3月

彼を記憶障害にする方法 学校で学ぶもの 引っ越し面倒くせー HG上陸 卒業式 ちょっと切なくなってしまった
提案 特別な支援 オニのはやり ゆめとたったと舌ベロ 大人の一品 大夢樹の家完成
壁塗り 引っ越し前夜 引っ越し当日 片付け 掃除 身元確認
どこに住んでもこんなんばっかし 一富士、に…

いち富士、に… 06/3/30 (木)
新しい家は三方原大地に立っている。かつては小高い丘だったらしき場所に建つ我が家の裏は崖っぷちだ。垂直に切り立った壁面やら辺り一面、雑木林のように雑木と竹が生い茂っている。真裏にはひときわ大きな椎の木も垂直な壁にしっかりと根を張ってまっすぐに伸び、大きく枝を広げている。
家の裏側にある窓という窓からは、その風景がよく見える。2Fの子供部屋、お風呂、洗面場、トイレ…
トイレで用を足そうとしたとき、すぐ横にある窓からなにげに外を見た俺の目に、その時は綺麗な富士山も見えていた。
大きくすそ野を広げた富士山は、青紫の空を背景に、美しいシルエットとなって迫ってきた。

「綺麗な富士山だなあ〜…」
初めて見るほどの美しさに、思わず目を奪われた。
これは絶対に写真に撮らねばならない!

そうは思ったが、まずは用を足すのが先だ。
そう判断してピーをしだした。

ピーが出始めた瞬間、俺ははっとした。
ちょっと待て、今、俺、もしかして寝てないか?
これ、夢じゃないか?
今ピーしたら、寝ている客用布団におねしょしちゃうんじゃないか?

と、そこで目が覚めた。
案の定、俺は布団に寝ていた。

あぶなかったー!
ぎりぎり間に合った…







もしおねしょしちゃっても、今は子ども達のせいに出来ないなあ。
なにしろゆめはおむつはめだし、たったもまだおむつしてるしなあ。

って、実は間に合わなかったんだよねー
ちょっとだけ出ちゃって、その違和感で目が覚めたのでした。
出ちゃったって言ったって、せいぜいパンツがちょこっと濡れた程度だったけど。

「で、そのパンツはどうしたの?」←ママ
「う〜〜〜〜ん、忘れた…」
「あんた、ばっっっっっっっっかじゃないの?」
んーー、ほんとにばかかもしれん…


さーて、どこまでが夢の話かねえ…

どこに住んでもこんなんばっかし… 06/3/29 (水)
教務課なので、来年度のカリキュラムを組んだ。小・中・高等部全部まとめてのカリキュラムなので、複雑なことこの上ない。前任校では同期と後輩の2人が離任式の前日やらに2日かかって作っていたが、当時3コースある普通高校のカリキュラムは複雑で大変だとしきりに語っていた。あいつらうちの学校なカリキュラム見たら卒倒するだろう。今日組んだのに比べたら、前任校のモノなど赤子同然だ。
午後一で始めたカリキュラム作成だが、にっちもさっちもいかなくなって全部白紙に戻したりとがちゃがちゃやっていたら、終わったら午後8時近くになっていた。6時間かかった。明日は最終点検&調整だ。っといっても、一カ所動かすと連動して全体が動いてしまうので、下手に動かすことも出来ないんだけど。ま、間違ってないかどうかの点検ってとこだな。

遅い夕食(と言っても前任校に勤務中はもっと遅い帰宅時間だったが…早くに帰る癖がすっかり付いてしまった)後に2Fのロフトを見ていたら、誠大がちょこちょこやって来て、ごく自然にロフトへのはしごを登り始めた。
こいつは確かまだ1.7才。1.7才って当然のようにはしごを登ったりするのだろうか…

さて、何故ロフトを見に行ったかというと、ママが昼間、ちょっとイヤなモノを見つけてしまったからだ。
それが何かというと、シミ だ。
ロフトの上は木目も鮮やかな杉の厚板が打ち付けっぱなしになっている。まだ薄畳みもしいてないので、一見すると仕上げ途中のようにも見える。その板の上に、大きなシミが広がっていた。まるで雨漏りでもしたかのような濡れた後みたいなシミ。木の中から出てきたシミではない。その証拠に、4枚ほど打ち付けてある板の一枚を中心にして、両隣の2枚にもシミが広がり、全体として大きな円形っぽいシミになっている。一言で言えば、その上に何かがいました、その跡がシミになってますって感じ。

正直言って、それが何か判らない。少なくとも俺が最後にロフトの上を見たのは22日、引っ越し当日の夕方だった。その時にはそんなシミはなかった。
それよりイヤなのは、ゆめだ。

お風呂のあと、いつものようにリビングに寝ころんでまったりしていたのだが、天井を見上げて怖いだのイヤだの言い出した。おまけに、その視線はまっすぐにリビングに向けて開かれたこんにちわ窓に向けられていた。こんにちわ窓は、問題のロフトのある部屋に付いているのだ。
俺はゆめと違って見える人ではないので、いくらゆめが指さしながらイヤーとかあっちー(あっちへ行こう、もしくはあっちへ行ってよー)と言っていても、必至になってゆめの指さす方向を凝視しても、な〜んにも見えない。見えないが、あまりにゆめがおびえるので、おっかなくて仕方がない。もしかしたら、今まさにロフトの上にいた奴がこんにちわ窓からこっちを覗いているのだろうか、それとも窓からはい出してにじり寄ってきているのだろうか…
想像はふくらむばかり…
実は今、これを書いている最中は、背中をこんにちわ窓に向けているのだ。
おっかなくって、後ろを振り向けない…

身元確認 06/3/27 (月)
公募展に一つ落選した。
悔し涙がチョチョ切れる…


というような事実はない。
あまり期待してなかったし、作品もたいしてよくなかったから仕方なし。
残りは二つ。
一つは6月発表だからまだ先だ。
いま一つはそろそろ発表のはずなのだが…


昼間携帯に銀行から電話が入った。
「ゆめパパ様ですか?」
「はい」
「こちら静岡銀行●△支店の神岡(仮名 女 推定32才)です。ただいまお引き出しに見えられました方がいらっしゃるのですが、それをご融資のご返済にということで。間違いございませんか?」
この時点で、ママが残金の振り込みに行ったのだということが判った。
「ああ、はいサン工房への振り込みですね。間違いないです。」
「ゆめママ様は、奥様でございますか?」
ここで一瞬迷った。
違うと言ったらどうなるのだろう?

保育園時代、忙しい両親に代わってお向かえに来たおじさんに対し、帰りたくない一心で『こんな人知らない!!』と逃げ回ったときは、先生が家に電話を入れて大変なことになったっけな。
『ゆめパパジュニアくんは知らない人だと言ってますが、お渡しして本当に良いんですね!?』
とか言われて、横で聞いてたおじさん、結構怒ってたらしい。

マジで、しらんと言ったらどうなるのかなあ〜



ま、俺、大人だし、そういう馬鹿なことはしなかったけどね。

掃除 06/3/26 (日)
朝からアパートの掃除。
毎度のことながら、どうせ後でハウスクリーニングが入るのだから無駄なことこの上ない。
そもそもこのアパートは人が入れ替わるたびに壁紙まで張り替えているクサイ。だとするならば、今必至になって誠大が書いた壁の落書き(しかも、引っ越し1週間前にかきやがった!!!)を落としている俺の労力は一体なんだ??
それにだ、敷金はともかく礼金って一体なんだよ!?
部屋を借りて上げてるんだからこっちはお客さんだ。そのお客さんであるところの俺たちが、何でお礼金なんか払わなければならないの?
このシステムは全くおかしい。
考えれば考えるほどばかばかしくなってくる。
借りてた部屋を綺麗にして返すのは当然というなら、礼金はますます意味不明。

学生の頃、大家に
「50本以上釘が打ってあった!!」
と言われて敷金全額返還されなかったことを思い出す。
釘って…画鋲なんですけど…。
それしきのことで敷金全額?
ほんとに腹立つ。

などとアドレナリンを出しまくりながら1日かけて掃除完了。
綺麗になるって気持ちいいなあ。←ばか

そういえば、お昼から庭に植える木を選びに行った。造園業者の作造さん(作造という会社で、社長は片倉さんだ。俺は作造という人の会社かと思っていた。)はかなりセンスがいい。植える木もイメージがあるようで、おもしろい樹をいろいろと勧めてくれた。
ママが選んだのは、シンボルツリーはトネリコ(俺はほんとは糸杉がよかったんだけどなー)。白樺のような感じの表皮を持ち、一株から7本くらい細い幹が出ていて、すーっと上に伸びていく木だ。涼しげにちょこちょこと葉っぱを付け、もちろん紅葉する。リビングからも和室からも見えるように、スロープのそばに植えてもらおう。
和室から見えるというのは必須項目だ。ゆめが和室で過ごすようになったら、四季折々に違う表情を窓から眺められるだろう。
選んだ樹はまだそう大きくはないがそれでも200kg以上ありそうな根っこを持っている。元々は大きな幹が中心にあった感じだがそれは既になく、その周りから細い幹が出ている。中心には誠大が座るのにちょうど良いイス状に太い幹の名残がある。形といい色といい、雰囲気といい、きっと我が家に栄えるぞ。
誠大座りの樹…語感がサルスベリの木みたい。
玄関先には山紅葉とつりばな。

散々迷って決めたくせに、「山紅葉の変わりに桂よくなった。」と、さっき樹の本を見ながら急にママが言い出した。
…休日返上で働いてくれた作造の社長片倉さんが、泣くぞ。

片づけ 06/3/23 (木)
段ボールに埋まっていても、なお広い部屋って良いなあ。
その中を誠大が走り回る。
広いのが嬉しくてたまらないらしい。

車に乗ってお出かけするたびに
「おうち〜」といいながらマカトンサインを出すゆめ。
自分の家だと判っているのだ。それがまた嬉しいらしい。

荷物の整理にいい加減うんざり気味の俺とママ。とにかく段ボールの中身を出して仕舞うのが最優先。整理と言いつつ機械的に荷ほどきをするのみ。
聞けば2tと3tのトラックにめいっぱい積み、なおまだ荷物が残っているという。
段ボール箱は大小取り混ぜて103箱。
そのうち書籍の箱が20箱。
洋服の入ったコンテナケースや押入ダンスはまた別に10ケースほど。
すっげー引っ越しだこと。

イライラしながら少しずつ段ボールを減らしていると、がしゃーん、だーんといやーな音が響く。
ま、何が起こったかなんて見に行かなくても判ってるけど。
犯人は誠大。
箱から出したモノを落としたり投げたりしているのだ。おかげで引っ越しから2日目にして床は傷つき壁は削れている。そういえば、引っ越した日にいきなりゆめの車いすを家の中に押して入り、早速床にタイヤ痕を黒々と着けたのも誠大だったな。

新築の家に誠大は危険だ。

引っ越し当日 06/3/22 (水)
修了式が終わって、なんかまったり気味な雰囲気の中、教務課の俺は高等部の中で1人大車輪で業務をこなす。
今年も退学生徒・転学生徒・留年生徒山盛りで、書類もたんまりあるぞ。
教務課はいつも忙しい。
なんだろうか、この不公平さ加減…
なんてことはちっとも思わない。
なぜなら、これが俺が選んだ仕事なのだから。

さて、今朝方もう出勤しようかという時間になって帰ってきたママ。聞けば夜通し荷物を段ボールに詰めていたらしい。


…脱帽。


2時間ばかし年休もらってやっとこさ帰宅したらママ系のおばさんが暴れる誠大&おしとやかなゆめの面倒を1人で見ていた。荷物に埋まった和室には、何故か義母と、こっちは当然ながら疲れてダウンのママが二人で寝ている。
台所の荷物はママが整理しないわけにはいくまいと思い、2Fの洋服を整理しようとしたが、クローゼットを作らないと洋服が掛けられない。仕方がないので先に壁にハンガーパイプでクローゼットを作りつけ、ついでにその上に棚も作った。おあつらえ向きに幅170cm以上のちょっと奥まった場所があるのだ。
簡単な大工仕事なのに、のこぎりもない金槌もないで、それら道具と材料費だけで1万円近くかかった。人足代がかかっってないだけましだが。
こないだまで壁を塗り、今度は大工仕事…、それでも俺は美術の先生だ。
それにしても2Fで釘を打っているってのに、すぐ下の和室ではママは相変わらず眠っている。
だてに朝、目覚ましの音ではびくともしない寝坊生活を送っているわけではないなあ。

引っ越し前夜 06/3/21 (火)
今日は21日。
明日は22日。
22日って学校の修了の日。明後日からは生徒は春休みだ。去年の今頃って、何やってたかなあ…。なんか、風邪引いて寝込んでたような気もするんだけど…
そういやあ、ゆめは”のぞみ”の卒園だったなあ…。まだ小学生のゆめじゃなかったんだなあ。でももう2年生になるんだなあ…

なんて、おセンチになってる場合じゃない!
明日は引っ越しだぞ!
なのにどうだ、荷物なんか全然片づいてない!!!!

と言うわけで、明日も勤務の俺はゆめと誠大の寝かし係&そのままゆめに寝かしつけられ。ママは1人でアパートの荷物整理だ。
ま、片づかなきゃ片づかないで、冷蔵庫とかの大物だけでも運んでくれればいいやというお気楽な俺。今度の引っ越しは近所だからね、ちょこちょこ運べば運べないこともないしー。

壁塗り 06/3/19 (日)
本当は午前中から壁を貼りたかったのだが、かみさんと行動を共にすると自分の中の予定がことごとく遅くなる。その気になれば1日できっちり終われる程度の壁張りなのに、そもそも始めたのが午後5時…。10時を廻っても終わらなかった。
壁は、結局珪藻土を塗ることにした。せっかく上等なボードを貼ってあるのにその上に壁紙ではもったいないとサン工房の社長さんからアドバイスをもらっていたからだ。
明日は仕事なので、途中になってしまったが今日の作業は一応終了。早く完成させないと、荷物が入ってしまっては壁が塗れない。

大夢樹の家完成★ 06/3/18 (土)
ついにこの日が来た。
初めてサン工房のギャラリーを訪れてから早1年と半年、本格的に設計を初めてからは1年と4ヶ月。四季を通ってきたのでその時々の気候でああでもないこうでもないと要望を出し、、出てきた案にああして欲しいこうして欲しいと注文を付け、やっとこさ図面が完成して地鎮祭を行ってから9ヶ月。着工してからも追加変更数知れず、最後には自分で作ったモノまで現物支給。しかも仕上げはまたまた自分たちで行い、おまけにまだ終わってない。
でも、今日引き渡しを受けて、ついに我が家は完成をみた。
「大夢樹の家」
それが設計士さんが付けてくれた我が家の名前。
ゆめの介護生活のために建てた家。
これからどんどん変化していくことを前提にした家。
設計士袴田さんと現場監督風能さんのアイデアが、随所に盛り込まれている。大工の植田さんは、それを見事に作り上げてくれた。長年現場を見続けてきた畳屋のじいじが、全く狂いのない和室の寸法を測って「綺麗な仕事だー」と感心していたくらいだ。また、他の業者さんも大変よく教育されていて、そのことにも感心していた。ハウスメーカーなどは、会社の規模がでかすぎてろくな教育も出来てないそうな。中にはとんでもない現場監督もいて腹立たしいこともあるという。そこへいくとサン工房は大変良い業者だと太鼓判だった。

引き渡しの前に、完成見学会だった。
あいにくと空は曇り。この後雨でも降りそうな感じ。風も強く寒い中、サン工房のスタッフは社長を筆頭に早朝から準備に忙しかった。午前も半分を過ぎた辺りにのこのこ出掛けていった俺に、一番を通らせてくれた。
途中で合流した誠大は、自由に遊び回れる家の中を大冒険だ。階段を自分でなん往復もしてあっちへこっちへと忙しいことおびただしい。ついて回るのも疲れちゃう。

と、電池切れで寝てしまった。
寝てるすきに家の中を撮影。荷物が入ってしまうとなかなか撮れないからな。
サン工房の近くには花●木という建築会社があり、センスの良いテンポなどはたいがいそこがやっている。でも、かなりお高いことも言うらしく、一般の施主にはなかなか手がでない。その客も少なからずサン工房へと流れてくるらしく、どんな家が好みかと聞かれて、「花水●みたいな感じ」と言う客もいるという。今日見学会に来た方の中にもうちのことを「●水木の家みたい〜」と言っている方が何人かいた。普段エッジのたったシャープなデザインが多いサン工房にしてはめずらしく、うちはカドなど丸い。デザインも印象もかなり丸い。おまけに設計士さん初め監督さん、俺たちも内装などかなり遊んだので、今までのサン工房の家とはかなり違ったモノになったようだ。新しいお客が付くと良いね。

見学会も終わり、引き渡しも完了すると、名残惜しいがこれでお別れ。最後まで残ってくれた袴田さんと風能さんとの長く楽しいおつき合いも一段落付く。散々やりとりしたメールも、もうこなくなっちゃう。だんだん薄暗くなりつつある中を会社へ戻っていく二人の後ろ姿を見ていたら、なんだか恋人と別れるときのような、せつなーい感じがした。自分の家を持ったという実感はまだ湧かないからよけいにもっと完成が先なら良いのにと思ってしまった。
でも、そんなセンチな気分に浸っている心とは裏腹に、頭の中は早くも早速始めなくてはいけない床のワックスがけに切り替わってうずうずしていた。
ココラ辺はアスペルガー特有の症状かなあ。
その後夜中までかかって床のワックスがけ終了。
明日は屋根裏部屋に壁紙を貼る。

大人の1品 06/3/16 (木)
お昼にママとママのばあばとたったと3人で食事に行った。
たったは食事に行っておとなしく食べたことがない。たいてい大騒ぎになる。ゆめでさえ、たったが落ち着いて食べないことにうんざり気味で、
「せいた〜〜〜〜」
と恨めしげに怒ることがあるくらいだ。

パスタの店にいって、ママとばあばは当然としても、今日はめずらしくたったも1品頼んであげた。すると、
「んま!」
とか言っちゃって、非常におとなしく自分のお子様ランチを食べ始めた。
たったにとっては1品は量が多いので食べきれず、時間の都合もあって完食せずに出なければならない。
「たったー、もう行こう。はい、ごちそうさまして。」
ママに言われ、条件反射で手を合わせてしまったたっただったが、本当はもう少し食べたい。それでもママに抱き上げられると、お子様ランチに向かってばいばいした。

「たったちゃん、今日はめずらしくおとなしく食べたね〜。初めてじゃない?あんなにおとなしく食べたの。」
ばあばの感想は的をえている。
これはたぶん、たったにも1品あったことがよかったんだろう。
思い返せばゆめも、俺たちのものを取り分けていた頃はあまりちゃんと食べなかった。どうせ食べきらない(あまりたくさんは食べなかったから)と、1品取らずに分け与えることが多かった。そうすうると、ちゃんと食べようとしないで落とすはこぼすわ遊んじゃうは、大変だった。1品取るようになると急にちゃんと食べ始めたものだ。
子供でも、ちゃんと自分の分があるのと無いのとでは、全然違う。
こんな小さなガキでも、自尊心がちゃんとあるのだなあ。

ただし、今1.6ヶ月のたったに芽生えている自尊心は、ゆめの場合は4才の頃だったぞ。
今でもはっきり覚えている。筋ジス会で行ったディズニーランドの帰り、夕食に寄った『和食どころさがみ』で初めてゆめに1品頼んだとき、ゆめはとっても上手に食べたのだ。ほとんどこぼさずに、綺麗に食べた。それがちょうど4才だった。
今のたったの年齢の時は、ゆめはスプーンやフォークなんかもてなかったし、1品要求もしなかった。それがどうだ、たったなんか、1才を待たずに食べさせられる屈辱を体一杯で表現し、自力で食べていたっけ。もっとも、食べる量よりも落とす量の方が多かったが。あのころは本気で犬を飼いたかった。下で落ちてきたものをお掃除してくれるお掃除犬。それがもう、いっちょ前に1品か。
ゆめは遅すぎるだろうが、たったは早すぎないか???

狭い2車線道路なのにバスまで通る交通量の多い道が東京には多い。
片側1車線をつぶしての水道管埋設工時の現場は、交互通行させてもあっという間に数キロの渋滞となる。車の排気ガスとドライバーの罵声を散々浴びながら1日勤務すると、すっかりしおれてしまう自分がいる。
「おつかれさん。」
「あ、お疲れ様でしたー」
「明日も頼むよ、頑張ってな」
「はい。お先失礼します。」
現場の作業員さん達は、優しい人ばかりではない。幸い、この現場は気さくな人が多くて助かっている。勤務開けに声をかけてもらえると、しおれた心もやや潤う。

荷物をまとめてバイクに積んでいると、道ばたに落ちている小さな財布に気が付いた。
仮面ライダー(だと思う)のキャラクターがついた小さなさいふは、明らかに子供のものだ。落とし主がわかるものがないかと中を確かめると、小銭ばかりで256円入っていた。

もらったばかりのお小遣いだとしたら、ほとんど全財産に近いのではないか。これからおやつでも買いに行こうとしていたのかもしれない。端数からして、買った帰りかもしれない。
あるいは、塾の集金の残りかもしれない。
お使いのおつりかもしれない。
いずれにしても、落とした子供はきっと気落ちしているだろう。
時刻は既に午後6時を廻っている。当たりは薄暗くなっていた。
昼間この辺りを通った子供を回想してみるが、思い当たらない。そもそも、通行人の姿形などいちいち覚えてはいられない。汚れていないことからして、落としたのは昨日一昨日ではないはずだ。僕は、会社へ勤務終了の連絡をした後で、少し待ってみることにした。もしかしたら、落とし主が探しに来るかもしれないからだ。

「なんだ、まだかえらねーのか?」
「これ拾ったんで。子供だと思うんです。もしかしたら探しに来るかも。」
「そんなの、交番に届けりゃいいんじゃ。っつっても、この辺には交番はないがな。
   つかれたろう、早く帰れやー。おさきなー」
最後まで残っていた現場監督さんも、乗っていたダットサンの吐く真っ黒な排気ガスを残して帰っていった。
心がまた、ややしおれた。

制服の上にジャケットを着て、いつも持っている単行本を街灯の明かりで読み出すと、改めて日が落ちてしまった暗さに気づいた。
1時間待ち、1時間半待ちしても、落とし主は現れない。
何をしているのか自分でも判らなくなり、腹が減ったこともあって帰ることにした。

現場からアパートまでは、バイクで1時間かかる。途中のコンビニで弁当を買い、帰宅して遅い夕食を取っていると、すっかり財布のことなど忘れてしまった。

翌日、勤務していた最中に、制服のポケットに入れたままだった財布の存在に急に気が付いた。
小銭で256円。財布に入っていても薄っぺらいその存在はたまたまポケットに手を突っ込むまで忘れていた。1日中落とし主が探しに来ないか気にしながら勤務したが、結局その日もそれらしい子供は現れなかった。
その日は現場は早あがり。僕はデートの約束をしていて、勤務開けに制服のまま2時間かけて彼女のアパートまで走った。彼女の部屋に常備してある服に着替えていると、また財布の存在を思い出した。
今日びのガキは、この程度の金額は気にしないのかなあ。
そのまま捨て置こうかとも思ったが、夕食を食べに出たついでに交番によって行くことにした。
「何?財布拾ったの?」
「うん。たぶん子供のだと思うんだ。」
彼女にかいつまんで事情を教えた。
「ふ〜ん。それで探しに来なかったんだ。」
「ああ。でも一応警察に渡しておこうと思って。」
「いいよ、よってこ」
反対しない彼女。
心が少し潤った。

彼女のアパートのすぐそばにある駅前交番に寄ると、いかにも柔道が強そうな年配の警察官が対応してくれた。
「で?何でそんな遠くのさいふをここへ持ってきたの?」
また、事情を話した。
「ふ〜ん、なるほどねぇ。じゃ、この書類にサインして。」
「ホントにこれだけしか入ってなかった?」とも聞かれた。警察官は、まるで僕が猫ばばしようとしたのを改めて届け出たとでも言いたげな対応だった。
心がまた少ししおれた。
その数日後、現場警備は終了し、僕の落とし主探しも終了となった。


あれから何年たってもなんの音沙汰もない。落とし主が現れたのなら連絡があるだろう。表われなくても連絡はあるのだ。なんの音沙汰もないのは、一体どういうことなのか。
その数年後、彼女とも別れ、僕の生活はあの駅前交番から縁がなくなった。
あの財布がどうなったのか、今では知るよしもない。
落とし主が果たして子供だったのかどうかさえ、今では判らない。

できるなら、ちゃんと落とし主の手元に戻っていて欲しい。落とし主の心がしぼまないように。
できるなら、ちゃんと落としたお金を探していて欲しい。はした金だなどと思うようなしおれた心のしおれた子供じゃありませんように。

ゆめとたったとしたベロ 06/3/15 (水)
俺が、秋山成勲に夢中になっているとき、ママはお風呂に湯をはった。
俺が、須藤元気に夢中になっているとき、ママはゆめと誠大を裸に剥いた。
俺が、所 英男に夢中になっているとき、ママはゆめと誠大と3人でお風呂に入っていた。

俺がお風呂に入ったとき、洗い場は黒いものが一杯だった。
ゆめは湯船の中から、それを指さして
「こわーいー」
としきりに叫んでいた。
黒いものはゆめの髪の毛だ。ママにカットしてもらっていたらしい。

ゆめは、黒いものに弱い。
髪の毛といえども、自分から離れてしまえばそれはすべて黒くて怖いものになる。
湯船に浮かぶ自分の抜けた髪の毛ですら、怖くてイヤなのだから。

二人をきれいに洗い上げ、ママと入れ替わりに湯船に浸かり、所 英男がいかにして石沢常光を40秒そこそこで落としたかを語っていると、いきなりゆめが湯船の中で立ち上がった。
あたしだって負けないもん とでも言いたげな、自信満々な立ち具合。
久しぶりに見た。
ゆめが自分で立ち上がったところ。

誠大がそれを見て舌ベロをチロッと出したので、俺も誠大に向かってチロッと舌ベロだしてやった。
誠大が俺の舌ベロに向かってきた。
誠大が俺の舌ベロをチロッと舐めた。
ママ以外の他人の舌ベロ久しぶりだ。







などと言ってる場合じゃないな。

日もとっぷりと暮れてしまい、街灯一つ無い、ろくに舗装もされていない山道をのろのろと進んでいくと、次第にあたりを妙な霧が包み始めた。ねっとりとまとわりつくような霧の彼方から、なにやら怪しげな鳴き声も聞こえてきた。やがてすぐ先も見えないほどの濃霧の中、やっと見つけた広い草原のような広場にキャンプをはっていると、まるで周囲から押し包むかのような獣の気配に包まれた…

奇祭『牛生丹生奇祭』…
俺が初めてそれを見たのは、たまたま迷い込んだ北陸地方の山間部だった。
夏の野宿旅行中、道に迷ってさまよううちにたまたま紛れ込んだ小さな村では、1週間続けて行うという夏祭りのまさにクライマックスだった。
その日、祭りは最高潮の朝を迎える。


乳白色の霧に包まれた午前4時、大きなかがり火に囲まれた神社の境内では、褌姿の男たちの熱気でわきかえっていた。
夏とはいえ山間の村のこと、この時間の大気は肌を刺すように冷たい。その冷気の中、かがり火の照り返しを受けた男たちの肌は、汗にまみれてぎらぎらと炎を反射している。
その瞳も、これから始まる熱い祭りに向けて、既に熱狂を帯びている。
やがて、衣冠束帯の宮司が小さく叩き始めた太鼓の音に乗せて、男たちが体を揺らし始める。その動きはにさざ波のように広がり、やがて境内は男たちの怪しい動きでさらに高まる狂気で満たされ始めた。
して、一段と大きく響き渡った宮司の太鼓の音に合わせ、男たちの動きもぴたりと止まった。
いよいよ始まる。
男たちの列が二つに割れ、社殿の奥から巨大な杯が運ばれてきた。男たちの中でもひときわ筋骨たくましい4人が、御輿のように組まれた屋組の四方を抱え、中央に安置されている杯を大きく捧げ持った。杯は並みのものよりも深さがあり、その中にはなにやら液体が注がれている。
御輿の前に進み出た宮司の声が響き渡る。
「みなのもの、今年の祭りもいよいよ最後!既にお社様の息吹を注がれたこの杯には、神のご意志が宿っておる!捧げよ!始まりの時だ!」
おおー!とどよめく声に合わせ、高く捧げられた杯を大きく揺り動かす。
こぼれ、しぶきを飛ばす杯。
我勝ちにとそのしぶきを浴びようとする男たち。
しぶきを浴びれば、この後1年間の無病息災が約束される。
より多くを浴びれば、それだけ健康も約束されるのだ。
ヒートアップする男たち。
しぶきを浴びたその体が、次第に乳白色に変わっていく。
当たりには生臭い臭いが立ち上り始める。
男の臭い。
液体の臭い。
その混じり合った臭いは、熱気に煽られさらに臭気を高める。

この臭いはどこかでかいだことがある…

まだ生まれて間もない幼い子供が熱に浮かされていたとき…


生まれたばかりの幼い我が子が風邪なんか引いたとき、確かこんなにおいだった…




これって…



牛乳…?

牛乳だ、これは!
あの杯には、牛乳が入っているのか?
『牛生丹生奇祭』…




ぎゅうにゅう祭



朝の牛乳   祭…!

牛乳の祭りなのか!
一体この祭りはなんなんだ!

いや、それよりもこの臭気には耐えられない!
俺はすぐにその場を逃れた。

日が昇ってみると、自分のジャケットにもかなりの量を浴びていることが判った。
牛乳だけならまだしも、赤の他人の男の臭気まで混じっている。
おまけに牛乳はやや腐り始めていたようだ、少し怪しい臭いも混じっている。
1週間も社殿に入れられていたのでは、腐っても仕方がない。こんなものを喜んで浴びたがる心境は、いくら無病息災の言い伝えがあったとしても到底受け入れられない。

やっとの思いでキャンプ地に戻った俺は、唖然とした。


あの押し包むかのような獣の正体が、今わかった。

丑だ…
もしかして、無病息災は飼っている丑のためのものなのか?
日にあぶられて次第に臭気を強める体中の牛乳…
クサイ…





は!
『牛生丹生奇祭』
『牛乳奇祭』
『牛乳くさい』



牛乳くさい…か…




オニのはやり 06/3/14 (火)
「あのねー、んとねー、がっこうでねー、きょうねー、おにー
「ゆめちゃん、パパねえ、鬼はもう飽きたよ。鬼以外の話題が聞きたいなあ。」

「あのねー、んっとねー、がっこーでねー、んとねー、
おにー
「あのねー、鬼はもう良いから、違うことなかったー?」

「あにょねー、がっこーでねー、
おにがねー、こーわーいー」



先生、学校には一体いつまで鬼がいるんでしょうか…

「ゆめちゃん、あれやってあげなよ」
「あれってなんだ?」

「あにょねー、
ふ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

またそれか…
パパはHGにも飽きたぞ。
おまけにその後

やって


やらねーよ。
無視したら向かいでご飯中のたったが
「ひゅう〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

…サービス良いなあ、たったはよー。

06/3/14 (火)
<恐喝未遂>女子中学生2人を逮捕、買春相手を脅す 福岡

 福岡県警は13日、児童買春を材料に金を脅し取ろうとしたとして、福岡市東区の女子中学生グループ4人のうち、3年の2人(いずれも15歳)を恐喝未遂容疑で逮捕し、2年の2人(同14歳)を同容疑で近く福岡地検に書類送検すると発表した。
 調べでは、4人は買春の相手から現金を脅し取ることを計画。1月24日午後11時半ごろ、同区の自営業の男(48)が中2の少女と市内のホテルから出てきたところを取り囲み「車のナンバーを控えた。もう逃げられん。お金で解決しよう」などと言って脅し、現金を要求した疑い。
 少女はテレホンクラブを通じて男と知り合い、2万円での買春を口約束していた。少女はホテルから、待機している3人に携帯電話のメールで「もうすぐ出る」などと連絡していた。
 男は車内から110番したため未遂に終わったが、その後、児童買春・児童ポルノ処罰法違反容疑で逮捕された。


こいつらなめてるなあ、大人を。
買う男が一番馬鹿なのは間違いないが、簡単に金を脅し取ろうとする馬鹿女も相当馬鹿だ。馬鹿馬鹿しくて仕方ない。

俺が高校生の時、初めてつき合った彼女は中2で初体験したと言っていた。
数年後、大学生になった俺は、お絵かき教室で中2の子も教えたが、とてもこの子と関係を持とうとは思えなかった。←普通おもわねーっって
中2女子なんてまるで子供じゃんか。
いやまあ、それは俺が大人だからであって、同じ子供同士なら少なくとも『子供じゃん』という感覚は持たないか。
36才の今、女子高生ですらガキっぽくて仕方ないからな、よくもかつての俺はこんなガキみたいな高校生と初体験したものよと感慨深い。ま、年相応にふさわしい相手も変化するということだ。
ところがだ、上記の馬鹿男は、体はでかくなったがあっちの意欲は年相応に成長してはいなかったんだなあ。俺は信じられんぞ、中学生なんて。俺の理屈で言えば、この馬鹿男の頭の中身は中学生並みということか。
ということはだ、中学生が中学生から金を巻き上げようとしたこの事件は、ただのかつ上げってことになるな。
ということは、かつ上げされそうになったあげくに逮捕までされちゃって、一番馬鹿はこの男か…

ん?それは既に判ってることだ。

ああ、いくら頑張っても中2女子が馬鹿だという結論に至らない…
もしかしたら、俺も馬鹿かもしれんー

特別な支援 06/3/13 (月)
とある講演会で、講師がこんなことを言っていた。
【子供の発達に重要なものは3つある。
『その子の主体性』
『その子の発達段階や精神状態に合った集団』
『その子が、今、まさに興味をもとうとしているような、適切な文化』】

「そうしたい」と思う『主体性』を育てること、その『主体性』をのびのびと発揮することができる『集団』を整えること、今のその子に合った段階の『文化』を与えてあげること。
この3つが整えば、子供は無理なく、自然に伸びてゆくということだ。

このごろ美術や図工の授業の後、その日の授業を振り返って上記のことをよく考える。

こう描けああ描けと言えば、子ども達はその通りにはするだろう。いや、小学部の子供はそうでもないか、むしろ自分で好きに描きたがってるからな。高校生は絵に(自分に)自身がないからか、見ているとむしろ言われたとおりにしたいくらいの感じがする。
俺もその辺は承知なので、ことさらに指示的なことは言わないしやらない。描き方が判らないから教えてくれといわれても、まだ手を付けてもいない真っ白な紙の上に俺の線を引くことはない。何か描いてくればそれに対してアドバイスや時には修正をすることもあるが、たいていは違う紙に参考までに描いてみせるだけだ。これは前任校に赴任してから今の今までずっとやっていることだ。美術専攻科の学校で講師をしていた頃は、むしろ積極的に手を入れ、俺の線が消えてみえなくなるまで描き足せというスパルタをやっていたが、一般生徒にそんな無茶はさせられない。
怖くてなかなか描き出せない場合は、描き出す度胸を付けさせる(描くしかないとあきらめさせるという意味合いもあるが)ために、最初の一筆を塗って見せ、続きをやらざるをえなくさせたりもする。たいてい、一筆目がうまくいくと、調子に乗ってやり出せる。

さて、判らないと言っているのに放っておくと、主体性、この場合は描こうという意志が無くなってしまう。ではと、あまりに手を入れてしまっては生徒はそれで良しにしてしまうのでやっぱり主体性はない。
今日は程度良くやって見せたか、足りなくはなかったか、多すぎはしなかったか、いろいろ考えてしまう。


ここ数ヶ月の小学部の図工では、ティームティーチングでやっている小学部の先生のアイデアで、3〜6年までみんなで図工室でやっていたものを、最初の指示だしと最後の鑑賞以外は学年ごとに場所を分けた。おかげで遊んでしまって困った生徒も集中出来るようになった。騒がしかったのが嘘のように静かに画面に向かえている。
小学部児童にとって、これまでのような全学年一緒の美術は適切な集団とは言えない状況だったということだ。


小学部の鑑賞は毎回の授業最後に見せっこをすることにしている。学年の違うみんながどんな絵を描いてきたか、お互いに刺激になる。今日の鑑賞では、今年度最後ということもあって俺の講評ではなく子ども達に今年描いた絵の中で一番良い作品(これまたT.T.でやってる先生のアイデアで、全部の作品を1冊の冊子にしたのだ)を自慢させた。
紹介ではない、自慢だ。
これには子ども達飛びついた。もともとどんなやり方でも飛びつきはする子達だったが、よく見ていたら目の色が弱冠違う子供が結構いたからな。
日頃自分のことを「自慢して良い」だなんてはっきり言われることもなかなかあるまい。楽しそうに自慢してくれた。自分に自信が持てない、ましてや自分の作品に自身などもてないかもしれない。でも、「一番良い作品を選んで発表してみましょう」じゃなく、「一番気に入ってるやつ、一番出来のいいのを自慢してくれ」って言われたら、多少は構えないで言えるかもしれないよなあ。



とまあ、うちは養護学校だからいろいろなアイデアを出してくれる先生が多いし、それを実現する環境も整っている。でも、普通校はそうはいかないよな、きっと。
例えば特別支援教育で障害児も全てクラスに編成し、体育や音楽、給食など、クラスで参加できることは参加し、学習で参加できないときに、別クラスで指導を受け、そこへ軽度発達障害など、特定の教科に参加できない子供も入るというような場合。
これだとクラスのメンバーが常に変わってしまう。
主体性の乏しいタイプの障害児は、更に自分が出せなくなってしまい、変化が苦手な子供にとっては落ちつかないことおびただしいんじゃないか。
したがって、発達に重要な3つのうちの集団を整えることと、もしかしたら主体性も持つことも難しくなるんじゃないか。
それを何とかしようとしても、いや、そもそもそういう状態に落ちいってしまっても、原因を探ることすらおぼつかない、いやいや、陥ってることにすら気がつかないかもしれん。『障害持ってると、やっぱ大変』で済まされたりして…。

う〜ん、やっぱたいへんだぞ、特別支援教育…。


提案 06/3/12 (日)
ちょっと所用で前任校のある山の町に行って来た。残念ながら雨降りだが、バイク乗りとしては車の時は雨など気にもならない。家族総出で出掛けるドライブは、天候に関係なく楽しい。かみさんなどついでに懐かしい人に逢うぞっと言いながら近所の甘いものがうまい店で土産物を買い、うきうきだ。
道中、実家に帰る道々或いは山へ帰る道々よく立ち寄ったそばのうまい店で昼食をとり、懐かしい味に舌鼓を打った。ゆめもその店を覚えていたようで、早くにつきすぎて開店までの5分を待つ間、店先を指さしながらなにやらゴニョゴニョ言っていた。たっただけはその店は初体験だが、奴にとっては口に入るものを出してくれる店ならどこでも大歓迎なのであまり意味がなかった。
車窓を流れる景色は第2東名の関係でほんの数年の間にやや変わってしまった所もあったが、おおむね同じ。山の町に近づくに従って、細い山道対向車とすれ違う際の暗黙のルールも思い出してきた。
町に着き、懐かしい人たちにも逢った。
肝心の所用は果たせなかったが、十分に楽しい1日だった。

さて、久しぶりに山の町を訪れ、感じたことがいくつかある。
誰も住んでいない廃屋は昔から多かったが、今回またしても空き家になったなと思わしきぼろ屋が弱冠増えていた。逢いたかった人の中にも既に山を下りてしまった人もいた。合併で職を失い(役場関係など多いそうだ)、生きていくために職を求めて町へ下った人もいるのだろうし、元々過疎の町だから、ついに主を失ってしまった家もあったのだろう。変わりに、病院・消防署を筆頭に、なんのためか判らない立派な建物まで、コンクリートの箱ものは以前よりも増えていた。
以前から思っていたのだが、この町のように過疎化に歯止めがきかない町は、いっそのこと町全体で老後を楽しく過ごせる老人の町にでもするか、豊かな自然を生かして自然を満喫できる町にしたらいいのだ。
かつては日本一だったダムがあるにもかかわらず水量は豊富(それでもダムがなかった頃に比べたらはるかに少ないらしいのだが)な川もある、山の緑もとても深い。老後を心豊かに過ごすための施設を作り、職員を配置する。それだけでかなりな人の出入りがあるんではないかい?
建物は、コンクリートの無機質なのはパスだな。町の家々が朽ちていけばいくほど自然にとけ込んでみえるのは、それが自然の摂理と同じ原理で存在しているからだろう。実際に朽ちてしまっては困るが、施設もなるべく自然素材にみえる建物が良い。
漁協も地区ごとのなわばり争いはやめて、日切りの釣り許可証じゃなく、各地区共通の月や年のものも発行して、もっと集客に力を注ぐべきだろう。
老後を施設で過ごすおじいちゃんおばあちゃんを訪ねてきた子ども達が自然の中で遊べる環境を整え、宿泊施設を完備していったらどうよ!なかなか良いんじゃないか?

ちょっと切なくなってしまった 06/3/11 (土)
今日は10:30からスロープの壁塗りを業者さんと一緒にやり、11:30から完成前検査…だったのだが、スロープの壁塗りはどうやら9:30からだったようで、のこのこ出掛けていった時には業者さんは帰っちゃった後だった。
完成前検査の方は滞りなく出来た。
薪ストーブが据えられ建具が入り、オヤジが入れる畳以外の設備が一通り入った。後は外構が完成すれば完璧。
今日のような馬鹿をしなければ早くにできあがるよなあ。

さて、CS放送でレオン完全版を観た。前回観たのがいつだったか思い出せないが、何回か観ているのは間違いない。
が、今日はちょっと違った。

殺し屋レオンが親を亡くして転がり込んできた少女マチルダを、最後は何がなんでも守ろうとした理由、今回はそいつがいたいほど理解できた。
観ながらマチルダがゆめと重なった。俺だって出来るものならレオンと同じことをゆめにするだろう。

何故だろう、今まで何回観てもそんなこと考えなかったのに、今回は親の気持ちで観てしまった。
レヴューを読んでも解説を読んでも殺し屋と少女の純愛としか書かれてないけど、あれは親子の愛情に似ている。恋愛なんて軽いものじゃないだろう。
何がなんでも守る、その強さは親子の愛情が究極だ。

卒業式 06/3/10 (金)
今日は卒業式だった。
式前のLHRでは、厳しく服装チェックした。
当然だ。卒業式の主役は3年生、2年生は引き立て役の華。華がしおれていては主役がひきたたん。特にしつこくなおさせたのは女子のリボン。だら〜と、だらしなくたれてると、ホントにみっともない。
スカート丈も気になっていたが、こちらは言われるまでもなくみんなちゃんとなおしてあった。

さて、式に臨む心構えから人生において決めるときは決められる大切さなどという大仰な話にまで発展したLHRもあまりに生徒がまじめに聞いてくれるものだから予定時間を大幅に短縮して終わってしまい、会場入りするまでの間は生徒と談笑して過ごした。
生徒の1人がこんな事を言っていた。
「あたしは”仰げば尊し”も”蛍の光”も聞いたことないし歌ったこともない。」
理由を聞くと、
「ここの中学部の卒業式には出たけど、式歌は違う歌だったし、それよりも式に出てる自分が不思議だったなー。」
中学はろくに学校に行けず、本校に移ってからもプレクラス(週に数時間だけ、教師と一対一で学校に慣れるための登校を行うクラス)だったから、式に出られただけで奇蹟のようだったと。だから、そういう歌を知らないと言う。

そういう彼女は、今日送辞を読んだ。
立派な送辞だった。

自分に自信が持てなくて人前になどとても立てない、ましてや大勢の前で発言するなど夢にも思わなかったであろうかつての彼女は、2年間で立派に成長した。

来年は、彼女たちが旅立つ。
これだけ目に見えて成長できる学校の卒業式だ。
来年こそは、卒業式で初めて泣けるかな。

HG上陸 06/3/9 (木)
このごろゆめを見ながら
「この子かわいーね〜〜〜」
「ほんとにかーわいいーねー」
と夫婦でうなずきあうのが習わしだ。
親ばかも馬鹿すぎても戌も吠えない。

今日は学校でレイザーラモンHG(の扮装をした小学生)を見たようで、帰ってきていきなり
「あーらーふぅ〜〜〜〜」
と、両手をひらっとさせながら言われた。
おまけに
「めーねーねー」←目を指さしながら
「こっちー」←頭をぽんぽんしながら
たぶん、サングラスと帽子も装着してたよ言いたかったんだろう。

テレビに出てきても釘付けだからなあ。あーいうキャラクターが大好きだよなあ、子供って。

それにしても、ゆめの「あーらーふぅ〜」って、いつも言ってる「あーらーうー」と大差ないじゃん。



ところでHGといえば、時折アドリブが聞かなくて見せる素の表情やら同じくとっさに口をついて出る言葉が、観ていて聞いていて、つらい。きっとHGという特異なキャラクターを掴んだおかげで名は売れたが、才能の面は人気の度合いに追いついてはいないんじゃないだろうか。素に戻ったときの困惑気な感じが、妙に同情をひく。
頑張ってるんだね。
でも、そこまでが限界なんだね。
無理しなくても良いよ。
思わず声をかけたくなってしまう。

テレビの世界って非常だよな。
「出来ません」は言えない世界なんだよな。
特に若手芸人では。
大変だよなー。

町で偶然、昔別れた彼女を見た。
彼女は6つ年下で、家庭教師をしていたときの教え子だ。俺が大学院生の頃、2年ほどつき合った。通う大学は違ったが、どちらも美術系で東京では3本の指に入る学校だった。俺が田舎での就職が決まったことをきっかけに、俺の方から別れを切り出したのだ。
彼女は俺から見ても東京でやっていくに十分な才能を持っていた。俺なんかにつき合っているのはもったいないくらいだった。
だから、田舎に引っ込むのを機会に、俺の方が身を引いたんだ…

順調に地位を築き、ある程度大口の仕事を任されるようになった俺は、出張で何年かぶりに上京した。
商談も無事に成立。次のアポまで少し時間があった俺は、つい懐かしくなって彼女の住んでいた町まで出向き、少し歩いてみた。当時バイクで流した町は、今もまだたいした変化はないようだが、バイクと徒歩では流れるスピードが桁違いに違う。ゆっくり歩く彼女の町は、何もかもがすごく新鮮だった。
今は彼女も就職して、どこか違う町に住んでいるだろう、逢えるわけなど無い。そう思っていたのだが、意外にも彼女は昔住んでいたアパートにまだいたのだろう、偶然見かけたのも、彼女の住んでいたアパートに近くだった。

久しぶりに見た彼女は、当時の面影などほとんど感じないくらい変わっていた。
化粧も服装も、俺の知っている彼女のものではなくなっていた。
あんなにエッジの立ったセンスを輝かせていたのに、あんなに光り輝いていたのに…
東京で暮らす6年の歳月が、俺との間にある6年分のみえない溝が、彼女の変化そのものだったのだろう。
きっと彼女は有り余る才能を振るい、デザイナーとして花開いているに違いないと思っていたのに…
この彼女によく似合う東京という町で、絶対に幸せに暮らしていると思っていたのに…
見なければ良かった。
正直そう思った。


その夜、俺は夢を見た。
夢の中で、俺は受検生だった。
まさに、第一志望の大学を受検する瞬間だった。
現実には易々と突破した受検だったのだが、夢の中で俺は非常な苦しみの中にあった。
描けなかったのだ。
問題文を前に、俺の画面は白紙状態だった。
一番自信のあったはずの実技課題で、俺は何も描けなかった。
焦って焦って、苦しくて苦しくて、もがきながら夢から覚めた。

見たくなかった、こんな夢。
見たくなかった、彼女のことも。


本当は知っていたんだ。
その後の彼女の様子を、多少は伝え聞いてはいた。
それは、決して俺が想像した彼女の未来の姿ではなかった。
でも、信じたくはなかった。


現実は知りすぎてはいけない。
いや、彼女にとってはそれが幸せなのかもしれない。
でも、それは俺の思い描いていた姿とは違った。
いや、単に、俺のものとは違っただけ。

思い出は、思い出のままがいい。

引っ越しめんどくせー 06/3/5 (日)
ボタンナベに誘われてお呼ばれ。
ママはボタン年生まれなので、ボタンが苦手なことを本日知ったようだ。
ちなみに俺もカシワ年生まれなのでカシワが苦手…でもない。唐揚げなんか大好きだ。でも、皮は苦手だなあ。
ゆめは寅年、誠大は申年。どっちも普段は口にすることもない。良かったねえ、共食いしなくて済んで。

午後に筋ジス会の役員会。その後外構工事の打ち合わせ。

引っ越しが近づいてきた。
帰宅後にとりあえずビデオテープをしまってみたが、縦・横・奥行きが65・75・20のテープラックに入っていたテープ(と、弱冠そのラックの上にも積んであったが)で、段ボール箱が2コ埋まった。


さて、本棚の本は、一番最後に箱に詰めるぞっと♪
先にそれをやっつけると、その後のやる気がなくなるだろうからな♪


そうそう、一個書き忘れていた。
苫小牧高校野球部に関して、連帯責任の名の下に現役高校球児が出場辞退という事態に追い込まれて、それ自体がかなりばかばかしいと思えるのは俺だけか?
日本人は昔からこの『連帯』が大好きなんだよなあ。
江戸時代の五人組から現代の隣組まで、ご近所さんも連帯だし、連帯保証なんていう最悪な制度まであるし。

で、飲酒喫煙をした当事者だけでなく野球部という団体そのものを丸ごと処分するという今回の連帯責任。なんの関係もない下級生にしてみれば、とんだ災難だね(関係ないかどうかは実際判らないけどさ)。
俺ぁ〜、連帯責任って言葉が昔っから大嫌いだったからね。本来は助け合いが期待されてのことだったろうが、現実は激しく不幸な結果しか生んでいないな。だいたいがさ、良くないときにしか使わないしさ、この言葉自体。

頭の中でこの言葉を使う機会をいろいろ連想したが、チームワークを高めるために…、共同体意識を持たせるために…、みんなで規範意識を高めるために…
何を思っても結局なんだか、むしろふてくされちゃう。

俺はちゃんと連帯意識を持っているが、それを振りかざすのはキライさ。
持ってない奴は扱いづらいし、正直腹立たしいが、そんな奴と連帯したくもないなあ。

とりあえず、辞任しちゃった校長先生が可哀想。

 ある事情により、毎月墓参りに行っている。そのついでに、墓場の手前にある地蔵にもお参りしている。地蔵なだけに、彼が供養しているのは小さな子ども達だ。生まれる前にあきらめてしまった俺の幼い子供も、彼に守られている。

 長女が生まれてほどなく、遺伝的な障害を持っていることが判った。絶望・苦悩を経てやがて障害を受け入れたが、温かく見守ってくれる人がいる一方で、社会の不誠実な障害者対応への怒りや葛藤を数限りなく経験してきた。今では我が子の成長を純粋に楽しんでいる。しかし、では何人でも受け入れられるかといわれればそんなことはない。遺伝の障害である以上、次の子からは常にその心配がつきまとう。ここで葛藤が生じる。
 
 “授かった命である以上、どんなことがあっても生み育てるべきではないか?”
 
 “今の日本では障害を持っては生きにくいことが判っているのに、それでも産むのは親として正しいことなのか?”

 偶然にも出生前診断の存在を知り、第2子の妊娠時には実際に行った。行ったはいいが、やはりとても悩んだ。

 “産むのも親のエゴならあきらめるのも親のエゴではないか?”

 “障害を持っているからあきらめるというのは、既に生きている長女を含めてすべての障害者を否定することにならないか?”
 
 検査の結果障害を持っていることが判り、お腹の子は泣く泣くあきらめた。すでにいる長女を第一に考え、彼女に対し、精一杯手をかけていくために。

 あれから3年がたつ。「おろした子のことは思い出してはいけない」と言われているが、小さな箱に入ってしまった我が子のその軽さを、それを受け取るときのママの手が震えていたことを、今でも良く覚えている。毎月墓参りに行き、ついでに地蔵を拝んでくるたびにその存在を感じる気がする。
 
 産んであげられなくてごめんよ。
 この次は、必ず産んであげるからね。それまで待ってて。


学校で学ぶこと 06/3/4 (土)
散々あちこちで叩かれているだろうけれど…

いちいち書くのも面倒くさい、またまた高校球児の不祥事だ。おまけにこちら、昨夏一度不祥事が起きている。とはいえ、その内容はあれとこれとはまた別ではある。

今回の件については目的あってのことではない。社会のルールが守れなかった、社会のルールを守らせることができなかったという、教育の敗北たる出来事だ。

我々教育者は、日々様々な教育活動を行いながら、さらにもう一つことを教えている。
俺を例えるなら、HRの時間では直接的に日々の教育活動の中で身につけさえたいと願っていることをダイレクトに伝えるべく努力しているが、専科の授業である美術の授業を通しても、美術以外の何かを教えている。その何かは毎時間違うが、共通しているのは単純に美術というものだけを教えているのではないということだ。

これを念頭に考えると、問題の野球少年達は、野球しか学ばなかったのだろうなあと想像する。野球を通して身につける何かというものもあったはずだし、実際大多数の野球少年はそういうものを学び続けていると思うのだが、こういう連中もいるのだなあ。
まあね、前任校でも野球部の監督さんは一生懸命プラスαの部分を教えようとしていたけれど、肝心の生徒達は俺が想像している昔ながらの”体育会系の男”とは似ても似つかぬ連中ではあった。野球だけ上手になれればいいという程度。それどころか、肝心の野球の練習でさえ厳しすぎると、親までも一緒になって文句を言っていた。
こうなるとプラスαどころじゃない。
親までもが文句を言うとは、そういう時代なのかねえ。
一体学校で何を学んで(学ばせようとして)いるのやら。


で、本日新居に付けるカーテンを選びに行ったのだが、店の中ではちびっ子が遊べるコーナーがあった。そこには既に少女がおもちゃで遊んでいた。ゆめはおとなしくビデオを見始めたが、たったの方はその子と一悶着も二悶着も起こしてくれた。
おもちゃの取り合い。
見たところ3才程度の少女が、たったが手に取るおもちゃをことごとくほしがる。
年かさの少女に迫られて奪われ続けていたたっただが、いい加減貸したくなくなって、胸に抱えたまま逃げ回る。
少女が無理矢理奪うと、たったが少女の胸ぐらを掴んで押し倒そうとする。
少女は折良くやって来たおかあさんに言いつける。
娘の方をたしなめるおかあさん。
その一部始終を黙ってみている俺。

どっちもどっちだなー。
人のものをやたらほしがる少女に、1.6才のくせに胸ぐらを掴むガキ。
お前ら保育園でいったい何を学んでいるのだ。

「先生、これ見てください。」
「次、僕のを見てください。」
「せんせー、あたし次ね。」

 ・
 ・
 ・

 こんな日に限って次から次へと生徒がやってくる。かつての教え子で、今は滅多に逢えない最愛の人が待ってるってのに。

 人気バンドでボーカルの彼女は、初のプロモーションのロケ地として自分の故郷を選んだ。道路の整備は進んでいるとは言え、山奥にあって若者はどんどん都会に流れ、急速に過疎化が進んではいるが、緑豊かなこの町を、彼女はこよなく愛している。彼女がこよなく愛する俺がいるこの町を。

 やっと生徒の波状攻撃を退け、母校訪問という口実で来た彼女の待つ応接室へと急いだ。だがそんな俺の目の前についに、最強のお邪魔虫が立ち塞がった。いや、正確に言うと、俺の背後から襲いかかった。

「お〜い、ちょっと手伝ってくれー」

声をかけてきたのは天敵青島!奴は今までもいい時になると俺の邪魔をしてきた。でも、今日は絶対に負けないぞ。無視だ、無視!俺は断固として歩みを停めなかった。
 だが青島の奴、こともあろうに得意の柔道を活かして俺を羽交い締めにし、ズルズルと引きずり出した。
「ちょっと小野田せんせー、無視しないでよ〜。ちょっとで良いんだからさ〜」
 馬鹿、離せ!俺は今から彼女にプロポーズするんだから!今日という今日はお前なんかにつき合ってられないんだよ、絶対に行かなきゃならないんだよー!
 
 だが奴は回した腕に容赦なく力を入れる。ぐ!く、首が絞まる・・

 どのくらい気を失っていたのか、気がつくと見慣れた校舎ではない、どこか別の場所に倒れていた。
 どこだここは?
 俺はどこにいるんだ・・?


 あれ?ここ、俺の家じゃん。
 しかも、隣には愛する妻と、さらには俺の首に一生懸命蹴りを入れている寝相の悪い愛娘の寝顔までが・・。

「夢・・だったのか?」
 あまりにリアルな夢に、一瞬自分の置かれた状況を把握できずにいた。

 この日以来、面識もなければましてや教え子でもない、今まで全く気にいてもいなかった彼女の姿をテレビで見かけるたびに、なんだかとっても切ない気持ちになる。
 これって、もしかして恋?
 妻は夢の中とはいえ人気歌手なんぞに浮気した俺を、よくもまあ勝手な妄想をしたものだと大目に見てくれている。う〜ん、でもこの気持ちは当分収まりそうにないぞ。せめて夢の中で、あの続きを見たいんだがなあ。

 彼女の名は”持田香織”。そう、言わずと知れた”ALT”のボーカルだ。
 なんでかなあ、楽曲だってたいして好きじゃないし、ファンでもなければ好みのタイプでもないのになあ・・。


彼を記憶障害にする方法 06/3/1 (水)
用意するものは、めったにいかない図書館の貸し出しカード、ろくに使ってない銀行のキャッシュカード、読みかけのまま長く放り出してある単行本など、なんでも結構です。

ポイントは、滅多に使わないとか長らくどこにおいてあったか忘れているようなものです。


さて、準備が整ったら、おもむろにこう聞きましょう。
「ねえ、あれどこにある?」
すると彼はこう答えます。
「へ?俺知らないよ?」
あなたはこう切り替えしてください。
「あなたに貸したじゃん。」
彼はこういうでしょう。
「えー、借りた?いつー…」
あなたはすかさず
「もうずっと前だけど。ほらあのとき」とかわしてください。
彼は実際には借りてなどいないので記憶が定かではありません。次第にしどろもどろになります。


こんな事を数回、時期を開けて繰り返しましょう。
或いは返してもらったものを受け取ってないと言い張るという手もあります。
彼は次第に自分の記憶に自信がなくなってきます。
ほどなく、彼にとっての過去の記憶というものが意味をなさないものとなるでしょう。

少し知恵が回る彼なら、こっそり備忘録など付け始めるかもしれません。
そんなときは、必ず備忘録そのものをいったん隠しましょう。
彼が探し回ったら、適当な時期を選んで彼がしまいそうな場所においておきます。

こんな事が数回も続けば、そのうち彼は立派な記憶障害となるでしょう。



ところで今日は結婚式記念日だ。結婚記念日はというのか入籍した日はバレンタインデー。
良かった、忘れてないぞ!