炎。花粉症の季節には気を付けなくてはならない。
 俺の場合は、肉体・精神両面の過労がたたって、さらに今年は花粉が多いおかげで、立派に副鼻腔炎になってしまった。なんだか顔は腫れちゃってるし、右目の下側は膿が溜まってぶよぶよしてる。体のどこかにチョット力が入ると、ずきずきと痛む。ほんとは水曜からこの顔の痛みに加えて全身の筋肉痛やら頭痛やらに悩まされていたのだが、まあ、卒業式もあったしなあ。というわけで、すべて終わった金曜日の午後いちで病院へ。
 
 卒業式も終わり、ほっとしたとたんにあがった熱に浮かされながら、危なっかしい運転で病院から帰ったその後は、寝たね〜〜〜〜、もう爆睡!気がついたら今朝の7時だった。いつも起きるのが5時だから、それだけでもたっぷり寝たことになるんだが、さらに昨日は何時に寝たかおぼえてないくらい早くに寝たから、もう寝過ぎだ。

 薬飲んで寝たせいか、今日は気分もすっかり良くなった。体調も、鼻以外はグンと良くなった。久しぶりにこの日記なども2日分書いてみる。薬飲んで寝ただけでこの回復。まだ若いじゃないか、俺〜。

卒業式 05/3/18/(金)
 先生になって6回目の卒業式だった。相変わらず記録係として、カメラを抱えて式場内をうろつくのであった。
 病院とのつながりが強いので、来賓には主治医の先生方や病棟看護士ががずらりと並び、なかなかに壮観だった。
 メインとなる卒業証書授与では、小・中・高等部生徒全員が校長から直接証書をもらうという、これまた珍しいものも見ることができた。車いすの生徒には、校長先生はわざわざ壇上から下りてきて渡していた。普通の高等学校では、各クラスの代表者が受け取るだけだからね。養護学校ではどこでも卒業生全員に渡しているらしい。ということは、ゆめも高校卒業までの3回は、自分で証書をもらってくるということだな。楽しみ楽しみ。

 ところで、自分自身の卒業式はというと、やっぱ自分が卒業したときよりも初めて受け持った生徒の卒業式の方が思い出深かったが、…緊張のせいか、あまり記憶に残っていない。
 今思えば、式典という形にこだわらないなら、俺にとっての本当の卒業は、一浪して大学に合格したときだったな。
 大学に受かったとき、それまでの自分から脱皮して、新しく実力で生きていく世界に踏み込んだ気がした。小学校・中学校は言わずもがな、高等学校ですら激しく守られたとても小さな世界で、そこで培った力など、まだまだ世間で通用しはしないことを、在学中に出かけた東京の予備校での講習会などで何度も味わい、さらに一浪して改めて思い知った。1年かけてさらに力を貯めて、やっとつかんだ大学の入学資格。それを受けたとき、それが守られた世界から自分でこぎ出す世界への”卒業の船出”だった。

 単に学校を卒業することではなく、新しい世界へ乗り出すための心構えができているかどうかが、とても肝心なことだと思う。
「やっと卒業できた」「何とか卒業できた」そんな感想が感謝会での卒業生の口から出てくる。それは確かに本音だろう。でも、その先に待つものを、果たしてどれだけ意識しているのだろう。
 いや、別にいいか。そんなもの意識してなくたって。意識する方がいいとか、しないから甘いとかの問題じゃない。
 俺の場合は、大学入学は同時に成人の年だった。実力主義の学校へ入学し、同時に大人の仲間入りした。常に卒業後を意識した毎日だった。二十歳だから、もう責任を自分で取らなければならない年だし。だから、よけいにこれから新しい世界へ向かうんだという気持ちが大きかったのだ。

 3年生ども、さあ、卒業だ。新しい毎日は、もう誰も守ってはくれないぞ。ちゃんと生きていけるかよ?

着信音 05/3/15/(火)
携帯の着信音をゆめの叫び声にして、うはうはしている俺。
でも、電話が来て着信音が鳴るたびにびっくりしている俺。

職員室で、いきなりのゆめの叫び声に、思わず
「うわ!びっくりした」
とこっちも叫んでしまう。
そして、周囲の先生方に
「すいません、僕の携帯です…」
と、やっぱり毎度謝っている。

だったらやめればいいようなものの、かわいいのでそのままにしている俺。

そんなおちゃらけた携帯にかかってくる電話は、だいたい重い内容ばっかりなんだよなあ。
ゆめの叫び声にびっくりしてる場合じゃないー。。。

黒い奴 05/3/13/(日)
本日の入浴中、湯船につかって早々、
「あーーあー、パパ!パアパーッチー!!」
と、しつこく俺を呼ぶ。
その時俺は、花粉症がひどいので頭まで湯船に潜って心ゆくまで目の中の花粉を洗っていたのだが、水中まで聞こえる大声に何事かと浮き上がってみると、ゆめが洗い場を指さして何事かを訴えている。
指の先には、髪の毛が絡まって黒い豆になってるやつが…

そういえばゆめは黒くて小さいものが苦手だったなあと思いだし、シャワーの水で流してやった。
「ほーらゆめ、もういなくなった」
それでもしつこく訴えるゆめ。視線の先は、お風呂椅子の方だ。
実は俺、一瞬目標を見失ったんだよな。どこにいるのかわからなくて、勝手に排水に流れたと思っていたんだが、どうやらゆめの方がめざとかったようだ。
お風呂椅子のあたりを流すと、
「あ!」
ゆめと俺は同時に叫んだ。
シャワーに押し流されて、黒いの登場。
すぐさま排水溝へ退場。
これにて一件落着。

それにしてもゆめ、好きなものと嫌いなものには、めちゃくちゃ敏感だな。
まあ、普通はそうか…


 話は変わるが、俺の携帯は、携帯電話本体からアンテナがなくなった最初の世代機で、最初の機体というものがだいたいそうであるように、それが革新的であればあるほど不安定になりやすい。購入後2年以上たって、今更ながら電波の不安定さに閉口している。
 これまでも電話を拾えない場所の多さに『使えない道具第1位』の称号を与えていたのだが、今の学校に勤務して、にわかに活躍しだした。保護者との連絡、生徒との連絡、携帯電話は必需品になった。でも、今のように電波が不安定では使い勝手が悪すぎる。実際、聞こえたり聞こえなくなったりを繰り返すので、会話が成り立たないこともしばしばなのだ。
 そこで今日、新しい機体を購入した。フォーマはエリアが狭すぎるし、実際に勤務している学校はエリア外だ。俺のアパートや購入した土地はエリア内なんだけどなあ。本当は着ウタがはいるフォーマの機体が良かったんだけど、使えないでは本末転倒なのでムーバの機体にした。
 ついにカメラ付き携帯になった。
 時代の流れに乗り遅れること2年半。だいたいが、前の携帯に変えるときですら、やっと液晶画面がカラーのものを購入したのだ。そのころみんなはカメラ付きだった。

 帰宅後、早速ゆめを撮影し、待ち受け画面に入れてみた。素敵にはまったが、カレンダーにかぶってしまったのでもう一回撮影。こんどはカレンダーの下の開いてるところにゆめの顔がちょこんとある構図にした。
 ついでにゆめの
「ぱーぱー!おーい!」
と叫ぶ声も録音し、着メロにしてみた。電話がかかってくるたびに、大音量のゆめの叫び声だ。いいんじゃない。
 ちなみにメールの方の着メロは、”嬉しいときのい犬”だ。

自制 05/3/12/(土)
またまた出ちゃったよ。
路上で女性の体を触ったとして、強制わいせつの現行犯で逮捕された自民党衆院議員中西一善氏。そのコメントは、
「人として大変恥ずかしい。一生酒は飲まないと心に誓った」

だからさー、酒は飲んでも良いんだってば。問題なのは、酒を飲むことと女性にさわることを同時にやっちゃったことでしょうが。あ、いや、女性の体に無理矢理触ることは、しらふでもやっちゃダメなんだけどね。
 まあ、とにかくだ、酒は飲んでも良いのだ。わいせつ行為に限らず、違法行為、人権を無視した行為をやらなければね。どのみち、そうした違法行為は酒を飲んでいようがいまいが違法だ。
 このコメントを裏返すと、酒を飲まなければやらなかったとでも言いたげだけど、
俺のように、そういうことは、やらない人は酒飲んでもやらないと思うぞ。酒のせいにしてはいかんよ。それは国会議員だろうが一国民だろうが同じだぜ。

 走る凶器だから、車はダメ
 人を狂わすから、異性はダメ
 法を犯すから、酒はダメ

 そんな馬鹿な。
 便利な道具なんだから、自制できるなら運転しても良いに決まってる。
 愛は大事だ。自制できれば、当然異性は必要な存在だ。
 酒を飲むから法を犯すんじゃない、自分を自制できないから法を犯すんだ。しらふでも同じ。

 結局、自分をコントロールできるかどうかじゃないの?自制できるなら、どれもやってかまわないんだろ。
 運転は18才から。
 お酒は20才から。
 異性は…異性は何歳でも良いか。
 とにかく、自制できないガキはダメなんだよな。年齢制限は、医学的な理由だけじゃなく、そのためのものでもある。たとえ年齢に達していても、大人であっても、自制できない奴はダメなのよ。
 自制が大事なのだ。


たくさんの小さな幸せ 05/3/11/(金)
 ゆめが通信簿をもらってきた。両面印刷で6枚も綴じてあるが、ゆめ個人のことが書いてあるのは一番最後だけ。ほとんどはクラスの子に共通のものなので、表紙には子供達全員分の名前が書いてある。
 10人いるクラスの子供達は、そのほとんどが漢字4文字で収まりがいい。はみ出してるのはゆめの5文字ともう一人の子の同じく5文字。別に何文字の名前だって良いんだけど、だいたいその名前にしたって付けたのは俺たちなんだが、チョット気になったりして。

 これまでの通信簿は全部取ってある。改めて読み返すと、通い始める前からの分も結構あって、施設に入れてもらうまでの苦労がにじみ出ている。
 ゆめが登場し始めてからの分を読んでいくと、施設に通い始めて驚くほどの成長を示した最初の1年から、ゆっくりゆっくり成長してきた今の今までの4年間が、よーくわかる。普通の子なら大きくなるに従ってたいして重要じゃなくなる(のかな?)成長具合も、障害児の場合はとっても気になるでしょう。
 4月からは養護の小学部に入学かあ…、早いねえ。
 小学部からたぶん同じ養護の中学部に上がり、きっとそのまま高等部まで登っていくだろう。お坊ちゃん・お嬢様の私学真っ青のエスカレーター式じゃん。すげーな、ゆめ。

 ああ、それにしてもゆめが生まれて早いような長かったようなこの6年間。たぶん、普通じゃない6年間だったけど、それなりに楽しい6年間だったな。何より言えるのは、日々が濃かったってことだ。何だろう?充実してたとかいうのとも違うが、とにかく毎日が濃い6年間だったぜ。それだけ子育てに一生懸命だったんだろう。
 ifを言っても仕方がないが、もし健常だったら…たぶん今よりも危険で、でもやっぱり楽しい生活だっただろう。何が危険かってその内容は、もう、妄想の世界だからいちいち書かないが、どうであっても幸せな様子しか浮かんでこないのは、ま、これも俺たちの生き方・考え方か。大きな不幸を拾うより、小さな幸せを見つけては喜んでる方が楽しいに決まってるもんな。
 そういえば、CMで阿部ちゃんが
「幸せを貯金したいんですが」
って言ってるな。貯金か。幸せを貯金。別にCMに対して文句はないけど、ってことは、幸せをつかんでも使ってないってことか?幸せは、味わってこそ。貯めてどーするよ。墓場まで持っていくかね。俺は使うぞ、みんなで一緒に。一緒なら、小さな幸せも何十倍にも感じるだろう。
 前からちょくちょくゆめと二人でお出かけするが、車いすに乗るようにからは、まだ慣れないのかすぐに降りたがるんだよな。明日は携帯電話を機種変更しに行くが、きっとまたすぐに降りたがるだろう。それをなだめながら機種変更。大声で騒ぐゆめを冷や汗かきながら椅子に何回も座り直させるんだろうなあ。
 恥ずかしいだろうなあ。でもやっぱ楽しそうだよなあ。楽しみだなあ、二人でお出かけ。
 おかしいのかな、俺。

しつけ 05/3/10/(木)
 今日は、”LD、ADHD、高機能自閉症学習支援”に関する講演会があった。俺は希望して参加した。俺の受け持ちにもわんさかいる事例だし。ここは養護学校なのに、この手の講演会に希望する先生が以外に少ないのはいかがなものか。
 まあ、それはいいとして、話の内容は既に校内研修でさんざん学んできたことと大差なく、特に目新しい情報はなかった。校内研修様様だ。講師はその手の番組で時々見たことのある方で、あゆみお姉さんと同じ土俵ではもちろんないが、やはり有名人をナマで見るというのは感慨深かった。その話しの中でこんなことを言っていた。
「教育とはサービス業なんです。生徒への心からの奉仕が教育なんです。」
これを聞いたとたん、周りにいた小中学校の先生達が一斉にメモした。日頃から俺も同じことを主張しているので、してやったりだ。会場の割と後ろの高いところに座っていたので、周囲を睥睨しながら『メモれメモれ。お前らみんなサービス業なんだぞ。思い知ったか』と思っていた。ふふふ。
 それはそうと、最後にこんなことも言っていた。
「障害児達は、”特別な理解と支援が必要な個性”を持った存在なのです。」
う〜〜〜〜む、である。
 特別な支援や理解は必要だ。それに異論はない。でも、俺には未だに障害を個性だとは思えないんだよな。直すべきとか、あってはならないなどとは考えないが、やはり障害は障害。それと共に生きていくにしても克服するにしても、個性じゃないだろう。個性と共に生きるだろうか、克服するだろうか?
 やっぱ、特徴ではあっても個性ではないんじゃないかなあ。。
 


 あ〜〜〜、
人には皆、すがる相手が必要だ。小さい子供がそうであったように、大きな大人にも必要だろう。
 いくつになっても、どんな人生であっても、すがれる相手を捜してる。
 しあわせは、分かち合う相手がいてこそ実感できるものじゃないか

 ゆめは障害児。”理解と支援を必要とする個性”を持った障害児。その親の俺たちは、”理解と支援を必要としているその個性”を親自らが認め、俺たちも、支援を受けさせるという形で積極的にゆめを支援していかなければならない。そのためには、抱えている障害がどんなものなのか、正しい知識を子供と親の双方が持っていることが前提条件だよな、やっぱ。
 障害児と一口に言っても、その障害は千差万別。うちみたいにまだ小さいなら何とでもなろうが、大きくなるに従ってオリジナル個性を持った存在は、自己主張を始め、親の考えるとおりの人生など歩まないことが分かる。

 ま、それはともかく、それでも親が教えたいろいろなことは、子供の中にめちゃくちゃ厚く堆積している。俺の中にもめちゃくちゃ堆積している。その最たるものが、電話に対する考え方だ。
 うちの親はかつて、俺に彼女ができたとき、(やっかみ半分で)こう言った。
「電話は用件を伝えるものだ。要が済んだらすぐに切れ。」と。
 おかげで俺は電話をあまりかけないし、用が済めばすぐ切る。まあ、おかげで携帯依存症とは全く無縁だけど。
 また、こんなことも結構言われた。
「本当に必要なのでなければ、買ってはあげない。欲しいならきちんと理由を言え。」
おかげで俺は、必要なもの以外は欲しいと思わない性格になった。
 こんなこともあったな。何かの拍子に
「あーあ、こんなことならこなけりゃよかった」
と俺が言ったとき、間髪入れず
「だったら、二度とつれてこん!そんなことを言われた方の気持ちを考えろ!!」
烈火のごとくしかりつけるその怒りのすさまじさは、未だにその時の情景を細部にいたるまで忘れさせない。
あと、部屋に鍵を付けたいと言ったときも、
「この家は私たちが建てたものだ。その家の中に、私たちが入れない部屋などない!」
確かに納得できるけどね。プライバシーなどという概念は、我が親の権威の前ではカエルのしょんべん以下なのだ。
 他にも、ことの善悪の判断基準や、人としてのあり方生き方のモデルを、数限りなく学んできたと思う。

 自分が親になったとき、どう子育てするかの参考は、たった一つのモデルしかない。すなわち、自分の親だよな。俺もゆめやたったに、俺が言われてきたことと同じことを、同じ考え方・同じ理屈で教えていくのだろう。そしてゆめはその半分くらいはおぼえてくれるだろうか。たったには徹底的に教え込むがな。
 親の教えは今の俺の行動様式そのものとなっている。生きているんだ、俺の中に。俺が何をするにも、どう感じるかも、もちろん俺自身が培ってきたものもある。でも、それ以上に、しつけられてきたものの大きさがある。
 子供は、親の教えを忘れない。親から学ばないものはない。たとえ今は否定しても、受け付けられないと思っても、結局教えられたとおりに動き、考えている自分に気がつくときが来る。親になって、同じことを子供に教えている自分に出会う。
 障害を持っていても、教えるべきは教える。断固として。俺の矜持にかけて。教え方とタイミングは、理解と支援にてらして考えるが、引けないものは引けないのだ。社会で生きていくのならば、障害を持っていても、良いことは良い、ダメはダメ。
 

 あー、まとまりねーなー。花粉症のせいだなー
 要は、しつけが一番大事ってことか。


今日は入試の日 05/3/9/(水)
面接で、
「特技は?」と聞かれたら、
「使用済みティッシュの山を築くことです。」
「特徴は?」と聞かれたら、
「半年ほどは、ティッシュボックスが授業のお供です。」
と答えたい。
ゆめパパです…

最近、鼻をティッシュでかんで捨てるか、手でかんで洗うか、真剣に悩んでます。
一応、愛用のティッシュは”アヴォンリー・キース”です。
ゆめパパです…

今年は花粉が多いので、鼻もそうだが、目をやられてます。充血で、お猿のおしりよりも真っ赤か。顔もむくんでます。おかげでコンタクトを入れられません

 昨日、ティッシュの箱を抱えて、めがねで学校へ行くと、生徒が『知らない人がティッシュの箱なんか持って来たから、ますます怪しい。不審者だと思った』と言いました。
 人ごとならおもしろいけど、自分の話なので、チョット悲しいです。
ゆめパパです…

ご飯がおいしくありません。何を食べても紙をかんでいるかのようです。
おまけに鼻が詰まっているので、食べながら息ができません。
食事中に窒息死しそうです。
食べ物がつまって死んだだなんて、食いしん坊みたいでいやです。
ゆめパパです…

 



高校入試 05/3/8/(火)
 入試のシーズンだ。今日明日は、県立高校も入試だ。うちの学校は明日が入試。今日は生徒も早く帰して、会場作りにいそしんだ。

 入試といえば、俺自身が最後に体験したのは、教員採用試験だったが、受かってからも教員だから、当然入試自体は毎年経験する。まあ、受ける方と出す方では、試験の重みもだいぶ違うけど。
 受ける時は、そりゃあ受かるかどうかが最大の関心事。緊張もしたし勉強もした。
 出す方になって思うのは、受ける立場だったときよりも緊張するってことだ。なぜなら、受ける立場なら何か失敗しても、それは自分の責任で済んでいた。でも、出す方としては、ミスでもあった日には受ける生徒達の大切な一日を(へたすりゃ、一生?)台無しにしてしまう責任感が伴う。これはとても重い。
 さりとて、出すより受ける方が大変だよな。みんな、がんばんな。


 ところで、高校に入学してくる生徒は、一体何をしたくて入学してくるのだろう。俺自身は、美術系高校入学の時点で、既に目標が美術大学合格だったから、高校に期待するものも、ひたすら自分自身の研鑽だった。私学でめちゃくちゃ校則も厳しかった(靴から帽子まで、すべて校章入りだぞ。おまけに男子は坊主頭だし)けど、そんなこと全然気にならなかった。その中へ入った以上は、守るのが当たり前だからさ。校則ってのは、納得する・しないの問題じゃない。納得できないから守らないなら、社会なんか成り立たない。変えたいならそれなりの手順もあるし、勝手なことやって、破っても良いわけない。
 わーるいけど、俺の出身高校に比べれば、たいていの高校の校則は、ゆるゆるに感ずるよ。
 尾崎豊は”卒業”の歌詞の中で、『この支配からの卒業』って歌ってるけど、支配かなあ。そうかなあ。こう言っては実もふたもないが、勉強する場所で勉強して、公共の場で守るべきマナーを守る。それを全員ができるなら、校則もルールもなくなるだろうよ。それを身を以て教えるのが勉強であり、校則だと思うのだがね。
 義務教育ではない高校へ進学しておいて、勉強はいやですなんて言って、あまつさえ支配(尾崎の歌の卒業は中学のことだけど)だなんて感じてるようじゃある、日本の国際化は当分先の話だなあ。恥ずかしくって、外国の人の前では言えないぞ、そんなせりふ。交換留学で交流のあるサム。あいつが言ったせりふが、今でも耳に残っている。
「日本の高校生は勉強が嫌いなの?じゃあ、何で高校へ通っているの?」
当時の俺は答えられなかった。今も答えられないな。まさかホントのことは言えないしなあ。おっと、秘守義務…


 などとまじめに考えている横で、相変わらずゆめはDVDをかけろ攻撃の真っ最中。たったはというと、変なカッコで寝ていて、たぶん手がしびれたんだろう、大泣きしている。と思うまもなくまた寝てしまった。お前達が高校へ行くときは、行きたい理由をしっかり言い賜え。みんなが行くからなんて言う理由だったら、行かせてはやらないからな。学歴よりも、腕を磨け、人間性を磨け。何かを学ぶ意識もなく、学舎に通うことはゆるさん。

誰もいない部屋 05/3/7/(月)
 午後7時半、帰宅したら駐車場にあるはずの車がなかった。部屋にはいると、案の定誰もいない…
 一体何があった?

@ダイニングには、夕食の準備がしてあり、まさに食べるだけの状態にセッティングされている。
Aドレッシングの酢のにおいがかなりきつい。ファンヒーターの余熱もない。時間はかなりたっているものと思われる。
B…ママの携帯に電話しても、つながらない…。
Cどこかから、ぼそぼそ話をする声も聞こえる…どこだ…。二階の声じゃない。隣の声でもない…得体の知れない声…

 ママのお袋さんは、咽頭癌の手術を一昨日したばかりなのだが、もしかして容態急変?呼び出しでもあったのか!?
 それとも、何者かに拉致されて、今頃は日本海の上で貨物船に乗せられているのだろうか。
 いや、暴力団に連れ去られたんだ。
 もしかしたら、押し込み強盗?
 宗教に走ったか!?
 浮気か!!!
 変な声も聞こえるし…まさか、霊の仕業!?

 などと妄想に入っていたら、突如玄関が大きな音を立てて開いた。ママのご帰還だ。
 何をしに、どこへ行ったかしらんが、俺は1時間もご飯を食べずに待っていたぞ、午後8時半。
 変な声なんか、押入に入ってるコンポから聞こえる、音量を絞ったDVDの音声だし…

めだかの学校 05/3/4/(金)
 今日は3ヶ月に1回の”めだかの学校”の日だった。今は成績処理の時期と養護学校合同作品展が重なって『2月って何してたっけ?記憶がない…』っていうくらい忙しいのだが、今回は何が何でも行くぞという決意でいたので何もかも早め早めに仕事を進めておいて、めでたく参加できた。実に1年ぶりだ。
 前回の12月の時は、行く予定でいたのに生徒が問題行動を起こして、その対処をしていたらすっかり忘れてしまっていた。9月も何かの行事と重なっていたんだよな。その前の6月は体育大会と重なり、おまけにその終了後、午後8時から3者面談で、疲れ切った体を引きずって面談した。年に4回チャンスがあっても1回しか参加できないなんて、養護学校って本当に忙しいなあと思う。
 さて、今日はいつもみたいに授業はなくて、全体でディスカッションだった。テーマは「市町村合併について」思いっきり言いたいことを言おうという趣旨だった。
 去年までいた山の町では、合併の話が出たとき、結構な数の人が喜んだ。新しい人が役場に来れば、停滞した行政が変わるかもしれない。そんな期待が起こった。山の清水も、流れがよどめば腐ってくるしね。新しい流れが起こるなら大歓迎でしょ。
 合併したからといって物理的に下の大きな町との距離が近くなる分けじゃないけど、市の職員として町から大勢押しかけてくれば、一緒に様々な情報も入ってくるだろうし、きっと今までよりもっと良い町になっていくだろう。…と期待している。

 さて、この”めだかの学校”には幹部3役というのがあって、校長・教頭・用務員さんだ。参加しだして早7年、ろくに参加できていない俺でも、いつか授業をやらせようと目を付けられていたのは分かっていた。次回は授業をと暗に言われてもいた。実は既にその準備も着々と進めてもいるのだ。でも、今日の次回の3役の発表では、いきなり用務員さんになっていた!授業もやらずに一足飛びの人事には、チョットびっくり。用務員さんは、授業から給食、帰りの会までの司会進行がつとめだ。こりゃー、いつもみたいに遅刻してる場合じゃなくなった。でも、体育大会の日じゃないかなあ。確かそうだったような気がするなあ。大丈夫かなあ。年休とるかなあ…

たったと口蓋 05/3/3/(木)
 たったは、口蓋のふたを口の中でくるくる回して遊ぶ。もぐもぐしているところなんかは、まるで老人が入れ歯をくちゃくちゃやってる姿にそっくりだ。そして、それを見てゆめは大喜びだ。
 そんなたったは口蓋が大嫌い。すきあらばペッと出してしまう。
 でも、ミルクを飲むときはそれがなければ上手に飲めないことを自覚しているので、おなかがすいているときにミルクを持ってママが現れると、急いでもぐもぐやって、口の中ではめる。
 器用なことだ。
 そんなたったを見て、やっぱりゆめは大喜びだ。なんなら、ペッと出した口蓋をわざわざたったの口に入れ直そうとするくらいだ。
 もちろん、成功例は未だに無いが。
 ゆめはそのうち、口蓋を自分の口に入れるんじゃなかろうか。

運転 05/3/2/(水)
 余りタイムリーな話題ではないが、芸能人の何とかっていうのが飲酒運転をして捕まってたよな。記者会見では「もう二度と酒も運転もやらない」って言ってたような気がするが。
 これを聞いてなんか変だぞと思った人は多いだろう。何が変かというと、酒も運転もやって悪いものではないんであって、問題なのはそれを同時にやることなのだが、芸能人がこの手の問題行動を起こしたときには決まって「全部やめる」発言をするだろう。実際、そういっておいてやめてるとは思えないしさ。これだけ言ってるんだから勘弁してとでもいった、事務所サイドの戦略を感じるぞ。
 
 俺は酒も飲むし運転もするが、その両方を一緒にはやらない。なぜなら分別のある大人を自覚しているからだ。車というのは便利な道具だが、その反面、常々言われているとおり走る凶器だ。酒を飲んで前後不覚になっている状況で、あんなおっかないものを運転しようなんて気は、金輪際起こらないのである。加えて、なんと言っても俺は公務員。しかも学校の先生。飲酒運転どころか、著しい速度超過でさえ懲戒免職になってしまうような恐ろしい職種に就いているのだ。つまらぬ違反ごときで家族を路頭に迷わすわけにはいかない。
 もっとも、この罰則自体に異論がないわけではない。
 だいたい、走る凶器に自覚の足りない奴が乗ること自体が間違っているのではあるが、そんな奴が教師をやっいること自体おかしい。やっちまってから懲戒免職ではなくて、やる前にそういう人間を教職に就かせないような採用方法はないのか?そういう奴が教職に就くから世間の目もどんどん厳しくなり、まじめに先生やってる
(俺のような)教師の鏡たる人間までもが、ただ”職業は教師です”というだけで色眼鏡で見られたりするのだ。ふふん。
 道交法の罰則を厳しくするのも結構だけど、わざわざ公務員の罰則まで別個に作るのって、どうよ。著しい違反をするような人間を採用した側には責任はないのか?

 芸能人なんかほとぼりさめればまた復帰して、何事もなく仕事して、一般人が一生かかっても稼げないような金を稼ぐ。芸能人なら若者に対する影響力も大きいんだし、一般人よりももっと厳しい罰則であってもおかしくはないんじゃないだろうか。何度も犯罪犯してるのに平気でテレビに出続けてる芸能人もいる。一方で、公僕という立場を抜けば、その個人にはたいした社会的な影響力もないのに一回の犯罪行為で一生を棒に振る公務員がいる。
 チョット不公平も感じるぜ。

 いやいや、言いたいことがかなりそれた。
 分別のない人間は、免許なんか取って車に乗ってはいかん。やたらにカッとなる奴、ルールを守れない奴、自分勝手な奴、見栄っ張りでカッコ付けの奴、お前ら全員免許返せ。

 いや、ちょっとね。昔の生徒でやっぱり!という奴が、案の定酒飲んで運転したあげく大きな事故を起こして、しかもそれを自慢げに話てやがったもんだからさー
 ちったー、反省しろ、ばか。貴様のような奴にけがさせられたんじゃ、泣くに泣けん。 

お礼参り 05/3/1/(火)
 ふと思ったが、県立高校は今日が卒業式だ。3年部は打ち上げやってるんだろうな。前任校では、打ち上げなど毎回ほぼ決まった料亭で、その後の流れも決まっていた。今頃はあのスナックでカラオケ三昧だろう。
 卒業と言えば一昔前まではお礼参りが結構盛んだった。直接対教師暴力に@及ぶような生徒は滅多に見なかったが、車の窓ガラスにボールペンを刺されたり、タイヤの空気を抜かれたりと言った話は良く聞いた。何を隠そうこの俺も、バイクのタイヤをナイフか何かで切られたこともあった。だいたい犯人の見当はついてるけど、もう時効だ。
 昔はその時その場でタイムリー(卒業式後まで待って復讐するのがタイムリーかは微妙だが)にお礼参りだったが、このごろは後になってやるのが主流かねえ。その手の話は割と聞くぞ。そういえば、寝屋川で起きた教職員殺傷事件も、動機は卒業後5年もたってから当時のいじめがどうのこうのとかいうものではなかっったか。しかも、刺された教師は無関係。これじゃあ、動機云々関係なく、ただのテロではないか。
 100歩譲って、この事件の場合、いじめを見つけてくれなかったのが原因なら、動機としてはまだ解らなくはない(しつこすぎるけど)。ボールペンで車を刺された先生なんか(実は俺もその場にいたのだが)、たしかだらしない格好で授業中にふらふらしていた生徒を注意しただけだぞ。その言い方だって、人として許し難いというような言い方ではなかった。だいたい、その先生は俺の目から見ても尊敬に値するような先生で、生徒からも絶大なる信頼を得ていたし(こういう先生に限って教師からはいろんな理由で疎まれたりするのは皮肉だねえ)。間違ってもボールペンで刺される理由はない。それでもそうなっちゃうんだよな。そんなことを考えると、俺だっていつおそわれるか解らないのかなあ。教師やってる限り、その手の不安要素はつきないよなあ。
 何という因果なことだ。しつけをして刺されて、世話無いなこりゃ。それでもダメはダメだし、やらなきゃいけないことはやるしだし。せめて俺の生徒には、面と向かって言えない代わりにものに当たるなんて卑怯な真似はしないような指導を常に心がけたいものだし、うちのガキどもにも、叱られたら反発するよりその理由を深く考えられる人間になって欲しいと願いつつ、家庭のしつけをするしかないか。
 とかいいつつも、ゆめは既にものに当たるな。さっきなんか、寝る前では磨きも終わった後なのにジュースが欲しいというから水をあげ、
「これしかありません」
っていったら、口の両端を指で引っ張って”べー”みたいなことをしやがったから、思わず(軽く)しかりつけちゃった。親に対してなんたる態度。許し難し。思いっきり反発してやがる。一方で、そんなことができるようになったことは嬉しかったり。
 障害児のしつけ、難しいぜ。