8月 後半

忘れられない夏 08/8/31 (日)
8月も終わりだねえ。
今年は、長い夏だった。生涯忘れられそうもない。

昨夜は結構遅くまで24時間テレビを見てしまった。くだらない内容しかやらない24時間超の番組を流す某テレビ局とは違って、この番組は一つのテーマ、障害についてまじめに取り組んでいる気がするので好きだ。実際に24時間テレビのマークを付けたリフト自動車を寄付している実績があるんだし。テロップも、障害を【障がい】と書かないところも好きだな。
小中学生の頃から毎年真剣に見ていたが、あの頃はボーイスカウトなんかしながらあくまでボランティアとかもっと真剣にやろうって考える側だった。野宿旅行しながら旅先で見たりした頃も、そういえば、夢中になって見て、徹夜した時期があったなあなんて懐かしく思ったモンだ。あのころは、まさか自分が受ける側になるとは夢にも思ってなかった。
実際にやる側から受ける側になって何か変わったかと言えば、何にも変わっちゃいない。相変わらずボランティアしなきゃっていう気持ちは持ってるし、違うのは、される側の気持ちを理解しようとしながらボラするってことくらいか。むしろ、ゆめを頼む側にいるんだから、今までよりもっと他人への思いやりを欠かしちゃいけないなあって日々考えてしまう。自分のなしたことは、回り回って返ってくるんだし。

話は違うが、ママをお世話しながら、いつか俺もママにお世話してもらう日がきっと来るんだろう、その時、今どんな気持ちでお世話しているか、この気持ちを忘れちゃなんねえなあって思う。俺が今ママに対してぞんざいなお世話をすれば、自分の番が来たときに、ママはそんなことしないだろうけどママ以外にぞんざいに扱われるかもな。今ママのお世話をするのは、俺にとってすんごく良い勉強だろう。
裏を返せばいちいちそういう勉強の場を設けてもらわねばならないほど、俺は魂がひからびているってことか。情けない。
思い返せば俺の生涯、こういった『勉強させてもらってる』的な出来事がやたらに多い。これはこの先もまだまだ何回もあるだろうから、次に生まれ変わったとき、さぞかし魂は磨かれていることだろう。
裏を返せば、それだけ磨きが足りないってことよね、情けない。

烏骨鶏 08/8/30 (ド)
早朝、誠大にたたき起こされた。腹が減ったと。
まだラジオ体操も始まらないような時間なのに、なぜかゆめも起き出してしまった。
何かいやな予感を感じながら強く雨が降りしきるのを眺めながら一緒にシリアルを食べていたが、そのときかかってきた一本の電話がきっかけで、俺は一日中悩み続けることとなった。

「冷蔵庫に烏骨鶏のスープが入ってるからね。食べないなら冷凍しないと腐っちゃうよ。食べるならなんか味付けして」

義母からだった。
義父が趣味で作る料理の中に、烏骨鶏の薬膳がある。スープはその一つだ。娘に栄養を付けさせたいという親心。
「はーい。わかりました」
と答えてみたは良いものの、味付けなんか見当もつかない。シンプルに塩味とかで良いんじゃないかって気がするが、よくわからん。仕方がないのでネットで検索してみたが、どういう味付けすればいいのか、ちょうど良いサイトが見つからない。半分あきらめて子供らを着替えさせたりそうじしたり。洗濯しようとして、今日は部屋干しになるから酵素入りの洗剤が必要だが、あいにく切らしていることに気がついた。せいたを連れて買い物しながら、頭の中は烏骨鶏の味付けを考えていた。やや肌寒いので昼は暖かいうどんにしよう、ならばスープに烏骨鶏のを使ってみたらどうだろう。
試してみた。
食べてみた。
うまいのかどうかよくわかんない。まずくはなかった。
午後に筋ジス会の森島先生が来ることになったので、また掃除の続きをしながら、頭の中ではまだこのあとどう味付けしようか考え続けていた。
でも、どう考えても良い方法が見つからない。
冷蔵庫の中身を眺めながら、そうだ、鶏肉やジャガイモがあるからシチューというのはどうだ。具を煮るときに烏骨鶏のを使ったら良い味になるんじゃないだろうか。鶏肉には鳥のスープだろ。
まだ昼飯食ったばっかしの時間、森島先生が来る前から下準備に入った。
具を炒め終えて煮だした時点で森島先生登場。しばし歓談。
1時間後、先生がお帰りになったあとでまた料理の続き。
トータルで3時間ほど煮込めた。
ルーを入れると、そのあまりの良いにおいに耐えきれなくなって、煮込みも早々に午後5時夕食開始。
神戸屋のパンで食べてみたが、やっぱしうまいのかどうかわからない。まずくはなかった。ママには好評だったようで、残さず食べていた。俺もなんだかんだ言いながら、2杯食べた。
まだ半分も使ってない烏骨鶏スープは冷凍庫へ。明日になったら義母が来るので、使ってもらおう。
なんだか一日中烏骨鶏のことを考え続けた一日だった。


お風呂に入るとき、毎回身近なことを質問して、ママの記憶を確かめている。記憶がどんどん怪しくなってくるので、なんだか俺たちのことを忘れられそうで怖いのだ。
今日は子供らの名前を聞いた。
「こいつは誰?」
「せいたろうくん」
「こっちはだれ?」
「ゆめこちゃん」

せいたろうにゆめこちゃん。冗談でそう呼ぶことはしばしばある。でも、今この状況でそう答えられると、本気なのか冗談なのか判断つかない。
「もう一回。この子は誰?」
「せいたろう」
「こっちは?」
「ゆめこちゃん」
うむ。どうも本気っぽい。ついに名前も混同してきたか。でもまあ当たらずとも遠からずって感じだし、呼び慣れた呼び方ではあるのでいいとしましょう。
こんな調子で、今日の森島先生の訪問は覚えているのかって気になったので聞いてみたら、見事に忘れていた。
まあそんなもんだろうな。

夏ももう終わり 08/8/29 (菌)
たいていの人がそうだと思うのだが、病院に行くとそれまでの症状に比べて若干改善すると思う。俺もそう。歯医者なんか行くと、それまで痛んでいた歯が、見事に痛まなくなる。腱鞘炎とかも少し良くなっちゃって、どこが痛んでいたかわかんなかったりする。別格は花粉症だけ。これだけは良くならない。それどころか、待たされてる間に悪化するな。風邪もそういう傾向がある。
ママも、うちにいるときはあれだけふらふらしていてろれつが回ってなかったのが、医者を目の前にすると、饒舌なこと。なんか目つきもシャキッとするし。
結論から言えば、入院はまだとなった。だって、脳外のドクターったら、今入院したって手術しないって言うんだもの。入院したって寝てるだけで、何をするわけでもない。同じ寝てるだけなら家でも同じ。だったらお金がかからない自宅療養の方が良いだろ?って。ママの症状にしたって、入院しなくてはならないような症状じゃない。CTも今日は撮ってみたが、前回と大差なし。腫瘍は特に成長していない。脳室の大きさも変化なし。要するに、症状の悪化はママの気のせい と。
それよか、もっと頑張ってもらって、子供の成長を待ちたいらしい。産科の先生も、本音を言えば33週過ぎるまではお腹においておきたと言っていたらしいし。ママも、CTの映像を見てかなり安心していた。
ま、介護についても愛するママ相手のこと、特に大変なわけでなし。今入院されても暇をもてあましてしまうだけのことだ。

というわけで、入院は当分先だな。
アドバイスとしては、横になっていすぎるとかえって良くないから、頭を起こしていた方が良いということ。脳腫瘍を検索すると食事をかなり制限した方が良いと書いてあるが、そんなの聞いたこと無いから何でも食べたいものを食べたらいいということ。まあ食事については血液ができるだけさらさらになる様なものを心がけるようにするけど。

そろそろ夏休みも終わり。子供たちも完全に元生活に戻るし、今少しの間ママと二人で静かに日々を過ごすのも良いだろう。第一、働き盛りの俺の年齢でそんなことができるのも、滅多にないことだしな。




明日の予定。
宿題だよーーーー、ゆめの!
なんにもやってねーよー!

今日は誠大の誕生日 08/8/28 (木)
人生初めての『人間ドック』だった。
結果から言えば、中性脂肪が高めで、経過観察であった。これはおそらく、一昨日作ったビシソワーズの食べ過ぎが原因だろう。

ってね。
いや、元々今日に設定してあったのは、過酷な野宿旅行を終えてきたあとだから、当然かなり健康体になってるだろうという予測の元だったのだ。でも、実際は7月以前と比べてかなり不健康できているので、この結果は当然だ。

まず、8月は学校がないので、一日あたり相当な歩数歩いていたのが全然歩かなくなってるから運動不足。毎週末の薪割りやアトリエ制作で体を動かしていたのも、ここ1ヶ月は全然やってないし。
さらには、いっつも家にいるのでコーヒーの量が多い。これは糖分の摂取量過多。
極めつけは昼食だ。今まではずっとおにぎり一個とカップの春雨スープだけだったのが、ママに食わせるためにしっかり、しかも油をばっちり使ったものが大半なので、ここ三年間の食生活を思うと相当食い過ぎ。カロリーオーバーだな。

ここに結果を記したペーパーがある。
中性脂肪の数値だが、2003年は596mg/dl、2004年は955mg/dl、2005年が270mg/dl、2006年が182mg/dl、そして今年が326mg/dlだ。2004年から2005年にかけてかなりの下降がある。この間に何があったかというと、前年の高数値によって食育指導があり、朝食に食べているハムエッグをやめなさいと言われたのだ。朝はしっかり食べたい方だったが仕方がないのでゼリー食にした。その後、昼食もおにぎりとカップスープのみにし、ちと度が過ぎたのはこの年は夕食もかなり少なめにし始めていた時期の検査だったので182mg/dlまで下がったのだ。数ヶ月遅い検査だったらもっと低い数値だっただろう。栄養士はこの乱高下にかなり面食らっていたが、先月からこちらの生活状況を話すと多少は納得もしていた。まあ俺も運動不足や昼食の内容は気にしていたところだったので、今後は気をつけよう。そうでなければこの後半年もこの生活が続くわけだから、次回の検査が空恐ろしい。


帰宅後、せいたに絵本を読んでくれとしつこくせがまれたのだが、バリウムのせいでトイレと愛し合ってしまっていたものだから、やつはママにせがみにいった。ママもこの頃珍しく素直に読み始めたが、ろれつが回っていないことに自分で気がつき、早々に読み聞かせるのをやめてしまった。
これはちょっと俺も驚いた。会話は普通にできていたのだが、手足だけでなくついに舌ベロまで運動障害が波及してきたか。そういえば会話とは言えない単語のやりとりばっかりだったっけな、この頃は。
義母が言うには、義母が入院したいかどうか聞いたときは、たいてい入院したいと答えるらしい。俺が聞いてもいやだって言うんだけどな。遠慮しているだけで、ホントは体がつらいんだろう。俺はママがその方が良いと思うのなら、今から入院しても構わないんだけど。

明日は産科と脳外科の受診だから、症状話してドクターの判断を仰ごう。

お荷物 08/8/27 (水)
無事引き継ぎも終わり、これで完全に学校から離れることとなった。と言っても、わからないことがあったら聞きますからと、修学旅行、クラス、授業のすべての後任にメルアドと携番を聞かれた。
俺も養護に行って最初の年、全く世界が違う中で引き受けた高分連の養護教育専門部(当時の名称)の部長職については、前任者にしょっちゅういろいろと聞きまくっていた。転勤してからは俺の後任の先生から、俺がそうしたのと同じようにしょっちゅう連絡が来た。たぶん今回も頻繁に連絡が来るのだろう。しかし、聞かれても授業以外はあんまり答えられない気がするんだが。修学旅行はもとより、クラスのことだって1年から見ている生徒ならともかくとして、今年から受け持った生徒についてはまだあんましよくわかんないよ。
いずれにしても、これでめちゃくちゃでっかい荷物が降りた。ま、普通は降ろすことのない荷物ではあるけど。
いやー、軽くなったなあ。

ママの腫瘍がわかってから何となく夢見心地なんて言うとちと違う。視界にもやがかかっているような、現実味のない感じがずっと続いていたのが、この頃やっと現実感が戻ってきた。今日の引き継ぎが一番気持ちの中に引っかかってたことだったのだが、それも終わった。これで夏休みが終われば、もっと現実味のある日常になるだろう。
ついでに、腫瘍があるなんて不愉快な事実も夢だったらどんなにいいだろうか。

人事 08/8/26 (火)
俺の後任が見つかった。若い女性だ。しかも元教え子。一番最初に非常勤講師として母校で教えた生徒だ。
思えば、講師時代に教えた生徒って意外に周りにいる。
最初の赴任校で一緒に授業を持ってくれた非常勤の先生は、俺が高校生の時に夏の講習会で講師をしていた人だった。お?教え子じゃね―な。
次の赴任校ではそこでの年季が明けて転勤するとき俺の後任が非常勤時代の教え子だった。
そして今回、またまた教え子だった生徒だ。もう生徒じゃないけど。

あれ、別に教え子は多くないな。
ま、いいか。
続けて二回も後任が元教え子なら十分な話だろ。伊達に四年間も非常勤講師やってなかったなあと実感。しかも、小中高すべて入れれば相当数が教職に就いてるし。

今日は引き継ぎ資料を作った。元々俺の授業は俺の特技を生かした内容で組み立ててあるので、専門の違う彼女がそれをそのままやれるはずもない。既に材料を購入済みのものについては何とかやってもらうしかないが、それ以外の内容については彼女の専門を生かした内容に替えてもらって結構だ。従って、授業に関しては、あまり引き継ぐようなことはない。
それでも伝えておいた方が良い内容を書き上げたら、結構な量だった。
明日打ち合わせをして、ついでに机を片付けて、どうせなら修学旅行の引き継ぎもやってしまえれば、晴れて介護休暇に突入という運びだ。
結局クラスの生徒には顔を合わせずじまいだが、合わす顔もないのでこれはこれで良いか。
良いか?

すげー主婦 08/8/26 (火)
昨日の話だけど、スーパーで夕飯の買い物中にすっごいの見てしまった。
後ろ姿は二十代。ジーンズのハーフパンツにサーフTシャツ、髪は茶髪に小麦色の肌と。そいつが精肉コーナーの一角で、ものすごい勢いでがさごそやっとる。パックを奥から取り出しては表示をガン見し、それをほっぽってまた次のを引っ張り出す。その繰り返し。
ええ、ほっぽってましたよ、パックを、ぽいってな感じで。
やがて満足いくものがあったのかなかったのか、とにかくそいつが立ち去ったあとは、山のように乱雑に、ひっちゃ過めっちゃかにパックの肉が捨て置かれていた。
ちなみにその肉はショルダーベーコンだった。
俺はあっけにとられてしまってとにかくその一部始終を呆然と眺めていたのだが、俺の周囲には同じく口を開けてみている主婦もちらほらいた。
でだ、馬鹿な若いやつがマナーの悪いことをしてるんだろうと思っていたら、去り際ちらっと顔が見えたのだが、明らかに俺より年上、四十代の顔してた。
なんか勢いに飲まれてただ見つめてただけだったけど、よくもまああんな恥知らずなことができたモンだぜ、いい年こいて。
あんな親にだけは育てられたくないな。
あんな親にだけはなりたくないモンだ。

で、今日の夕飯でビシソワーズを作ろうと思って昨日のスーパーにまた行ってみた。例の一角はどうなっているかなあと思ったら、ショルダーベーコンはきれいさっぱり無くなっていた。あんなに山と積まれていた というか、中にはひっくり返ってるのも有りの山にされてた大量のベーコンは、どうしちゃったのかねえ。

主婦の気持ち 08/8/25 (月)
最近大人用のおむつが増えたので結構雨脚が強い中を5袋ものゴミ袋抱えて早朝からゴミ出しし、子供らが二人ともいなくなってからは洗濯しながら乾燥器かけたり、ダスキンで2Fからずっと床を掃き掃除し、そのあとぞうきんがけ。結構な仕事量で、今日の気温でも大汗かきまくり。
でも少し肌寒い感じがするので、昼は温かいかき揚げうどん。新鮮タマネギはご近所からのもらい物、他に地元産のにんじんを買ってあったのでそれと、刻みミョウガと細切りしょうがも入れてかき揚げだ。俺的には、何も付けなくても甘みが広がるタマネギなんか上等に揚がっていて非常にうまかったのだが、ママはたぬきうどんファンの俺が作るとどうしても多めになる衣がお気に召さなかったかな。天ぷらもあと3人分くらい余ったので、あまりのおいしさに全部食ってしまった。
おかげで夕飯時まで腹が減らず、ママと子供らには塩焼きそばを作ったが、俺は昨日の残り物で済ます。午後はママのお腹をさすりながら寝転がってたらいつの間にか寝てしまい、気がつけば誠大のお迎えの時間。慌てて車を出してルームミラーで寝癖を気にしつつ、お迎えのあとは買い物というなんだかとっても主婦チックな主夫の生活であった。

昼食の支度時、ふと思った。
この頃なんだか刺激がない。
毎日掃除して洗濯してご飯作ってあっという間に一日終わってしまう。あんなに毎日早朝から深夜まで息つく暇もなく仕事に追われていたのが、嘘のようだ。考えることといったら、食事のメニューとか家事の効率の良い順番とか、タンスの中身のしまう配置とかくらい。授業のメニューや効率の良い仕事の処理順番や課題説明で見せる参考スライドとか校内展示用の生徒作品名表の画面配置なんかに使っていた俺の美的な灰色の脳細胞は、今は全く使われていない。今までが仕事に6割、家族やその他に4割くらいの脳細胞分配していたのが、今は90%家族に対して脳細胞を使っている(残りの10%はまだ引き継ぎが済んでない仕事のことだとかいろいろ)。世の主婦が結婚・退職後、家事・育児に飽きてか刺激を求めてか、テレクラとかに走る気持ちが少しわかった気がする。
別に気持ちが少しわかったというだけで、そうしたいという願望は全く起きないけど。そんな暇があったらアトリエ作りたいし、ゆめの装具も作らねば。テーブルの天板も、天気さえ良くなればもう一回塗りたい。
そうか!テレクラに走る主婦は、趣味がないんだな。だから余計なことに手を出すわけだ。
な~るほど。

余談だが、脳細胞の6割を仕事にさけていたのもママが家のことをしっかりやってくれていたおかげ。そういえば先日の受診では、脳外科の看護師に
「だんなさんがこれだけやってくれるのも、奥さんが今まで一生懸命やってきたからこそでしょ?だから、今そうしなきゃって思えるんじゃないですか?」
っていわれた。
うむ、確かにそうかも。
単なるつわりだと思っていた時は修学旅行にからんであれだけ行くか行かないかで悩んであちこちに相談していたのが、脳腫瘍がわかったときは迷うことも誰に相談することもなく一発で介護休暇を決めたからな。
ま、うちはママが元気でいてくれて、初めてすべてが回るようになってるからね。
恩返しといったところか。



ぼく、4歳 08/8/24 (日)
今日は誠大の4歳の誕生日

ではありませんが、あと4日(8月28日なのだ)なのでかまわずお祝いです。誠大は、
「ぼくまだお誕生日じゃないんですけど」
などとしゃらくさいことを言ってたけど、嬉しいには違いない。義母や叔母、義妹(ママ方ばっかしだな、やっぱね…)がやってきて、昼夜2回のお祝いだ。
昼の部は、義母と叔母に祝ってもらい、昼食後に義父からもらったお小遣いでプレゼントを買いにジャスコへ、往復2時間のお買い物だ。誰かがママを見ていてくれないと時間のかかる外出はできないからな、義母と叔母に見ていてもらえる今日はチャンスだ。誠大のお目当てはトミカのハイパーレスキューシリーズの一台だ。
だったのだが、おもちゃコーナーについたら、同じトミカの商品なるもハイパーレスキューとは全然関係ないド安いパーツを選んだので、却下。どうせあとでまたハイパーレスキューを欲しがることは明白なので、そのド安い商品よりもお値段3倍もするやつをきっちり選んでやった。

夜は夜で義妹が来てくれて、豪華料理を作ってくれた。食事のあとはケーキだ。中に誠大の好きなバナナを挟んでもらった特注品。といいつつ、事実は季節柄いちごが少ないのでオレンジのスライスでも良いかと聞かれたので、どうせならとバナナを頼んだということなのだ。

午後一杯、寝るまでハイパーレスキューで遊んだ誠大は、お風呂から出た直後の9時現在、よせばいいのにいつも通りにわざわざゆめの横に陣取って既に寝てしまっている。その寝顔にゆめがちょっかいを出しているという案配だ。

ま、何にしてもいい誕生日だった。

短期記憶障害 08/8/23 (土)
今日は朝からずっとイライラしていた。具体的にはせいたにイライラしていた。
昨日はママと二人だったのでママのお世話に専念し、自分のペースで一息ついたり次の作業に移ったりできたのが、今日はゆめも誠大もいたものだから四六時中何かしらやってないといけない、監視してないといけないってなことで、全然自分のペースで動けなかった。イライラは、たぶんそのせいだろう。
おかしいのは、普段ならそれが普通なはずなのに、なぜそれでイライラしてしまうのか。おそらく必要以上にママに注意を向けているものだから、それを妨害する誠大のいたずらやなんのかんのと関わってこようとするのに我慢ならなかったのだろう。
いかんねえ。
いかんけど、早く夏休みなんかおわってくれ~という世の母親たちの気持ちがものすんごく理解できたなあ。

ママは普通に起床。
10時頃に子供らがソーメンを食べると言い張るので、ついでにママの分も作った。ちなみに俺の分はなかった。ソーメン品切れ。ママが食べた量は子供らよりも少なかったなあ。
昼は冷やしラーメン。またまた俺の分はなかった。麺品切れ。変な時間にソーメンなんか食べるから、ママの食べた量はほんの数口。残りは俺の胃袋へ。
午後はほとんど寝て過ごしていたママ。
夕食はコロッケを作ってみた。前回作ったときは、ころもが全然着かなくて失敗だった。今回は万全を期して、ネットでレシピをチェックして臨んだ。
結果は、ばっちりオッケーちゃん♪下味をしっかり付けておいたので、かなりうまいのができた。
飯はうまかったが、日に日に挙動不審になるママは、ここでもちょっと変だった。
自分の皿にコロッケを取ってソース(そもそもこれも変なんだよな。なぜならママは、ポン酢星人だから)までかけておいて、それに手を付けずに次々とコロッケを皿に取ろうとするのだ。ちなみに、ご飯は食べなかったがコロッケは一個平らげた。
食後にはデザートにダノンビオかコーヒーゼリーのどっちを食べたいか聞いた上でコーヒーゼリーを出したのに、それに手を付けないでゆめや誠大用に持っていったダノンビオを奪おうとしてたな。
短期記憶障害。
う~む…

入浴は家族全員一緒だ。一昨日の晩、いつも通りにゆめと誠大をお風呂に入れ、洗い終わって出す手前でママを連れに行ったがなかなか動かないので危うく風邪引きかけた失敗を元に、昨日からは最初から一緒に入浴することにしたのだ。と言っても、温泉じゃあるまいし、全員一緒に入れるほど湯船は広くない。ここでも俺は一人はぶせ。湯にはつからずじまいだ。とっとと子供らを洗って着替えさせ、次にママを洗う。幸いにも我が家には介護用シャワーチェアなるものがあるので、座らせて洗える。体を拭くときも座らせて拭く。
ママの頭を洗っているときに、誠大がアイスを持ってきた。小袋を開けてくれと言う。俺の手はあわぶくだらけだったので、ママに開けてあげるように言った。ママは素直に袋を開けたまでは良かったが、取り出したアイスをおもむろに口に持っていった。誠大はその仕草に半狂乱だ。
「ママー!!!!!!!ぼくのあいすーーーーーーーーーーーーーー」
俺は冗談でやってると思っていた。
でも、ママは本気でそれにかみついた。
「ママ!それ、誠大の!」
「へ?食べちゃダメなの?」
ダメに決まってるがな。
短期記憶障害…
う~む~…

凝り性なんです 08/8/22 (斤)
誠大のお迎えに行って、先生に呼び止められるとどきどきする。
誠大の送り迎えをし始めた頃は、毎日のようにお迎えの際に呼び止められていた。それはたいていの場合はベテランママなら誰でも知ってる園のお約束ごとを俺が知らないばっかりに、あるいは忘れて間違ってしまったばっかりに、これはこうですあれはああですと言われていたのだ。しまいには、お約束ごとを一覧表にして渡された。それくらいならまもなくできるようになったが、その後もママが処理できなくて滞っている書類だの支払いだのでたびたび呼び止められていた。数ヶ月もするとそういったことも減っていったが、誠大がケンカしてぶたれただのケガしただのということでもよびとめられる。どうもトラウマなのか、呼び止められるとどきどきしてしまうのだ。
またなんかやったか、俺?
って感じで。

どういう状況であれ、先生と言われる人に呼び止められるのはいい気がしないなあ。俺に呼び止められる保護者も同じような気分なのかしら。もっとも、高校の場合に保護者が先生の前に出る機会なんざ、悪さして呼び出されるか保護者会の折くらいしかないし、悪さして呼び出されてるならそのまんま、保護者会の折なんかに呼び止められれば、それはそれでやっぱり良いことで声をかけられることは一般的にはほとんどあるまい。

やっぱりどきどきするんだろうな。

ただ、生徒を見ていると3種類に分類できる。
先生に呼ばれてどきどきしてる奴は、普段から素行があまり良くない。
逆に普段からしっかりしてる生徒ってのは、呼ばれても平然としているものだ。
それと、普段滅多に呼ばれることなどない生徒は、単純に先生に呼ばれたという事実に対してどきどきしたりするらしい。でも、よくよく聞いてみると、たいていは自分は何かしたのではないかと自問自答しながら来るというので、自分に自信がないんだろうな。
それに習って考えちゃうと、俺の例もしかりだが、やっぱし素行が悪かったりやってることに自信がないと、呼ばれたときにびびるんだろう。

いずれにしても、先生に呼ばれるのは、いやなもんだ。

誠大の場合、誠大が何かしでかしたという理由で呼ばれることは、転んでケガしたとかいうのをのぞけば今のところ全くない。友達とトラブル起こしても、毎回被害者の方だ。迷惑かけたんでなければほっと胸をなでおろすところだが、でもよくよく考えると、毎回被害者というのもいただけない。やられても我慢したんならいいけど、ただびびってやられっぱなしってんなら情けない。その辺は本人に聞いても要領を得ないのでいかんともしがたいが。

そこへ行くとゆめは真逆だ。
ゆめのはほとんどの場合、被疑者の方。
つねる殴るの直接暴力はもちろんのこと、暴言あり、脱走有り。どこの不良だってなモンだ。加えて、この頃どこで覚えてきたのか、自分の主張が通らなかったりすると「ばーか!」とよく吐く。
いかんですねえ。我が家は「ばか」禁止なのになあ。
ま、同じ筋ジスの子の中には、めちゃくちゃかわゆいのに、口を開けば「うるせぇばばあ」とかにこにこしながらのたまっちゃう子もいるから、いかにもそれを言い出しかねない場面で悔しまぎれに「ばーか!」と言うくらいならかわいいモンかもしれないが。
ついでに、ゆめが「ばーか!」というたんびに誠大がきちきちと
「ゆめちゃん、ばかってゆっちゃだめだよ」
と注意していたのがかわいいかった
もっとも、それが効果ないとわかってきて、「しょうがないなあ」とか言ってた頃はましだったが、この頃はろくに注意しないですぐに
「パパ~、ゆめちゃんがばかってゆったー」
と言いつけに来る誠大がかっこわるー


さて、今日は誠大は保育園、ゆめはクジラに出かけてしまい、義母も仕事の関係で来てなかったので、久々に日中ママと二人っきりだった。
日課の掃除のあと、これまた日課のたっぷりの洗濯物をして、一息ついたらずっと気になってたリビングテーブルの天板にニスの塗り直しをした。それが終わればもう昼だ。
仕事してるときは午前中の長いこと って思ってたけど、こういうときにはあっという間。
昼食は、夕食にカレーを自作する予定だったのでそれを見越して野菜たっぷりみじん切りのハーブ炒めを作り、1/4ほどをミートソースにしてスパゲッティーだった。スパゲッティーも多めにゆで、当然のように余った分を夕食の付け合わせのパスタサラダに回した。
午後はママと録画したまま見てなかったビデオなどを見ながら細々と介護し、夕食は挽肉とみじん切りたっぷり野菜のさらさらカレーとパスタサラダだ。ママは俺が何を作ってもおいしいと言って食べてくれる。ママはこの頃偏食なのだが、今日もしっかり食べていた。パスタサラダなどママの嫌いなマヨネーズが入っていたにもかかわらず、よく食べていた。これも病気がもたらす偏食傾向がなせる技か。一方子供らには、俺の自作カレーはスパイスたっぷりなので辛いとやや不評なのだが、それでも市販の中辛ルーを使ったカレーは食べないくせに、多少は辛くても俺のは食べてくれるので、それはそれで嬉しい。
「彼においしいって言ってもらえるのが、とっても嬉しいの♪」
と、テレビで女優が恋愛記者会見で言っているのをたま~に目にするが、その気持ちは非常によくわかる。
っていうか、ここでまずいとか言われると、ホントに作る気なくす。だって仕込みから勘定すれば、カレーなんか6時間かかってるんだから。
(余談だが、誠大はホントに正直にうまいまずいを言うので、何というか、味のバロメーターではある。でも、今日のカレーを例に取れば、最初はやや薄口でパンチが足りなかった。親の分はすぐ作り直したが子供らのはそのまま。だってさらに辛くなっちゃったから。それでも(辛いと言いながらも)うまそうに食べちゃうあたり、バロメーターっつってもあんまり当てにはなってない…)
我が身を振り返ると、何も考えずに塩を振りすぎて劇辛になってるステーキを平然と洗って食べてた俺って、ものすごく薄情だったなあと今更ながらに反省した。
反省したが、ステーキに限らず味が変な料理の場合は、もともと味見をほとんどしないで料理を作るママの手抜き差加減が元凶なので、そのことを思い出したら反省半分だった。
そういえば、ずいぶん前に脳内出血で手術をしたうちの教頭が、発症してからすぐに入院したが、入院後から手術するまでの間のことは全部覚えてないと言っていた。もしかしたら、こんなに凝って料理したり家の中を美しくしたりまめまめしくママの介護をしていても、全部忘れてしまうのだろうか…
ま、病気が治ってくれるなら、こんなことは忘れてくれてもかまわないけどさー