2月

故障中 08/2/28 (木)
右の肘の裏側というのか、上腕二頭筋が肘関節とくっつくところらあたりがすっごく痛い。
積んであった切って半年たたない楠木の大木が崩れそうになったのを受け止めて、力任せに持ち上げた時に痛めたらしい。その時はすぐに痛みも消えたのだが、翌日腕相撲に挑んできた生徒と対戦したときに再発。力が入らない状態で、でもプライドにかけて負けるわけにはいかなかったのでとにかく負けないように耐えていたのだが、この生徒が横に倒すのではなく自分の方に引きつけようとするものだから、それに耐えるために痛めた筋肉をもろに使ってしまった。
おかげで一週間たつ今もまだ力を入れると痛む。
上腕二頭筋のこの部位は、とにかく日常でよく使う。したがって、ちょっとした加減ですぐに痛みが襲いかかる。
腱鞘炎もまだ治ってないのにさらに故障。ってか、腱鞘炎も治ってないのに腕相撲勝負を受けること自体間違っていたな。
ちなみに勝負の結果は、引き分け。俺が本気を出してないと思われ、生徒の方から試合放棄だった。


ゴールデンタイムに衝撃映像特集番組が。当然ガン見だ。
おっそろしいものが映るたんびに俺が
「おおっ!」
とか叫ぶものだから、横でご飯を食べていたゆめがびくびく。そのうち泣き出して怒り始めた。
仕方がないのでおっそろしいものが映るたんびに
「ふっふ~ん」
とか言ってごましたが、はっきり言おう。
思いっきり叫びたいーーーーーーーーーーーーーーー!
おお!
うおっ!
うっわー!!

近所迷惑です。

交渉術 08/2/27 (彗)
帰り道に何気に遠回りしたら、道のわきにある空き地に馬鹿太い木が切り倒されているのを見つけた。玉切りにした状態のものもいくつかあった。帰宅ラッシュで込んでる道だが、すぐさまその空地の横のガレージショップに車を止め、空地の持ち主を聞いてみた。教えてくれたところによると、地主さんは来た道を1700mばかり戻った酒屋さん。いつも込んでるこの道を、たとえ1700mとはいえ引き返すと30分はかかる。ナビで見たら電話番号も出てきた。かなり迷って電話はやめて、直接行くことにした。なにしろ空地には直径が太いところで1m弱、全長が10m以上はある楠と、何の木か分からないが直径が50cmはある木が何本か。先日大物を大量に逃したばかりなので、先々を考えてここは一発決めておきたい。
お店にはおかみさんが一人で接客中、買い物もしないでいては悪いかなとも思ったが、正直に用件を切り出してみた。
あの木をほしがっているのはこの3週間ばかりの間に僕で3人目だそうだ。おかみさんはよくわからないので全部保留にしているという。僕が一番近所なので僕にくれてもいいとも思うが、最初の人も電話番号を聞いているので交渉してみてはどうかと提案された。聞けば栗の木とかその他もろもろ倒していて、その手のものはシイタケ栽培とか色々でほしい人に配ってしまい、あとはほんとに薪にするしかない木が残っているのだそうだ。
あんなナマ木をほしがる人は大抵工具もトラックも持っていて、置き場所もある人が多い。一番目の人だって、くれるとなれば全部持ていくにきまっている。俺ならそうする。交渉しても無駄だろうからそれなら結構ですと断ったが、ちなみに全部持っていっていいのか聞いてみた。すると、その空地は思い出の土地(お父さんが残してくれた土地だそうだ)で、楠は子供のころから生えていた木、それなりに思い入れもある。せめて少しだけでもといくつか玉切りにしたものは乾燥待ちで、いずれ持ってきていすかテーブルにして手元に置いておくのだという。
話を聞くうち、その楠は薪なんかにすべきではないと思った。
それならあの太い楠もきちんと製材すれば、たとえばテーブルの天板にできるし、うちも同じものを使っている。製材所かどこかで板に削りだして4~5年は乾燥させなければならないが、きちんとした家具に仕立てればゆくゆくは家の中で立派に家族の一員になれるいい木ですよと、思い入れがあるならなおのこと薪なんかにしてはもったいないからあれだけはとっておいて、製材してくれる業者を探した方がいいですと、僕が天板を買ったイベントの主催業者を教えてあげた。なんならテーブルに仕立てるのも手伝います、どうせテーブルなら足をつけるだけだし、割れが入ってもちぎりを入れればいいことだしと。でも、残りの木だけで分けっこするのでは量が少なくてますます無理そうなので、改めて今回はあきらめることにした。他の場所で似たような木があれば紹介してくださいと連絡先だけ渡したが、まあほんとに連絡が来れば良しというところだ。
それよりもこのおかみさんとは、もともと持ってこようとしていた玉切りの丸太の使い道についていろいろ話した。椅子にするにしてもしっかり乾燥させて削ってやんないと表面が荒れてて痛いし、加工するには何年も待たねばならないこと、外で使うとおっしゃっていたが、それだと日光ですぐに傷んでしまう。それより下側に不織布かなんかで当てを張って、家の中で使うべきだし、その際はこれこれこういうものを塗れば長持ちする。いったい何者かと聞かれたので自分は高校の美術の先生で、いろいろなもので紙をすいたり木工も趣味でやっていること、こういう場合はこういう風にするといいものができるとか、ほんとにいろいろと。
1時間くらい立ち話でいろいろと話して帰ってきた。
ものつくりの人ではなかったが、作りたいという意欲のある人とその筋のことを話すのはほんとに楽しいのです。1時間はあっという間だった。





夕食をとりながらこんなことがあって木はもらえなかったが楽しかったとさっきの出来事をママと話していると、そのおかみさんから電話が入った。
なんと僕に木を持ていっていいというのだ。一番目の人は結構遠い所に住んでいる人だし、どうせなら近所の人にあげたいと主人が言っていると。それよりもおかみさんとしては僕と話した内容に感謝していて、そのお礼がてら木をくれるというのだ。
いや、言ってみるもんだ。
なんか今後もいろいろ教えてほしいとおっしゃっていたが、木をいただける代償が知識の伝授と加工のお手伝いなら全然オッケーよ。どうせ捨て置くつもりの木をくれてやるかわりにひっ散らかしてある枝を束ねて整理しろだなどという非常識な命令に比べたらサスケハナ海山とエベレストほども違う。

それにしても電話じゃなく直接出向いて正解でした。電話なら先約ありであっさり引き下がり終わりだったろう。結局いただけることになったのも、顔見ながらいろいろ話したおかげだ。
やっぱしコミュニケーションの基本は直接話すことだよなあ。
ってか、世の中何がいい方に転がるきっかけになるか、わかんないものだよね~。

言葉遊び 08/2/26 (課)
お風呂に入ろうとしてゆめを脱がせているとき、せいたが
「ぱぱー、脱いでほしい」
と言ったので、僕もあわてて脱ぎました。
でも、
「ぱぱー、ぼくのことだよー」
どうやらせいたは服を脱がせてほしかったらしいです。
日本語ってむつかしい。


せいたの頭は、保育園の匂いがします。
ゆめの頭は、がっこーの匂いがします。
体には、長く過ごす場所の匂いが移るようですね。
で、僕の頭の匂いをせいたにかがせたら、
「お仕事の匂いがする」
って言われました。
どんな匂いなんだろう???


お風呂からあがる間際は、肩まですくんで10まで数を何回か数えます。何回数えるかも僕が指定します。
せいたが勘定しているとき、ゆめも一緒に数えますが、ゆめはかなりじゃまします。
「いーち、にーい、さーん…」←せいた
「しーち、ろーく、はーち…」←ゆめ
せいたは当然怒ります。
そりゃーそうだね。
お風呂からあがる間際は、肩まですくんで10まで数を何回か数えます。何回数えるかも僕が指定します。
せいたが勘定しているとき、僕は気持ちよく歌います。
「いーち、にーい、さーん…」←せいた
「いっぽーんでーもにんじん~、にほんでーもさんだ~る…」←僕
せいたはなぜか怒ります。
じゃまか?

薪集め楽歌 08/2/24 (日)
薪ストーブは意外にお金がかかった。特に薪代。最初の年は他県からネットで買い付けていたので薪代自体は1万5千円くらいなのに運送費がそれと同じくらいかかっていて、一回で3万円以上だった。3回ほど買ったので、初年度は10万円以上かかっていた。
最近知ったのだが、近所で薪を売っている。近所といっても片道50kmはあるけど。薪のお値段は広葉樹ミックスで1㎥あたり1万5千円~。自分で取りに行ける距離なので、ガソリン代以外の運送費はかからない。初年度の薪代がばかばかしくなった。
ふと思ったが、今燃やしている薪は俺が自力でかき集めてきたものだ。その分ナラだのクルミだのといういい木ではないが、それでも十分に薪ストーブライフを謳歌している。今シーズンで使った薪は、すでに3立方メートルを超え、なお薪のストックは潤沢にある。単純計算で13立方メートル+丸太のままの倒木もある。これなら来年も順調にスタートが切れそう。
ということは、俺は一人で相当な額の薪をかき集めてきていることになるね。といっても手持ちの薪のうち、楠やサクラ、椎の木など現金取引できるものは全体の半分以下の分量しかないけど。

今日は1日中薪割り。いつイツコ様がきても大丈夫な状態にした。まだ切ってない木も大量にあるが、そろそろ薪置き場も一杯だし、新設するか現状の薪置きの容量アップを図らねばならない。寒空の下で1日中薪を切ったり割ったり運んだりはかなり腰に来るが、運動不足解消にもなって一石何丁だ。
その分、特にゆめにかかわれる時間が減る(せいたは俺の周りでちょろちょろ遊びながらお手伝いしてるつもりなのでいいみたい)が、暖かい毎日を過ごすためなので、今一時はDVDで我慢してね。
暖かくなったらまたピクニックがてらみんなで山に木を切りに行けたらいいなあと思うこのごろ。

薪集め哀歌 08/2/23 (怒)
今日はついてない日だった。
その1
朝から現場確認。旦那が来るかと思ったら嫁だった。年のころ50代半ばか。
倒されている木はクリやクヌギなど数十本。太さも充分あり、すごい量だ。
人に貸している畑との境目に枝を積んで欲しいとのこと。その程度は造作もない。ただ、ものすごい量の枝なので、全部を移動して積みなおすのは無理というもの。
「枝の中から幹を出すにあたってよけた枝は積んでいくし、運ぶ途中で他の枝も積みますよ。でも、これ全部移動するには業者でなきゃ無理です。すごい量だ」
「そうねやれる範囲でいいからそうして頂戴」
「この枝を全部敷地との境に積むのはとてもじゃないけど一人では無理なので、あとは周りに散らかさないようにします」
「それでいいわ。」
「これ全部は簡単に運べないので、時間かかってもいいですか。運べるだけ運びますが、置くところも限りがありますので。残りの分はもうすぐストーブのシーズンが終わるので、次に使って足りなくなたらまた取りに来ます」
「そうでしょう。簡単には運べないわよ。それでいいわ」
というわけで、割とすんなり交渉成立。家の近所でこれだけの、いわば倒木畑が見つかるなんてラッキーだ。
ただ、事あるごとに「あなたが欲しいって言うから」とか、「うちはいらないからほっとくつもりなのよ」とか、なんかやたらと恩着せがましいのが非常に耳についたが、良いナマ木が手に入るのでここは我慢。
交渉後の雑談で、
「いつもさがしているの?」
「はい、あちこちで声掛けて、結構いただいてます。これだけの良い木はめったにないですけど」
「薪しか燃やさないの?いつもどうやって手に入れてるの?」
「このくらいで3~4万くらいしますが、最初の年は買いました」
「あら、そんなに高く売れるの!これも売ろうかしら」
「誰も買わないと思いますよ。ちゃんと割ってあって乾燥してないとだめですから」
なんてことを話したので、以前の交渉の歳からケチくさかったので後で断ってくるんじゃないかともおもったな。

30分後、携帯に着信アリ。
たまたま山に入って木を切り倒している最中だったので着信からさらに30分後に気がついて電話してみると、
「あのね、今回の薪の話はなかった事にして頂戴」
「は?どういうことでしょう?」
「ですからね、ちょっと気が変ってあのままにしておくことにしたのよ」
電波が悪くてよく聞き取れないので移動して再度こちらから電話。
「理由を教えていただけませんか」
「あなた、こちらが言った通りにできないんでしょう。欲しい木だけ持っていくって言うし」
「いえ、それはお話ししましたよね?あの内容で良いということではなかったですか?」
「う~ん…、あなた、他でももらえてるみたいだし、うちはあのままにしておいてかまわないんだから無理にもらってもらわなくてもいいのよ」
「いえ、無理どころか、僕は欲しいんですけど。他の場所の木とは全然違う木だし」
「でも、わざわざもらってもらわなくてもいいのよどうせあのままにしておくつもりだったし」
「そのままにしておくようないらない木なら、僕が貰ってもかまわないんではないでしょうか」
「うちの土地のものだし、どうしようとうちの自由ですけど」
「…そうですか。全然筋の通らない話ですが、自分の土地のものだと言われれば何も言えません。わかりました」

というわけだ。
俺は欲しい木だけ持っていくとは言ってないし、そもそもどう見たって全部の枝を移動するなど無理なのだ。それをやらせたいなら金払って業者に頼めっての。
適当な理由をつけてはいるが、ただただ相手をするのもばかばかしくなるはなしだ。
ママは、以前の話の際からずいぶん傲慢だと怒っていたが、今回のことを聞いて『そんな木は燃やしたら傲慢が染るからいらないよ』と言ってる。
その通りかもな。
ま、あんな傲慢でけちな連中とは関わり合いにならない方がいいな。
これでもしそのうち木がなくなったら、売ったに違いない。我々のようなエンドユーザーは、よほど薪置き場に余裕がない限りナマ木は買えないが、中間業者ならいくらでも買うだろう。
そしたら傲慢からゴウツクに格上げだ。


その2
好きなのだけいくらでも持ってけと言ってくれてる方の方で倒木。まだまだたくさんあるまきの木はとてもじゃないが運びきれないので、もう一人仲間に連絡した。仲間が来るまでの間に倒れた木を玉切りにして運ぶ際、やっぱナマ木は重くてしかも今日は大風が吹いていた。ひときわ強い風が吹いた時、あおられた木が倒れ、大事な大事なチェーンソーが下敷きに…
いや、持ち手の部分がちょっとかぶっただけで、ほとんど当たってなかった。
一安心して木をどけてみると、
ひょぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!
持ち手の部分がめちゃくちゃに!
幸いアクセルは無事で、運転には支障ない。ブレーキペダルが壊れてチェーンが止まらないが、機能自体には問題なかった。
仲間が到着するまで持ち、持っていっていい木といけない木とか説明後急いで店に運び、交換部品の注文をした。まだまだ自宅で木を切らねばならないので本体は持ち帰ったが、ついてねぇーーーーーーーーー!
二度あることは三度あるというが、木の話とチェーンソーの話は別物だから、通算しないでおいて三度目はなしということで。

それにしてもあのゴウツク野郎、ほんと許せん。俺が欲しいって言うからなんだってんだ!
マジで気分が悪いぜ!!!

薪集め微笑歌 08/2/23 (努)
親の代から造園業を営んできたが、息子が継がなかったので廃業したというお宅で紅葉の木を刈りながら、庭木についていろいろ聞いた。中でも興味深かったのは、まきの木と松について。

まきの木は、木自体は二束三文で値段なんかないようなもの。ほっとけば杉やヒノキと同様に高くまっすぐに伸びていく。それを少しずつ育てながらきれいな形に刈りそろえて持っていくと、岐阜あたりでやってる競り市で、すごいものでは700万800万の値がつくような木にもなる。松も同様で、あの独特の形や刃の刈りそろえ方は、成長していく過程で少しずつ整えるのだという。
時折見かける松の畑とでも言えばいいか、海岸淵でもないのに整然と並んで植わってる松はいったいなんだろうかと思っていたが、刈りそろえながら育ってる途中の松だったんだね。
まきの木も松と同様に畑みたいに並んでうわってるのが何でなのか、そもそも直径が20cm30cmのまきの木ってなんなの?ホソ葉の木ならもっと細いだろうにとか不思議に思ってきたけど、松と同じなのね。

またまたたかが薪集めの過程で、豆知識を得てしまった。

ラストスパート★部活 08/2/22 (禽)
部活が終わって午後7時半、またまた学校帰りにまきの木を積んできた。帰宅は午後9時だった。なにしろ数が多いのでちゃきちゃき運ばないとちっとも減らないし、幸いにも欲しいといってわざわざ信州方面から取りに来てくださる方を見つけたので、少しでも乾燥を進めるためにも早めに割っておかないとな。
その方ってイツコさん、言わずと知れた天才ピアニストだけど。
確か信州だったよな。
明日はその現場に生えている雑木も倒させてもらうことになっている。今の時期なら水を吸ってないので重くないし、切り倒すにはちょうど良い。
ここの地主さんはとってもいい方で、枝葉は置いて行ってもいいし、すでに倒して山に積んであるまきの木の方も虫食いのない使えるものだけ持っていけばいいと言ってくださってる。他にも切っていい木がたくさんあるから、どんどん言ってくれともおっしゃってた。
どこぞのケチくさい地主とは大違いだ。
そのケチくさい地主とも明日現場確認する手はず。その時点でまだケチくさいこというようなら、今回のことはほんとになかった話にするつもり。
俺は清掃業者でもなければものもらいでもないっチューの。

でも、さすがに業務終了後に飯も食わないで軽トラいっぱいの丸太運びはこたえた。
午後11時半現在、すっごく眠い。
ゆめもリビングのカーペットの上で寝てるし、せいたに至っては俺が帰宅した9時頃、風呂から出てすぐに寝てしまった。
俺も眠いのでもう寝る。

お風呂でスイミング 08/2/21 (黙)
いつものようにお風呂に入り、
いつものように体を洗い、
いつものように肩まですくむ。
ただ一つ、いつもと同じでなかったのは、ゆめがお風呂でスイミングをしたことでした♪
はじっこにべったりへばりつき、ゆめを水平に抱えて口と鼻が水中に入らないように保持。
ゆめはその姿勢で精いっぱい足をばたん、ばちゃん。
すくすく育ってくれたおかげで、ゆめはすっかり少女体型。背丈も伸びているのでほとんどお風呂のふちに足をぶつけそう。
それでも当の本人は全然気にも留めないでひたすら、ばちゃん、ぼちゃん。
たくさんバタ足した。
でもいくら浮力があるとはいっても20kg以上のゆめをいつまでも抱えてらんない。
ゆっくり座らせると、やってやっての猛攻撃。
じゃあ、もう一回。
疲れておしまい。
またやってやっての猛攻撃。
じゃあ、もう一回。
もうおしまい。


せいたがクマぷーをおねんねさせている。
ちょうど良い枕なので、そいつに頭を乗せてみる。
「ぱぱー、そればつだよ!ねちゃだめ!  くまちゃん、だいじょうぶ?」
パパの心配はしてくれないせいた。
「パパはパソコンでも見てなさい」
あんまりなことを言うせいたでした。

テレビから思い出 08/2/20 (炊)
テレビ1:今田ハウジング見てたら、元首相の竹下昇のお孫さんが出ていた。竹下元首相がそのお孫さんに送った言葉が「友達を大切に」。うちのじいじはそういうタイプじゃないから孫に送る言葉なんか浮かばないだろう。代わりに俺が孫に送るとしたら、「はを大切に」かな。
”は”は、”歯”と”刃”だ。どっちも欠け・変形は禁物。削りなおしても研ぎなおしても、減ってしまったら元には戻らない。丁寧に磨いて大事にしなきゃならないね。
余談だが、さすがに元首相のお孫さんなだけあって、なりはともかく日本語が非常にしっかりしていた。あれは驚いた。
テレビ2:『斎藤さん』、先週から見始めたが、おもしろいね。ああいう人が周りにいたら気持ちいいだろうなあ。久しぶりに続けて見たいドラマだ。どこぞにいるアホな親が見て、自己啓発してくれれば助かるが、きっとただ眺めてるだけで何にも考えたりしないんだろう。
テレビ3:ママがNHKを見ていて、興味深いことを知ったと教えてくれた。
動物は非常によく遊ぶが、遊ぶことが多いほど、生命力も強いと。遊びに注げるエネルギー量は、そのまま生きるエネルギー量と同義らしい。そして、それは人間にも当てはまると。言葉や数なんかを覚えるのも、遊ばない子よりも遊ぶ子のほうが覚えがいいんだってさ。そういえば、昔は運動のできる奴って頭もよかった。今高校生を見てると、それはあんまり関係ない感じがするけど。
今のふがいない若者たちは、お行儀よくしなさい、さわいじゃダメって無理やりエネルギー量を絞られてきてるのかもしれんなあ。思えば子どもなんか大騒ぎして遊びまくって当たり前だもんなあ。お行儀のよい子どもなんか見てると不自然で仕方がない。学生バイトでやってたお絵かきでも、お行儀のよい子の絵はつまらんかったしな。
TPOって、子供にそれ求めるのはいつでもどこでもお行儀よくさせるのと同じくらいばかばかしいが、ある年齢に達したらはTPOをわきまえさせるってことでいい気がする。まだ幼い子を無理やりお行儀よくさせるんじゃなくて、年齢と要求内容を考えて、その子に合った与え方で適度にしつけるのがよろしいんじゃないでしょうか。
ところで、せいたは他の子と比べても運動量がはんぱなく大きい。もんのすごく元気に遊ぶ。今まではゆめの分の筋肉や寿命なんかを分けてもらってるからだろうと思ってたけど、彼自身の生きる力、ピンチの時でも生き抜いていける力ととらえることもできるようだ。そうすると、将来期待できるかな。ゆめを見て、難病を治す医者を志してくれたらいいなあ。
いや、それはトンビが鷹の図式か。
ってか、それ以前に俺の安月給じゃ医大になんか行かせられねぇ。
テレビ4:出産に関した放送があった。この手の番組をゆめもせいたもガン見する。
思い起こせば俺はせいたのへその緒を切らせてもらったんだよな。
今でもよく覚えてる。
あの時のはさみは切れなかった。ものすごく切りにくかった。まるで針金でも切ってるみたいに刃の通りが悪くて、なんだこのくそ硬いのはって思った。いや、実際
「なんだこれ、固いなあ。切れないぞ」
って口走ったっけな。
ってか、看護婦さんが渡してくれたのはどう見ても普通のはさみで、柄のところがだいだいいろのプラスチックだった。あれで切るのはたいへんだったよー。
あらかじめ言ってくれてれば、自前のゾーリンゲンを持っていったのにさー。
正直言ってへその緒を切っていいって言われた時に0.02秒で嬉しかった。でも、0.005秒で躊躇した。看護婦さんはそれを見て、俺が切ることをためらったと思った様だった。それは確かにその通り、でもためらったのはへその緒を切ることではなくて、そのはさみで切ることの方だったのだ。
ところでその番組では、出産に立ち会って無事にわが子が出てきたときには、無条件で涙が出たって言ってた。俺の場合はゆめのときもせいたのときも出産に感動するよりも記憶に残る出来事がそれぞれあるので、涙は出なかったどころか生まれてきたことよりもその出来事の方が鮮明な記憶だ。
せいたは上に書いたこと。
ゆめの方は、破水したちょうど良いタイミングで医者が来て、羊水が医者に勢いよくかかってあわててたことをよーく覚えてる。あと、床にたまってたその羊水がすっごくきれいな透明な水だったことも。
こんなどうでもいいことではなくて、生まれてきたことへの素直な感動を記憶していたかったよ(涙)

さらにへその緒について余談。
「今ならカッターできるなあ、あたしなら」
「う~ん、俺もカッターだな」
「パパ、切りにくそうだったよね」
「どう見ても普通のはさみだったからな。せめて同じはさみなら医者が使う、あのよく切れそうなはさみを貸して欲しかったよ」
「でも、チェーンソーはやめてね。怖いから」
「今な、カービンぐクラフトとか言って、チェーンソーで彫刻するのが通の間で流行ってるんだ。刃の中間につける持ち手なんだけど、先端で細かな削りがやりやすくなるようなオプションを売ってるのよ。あれつけたらチェーンソーでもへその緒、切れるよ」
「へー。それなら良さそうだね」

はい、馬鹿夫婦でーす。

区別 08/2/19 (荷)
この頃やたらとマキの木が手に入るのだが、薪ストーブで燃やせる木の中にマキというのは全然出てこない。果たしてどんなものなのか調べてみたが、要するにコウヤマキのことらしい。もちろん針葉樹だ。でも、いろいろな説もあって、結局薪ストーブに向いているのかいないのか分からなかった。
少なくとも針葉樹であることは間違いない。
しかも、燃やした実感では、火力はあるしすすややにが出るわけでもないので、使っても害はない様子だ。ナラやクヌギが簡単に手に入る土地柄でもないし、直径20~30cmの太いものが多いので大きめに割れば火もちもそこそこ。使わない手はない。他の広葉樹と混ぜれば十分に役に立つ。
この頃よく動いているおかげで生木も切り倒す機会に恵まれているし、ナシやモモなども農家からいただける算段が付いているので、まあまあかな。
いつかナラやカシ、ケヤキなんかを燃やしてみたいものだ。


昨日はバスでお帰りのゆめさん、バスの中で珍しいものを見たようだ。
連絡簿によると、それはキャデラック。
俺なんか、パッと見てキャデラックかどうか見破れないけど、バスに同乗の先生はすぐにキャデラックだってわかったんだね。
すごいね。
俺はだめだ、キャデラックとリンカーンの区別もつかないよ。

で、ゆめはそのキャデラックをどうしたかというと、

ガン見

だったらしいです。
なぜ?
運転していたあっち系の若い兄ちゃんがガン見中のゆめに気づき、にっこりほほ笑んだとか。
きっとここまであからさまに見つめる少女も珍しかっただろうね。

治療薬 08/2/17 (日)
 今日は筋ジス会の役員会だった。
 いつもは部活があると行かれないのだが、先週までママの看病代わりに子供たちのお世話のためにずっと部活に出ていなかったので、部活に出ないことがすっかり怖くなくなってしまった。もっとも、今日はもともと部活を休みにしていたのだけど。日曜日は部活は休みと決めること自体も結構勇気がいったのだ。何しろこちらは運動部未経験者だから、日曜日も休みなく練習するものなんだと言われるとそうしなければならないのかなあって思っちゃうし、反論する材料というか理屈を持ってなかったし。
 でも今は違う。
 たとえ大会があっても練習状態が悪ければ顧問権限で参加しないことも辞さぬ覚悟だ。大会に参加しないことについては保護者だなんだと外野がうるさいが、誰が何を言ってきたって聞く耳持つつもりはない。未だかつてここまで強気な俺は、俺自身が経験したことないぞってなくらいだ。もはや自暴自棄に近いかもしれない。大会に出るからにはそれなりの練習姿勢があるんだからね、それがなければ連れてかない。たとえ保護者から猛反発を食らっても、実際食らってるけどなぜかそれが怖くないこの頃の俺。何しろ今回はこちらにはそれを強行するだけの理論武装ができているからな。それに、いくら素人だって言っても顧問である以上はそれなりの権限を持っているのだ。それを甘く見ている生徒の負け。

 ま、そんなのどうでもいいけど。
 で、役員会だが、筋ジスヂュシャンヌ型の遺伝子治療薬が開発され、早ければ年内に投薬開始だとか、その話題が出た。ゆめのような福山型にも応用が利く可能性もあるらしい。だとかっつっても別ルートを通じてとっくに知ってたけどさ、あんまり期待してないからなあ。
 なぜならば、たとえばゆめに効く薬が開発されても、それは病気の進行を止めて結果的には延命にはなるかもしれないが、今すでに発達していない脳みその役には立たないわけでしょう。脳の発達がないままに9年間以上生きてしまったゆめの病気が今止まり、俺やママよりも長生きしたとしたら、俺やママが死んだあとは誰が面倒みてくれるんだろうか。
 せいたか?
 次の子か?
 いずれにしても酷な話だ。
 こんな忌々しい病気の体で生んでしまったが、看取れることだけが唯一救いと思って生きてきたのに、今更…って感じかなあ。そりゃー死んでほしいわけじゃないし進行が止まってゆめが体とか楽になるならそれはいいことだとは思うけど、空洞状態の脳みそ、曲がってしまった関節、そういったものまで機能が回復するならばいいのだけれど…。
 もしかして、俺は今すっごく手前勝手なことを考えているのだろうか。
 この先もし関節の痛みに苦しむ姿だとか自由にならない体にいらつく姿を見たら、その時治療薬があったとしたらどうか。たぶん飛びつくだろう。ゆめが苦しまなくなる薬があるなら、そりゃー使うよなあ。
 でもそれが一番いい方法なのか、悩むだろうなあ。

本当は怖いお雛様 08/2/17 (日)
 この頃頻繁に木を切っているせいだろう、チェーンソーの切れ味が目に見えて悪くなった。ってか、時折カラ滑りするようになったので完全に刃がなまくら状態だ。
 チェーンソーはものの本によると約72000㎥ほどの木を切れるとのこと。もはやどのくらいの量なのか見当もつかないが、一台買えば一生ものなのは間違いなかろう。でもそれはチェーンソー自体の耐久性であって、チェーンは別だ。俺の場合は昨年の今頃にスティール製のチェーンソーを購入したのだが、すでに一回夏ごろかな?チェーンを交換している。あの頃は山を丸ごと切ってもいいと言われていたので派手に切りまくっていた。不幸にもまだ切れる木はたくさんあったのに春休みになってバレー部を見なくてはならなくなり、切りに行けなくなってしまった。今またやたらとまきの木が手に入るようになって切りまくっている。ただし、今回はナマ木ではなく切ってから3年~5年物の木をもらってきて家で切るという形だから、今までよりもより固い木を切っていることになる。
 で、今日新しいチェーンを購入し、古い方は研ぎなおしに出してきた。
 早速まきの木を切ってみると、なんということでしょう、まるで温めたナイフでバターを切るがごとくにさく~~~~~~っと切れていくではありませんか。チェーンを交換したばかりのころもこんな感じだったなーと懐かしくなりました。
 新品のチェーンのお値段3200円、研ぎなおしのお値段2100円。自分で研げるようになったらいいなあと思う今日この頃。ナイフやハサミなどの刃物や、のこぎりの歯くらいなら研ぐのは得意なんだけど、さすがに独特の角度と丸みのあるチェーンソーの刃は研げないしな。


 今日はやっとお雛様を飾った。


 お昼前から義母やらおばさんまで動員しての飾り付けだ。いつもは俺とママでやっているところなのだが、俺もいいかげんいそがしいし、ママも子供を見ながら(特にいたずら盛りのせいた)ではやれないので、義母と叔母のレスキュー隊出動ってなわけ。実際はレスキューのはずが実働部隊だったけど。
 お雛様だけではなく、展示会まで開く腕前の叔母によるつるし雛も周りにつるし、結構な派手さ加減。実家のときにはママのお手製のマリを飾っていて低い天井にある古びた梁とあいまっていい味出してたし部屋自体が広かったので見栄えもあったが、今回飾ったのは離れの奥の部屋だから部屋がお雛様でいっぱいになった感じがする。これでまだ左右に市松人形だのを飾らねばならないので、もうこの部屋はしばらくはお雛様部屋だな。
 さて、これでやっとお雛様が出たので、ママの病気もゆめの夜泣きも治るだろう。たぶんね。実際、お雛様を飾ると決めた昨日の夜からゆめの夜泣きは収まっているし、ママも今日は元気だ。
 なんで?
 たかが人形ごとき、なぜにこんなに妙な力があるのさ?
 ってな、夜中に宴会開くような連中だから、ゆめやママに妙な影響力持ってても不思議はないけど。これで5月飾りがまたまた武者人形だったりしたら、今度は俺やせいたに影響出たのかな。幸いせいたの飾りは兜だけだしおつきの者もなしのシンプルなタイプだから何にもないと思うけど。
 やっぱし祭ごとはちゃんとやらねばならないなあと思う今日この頃。

携帯電話 08/2/15 (檎)
学校の教育相談課が主導して、ピアサポートプログラムが行われている。俺はその毎週のプログラムには参加していないが、たまに行われる特別講師を招いての講義にはいつも誘われるので顔を出すようにしている。昨日はちょうど特別講義の日だった。
年度末面談が行われている今週は、なかなかに忙しい。面談が終わって駆け付けると、半分ほど終わっていた。これから4人グループに分かれて実習をするというので、講義の内容も知らないままに演習に参加した。
補習等があるということで生徒が抜けた穴に潜り込み、学年違いで顔も名前も知らない連中の中に入るなど教師の中では俺だけだったが、そこはさすがにピアサポートを受けている生徒たちで、すぐに受け入れてもらえた。

演習の内容は、携帯電話のメリットデメリット。資料を見るとなるほどメディアリテラシーと書いてあった。
発表者、司会者、記録係と役割分担し、俺はタイムキーパーの役割を与えられた。ま、司会をやったら俺が一番うまいに決まっているし、発表やらせたって一番うまくしゃべるだろう。それでは生徒のための演習にならないからね、つまんない役割だけど当然の配役だわな。
さて、演習の内容はさておき、ここでひとつ、目から鱗だったことがある。携帯電話のデメリットとして挙がった中に、顔が見えないので誤解を生みやすいというのがあった。それについて意見を出し合う中で、携帯電話というのは最初から誤解を生みやすいものだという認識でいるべきであり、そんなもので相手の真意を探ったり思いを深く伝えることなどしてはならないんだと、単なる連絡手段としてとらえるべきだと。特にメールの場合は読み手の読み方次第で内容が正反対になったりするが、それ以外受け取りようのないような事務的な内容に徹すればいいと。本当に必要なことは、会って直接伝えるべきだと。
おー、なるほど、そう考えればあまたある携帯電話のトラブルがかなり解消するなぁ。
つまり、連絡手段以上の内容をやり取りしなければいいわけだ。考えを出し合ったり反論したり、そんなことをやってるからもめるのだ。
な~るほど。

と、納得したのは俺だけだった…
生徒には、ジェネレーションギャップですねとまで言われてしまった。。。


ま、それは置いといて、家電話しかなかった時代には、夜9時を回ろうものならかけていいかどうか悩んだ挙句、『夜分遅くに失礼します…』とかなんとか、きちんと挨拶をしつつ恐縮してかけたものだった。それがどうだい、パーソナル性が高すぎて、遠慮も配慮もありゃしない。ひどい生徒だと何時だろうとお構いなしにかけまくってメールしまくって、挙句の果てに毎日寝不足、遅刻しまくりで生徒指導くらってら。
これなんかも学校で会って話せばいいものを携帯なんか使ってる弊害だ。

やはり携帯電話には、単なる連絡手段以上の役割を与えてはならないな。

お口直しにかわいいゆめをじっと見る 08/2/12 (歌)
土曜日に捨て置かれていて、捨て置いていると確認も取れている木について、地主から連絡が来た。現場を確認したから欲しい木は持っていっていいと。ただしそれには条件がある。
①一度自分らが立会いの下に現場の確認をしたい
②欲しいものだけ持っていって残りをひっ散らかされるのは困るので、きちんと片づけて欲しい
③片付けるに際しては、いらない枝などは縛るなどしてほしい

薪集めなどしたことない人にはわからないだろうけど、俺はこれを聞いて面喰った。
①についてはやぶさかではないが、たかがいらないで捨て置いている丸太ごときで何を大げさなと正直思った。
②について、別にひっ散らかしたまんまにはしないさ。持っていかないものについては言われなくても隅の方によせておくくらいはするし、その場でチェーンソーなど使えば掃除もする。当然だ。
③がくせもの。捨ててある丸太をほしいと言っただけで、なんで残りの枝を縛って整理しなきゃならないんでしょうか?俺が枝を払うならそのへんにうっちゃったりしない、他のものと一緒の場所にまとめて置いておくよ、もちろん。そうじゃない、すでに払われてひっ散らかしてあるのを縛れってどういうの?
今現在しっかりと整理整頓してあるというなら元の状態に戻します。でもそうじゃない、今でさえひっ散らかした状態にあるのを、わざわざきれいに整理しろとは何事?そんなのきちんとお金払って業者に頼んでやってもらいなさい。いまぐちゃぐちゃなんだから、それをなんで縛ってまで片付けしてあげなきゃならないんでしょうか。そこまでしなきゃたかが捨て置いてあるだけで使う予定もなくただ朽ち果てるだけの白アリの巣になる運命のじゃまくさい丸太ごときをもっていってはならんというなら、そんなのいらん。

ここまで言ったらだめですか?
正直言って、別にここの丸太をそこまでしてもらわなくても、ほしいのだけ切り倒していいいよ、ほしいとこだけ持ってっていいよって言ってくれる方々がたくさんいますから。
マジでこんなこと言われたのは初めてだ。

ハッキリ言って、片付けはする。言われなくてもそれはする。丸太をもらうお礼程度には。でも、ひっちらかってるのをまとめて片付け、しかも『縛れ』はないだろう。
繰り返すが、そこまでする気はない。そこまでしろと言うなら、いらん。

2週間後に現場で会うことになっているが、現場確認の際にあくまで縛れと言われたら、上に書いたようなことを言っちゃうかもしれないな、俺の性格上。



さて、気分が悪いので気分を変えて。
お風呂の後で、ゆめさん散髪。ママの手によりボブと相成りました。
ばっさばっさと切ったも切った、大胆なママによって一気に短くなりました。切り口はざんばらで、なんか昔の田舎の子供みたいです。
でもかわいい。
かわいい~
いやされるわ~

因果律の地平線にせいた 08/2/11 (月)
三連休中、ほとんど寝て過ごしたママ。(いやこれはいつものこと)
三連休中、毎日外で薪集めや薪割りに精を出したパパ。(これもいつものことかな)
三連休中、パパにくっついて外で元気に過ごしたせいた。(このごろ使えるようになって来かかっているといえなくもないかもしれない…)
三連休中、温い家の中で~…、たぶん絵本を読んだりCS放送のアニメを見て過ごしたゆめ。(これもいつものことだなあ)
代り映えしない連休だ。どこかにお出かけしたかった。
サファリパークとか行くつもりではいたんだけどね、ママが調子悪かったからな。でもママが調子悪いことでここ2週間ほどは必要以上にせいたはパパのお伴をさせられている。家に置いとくと一番ママに悪いのがせいただからね。勢い俺が連れまわすことになる。おかげでせいたはいろんなことを体験できている(はずだ)。


夜、朝日テレビの女神のアンテナを見たが、世の奥様方が夫にたくさんの秘密が持っていて驚いた。番組では夫婦の数だけ秘密があるとかなんとか言ってたが、何を隠そう俺とママの間には秘密はな~い。俺に関してママが知らないことは俺も知らないし、ママに関して俺が知らないことはママも知らない。

実に不健全だ。

大人なら、秘密の一つや二つはあっていいのだが、それがない。
こんなことじゃあ、立派な不良中年にはなれそうにないな。


お風呂で髪を洗っていると、
「おい、ゆめちゃん、だいじょうぶ?」
というせいたの声がした。
「なに!?ゆめ沈んだか!?」
あわてて湯船の中を見ると、ゆめはまさに沈む寸前。すぐさまひっぱりあげて事なきを得たが、かわりに泡がたっぷり目に入って痛かった。
お風呂で一番の不安は、俺が髪や顔を洗うなど目を離したすきにゆめが沈むことだ。この頃特によく沈むので気が気じゃない。以前はお風呂の中では比較的上体を保てていたのになあ。幸いにもせいたが言葉を操れるようになったので、今日は初の出来事であったが今後もせいたには監視役を頼んだ。といっても、せいたはお風呂の中でゆめの足をひっかけて移動するので、今日のこともせいたがひっかけた確率はかなり高い。
お風呂を出てからも、せいたがゆめの周りにこぼれた牛乳を拭き取ってあげていた。いや、正確にはついであげようとしたせいたが自分でミスしたのが原因なのだが。

この頃大いに使える男になってきたせいたくん。
だが、その因果関係はせいたで完結しているのが悲しいかな。
そしてゆめは、全然変化ない。

朝目覚めると、布団の中には誰もいない。俺以外もぬけのから。リビングを見ると、寄り添って眠るゆめとママに、明らかにその間に無理やり潜りこもうとしている姿勢のせいたが眠りこけているっと。また明け方か夜中にゆめが騒いだのだろう。それを朝になって目覚めたせいたが見つけて寄って行ったのだろう。
いつになったらゆめは朝までぐっすり眠ってくれるようになるのだろう。もしかして、一生このままなのだろうか…

細々お世話して、おおきくな~れ 08/2/10 (日)


↑梨園にて、お手伝いしてるつもりのせいた。

軽トラックにギューギュー詰めの梨の木の枝
昨日の分と合わせて、一辺1mのパレットに載せて積み上げていったら俺の背丈よりも高くなった。今家の裏でなんかのオブジェのようになっている。

昨日に引き続いて枝をもらいに行ってきた農家。畑で作っているのはスモモだと聞いたはずだったが、梨だった。
以前もらった大量の柿の木はあまり燃えなかったが、今度はどんなものか。聞いてみると、柿の木は燃えないが梨は燃えるよ~とのこと、生木でもすんごく燃えるらしい。乾燥させたいなら2~3ヶ月でカラッカラになるとのことだったが、さすがにそのころにはストーブつけないだろうなあ。
ここの農家の方はたいへんやさしくて、集めて燃やすのも手間のかかる枝を持てってくれるなら大助かりと逆に感謝された。さらには秋口に古い木をもいじゃうときは呼んであげるからと連絡先を控えられていた。

今日も何軒か回り、結構な太さの木をまたまたいくつかいただいた。でもこうしてしょっちゅう薪になる木を探して回っていると、いいことばかりじゃない。どう見ても捨ててあるとしか見えない木を、ひと月も待たされた挙句に使うからダメと言われたり、使う用事はないとおっしゃいながらもいざくれと切り出すと急に惜しくなるのか断られたり。断られるのは大抵大地主で、あちこちに不動産があるから働かなくても食べていける人が多かった。これはいかなるものなのか。そのくらい○○でなければ大地主になんかなれないということなのかな。ま、こちらはいただく立場なので駄目と言われればおとなしく引き下がるしかないのだけれど。

話は戻るが、先の梨園では、一輪車を借りて拾い集めるということと低い立木の中を腰をかがめて歩くのが重労働だってことはすでに書いた。今日は二日目、最初はかなり腰に来たが、10分もたつと慣れてきて痛くもなくなってくるから不思議だ。人間って、慣れる生き物なんだね。慣れるということで思い出すのは大学生の春休みにやったバイト、スズキ本社工場でのラインだ。持ち場は5mほどで、ベルトの上をやってくるエンジンの流れが異常に早い。聞けば、いつもはもっとゆっくりなのだとか。春休みは作りどきなのかね。
初日は流れの速さについていけずに何度もラインを停めた。本気で泣きそうになったっけ。でもやっぱ慣れるんだよな。二日目以降は余裕で間に合うようになり、組みつける部品もいくつも作りためておいて待ちかまえていられるようになっていた。
大変だなーと思うことでも、人間は慣れてしまうものなのだ。

でも、いくら慣れたとはいえ広大な梨園の中を歩き回って拾い集めることが重労働である事実は変わらない。しかもこうした細かなお世話を一年中休みなくやるんだよね。俺みたいに夏は2週間野宿~なんてやってられないんだよなあ。傍らのガレージには高級車がずらりと並んでいてかなりお金持ちそうだし、農家ってもうかるんだなあと改めて思ったが、これだけの重労働ならさもありなん。今まで何の気なしに食べてた好物の梨だが、実際梨作りにかかわったわけではないけどその仕事の一端に触れ、改めて農業の大変さを実感したゆめパパでした。ただの薪集めだけど、いい社会勉強したぜ。


さて、お出かけはやたらとせいたと一緒なのが多いが、ご飯のお世話は相変わらず俺がやっている。昨日の夕飯はさわやかでハンバーグだったが、外食時の俺の隣はいつもゆめだ。料理の切り分け、刻み、テーブルの上の掃除と細々とお世話している。梨みたいに大きく、いい子に育ってね。
でも昨日はたまたまゆめの真向かいの席に初老の夫婦が座っちゃったもんだから、ゆめの視線はおじいさんに釘付け。食事どころじゃない。にっこにこしながらガン見状態だ。それを食べさせながら自分も食べながら、せいたはろくに食べないで
「もうおなかいっぱい。パパ、はやくいこー」
とか言っちゃって気ぜわしないのをママがなだめてるし…
ゆめは壁に向かって座らせようと改めて誓ったが、壁向きの席は椅子が多いのよね。できればソファーがいいんだけど、そうすると店内が見える場所が多いしなあ。また気になる男性が見えたりするからなあ。
困ったなあ。

二人の仕事 08/2/9 (奴)


今週の戦利品↑
手前のひと山が薪の木の大木。直径20~30cm×1.5mくらいのを15本ほど。
その左向こうが昨日学校から積んできたさんご樹の枝。
この写真では切れているが、さらに左側にはまだトラックの荷台に山積みになったままのプラムの樹の玉切りとスモモの木の枝がある。
さすがに広葉樹も欲しいなあと思っていたら、近所の雑木林に玉切りになっているたぶん椎の木発見。結構な量だった。地主は探し出したが3連休は旅行かな、昼間から何回か電話したが、午後9時現在いまだに留守番電話のままだ。

荷台に山と積んだスモモの木と一緒に、降り始めた午後の雨の中を家へと走る車内で
「ぱぱー、なんでたくさん木を持ってくのー」
と聞いてきたので、
「ゆめちゃんは動けないから暖かくしてあげないといけないんだけど、薪ストーブがとってもいいんだよ。でもさー、燃やす木を用意するのがたいへんなんだよねー。せいちゃん、早く大きくなってさー、パパが木を運ぶのを手伝ってね」
と話しかけると、
「いいよ。ぼく、パパのお手伝いするー」
と元気なお返事が返ってきた。
枯れて軽くなっているとはいえ大木は大木、今日のように一人では運ぶのも積むのもかなりの重労働だし、手伝いがいてくれるとほんとに助かる。スモモの枝を拾って歩いているときも、頭上にワイヤーを張り巡らせた畑の中を背をかがめて一輪車を押しながらってのはかなり腰にきた。こういうときに自分以外の手でまだやってない場所が片付けられているとすっごく助かるし実際以上に作業が早く進んだ気がするものなのだ。
今のところ毎度連れ出されるせいたは現場に行ってもピクニック気分で遊びまわってるだけだが、一緒に運んだり積み下ろししてくれるようになってくれれば、こんなに助かることも他にない。今の小さなせいたも可愛いのだが、いきおい、早く大きくなって手伝ってくれないかなーなんて思っちゃう。薪割り機の導入で『一緒に薪割りをする』という夢はあっさり捨てたが、まだ『一緒に木を探す』や『一緒に木を切り倒す』とか『一緒に木を運ぶ』など、父と息子が協力する機会は山とあるし、薪ストーブにしたって『上手に火をつける』やら『上手に温度を上げる』、木工関係も『天然木で机を作る』とか『切り株でイスを作る』なんて、教えられることも山ほどある。俺自身は若いころにおやじとその手のことをする機会はなかったけど、俺がこの年になって親父も年で、仕事を時折手伝っていると、こういうのも悪くないなーとか思ったりするんだよね。もっと若いころにこういうことができていたら、もっと違った親子関係だったかもしれないなあとか。
あー、頼むからまっすぐないい子に育ってくれと願ってやまない。

二人の朝 08/2/8 (緊)
朝からおなかが痛くて仕方がなかったゆめさんです。学校でも先生におなかをさすってもらい、なんとか授業に参加できたらしいが、困ったものだ。
ダノンビオのおかげでウンチは以前と比べたら出てる方なんだけど、この頃おなかが痛いとよく言ってる。今日は気功の日なので、いつものようにおなかをやってもらったらしいゆめは、夜になってウンチをした。カチカチコロコロうんちだ。
まじで、一個目がオマルの底に落ちた時は、カチンと音がした。

せいたが
「なんかくさい」
と言いながらあちこちかぎまわっている。
俺には何もにおわない。
何しろ一昨日から花粉症ですから、ゆめの肛門からブツが出てくるところを至近距離から眺めててもなんにもにおいませ~ん。


朝から大荒れのせいたクン。原因は俺。
今日のお迎えはトラックがいいというので、帰りがけにお迎えに行くために朝からトラックで出かけたわけだが、いつものように見送るせいたがトラックに乗りたくて大騒ぎしたのだ。
大きなリビングのガラス戸にへばりついたせいた。遠目にもはっきりと顔がゆがんでいるのがわかった。
「ぼくもいっしょにおしごといくー!!!」
と叫んでいたと聞いた。
ママは大変だったろうな。



美術教育 08/2/6 (錐)
ご心配をおかけしましたが、ママは元気です。
いや、まだ元気じゃないけど、普通にしてます。手術もうまくいきました。傷口には、でっかいばんそうこうみたいなのが貼ってあります。来週水曜日に抜糸だそうです。手とか動かすと吊れていたいらしいけど、そのくらいは仕方ないね。

ゆめは今日は校外学習。ジャスコみたいな大きなデパートへ行って、買い物して、お昼御飯を食べました。
このごろほとんどの教科名をひらがなで発音できるようになったゆめさん、昨日から
「すーぱー」
と言っていたので、どこへ行くか認識している様子。日誌を見ると、元気に行ってきたようです。
ただ、お昼御飯は親子どんと決めてあったようですがほとんど食べず、他の子が食べてたうどんをつまみ食い。あらかじめ決めておくってのはまだ難しいみたいね。
そのゆめだが、
「あしいだいー」
と言いながら大騒ぎして寝入りばなを何度もたたき起こされたり夜中の3時とかに泣き叫んだりするから、こちとら寝不足でふらふら。
この『あしいだい』原因が何なのかってちょっと考えてみると、学校が寒すぎて昼間たっぷり冷え切ったダメージを、家に持って帰ってきてるんじゃないだろうか。ってことはつまり、先日までのママの不調は、根本的にはゆめが足痛くて暴れん坊なせいだが、ゆめが暴れる足が痛い原因は学校が寒いことで、つまりママの不調は間接的に学校が寒いせいだといえなくもないかもしれないという見事な三段論法が出来上がってしまった。
薪ストーブとホットカーペットでこんだけあたたかい家の中で、俺なんか風呂上りにTシャツ一枚で全然平気なくらい常夏状態なのに、ゆめはお風呂から出て寝かす際にはたっぷりあったまってるはずなのにお布団の中で足が冷え切っている。その足をママが一生懸命温めてもだめで、ゆめが痛がって泣いているというのが日常なんだよなあ。
体の動きが少ないから冷えやすい、寝付きも悪いってのが筋ジスの特徴だって聞いたことがあるけど、たいへんなこった。
空港作る金があるならほんとに必要としている設備を作るために、必要としているところへ回せよってホントに言いたい。
ん?
ってことは、ママが不調なのはゆめが暴れるからだが、暴れる原因は学校が寒いからで、学校が寒いのは空港なんか作ってるからであると。
とどのつまり、空港のせいでママが不調なんだな、そういうことか?
これはもう、風が吹けばおけ屋がもうかったり、日本で蝶々がはためくとカリフォルニアで竜巻が起こるのと同じくらいの規模だな?


話は違うが、今日は勤務校でテニスコートの横のごろく樹とかいう木の剪定が行われていた。たまたま喫煙所で一服していたら剪定業者が同じくタバコを吸いに来たのでどんな木か聞いてみたら、俺の二の腕ほどの太さの枝も出ているという。
これは聞き逃せない。
それだけの太さがあれば、十分に薪になる。さっそく交渉。おりよくその場に事務長も来たので、同時に確認して、どうせ捨てるだけなので持ていってもいいとの確約ゲット。
ラッキー♪
とまあ、相変わらずこのように薪にはあまり困らないゆめパパ一家であります。
明日は軽トラックで通勤して、さっそく木を持ち帰ることにしよう。


さて、困りごとは他にあるのでした。
今俺は、美術の専門教師が必ず来る(専任枠と言う)ことになっている学校に美術部は必要か否かという疑問に囚われている。っていうか、美術部のない学校に美術の専門教師がいく意味かな。
なぜならば、現在の勤務校ではこの先永遠に美術部は復活しないという結論が今の時点で出たからだ。
美術部って学校に必要な部活だと思うんだけどなあ。
たとえば文化祭では美術部の展示はどこでも普通やってるし、文化祭のポスターだって普通は美術部が作るだろう。パンフレットだって美術部がかかわってるところは多いよな。地域で展示の要請があれば、部員の作品をもっていく。何といっても全国につながる高校生の作品展だって部活の作品でなければ出せない。これは、野球でいえば甲子園みたいなものだ。俺もかつて一度だけ、生徒の作品が全国に行った経験がある。
美術指導はもともと校内で完結しない。校内で美術教師の価値観だけでの指導では足りない。広く学校外に評価を求めて、そこで認められてこそ真の実力となりえる。俺はそういう風に考える。だから、公募展にも作品展にもどんどんださせる。授業作品であっても、基準が合えば出す。そのレベルの指導もしている。おかげで、生徒の作品はぽこぽこと公の公募展で入選も入賞もしているし、県の芸術祭でも入選した。どんどん学校外に広がっていくのが、俺の学校における美術教育のスタンスだ。
また、部活で個別のみっちりした指導を受けている生徒は、授業でもその力をいかんなく発揮してくれるので、他の生徒のけん引力となる。その牽引力のある生徒がいる集団の授業作品は、他集団よりもはるかにレベルが高くなる。
学校における美術教育は、授業と部活が相互に密接に関係し合っているのだ。その点、他の部活とは一味違う。進路にも直結してるし。
教える俺にしたって美術部があれば外へ常に目を向けていられるし、個別に、しかも小集団であるがゆえに授業では扱えないような素材をふんだんに使ってさまざまな展開ができる。全国へつながる作品展なんかは、学校美術における最前線だ。しかもそれに至る指導は直接授業に還元できる。こりゃもう、美術教師の晴れ舞台。授業よりも指導しがいのある(って言ったら怒られるかもだけど)活動だ。

でも、そんなの必要ないっていう学校もあるんだよなぁ。
そらー、もう、あんまり驚いてビックル一気飲みだぜ。
学校に美術部がなくても、開かれた健全な公教育はうまく回っていくのだろうか。もちろん、回ると考えてるんだろう。だから美術部を作らない、その必要性を認めない。

でも、果たしてそうか?

それでいいのかい?

ま、いいけどね。

それにしても困るのは生徒もだけど俺が転勤した後の後任だよなあ。俺が今の学校で美術部がないおかげで運動部顧問だってことはどこの学校の先生も知ってる事実。ならば、俺の後で本校に来たい先生なんかいるはずない。皆学校名聞いた瞬間に断るだろう。そしたら最後は拒否権のない新採用の先生だけってことになるな。
こういうことまで考えて美術部つぶしたのかねぇ。
考えてないよねぇ。
困ったもんだねぇ。
あーあ、だれか「美術の専任枠があるのに美術部がないのはおかしい」って言ってくれないかなあ。
実際おかしいと思うんだけどなあ。

劣悪環境学校 08/2/5 (カア)
ママは、いよいよ明日手術だ。
今日は朝は調子悪くなかったのだがゆめの参観会があってそれに出席してからぶり返してまた体調悪化。明日の手術が心配だったが、夜はどうにか少し元気になってきた。
そんなママがせいたに
「せいちゃん、ママはせいちゃんのこと大好きだよ」
というと、
「いいよ」
とまたまた上から視点。
やっぱり許可制なんだな。

そのママが不調をぶり返した参観会だが、何しろ学校が寒すぎる。肢体不自由で動きがあまりなく、体温が上がりにくいし維持しにくい子供たちが通っている学校なのに、ろくに暖房が利いてない。おかげで毎年この時期は、ゆめは学校へ行くほど体調が悪くなる。
冷房もなければ暖房もないわけじゃないがきかない。
真面目に通えば通うほど体調を悪くする。
養護学校がこれでいいのか!?
前に書いたけど、前任校も養護学校なのにバリアフルで、結局私学の高校へ生徒が流れたもんな。

先生たちは一生懸命環境改善に努めてくれているだろう。
俺も初任校では、6つある美術棟の部屋がことごとく壁が暗くて目に悪いし絵の具の色が見にくいので、夏休みに美術部員を動員して総出で壁に白いペンキを塗ったことを思い出す。
でも、肝心カナメの大蔵省であるところの教育委員会がお金をくれない。
いや、そもそも県にその気がないんだろう。
わが県は学校ごときに金をかけるつもりがないんだな。
空港は作るくせにな。
高速道路も2本目を作ってるくせにな。
そんな金があるなら、本当に困っているところへ先に流せよ。
俺が勤務する高校も、パソコンはいまだに98だ。
98だよ、いまどき!?
95もある97もある。
ところが、今度いきなりビスタにアップだ。
これまでいかにないがしろにされてきたかってことよね。

やたらと金だけ使えばいいってもんじゃあないけど、少なくとも必要な教育に必要な金をかけない組織のもとではイイ子は育たねーよ、あたりまえじゃん。

許可制のせいたと爆睡ゆめ 08/2/4 (ゲッツ)
ゆめは脳波検査が大嫌い。なぜなら、明るいうちから寝ないといけないから。日ごろからなかなか寝てくれないゆめは、夜でさえあれだけ寝るのを嫌がるのに、ましてや真昼間に素直に寝るわけがない。たくさんたくさん薬を飲ませても、いっかな寝ない。でも、あきらめて帰る車の中では熟睡。。。。

さて、せいたのお迎えに行った帰り道、車の中ではトーマスのDVDばっかり。こちらはいい加減おんなじDVDばかり付き合わされてうんざりなのだが、見たがるものは仕方がない。
トーマスの中で最高のほめ言葉は「とても役に立つ」だ。せいたも、”よい子”よりも”役に立つ”方が好きらしい。今日はお迎えの車に乗車するときに扉の陰から落っこちた本(せいたが勝手に持ち込み、置きっぱなしにしているもの)をさっと拾ってくれたので、それをネタに褒めてみた。
「せいちゃん、せいちゃんはとっても役に立つから、パパ、せいちゃんが大好きだよ」
と言ってみた。
せいたは
「いいよ」
と、むっちゃくちゃ冷めた返事。
しかも許可。
「い、いいよって、大好きでいてもいいってこと?」
「うん」
「あー~…そうですかぁ…ありがとうございます…」
その後も、なんだかんだといろいろ聞いてくるので一生懸命答えてあげるんだけど、質問するだけですぐDVDに見いってしまい、俺の話なんか聞いてやしない。
さっみしー

帰宅すると、リビングに細長く伸びて爆睡している女の子がいた。
「ゆめ、今日は脳波とれたよ」
なーんと、今日は成功したらしい。
おかげでこの時間<6時>になってもまだ起きないっと。
いったいどれだけ薬を盛られたことか。

その後、ご飯の時間からお風呂の時間を経て、完全に覚醒した午後9時。
今夜は、まだ今日の内に寝てくれるかどうか…



ゆめと薪と俺 08/2/3 (日)
雨の日曜日。。。。。
ママは、まだ調子が戻りきらずに一日寝ている。
俺も、雨が降ると外での作業ができないし昨日の疲れもあるし、何となくまったりしてしまった。フクロウの2号さんも作りたいのだが、細かな作業をするにはまだ手首が治ってないし…。
それでもさすがに午後になると、家にいて何にもしないのにも飽きてきた。
そこで、二人を連れてお出明けすることに。
遠鉄ストアと本屋さんへ行った。

本屋さんでは、前任校での教え子が元気に働いていた。非常によく行く本屋さんなのに、これまで彼女が働いていることなど全然気がつかなかった。もしかしたら最近勤め始めたのかもしれない。名札にはスタッフとあったからアルバイトではないと思うのだが、確か就職先はその本屋じゃなかったはず。精神的に不安定になりやすく、就職しても進学しても1年ともたずにやめてしまう生徒が多い前任校の生徒たちだ、彼女も勤め先を辞めてしまったのだろうか。
ところで、その本屋では怖い系の漫画雑誌を3冊も購入した。
俺は漫画は読まないと公言していたのに、これではかっこがつかない。実際には、この手の漫画だけは読むんだけどねぇ。
いや、まいった。

食材を買い物する時には、片手にゆめの車いす、片手にせいたの乗ったカートというのがいつものスタイルなのだが、このカートが曲者だ。
たいていのストアでは、カートはまっすぐに走ってくれない。両手で押しても勝手に曲がっていくことがしょっちゅうなのに、ましてや片手で押すとなれば至難の業であることが多い。今日せいたが乗った消防車のカートなんかひどいもんだった。まだ夕食の買い物には早い時間だと思うのだが、それでも日曜日とあって混み合う店内。せいたのカートはあちこちぶつかりそうになって気が気じゃない。痛めた手首が更に痛い。
あれはほんとに何とかしてほしい。

ゆめと薪と俺 08/2/2 (℃)
ママの体調が安定したので、木を切り倒したから持って行ってという話に乗って、せいたとお出かけ。借りっぱなしの軽トラにはゆめは乗れないのでお留守番。
午前中1時間かかって荷台に山もりに切り倒したばかりの杉の木とまきの木を積んだ。直径が30cmはある杉の木なんか重いこと!わずか2mほどの長さしかないのだが、担いで持ち上げる時にはひざが笑った。運んで行って家の裏で下ろす時に、はさすがに持ち上げられなくて蹴り落とした。よくこんなの担ぎあげたもんだと我ながら感心した。
さて、話が前後するが、木を積んで帰る道々、何度か来たお宅だったが帰り道のルートを変えてみた。もらえそうな木があったら交渉するためだ。
と、その家のすぐそばに山積みの玉切り丸太発見!
地主の家を聞いて探し、即交渉。
その丸太の持ち主は実はよその家で、そちらの家の場所を聞いたが、それとは関係なく切ってくれるならもらってほしいいらない木がいくらでもあるというので、バレー部顧問から外れて土日に体が自由になる4月以降に連絡いただけるようにメモを渡した。
聞き出した家に行って交渉すると、いくらでも持っていっていいということなので勝手にもらって行くことに。
それはまきの木だったが5年も前に切ったもので、カラッカラに乾いていた。
状態の良いものをいくつかいただいた。これは今日にも燃やせるだろう。

さらに途中、今度は掘り起こした丸まるの枯れた木が山のように、それも4つも積み上げられている空地発見!
またまた地主を探し、人に貸しているというので借人まで連絡付けて、いつでも好きな時に持っていっていいというお墨付きゲット。

薪ストーブははんぱなく燃料の薪を必要とするが、俺の場合は困ったことがない。木の方からやってきてくれるし、あるいはこちらの動き次第で結構手に入る。
ここいらはまきの木が多くて材質はいまいちだけど、金は回らないが薪は回ってくるこの運に感謝。
先日いただいたクスノキの大木がまだ切ってないけど、とりあえず虫が付きにくい楠はほっといてからからに乾いているまきの木以外の杉の木とまきの木を切ってみると、2m×2mの薪置き場一個分が埋まった。半分は杉の木だから一個分埋まっていても半月分くらいにしかならないが、大助かりだ。
これで合計9個ある薪置き場のうち、8個まで埋めなおした。まだ今期2個分くらいは使うだろうけど、とりあえず次の冬の分までは確保できたかな。もっとも、それまでに全部が乾ききればの話だけど。


ゆめがハウルの動く城を見ている。
ソフィーが勝手に掃除をするので、ハウルの浴室に並んでいる棚の薬品の魔法がめちゃくちゃになってしまった。
おかげでハウルの髪の毛が赤毛になってしまった。
「美しくなければ生きてる意味がないよ…」
ハウルが言う。

ゆめはそこで、
「ふん!」
と鼻で笑った!!
ゆめは、意味がわかっていて鼻で笑ったのでしょうか!?

ゆめが絵本を指し示す。
そこには猫の絵が描いてあった。
「それは、ネコ」
「ねこっしゃーん!」
正解だったようだ。
次に、猫の隣の絵を指し示す。
「それは、リス」
「りーすうー」
正解だ。
その横を指し示す。
「それも、リス」
俺は自信満々で答えた。
「ちがいまーす!ねこしゃんでーす!」
意訳すればそんな感じのことをいわれた!
しかもゆめに!
見れば確かに猫らしい。
いや、それよりも、ゆめとそんな高度な会話ができたことに驚いた!!!

別の絵本をゆめが指し示す。それはいろいろな動物が次から次に出てくる絵本だ。
ラストのページでは、動物たちが勢ぞろい。でも、なんか動物の数が今まで登場してきたのよりも多い気がする。
「あ あ」
「ん~?それはタヌキ」
「あ あ」
「それはきつねー」
「あ あ」
「ん?それは…カメか?そんなの出てこなかったけどなぁ」
「あ あ」
「ん?ん~~~~~~~~~~????なんだそれ?」
なんか、よくわからないシルエットだった。ほんとに何の動物かわからん。
でもゆめは
「あいあいしゃ~~ん」
という。
よく見れば、確かに猿だ!
すげーな、ゆめ。よくわかるなぁ。
かなり感心した。
ってかさ、わかるんなら人に聞くなよ。


探しものは車の中 08/2/1 (檎)
朝から激不調のママ。かなーり心配。
なので、2時間目までの受け持ち授業が終わったら速攻帰宅。看病することに。
途中で昼食と夕食の材料の買い物をして家に戻ると、すでに11時だった。
駐車場にはママの車がある。家の中でおとなしく寝てるかなと思ったら、もぬけのから。寝室はもとよりトイレの中から離れまで探した。どこにもいない。悪夢よみがえる風呂場も探したが、いない。
玄関を見ると、ママのサンダルがなくなっていた。
帰ってきたときは鍵がかかっていたし、サンダルがないなら買い物か?
でも車はあるしなあ。最寄りの売店まで(市街地だってのに!)何キロも離れているので車でなければ行くはずがない。
携帯に電話してみると、電源が入っていないかかからない場所にあるかだと言われた。

それでも、もしかしたら運転は危険と判断して歩いて出かけたのかもと思い、昼食を作り、家の中のかたずけやら掃除をして1時間半経過。
まだ帰ってこない。

もしかして、体調が急変して、自分で救急車呼んで出かけたのだろうか。それなら電話が通じないのもわからないでもない。
家の周りに倒れてやしないかと探し、近所を見回ってみてもいない。
そうこうするうちにさらに1時間経過。
義母が何か知ってるかもと思って電話してみても、知らないという。
「車の中で倒れてるかもよ」
「ちょっと見てみます」
まさかと思いながら車をのぞくと、いたよ…
運転席で寝てるし。
「お前…なにしてるの?」
「ゆめちゃんを送っていてから気持ち悪くなって、ここで休んでた…」
「ここでって、今2時だぞ。朝からずっとここにいたの?4時間も?」
「うん…」

だそうです。

あー、びっくりした。