8月

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負けないぞ! たったと過ごす一日 たったと過ごす一日 たったの誕生日 日本の夏 気功万歳 遺したモノ
遺したモノ 06/8/31(木)

先生に見えない杭を抜いてもらって一夜明け、その後肩の具合はどうかというと、いつもならちょっと押しただけで、いや触らなくても時々錐かナイフでも差し込んでぐりぐりやられてるような痛みが走っていたモノが、全く何ともない。
まっこと気功の力はスゴイモノよ。


ばあばの棺に入れた物は、あまり多くない。俺の記憶にあるモノでは、仲のよかった人から来て、実家に置いてあったからまだ見ていなかった暑中見舞いの手描きの絵はがき1枚と、俺が描いて額装した新居の絵手紙だ。その新居の絵手紙には、早く元気になって一度新居を見に来て下さいと書いてあった。

それを描いた頃はまだそれほど重篤な状態ではなく、ほんとに出ようと思えば外出できた。もっとも、そのたんびに見えない何かの妨害にあって容態悪化、外出不可になってたんだけど。

俺は密かに
「”一度家を見に来て下さい”なんて書いて、見に来られないまま亡くなったりしたらシャレになんねーなー」と思ったモノだ。
まさか、それが現実になるとは夢にもおもわなんだけど。


遺品を整理していると、ばあばの実の姉に渡すのが一番よかろうと思われる喪服&副装品一式を除けば着物くらいしか残っておらず、他に形見分けできるようなモノなどなんにもない。一回くらいしか着てない洋服はたくさんあるけどなぁ…こういうのは好みがあるからなあ…
とにかく、あっけないもんだね。

俺が死んだらどうかなあ。
バイクと車はあるだろう。革ジャンはさすがに着られなくなってるかなぁ。野宿道具一式は…きっと捨てられるな。せめてテントと寝袋はたったが使ってくれなかな。時計は今は持ってないが、その頃には持ってるだろう。数珠と魔除けの珠、マッキントッシュやウィンドウズパソコンが数台…うわー、俺もろくなモノ持ってないや。
大量に残ってるのは、単行本やハードカバーなどの小説か。これはほんとにスゴイ量だぞ。
カメラもデジタルカメラ・ネガカメラ&レンズが各種イイモノが数台ある。あ、電動工具が色々あったな。
このへんはいいものを買っているのでどれも使えるだろう。
う〜ん、ばあばよりは多そうだ。
もっとも、金目のモノはあまり無いが。欲しい人には欲しいモノって感じか。

人が死んで、跡に残るモノってその人の生前の生き方が如実に表われるなあ。
ま、少なくとも、たったが苦労するようなモノだけは残すまい。

ってか、どうせ残すなら良い思い出を一番残したいモノだ。
気功万歳 06/8/30(水)

たったのうんちがくさいので、ゆめは鼻をつまんで
「くーさーいー」
と言ってます。

ゆめのうたがひどいので、たったは両耳をふさいで迷惑そうにしています。

僕は、どっちもどっちだと思います。


今日は気功の日だった。
超特急で帰ると、ゆめがやってもらってるところだった。
ゆめが終わるのを待つ間ごろごろしていると、上に乗ったり踏んづけたりしてかまって欲しそうだったので
「せいたくん、どうせ上に乗るなら背中に乗ってくれ〜」
と言ったらほんとに乗ってきました。
でも、不安定なのでなんだか危なっかしくて、帰って緊張して肩がこりました。

と、腰の当たりから立ち上がって肩まで来て…









そのまま倒れてきました。





たったのヒザが、盆の窪にはまりました。




目から星が出たどころか、目ん玉が飛び出したかと思いましたよ、いやまじで。


口の中も切って腫れたし、えらい目にあったワイ。



さて、ゆめが終わって今度は僕の番です。
うつぶせになって先生が手を背中にかざして開口一番、
「うわーーーーーーー、憑かれてるねえ」


憑かれてる

じゃねーよ、疲れてる だ。

ソリャー疲れるよ。葬式やらなにやら采配して、おまけにその後の役場巡りだ。

だが、本題はこの後だ。

「こりゃーすごい、背中に穴空いてるよ。」

「は????穴ですか??穴が空いてる?

          ど、どこに?」
「あのねー、太い杭が刺さってるんだよなあ。」
「そそそ、そりゃー一体どういうことですか???」
「どこにでもいるんだよねー。槍とか弓とか刺そうとする奴。どこでやられたか知らないけど、こりゃーすごい。」
ママによると、先生は太い杭を抜くような仕草をしていたそうな。
「こいつを投げたのは親分だな。そういう奴ってのは、下っ端みたいな奴がとりついただけで投げてくるからね」
「神社とかもねえ、全部に神様入ってる分けじゃないからねえ。ひどいのになると、鳥居の上に乗って待ちかまえてたりするからね。」
それを聞いた瞬間、鳥居の上にボロボロの着物を着たがりがりの黒いのがカエルみたいにしゃがんでじっと見ている絵が浮かんだぜ。←後で聞いたら、ママも同じ絵を思い浮かべたそうだ。
「パパは、第2チャクラが開いてるからなあ。」
「それはなんですか?あいてちゃまずいんですか?」
「あんまりよかないねえ。寄って来ちゃうんだよねえ。感受性って言うのか、そういうのが強いんだよねえ。ママとたったくんは開いてないね。」
「締める方法は?」
「ないよ。生まれつきだもん。」
「せめて、見えるようにならないですか?見えればよけられるかも。」
「むりむり。向こうから寄ってくるから。でも、何となく寄りつかない場所とか、行きたくないなあと感じる場所や、どうしてもあわない人ってのはあるでしょ。自然によけてるんだよ。」
「今背中に開いてる穴は、僕は先生に閉じてもらってるからいいけど、なあんにもしなかったらどうなんですか?」
「そしたら長いねえ。なかなか治らないよ。物事ってさ、表裏一体って言うじゃない。表のことは医者で治るけど、裏のことは医者じゃ治らないんだよね。裏一枚なら良いけど、裏の裏、その裏までやられてると、ほんとに治らない。」
「ひどいのになると、こっちがやられることもあるからねえ。強いのに当たったりすると、ほんとに大変で、パワーを溜めてやらないと逆にやられてしまって寝込んだりするからねえ。大変だよ。」

と言うわけで、見えない杭を抜いてもらい、穴をふさいでもらうと、気のせいだけでない、確かに背中が軽いのよ。おまけに、手をかざしてもらっただけでもんでもらったわけでもないのに、もみ返しのような軽い痛みが広がってる。
さらにだ、腸が弱ってるとお腹もやってくれた。
実はここ数日下痢してるんだな。言ってないんだけどわかったんだな。
不思議だねー。


不思議ついでにもう一個。
ママは僕が帰って来る前に、実家のことも聞いたらしい。ところが答えが歯切れ悪い。「土地のさわりは怖いでねえ」、「強いのがいるとこっちが襲われる」とかなんとか…
それを知らないで俺も実家のタローがこの頃家の横の空き地に入りたがらないのはなんでか聞いたの。それもはぐらかされて、「動物は感じるからねえ」だって。
どうりで『ひどいのになると、こっちがやられることもあるからねえ。強いのに当たったりすると、ほんとに大変で、パワーを溜めてやらないと寝込んだりするからねえ。大変だよ。』なんて、聞いてもいないよその家のことをくどくど言うわけだ。
要するに、実家には間違いなくなんか強いのが居て、見ようとしても返り討ちになりそうで見えないと。それを歯切れ悪く伝えようとしていたんだろう。もしかしたらその強いのの正体もわかっていて、解っているから言えないのかも。
だとしたら、正体は僕の関係者か?
いずれにしても、すべてが解るのはもう少し先になりそうだ…

日本の夏は宿題で終わる 06/8/29(火)

自慢じゃないが、夏休みの宿題を8月にやったことは一度もないぜ。
必ず7月中に終わらせて、後はのんびり遊んで暮らすのが俺の夏の過ごし方さ。
ましてや、夏の終わりに親に手伝ってもらうだなんて、そんなことは考えもしないかったぜ。
もっとも、その頃には宿題なんざぜ〜〜んぶ終わってるんだから、考えるわけもないがね、

ふ。






そんな、暑い夏をクールに過ごしていた俺が…





何で大人になってゆめ様の宿題を手伝わねばならんのだ…
聞けば、夏休みの宿題が欲しいかと担任の先生に聞かれて、「欲しい」と答えたのはママだそうな。

「宿題欲しい」などとほざいたのはママだそうだ!

何で「いらないっ」て答えないのさ!?


帰宅したとき、朝から宿題三昧でうんざり気味のゆめ姫様は、
「きゅうけー、きゅーけー」
と今にも叫びそうな顔と『もううんざり』という顔を顔にくっつけていた。
ご飯を食べながら
「ゆめ、ママが宿題欲しいって言ったから、今そんな目に遭ってるんだぞ。」
と教えると、ゆめはママをキッとにらんだ。

ゆめさん、ママをにらみました〜


日本の夏 宿題の夏… 
byキンチョー

追記
宿題はゆめ専用のバインダーに入った、ゆめのためだけの手作りのモノだった。先生達は、みんな児童一人ひとりに合わせた宿題を作っているモノと思われ。
すっげー…

たった、2歳の誕生日 06/8/28(月)

たったはくるま、特にばっすーが大好きだ。
国道を眺めては
「お、くるまー」
「お!ばっすー!」
などと叫んだり喜んだりしている。
何がそんなに嬉しいのかわからんけど、とにかく車が好きなのだ。

そんなたったは、8月16日に生まれて初めてバスに乗った。
それも一日に大型バスとマイクロバスの2種類に、計6回も乗った。

ばあばのおかげだ。

その日は、この夏61歳で亡くなったばあばのお葬式の日。
葬儀会場への行き帰りに大型バスに、会場と焼き場の行き帰りにマイクロバスにそれぞれ乗ったのだ。

たったはばあばのことをあまり記憶してはいまい。なにしろたったはまだ今日2歳になったばかり。ばあばとは会話らしい会話もしてないしな。

しかし、俺の記憶に残は一生残るぞ。
たったが生まれて初めてバスに乗れたのは、ばあばのおかげだったことが。

たったと過ごす一日 06/8/12(土)

いつものようにたったと遊ぶゆめ。
と、玄関へ続く引き戸の向こうでゆめの泣き声が。
引き戸を開けると泣いているゆめの横で、たったがこっちを見ている。
手には木のおもちゃ。

「こらせいた!ゆめをなぐっちゃだめだろうが!」
叱りつけると、たったはかなーり反抗的な目で俺をにらみ返してきた。
生意気なやっちゃ!

ゆめを慰めて引き戸を閉めて数秒後。
引き戸ががらっと開き、仁王立ちしたたったが、まるで見せつけるかのようにこれ見よがしにゆめを殴って見せた。
「こらーーーーーーー!!」
と叫んでみたが、よくよく考えたらどうもさっきのゆめは嘘泣きの気配。
くわえてたったのあの反抗的な目。

もしかしたら、たったはなにもしてないのに冤罪で怒られたのかもしれない。
だから、ほんとに殴って見せたのかもしれない。
いた、たぶんそれが真実だろう。
すげーな、たった。
ってか、悪いな、俺。
いや、一番悪いのはゆめかな。


制作に没頭している俺に変わってママが怪獣2匹と共にお風呂。
どうやら脱走しようとしているたったに向かって、ママがしきりに湯船に浸かれと指示している。
が、指示に従う気配がない。
いい加減助け船を出さないとまたママが叫び出すので、俺の出番。
「たった、お風呂出るのか?」
「ん」
「じゃ、10数えるか。いーち、にーい…」
素直に従うたった君。
「何でパパの言うことばっか聞くのよ」←ママ

お風呂から上がると、たったは両手に車のおもちゃを抱えている。
「たったねー、車を4つも持って入ろうとしたのよ。で、湯船の中で落っことして、それを拾おうとして溺れて、ゆめにしがみついてきたからゆめも溺れて、アブナイから車を2こ外へ出したの。ねー、せぇーちゃん。」
うなずくたった。
「マァマー、ヤッタ。」
と、ママを指さしながら俺に告げ口するたった君。
「ママに取られたのか?」
「うん」
体を拭くと、再び両手に4台の車を抱えて出ていくたった君であった。

たったと過ごす一日2 06/8/11(金)

たった君、STで言語の検査だった。
前回はやたらとおもちゃがたくさんある部屋でやったらしく、遊んじゃって検査にならなかったようだ。
今日はその部屋ではなく、面会室でやった。
今日はママが一日中所用で留守なので、付き添いは俺。

お気に入りのチョロQ一個もってお出かけ。
ママとの時はどうか知らないが、俺とお出かけの時は実に言うことをよく聞く、良い子ちゃんのたった君だ。

検査では、絵の描いてあるカードの、その絵の名前を答えたり、直線を引いたり、絵が描いてある場所を覚えて、言われた絵の隠されている場所のふたを開けるのとかをやった。
見て知ってるものは答えられたが、知らないものや興味の持てないモノは全滅。
いつもは出来るのに今回は出来ないというようなモノもあり、親としては思わず
「いつもは出来るんですけどね〜」
「家ではこんな風にいうこと理解できてるんです〜」
とか言っちゃって、こんな事言わない方がいいのになあ、ああ、俺も人の子だったか…などと、口走ってるそばから頭の片隅で自己批判…

帰宅後はたったをプールに入れて、そのそばで制作しようと思っていたのに、たった君たらプールを拒否。
あくまで入らない。
仕方がないので適当に遊ばせていたが、おならばっかしするので何度かオマルに座らせた。
デモでない。
しかし、ちゃっかりとおむつの中には2回ほど立派なのを出しました。

これだけ出せばもうでないだろうと勝手に解釈し、残り少ないおむつがどこにあるのか探すのも面倒だったので、おむつなしでズボンをはかせて遊ばせていた。

午後の日差しは一向にゆるまる気配を見せず、相変わらず太陽はぎらぎら輝いていた。
蝉の声が響き渡るなか昼食を取り、ややくつろぎ加減でごろごろしていると、午前中に遊び疲れたか、たった君も寝る体制に入りかけている。
テレビでは、サムライジャックが良い感じで暴れていた。

と、たったが寄ってきて指先を突き出し、何かを訴えている。
みれば、チョコレートが付いていた。
この頃たった君は、手が汚れると拭いてくれとせがんでくる。この時も、さして気にせずティッシュで拭き取ろうとしながら何気に臭いをかいでみた。

チョコレートなんかこの家の中にあったっけか?





俺は頭を一発殴られた。
大方の読者は既にお気づきだろう。
そうですよ。
不用意に臭いをかいだ俺の鼻腔に飛び込んできたのは、チョコレートの微粒子ではなくうんちの微粒子だったのです。
あわててズボンをめくっても汚れてません。
しからばこれはどこから???
と、茶托の向こう、たったがいた当たりを見てみると、買ったばかりの雑誌の上に、こんもりとたったのお仕事がしてありました。
どうやってズボンを汚さずにそんなお仕事をしたかわかりませんが、とにかく雑誌の上には仕事してあるので、大急ぎでたったを裸に剥き、お風呂場に閉じこめ、まずは雑誌の表紙の洗浄。
次にたったの丸洗いですがな。
いやはやびっくりした。
自分のうんちを投げて遊ぶ子供もいると言うし、ま、投げるどころか手についたから拭いてくれといってくるだけましか。
何より、仕事したのが床の上じゃなくてほんとによかった…

姿も見えんような奴に、負けてたまるか 06/8/10(木)

不可思議な全身の筋肉痛は、やっと収束してきた。
まだ残っているのは左手の力が入らないいらだたしさや、やたらに疲れて買い物途中でたった1冊の文庫本を持ってることすらできないほどの痛みくらいだ。

これが、原因に思い当たることがないのが不思議。
正直言えば痛みが始まる前日には、確かにトンカチふるって筋肉ぱんぱんになったが、それは右手のことであって左手には関係ない。それにそんなのいつものことだし慣れてる。実際、一番使ったはずの一番ダメージありそうな右手は早々に回復しちゃったし。
それ以上にトンカチ振るっただけで両足が階段を上り下りできないほど筋肉痛になるわけがない。
しかも日を追って悪化するなどあり得ぬ。

というわけで、もっと思い当たるのは、トンカチを振るうわずか数時間前に、俺が自分で口にしたある発言だ。

これまでばあばが退院したい、外泊したい、家に帰りたいと言いだし、実際それが可能になりかかると急に容態悪化ですべてダメになってきた。結局半年間も病院から出られずじまいだ。
さらにはばあばが退院できた暁には是非とも実家ではなく新居に迎えようと大急ぎで始めた増築計画の、その最初の打ち合わせと決めた日に、肝心の設計士さんがこちらに向かってる途中で事故って打ち合わせもパーだし。
もはやここまで来ると、見えない何かの妨害に合ってるとしか考えられなかった。
偶然というにはできすぎている。(実際妨害だと言われたし。その筋の力のある人にね。)

で、今回は、見舞いに行った際にベットの横に車椅子が置いてあり、起きあがってリハビリしているというし、容態も落ち着いていたことから俺の方から自発的に
「この分なら少し病院から出られそうだね」
と言ったのだ。
これ以前にも何度か一回出させたいと思っていたのだが、ずっと『点滴がはずせないから無理です』といわれ続け、そのうち俺が足を怪我しちゃって見舞いにもよう行けなくなってしまったので、すっかりそんな話は出ずにいた。
今は点滴を四六時中やらなくても良くなったので、これなら出られるじゃんって単純に思ったんだよね。
息子なら自分の母親に、当然思っても良いでしょ、それくらい。もう随分長いこと出てないんだからさ。

しかして、今度は俺の原因不明の筋肉痛だ。筋肉痛になってから出た話だが、って、これ以降は既に数日前の日記に書いてあるな。


どうしたもんかな、これ、マジでやばいんですけど。
俺ぁね、別に何でもかんでも霊のせいにするつもりなど毛頭ない。死人がたたるとか妖怪が出るとか、
そんなモノを信じちゃいないんだ、正直言えば。
だた、二十歳を超えてからそうした体験に関しては枚挙にいとまがないのは事実だし、ゆめが生まれてからはますます頻度(と規模)が増したのも事実。アパートの部屋のあちこちに置いた盛り塩が、一晩で溶けて水になってるのなんか初めて見たぜ。そんなのリアルに見たことある人が、この世の中に一体何人いるだろうか?塩がたった一晩で自然に水になる仕組みを解説できるのならば、してほしいもんだ。

実際、二十歳を過ぎるまで(正確には、大学合格して入学式までにヒマをもてあまし、たまたま知った心霊スポットにののこのこ出掛けていくまでだ)は金縛り一つ体験したことなかったんだから。(たった1回、おもしろ半分で出掛けた心霊スポットのせいで、一生のキズを足に負ったし、これを境にあっち系の世界に片足突っ込み、なお左足は突っ込んだままのような気がする。何しろ”拾いやすいから気を付けろ”って言われちゃったしなあ。実際、病院に見舞いに行って帰るたんびになんか拾ってるらしいし…幸い、肩が痛いって感じても、不思議と家の敷地にはいるといつの間にか違和感なくなってる。結界の中には入って来られないのだろうとは、同様になんか拾ってきては敷地の境で落としてるかみさんと一致した見解だ。)
でも、死んだらお終いじゃないってことは、まず間違いなくそうだと思う。
見えなくても何かの存在があるってことも事実だ。それが霊だというならそうなんだろう。
誰でもゆめと1週間も生活すれば信じたくなるだろう。
それはもう、大槻教授にゆめを貸し出しても良いくらいだ。
ただし、新居ではダメだ。
ここはマジで結界張ってもらってるから。あれだけひどかった引っ越す先々での金縛りが、新居に来て、キョンシー騒ぎがあって結界張ってもらってからは1回もない。(前任校の官舎でも張ってもらったが、そん時も張ってからは官舎の中では霊現象がほとんど無くなったんだ。ただし、隣の同僚には迷惑かけたけど。霊がね、俺んとこに来られなくてみんな同僚の部屋に引き返してたんだってさ。)

でも、今回は幸いにもやられたのが俺なので、計画は既にスタートしている。
もう介護タクシーも予約しちゃったし、ヘルパーさんも頼んである。
これでもう邪魔しようったってそうはさせん。
今回は何がなんでも外泊させる。絶対に新居を見てもらうんだから。
妨害かけたのがばあばじゃなくて俺だってところが運のツキだ。

単なる独り言なので、あまり真剣に読まれてはこまるが…
どっちかっていうと、自己批判的な気持ちの整理
06/8/9(水)

気が付けば8月も半ばに近づき、思わず
「早い、早すぎる。何でもう8月10日なんだ…」
と思わずつぶやいてしまいたくなる今日この頃です。

月日の過ぎるのがあんまり早いので、思わず残りの日々を思ってしまいます。
残りってのは、3年年限で来ている養護学校での研修期間の残り半年のことです。

前任校が初任校だったせいか、そこでの5年間は無我夢中で、特にこまることも…
あったけど、そこはやはり無我夢中なので、結局一生懸命やってしまっちゃえるんだな。で、今思い返しても、前任校は特に大きな問題が起こることもなく、やりやすかったなあというのが実感。
ただし、それは自分がまだ未熟で、今なら気が付く問題点などに気が付けなかったとか色々な事情があったと思う。

翻って今はどうかというと、生徒対応については赴任早々から(この学校での)先生ってぇ仕事の重圧に耐えられなくて、半年もすると一瞬本気でやめようかと思ったくらいだから、やはり大変な学校であることは間違いない。ただしその大変さというのは、教師として責任を果たそうともがいたから。そしてその責任の正体が、単に自分的な理想の生徒像に近づけるってことに過ぎなかったから。生徒個々に合わせた配慮が特に必用な今の学校で、そんな画一的な考え方に基づいた画一的な指導が通用するはずがない。そのことに気が付いた赴任1年目の夏以降は、特に苦しむこともなくそれなりにやれてきている。気が付くのが早くてほんとに良かったと、今更ながら後ろのじいちゃんに感謝★
またそれ以外では、やはり色々気が付くようになっているので、先生ってぇ仕事の暗黒面に対してもイヤだなあとか思いながら、でもそれも給料のうちと自分をなだめながらやってる感じかなあ。

で、この仕事をやっていると、誰しも必ずいけないと思いつつもつい考えてしまう(と思うが、稀にそう考えない先生がいることも記しておく)のが、『この子がいなければやりやすいクラスになるのになあ』という生徒の存在。
嘘偽りなく申告すれば、僕にも思い当たる生徒がいました。
過去ね。
かなり経験を積んだというか、もまれた結果、今の学校に勤務してからは該当する生徒はいません。

この先…はどうかなあ。先のことはわからんけど、少なくとも3年前の自分よりも今の方がそういう生徒のカテゴリーを作る確率は低いだろう。


さて、採用された当時から常々考えていることで、特に今の学校に赴任した早々にますます強く心に念じていることに、『どんなに手のかかる生徒でも、必ず誰かの愛する子供』という言葉がある。
自分的にかなりやっかいと思う生徒でも、家に帰れば彼を愛している母や父がいる。
僕がいくら否定しようと思っても、彼の存在を丸ごと受け止めている家族がいる。
そんな彼を教師の僕がその一側面を持って否定して良いのか。

良いわけがない。
だから、僕も彼を受け入れるのだ。
無条件に。


今までは教師としてそう考えてきたが、実際逆に自分の身に降りかかってみると、そうしてもらえないいらだたしさというかやるせなさは親として計り知れない。

先生って存在の、その顔には、こんなにもその子をどう考えているのかが如実に出てしまうモノかと驚いた。
先生って存在との、その何気ない会話には、こんなにもその子をどう受け止めているのかが如実に表われてしまうものなのかと恐ろしくなった。

自分はどうだったろうか。
同じように顔や会話に出てしまっていただろうか。
いや、そこまで未熟ではなかったと思いたいが。例え採用1年目のヒヨッッコだった当時でさえ。

我が身を振り返ったとき、自分の子供が障害を持っていたからこそ、これだけ障害というものに対して真剣になれた。
それはそれで貴重だと思うが、自分がその立場にならなければそこまでの真剣さをもてないというのは一種情けない。
教師として、『どんなに手のかかる生徒でも、必ず誰かの愛する子供』という思いを持ってきたが、いざ自分が手のかかる子供の親になって初めてそう考えてもらえない痛みが身にしみたのは、それはそれでやはり貴重だが、その立場にならなければ同じ痛みを理解できないというのでは、想像力の欠如といわざるをえない。

とはいいつつも、それは致し方ないことではある。誰しも、それぞれの思いがあって教師になっている。僕と同じように考えないからといって、それを批判していい理屈にはならない。
だから、同じ立場に立たなくても理解せよと、他人に強制しようとは思わぬ。
でも、少なくとも自分はそうでありたいと思う。

とかエラソウにいってもまだまだ未熟で、家に帰れば甘えも出てしまう。実際私生活では全くそれが出来ていないんだけど、四六時中そんな清廉潔白でいられるほどご大層ではないと思える程度には自分のことを理解しているつもりだ。
だから、せめて教師として学校では、それができる自分でありたいと願っている。
出来てなかったけど…

子供ジョーロ 06/8/8(火)

気が付けばもう8月も半ば。夏休みも後半分になっっちまった。

百均で子供ジョーロを2コ購入。ゆめとたったとけんかしないように色違いで買った。
なのにガキどもときたら、いないところでやっぱりケンカしやがった!
せっかく2個買ったのに、なんでけんかすんのよ!?
たった!2個とも欲しがるんじゃねーよ!
2個あったら1個はおねーちゃんだって!

ゆめはゆめで、プールに入ってそれで遊ぶといってきかないし!
しかも今すぐ!!!!
台風来てるからダメだっつってんのになー
後でお風呂で遊ぶっていってんじゃん!
なんで我慢できないかなあ!?

せっかく喜んでくれると思って買ったのに、結局泣かせてしまった!
なんでいっつもこうなるんだ!?
ケンカや泣かせる原因にしかならないんだったら、買わなきゃ良かった!!
すっげーやだ!

ま、怒っても仕方ないんだけどさ。


気を取り直してお風呂で遊ぶ。
ゆめは喜んでんだかどうだかよくわからんけど、とにかくジョーロの1個はたったに渡して、自分も1個持ってる。
たったはすぐに遊びだした。
片手で指2本でもって楽々とお湯をすくってる。
ゆめは…
ゆめは持てないんだね。
その程度のモンでも重くて持てなかったか…
完全に予想外だった…
なんか、無性に悲しい…

ゆめの持つ手に手を添えて、一緒にショワショワだして遊んでみる。ゆめはたしかに楽しそうだが、何度やってもすぐに「やって」と言ってくる。
何回やっても終わることがない。
「じぶんでやってごらん」
というと、ゆめなりに工夫しようとするのだが、やっぱり重くて出来ない。
結局手を添えてやってあげる。
ゆめは嬉しそうだ。
その笑顔がまた悲しい…

こんな悲しい思いするんだったら、やっぱり買わなきゃ良かった…

おうちでプール 06/8/7(月)

午後から怪獣2匹をプールに入れた。
お庭でプール遊びするための子供用のプールは前から欲しかったので、帰宅する途中のカインズで購入した。
ついでに日よけ用のパラソルと土台も購入。
さらについでに『パイレーツオブカリビアン』のDVDも遅ればせながら購入。
今日はバイクで通勤したので、これだけの荷物と細長いパラソルを持って帰るのにはちょっとコツと工夫が要った。

お昼をチョイすぎた時刻からプールに水を張り、そのままでは冷たかろうと水が暖まるまでまとうとしたが、もう怪獣2匹は鼻息荒く、とてもじゃないが一刻一秒も待てない。
幸いにも実家の地下水と違っておうちの水道水はなま暖かい。暖まるのを待つまでもなくほとんどお湯だったので、ほどなく水中へ解放させることが出来た。

さて湖に帰った怪獣2匹は、それはもう文字通り水をえた魚状態。
狭いプールの中に色々なおもちゃを持ち込んでギャーギャーうるさいこと。
怪獣は涼しそうで良いけれども、溺れないように監視しているこっちは炎天下の中、わずかばかりの日陰で大汗かき。

何か涼しくなる方法はないモノか…

そうだ★
花壇の水まきついでに雨降らせよう♪

というわけで、早速蛇口全開で、水鉄砲のようにボシュボシュ打ち出したり、シャワー状にしてしゃーしゃーかけたりと、怪獣相手に大はしゃぎだ。
たしか怪獣のうちの小さい方は、去年は水に入ること自体ビビってたはずなのだが、今年は全然平気。思いっきりかけてやっても嫌がるどころか楽しんでやがる。
大きい方の怪獣も、「やって、やって。」とこれまた大はしゃぎ。

やがて小さい方は1時間半もしたら自分で上がってきたが、大きい方の怪獣は2時間以上浸かりっぱなし。
おまけにいい加減夕方になったので冷えるといかんと思って嫌がるのを無理矢理あげたら大泣き。
そのうち、既に上がっていたはずの小さい方も裸で脱走。
追いかけ回すが結局また水中に。
こっちは汗だく。

いやはや、疲れ果てた。



それ以外の筋肉は、根こそぎ筋肉痛。
ちょっとした動作が痛みを伴い、しかも全く力が入らないです。
今朝は起きて1階に下りるのが一苦労でした。
正直言えば、この日記を書くのにキーを打つ動作ですら大変です。

今日は朝から墓掃除と檀家の総会がお寺であって、ほんとなら俺が行くはずだったのだけれど、当然のことながらママに代わってもらいました。
その間俺はというと、1日中怪獣2匹と一緒でした。
この状態で怪獣2匹と一緒というのがどれくらいなものか、果たして想像つくでしょうか。
想像したのの約3割り増しと思って頂きたいモンです。
どれくらいスゴイかというと、午後になって家庭菜園で採れた枝豆をっもってきてくれた地主さんが、家の中を一目見てすぐに帰っちゃったくらいです。
いつもならしばらくは立ち話するし、なんなら上がっていってくれるんですけどね。


ゆめさん、この頃ハンバーグが流行です。
何かって言うと
「あんばーぐぅー」
といってます。
「あんた、いつからそんなにハンバーグ好きになった?ハンバーグやさんに行ってもカレー食べてるのは誰だっけ?」
とゆめにつぶやいてみると、間髪入れず
「ゆめー」
と、自分で答えてました。

…わかってるじゃねーか…
実際、ハンバーグなんか、全然食べないゆめさんです。
でも、そこまで言うなら食べにいってやっても良いけど、そんなに食べに行きたいならしかたがない、食べに行かざるをえないかもしれんが、そんなに食べたきゃ行かなきゃならんかもしれんが、俺の身体が治ってからだな。

闇の力 06/8/4(金)

昨日ばあばの見舞いに行ったら、点滴していなかった。
これまでずっと点滴がはずせないでいて、そのせいでとても外出は無理といわれていたのだが、点滴しない時間も出来たらしい。それならば、短時間なら外出も可能かもしれない。以前ばあばが無理矢理出てきてしまったときにはほんの数時間実家にいただけでMRSAに感染してしまい、その後はあれよという間に状態が急変してきた。以来外出する機会があるならその際には注意しなくてはと肝に銘じていたのだが、俺の新しい家なら実家よりはるかにきれいだし大丈夫じゃないか、まだ見てないから見て欲しいしとか、出られるときには出してあげたいなんてことを考えて、「今なら出られそうだね」なんて話を、世間話の途中でした。
ばあばは、終始にこやかだったが、ストレッチャーだの車椅子なんかじゃいやだ、歩行器使ってでも歩いて行きたいなんて言っていた。
そうなったらいいねえと思った。


この頃ずっと痛い背中だが、”湿布みたいな奴”もあまり効果なく、多少は左肩の腫れは引いてきたようだが相変わらず痛い。
その他はどうかというと、両足のふくらはぎからヒザの裏側、両足の太もも表裏両面全部と付け根、両手のひらから肩にかけての腕と腰以外の背中側全部、首の後ろから肩全体に激しい痛みがある。
ちょっとした簡単な動作、例えば座って立ち上がる、ものを取るなんてことが痛くてエライ。
ましてや重量級のゆめを抱っこなんて、死にものぐるいだ。
朝バイクで出勤したが、その時からクラッチを握るのに痛くて苦労して、変だなあとは思っていた。
午前中はPTAの陶芸指導があったのだが、筋肉の痛みをこらえて指導に当たった。でもそこまでが限界で、昼にやった親睦バーベQでは準備などとてもじゃないけど出来なかった。水の入ったヤカン持っただけで手の筋肉がつりそうになった。

午後は病弱養護専門講座でカウンセリングのことをやるはずだったのだが、とてもじゃないけどエネルギーゼロ状態、このまま無理してたら運転して帰ることすらままならなくなりそうだったので、講座を受けたかったのだが泣く泣く早退した。

家に帰ると同時に起きていられなくなり午後一杯爆睡。
夕方帰宅したママに起こされ、6時半からのばあばのインフォームドコンセントに向かったが、やはり6階のドクターんとこまで歩いていくのがえらかったのでママに代わってもらってそのまま実家へ。
子ども達にご飯をあげなくてはならなかったが、とてもじゃないがゆめを食卓へつかせられず断念。ママの帰宅を待つ。

ママとじいじの帰宅後遅い晩ご飯を食べたが、あごと首の付け根(あごの下でちょうど気管をつまんだ当たり)まで痛みが出始め、嚥下するのが大変だった。
コップ一杯の水すら持ちにくい。
良くなるどころかますますひどくなる。

ご飯を食べながらドクターとの話の内容を聞いた。
話の中で、一時的にでも病院の外へ出る話が出たらしい。その場合は終始ストレッチャーでの移動となりそれなりの人数をそろえなければならない。それが出来れば今なら出られると。
それを聞きながら、人数をそろえるにしても、まずもって真っ先に俺が手を貸さなきゃだよなあって思ったね。



はっ!

『真っ先に俺が手を貸す』?でも、
『今の状態で、俺に出来ることは何もない どころか、歩くことすらままならないのはむしろ俺の方…』

一瞬で謎が解けた気がした。

前々から外出・外泊のことを話題に出すと、まるで帰宅させまいとするかのようにばあばの容態が悪化してきたが、昨日見舞いに行った際、俺も外出の話はした。今日もドクターとママとの間でその話題はでたが、外出するなら人数が必用な関係で俺はかなりキーパーソンらしいが、その俺がこの状態では、当然外出は出来ない。

今まではばあばに直接害なしてきたのが、今回はターゲットは俺だったか?!
数日前からだからずいぶん手回し良いが、やはり外出させまいとする何者かの力か、もしかして!?
ひょっとして体育大会も巧妙に利用されたのかな。
あの時の俺の足の怪我で、2ヶ月もその手の話は出せなかったし。

こじつけといわれてしまえばそれまでかもしれん。
偶然だといわれればそれも否定できない。
でも、この全身の筋肉痛が全く心当たりがないのは事実だし、外出の話に毎度合致するのも偶然というにはできすぎてる。

やはり、一回本格的な御祓いなりなんなりしてもらった方がいいかもしれんなあ…

子供と接する時間 06/8/3(木)

日本の父親は、子供と接する時間が日本・韓国・タイ・アメリカ・スウェーデン・フランスの5カ国中で下から2番目に少ないらしい。その時間、平日で約3時間也。ちなみに、一番長く接している国で約5時間。
その差2時間也。

俺はどうかなあ・・・
今の学校は部活がないから帰宅が早い。それでいうと、平日で、子供と接する時間は約5時間だ!
ただし、それは単にうちのガキどもが夜中の10時11時まで起きているからという理由による。
一般的な幼児の就寝時間が何時なのか知らないが、仮に9時とすれば、接する時間は2時間半ってとこだな。
普通校に戻ったら部活があって帰宅が遅くなるから、ガキどもの就寝時間が今のままなら、接する時間は1時間か2時間か・・・
忙しい学校だと10時までもサービス残業(じゃなくて部活指導でした)してるから、まさに帰宅後には子供の寝顔しか拝めないかもしれない。
もっとも、そんな学校に赴任したら、障害児二人の面倒をママが1人で見なくちゃならないから、一家崩壊の危機だな。


ご飯は今の学校に来てからは、いつも一緒に食べている。
ご飯後に床にこぼしたご飯やらを片づけるのは俺の仕事だ。 拾って食べたがるたったをはねのけ、くすぐり攻撃で撃退しながらきれいにお掃除。
うちはゆめが生まれたころからお風呂は俺の役目なので、お風呂に毎日一緒に入る。
気が向くと、自分の髪を切るついでにたったの髪も切ってやる。
大抵切りすぎてママに叱られるけど。


なかなか遊んでやるってことは出来なかったけど、一戸建てにしてからは上下に気を遣わなくて良いから、お風呂前後に結構どたばたやってるかな。


こうしてみると、サービス残業で大変なお父さん達に比べてはるかに幸せかもしんない。


ところで、この頃2〜3日、背中が痛くて仕方がない。
肩がこっているというよりも、背骨と肩胛骨の間が激しく痛いのだ。
昨日は湿布を貼って寝た。
こんなの初めてだ。

昨日の湿布は効かなかったので、今日はちょっち違う種類の”湿布みたいな奴”を貼った。
ママに貼ってもらったのだが、ついでに軽く叩いてくれた。
軽く叩いただけでもびんびんに効いた〜〜〜〜〜〜。
ママが
「エ?これで効くの?」
と不思議に思うくらい軽くやってもらっただけだけど。
特に痛い左側は、右に比べて肩が明らかに盛り上がっているそうだ。
盛り上がっているんじゃなくて、腫れてるんだね、きっと。

ママが叩いてくれていたとき、たったがやって来て一緒になって右側を叩いてくれた。
「たったくん、それ剥がすとパパが苦しむよ。」
どうやらたったは貼ったばかりの湿布みたいな奴を剥がそうとしているらしい。
以前から怪我した左足に湿布をべたべた貼っているのだが、冗談で剥がすときに痛がって見せている。
たったは、その痛がる声にメチャクチャビビっているのだ。この頃は湿布を見ただけで腰が引けてるし。
そんなこんなで、ましてや自分でパパの湿布を剥がしたりしたら…

「う…ウォグ〜…」
たった、一瞬動きが止まりました。

「グ…ウ”−…」
たった、俺の顔を覗き込みました。

怖がらせても仕方がないので、冗談はこれくらいにしてほほえんであげました。
たった、またたたき始めました。

「パパを叩き放題なんて、すてきね〜」
ママの言葉に、たった嬉々としてますます力がはいってますが…


アメリカアニメ 06/8/1(火)

CS放送でカートゥーンネットワークというチャンネルがある。
たまたまよく見てしまう時刻には、『パワーパフガールズ』とか『ハイハイパフィーアミユミ』『ビリー&マンディー』なんていう初めて聞く名前のアメリカ産アニメに加えて、タイムボカンシリーズとかポパイなんていう懐かしいアニメもやっている。

特にこの頃よく見させられるのが『パワーパフガールズ』と『サムライジャック』と『ハイハイパフィーアミユミ』だ。

何度も何度も何度も何度も、毎日毎日毎日毎日見させられて、

俺…



すっかり…







ファンになっちまった!




なんてこったい!

特に今はまっているのが、『サムライジャック』だ。

アメリカ人のイメージにある日本やサムライって、なんでああも中国と混ざっているんだろう??
日本人のイメージするアメリカ人が西部劇チックだったり、イタリア人はみんな横縞シャツにスカーフしてたり、スペイン人といえばポンチョとソンブレロなのと同じかねえ。

ともかく、なんか純粋日本というよりも、やや中国系なのはご愛敬ということにして、とにかく画面中に溢れている雰囲気は、まさにサムライチックでかっこいい。
孤独感・悲壮感・虚無感・静寂間がにじみ出ている。
あそこまでストイックなサムライ感は、逆に日本人には出せないんじゃなかろうか。
それはまるで、オカマさん達が、それがあたかもフラットな理想の女性像を追求した結果、現実の女性よりもはるかに女性らしい女性というモノを表出させてしまったのと似ている。

いやはや参りました。
『サムライジャック』、目が離せません。