2005 4月中間                

柔らか系 05/4/20/(水)
 数種類の小さなおせんべいが袋詰めになり、不織布の巾着に入った高級おせんべいセットがあ、なぜかウチにある。ゆめはこのおせんべいセットが大好きで、今日も晩ご飯の後でご所望。そこで、ママが賭けを言いいだした。
「この中のどれから食べるか、賭けない?」

 俺は海苔付きのせんべいだと思った。昨日も同じ賭けをして、ママに勝ったのだ。いや、勝ったけど、賭ける前に俺も知らずに同じ海苔付きから食べて、親子で同じものから食べてるなどと侮辱されたので、なんとかぎゃふんと言わせたい?
 ゆめはなんか、せんべいの海苔を見ておにぎりのウタを振り付きで歌い出し、なかなか食べない。ゆめをだしに賭けなんかすると、結果が分かるまでに夜が明けそうだ。
 結局最初の海苔付きから食べたので、
「勝った。500円」と手を出したが、
「あたしだって海苔付きからだと思ったもん!」と断られた。(いや、それよりも500円なんか賭けてなかったことを問題にしろよ)そんなの口に出さなきゃだめだわい。相変わらずママはばかだなあ。と言うと、ママも負けじと
「パパのバーカバーか」と言いだした。
「ゆめに変な言葉覚えさすなよー」
「あ、なんか、たったが”インプット完了”ってな顔してまっせ。」
「あーあ。たったが覚えちゃったぞ。どうすんだよ、ママ」
 全くいつまでたってもママはばかだなあ。

 そう言えば、しっとり柔らかいせんべい醤油味のがあるよな。俺は今の学校へ来て初めて食べ、大変な感銘を受けた。世の中にこんなうまいせんべいがあったのかと。そのせんべいは学部厚生と言って、一人1000円毎月徴収し、コーヒー代やらお菓子代に使っているなかで購入したもので、4月の春先くらいに明らかに残り物のそれを食べた後は、今に至るまで購入されていない。よくよく聞けば、そのせんべいは先生方に大変不評だったらしく、俺が食べたせんべいもかな〜り前の残り物だったらしい。
 柔らかいものと言えば、スターバックスで柔らかいクッキーも売ってるよな。あれも俺は好きだ。ママにもせがんでよく作ってもらっている。マシュマロの入ったクッキーとかも作ってくれるが、俺にはチョット甘すぎる。けど、その事実をいつ言おう…
 この柔らか系のせんべいやらクッキーやらが好きな先生は、高等部の職員室では俺の他には音楽の先生だけだった。
 なーんだ、柔らか系は芸術家にだけ人気があるのか。
 でも、柔らか系はデートの際に便利だよな。デート中にせんべい食って、カスがぼろぼろじゃあ、興ざめだ。と言ったら、
「せんせい、デート中にわざわざせんべいなんて食べにいかないでしょー」
と言われてしまった。
 そうかー?そうかな…

 食べないかも。
 俺も食べたことなかったな、そういやあ。。。

俺対ゆめ 05/4/19/(火)
 ゆめの化けの皮、かぶっている猫、少しずつはがれてきているらしいです。

 ゆめの歩行器は花のシールが貼ってあります。かわいい花のシールは特注で作ってもらったものです。みんなに歩行器を褒められ得意満面のゆめは、これまた得意そうにその歩行器で歩いてみせたらしいです。運動会は歩行器でエントリーできるかもと密かに期待もされているらしい…

 学校では、えさのたったがいなくても、歩行器で相当早く歩けるようです。

 
 話は違うが、”エイリアン対プレデター”のDVDを買いました。基本的にはエイリアンのファンですが、やっぱりというかなんというか、映画のなかでは人型のプレデターが人類の味方チックでした。やはり人型に近い形ものとは親近感もわきますが、獣とは気持ちが通じ合わないようです。
 これを見ている間中、ゆめは
「ご〜あ〜い〜」と言って、俺にしがみついていました。俺は
「な〜〜んだ、ゆめ。これが怖いのかー?しょうがないなあ」とか言いながら、ゆめの頭をときどきなでなでしながら抱きしめていました。
 今日、”たけしの本当は怖い家庭の医学”で、なんちゃらなんちゃらとかいう体中に水疱が出来る病気のことをやっていました。映像では、首筋やら背中一面に水疱ができ、それが破れた様子が再現されていましたが、俺は思わず
「うわーーー、こわいー」
と叫んで、手近にいたゆめを抱えて、その背中に隠れました。
 俺は実は、こういう映像はダメなのです。ゾンビとかで内臓が食われたり、バイオハザードとかで血がドバーと出たりするのは全然平気なのに、この手のはダメ。
 俺がゆめの背中からテレビを盗み見ている間中、ゆめはニヤニヤしながらかばってくれました。おまけに昨日のお返しと言わんばかりにごにょごにょ言いながら、俺の頭をなでてくれました。ゆめの奴、絶対『しょうがないなあ』とか言ってたに違いない。ゆめごときの情けを受けるなど、絶対にプライドが許さないのですが、それ以上に受け付けない映像だったので仕方ないです。
 
 

あんまり書くと批判を受けそうですが… 05/4/18/(月)
 ゆめの保育園の卒園式の写真が(今頃になって)できあがってきた。正確には、今頃になって現像に出したのだが。
 その写真は、どれもこれもとっても眩しかった。
 ゆめの晴れ姿が?いやいや、そうじゃない。ゆめは1年間、週一回の登園だったので、この卒園式では俺は一番後ろの席に遠慮がちに座っていたのだが、俺の目の前に座っている園児の保護者たちの頭が眩しいのだ。どれもこれも”金””金””金”。ここはドコノクニデスカー?ってなもんだ。撮影中は気がつかなかったが、ストロボに反射したお母さん方の頭は、ホントにまっきんきんだ。
 
 別に文句はないよ。専業主婦だろうから誰に咎められる事もないだろうし、拒否権のない自分の幼い幼児の頭を問答無用で染めるようなことをしているわけでもない、単に自由な立場にいる自分の頭を染めているだけだから。
 それでもやっぱ、すっごく違和感を感じる。

 その昔、文明開化の波が日本中をおそった頃から?それとも戦争に負けて、帝国日本、神国日本を負かすようなすっごい国”アメリカ”の文化がどんどん押しつけられるようになった頃から?日本は急速に西洋かぶれになっていった。かぶれること自体は悪い事じゃない。ゴッホだってセザンヌだって、極東の国ジパングの浮世絵の影響を受けたくらいだから、異文化交流大いに結構。
 でも、日本のそれは常軌を逸してるような気もする。
 なんでもかんでも外国が良いか?
 少なくとも俺は、こと機械関係と縫製技術においてはジャパンイズナンバーワン(このごろは東南アジアとの勝負に微妙だけど)だと思っている。染色で生計を立てていた頃なんか、染めるための安いTシャツを求めたけど、アメリカ製なんかひどいもんだった。脇の下とか平気で穴あいてやんの。車だって電子機器だって、日本製が一番信用できる。ペンタゴンの世界最高のスパコンの半導体、実は日本製だと言われているし、ヒーターが壊れたリンカーンに分厚いオーバー着て寒そうに乗るより、環境に優しいプリウスの方が良いと思うけどなあ。同じ限定解除なら、ハーレーよりもヤマハのSR500の方に乗りたいよ。だいたい日本製品は、車にしてもバイクにしても日本の風景に似合ってるもん。
 日本女性の黒髪もいいと思うけどなあ。
 卒園式の違和感は、お母さん方の金髪が園の雰囲気に合ってないって事だったのかもしれんなあ。


 とにかく、とにかくだ、清原のピアスはでっかく×だな。顔の造作と雰囲気に合ってない。俺はデザインの人として、はっきり「見苦しい」と言わせてもらおう。何が言いたかったかといって、これが言いたいだけだったりして。


 

印象 05/4/17/(日
 ゆめのパジャマがぼろぼろになってしまった。トーレーナータイプのパジャマを除けば、ゆめはパジャマをこの1着しか持っていない。これは俺が前任校から転勤する際、前任校での5年間ずっと一緒に美術を教えてきてくれた先生でもあり、高校の先輩でもあり、高校の夏の講習会では俺自身の先生でもあった、非常勤の先生かいただいたものだ。ゆめはこのパジャマを親の敵のように毎日毎日気に入って着ていた。
 しかし、そろそろほころびも目立ち始め、サイズ的にも小さい。

 それを見ながら、ママがこんな事を言った。
「小学校のころってサー、こういう袖口とかがほころびたシャツ着てると、あいつ貧乏人の子だって言ってからかったよね。」
 子どもが最初からそういう感覚を持っているとは思えない。
「親がそう言ってんだろ。子どもが自分で最初からそう判断するとは思えない。」
 家の自慢をするやつとかもそうだ。親が自慢すっから子どもも自慢する。親がからかうから、子どももからかうんだ、そうだろ。

 ママが「パパ、汚い」とか言うから、娘も同じように言うんだ。
 TVCMなんかで父親の靴下とかシャツとか汚いっていう印象を流すから、よけいそういう印象が固定しちまうんだ。
 子どもの感覚をゆがませているのは、大人の価値観だ。


 まあ、いやいいや。
 そういやあ、以前、”のぞみ”にある馬の乗り物”ロディー”の空気が抜けてふにゃふにゃになっていることがあった。ママは、うちにあった”ロディー”専用の注射のような形の空気入れを貸してあげた。
 しばらくしてからも”ロディー”はふにゃふにゃのまま。おかしいなと思ったママは、先生に聞いた。
「空気入れなかったんですか〜」
「せっかくかしていただいたんだけど、うちの”ロディー”には大きすぎて入りませんでしたー」
 実は”ロディー”の空気口は、知る人ぞ知る、ケツの穴の位置にあるのだ。ケツの穴に空気入れの先端をぐいぐい入れて、ぷしゅぷしゅ押して空気を入れるのだ。
 『うちのロディーには大きすぎて入りませんでした』

なんか、すっげー        
すっげー

このセリフ…

 

ドラえもん 05/4/15/(金)
 何を隠そう、俺はドラえもんが嫌い。いや、本当は大好きなんだが…
 今をさかのぼること25年ほど前、近所の神社でぼろぼろの、後半部分が破れてなくなっているドラえもん第5巻を拾った。初めて見るめくるめくドラえもん世界にすっかりはまり、夢中で読み進んだ。やがて、ページは進み、破れて読めない箇所まで来た。その続きがどうしても知りたくて、生まれて初めて漫画本を買った。
 それ以来藤子不二雄にはまり、彼らの作り出す漫画を次から次へと買いあさった。
 本当は好きなんだ、ドラえもんも。でも、嫌いなんだ、テレビで見るドラえもんは。

◆のび太がイヤ…「たすけて〜〜〜〜ドラえも〜ん」と叫ぶシーンは毎回のことだが、あの声で叫ばれると、なんか虫ずが走るんだよな。
◆ドラえもんの声がイヤ…こんな事いうと、殺される?俺。でも、マジ、ダメ、あの声。他のアニメの時もあんまり好きじゃなかったが、ドラえもんは最悪。もう、絶対、二度と、聞きたくない。
 
 というわけで、我が家はドラえもん禁止。我が家のテレビにドラえもんが映ることは、実家では20年近く、結婚後もこの7年間、一度もない。


 さて、昨日心理療法があって、先生が漫画を描いてゆめに見せた。
 最初、アンパンマンを描いた。アンパンマンは…、アンパンマンも自分の頭を食べさせたりするのがどうかと思うけど、別に禁止ではないのでゆめはたまに見ている。先生の描いた漫画にも、元気よく
「アンパン・チー!」などと叫んでいたようだ。
 次にド先生は、ドラえもんを描いた。しかし、ゆめはドラえもんをほとんど知らないので無反応。これにはドクターも面食らったようだ。
『ま・まさか、この世にドラえもんを知らない幼児が存在しようとは!!!』
と思ったかどうかしらんが、とにかく無反応のゆめに絶句してしまった。
 ママは内心、『しまった!!!』と思ったそうだ。
 別に、そう思う必要ないじゃん。禁止してるんだから当然さ。


 しかし、今日我が家では、重大事件が起こった。
 ドラえもんはこのごろ声優陣が入れ替わった。一人残らず入れ替えだろ?ニュースなんかでも大騒ぎだったよな。もう内閣総辞職並みだ。その余波は日本中を駆けめぐり、ドラえもん禁止の我が家をもおそったのだ。
 すなわち、声優が変わったのなら、もう見てもよいのでは…
 噂はたちまち家中を駆けめぐった。3LDKで俺とママとゆめたったしかいない我が家だが、その噂はあちらこちらでささやかれた…
 そして今日、ついにこの日が来た。


 
ドラえもん、解禁!

 
実に、20年目の春であろう。←誰にとってだ?


お買い物 05/4/14/(木)
バイクの風防を買った。
こんなやつ。白い保護紙が貼ってあるので見にくいですが。

 いつもバイクの全面に付けているのだが、過去5回ほど盗まれている。よく”例のあの連中”がいけない取り付け方で付けて走り回っているな。
 俺のも盗まれてどこかの腐れ”あの連中”に、二人三人とつるまないとなんにも出来ない根性なしの”あの連中”に、たとえ1台で走っていたとしても○○連合とか看板しょったり、例のあの格好で全身を包んで虚勢をはらなければ走り回れない臆病者の”あの連中”に、今でもいけない取り付け方をされているのだろう。しかも5枚も盗まれた。東京にいたときと、こっちに帰ってきてからで、通算5枚。
 1枚1万5千円ほど。
 あんな腐れ連中なんぞに、ずいぶんと貢がされてしまった。2度ほどもう少しで捕まえられそうになったのだが、残念ながら取り逃がした。どっちも学生の俺よりも年若い、若造だったな。
 そもそも、いくら欲しいかしらん、手に入りにくいのも事実だが、人のものを盗んで良しにしようという、その根性が気にいらん。仲間内では下のものに面倒見がよかったり、仲間の中でだけは結束が固かったりして、くそ狭いその世界の中ではきちっとした上下関係が心地よかったりするのかも知れないが、そんなの全然関係ない。人があくせく働いて一生懸命稼いで買ったものでも、欲しければ盗む。抵抗されれば奪う。人として最低。どいつもこいつも根性が曲がりきって腐りきっておるわ。将来更正して正しい生活を送り、『あのころはいろいろやって…』『若かったなあ…』などといわれていい親父面なんかされても、貴様らの罪は消えないぞ。盗まれた者のこの悔しさ、いったいどうしてくれる。
 人のものを盗んで良しにする、その行為は絶対かんべんならん。

 ま、それはともかく、この値段の高さが苦しいのと、売ってる店がなかなかなくて手に入りにくいので、一昨年、薄手の面板で自作した。色は若干スモークブラックがかかったものを使用し、前垂れは付けずに面板だけでヘッドライトの上半分までを覆う大きさのものだった。ヘッドライトの形状に合わせてきれいにアールを切り出しもした。なかなかの出来映えで、非常に気に入っていたのだが、昨年、数度の台風の攻撃を受けて、残念ながら割れてしまった。今は取り付け用の金具だけが、虚しく残っている。

 試みにインターネットで探してみたら、あるじゃん、ちゃんと。しかも、しかもだ、お値段なんと7千円なり…
俺はずっと、普通にお店でその倍の値段で買ってたんですけど…
 なんてこった。もっと早くインターネットが発達していれば、無駄な金使わずに済んだのに、無念。


 ところで、取扱説明書がついていたので、必要ないけど何気にながめていたら、気がついた。
 下の絵の赤丸のところを見てみなさいよ。

 ここに書かれているバイクのハンドル、
チョッパーじゃないですか。


 なんてこった、元々この商品は、俺たちのようなまともなバイク乗りのためではなく、”あの連中”のために作られていたのであったのか…




  無念

それじゃあ、盗まれてもいたしかたなし…







な、わけねーだろ。

薬の話し 05/4/13/(水)
 今日は年休を取って病院回り。眼科と耳鼻科に行って来た。どちらも受付をしたら最後2時間は出られない。人気の医院は受診も大変なのだ。
 実は2・3日前から左目の上まぶたが腫れている。特に昨日は朝から小岩さんみたいに腫れ上がり、いろいろ薬を塗ったくって腫れを抑えて学校へ行った。行ったが、生徒はじめみんなに腫れてるといわれた。今日は眼科で診てもらったのだが、”ものもらい”ということだった。下まぶたの”ものもらい”なら何度も経験がああるが、上まぶたは初めて。
「かなり頑固な雑菌感染だね」とドクターは言っていた。目薬をもらった。コンタクトが入れられなくて、とっても不便。めがねだと頭痛がするし。
 
 耳鼻科の方はいつもの花粉症で行った。このごろは朝鼻をかむと、鼻水がマッキッキ。これまた相当頑固な花粉症だわ。薬を新たに2種類もらった。
 さて、支払い待ちをしているときに、興味深いものを見た。小学4年生くらいの男の子とその母親なのだが、薬のことでなにやらもめている。
「この錠剤のお薬飲める?」
「…」←男の子、返事なし
「ちょっと大きいかな。大丈夫かな?飲めるかなー?」
「…」←男の子、かすかに首を傾けたような…
「もっと小さいのがないか聞いてあげようか?ね、聞いてあげるね。」
「…」←男の子、少しうなずいたようなうなずかなかったような…
「すいませんー、このお薬で、もっと小さいのはないですか?」
「えっとー、もっと小さいのですか?ちょおっとお待ちいただけますか、先生に聞いてきますね…」
 看護士さんは、受付カウンターの中から目の前で展開している事の次第を見ていたので、やっぱり来たという顔を一瞬して奥に引っ込んだ。この耳鼻科の先生はなかなか厳しい。おそらく奥では
『その薬しかない!飲めなきゃ自分で小さく砕いて飲まさせろ!』とか言っているに違いない。
 ほどなく出てきた看護士さん、
「すいませんんー、その薬しかないんです。小さく砕いても効き目は同じなので、大きいようなら割ってあげてください。」
 やっぱし。的中。想像どおり。

 いやはや実に良いものを見た。まさに、”親ばか!”
 小学4年生の子ども相手に薬の大きさを気にするのもどうかと思う(実際、全然大きくない。同じやつを俺ももらったが、直径わずか5mmだ。子どもの口でも多きすぎはしまいよ)が、わざわざ看護士さんに小さいのをくれと訴えちゃうんだもんなあ。
 だいたいさ、子どもの方から何か訴えてきたんならまだしも、何も言ってないうちから先回りして、何もかもお世話しちゃって、そんなんでまともな日本男児が育てられるか?しかも衆人環視の前で、こんなやりとりをよくやるぜ。恥ずかしくはないんだねえ。俺なら黙って砕いてくれるよ、いちいち聞かなくたって分かりそうなもんだ、それくらい。
 こういう親は、多いんだろうなあ。
 まさかと思うが、『いちいち聞かなくても分かるだろう』と思う俺の方が、むしろ間違っているのか?
 試しにママに、今日の出来事は話さずに、同じ状況でどうするか聞いてみた。やはり答えは『割ってくれる』だった。
 昔はさー、苦い薬や大きな薬は、オブラートにくるんだり砕いたりして、母親が工夫したもんだろう。いちいち誰かに聞かなきゃ分からないようなことじゃないよなー。

リハビリ 05/4/12/(火)
 養護学校の駐車場は狭い。送りやお迎えの時間は大渋滞だ。このごろはやっと普通のカリキュラムになったようで、スクールバスに乗る子も多く、渋滞はかなり解消されたようだけど。

 下校の後はゆめは施設でリハビリ。車いすの運転練習だ。前進・後退、左右の転回、覚えなきゃ行けないことは多いよなあ。まるで教習所だね。
 ゆめの場合は、さらに『暴走禁止』とか、『自損禁止』とか、さらに『生き物を轢いちゃいけません』とか『たったと二人乗り禁止』なんていうことも教えないとね〜。

 その運転練習、ゆめはなかなか気合いが入らない。そこでママは一計を案じた。ずばり、たったをだしにするのだ。いや、だしじゃなくてえさか?
 ゆめの前方数メートル地点にたったを抱いて立つ。するとゆめはたったのお世話がしたくてひっしに車いすをこいで来るというわけ。この手でいったいどれほどの距離をこがされたことだろうねえ。良いリハビリだこと。



と思っていたら、車いすじゃなくて歩行器の歩行訓練だった。ちっ