9月

当面、最後の手術 08/9/30 (火)
けっと君は順調に成長し、今日の体重は1904gだった。1700g台で生まれていったん落ち、また復活して、生後18日でここまで大きくなった。早く保育器を出られると良いね~

と思いきや、ちょっと待て。
けっとが出てくれば出てきたで、今度は新たな問題がわき起こる。
けっとがいたら、ゆめやたったの朝晩の送り迎えができないじゃないか。まさか家に一人置き去りにはできないし、まさか首も座ってない新生児を車に乗せて1時間も連れ回すわけにはいかないし、かといって誰か家で見てくれるでもないし。
こりゃー、えらいこっちゃ。
実行可能な解決策をすべて考えてみたが、一番現実的なのが、俺と子供たち全員でママの実家に移り住むというプランだなあ。
ただ、問題点がないわけではない。
実家は遠い。ゆめとたったを送るのに、起床は俺が5時半、これはいい。いつもと変わらん。子供らが6時厳守。家を出るのが7時半前。しかも、これでも遅刻しないためには高速道路を使わねばならない。ママの実家から保育園や学校へ行くには橋を渡らねばならないのだが、ちょうど良い時間帯はすべての橋がめちゃ込みなのだ。それを避ければ到着が早すぎるし、そもそも、起床時間が早くなりすぎる。俺なんか4時台、子供らも5時半前に起きて、6時半には家を出なければならなくなる。俺の早起きはまだしも、子供らにそれは無理だわ。
保育園に送るのに高速道路使用とはなあ。出費も痛い。でも、これなら確実にけっとを義母に預けて出かけられる。
これしかないかなあ。
困ったなあ。
マイホーム放棄かあ。。。。

さて、明日はママのシャント手術だ。今、脳室に溜まる脊髄液を出すために頭の左右に管が刺してあり、それはベッドの傍らにある袋へつなげてある。余分な脊髄液は、その中へ溜まっていく。今回は、その管を体の中へ埋め込み、腸の近くまで通す。これで頭の中の余分な水は、お腹へ流れるので脳みそへの圧がかからなくなる。水頭症の改善策と同じだ。体の中へ埋め込んでしまうので、水を溜める袋を引きずっていることもないし、起き上がるたんびに圧が変わって水が出すぎるのを防ぐためにいちいち水の流れを止める必要もなくなる。なにより、頭の中が感染症にかかる危険性がなくなる。
問題点は、幼い頃から様々な病気で開腹手術を何度かしてきたママの、そのお腹の傷が癒着してると、うまく管を通せないかも知れないってことと、適切な圧力で頭からお腹へと水が逃げていくように、管の途中に調節器がもうけてあるのだが、その調節器をうまく調節できるかどうかだ。
手術は午後2時から。麻酔の効き始め時間含めて2時間ほどで終わる予定だ。別に命に関わるような手術ではない。しかし、短期日のうちに立て続けに全身麻酔の手術を受け、しかもまたまた頭をいじる手術。万が一にも間違いがあってはならない。


~お願い~
この時間、お手すきの方は手術自体がうまくいくよう祈ってください。
調節器がうまく調節できるように祈ってください。
なによりも、すべて終わってから順調に回復して、一日でも早く元の生活が送れるようになるよう、祈ってください。

ゆめ語 08/9/29 (月)
今日は病院に行く前に学校と役場に行った。色々と出さねばならない書類がある。この頃病室に行くのが怖いので、息抜きにはちょうどよろしい。
怖い理由はだな、昨日よりも今日の方がモンのすっごく少し良くなってるのはわかってるんだけど、もし悪くなってたらって思うと怖くて仕方がないのよ。いまだにどこまで回復するのかは謎のままだし、そもそもが腫瘍摘出のあと非常に良く回復したのが、試しにと頭の水抜きを止めたらその翌日に顔は腫れてるわ目はうつろだわ意識レベルは落ちてるわ手には暴れる老人がはめてるあの変な手袋はめられてるわ、看護師と主治医の会話を聞いていると、前の夜がどれほど悪かったか想像できるわで、一夜で一週間も後退したような有様があまりに衝撃的で…
あれが頭から離れないので、毎日病室へ向かう足取りの重いこと。。。。
どんな様子ですかと問うた時に、看護師さんの「昨日と変わりませんねえ」という答えでホッとしちゃってる状況がすんごくいや。看護師さんはすまなそうに言うのだが、悪くなってないっていうだけでもまだましだって思わなきゃなんないこの精神状態。
はたして、いつまで保つだろうか。。。



とにかく今日は、まずは学校へ行った。そのあと役場だ。ホントは役場に先に行って謄本やら住民票を採ってから行こうと昨夜計画したのに、8時から業務開始している学校へ先に行った方が回りが早いって思っちゃったんだよな。病室へ行くのが気が重い割に早く行けるように知らず知らず算段してる自分が不思議。
んでも、先に学校行っちゃったモンだから、役場で書類採ってからまた学校へ出しに行かねばならないという、結果的に最悪に効率の悪い周り方になってしまった。
学校は良いとして、そのあとの役場が最悪だった。
戸籍謄本、できてなかった。
なんでー?
出生届をしたのって、19日だぜ。あれから10日も立ってるのに、何でできてないのよ!
窓口職員が本籍のある区に問い合わせをし、その回答は、10分したらできますだと。
「やってなかったんですか?」
って聞いたら、
「間にたくさん休日も入ってたし、遅れちゃっただけです」
だとよ。
嘘こけ。
10分待ってできるものなら間に何日休日が挟まってようができてるはずだろ!
怠慢だな、市役所。
これのせいで、40分無駄にした。早く病院に行きたいのに!
やっと病院に着いたら、時刻はもう午後2時。たったのお迎えを考慮すると、2時間もいられなかった。

暇つぶし 08/9/28 (日)
ママが、昼間は寝てばっかりで夜になると起きていて困ると看護師が言っていた。確かに、昼間はいつもうとうとしている。ドレナージ手術をする前がそんな状態で、いや、その時は昼夜を問わず寝ていたが、手術後には普通の睡眠だった。腫瘍摘出後も順調に回復していたのだが、水抜きを止めて悪化した。手術前に戻ったかのようだ。受け答えもおかしいし、数分前の記憶も飛んでるし、困ったモンだ。
ママの趣味は俺と違ってベッド上ではできない。お菓子作りだの裁縫だのは、元気になってベッドからでなければな。
「俺みたいにDVDや小説で一日つぶせればいいのにねえ」
お投げかけてみると、
「DVD、見るよ」
との答え。
そうかなあ。ママが映画なんか静かに見てる姿なんか、想像もできないけど。まあ、そんなに見るならとポータブルDVDプレーヤーを買ってみた。
「お金持ちだねえ」
アホかママ。現状、金持ちなわけね―だろ。俺今働いてなくて、給料は今年度一杯出ないんだよ!正直言って、今日の出費はかなり痛い。でも、ママと俺が逆の立場だったら、ママは間違いなく俺のために良い機種を選んで購入したはずだ。だから俺もママの気持ちになってぽんと買ってみたのさ。
ま、今のママに説明したところで明日には忘れてるので、言わないでおいたが。
んで、手持ちのDVDの中で見そうなやつを選りすぐって一緒に持っていったけど、見ながら寝てやがる…
今日は午後一杯、寝てないか監視していた。
明日は役所へ行ったり学校へ行ったり。色々と手続きの書類があるからなあ。

ゆめとたったのお見舞い 08/9/27 (度)
昨日試しに水の流れを止め、体内循環するか試したようだが、結局うまく循環できなかった。管の体内埋め込み手術を来週水曜日にする予定だ。またまた痛い手術。どんだけママの体は痛めつけられればすむのか。
それよりびっくりしたのは、顔が大きくなっていた。むくみらしい。手術後は誰でもそうなるとのこと。知らなかったからホントに心から驚いた。手術後って、術後二日もたってそうなるのか~…

でも、眼球の動きはきわめて普通に近くなってたし、体も昨日よりは楽らしい。間違いなく、順調に回復しているのは間違いない。それだけがせめてもの救いだ。
でも、やっぱり毎日見に行くのが怖くて仕方がない。

そうそう、今日はゆめとたったもお見舞いに行った。正確には、ゆめがどうしてもお見舞いに行くってきかなくて、たったは鬼のいる病室へなど行きたくなかったのに付き合わされたのだ。
ゆめは病院のエレベーターに乗るまではほくほくで嬉しそうだった。ママに会うのは一週間ぶりだ。「元気出してね」と上手に言えるように練習しながら向かった。
でも、エレベーターの階が上がるに従ってだんだんゆめの顔は曇っていく。次第にきょろきょろし出す。
目的の階についた時には、もうすっかり帰るモードだ。ママのいる経過観察室につく前から、帰ろう帰るとうるさいこと。ママに会った時はさすがに笑顔も見せたが、促されて「あやーくー$んき%&ってね」と言い終わった瞬間、役目は終わったといわんばかりに「ばいばーい!」「あいあーいっ!」と。つれなさ120%のゆめだった。
たったの方は、病室に鬼がいないと見るや興味津々でママに近寄り、一瞬で興味を失ってしまった。こちらも一目ママを見られれば気が済んだようだ。
たったはそれでオッケーだったが、ゆめはあんなに怖がって早く帰りたがっていたくせに、帰ってきたらまた「ママ~」と会いたがっていた。
あいかわらずやっかいだな~、ゆめは-。


お風呂の中で、ある人からのメールをふと思い出した。『言葉って、口に出した途端、力を持ってしまうものだと』
そうだね、俺もそう思う。このページにだって、あんまり不安なことばっかり書くとホントになって困るかも知れない。だからお風呂の中で、たったと一緒に祈りを込めて大声で叫んでみた。
「ママは良くなって帰ってくるモンね~!」
早く治って帰ってこいよ、ママ。

陳謝 08/9/26 (菌)
夕方掲示板を見ていて、このHPのトップにあるメールから送られるはずのメールが全く届いていないことに気がつきました。
あらためてメールの送受信アカウントを見たら、トップに貼ってあるアドレスでは受信できるように設定してなかった。おそらくXPからビスタに乗り換えた際に設定漏らしたのだと思います。
慌てて設定入れたら、ものすごい量のメールが来ました。
どれもママを励ます内容ばかり。本当に大勢の方が心配したり応援したりしてくださっているのだなあとあらためて感動しました。
なのに、お返事出せずにいて、申し訳ありません。気分を害された方もいらっしゃいましたが、本当に申し訳ない。
あらためて謝罪します。
既にメールは受信できるようにしてありますし、念のため確実なアドレスに変えました。
今後とも、どうぞよろしくお願いします。

練習中です 08/9/26 (菌)
「えんじんがったいごーおんじゃー!`+*%&#ごーおんじゃー!%$#+`ごーおんじゃ~ ごーおん!♪」
「みーんーなーえがおで-、お~ど~ろ~♪」
と、たったが歌っているが、俺には
「へんじんせんたいごーおんんじゃー!」
とか、
「へーんーなーかおしてー、お~ど~ろ~」
とかに聞こえる。
そうやって歌ってあげると、たったは本気で怒る。
さっき殴りに来た。
そこまでしなくてもいいじゃんか~


ゆめはその横で、
「あ~か~ちゃーん!」
と叫んでいる。
「ちーとっ」「ちぇーと」
などと、けっとを名前で呼ぶ練習もしている。

かわいい子供たちだねえ。



この頃病室に行くのが怖い。昨日よりも悪化してたらどうしようって考えると、行くのが怖いの。
お昼に行くと、ベットごと体を起こして昼飯のゼリーとアイスクリームを食べさせてもらっていた。ストローがついたジュースは一気飲みだったようだ。看護婦さんと代わって俺が食べさせたが、むせることなくうまく食べれていた。歯磨きは、セッティングしてやったら自分で磨けていた。うがいも上手。
頭の水も出ないように止めてあって、今日一日はその状態で過ごしてみるそうだ。今のところ頭痛とか悪寒とかいったものは出ていないので、うまくいっているらしい。
認識のレベルも上がっていて、うまくしゃべれないけど受け答えはとんちんかんではなくなってきた。嗜好も戻りつつあり、ブラックのコーヒーを飲みたがっていた。
目の方はまだまだで、どこ見てるのかわかんないけど多少は見えているらしい。でも、ものを渡すと目の見えない人みたいに頼りない手つき。目は空中の一点を見つめ、首も動かないのでなんかぱっと見植物状態みたいだ。
順調に回復していっていると言って良いんだろうけど、なんか不安。
ドクターは長い目で見ろと言ってたけど、なかなかそうはねえ…
だってママは俺の半身だもん。回復してくれないと困るんだもん。

まだまだ先は長いか…

解釈 08/9/26 (菌)
ふっと思ったんだけどさ、この頃虫の死骸が、ない。
あんだけ毎日のように、それもわざわざ俺の目につくように死んでた虫たちが、玄関前なんか毎朝山のように死んでた虫たちが、きれいさっぱりいなくなって全然見あたらない。ゴキブリ一匹いやしない。

いつからだっけと記憶の地層を掘り返すが、思い出せない。
無理に結びつけるなら、ママが入院してからだろう。

ええ、ええ、そうですね。
やたらとあっちの世界と結びつけてはいけませんね。季節の変わり目だしね。単に活動時期じゃなくなただけかも知れないよね。
でもさ、ホントにいなくなったんだもん。見事に。

一個解釈、それも良い意味で付けるなら、こうだ。
虫は、死がうちを取り巻いていたんじゃなく、ママを早く入院させないとこうなるぞっていう警告だった。入院させたから助かったし、警告だから必要なくなったので虫もいなくなったと。

そういうことにしておこう。
ちったー良いことも考えないと、頭の中がおかしくなる。それでなくても毎日病院に行って、そこにいる間は体の左側が痛くて仕方ないんだから。元々偏頭痛持ちだけど、頭から脇にかけてものの見事に左側が痛くて仕方がない。家にいる時は何ともないんだからさー。
精神的なものか?
そうなら良いんだけどな。
ママの具合の悪いのも左の方だし、不思議なシンクロがまた不気味。もっとも、俺が多少なりと肩代わりできるなら喜んでそうするけど。
さ、色々用事をしていたらお昼近くになってしまった。
ママンとこに行って、痛みを分け持って帰ってくることにしようかね。

今度は、求む!霊能力者! 08/9/25 (木)
別にさ、都合の悪いことが起きたら何でもかんでも見えない力のせいにするつもりは毛頭ないんだ。元々そういうのとは縁のない青春時代だったし。
でも、ゆめが生まれたのを皮切りに、以来ずっとその手の世界にどっぷりつかって来てることは疑いようのない事実。俺自身、何度か怖い目にも普通じゃ考えられないような目にも遭ってきたので、そういう世界があっても不思議じゃないと思う。ただ、俺が直接何かを見れるわけじゃないので、状況からそう推察するに過ぎないのもまた事実。

さて、さっき義母から一つ提案がなされた。
この先、首尾良くママが回復して退院したとして、その後の生活をどうするか。今は義母や叔母がよく来てくれるので助かってはいるが、それぞれ自分の生活もある。すでに相当な無理もしてもらっている。俺もいずれ職場に復帰しなきゃなんない。ママがどこまで通常生活を送れるようになるかわからないが、仮に何らかの介護が必要な状況だった場合、昼間はママ1人が家にいることになるので、義母としては何かと心配なわけだ。ゆめやたったの送り迎え、けっとの育児を考えた場合、誰かの手を借りなければならない。
そこで、一時ママの実家(義母んとこ)に身を寄せてはどうかというのだ。
なるほどこれなら必ずママとけっとの面倒を見てもらえるし、安全ではある。
ただし、俺は職場がかなり遠くなるし、ゆめもたったも通いにくいのでそれぞれ学校と保育園を移らねばならないかもしれない。移るったって特にゆめは簡単な話じゃない。それもあくまで一時だ。ちょっと移ってまた帰って来ますったって、そうはいくまい。転校も転園も、ちょっと無理っぽい。だとすると、相当な無理をして通わせることになるが、そのリスクはママとけっとの身の安全に比べたらたいしたことがない。
とは、俺は、考えてないけど。。。
一時のはずが、一体何年の話になるかわからんし。
なによりも、ここは俺たちの家。俺のベースはあくまでこの家でどうやって安全に、今までに近い生活を送れるかで、その点はママも同意見であること間違いない。
それを家族の安全な生活とで秤にかければ 、どちらが重いかは客観的に見ればもちろん明白ではあるんだけど…
ま、幸いまだ半年近く時間があるし、何なら延長も可能なので、もう少し考えてみる。


福島ドクターを、誰か紹介してください!!! 08/9/24 (水)

今後の見通しも立っていないなか、このままママの治りが悪ければ、ゆめやたった、健常とはいえ未熟児けっとまでいるのにどうやって生活していけばいいか、さすがにわからなくなりました。

 

脳腫瘍摘出に関して神の手を持つという福島ドクターにたどり着く方法、何かないですかね。一応サイト経由でメールは出しました。治療してもらえるのは相当な倍率らしいけど、腫瘍自体は重篤でなくても生活基盤が重篤な状態になっちゃってる我が家には、もはや福島ドクターレベルの医者を頼るしかない。

なんか良い方法あったら、どんな情報でも良いので教えてください。

よろしくお願いします。

 


手術終了 08/9/24 (水)
本日午後8時半、手術は終わりました。
”無事に”とは書けないところが何とも…

とりあえずの診断は、グリオーマ。グレードゼロで、悪性腫瘍の中では良性と判断できる。5日ほどでしっかりと検査完了するので、診断が確定する。
摘出量は1/3程度。場所が場所だけに、浸潤性が高くて脳細胞との境界が曖昧なこの手の腫瘍の全摘は、やはり無理だった。にしたって、2/3も残っているとは…
今のところ左目があまり見えていないのと、両目とも縦方向の動きが悪い。手足はちゃんと動いていた。もっとも、まだ麻酔の影響もあるので、詳しいことは明日以降だ。
日常生活には戻れるとのことだが、残った腫瘍がまだ周辺組織にべったりくっついているのだから、影響は残る。従って、どの程度戻れるのかは未確定。目が不自由では、運転が難しいだろうな。5年や10年の寿命ではないと思われ、その点はちょっと安心。それも、まだ未確定だけど。腫瘍は残っているわけだし、それも成長していくので、いずれは再手術して取り出さねばならない。今はグレードゼロでも、いつ悪性に変わるかも知れない。

何でこんなことになるのか…

ともかく、一緒にお祈りしてくださった方々、ありがとうございました。
とりあえず、一つ終わりました。
このあと、いくつ残っているのだろう…

お願い 08/9/24 (水)
本日午前9時より、ママの脳腫瘍摘出手術が行われます。
脳の中心部、生命活動に欠かせない神経が集中している場所にできた非常にまれな腫瘍です。こんな場所に腫瘍ができるのは、おおよそ数年に1人の割合だそうです。年間30人からの脳腫瘍摘出手術を行うドクターも、2年ぶりに手術する場所だと言ってました。
しかも、直径4cmの腫瘍をたった2cmの隙間から掻き出す、難しい手術。全摘は無理ではないかと、最初から予想されている手術です。
終了予定は未定12時間以上かかることが見込まれています。

これを読んだ皆様、どうかお願いします。ママが無事に手術を終え、できる限り後遺症がなく、全摘できるように、一緒に祈ってください。


オール電化 08/9/23 (果)
オール電化にしませんか?

この頃ちょくちょくそんな電話がかかってくる。
新築の計画段階で、オール電化は候補の一つだった。なにしろ、昼間でも深夜電気料金と大差ないお値段だと言うし。でも、ママがガスオーブンを使ってお菓子や料理を作りたいということでガスを導入することになり、それならオール電化の意味はなしと言われてガス一本に決定した。
しかし、今年の夏を例にとれば、エアコンのドライを結構使ったので、8月の電気代は2万円を超えていた。なにしろゆめさんは体温調節機能がうまく働いていない。適温に近い状態を維持しようとすると、昼夜を問わずせめてドライを使いたいのだ。こうなると俄然注目度が上がるオール電化。
しかしだ、給料がない現在、どのような条件を提示されても今すぐの乗り換えは無理。それでも頭の中に置いておいた。

今日病棟で、ドクターと世間話している時に、オール電化の話題になった。
そこでわかった事実に、愕然となった。
電気のコンロでは、中華鍋が使えない!!!!!!!!
理由は底が丸いので、加熱されにくいからだという。
うちは、というか俺は、中華鍋を非常によく使う。無論シチューなどの煮込み系にはルクルーゼが良いし、大量の麺を茹でる時にはそれ用の深鍋がよいのだが、それ以外は炒め物からちょっとした茹でもの、揚げ物までこれ一個だ。大きいしメンテナンスフリーだから使いやすいし、何を作るにしても勝手がよい。ちなみに麺も少量なら中華鍋でやってしまう。鍋より沸騰が早いのよ。ついでに鉄製だから鉄分も補給できるらしい。俺が台所の主になって二ヶ月。中華鍋とルクルーゼと麺茹で用の大きな鍋以外は全く使われていないのだ。
こんな便利な代物が使えないなんて、信じられない!だったらオール電化はなしだな。

というわけで、オール電化は夢と消えました。しかも、その夢を追いかけてすらいないという。
明日は大きな手術だというのに、その前日に超お馬鹿なことで大いに盛り上がるゆめパパ夫婦(とドクター)であった。

おうち模様 08/9/22 (月)
ご飯食べたらすぐお風呂。
たったに続いてゆめを洗う。
小さな背中をこちらに向かせ、頭を洗う。
頭を洗い終わったら次はリンスだが、顔と肩だけは先に洗う。そうしないと、リンスのついた髪を石けんの泡がさらっちゃうから。
洗い終わったら、リンスを付ける。そのあと体を洗うが、体を洗う間に髪にリンスが浸透する。
ゆめの小さな背中を洗っていた時、ゆめがなんかもじょもじょ言い出した。
よく聞くと、それは歌。
しばらく聞くと、それはカラスの歌。
なーなーつーの、こがあるからよ~♪
「ゆめちゃん、じょーずだねー。学校で歌ったの?」
「じーじーらー(くじらぐも 学童保育だ)」
そういうのを聞いて、覚えて、おうちで歌えるようになたのね。
調子づいて、もう一回歌うゆめ。
今度は一緒に歌った。

それを聞いて、うらやましくなったたった。
「ゆめちゃん、カラスの歌はそうじゃないよー」
そーでもそーじゃなくても、どっちでもいいじゃねーか。うるせーなー、たった(怒)
たったは、でっかい声でトーマスを歌い出した。
たった、邪魔だ〈怒)
「ばーか」byゆめ
ゆめも同意見らしい。
この頃ゆめの「ばーか」は、発言のタイミングが実に適切だ。
でもねー、ばかは禁止ワードだからなあ。。。

明日は秋分の日。学校も保育園もお休み。お風呂のあとでお笑い番組をやってたので、思わず見入るゆめとたった。いつもなら録画して寝かせるところだけど、明日は休みだし、少しくらい夜更かししても良いかな。
3人しかいないおうちで夜更かし。
ここんとこずっと休日は子供らを誰かしらに託して俺は病院で過ごしてるし、夜はお風呂のあとすぐに寝かしつける。朝に至ってはバタバタだ。電気を煌々と付けてこのメンツで家でのんびり過ごすって久しぶり。
なんか部屋が広~い。
3人じゃ広すぎるなぁ。

手術前説明 08/9/21 (日)
今週水曜日は、いよいよママの腫瘍の摘出だ。それに先立ち、今日は手術内容の詳しい説明があった。
疑われているのは、胚細胞種、松果体腫瘍、グリオーマの3つ。開頭して組織診断すれば、そのどれなのか、どれでもないかがわかる。
頭の後ろからこぶし大の大きさに骨を切り取り、脳みその隙間を使って広げ、2cmほどのスペースを作る。そこから約4cmに成長している腫瘍を摘出するのだ。腫瘍自体よりもはるかに小さな穴から出さねばならない。朝の9時から手術開始して、その日のうちに終わればよし、終わらなければ、2回に分ける。腫瘍が柔らかければ、組織への癒着が少なければ、全摘も可能だが、それはまず無いとドクターはふんでいるようだ。何しろ時間をかけて成長した腫瘍なだけに、堅くてしっかり癒着していることが十分考えられるし、そもそも患部の部位がまずい。脳の中心は神経が集中しているうえに、生命維持に欠かせない場所。下手に傷つければ、そのあとが怖い。部分摘して放射線等の化学療法を行うことも視野に入れているとのことだった。
幸いにも、腫瘍自体が良性であることはまず間違いないようなので、命に関わるというわけではなさそう。だからといって、何かしらの重篤な障害が残れば、ゆめとママ、2人の介護をしながら、まだ生まれたばっかりのけっとを育ててつつ、普通に働けるか、俺?

ママには、何が何でも無事な生還をしてもらわねばならない。
セカンドオピニオン、した方が良かったかなあ。
いや、そんな余裕はなかった。
もはや、ドクターの腕と神に祈るしかない。
神様、どうかどうかお願いします。
ママの腫瘍がきれいになくなって、元のママに戻りますように。

時間 08/9/20 (ド)
やばい。
この頃完璧に生活スタイルか崩れてる。

昨日は午後8時半頃に寝かしつけ、はっと目覚めてリビングの時計を見たら、午後11時だった。ほっ、まだ日にちは変わってない…
コーヒーを入れ、一服したあと日記を書き、何気に時計を見ると、まだ11時5分。
ん?
5分しかたってない????

げ!
リビングの時計、激しく遅れてる。そう言えば昼間、たったがボールぶつけて落っこちたんだよな。
正確な時刻は…2時!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

それからもう寝られなくて、結局朝まで起きてた。
その前日も、そのまた前日も、そのまた前日…
ここんとこずっと9時頃には寝かしつけて、気がつくと12時、1時って感じ。そこから1~2時間起きててまた寝る。
で、必ず5時半起床。
昼間眠くて仕方がない。

学校休みにしてて良かった…


さて、今日は待てど暮らせど義母が来ない。電話入れてもなしのつぶて。昼には来るって言ってたのに、来たのは元同僚。ずっとたったと遊んでくれた。それをいことにうつらうつらしてたら気がつけば午後2時。ママからは見舞いに誰も来ないからか、「今日来られる?」なんてメール入るし…
仕方がないので、同僚に礼をいつつゆめとたったを連れてお見舞いに出かけた。

たったはママに会えてにっこにこ。
にこにこついでにテンションあがりすぎ、うるさい。
超音波出すな!
車イスのゆめで暴走するな!

一方ゆめは、玄関くぐるから周囲をきょろきょろ。
目的の階でエレベーターを降りると、もう半泣き顔。
病室に入ると、
「こわ~い!」
ゆめ、声がでかい!
怖いのはお向かいさん。ずっと痙攣してる。それから目が離せないゆめ。背中を向けさせても一生懸命振り返る
口を開けば「こわいー!」
チラ見しては「こわ~いー!」
ガン見しても「こわいーっ!」
見ながら言うな、ゆめ!
それでなくても色々見えちゃうゆめには、病院は怖くて仕方がないお化け屋敷だってのに、これで生きた人間まで怖いってんじゃ、怖くないのは何なんですか?
もう病室にいられません…

滞在時間、おおむね3分。カップヌードルは作れるが、赤いきつねと緑のたぬきは無理。
だからこいつら連れてきたく無かったんだよ―

ぼくちゃんの名前 08/9/19 (斤)
名無しのぼくちゃん、ついに名前決定☆
ママがどうしても母音に『え』がつく名前でなきゃイヤって言うから。

命名 けっと(仮名)


結構恥ずい。
もし俺の生徒にこんな名前のやつが来たら、絶対つぶやく。
「変な名前…外人みたい。 女? あっ 男なの?」
それをわかっていながら付けてしまう。
ま、最初なんか『エイト』って付けようとしてたから、それに比べればましかな。
でも、画数調べるとどんな字を使ってもことごとく悪い結果ばかり。ゆめなんかどんな流派で調べてもたいてい良い結果が出るし、たったもそこそこ。俺に至っては、いくつか調べてみると人生振り返って結構当たってるのが多い。姓名判断って侮れん。
今回はあえてそれを無視し、気功と直感で決めた。

まあいいじゃん。けっと君は魂がでかいって言われたしさ、中国あたりの都市名みたいにでっかい名前で。
ゆめ
たった
けっと
どんどん名前がでかくなってる気がするのは、俺だけ?


さて、今ママには心配事がある。
いや、心配事ならもちろんあるだろうが、非常に切実なのだ。
つまり、腫瘍の摘出手術によって、どれくらい脳細胞を削られてしまうかということだ。


んなわきゃーない。
脳細胞を少しでも削られたら、腫瘍が治っても頭が余計におかしくなるではないか。
でもママは、本気でそれを心配している。
「おまえなぁ…脳みそ削るわけね―だろ…」
「そうなの?」
「脳みそなんか削っちゃったら、腫瘍が治っても脳タリン(これって蔑称?失礼!)になっちゃうじゃないか。」
「そっか。パパ、頭良いねえ」
「お前は頭悪いねえ」

さて、ママには心配事がある。
いや、心配事ならもちろんあるだろうが、非常に切実なのだ。
つまり、腫瘍の摘出手術によって、どれくらい記憶を失ってしまうかということだ。
そこで、ママは一生懸命メモをとっている。
ダイヤは誰それに、大島の紬は誰それに…


メモ取るにしても、なぜにそれ?
もっと大事なことはないのか?
ってか、まるで遺書じゃないか、縁起でもない!
「だって、何持っててどうするつもりでいたか忘れると困るから」
「お前…、他にもっと大事なことはないわけ?」

さて、ママには心配事がある。
いや、心配事ならもちろんあるだろうが、非常に切実なのだ。
つまり、腫瘍の摘出手術とは、どのように行うのかということだ。
「パパー、どうやって脳みそって頭から出すの?」
「は?」
「頭に穴開けるでしょう?そこからどうやって脳みそ出すんだろう。脳みそ出して、腫瘍とるんだよねえ」
「お前ねえ…、脳みそ取り出したら、死んじゃうでしょ!腫瘍はな、頭に穴開けて、何ともない脳みそはよけながら腫瘍だけ掻き出すの!」
「そうなの?パパ、物知りだねえ」
お前が知らなさすぎだ!

なんか、会話が楽しいです…

枕のにおい 08/9/18 (木)
ママは、腫瘍の発見とともに病状が坂道を転がるように悪化した。程なく、まるでママとは別人のような状態になって一ヶ月以上が立つ。
入院して一週間。子供たちは母恋しい時期のはずだ。それもただでさえまだ新しくて素っ気ない家では、ママの名残が少ない。これでは寂しさもひとしおだろう。しかし特にたったはそれを懸命にこらえている様子が伺え、実に健気だ。ゆめも、この頃は学校で先生に「ママは~?」と聞いてみたりしているようで、ますます涙を誘う。

ある日、どこかからたったの声が飛んできた。
「ママのいいにおいがするよー」
家事を中断して見に行くと、たったはママの枕に顔を埋めていた。
「このまくら、ママのにおいがするね―。いいにおいだねー」
どれどれと嗅いでみると、確かに良いにおいがした。おそらくシャンプーかなんかの移り香だろう。試しに、俺の枕も嗅がせてみた。
「パパの枕は?」
答えは、
「なんかくさい」
だった。自分でも嗅いでみたが、確かに臭った。それはたぶん加齢臭。同じシャンプーを使っているのに、なんでママのは良いにおいで、俺のだけが加齢臭なのか。世の中不思議が多い。
変態チックにたったと奪い合うように一緒になってママの枕に顔を埋めながら、昔のことを思い出した。

俺がまだ小学生の頃だ。共働きの家には、日中両親の姿はない。雨の日は、よく弟と一緒に両親の居室で遊んだ。
母親のベッドにもぐり込んだ時、ふと懐かしいにおいを嗅いだ気がした。あちこち嗅ぎ回って、やっとそれが枕からだとわかった。
あらためて枕に顔を埋めると、何とも言えない幸せに包まれた。幼心に、これはお母さんのにおいだって思ったのだ。ぎゅっと抱きしめてもらってる気がして、嬉しかった。
お袋とママのとでは、枕のにおいはたぶん違う。でも、不思議と同じにおいに感じるのだ。母親の枕ってのは、いつだって良いにおいがするものらしい。このママの名残があまりない家の中で、たったも今まさに俺が感じたのと同じような思いにひたっているのだろう、いつの間にか枕を抱きしめて寝てしまっていた。ママがいなくて寂しいのは俺も同じ。もう少し枕を抱きしめていたかったが、仕方がないのでその場はたったに譲ることにした。
その夜、俺は考えた。俺に続いてたったがそうなら、きっとゆめも枕のにおいに飛びつくのではないか?
さっそくゆめに枕を預けようとしたが、たったの激しい抵抗に遭ってしまった。たった曰く、
「ぼくが見つけたんだから!」
そういえば、俺もまったく同じ理由で弟に枕の存在を言わなかったっけなぁ。あまりに似たもの親子で笑ってしまったが、この場合はそれでは済まない。意地になって枕を奪い、ゆめに預けた。きっとゆめも懐かしさに喜んでくれるに違いない。

しかし、予想に反してゆめの反応は冷淡だった。使い慣れた自分の枕の方が良いらしい。実は寝る時、ゆめはずっと俺の横にべったりくっついていて、ママとは別々だ。懐かしいと言うのなら、むしろ俺の枕のにおいの方だろう。いやはや、たったを泣かせただけ無駄だった。
しかし、ママはこれから大きな手術を控えて、きっと不安な夜を過ごしている。なのに俺たちは、たかが枕のにおいごときで笑ったり泣いたりしている。でも、こんなことでもしてないと、ついイヤな想像をして寂しくなっちゃうんだよ。

それにしても、子供の反応って色々だ。姉弟でも、関わるものによって思い入れも違ってくるようだ。もしゆめが健常で、このままゆめとの関わりを持ち続ければ、将来『お父さん嫌い』って言われないかも。いや逆に、『お父さん臭い』っていわるのか・・・
どっちにしてもつまらん想像に過ぎんが。

明日晴れたら、枕カバー洗おうっと。




俺のだけな。

はんばーぐ 08/9/17 (水)
またまた寝かせてたらこっちが撃沈してしまった。
今午前1時。昨日と同じ時間だ。
困ったモンだ。

今日はかなり回復していたママ。午後から名無しのぼくちゃんに会いに行く予定だとのこと。あいにくと今日の午後は義母と叔母が見舞いに行き、俺は書類仕事を家でする予定なので、もしママが本当に会いにいけたとしても、初顔合わせの場面をビデオに撮れない!!!

やきもきしながら義母が帰ってくるのを待っていた。
帰宅した義母の口からは、きっちりぼくちゃんを見に行ったと告げられた。












っち












今日は久々午後に自宅にいたので、料理に腕をふるった。
姪っ子が煮込みハンバーグを作ってくれたので、それをシチューに仕立てた。昨日から野菜を7時間煮たスープにハンバーグを入れ、さらに煮込むこと3時間。元々の濃厚な野菜の煮汁に、さらにフォンドボーも奮発して入れ、味を調えたら結構良い味のシチューになった。
子供らも相当気に入ったようで、およそ子供らしからぬことにハンバーグが嫌いなたったが、どのくらい嫌いかというと、『炭焼きハンバーグレストランさわやか』の超うまい炭焼きハンバーグやさんに行って1人パンケーキを食べるほどにハンバーグ嫌いなたったが、今日はおかわりして2コも食べた。パンではなくご飯だったんが玉に瑕だったが、たったでなくてもうまかった!
あまりのうまさにお電話して一言お礼を言うとまで言い出したたっただった。
姪っ子、ナイス!

記憶 08/9/16 (過)
子供が出たので、いよいよ詳しい検査が始まる。
今日は午後に造影剤を入れての脳の検査だ。どういうものなのかよくわからないけど、これでかなり詳細に腫瘍の状態がわかるらしい。

昨日車イスに乗って調子を崩したママだったが、今日行ってみるとかなり回復していた。が、上体を起こしていられる時間はせいぜい30分程度になってしまったとのことだった。これはもしかして脳の状態が悪いのか、入院させるのが遅かったかと激しく後悔してみたり。
でも、検査の説明に来た主治医によると、ドレイン管理は良くできているから脳は状態が良いし、入院時期もむしろ我慢してもらってきて子供を育ててたんだから、遅くはないと。
ちょっと安心。
貧血が強いので、昨日のことも今の状態もそのせいだろうということだった。
かなり安心。

検査に行くまで色々ママに聞いてみた。
ここ数ヶ月の記憶は、どうやらあやしい模様。特に7月から先日の手術までの記憶は全く無かった。
手術の終わった日は、かなり思考や幻覚がひどく、どうでもよいことについてしつこく看護師に聞いてみたり、有りもしない壁のタイルについて話して「私にはそれは見えません」と言われて、「あたし、幻覚を見てるんだ」と気づいたりしたそうだ。術後ずっと寝られなかったのも、隣がうるさいんではなく、自分の脳がおかしかったらしい。隣の人にしてみれば、あらぬ濡れ衣だった。
そんなことが理解できるだけ、回復したということなんだろう。主治医の言うとおり、管理はできているということだな。

そろそろたったのお迎えに行かねばならない帰り際、たまたまナースステーションで主治医を見つけた。検査結果はいつ出るのか尋ねると、既に出ていた。結果、腫瘍はそれほど深刻な状態にないとのことだった。慌てて手術しなくてもいいので、今週金曜日にMRIを撮って最後の術前検査をし、当初の予定通り来週水曜日に摘出手術をするとのことだった。
かなーり安心し、急いで病室に戻ってそのことをママにも教えた。
ママも、安堵の表情だった。



と、急いで書く午前1時。
寝かしつけている間にうっかり寝てしまった。
明日は気功の日。病室にも来て施術してもらうつもり。それと、子供の名前を確認もする。気功の先生には、たったの時も確認し、たったの『た』の字について、当初は『太』を使うつもりだったのを点が余分ということで点を取り、『大』にした経緯がある。今回も一個しかない名前候補をみてもらい、それでいいか決める。やっと、名無しのぼくちゃんから一歩昇格できるわけだ。
そのぼくちゃんは昨日からミルクをもらえている様子。気管挿管も抜いたので、お腹が空くと声を出して泣いてたりするらしい。
まだ声は聞いてないぞ。
こればっかりはタイミングだが、12時ジャスト当たりで泣き声も聞けるようなので、明日は泣いてるところをビデオに撮れるようチャレンジしてみようと思う。
こんな、生後翌日からビデオに毎日のように記録してもらうなんて、たったやゆめ様ですらやってもらってない。まだ病室を出られないママへのサービスなわけだが、NICUでの様子なんかも担当看護師さんがかわいいイラスト付きでノートに書いてくれたりもしていて、お大名な待遇だ。未熟児で産まされたけど、その分、熱烈歓迎って感じ。
幸せな子だこと。
こういうのって彼はちゃんと記憶‥できるわけないか。でも、みんなが歓迎してることは感じるんだろう。いや、感じて欲しいモンだ。

ママ恋し 08/9/15 (月)
今日は眠い。
夕べは結局3時半頃、ゆめを腕枕しながら寝に入ったのだが、とたんにたったが起きてしまい、ゆめと俺の間にごそごそ。そのせいで今度はゆめが起きてしまった。こいつがなかなか寝ない。いつまでもぐずぐず言っていて、俺が寝られたのはたぶん4時半頃だったんじゃないかな。
で、今日は7時にたったにたたき起こされた。
完璧睡眠不足だよ。

今日は義母がいない。代わりに俺の叔母に来てもらい、子供たちを見てもらう間にママのところへ行ってきた。
ちょうど食事が終わったところだった。回診で、俺が来たら看護師と一緒に名無しのぼくちゃんを見に行ってもいいと言われたそうだ。
食事中、ずっとシャントの流れを止めて頭を起こしていたのだから、少し休んで頭の水が多少なりと抜けてからの方がいいのではないかと看護師に相談したが、食べた直後なのでむしろ頭を起こしておいた方がいいそうだ。まあそれならということで、NICUへ行ってみることに。
ママ、いよいよ初対面か。
早速看護師さんを呼んで車イスに乗り移るも、見る間に頭が下がって様子がおかしくなった。
「気分悪くなったか?」
「うん‥」
「やめとくか?」
「うん‥」
やっぱりだめだね。
寝かせてシャントを開けると、どんどん水が出てくる。結局、この数日間で一番調子悪くなってしまった。まあ、焦ることはない。今はゆっくり休むべきだ。子供は見たいだろうけど、やっぱりビデオで我慢だね。


なんて、簡単に書いてるけど、ホントはすっごく怖いのだ。だってまだ腫瘍はあるんだし、いくら水を抜いて良くなっているとは言っても一時しのぎに過ぎない。容態急変とかにならないだろうなと、いつも不安だ。


帰宅してみると、なんだかおとなしくなってる誠大がいた。そばに寄ってきて言うことには
「パパ~、おばちゃんちに遊びに行ってもいい?」
運転できない叔母を連れてきてくれたそこんちの嫁さん(要するにいとこの嫁さん)が、ものすっごく一生懸命たったと遊んでくれていたので、まだ遊んで欲しいらしい。あるいは、別のいとこが子供ちゃんと一緒に来てくれていたが、子供ちゃんがたった同様車好き。ハイパーレスキュー3号を持ってきた。たったは1号を持っている。合体したりして遊んでいたようだが、それもまた楽しかったんだろう。既に時刻は夕方近い。一緒に行くなんて当然ダメなんだが、そう言うと大泣きしだした。殴るはたくの暴行まで加えながら、おばちゃんについて行きたいってことを全身でアピール!
自宅で大人の女の人に遊んでもらったのがよほど嬉しいらしい。
つまりは、ママの代わりなんだろう。
普段はママについては何にも我が儘言わないけど、ほんとはママに会いたいんだよなあ。
よくわかるよ。俺も弟が入院してお袋が付き添いになり、数ヶ月いなかった時はすっごくさみしかったもんなあ。一度おじいちゃんに連れられて見舞いに行ったことがあるけど、えらい遠くで帰ってくる時が寂しくてたまらなかったこと、おじいちゃんの手をぎゅっと握ったまま電車を乗り継いだのを、とっても良く覚えているもの。
たかが4歳児とはいえ、ゼロ距離でグーのパンチ攻撃は、それなりに痛い。でも、怒る気にならなかったなあ。
代わりに
「じゃあさ、たったちゃん、ジャスコ行って遊ぶ?」
と提案してみた。すると、
「うん!」
とにっこり。あんなに激泣きしていたのが嘘のよう。
あんまり構ってやってないしな、ずっとどこへも連れて行ってあげられてないし、こんなことでも多少はストレス発散になるだろう。
と出発したはいいけれど、携帯を忘れてきたことに途中で気がついた。
今日のママの様子では、いつ容態急変!って緊急連絡が入ってもおかしくない。携帯無いと、まずい!
いったん頭に浮かんだイヤな考えは、消そうにも消せないどころかどんどん加速度付けて妄想が暴走する。
結局、せっかくお出かけしたのに、早々に帰って来ちゃった。まあ、子供らは満足したようなので良かったけど。